トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

32 / 63
星団歴2995年バーシャ
放置できない


 

/*/ ノーキィ市 市街外縁 黒騎士のドーリー前 /*/

 

 

 

 トローラ・ロージンは、間に合わないことを知っていた。

 

 デコース・ワイズメル。

 

 自称、狂乱の貴公子。

 

 その男がノーキィ市で二代目黒騎士ロードス・ドラグーン侯と斬り合い、勝つ。

 

 そこまでは知っていた。

 

 だから、トローラが本当に急いでいたのは、決闘そのものではない。

 

 その後だった。

 

 主を失ったファティマ。

 

 エスト。

 

 彼女を放置すれば、どうなるか。

 

 主を失ったファティマに、人権などない。

 

 保護者も、所有者も、登録上のマスターもない状態で見つかれば、どこの誰に回収されるか分からない。

 

 高名なファティマであればなおさらだ。

 

 善意の保護。

 

 強制接収。

 

 売買。

 

 奪取。

 

 どれも紙一重だった。

 

「……先にこっちだ」

 

 トローラは市街の騒ぎを抜け、黒騎士のドーリーを探した。

 

 やがて、市街外縁の保管区画に、黒いドーリーを見つけた。

 

 重い沈黙。

 

 主を待つように閉じたハッチ。

 

 その中に、エストがいる。

 

 トローラは通信口へ手を当てた。

 

「エスト」

 

 返事はない。

 

 もう一度、呼ぶ。

 

「エスト、覚えてるか? 俺だ。トローラだ」

 

 数秒の沈黙。

 

 やがて、ドーリーの内部通信が開いた。

 

「……はい」

 

 声は静かだった。

 

 あまりにも静かだった。

 

「コーラス城で、お会いしましたね」

 

「ああ」

 

 トローラは息を吐いた。

 

「ロードス侯が亡くなった」

 

 通信の向こうで、空気が止まった気がした。

 

 だが、エストの声は大きく乱れなかった。

 

「……確認できません」

 

「そうだな。俺の言葉だけで信じろとは言わない」

 

 トローラは端末を取り出した。

 

「街の霊安室に遺体が運ばれている。顔、剣、記録、死亡確認。必要なら映像を取って送る」

 

 少しの沈黙。

 

「……まず、データを頂けますか」

 

「ああ」

 

 トローラは霊安室へ走り、必要最低限の確認映像を取得した。

 

 余計なものは撮らない。

 

 晒すためではない。

 

 エストが、己のマスターの死を確認するためだけの映像だった。

 

 映像データを送る。

 

 長い沈黙。

 

 実際には数十秒だったかもしれない。

 

 だが、トローラにはひどく長く感じられた。

 

「……確認しました」

 

 エストの声が戻った。

 

「案内をお願いしても、よろしいでしょうか」

 

「……うん」

 

 トローラは短く答えた。

 

「街の霊安室まで案内する」

 

 

 

/*/ ノーキィ市 市立霊安室 /*/

 

 

 

 霊安室は、白かった。

 

 壁も、床も、照明も。

 

 だが、その白さは清潔というより、終わったものを静かに置くための冷たさだった。

 

 ロードス・ドラグーン侯は、そこにいた。

 

 二代目黒騎士。

 

 戦って、敗れて、死んだ騎士。

 

 エストは棺台の前まで歩いた。

 

 足音は小さい。

 

 揺れもない。

 

 美しいほど正確な歩き方だった。

 

 トローラは少し離れて立った。

 

 何も言わなかった。

 

 言えることがなかった。

 

 エストは、ロードス侯の顔を見た。

 

 手を伸ばす。

 

 触れる寸前で止まる。

 

 その瞬間、彼女のヘッドコンデンサが淡く明滅した。

 

 一度。

 

 二度。

 

 そして、不規則に光が揺れた。

 

 ファティマとマスターをつないでいた線が、途切れていく。

 

 目に見えるはずのない別れが、ヘッドコンデンサの明滅として現れていた。

 

「……マスター登録、消失しました」

 

 エストが言った。

 

 報告のように。

 

 儀式のように。

 

 死を受け入れるための、最後の確認のように。

 

 トローラは、ゆっくり口を開いた。

 

「エスト」

 

「はい」

 

「お前を保護する。仮マスター登録をさせてくれ」

 

 エストは振り向いた。

 

 その顔は静かだった。

 

 静かすぎて、痛かった。

 

「トローラ様が、私を?」

 

「ああ。仮だ」

 

 トローラは言った。

 

「お前を奪うつもりはねぇ。次を縛るつもりもねぇ。けど、このまま登録なしで街へ出したら危ない。主を失ったファティマに、世間は優しくねぇからな」

 

「……承知しました」

 

 エストは、わずかに頭を下げた。

 

「お願いいたします」

 

 トローラは苦笑した。

 

「重いな」

 

 それでも、やるしかない。

 

 彼はエストへ近づいた。

 

 エストは静かに身を低くし、ヘッドコンデンサを差し出す。

 

 トローラは一瞬だけ迷った。

 

 ファティマのヘッドコンデンサに触れる。

 

 それは、ただの接触ではない。

 

 仮であっても、彼女の命令系統に自分の名を刻む行為だ。

 

「……悪いな、ロードス侯」

 

 トローラは小さく呟いた。

 

「あんたのファティマを奪うんじゃねぇ。守るために、少しだけ預かる」

 

 返事はない。

 

 死者は答えない。

 

 それでも、言わずにはいられなかった。

 

 トローラは指先で、エストのヘッドコンデンサに触れた。

 

 淡い光が灯る。

 

 一瞬、細い線が結ばれる感覚があった。

 

 命令ではない。

 

 所有でもない。

 

 だが、確かに仮の登録が通った。

 

 エストのヘッドコンデンサが、短く明滅する。

 

「仮マスター登録、成立しました」

 

 エストが静かに言った。

 

 それから、少しだけ間を置いて続ける。

 

「以後、トローラ様の保護下に入ります」

 

「それでいい」

 

 トローラは大きく息を吐いた。

 

 これで、最低限守れる。

 

 主を失ったファティマとして奪われる危険は、少なくとも今この場では防げる。

 

 だが、これで終わりではなかった。

 

 トローラはロードス侯の遺体を見下ろした。

 

「……で、こっちも置いていけねぇ」

 

 エストが静かに顔を上げる。

 

「ロードス様を、ですか」

 

「ああ」

 

 トローラは頭をかいた。

 

「墓なんていらない。剣で敗れたら、そこが墓場よ……とか言いそうだけどな」

 

 それは、あくまで想像だった。

 

 ロードス侯本人が本当にそう言ったわけではない。

 

 だが、黒騎士という存在には、そういう乾いた格好よさが似合いすぎる。

 

 それでも、現実は別だった。

 

「でも著名人なんで、国元に遺体を返還しないとな」

 

 トローラは霊安室の係員を呼んだ。

 

「死亡確認書、遺体搬送許可、遺品目録。出せるものを全部出してくれ」

 

 係員は顔をこわばらせた。

 

「すぐには……」

 

「すぐだ。ロードス・ドラグーン侯だぞ。黒騎士の遺体を、この街の霊安室に置きっぱなしにしてどうする」

 

「しかし、手続きが」

 

「なら手続きを急がせろ。揉めるなら、後でナイトギルド経由で責任者に話を通す」

 

 トローラの口調は荒い。

 

 だが、言っていることは間違っていなかった。

 

 係員は慌てて奥へ走った。

 

 しばらくして、搬送用の棺が運び込まれた。

 

 簡素だが、密閉と保存処置が可能なものだった。

 

 トローラは、ロードス侯の剣と遺品を確認した。

 

 黒騎士としての証明。

 

 ドーリー登録。

 

 死亡確認記録。

 

 遺体搬送書類。

 

 不足はある。

 

 だが、今この場で整えられるものは整える。

 

 エストは、黙ってそれを見ていた。

 

「エスト」

 

「はい」

 

「ロードス侯の剣と遺品は、お前が確認してくれ。俺が勝手に触るより、その方が筋が通る」

 

「承知しました」

 

 エストは、静かに一つずつ確認した。

 

 剣。

 

 装飾。

 

 身分記録。

 

 黒騎士の紋章。

 

 主の死を受け入れたファティマが、主の遺品を確認する。

 

 その作業は、あまりに静かで、あまりに痛かった。

 

 トローラは横で黙っていた。

 

 軽口は出なかった。

 

 やがて、ロードス侯の遺体は搬送用の棺に収められた。

 

 係員が封印処理を行う。

 

 トローラは書類に目を通し、最低限の署名をした。

 

「ヴァキ市まで運ぶ。そこからナイトギルド経由で、国元への返還手続きを取る」

 

「よろしいのですか」

 

 エストが問う。

 

「よろしいも何も、やるしかねぇだろ」

 

 トローラは肩をすくめた。

 

「俺は葬儀屋じゃねぇけど、見つけちまった以上、放ってはおけねぇ」

 

 エストは、ほんのわずかに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼は後だ。まだ運び出してねぇ」

 

 トローラは天井を仰いだ。

 

 エスト。

 

 ロードス侯の遺体。

 

 黒騎士のドーリー。

 

 黒騎士関連のMHと記録。

 

 そして、デコーズの行方。

 

 全部が重い。

 

「あー……」

 

 トローラは低く呻いた。

 

「またデコースを見失う」

 

 エストが、少しだけ首を傾けた。

 

「デコース様……?」

 

「ああ。狂乱の貴公子、デコース・ワイズメル。俺はあいつを探して、カステポー中をずっと追ってたんだ」

 

「その方が、ロードス様と」

 

「そうだ。斬り合って、勝って、もうどこかへ消えた」

 

 トローラは苦く笑った。

 

「ようやく足跡を掴んだと思ったら、今度は黒騎士の後始末だ」

 

「申し訳ありません」

 

「お前が謝ることじゃねぇ」

 

 トローラは即座に言った。

 

「悪いのは、斬り合って勝手にどっか行った狂乱の貴公子だ」

 

 エストは答えなかった。

 

 トローラもそれ以上は言わなかった。

 

 デコーズは、もうこの街にはいない。

 

 追うなら今すぐ追いたい。

 

 だが、エストをこのまま置いていくわけにはいかない。

 

 ロードス侯の遺体も、黒騎士のドーリーも回収しなければならない。

 

 どちらを優先するかなど、考えるまでもなかった。

 

「行くぞ、エスト」

 

「はい、トローラ様」

 

「まずドーリーを回収する。それからヴァキ市へ戻る。ロードス侯の遺体は国元へ返す。お前と黒騎士のドーリーは、ジョルジュか、ヒッター子爵か、ナイトギルドへ通す」

 

「承知しました」

 

「戦うなよ」

 

「はい」

 

 トローラは、もう一度ロードス侯の棺へ頭を下げた。

 

 深い礼ではない。

 

 だが、騎士としての礼だった。

 

「ロードス侯。あんたの遺体、国元へ返す。黒騎士とドーリー、エストも預かる。全部、奪うんじゃねぇ。守るためだ」

 

 返事はない。

 

 けれど、トローラはそれで十分だった。

 

 

 

/*/ ノーキィ市 黒騎士ドーリー保管区画 /*/

 

 

 

 黒騎士のドーリーは、まだ保管区画にあった。

 

 市の係員は、トローラとエストを見るなり顔を強張らせた。

 

「そ、そのドーリーはロードス侯の――」

 

「だから動かす」

 

 トローラは言った。

 

「ロードス侯は亡くなった。エストは俺の仮登録下にある。遺体搬送書類も取った。主を失ったファティマと黒騎士のドーリーを、この街に放置する気か?」

 

 係員は言葉に詰まった。

 

 面倒なことになっているのは、誰の目にも明らかだった。

 

 トローラは押し切った。

 

「揉めるなら、後でナイトギルドと話せ。今は動かす。狙われる前にな」

 

「……承知しました」

 

 係員は折れた。

 

 黒騎士のドーリーが起動準備に入る。

 

 エストは内部へ戻り、必要な確認を進める。

 

 ロードス侯の棺も、ドーリーへ移された。

 

 トローラのドーリーが先導に回る。

 

 ワイマールSR2を積んだドーリー。

 

 その後ろに、黒騎士のドーリー。ロードス侯の棺を積んでいる。

 

 妙な隊列だった。

 

 追っていた男は消えた。

 

 代わりに、死者とファティマと黒騎士の遺産を拾うことになった。

 

 シューシャが通信で告げる。

 

「マスター。西回りの旧補給路が最も目立ちません」

 

「採用」

 

「追跡反応はありません」

 

「今のところ、だろ」

 

「はい」

 

「なら急ぐ」

 

 トローラは操縦桿を握った。

 

 ノーキィ市の明かりが背後に流れていく。

 

 ロードス侯は死んだ。

 

 デコーズは去った。

 

 エストは仮登録で保護した。

 

 ロードス侯の遺体は回収した。

 

 黒騎士のドーリーも回収した。

 

 やることは増えた。

 

 デコースの足跡は、また遠ざかった。

 

「あー、くそ」

 

 トローラは低くぼやいた。

 

「デコース探しが、また振り出しだ」

 

 シューシャが静かに答える。

 

「ですが、エスト様を放置することはできませんでした。ロードス侯の御遺体も同様です」

 

「分かってる」

 

 トローラは息を吐いた。

 

「死んだ奴は戻せねぇ。でも、生きてる奴は連れていける。死んだ奴は、帰すところへ帰す」

 

「はい、マスター」

 

 黒騎士のドーリーと、ロードス侯の棺を伴い、トローラ・ロージンはヴァキ市へ向かった。

 

 悪党で負け犬の騎士は、また一つ、死の後に残されたものを拾った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。