/*/ カステポー ヴァキ市 ナイトギルド総評議長室 /*/
ヒッター子爵は、机の上に積まれた書類を見ていた。
ロードス・ドラグーン侯の死亡確認書。
遺体搬送記録。
国元返還用の申請書。
黒騎士ドーリーの一時保管記録。
MHバッシュ・ザ・ブラックナイトの預かり証。
そして、ファティマ・エストの仮マスター登録確認。
どれも重い。
紙一枚で済む話ではない。
だが、紙一枚を間違えれば、星団中の面倒事がカステポーへ流れ込む。
ヒッター子爵は、ゆっくり顔を上げた。
「君、また面倒を持ち込んだネ」
トローラ・ロージンは、椅子にふんぞり返っていた。
「好きで持ち込んだんじゃねぇよ」
「君がそう言う時は、だいたい本当に面倒なんだよねェ」
「今回は仕方ねぇだろ。主を失ったファティマと、黒騎士のドーリーと、黒騎士のMHと、黒騎士本人の遺体だぞ。放っておけるか」
「普通は放っておかない。だが、普通は全部拾ってこない」
「見つけちまったんだよ」
ヒッターは肩をすくめた。
その横で、エストは静かに立っていた。
すでに名を伏せる準備はしている。
必要なら、シーク・モードにも入れる。
だが、それでも隠しきれない。
彼女はエストだ。
黒騎士のファティマ。
星団の騎士なら、その名だけで空気が変わる。
ヒッターは書類を一枚持ち上げた。
「ロードス侯の遺体は、国元へ返還する。それはいい。むしろ返さなければ大問題だ」
「だろ」
「問題は、向こうが同時に求めているものだ」
ヒッターは指を折った。
「エスト。バッシュ・ザ・ブラックナイト。黒騎士ドーリー。関連記録。遺品一式」
「まあ、言うだろうな」
「言うさ。あちらからすれば当然だ。ロードス侯の遺体だけ戻って、黒騎士のファティマとMHがカステポーに残るなど、納得できるわけがない」
トローラは腕を組んだ。
「でも、エストはカステポーで次のマスターを探したいと言ってる」
ヒッターの視線が、エストへ向く。
「本当に?」
エストは静かに頷いた。
「はい。私は、ここで新たなマスターを探します」
その声は穏やかだった。
だが、揺らがなかった。
ヒッターは目を細める。
「国元へ戻れば、保護も形式も整う。黒騎士の名も、手続きも、後継者候補も、すべて向こうで管理できる」
「存じています」
「それでも?」
「はい」
エストは答えた。
「私は、ここに残ります」
部屋の空気が、少し重くなった。
トローラは、そこで口を挟んだ。
「ファティマのわがままくらい聞いてやれよ。剣聖だろ」
ヒッター子爵の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。
「トローラ君」
「あ?」
「そういう雑な切り込み方をするんじゃないよ」
「剣聖なら何とかしろ」
「雑だねェ」
「こっちは悪党だからな」
「便利な言葉だ」
ヒッターは溜息をついた。
だが、怒ってはいなかった。
むしろ、少しだけ楽しんでいるようにも見える。
「ただ、エストを一人で歩かせるわけにはいかない」
「そこは同意だ」
トローラは即答した。
「シーク・モードだろうが何だろうが、ファティマの一人旅なんてやらせられるか。どこの馬鹿が拾うか分からねぇ」
「君が言うと、説得力があるんだかないんだか」
「俺は拾った側だからな」
「だから面倒なんだよ」
ヒッターは、バッシュ・ザ・ブラックナイトの預かり証を指で叩いた。
「MHとドーリーは、預かり屋へ入れる。これは確定でいい」
「頼む。動かすだけで目立つ」
「当然だ。バッシュをそこらに放置出来るわけがない」
「じゃあ、エストは?」
ヒッターは椅子にもたれた。
「君は案がある顔をしているね」
「ある」
「嫌な予感がする」
「レスターの騎士スクール預かりにする」
ヒッターは、少しだけ眉を上げた。
「へェ」
「エストの名前を伏せるなら、シーク・モードでも何でもいい。表向きは、レスターのところで若手騎士教育の補助をするファティマ。実際には保護下に置く」
トローラは指を折った。
「レスターは前線を降りる。騎士としての礼法、退き際、ファティマの扱い、ナイトギルドの使い方を若手に教える。そこにエストがいれば、若手騎士はファティマの前で変な真似をしにくい」
「エストを教材にする気かい?」
「違う。目付けだ」
トローラは真顔で言った。
「若手騎士にとって、ファティマをどう扱うかを学ぶには、そこにファティマがいる方がいい。でも、エストを見世物にはしない。名前も伏せる。本人が嫌なら、前に出さない」
エストが静かに言った。
「私は構いません」
トローラが振り向く。
「無理はするなよ」
「無理ではありません。マスターを探すには、騎士を見る必要があります」
その言葉で、ヒッターの表情が少し変わった。
「騎士を見る、か」
「はい」
エストは続けた。
「戦場だけではなく、日常で。剣を持つ前にどう振る舞うか。ファティマにどう接するか。敗れた時、退く時、弱い者を見る時。そうしたものを見たいのです」
トローラは頭をかいた。
「ほら。本人がこう言ってる」
「君よりよほど筋が通っているネ」
「うるせぇ」
ヒッターは考え込んだ。
悪くない案だった。
バッシュとドーリーは預かり屋で保全。
エストはシーク・モード、または別名義でレスターの管理下。
ナイトギルド総評議長として、ヒッターが保護監督。
トローラの仮登録は、必要最低限の保護線として残す。
国元には、遺体返還と同時に、エスト本人の意思、現地保護措置、MH保管記録を添える。
揉める。
確実に揉める。
だが、筋は通る。
「レスターは了承するかな」
「するだろ」
「根拠は」
「断ったら、俺が説得する」
「脅迫の間違いじゃないかい?」
「説得だ」
「君の説得は物理寄りだからネ」
「失礼な」
ヒッターは薄く笑った。
「まあ、レスターなら分かるだろう。首狩りに遭い、前線から降りた騎士。エストを預かるには、案外悪くない」
「だろ」
「ただし、条件がある」
「何だ」
「エストの身元は、必要最小限の者にしか明かさない。レスター、パルスェット、君、シューシャ、ボク。あとはジョルジュ程度だ」
「十分だ」
「バッシュには触らせない。ドーリーも預かり屋の奥へ入れる。出す時はボクの許可を通す」
「分かった」
「国元への返答は、こちらで書く。遺体は返す。だが、エスト本人はカステポーで新たなマスターを探す意思を示しており、現在はナイトギルド監督下で保護中。MHとドーリーは保全状態で預かり。引き渡しは保留」
「揉めるな」
「揉めるよ」
ヒッターは楽しそうに言った。
「だが、揉めるだけならまだいい。奪い合いになるよりはね」
トローラは息を吐いた。
「ほんと、面倒だな」
「君が持ち込んだ」
「分かってるよ」
エストが静かに頭を下げた。
「ご迷惑をおかけします」
トローラが即座に言った。
「お前が謝るな」
ヒッターも頷いた。
「そうだね。これは迷惑ではなく、手続きだ」
「カステポーで手続きって言うと、ろくな意味じゃねぇ」
「だからボクがいる」
ヒッター子爵は、書類をまとめた。
その顔は、もう洒落者の女たらしではない。
カステポー・ナイトギルド総評議長。
そして、その奥に隠れた剣聖ダグラス・カイエンの顔だった。
「では決まりだ。ロードス侯の遺体は国元へ。バッシュとドーリーは預かり屋へ。エストは、シーク・モード名義でレスターの騎士スクール預かり。ナイトギルド監督下で保護」
「助かる」
「礼はいいよ」
「まだ言ってねぇ」
「言いそうだった」
トローラは顔をしかめた。
「言わねぇよ」
「君は、そういうところで意外と律儀だからねェ」
「やめろ。気持ち悪い」
ヒッターは笑った。
「それで、君はどうする」
「俺?」
「デコースをまた見失ったんだろう?」
トローラは天井を仰いだ。
「あー、言うな」
「探すのかい」
「探すよ。ここまで来たら意地だ」
「その前に、レスターのところへ行くんだろう」
「……行くよ。エストの預かりを頼まなきゃならねぇしな」
「また寄り道だ」
「分かってる」
トローラは立ち上がった。
「悪党の旅は、寄り道だらけなんだよ」
エストは静かに彼を見る。
「トローラ様」
「あ?」
「ありがとうございます」
トローラは一瞬、何か言いかけた。
だが、結局そっぽを向いた。
「まだ礼を言うな。お前がちゃんと次のマスターを見つけてからだ」
「はい」
ヒッター子爵は、そのやり取りを見て、少しだけ目を細めた。
「面倒だが、悪くないねェ」
トローラは扉へ向かった。
「面倒って二回言ったぞ」
「三回目も言おうか」
「やめろ」
ナイトギルド総評議長室の扉が開く。
外では、カステポーの騎士たちが今日も騒いでいる。
誰かがMHを預け、誰かがファティマを連れ、誰かが喧嘩をし、誰かが噂を流している。
その街の片隅で、黒騎士のファティマは名前を伏せ、新たなマスターを探すことになった。
トローラ・ロージンは、また一つ面倒を背負った。
だが、背負わずに済ませるよりは、ずっとましだった。