トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

37 / 63
正規の仮ID

 

/*/ カステポー ヴァキ市 騎士公社ストア /*/

 

 

 

 騎士公社のストアは、店というより、巨大な騎士用テーマパークだった。

 

 ヨーン・バインツェルは、入口で立ち止まった。

 

 広い。

 

 とにかく広い。

 

 高い天井。

 

 奥まで続く通路。

 

 吊り下げられた案内板。

 

 騎士用装備。

 

 ファティマ用品。

 

 訓練器具。

 

 医療キット。

 

 携行食。

 

 認証札。

 

 ドーリー用の補修材。

 

 さらに奥には、MHの部品まで置かれている。

 

 小型の関節部品。

 

 装甲パネル。

 

 駆動系の補修ユニット。

 

 配線束。

 

 センサー類。

 

 その一部は展示品のように並べられ、別の一部は巨大倉庫の棚に積まれていた。

 

 天井近くでは、搬送クレーンが低い音を立てて動いている。

 

 騎士が必要とするものは、ここに来ればだいたい揃う。

 

 そう言われても信じられる規模だった。

 

 ヨーンは思わず呟いた。

 

「……これ、店なのか」

 

 トローラ・ロージンが横で笑った。

 

「店だよ。騎士公社のストアだ」

 

「ストアって大きさじゃない」

 

「騎士は道具も部品も面倒だからな。グローブ一つ買いに来た奴が、ついでにドーリーの部品を頼んで、気づいたらMHの補修材まで見て帰る。そういう場所だ」

 

 バーシャが静かに言う。

 

「騎士用消耗品、ファティマ用調整用品、簡易医療用品、MH補修部品、ドーリー用品、認証手続き窓口。すべて同一施設内にあります」

 

 シューシャも補足した。

 

「カステポーでは、名を伏せて活動する騎士も多いため、購買と認証が一体化した施設は重要です」

 

 ヨーンは、改めて入口の案内板を見た。

 

 一階、騎士用衣料・消耗品。

 

 二階、ファティマ用品・調整器具。

 

 三階、訓練機材・武具。

 

 地階、ドーリー用品・大型部品受付。

 

 奥区画、MH補修部品倉庫。

 

 別棟、認証・仮ID発行・決済口座登録。

 

「……僕は入れない」

 

 ヨーンは小さく言った。

 

 トローラが振り返る。

 

「あ?」

 

「騎士登録がない。正式なIDもない。ここ、騎士公社の店だろ」

 

 バーシャが静かに言う。

 

「通常であれば、騎士登録または同行登録が必要です」

 

 シューシャも続ける。

 

「未登録の騎士候補者が入る場合、保護者または保証人の認証が必要になることが多いです」

 

 ヨーンは少し肩を落とした。

 

 やはり、自分はまだ何者でもない。

 

 騎士でもない。

 

 正式な訓練生でもない。

 

 レスターのスクールに拾われただけの少年だ。

 

 だが、トローラは平然としていた。

 

「何言ってるんだ」

 

 彼は、広い受付区画へ向かう。

 

「ここはカステポーだぞ?」

 

 トローラは窓口の向こうにいる受付の親父へ声をかけた。

 

「親父さん。騎士IDの仮カード二枚」

 

「あいよ」

 

 軽かった。

 

 あまりにも軽かった。

 

 親父は端末を叩き、引き出しから薄いカードを二枚取り出した。

 

 刻印も紋章もない。

 

 だが、騎士公社の正規規格品だった。

 

「使い方は分かるな。自分の銀行口座に紐づけな。仮名でもいいが、決済口座は生きてるやつだぞ」

 

 ヨーンは呆然とした。

 

「え、いいのか」

 

 親父がヨーンを見る。

 

「なんだぁ、ガキ。こういうとこ初めてか?」

 

「初めてです」

 

「だろうなぁ」

 

 親父は笑った。

 

「カステポーじゃな、名前を隠したい騎士なんてごまんといるんだよ。国元で揉めた奴、追われてる奴、偽名で仕事してる奴、身分を表に出せねぇ貴族騎士、表向き死んだことになってる奴までいる」

 

「それで、仮カード?」

 

「そうだ。そのための正規の仮カードだ」

 

 ヨーンはますます分からなくなった。

 

「正規の、仮カード……?」

 

「笑っちまうだろ? 正規の仮カードってなんだよってな」

 

 親父は愉快そうに笑った。

 

「だが、これがないとこの街は回らねぇ。身分を隠したい連中にも、物は売らなきゃならん。物を売るなら、支払いと責任の線は残さなきゃならん。だから公社が認めた仮カードがある」

 

 トローラは一枚をヨーンへ、もう一枚をバーシャへ渡した。

 

「ヨーンは自分の口座に紐づけろ。バーシャの方は、スクール管理の購買用だ。レスターに後で確認させる」

 

 ヨーンはカードを受け取った。

 

 軽い。

 

 だが、妙に重く感じる。

 

「これで、入れるのか」

 

「入れる。買える。記録も残る。ただし本名は出さない」

 

 トローラは言った。

 

「カステポーで必要なのは、綺麗な身分じゃねぇ。後で揉めた時に辿れる線だ」

 

 バーシャが静かに頷いた。

 

「ヨーン様。これは身分を偽るためだけの道具ではありません。支払い、責任、購買制限を管理するための仮登録です」

 

「仮なのに、責任は残るのか」

 

「はい」

 

 シューシャが続ける。

 

「だから正規なのです。逃げるためではなく、隠しながらも取引を成立させるための制度です」

 

 ヨーンはカードを見つめた。

 

「……変な街だ」

 

 親父が笑った。

 

「その通りだ、坊主。だが、変な街だから生きられる奴もいる」

 

 トローラは売り場へ向かって歩き出した。

 

「だから、色々と教えてるのさ」

 

「僕に?」

 

「お前に」

 

 トローラは振り返らずに言った。

 

「ファティマを連れて歩くなら、買い物ひとつにも作法がある。どの店に入っていいか。どの道を通るか。どう支払うか。絡まれた時に、どの身分を出して、どの身分を隠すか」

 

 ヨーンは黙った。

 

「前みたいに“僕はマスターじゃない”って正直に言ったら、またゴロツキが寄ってくる。けど嘘で所有者面しても駄目だ。だから、こういう仮の線を使う」

 

「難しい」

 

「難しいから教えてる」

 

 四人は、一階の騎士用品フロアへ入った。

 

 そこだけでも、普通の街なら一つの市場ほどの広さがあった。

 

 壁一面に並ぶブーツ。

 

 騎士用グローブ。

 

 耐衝撃下着。

 

 訓練用ジャケット。

 

 防刃素材の外套。

 

 隣の通路には、ファティマ用の保温ケープ、調整用インナー、ヘッドコンデンサ保護具、移動時の偽装アクセサリまである。

 

 さらに奥では、ドーリー用の小型部品を見比べる騎士と整備士が揉めていた。

 

 ヨーンは圧倒されていた。

 

「こんなに……何を買えばいいか分からない」

 

「だから最初はブーツだ」

 

 トローラが即答した。

 

「お前の靴、街歩きにも訓練にも向いてねぇ。逃げる時に靴が悪いと死ぬ」

 

「そんなところまで見るのか」

 

「見る。騎士は足から死ぬこともある」

 

 バーシャが頷く。

 

「ヨーン様は踏み込み時に踵が浮きやすいです。靴底が柔らかすぎるため、力が逃げています」

 

「バーシャも見てたのか」

 

「はい」

 

 シューシャが棚を確認する。

 

「この区画なら、訓練用と街歩き用を兼ねるものがあります。完全戦闘用ではなく、今のヨーン様には中間型が適切です」

 

 トローラは受付の親父へ振り返った。

 

「な、こういうのを教えてるんだよ」

 

 親父はカウンターで笑っていた。

 

「兄さん、顔に似合わず面倒見いいな」

 

 トローラは肩をすくめた。

 

「自覚はしてるさ」

 

「自覚あるのかよ」

 

「最近な」

 

 シューシャが静かに付け加える。

 

「マスターは、面倒を見る対象が増える傾向にあります」

 

「分析するな」

 

「事実です」

 

「事実で殴るな」

 

 ヨーンは、トローラを見た。

 

 悪党だと言う。

 

 負け犬だと言う。

 

 だが、こういうことを教えてくれる。

 

 騎士らしくない言葉で、騎士として生き残るためのことを教えてくれる。

 

「トローラ」

 

「あ?」

 

「……ありがとう」

 

 トローラは一瞬だけ、嫌そうな顔をした。

 

「礼は買い物が終わってから言え」

 

「分かった」

 

「まずはブーツ。それからカードの口座紐づけ。次にバーシャの購買線を分ける。最後に医療キットだ」

 

「多い」

 

「騎士になるってのは、面倒なんだよ」

 

 ヨーンは、正規の仮カードを握った。

 

 騎士になるということは、剣を握ることだけではない。

 

 名前を隠す方法。

 

 責任を残す方法。

 

 ファティマと歩く時に危険を減らす方法。

 

 巨大な騎士公社ストアの中で、ヨーンはまた一つ、それを覚えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。