/*/ カステポー ヴァキ市 騎士公社ストア /*/
騎士公社のストアは、店というより、巨大な騎士用テーマパークだった。
ヨーン・バインツェルは、入口で立ち止まった。
広い。
とにかく広い。
高い天井。
奥まで続く通路。
吊り下げられた案内板。
騎士用装備。
ファティマ用品。
訓練器具。
医療キット。
携行食。
認証札。
ドーリー用の補修材。
さらに奥には、MHの部品まで置かれている。
小型の関節部品。
装甲パネル。
駆動系の補修ユニット。
配線束。
センサー類。
その一部は展示品のように並べられ、別の一部は巨大倉庫の棚に積まれていた。
天井近くでは、搬送クレーンが低い音を立てて動いている。
騎士が必要とするものは、ここに来ればだいたい揃う。
そう言われても信じられる規模だった。
ヨーンは思わず呟いた。
「……これ、店なのか」
トローラ・ロージンが横で笑った。
「店だよ。騎士公社のストアだ」
「ストアって大きさじゃない」
「騎士は道具も部品も面倒だからな。グローブ一つ買いに来た奴が、ついでにドーリーの部品を頼んで、気づいたらMHの補修材まで見て帰る。そういう場所だ」
バーシャが静かに言う。
「騎士用消耗品、ファティマ用調整用品、簡易医療用品、MH補修部品、ドーリー用品、認証手続き窓口。すべて同一施設内にあります」
シューシャも補足した。
「カステポーでは、名を伏せて活動する騎士も多いため、購買と認証が一体化した施設は重要です」
ヨーンは、改めて入口の案内板を見た。
一階、騎士用衣料・消耗品。
二階、ファティマ用品・調整器具。
三階、訓練機材・武具。
地階、ドーリー用品・大型部品受付。
奥区画、MH補修部品倉庫。
別棟、認証・仮ID発行・決済口座登録。
「……僕は入れない」
ヨーンは小さく言った。
トローラが振り返る。
「あ?」
「騎士登録がない。正式なIDもない。ここ、騎士公社の店だろ」
バーシャが静かに言う。
「通常であれば、騎士登録または同行登録が必要です」
シューシャも続ける。
「未登録の騎士候補者が入る場合、保護者または保証人の認証が必要になることが多いです」
ヨーンは少し肩を落とした。
やはり、自分はまだ何者でもない。
騎士でもない。
正式な訓練生でもない。
レスターのスクールに拾われただけの少年だ。
だが、トローラは平然としていた。
「何言ってるんだ」
彼は、広い受付区画へ向かう。
「ここはカステポーだぞ?」
トローラは窓口の向こうにいる受付の親父へ声をかけた。
「親父さん。騎士IDの仮カード二枚」
「あいよ」
軽かった。
あまりにも軽かった。
親父は端末を叩き、引き出しから薄いカードを二枚取り出した。
刻印も紋章もない。
だが、騎士公社の正規規格品だった。
「使い方は分かるな。自分の銀行口座に紐づけな。仮名でもいいが、決済口座は生きてるやつだぞ」
ヨーンは呆然とした。
「え、いいのか」
親父がヨーンを見る。
「なんだぁ、ガキ。こういうとこ初めてか?」
「初めてです」
「だろうなぁ」
親父は笑った。
「カステポーじゃな、名前を隠したい騎士なんてごまんといるんだよ。国元で揉めた奴、追われてる奴、偽名で仕事してる奴、身分を表に出せねぇ貴族騎士、表向き死んだことになってる奴までいる」
「それで、仮カード?」
「そうだ。そのための正規の仮カードだ」
ヨーンはますます分からなくなった。
「正規の、仮カード……?」
「笑っちまうだろ? 正規の仮カードってなんだよってな」
親父は愉快そうに笑った。
「だが、これがないとこの街は回らねぇ。身分を隠したい連中にも、物は売らなきゃならん。物を売るなら、支払いと責任の線は残さなきゃならん。だから公社が認めた仮カードがある」
トローラは一枚をヨーンへ、もう一枚をバーシャへ渡した。
「ヨーンは自分の口座に紐づけろ。バーシャの方は、スクール管理の購買用だ。レスターに後で確認させる」
ヨーンはカードを受け取った。
軽い。
だが、妙に重く感じる。
「これで、入れるのか」
「入れる。買える。記録も残る。ただし本名は出さない」
トローラは言った。
「カステポーで必要なのは、綺麗な身分じゃねぇ。後で揉めた時に辿れる線だ」
バーシャが静かに頷いた。
「ヨーン様。これは身分を偽るためだけの道具ではありません。支払い、責任、購買制限を管理するための仮登録です」
「仮なのに、責任は残るのか」
「はい」
シューシャが続ける。
「だから正規なのです。逃げるためではなく、隠しながらも取引を成立させるための制度です」
ヨーンはカードを見つめた。
「……変な街だ」
親父が笑った。
「その通りだ、坊主。だが、変な街だから生きられる奴もいる」
トローラは売り場へ向かって歩き出した。
「だから、色々と教えてるのさ」
「僕に?」
「お前に」
トローラは振り返らずに言った。
「ファティマを連れて歩くなら、買い物ひとつにも作法がある。どの店に入っていいか。どの道を通るか。どう支払うか。絡まれた時に、どの身分を出して、どの身分を隠すか」
ヨーンは黙った。
「前みたいに“僕はマスターじゃない”って正直に言ったら、またゴロツキが寄ってくる。けど嘘で所有者面しても駄目だ。だから、こういう仮の線を使う」
「難しい」
「難しいから教えてる」
四人は、一階の騎士用品フロアへ入った。
そこだけでも、普通の街なら一つの市場ほどの広さがあった。
壁一面に並ぶブーツ。
騎士用グローブ。
耐衝撃下着。
訓練用ジャケット。
防刃素材の外套。
隣の通路には、ファティマ用の保温ケープ、調整用インナー、ヘッドコンデンサ保護具、移動時の偽装アクセサリまである。
さらに奥では、ドーリー用の小型部品を見比べる騎士と整備士が揉めていた。
ヨーンは圧倒されていた。
「こんなに……何を買えばいいか分からない」
「だから最初はブーツだ」
トローラが即答した。
「お前の靴、街歩きにも訓練にも向いてねぇ。逃げる時に靴が悪いと死ぬ」
「そんなところまで見るのか」
「見る。騎士は足から死ぬこともある」
バーシャが頷く。
「ヨーン様は踏み込み時に踵が浮きやすいです。靴底が柔らかすぎるため、力が逃げています」
「バーシャも見てたのか」
「はい」
シューシャが棚を確認する。
「この区画なら、訓練用と街歩き用を兼ねるものがあります。完全戦闘用ではなく、今のヨーン様には中間型が適切です」
トローラは受付の親父へ振り返った。
「な、こういうのを教えてるんだよ」
親父はカウンターで笑っていた。
「兄さん、顔に似合わず面倒見いいな」
トローラは肩をすくめた。
「自覚はしてるさ」
「自覚あるのかよ」
「最近な」
シューシャが静かに付け加える。
「マスターは、面倒を見る対象が増える傾向にあります」
「分析するな」
「事実です」
「事実で殴るな」
ヨーンは、トローラを見た。
悪党だと言う。
負け犬だと言う。
だが、こういうことを教えてくれる。
騎士らしくない言葉で、騎士として生き残るためのことを教えてくれる。
「トローラ」
「あ?」
「……ありがとう」
トローラは一瞬だけ、嫌そうな顔をした。
「礼は買い物が終わってから言え」
「分かった」
「まずはブーツ。それからカードの口座紐づけ。次にバーシャの購買線を分ける。最後に医療キットだ」
「多い」
「騎士になるってのは、面倒なんだよ」
ヨーンは、正規の仮カードを握った。
騎士になるということは、剣を握ることだけではない。
名前を隠す方法。
責任を残す方法。
ファティマと歩く時に危険を減らす方法。
巨大な騎士公社ストアの中で、ヨーンはまた一つ、それを覚えた。