トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

38 / 63
可愛い下着にドキドキ

 

/*/ 騎士公社ストア 二階 ファティマ用品フロア /*/

 

 

 

 ブーツを選び、仮カードの口座紐づけを終え、簡易医療キットを籠に入れたところで、トローラ・ロージンは唐突に言った。

 

「次は、お楽しみのファティマの下着やスーツだ」

 

 ヨーン・バインツェルは、露骨に顔を引きつらせた。

 

「……僕はいいよ。バーシャが見てきて」

 

 バーシャは静かに立っていた。

 

 表情は変わらない。

 

 だが、ヨーンの方が勝手に気まずくなった。

 

「そういうのは、本人が選べばいいだろ」

 

「残念」

 

 トローラは、何でもないことのように言った。

 

「ファティマは、騎士が決定してやらないと自分じゃ何も買えない」

 

 ヨーンは足を止めた。

 

「……え?」

 

「そういう風にコントロールされている」

 

 トローラは二階フロアを顎で示した。

 

 そこには、ファティマ用の下着、インナー、保温ケープ、スーツ、調整用の小物、外出用の偽装アクセサリまで並んでいた。

 

 色も形も多い。

 

 質もいい。

 

 だが、それらは、ファティマ本人が自由に買うための売り場ではなかった。

 

 横に必ず、騎士用の決済端末がある。

 

 購入者確認。

 

 登録線確認。

 

 用途分類。

 

 管理者承認。

 

 ヨーンは、その表示を見て、ようやく意味を理解し始めた。

 

「自分の服なのに?」

 

「そうだ」

 

「下着も?」

 

「下着も」

 

「そんなの、おかしいだろ」

 

「おかしいよ」

 

 トローラはあっさり言った。

 

「でも、おかしいまま回ってる。だから、騎士がついてないロスト・ファティマは、みんなボロボロになってるだろ?」

 

 ヨーンは黙った。

 

 街で時折見かけた、はぐれたファティマたちの姿が頭をよぎる。

 

 綺麗なはずなのに、どこか傷んでいる。

 

 服が古い。

 

 靴が合っていない。

 

 目を伏せ、道の端を歩き、人間の視線を避けている。

 

 あれは、単に金がないからではなかった。

 

 買えないのだ。

 

 選べないのだ。

 

 制度の上で、そう作られている。

 

「一応な」

 

 トローラは棚の一角に並ぶファティマ・スーツを見た。

 

「主が死んだ時のために、ファティマ・スーツには宝石が付いてる。売れば当座の資金にできるようにな」

 

「じゃあ、それで」

 

「それを狙って、一般ゴロツキに狩られる場合も多い」

 

 ヨーンの顔が強張った。

 

「狩られる?」

 

「主人のいないファティマは、人間に抵抗しちゃいけないからな」

 

「そんなの!」

 

 ヨーンの声が大きくなった。

 

 近くにいた騎士がちらりと見る。

 

 バーシャが、そっと視線を下げた。

 

 トローラはヨーンの肩を軽く叩いた。

 

「だから、お前は色々覚えなきゃいけない」

 

 ヨーンは歯を食いしばる。

 

「……」

 

「目の前で困ってるファティマがいたら、助けたいんだろ」

 

 少しの沈黙。

 

 ヨーンは、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

「なら、怒るだけじゃ足りねぇ。制度を知らないと、助け方を間違える」

 

 トローラは棚から、包装されたインナーを一つ取った。

 

「で、下着とかインナーだが」

 

 ヨーンはまた少し身構えた。

 

「ファティマは、俺たちが普通に着てる化繊にアレルギーがある」

 

「化繊?」

 

「ああ。人間用の安い下着を着せると、肌がやられる。お前が“着て”と言えば、ファティマは着る。嫌でも着る。だが、皮膚が爛れて酷いことになる」

 

 ヨーンの顔から血の気が引いた。

 

 バーシャは静かに言う。

 

「ヨーン様。ファティマは、命令を拒否できない場合があります。特に、着衣や装備の指示は、健康被害より命令遵守が優先されることがあります」

 

「そんな……」

 

「だから、騎士が知らなければなりません」

 

 バーシャの声は穏やかだった。

 

 だが、その穏やかさが、逆に重かった。

 

 トローラは頷いた。

 

「そういうことだ。シルクとか綿とか、肌に合うインナーを買ってやる。一般事務なら、その上は事務服でいい。スクールの受付や書類仕事ならな」

 

 トローラは、さらに奥のスーツ区画を指した。

 

「だが、戦闘やMHに乗せるなら、デカダン・スタイルのスーツがいる」

 

 そこには、明らかに値段の桁が違う衣装が並んでいた。

 

 機能服。

 

 儀礼服。

 

 戦闘対応スーツ。

 

 搭乗補助用スーツ。

 

 素材も縫製も、普通の服とは違う。

 

 ヨーンは値札を見て固まった。

 

「……うわぁ、高い」

 

「高い」

 

 トローラは即答した。

 

「でも必要だ」

 

「こんなの、普通の騎士候補が買えるのか?」

 

「買えない奴もいる。だから中古もある」

 

 トローラは中古品の区画へ歩いた。

 

 整備済み。

 

 再調整済み。

 

 前所有者情報削除済み。

 

 用途ごとに分けられたデカダン・スタイルのスーツが並んでいる。

 

 ヨーンは少し抵抗を覚えた。

 

「中古でいいの」

 

「状態が良ければな。ファティマの体型は、星団法で三種類に決まってる。人間みたいに細かい個体差で悩まなくていい」

 

 トローラはバーシャを見た。

 

「バーシャならSサイズで合う」

 

 バーシャが頷く。

 

「はい。S規格です」

 

「試着は?」

 

「基本的には不要です」

 

 バーシャが答えた。

 

「ただし、用途に応じて調整箇所の確認は必要です。長時間の座位、事務作業、移動、戦闘待機、MH搭乗では負荷点が違います」

 

 ヨーンは目を丸くした。

 

「そんなに違うのか」

 

「違います」

 

 シューシャが横から、いくつかの商品を選び始めた。

 

「バーシャ様には、まず綿系の普段用インナーを二組。シルク混の長時間着用用を一組。事務補助用の簡易服を一着。戦闘搭乗用は、現時点では中古のデカダン・スタイルで十分かと」

 

「シューシャ、選ぶの早いな」

 

 トローラが言うと、シューシャは淡々と答えた。

 

「マスターが雑に選ぶと、価格と耐久だけで判断しますので」

 

「信用がねぇ」

 

「あります。ただし、衣料選択は私の方が適任です」

 

「それはそう」

 

 ヨーンは、棚の前で立ち尽くしていた。

 

 下着。

 

 インナー。

 

 スーツ。

 

 値段。

 

 素材。

 

 アレルギー。

 

 登録線。

 

 購入権限。

 

 ファティマを守るという言葉の中に、こんなにも多くの知らないことが詰まっているとは思わなかった。

 

「僕は……何も知らなかった」

 

 ヨーンが呟く。

 

 トローラは、珍しく茶化さなかった。

 

「知らなかったなら、今覚えろ」

 

「うん」

 

「バーシャに聞け。シューシャにも聞け。レスターにも聞け。分からないまま命令するな」

 

「うん」

 

「それと」

 

 トローラは、声を少し低くした。

 

「女物の下着を買うのに気まずいのは分かる。俺だって最初は面倒だった」

 

 ヨーンは少し顔を赤くした。

 

「……うん」

 

「だが、特にバーシャはストアの中でも一人にするな」

 

 ヨーンは顔を上げた。

 

「ストアの中でも?」

 

「ああ」

 

 トローラは、広いファティマ用品フロアを見渡した。

 

 明るい照明。

 

 整った棚。

 

 騎士公社の係員。

 

 正規の決済端末。

 

 一見、安全に見える。

 

 だが、トローラの目は別のものを見ていた。

 

「こういう店にも、ファティマのブローカーは入り込んでる」

 

 ヨーンの表情が変わった。

 

「ブローカー……」

 

「店員じゃない。客のふりをする。整備士のふりをする。騎士の従者のふりをする。ファティマ用品を見てる管理の甘い主従を探してる」

 

 ヨーンは思わずバーシャを見た。

 

 バーシャは静かに目を伏せている。

 

「一人にすると、どうなる」

 

「分かってない管理の甘いマスターの所有物だと思われる」

 

 トローラは言った。

 

「あるいは、ロスト・ファティマだとな。声をかける。手続きを装う。試着や調整の奥へ誘導する。気がついたら、別の出口から連れ出されてる」

 

「そんな……ここ、騎士公社のストアだろ」

 

「だからこそだ」

 

 トローラは答えた。

 

「騎士とファティマが山ほどいる。出入りも多い。大きすぎて、死角も多い。正規の場所ほど、正規っぽい顔をした悪党が紛れ込む」

 

 ヨーンは、拳を握った。

 

「どうして、トローラはそんなに詳しいの?」

 

 トローラは、少しだけ口の端を上げた。

 

「悪党なんだから、同業者のやり口は知ってるに決まってるだろ」

 

 ヨーンは何も言えなかった。

 

 悪党。

 

 トローラは自分をそう呼ぶ。

 

 だが、その悪党の知識が、バーシャを守るために使われている。

 

「じゃあ、僕は」

 

「隣にいろ」

 

 トローラは言った。

 

「見張るんじゃない。所有者面するんでもない。ただ、隣にいろ。バーシャが商品を見る時は、一緒に見る。支払いの時は、購買線を確認する。係員に案内される時は、シューシャか俺に声をかける。絶対に一人で奥へ行かせるな」

 

「分かった」

 

「本当に分かったか?」

 

「分かった」

 

 ヨーンはバーシャを見た。

 

「バーシャ。僕、隣にいる」

 

 バーシャは、少しだけ目を上げた。

 

「ありがとうございます、ヨーン様」

 

「守るためじゃない」

 

 ヨーンは、言葉を探した。

 

「いや、守るためだけど……勝手に決めるんじゃなくて。隣にいる」

 

 バーシャは、ほんのわずかに柔らかい表情を見せた。

 

「はい」

 

 トローラはそれを見て、満足そうに鼻を鳴らした。

 

「よし。じゃあ選べ」

 

 ヨーンは、バーシャを見た。

 

「バーシャ」

 

「はい」

 

「どれがいい?」

 

 バーシャは少しだけ目を伏せた。

 

「ヨーン様が選んでくださるなら、どれでも」

 

「そうじゃなくて」

 

 ヨーンは首を振った。

 

「どれが、君に合う?」

 

 バーシャは、ほんのわずかに間を置いた。

 

 それから、一つの棚を示した。

 

「普段用であれば、こちらの綿素材が良いです。長時間でも皮膚負担が少ないと思われます」

 

「じゃあ、それ」

 

「戦闘搭乗用は、こちらの中古スーツが状態良好です。ただし、肩部の調整が必要です」

 

「それも」

 

「価格が高いです」

 

「……高いけど、必要なんだろ」

 

 バーシャは静かに頷いた。

 

「はい」

 

 ヨーンは仮カードを握った。

 

 手が少し震えている。

 

 トローラが横から言う。

 

「今回はスクール購買線で払う。お前が全部背負うな」

 

「でも」

 

「でもじゃねぇ。覚える日だ。払う日じゃない」

 

 シューシャが端末に商品を登録する。

 

「スクール管理分として処理します。ヨーン様には購入記録を閲覧できるようにしておきます」

 

「見るだけ?」

 

「はい。まずは何が必要で、いくらかかるかを知ることが重要です」

 

 ヨーンは頷いた。

 

 自分が何も知らないことを、また一つ知った。

 

 それは悔しい。

 

 でも、知らないままよりはいい。

 

 バーシャが静かに言った。

 

「ありがとうございます、ヨーン様」

 

「僕は、まだ何もしてない」

 

「選ぼうとしてくださいました」

 

 その言葉に、ヨーンは少しだけ顔を赤くした。

 

 トローラは広いファティマ用品フロアを見回した。

 

「よし。必要なものは一通り押さえたな。次は会計だ。バーシャ、一人で列に並ぶなよ」

 

「はい、トローラ様」

 

「ヨーン」

 

「分かってる。隣にいる」

 

「よし」

 

 この日、ヨーン・バインツェルは、剣ではなく、下着とスーツの棚の前で、騎士として必要なことを一つ覚えた。

 

 怒るだけでは足りない。

 

 殺すだけでは守れない。

 

 知らなければ、善意でも傷つける。

 

 そして、守りたい相手を一人にしないことと、所有物扱いしないことは、同時に成立させなければならないのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。