/*/ ヴァキ市 騎士公社ストア前広場 /*/
騎士公社ストアを出ると、広場は夕方の光に染まっていた。
騎士。
ファティマ。
整備士。
ドーリー業者。
部品商。
ナイトギルドの使い走り。
人の流れは多く、声も多い。
ヨーン・バインツェルは、両腕に荷物を抱えていた。
ブーツ。
医療キット。
バーシャ用のインナー。
事務服。
中古のデカダン・スタイル。
買い物は終わった。
だが、頭の中はまだ終わっていなかった。
ファティマは自分で服も下着も自由には買えない。
素材を間違えれば肌が爛れる。
ストアの中にもブローカーがいる。
ファティマを一人にするな。
知らなければ、善意でも傷つける。
覚えることが多すぎた。
その時、広場の端で声がした。
「お嬢ちゃん、金持ってるんだってねぇ」
ヨーンは足を止めた。
広場の石柱の近く。
数人の男が、一人の少女を囲んでいた。
少女は、ヨーンと同年代くらいに見えた。
十代前半(ジョーカー星団だと40-50歳位になるはずですが、イメージの分かりやすさで地球人準拠の描写にしています)。
小柄で、きちんとした服を着ている。
だが、表情は疲れ切っていた。
「持ってないって言ってるでしょう」
「嘘つけよ。いい宿に泊まってるって聞いたぜ」
「お嬢ちゃん一人でそんな格好して歩いてたら、そりゃあ心配にもなるよなぁ」
男たちの声は、心配などではない。
値踏みだった。
少女は唇を噛んだ。
「……みんな私のことを馬鹿にして」
「あ?」
「領事も、騎士も、メードも、ボーイも、みんな私を笑って無視して」
声が震えていた。
怒りで。
悔しさで。
「こんなのばっかり絡んできて……もう嫌!」
ヨーンの胸が、熱くなった。
少し前の自分と重なった。
街に流れてきて、何も知らず、人買いに囲まれた時の自分と。
バーシャが、ヨーンの横で小さく言った。
「ヨーン様」
「分かってる」
ヨーンは荷物をバーシャの方へ少し預け、前へ出た。
「やめなよ」
男たちが振り返った。
「あ?」
「この子は嫌だって言ってる」
男の一人が笑った。
「あ、なんだ。ガキ?」
「騎士ごっこかよ」
男がヨーンの胸倉へ手を伸ばした。
その瞬間、ヨーンは一歩引き、男の手首を取った。
力任せではない。
レスターに教わった通り。
バーシャに言われた通り。
肩を上げない。
怒りで握り潰さない。
相手の力が伸びたところを、少しだけずらす。
手首を返し、肘を落とし、関節を決める。
「ぐっ……!」
男が膝をついた。
ヨーンは、そのまま折らなかった。
痛みで止める。
壊さない。
それができた。
ヨーンは男たちを見た。
心臓は激しく鳴っている。
怖い。
怒ってもいる。
けれど、声は思ったより落ち着いていた。
「……僕、あそこの騎士様から戦闘訓練を受けているんだ」
ヨーンは、少し離れた場所に立つトローラへ視線を向けた。
トローラ・ロージンは、荷物を片手に提げ、いつもの悪い目つきでこちらを見ていた。
その隣にはシューシャ。
さらにバーシャもいる。
男たちの顔色が変わる。
トローラは何も言わなかった。
ただ、目だけで笑っていた。
あれは、怖い。
「それでも……やる?」
ヨーンが言うと、手首を取られた男が舌打ちした。
「……ちっ。放せよ」
ヨーンは手を離した。
男は手首を押さえながら後ずさる。
「やめだ。やめだ」
「ガキ相手に馬鹿らしいぜ」
「行くぞ」
男たちは、逃げるように広場の人混みへ消えていった。
ヨーンは、ようやく息を吐いた。
拳が震えていた。
殴りたかった。
もっと痛めつけたかった。
だが、止めた。
止められた。
後ろから、トローラの声がした。
「今のは悪くない」
ヨーンが振り返る。
トローラは近づきながら、軽く顎を上げた。
「よくやった」
ヨーンは少し驚いた。
「……褒めるんだ」
「褒める時は褒める」
シューシャが静かに言った。
「マスター。褒める時は、もう少し分かりやすく褒める必要があります」
「うるせぇな。今やってるだろ」
「不足気味です」
「注文が細かい」
ヨーンは少しだけ笑いそうになった。
だが、すぐに少女の方を見る。
「大丈夫?」
少女は、まだ肩で息をしていた。
だが、涙はこぼしていない。
悔しさで、目を真っ赤にしているだけだった。
「……平気」
「本当に?」
「平気じゃないけど、平気って言うしかないじゃない」
その言い方に、トローラが片眉を上げた。
彼は少女をじっと見た。
服装。
荷物。
指先。
道具袋。
目線。
そして、周囲の扱いに対する苛立ち。
「おや」
トローラが言った。
「お嬢ちゃん、ただの迷子じゃねぇな」
少女が警戒する。
「何よ」
「最年少マイトって噂の子じゃないか」
ヨーンが目を丸くした。
「マイト?」
シューシャも少女を見た。
「ファティマ・マイトですか」
少女は、不機嫌そうに顔を背けた。
「……だったら何よ。みんな、見た目だけ見て子供扱いするくせに」
「そりゃされるだろ」
トローラはあっさり言った。
「実際、十代前半くらいに見える」
「だから馬鹿にされるのよ!」
「馬鹿にはしてねぇよ。面倒だなと思ってるだけだ」
「もっと悪いわ!」
トローラは肩をすくめた。
その反応が、少しだけヨーンには面白かった。
少女は怒っている。
だが、さっきの男たちに向けた恐怖とは違う。
ちゃんと怒れる相手だと判断した怒りだった。
トローラは、広場の向こうにあるカフェを指した。
「ちょうどいい。そこのカフェで少し話を聞かせてくれ」
「なんで私が」
「こっちの坊主に教えてやってほしい」
トローラはヨーンの肩を軽く叩いた。
「ファティマに化繊の服を着せたらどうなるか」
少女の表情が変わった。
怒りが、職業の顔に切り替わる。
「……誰かに着せたの?」
「まだ着せてない」
「ならいいわ。まだ間に合う」
少女は即答した。
ヨーンは少しだけ背筋を伸ばした。
「僕が知らなかったんだ。今日、トローラに教えてもらった」
少女はヨーンを見た。
「あなたが?」
「うん」
「ファティマを連れているの?」
ヨーンは一瞬、バーシャを見た。
前なら、余計なことを言っていたかもしれない。
今は違う。
「レスター騎士スクールで、一緒に勉強してる」
バーシャが静かに頭を下げた。
「バーシャと呼ばれています」
少女はバーシャを見た。
その目が、さっきまでと違った。
見た目ではない。
服でもない。
歩き方。
反応。
沈黙。
そういうものを見ている目だった。
「……なるほど」
トローラが笑う。
「な。話す価値ありそうだろ」
少女は少し迷った。
だが、ヨーンが真剣な顔をしているのを見て、ため息をついた。
「いいわ。カフェで話す」
「助かる」
「ただし、甘いもの頼んで」
「高いやつか?」
「当然」
「ちゃっかりしてんな」
「絡まれて疲れたの。正当な補給よ」
トローラは笑った。
「そういう言い方、嫌いじゃねぇ」
ヨーンは、バーシャの荷物を持ち直した。
バーシャが静かに言う。
「ヨーン様。先ほどの対応は、適切でした」
「本当に?」
「はい。相手を壊さず、退かせました」
ヨーンは、胸の奥が少し熱くなった。
トローラに褒められた時とは違う熱だった。
「よかった」
少女が横から言う。
「でも、関節を決めた後の立ち位置は甘いわね。相手の仲間が横から来たら危なかった」
ヨーンは固まった。
「え」
「カフェでそれも説明してあげる」
トローラが吹き出した。
「いい先生が増えたな、ヨーン」
「……また覚えることが増えた」
「騎士になるってのは、そういうことだ」
四人と一人は、広場のカフェへ向かった。
ヨーンはまだ、その少女の名をよく知らない。
ただ、彼女が小さな身体で怒り、馬鹿にされ、絡まれ、それでも専門家の顔になった瞬間を見た。
ファティマを守ること。
ファティマを作る者の知識。
街で弱く見られる者が、どう扱われるか。
それらが、一つのテーブルに集まろうとしていた。
トローラは歩きながら、小さく呟いた。
「ま、こういう縁もあるか」
シューシャが横で問う。
「何か?」
「何でもねぇ」
トローラはカフェの椅子を引いた。
「さあ、最年少マイト先生。化繊でファティマの肌がどうなるか、こいつに叩き込んでやってくれ」
少女は椅子に座り、胸を張った。
「いいわ。まず最初に言っておくけど、知らないまま命令する騎士が一番危ないの」
ヨーンは、真剣に頷いた。
「うん」
「メモは?」
「取る」
「なら話すわ」
バーシャは静かに座り、シューシャは端末を開く。
トローラは甘いものを注文しながら、少しだけ肩の力を抜いた。
失敗からではなく、助けた縁から学ぶ。
それなら悪くない。
今日の買い物は、まだ終わっていなかった。