/*/ ヴァキ市 レスター騎士スクール 食堂 夕刻 /*/
ヨーン・バインツェルは、食堂の椅子に座ったまま、むすっとしていた。
目の前には、皿が三つ。
肉。
野菜。
パン。
スープ。
そして、トローラ・ロージンが追加で持ってきた山盛りの芋。
「食え」
「いらない」
「食え」
「多すぎる」
「騎士候補が芋に負けるな」
ヨーンはさらに顔をしかめた。
その日の外出でも、また絡まれた。
最初は市場。
次は騎士公社ストアの脇道。
その次は、安い道具屋の前。
今回は、ただ道を歩いていただけだった。
バーシャと一緒にいたからか。
未登録の若い騎士候補に見えたからか。
それとも、単に自分が弱そうに見えたからか。
ヨーンには、それが一番腹立たしかった。
「どうして僕ばっかり絡まれるんだ!?」
ついに声が出た。
食堂の端で、レスターが少しだけ目を上げる。
バーシャは静かに水差しを置いた。
シューシャは、トローラの隣で無言のまま食器を並べている。
トローラは、ヨーンの向かいに座った。
「そりゃお前、ちっこいからだよ」
ヨーンの顔が固まった。
「……ちっこい」
「ああ」
「僕が、小さいから?」
「そうだ」
トローラは悪びれなかった。
「騎士としての技量を見抜けない雑魚は、身体の大小で戦闘力を測る。でかいか小さいか。強そうか弱そうか。勝てそうか負けそうか。そういう目で見てる」
ヨーンは拳を握った。
「僕は弱くない」
「知ってる」
「なら」
「俺たちは知ってる。レスターも知ってる。バーシャも知ってる。シューシャも知ってる」
トローラは芋を一つ摘まむ。
「だが、路地裏のゴロツキは知らねぇ」
ヨーンは黙った。
「やつらは、見た目で来る。お前はまだ若い。背も伸びきってない。顔も騎士というより、田舎から流れてきた坊主だ。だから絡む」
「……悔しい」
「だろうな」
「どうして僕は、早く大きくなれないんだ」
ヨーンの声は、怒っているというより、泣きそうだった。
自分の力は怖い。
けれど、弱く見られるのも嫌だ。
バーシャを守りたい。
でも、守る前に自分が値踏みされる。
それが悔しくて、たまらない。
トローラは、少しだけ口元を緩めた。
「いいぞ」
ヨーンが顔を上げる。
「え?」
「せいぜい悔しがれ」
トローラは、芋をヨーンの皿にさらに一つ乗せた。
「その悔しさを忘れずに大きくなれよ」
「……大きく」
「まず好き嫌いなく飯を食え。騎士なんだから、そのうち二メートルくらいには育つ」
「二メートル……?」
「たぶんな」
「たぶんって何だよ」
「栄養と訓練と血筋と運だ」
「雑すぎる」
「成長なんて雑なもんだ」
レスターが遠くから言った。
「睡眠も必要だ」
トローラが指を鳴らす。
「ほら、ミハイルも言ってる。食って寝ろ」
バーシャも静かに言う。
「ヨーン様。成長期の騎士候補は、食事量と睡眠量が不足すると身体制御が不安定になります」
「バーシャまで……」
「はい。ですので、残さず食べてください」
ヨーンは皿を見た。
肉。
野菜。
パン。
スープ。
芋。
山盛りの芋。
悔しい。
小さいと言われたことも。
それが正しいことも。
絡まれる理由が、自分ではなく相手の見る目の浅さだとしても、それでも腹が立つ。
「……食べる」
ヨーンはフォークを取った。
「全部食べる」
トローラは満足そうに頷いた。
「よし」
「でも、いつか大きくなったら」
「ああ」
「今日絡んできたような奴らが、僕を見ただけで道を空けるくらいになる」
「いいじゃねぇか」
トローラは笑った。
「ただし、その時に弱そうなガキを見下ろして笑う側になるなよ」
ヨーンの手が止まった。
「……ならない」
「なら、今の悔しさは覚えておけ」
トローラの声は、少しだけ真面目だった。
「小さいから舐められる悔しさ。勝手に弱いと決めつけられる腹立たしさ。自分より弱そうな奴へ群がる連中の気持ち悪さ。全部覚えとけ」
ヨーンは頷いた。
「うん」
「お前がでかくなって強くなった時、それを忘れなければ、たぶん嫌な騎士にはならねぇ」
バーシャが、ほんのわずかに目を伏せた。
「大切なことです」
ヨーンは芋を口に入れた。
まだ悔しい。
悔しいまま、噛んだ。
飲み込んだ。
もう一口食べた。
トローラは椅子にもたれ、面白そうにそれを見ている。
「いい食いっぷりだ」
「見ないで」
「育てよ、ヨーン。二メートルだ」
「本当に二メートルになるかな」
「なるだろ。騎士だし」
「理由になってない」
「細かいこと気にすんな。食え」
ヨーンはまた芋を食べた。
いつか。
いつか、自分は大きくなる。
体も。
力も。
心も。
その時、今日の悔しさを忘れない。
小さく見られたこと。
弱いと決めつけられたこと。
誰かを守りたいのに、まず自分が守られたこと。
それらを全部覚えたまま、大きくなる。
バーシャが水を注いだ。
「ヨーン様。急いで食べると喉に詰まります」
「うん」
「よく噛んでください」
「分かってる」
トローラが笑う。
「よし。今日から飯も稽古だ」
ヨーンは小さく呻いた。
「稽古ばっかりだ」
「騎士になるってのは、そういうことだ」
食堂の外では、カステポーの夜が始まっていた。
路地裏には、まだゴロツキがいる。
弱そうな者を狙う連中もいる。
だが、その夜、レスター騎士スクールの食堂では、一人の少年が悔しさを噛みしめながら飯を食っていた。
いつか大きくなるために。
その時、弱く見える誰かを笑う側にならないために。