/*/ カステポー ヴァキ市 広場裏の石畳 /*/
また、絡まれた。
ヨーン・バインツェルは、石畳に膝をつかされながら、奥歯を噛みしめた。
今度は、一般のゴロツキではなかった。
騎士だった。
それも、一人ではない。
いつもそうだ。
こういう連中は、単独では来ない。
一人がヨーンの肩を押さえつけ、もう一人が腕を捻る。
残りの二人が、バーシャを挟むようにして押さえていた。
「おい、動くなよ、坊主」
「騎士候補だか何だか知らねぇが、まだ子供じゃねぇか」
「ファティマ連れて歩くには早いんだよ」
ヨーンは歯を食いしばる。
「離せ」
「離せ、だってよ」
「可愛いなぁ」
男たちは笑った。
その笑い方が、ヨーンは嫌いだった。
勝てる相手を見つけた時の笑い。
自分たちは強い側だと信じている笑い。
その笑いは、一般ゴロツキも、騎士崩れも、あまり変わらない。
ただ、今度の相手は力があった。
騎士の力。
雑だが、速い。
乱暴だが、強い。
ヨーンはまだ、完全には振りほどけない。
バーシャは静かに言った。
「ヨーンさん、無理に動かないでください」
「バーシャ!」
男の一人が、バーシャのヘッドコンデンサへ手を伸ばした。
ヨーンの目が見開かれる。
「やめろ!」
「うるせぇ」
「登録線が甘いなら、仮で通せるかもしれねぇだろ」
「壊れたファティマだって話だが、動くなら使い道はある」
男の指が、バーシャのヘッドコンデンサに触れた。
ヨーンの血が、頭へ昇る。
だが、バーシャは反応しなかった。
淡い光すら出ない。
仮登録も、拒否も、反応もない。
ただ静かに立っている。
男が舌打ちした。
「駄目だ。こいつ反応しねぇ!」
「本当に壊れてやがるのか」
「じゃあ売るしかねぇなぁ。部品取りでも、好き者向けでも、何かしら値はつくだろ」
その言葉で、ヨーンの中の何かが切れた。
「僕のバーシャに、何をする!」
叫んだ瞬間、バーシャが鋭く言った。
「ヨーンさん!」
ヨーンは止まりかけた。
また、一般人に怪我をさせてはいけない。
そう思った。
だが、バーシャの次の言葉は違った。
「この方たちは騎士ですよ!」
ヨーンの目が変わった。
一般人ではない。
騎士。
力を持つ者。
騎士の作法で、騎士の責任で、戦える相手。
ヨーンは、息を吸った。
「……そうか」
肩を押さえていた男が笑う。
「あ?」
「騎士なら」
ヨーンの足が、石畳を噛んだ。
トローラに言われた言葉が、頭の奥で鳴る。
相手が一般人なら、壊すな。
相手が騎士なら、話は別だ。
騎士として来たなら、騎士として打ち返せ。
「こうだ!」
ヨーンの身体が沈んだ。
押さえていた男の腕の下へ滑り込む。
手首を取る。
捻るのではない。
崩す。
肘を抜き、肩を外し、相手の力が乗った方向へ落とす。
男の身体が前へ泳いだ。
そこへ、ヨーンの手刀が入る。
真空剣ではない。
仁王剣でもない。
ただの手刀。
だが、騎士の身体で打つ手刀だった。
「がっ!」
男が石畳に叩きつけられる。
もう一人が反応する。
遅い。
ヨーンには見えた。
腕を振り上げる前、肩が語っている。
踏み込みの前、膝が沈む。
バーシャに言われた通りだ。
ヨーンは半歩横へずれた。
拳が空を切る。
その肘へ、掌底を置く。
衝撃を置く。
小さな仁王剣。
「ぐあっ!」
肘を押さえ、男が崩れる。
バーシャを押さえていた二人が、唖然とした。
その一瞬で十分だった。
バーシャが片足を引く。
拘束が緩む。
ヨーンは踏み込んだ。
「バーシャを離せ!」
手刀。
肩口。
もう一発。
腹。
殺さない。
だが、立てなくする。
トローラに叩き込まれた加減が、ぎりぎり残っていた。
一人が吹き飛び、もう一人が膝から崩れた。
広場裏の石畳に、四人のゴロツキ騎士が転がる。
ヨーンは荒い息を吐いた。
腕が震えている。
怖い。
でも、止まらなかった。
止める必要もなかった。
相手は騎士だった。
バーシャが、少し驚いたようにヨーンを見ていた。
「ヨーンさん……」
ヨーンは彼女の手を取った。
「行こう、バーシャ!」
「はい」
「とんずらだ!」
バーシャが一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、頷いた。
「はい、ヨーンさん」
二人は走り出した。
石畳を蹴る。
壁を蹴る。
屋根の縁へ手をかけ、跳ぶ。
騎士とファティマの脚力は、広場の人間たちの視線を置き去りにした。
屋根を越え、煙突をかすめ、洗濯物の張られた細い路地を飛び越える。
後ろから怒鳴り声が上がった。
「待て!」
「くそ、あのガキ!」
「追え!」
だが、追いつけない。
ヨーンはバーシャの手を離さなかった。
バーシャも遅れない。
むしろ、ヨーンの着地点を先に読んで、次の足場を示してくる。
「右です」
「うん!」
「次、低い屋根」
「分かった!」
「その先は行き止まりです。左へ」
「了解!」
二人は、ヴァキ市の屋根の上を駆けた。
胸が鳴る。
怖いのに、少しだけ楽しい。
ヨーンはそんな自分に驚いた。
バーシャを連れて逃げている。
逃げているのに、前へ進んでいる気がする。
やがて、古い倉庫の屋根裏へ滑り込み、二人はようやく足を止めた。
ヨーンは肩で息をした。
バーシャは静かに周囲を確認する。
「追跡反応はありません」
「よかった……」
ヨーンは、その場に座り込んだ。
遅れて、手が震えた。
「僕、やった」
「はい」
「騎士を、殴った」
「はい」
「大丈夫かな」
「正当な防衛行動です」
バーシャは静かに言った。
「相手は騎士であり、私への不正な仮登録と売却意思を示しました。ヨーンさんの反撃は、過剰ではありません」
「本当に?」
「はい。少なくとも、トローラ様ならそう言います」
ヨーンは少しだけ笑った。
「トローラなら、まず逃げ足を褒めるかも」
「その可能性は高いです」
二人は顔を見合わせた。
バーシャがほんのわずかに微笑んだように見えた。
ヨーンはそれを見て、胸の奥が熱くなった。
「バーシャ」
「はい」
「僕、また間違えた?」
「いいえ」
バーシャは首を横に振った。
「今回は、間違えていません」
その言葉だけで、ヨーンは息を吐けた。
広場では、倒された騎士たちが騒ぎ始めているだろう。
レスターには怒られるかもしれない。
トローラには笑われるかもしれない。
でも、今はそれでよかった。
一般人を殺しかけた時とは違う。
今回は、見た。
考えた。
相手が騎士だと知り、騎士として打ち返した。
ヨーン・バインツェルは、少しずつ学んでいた。
守るためには、ただ怒るだけでは駄目だ。
けれど、怒るべき時に、躊躇しすぎても駄目なのだ。