トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

43 / 63
四人抜きって凄いのよ

 

/*/ カステポー ヴァキ市 広場裏の石畳 /*/

 

 

 

 また、絡まれた。

 

 ヨーン・バインツェルは、石畳に膝をつかされながら、奥歯を噛みしめた。

 

 今度は、一般のゴロツキではなかった。

 

 騎士だった。

 

 それも、一人ではない。

 

 いつもそうだ。

 

 こういう連中は、単独では来ない。

 

 一人がヨーンの肩を押さえつけ、もう一人が腕を捻る。

 

 残りの二人が、バーシャを挟むようにして押さえていた。

 

「おい、動くなよ、坊主」

 

「騎士候補だか何だか知らねぇが、まだ子供じゃねぇか」

 

「ファティマ連れて歩くには早いんだよ」

 

 ヨーンは歯を食いしばる。

 

「離せ」

 

「離せ、だってよ」

 

「可愛いなぁ」

 

 男たちは笑った。

 

 その笑い方が、ヨーンは嫌いだった。

 

 勝てる相手を見つけた時の笑い。

 

 自分たちは強い側だと信じている笑い。

 

 その笑いは、一般ゴロツキも、騎士崩れも、あまり変わらない。

 

 ただ、今度の相手は力があった。

 

 騎士の力。

 

 雑だが、速い。

 

 乱暴だが、強い。

 

 ヨーンはまだ、完全には振りほどけない。

 

 バーシャは静かに言った。

 

「ヨーンさん、無理に動かないでください」

 

「バーシャ!」

 

 男の一人が、バーシャのヘッドコンデンサへ手を伸ばした。

 

 ヨーンの目が見開かれる。

 

「やめろ!」

 

「うるせぇ」

 

「登録線が甘いなら、仮で通せるかもしれねぇだろ」

 

「壊れたファティマだって話だが、動くなら使い道はある」

 

 男の指が、バーシャのヘッドコンデンサに触れた。

 

 ヨーンの血が、頭へ昇る。

 

 だが、バーシャは反応しなかった。

 

 淡い光すら出ない。

 

 仮登録も、拒否も、反応もない。

 

 ただ静かに立っている。

 

 男が舌打ちした。

 

「駄目だ。こいつ反応しねぇ!」

 

「本当に壊れてやがるのか」

 

「じゃあ売るしかねぇなぁ。部品取りでも、好き者向けでも、何かしら値はつくだろ」

 

 その言葉で、ヨーンの中の何かが切れた。

 

「僕のバーシャに、何をする!」

 

 叫んだ瞬間、バーシャが鋭く言った。

 

「ヨーンさん!」

 

 ヨーンは止まりかけた。

 

 また、一般人に怪我をさせてはいけない。

 

 そう思った。

 

 だが、バーシャの次の言葉は違った。

 

「この方たちは騎士ですよ!」

 

 ヨーンの目が変わった。

 

 一般人ではない。

 

 騎士。

 

 力を持つ者。

 

 騎士の作法で、騎士の責任で、戦える相手。

 

 ヨーンは、息を吸った。

 

「……そうか」

 

 肩を押さえていた男が笑う。

 

「あ?」

 

「騎士なら」

 

 ヨーンの足が、石畳を噛んだ。

 

 トローラに言われた言葉が、頭の奥で鳴る。

 

 相手が一般人なら、壊すな。

 

 相手が騎士なら、話は別だ。

 

 騎士として来たなら、騎士として打ち返せ。

 

「こうだ!」

 

 ヨーンの身体が沈んだ。

 

 押さえていた男の腕の下へ滑り込む。

 

 手首を取る。

 

 捻るのではない。

 

 崩す。

 

 肘を抜き、肩を外し、相手の力が乗った方向へ落とす。

 

 男の身体が前へ泳いだ。

 

 そこへ、ヨーンの手刀が入る。

 

 真空剣ではない。

 

 仁王剣でもない。

 

 ただの手刀。

 

 だが、騎士の身体で打つ手刀だった。

 

「がっ!」

 

 男が石畳に叩きつけられる。

 

 もう一人が反応する。

 

 遅い。

 

 ヨーンには見えた。

 

 腕を振り上げる前、肩が語っている。

 

 踏み込みの前、膝が沈む。

 

 バーシャに言われた通りだ。

 

 ヨーンは半歩横へずれた。

 

 拳が空を切る。

 

 その肘へ、掌底を置く。

 

 衝撃を置く。

 

 小さな仁王剣。

 

「ぐあっ!」

 

 肘を押さえ、男が崩れる。

 

 バーシャを押さえていた二人が、唖然とした。

 

 その一瞬で十分だった。

 

 バーシャが片足を引く。

 

 拘束が緩む。

 

 ヨーンは踏み込んだ。

 

「バーシャを離せ!」

 

 手刀。

 

 肩口。

 

 もう一発。

 

 腹。

 

 殺さない。

 

 だが、立てなくする。

 

 トローラに叩き込まれた加減が、ぎりぎり残っていた。

 

 一人が吹き飛び、もう一人が膝から崩れた。

 

 広場裏の石畳に、四人のゴロツキ騎士が転がる。

 

 ヨーンは荒い息を吐いた。

 

 腕が震えている。

 

 怖い。

 

 でも、止まらなかった。

 

 止める必要もなかった。

 

 相手は騎士だった。

 

 バーシャが、少し驚いたようにヨーンを見ていた。

 

「ヨーンさん……」

 

 ヨーンは彼女の手を取った。

 

「行こう、バーシャ!」

 

「はい」

 

「とんずらだ!」

 

 バーシャが一瞬だけ目を瞬かせた。

 

 それから、頷いた。

 

「はい、ヨーンさん」

 

 二人は走り出した。

 

 石畳を蹴る。

 

 壁を蹴る。

 

 屋根の縁へ手をかけ、跳ぶ。

 

 騎士とファティマの脚力は、広場の人間たちの視線を置き去りにした。

 

 屋根を越え、煙突をかすめ、洗濯物の張られた細い路地を飛び越える。

 

 後ろから怒鳴り声が上がった。

 

「待て!」

 

「くそ、あのガキ!」

 

「追え!」

 

 だが、追いつけない。

 

 ヨーンはバーシャの手を離さなかった。

 

 バーシャも遅れない。

 

 むしろ、ヨーンの着地点を先に読んで、次の足場を示してくる。

 

「右です」

 

「うん!」

 

「次、低い屋根」

 

「分かった!」

 

「その先は行き止まりです。左へ」

 

「了解!」

 

 二人は、ヴァキ市の屋根の上を駆けた。

 

 胸が鳴る。

 

 怖いのに、少しだけ楽しい。

 

 ヨーンはそんな自分に驚いた。

 

 バーシャを連れて逃げている。

 

 逃げているのに、前へ進んでいる気がする。

 

 やがて、古い倉庫の屋根裏へ滑り込み、二人はようやく足を止めた。

 

 ヨーンは肩で息をした。

 

 バーシャは静かに周囲を確認する。

 

「追跡反応はありません」

 

「よかった……」

 

 ヨーンは、その場に座り込んだ。

 

 遅れて、手が震えた。

 

「僕、やった」

 

「はい」

 

「騎士を、殴った」

 

「はい」

 

「大丈夫かな」

 

「正当な防衛行動です」

 

 バーシャは静かに言った。

 

「相手は騎士であり、私への不正な仮登録と売却意思を示しました。ヨーンさんの反撃は、過剰ではありません」

 

「本当に?」

 

「はい。少なくとも、トローラ様ならそう言います」

 

 ヨーンは少しだけ笑った。

 

「トローラなら、まず逃げ足を褒めるかも」

 

「その可能性は高いです」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 バーシャがほんのわずかに微笑んだように見えた。

 

 ヨーンはそれを見て、胸の奥が熱くなった。

 

「バーシャ」

 

「はい」

 

「僕、また間違えた?」

 

「いいえ」

 

 バーシャは首を横に振った。

 

「今回は、間違えていません」

 

 その言葉だけで、ヨーンは息を吐けた。

 

 広場では、倒された騎士たちが騒ぎ始めているだろう。

 

 レスターには怒られるかもしれない。

 

 トローラには笑われるかもしれない。

 

 でも、今はそれでよかった。

 

 一般人を殺しかけた時とは違う。

 

 今回は、見た。

 

 考えた。

 

 相手が騎士だと知り、騎士として打ち返した。

 

 ヨーン・バインツェルは、少しずつ学んでいた。

 

 守るためには、ただ怒るだけでは駄目だ。

 

 けれど、怒るべき時に、躊躇しすぎても駄目なのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。