トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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星団歴2995年やべぇ間に合った!
ん?てことは……


 

/*/ カステポー ヴァキ市 ホテル上層階 夜 /*/

 

 

 

 扉が閉まる。

 

 部屋に残ったデコースは、預かり書をもう一度手に取った。

 

 バッシュ・ザ・ブラックナイト。

 

 黒騎士ドーリー。

 

 装備品一式。

 

 エスト。

 

 黒騎士。

 

 そのすべてが、自分のところへ来る。

 

 デコースは喉の奥で笑った。

 

「こりゃ、ほんとにイカス」

 

 夜のヴァキ市の灯りが、窓の外で揺れていた。

 

 その頃。

 

 部屋を出たトローラは、人気のない廊下を歩いていた。

 

 厚い絨毯が足音を吸う。

 

 壁には等間隔に照明が並び、窓の外には、ヴァキ市の夜景が広がっている。

 

 酒場の明かり。

 

 ドーリー置き場の誘導灯。

 

 遠くで上下する整備用クレーン。

 

 騎士たちの街は、夜になっても眠らない。

 

 トローラは歩きながら、昼間のことを考えていた。

 

 ヨーンの左腕。

 

 バーシャの告白。

 

 エスト。

 

 黒騎士。

 

 そして今、机の上に置いてきた預かり書。

 

 三代目黒騎士デコース・ワイズメル。

 

 そこで、足が止まった。

 

「……待てよ」

 

 トローラは呟いた。

 

 廊下に誰もいないことを確かめる。

 

 それから、ゆっくりと振り返った。

 

 デコースの部屋の扉は、まだ近い。

 

「あいつが、黒騎士になった」

 

 ただ強い傭兵ではない。

 

 ただのゴロツキでもない。

 

 星団中の騎士が知る、黒騎士。

 

 エストに選ばれ、バッシュ・ザ・ブラックナイトを駆る者。

 

 ならば。

 

 昔、デコースに敗れた男たちの意味も変わる。

 

 フィルモア帝国の三銃士。

 

 サイレンを駆り、バランシェ・ファティマを伴いながら、名もない傭兵騎士に敗れた。

 

 そう噂され、笑われ、名誉を失った男。

 

 バーバリュース・V。

 

「……違うじゃねぇか」

 

 トローラの眉が寄る。

 

 デコースが無名だったから、敗北が恥辱になった。

 

 名もない傭兵に、帝国の精鋭騎士三人がまとめて倒された。

 

 だからバーバリュースは無能とされた。

 

 騎士団長に値しないとされた。

 

 父親の名は地に落ち、その娘までが背負うことになった。

 

 だが、その無名の傭兵が、後に黒騎士となったなら。

 

 話は違う。

 

 敗れた相手は、名もない雑兵などではない。

 

 エストが選んだ、三代目黒騎士。

 

 星団でも指折りの怪物。

 

 サイレンに乗っていれば勝てる相手でも、三人で囲めば倒せる相手でもなかった。

 

 それを証明したのが、今日という日だった。

 

「バーバリュースのおっさんが弱かったんじゃねぇ」

 

 トローラは低く呟いた。

 

「相手が、あいつだったんだ」

 

 それだけで、すべての汚名が消えるわけではない。

 

 フィルモアの政治もある。

 

 騎士団内部の面子もある。

 

 一度出された処分を覆すことを嫌う者もいる。

 

 だが、使える。

 

 少なくとも、敗北の意味は変えられる。

 

 無名の傭兵に屈した騎士。

 

 それを、

 

 三代目黒騎士と誰より早く戦い、その恐ろしさを知っていた騎士へ。

 

 トローラはしばらく考えた。

 

 そして舌打ちした。

 

「面倒くせぇ」

 

 そう言いながら、来た道を戻った。

 

 数歩でデコースの部屋へ着く。

 

 ノックはしなかった。

 

 扉を開ける。

 

「デコース」

 

 室内では、デコースが酒瓶を口へ運ぼうとしていた。

 

 再び現れたトローラを見て、眉を上げる。

 

「なんだい。忘れ物?」

 

「一つ聞き忘れた」

 

「書類なら全部あるよぉ」

 

「書類じゃねぇ」

 

 トローラは部屋へ戻り、扉を閉めた。

 

 デコースは面白そうに彼を見る。

 

「敵討ちする気になった?」

 

「違う」

 

「じゃあ何?」

 

 トローラは窓際へ歩き、壁にもたれた。

 

 そして、何でもないことのように言った。

 

「お前、ずいぶん安く見られてるらしいな」

 

 デコースの目が細くなった。

 

「……あぁ?」

 

「聞こえなかったか」

 

「聞こえたよ。誰が、誰を安く見てるって?」

 

「星団中だ」

 

 トローラは平然と言った。

 

「特にフィルモアじゃ、お前のことを大して強い騎士だと思ってねぇ奴が多い」

 

 デコースの笑みが消えた。

 

「へえぇ」

 

「昔、お前がフィルモア三銃士を倒した話があるだろ」

 

「ああ。あったねぇ」

 

「世間じゃ、こういうことになってる」

 

 トローラは指を一本立てた。

 

「サイレンに乗った三人が、名もない傭兵騎士に負けた」

 

 二本目。

 

「バランシェ・ファティマまで使っておきながら、負けた」

 

 三本目。

 

「お前が強かったんじゃない」

 

 そこで、わざと一度言葉を切った。

 

「バーバリュースたちが弱かっただけだってな」

 

 部屋から、音が消えた。

 

 デコースは笑っていなかった。

 

 手にした酒瓶だけが、ゆっくりと傾く。

 

「……誰が言ってんの、それ」

 

「みんなだよ」

 

「みんな?」

 

「騎士も、帝国の連中も、何も知らねぇ一般人もだ」

 

 トローラは肩をすくめた。

 

「お前の名前なんざ当時は知られてなかった。そんな奴に負けたんだから、フィルモア三銃士の方が弱かった。そういう話になってる」

 

「くだらないねぇ」

 

「くだらねぇな」

 

「だったら放っておけば?」

 

「そうするつもりだった」

 

 トローラは、デコースをまっすぐ見た。

 

「だが、お前、黒騎士になっただろ」

 

 デコースの口元が、わずかに上がる。

 

「そうだねぇ」

 

「エストに選ばれた。バッシュを駆る。星団中が、お前を黒騎士として見る」

 

「それが?」

 

「だったら話が変わる」

 

 トローラは言った。

 

「お前に負けた連中が弱かったんじゃない。三代目黒騎士になる化け物と、誰より先に戦っただけだ」

 

「……」

 

「だが、その話を証明できる奴がいねぇ」

 

 トローラは鼻で笑った。

 

「当時の記録を見ても、機体が壊れたことしか分からねぇ。負けた側が何を言ったところで、言い訳だと笑われる」

 

「そうだろうねぇ」

 

「だから聞いてる」

 

 トローラは腕を組んだ。

 

「バーバリュース・Vは、本当に弱かったのか?」

 

 デコースは答えなかった。

 

 酒瓶を机に置く。

 

 椅子へ深く座り直し、目の前の男を見上げる。

 

「何がしたいの、君」

 

「質問してるだけだ」

 

「その顔で?」

 

「どんな顔だ」

 

「悪いことを考えてる顔」

 

「いつもだろ」

 

「それもそうだ」

 

 デコースは少し笑った。

 

 だが、その笑いは先ほどまでとは違っていた。

 

 昔の戦いを思い出している。

 

 サイレン。

 

 フィルモアの騎士たち。

 

 その先頭にいた男。

 

 バーバリュース・V。

 

「弱くはなかったよ」

 

 デコースは、何でもないことのように言った。

 

 トローラは表情を変えない。

 

「へえ」

 

「あの三人は弱くない」

 

「三人ともか」

 

「そうだよぉ。騎体も悪くなかった。ファティマもね」

 

 デコースは指先で、机を軽く叩いた。

 

「中でもバーバリュースは、面倒だった」

 

「面倒?」

 

「きちんとボクちゃんを殺そうとしてた」

 

 目を細める。

 

「自分が勝つことより、他の二人に殺させることも考えてた。騎士団長らしい戦い方だったよ」

 

「なるほど」

 

「あと少し、こっちの踏み込みが鈍かったら」

 

 デコースは、自分の首筋を指でなぞった。

 

「落ちてたのは、こっちの首だったかもねぇ」

 

 トローラは、そこで初めて少し笑った。

 

「じゃあ、お前は覚えてるんだな」

 

「覚えてるよ」

 

「弱い奴のことは?」

 

「忘れる」

 

「バーバリュースは?」

 

「覚えてるって言っただろ」

 

 デコースの声に、わずかな苛立ちが混じった。

 

 トローラは満足そうに頷いた。

 

「十分だ」

 

「何が?」

 

「今の、記録したからな」

 

 沈黙。

 

 デコースの目が、ゆっくりと大きくなる。

 

「……は?」

 

 トローラは外套の内側から、小型通信端末を取り出した。

 

 記録灯が点いている。

 

「お前が言った」

 

 トローラは指を折りながら確認した。

 

「フィルモア三銃士は弱くなかった」

 

「……」

 

「バーバリュースは面倒だった」

 

「おい」

 

「あと少し踏み込みが鈍ければ、自分の首が落ちていた」

 

「トローラ」

 

「そして、弱い奴は忘れるが、バーバリュースは覚えている」

 

「てめぇ」

 

 デコースが立ち上がった。

 

 その瞬間には、トローラはすでに扉を開けていた。

 

「じゃあな」

 

「待て!」

 

「黒騎士就任直後の貴重な証言だ。高く売れるぞ」

 

「消せ!」

 

「嫌だ」

 

「今すぐ消せ!」

 

「バーバリュースのおっさんの名誉が戻ったら考える」

 

「知るか、そんなの!」

 

「自分を安く見られるのは嫌なんだろ」

 

 トローラは廊下へ出た。

 

 扉を半分閉めながら、最後に顔だけを覗かせる。

 

「お前が強かったと証明すりゃ、ついでにあのおっさんの名誉も戻る」

 

「ついでで人を使うな!」

 

「悪党だからな」

 

 扉が閉まった。

 

 直後、内側から酒瓶が飛んできたらしく、重い音が響いた。

 

「トローラァッ!」

 

 廊下まで怒鳴り声が響く。

 

 トローラは肩を揺らして笑った。

 

「大声出すな。ホテルの迷惑だろ」

 

 もちろん、扉の向こうから返事はない。

 

 代わりに、何かが壁へ叩きつけられる音がした。

 

 トローラは通信端末を確認する。

 

 音声は、きれいに録れていた。

 

 黒騎士デコース・ワイズメル本人による証言。

 

 バーバリュース・Vは弱くなかった。

 

 自分を殺し得た騎士だった。

 

 弱い者なら忘れるが、彼のことは覚えている。

 

 これだけでフィルモア帝国が処分を覆すとは思わない。

 

 国家は面子で動く。

 

 一度失われた名誉は、真実が見つかったからといって簡単には戻らない。

 

 だが、黒騎士の名は使える。

 

 エストが選んだという事実も使える。

 

 バッシュ・ザ・ブラックナイトの存在も使える。

 

 さらに、バーバリュースがカステポーで行ったことを知る者もいる。

 

 ミューズ・バン・レイバック。

 

 ヒッター子爵。

 

 ジョルジュ・スパンタウゼン。

 

 当時の戦闘記録も、探せばどこかに残っているだろう。

 

 負けたという結果だけではない。

 

 何と戦ったのか。

 

 どう戦ったのか。

 

 それを並べ直せばいい。

 

「……あの娘が三年生になるまで、あと何年だったか」

 

 トローラは呟いた。

 

 クリスティン・V。

 

 父親の名を背負う少女。

 

 父親が臆病者だと笑われ、その怒りを、自分より弱い相手へ向けてしまう少女。

 

 騎士の子供。

 

 だが、まだ力の扱い方も、怒りの止め方も知らない。

 

 事件が起きてから助けるのでは遅い。

 

 殴った後では遅い。

 

 命が失われた後では、どれだけ歴史を変えても取り戻せない。

 

 ならば、その前に。

 

 父親の名を戻す。

 

 少なくとも、学校の子供が気軽に笑える名前ではなくする。

 

「面倒くせぇなぁ」

 

 トローラは、また同じことを口にした。

 

 だが足は止まらなかった。

 

 まずヒッターに相談する。

 

 次にジョルジュへ記録を洗わせる。

 

 ミューズから証言を取る。

 

 必要ならクバルカン法王庁の名も借りる。

 

 最後に、フィルモア帝国へ突きつける。

 

 敗北の取り消しではない。

 

 名誉の再審査だ。

 

 負けなかったことにする必要はない。

 

 バーバリュースは敗れた。

 

 その事実まで変えれば、かえって彼を侮辱する。

 

 ただ、何者に敗れたのかを正しくする。

 

 三代目黒騎士となる男に敗れた。

 

 そして生き残り、その後も騎士として戦い続けた。

 

 それだけでいい。

 

 トローラはエレベーターの呼び出しボタンを押した。

 

 扉が静かに開く。

 

 乗り込む直前、背後の廊下から、もう一度デコースの怒鳴り声が聞こえた。

 

「次に会ったら殺すからなぁ!」

 

 トローラは振り返らずに答えた。

 

「証言を撤回しないなら、それでもいいぞ」

 

「撤回する!」

 

「今のも記録した」

 

「てめぇぇぇっ!」

 

 エレベーターの扉が閉じた。

 

 トローラは、誰もいない箱の中で声を立てて笑った。

 

 黒騎士が誕生した夜。

 

 ヨーン少年は、倒すべき目標を得た。

 

 デコースは、バッシュとエストを得た。

 

 そしてバーバリュース・Vは、まだ何も知らないまま、自らの失われた名誉を取り戻すための最初の証言を得た。

 

 すべては、一人の悪党が廊下の途中で足を止めたことから始まった。

 

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