/*/ カステポー ヴァキ市 ワックストラックス 翌日 /*/
ジョルジュが保管庫から持ち出した記録媒体を、カウンター奥の端末へ読み込ませていた。
壁面投影には、2985年の戦闘記録が並んでいる。
三騎のサイレン。
三人の騎士。
三体のファティマ。
そして、デコース・ワイズメル。
騎体の軌道。
剣撃の角度。
攻撃予測。
ファティマ同士の演算同期。
映像だけを見れば、一瞬だった。
だが数値へ分解すれば、その一瞬の中で、常人には理解できないほど多くの判断が交わされている。
ヒッター子爵は、投影された軌道を見ながら、細い顎へ指を当てていた。
「なるほどネ」
彼は穏やかに言った。
「これはフィルモアが表へ出したくなかったわけだ」
「そんなにまずいのか」
トローラが聞く。
「まずいヨ」
ヒッターは投影された三本の軌道を指した。
「世間で語られている話とは、まるで違う」
三騎のサイレンが、デコースへ殺到する。
だが、無秩序に囲んだのではない。
一騎が退路を切る。
一騎が踏み込みを誘う。
そしてバーバリュースが、デコースの斬撃を引き受けながら、残る二騎へ決定打を与える機会を作っている。
「三人で一人を囲んで負けたんじゃない」
ヒッターが言った。
「三人でなければ、最初の数秒で全滅していた」
「やっぱりな」
「しかも、この指揮はバーバリュースだ」
戦術表示が切り替わった。
バーバリュースのサイレンが、デコースの攻撃を受ける。
その瞬間、残る二騎が左右から剣を入れる。
デコースは回避する。
だが、完全には避けていない。
胸部装甲に浅い損傷。
首の駆動部にも、一瞬だけ刃が届いていた。
「ここだ」
トローラが身を乗り出した。
「デコースが言ってたやつだ」
「あと少し踏み込みが鈍ければ、首が落ちていた」
ジョルジュが確認する。
「本人の証言と記録が一致している」
「そこだけじゃないヨ」
ヒッターは映像を巻き戻した。
「バーバリュースは、自分の騎体が戦闘不能になる直前、他の二騎の脱出路を作っている」
「自分は?」
「最後だ」
三騎のうち、二騎が戦域を離脱する。
バーバリュースのサイレンは、損傷したままデコースの前に残る。
その後、機体を捨てる寸前まで戦いながら、最後に自らも生還していた。
「騎士団長らしい戦い方だって、デコースが言ってたな」
「その通りだネ」
ヒッターの顔から、いつもの軽い笑みが少し消えた。
「これは敗北ではある。だが、醜態ではない」
「それを星団中へ見せる」
トローラは言った。
ヒッターが彼を見る。
「フィルモアの軍事記録だヨ」
「バーバリュース個人が保管していた未編集記録だ」
「違法流出と主張される可能性がある」
「だから先に、クバルカン法王庁の感状を取る」
トローラは別の書類をカウンターへ置いた。
まだ草稿だった。
だが、その上には、ミューズ・バン・レイバックへ宛てた依頼文がある。
「壊し屋事件か」
ジョルジュが言った。
「あのおっさん、あの時も一国の枢機卿を助けて、メヨーヨの非合法部隊を片づけてるじゃねぇか」
トローラは不機嫌そうに言った。
「なんで全部黙ってやがる」
「彼にとって、必要な仕事をしただけだからだろう」
「だからって黙る奴があるか」
「いるんだヨ。そういう騎士も」
「面倒くせぇな、立派な奴ってのは」
トローラは草稿を指で叩いた。
そこには、感状の文案が記されていた。
> バーバリュース・Vは、国家間の重大事へ発展しかねなかった非合法実戦試験に際し、民間人および関係者を保護し、メヨーヨ地上軍の介入を阻止した。
>
> その判断、武勇および自制は、一国の騎士団を預かる者にふさわしいものであった。
>
> クバルカン法国は、その働きに対して深甚なる感謝と敬意を表する。
ヒッターが文面を読む。
「ミューズなら、事実に反する部分がなければ署名するだろうネ」
「署名だけじゃ足りねぇ」
「法王庁印も欲しい?」
「当たり前だ」
「欲張るネ」
「フィルモア相手だぞ。枢機卿個人の礼状で済ませられたら困る」
「それで、ボクには何をさせたいのかな」
ヒッターは、すでに分かっている顔で尋ねた。
トローラは悪そうに笑った。
「メディアを動かせ」
「やっぱりネ」
「番組を作る」
「報道番組?」
「いや」
トローラは首を振った。
「報道じゃ固すぎる。騎士と軍事に興味のある奴しか見ねぇ」
「では娯楽番組かい?」
「再現番組だ」
ヒッターの片眉が上がる。
トローラはカウンターに両手をついた。
「題名は――」
そこで、少し考える。
「『知られざる真実――三代目黒騎士の若き戦場』」
ジョルジュが呆れた顔をした。
「ずいぶん煽情的だな」
「見てもらわなきゃ始まらねぇだろ」
「主役はバーバリュースではないのかい?」
「違う」
トローラは即答した。
「主役はデコースだ」
ヒッターが笑う。
「なるほど」
「今、星団中の騎士が三代目黒騎士に興味を持ってる。どこで生まれた。どう育った。誰と戦った。どうしてエストに選ばれた」
「その関心を利用する」
「そうだ」
トローラは戦闘記録を指差した。
「黒騎士デコース・ワイズメルが、無名だった時代に戦った最大の激戦。その相手がフィルモア三銃士だった」
「番組を見た者は、デコースの強さを知る」
「同時に、そいつを首寸前まで追い込んだ三人が、弱いわけがないと知る」
「バーバリュースの名誉回復を正面には出さない」
「そんな辛気くさい題名じゃ、誰も見ねぇよ」
トローラは鼻を鳴らした。
「かわいそうな元騎士団長の再評価なんて番組にしたら、同情話で終わる。デコースがどれだけ化け物だったかを見せるんだ」
「そして、その化け物を相手に戦線を保ち、全員を生還させた男がいた」
「そういうことだ」
ヒッターは端末上の戦闘映像を見つめた。
「再現映像だけでは駄目だネ。誇張と受け取られる」
「実データを重ねる」
「騎士の専門家にも解説させよう。剣速、反応速度、位置取り、ファティマの予測演算」
「一般人にも分かるようにしろよ」
「デコースの一撃を通常速度で見せたあと、何百倍にも引き延ばす」
「それがいい」
「三騎が同時に動いているように見えるが、実際には誰が、どの判断をしていたかも分ける」
ヒッターの目が、少し楽しそうに輝き始めた。
トローラが言う。
「乗り気じゃねぇか」
「ボクは、面白い真実が埋もれているのが嫌いでネ」
「嘘つけ。大騒ぎになるのが面白いんだろ」
「それもある」
ヒッターは否定しなかった。
「デコース本人の映像は?」
「音声だけだ」
「顔を出せないのかい?」
「頼んだら殺される」
「もう音声を無断で使おうとしているのに?」
「殺される理由が一つ増えるだけだ」
「悪党だネ、君は」
「知ってる」
ジョルジュが静かに尋ねる。
「フィルモア皇帝へは、どうする」
「同じものを送る」
「番組放送後では、帝国への公開処刑になるぞ」
「放送前だ」
トローラは答えた。
「2985年の未編集戦闘記録。デコース本人の証言。クバルカン法王庁の感状。それと番組の完成版」
「レーダー八世に、先に見せるのか」
「皇帝が知らなかったって顔をする時間くらいはやる」
「放送を止めるよう求められたら?」
「止めねぇ」
「では、何のために先に送る」
「選ばせるためだ」
トローラは言った。
「番組が出てから、世論に押されてバーバリュースの名誉を戻すか」
一度、言葉を切る。
「それとも番組が出る前に、皇帝自身が戦闘評価の再審査を命じるか」
ヒッターが、静かに笑った。
「逃げ道を塞ぎながら、皇帝の面子を守る道だけは残すわけだネ」
「俺は優しいからな」
「悪党の優しさは、ずいぶん恐ろしいものだ」
「帝国の面子なんざどうでもいいが、バーバリュースのおっさんはフィルモアを嫌いになっちゃいねぇ」
「だから皇帝が、自ら訂正する形を残す」
「そうだ」
トローラはグラスを持ち上げた。
「こっちで勝手に英雄に仕立てるんじゃねぇ。フィルモア自身に、あの男は今も帝国最高の騎士の1人だと言わせる」
ジョルジュが息を吐いた。
「君は、ときどき本当に厄介だな」
「褒めるなよ」
「褒めてはいない」
「で、ヒッター」
トローラは子爵を見る。
「できるか」
ヒッターはしばらく黙った。
戦闘記録。
デコースの証言。
クバルカン法王庁。
フィルモア帝国。
そして、まだ幼い騎士の娘。
それらを頭の中で並べている。
やがて、彼は笑った。
「できるヨ」
「いつだ」
「急がせるなら、一か月」
「遅い」
「星団全域へ流す番組だヨ」
「二週間」
「三週間」
「二週間と三日」
「君は市場の商人かい?」
「悪党だ」
「仕方がないネ」
ヒッターは立ち上がった。
「二週間で予告を流す。完成版は三週間後」
「予告の見出しは大きくしろ」
「どれくらい?」
トローラは笑った。
「星団中の騎士が、思わず足を止めるくらいだ」
/*/ 星団各地 放送予告 /*/
黒い画面。
一筋の剣光。
次の瞬間、サイレンの装甲が裂ける。
映像が止まる。
落ち着いたナレーションが入った。
『後に三代目黒騎士となる男――デコース・ワイズメル』
若いデコースの記録映像。
不鮮明な横顔。
異常な踏み込み。
通常の騎士では反応すらできない剣撃。
『彼は、黒騎士となる以前、フィルモア帝国最精鋭の三人と戦っていた』
三騎のサイレンが並ぶ。
『三対一』
映像が止まる。
『後世、その戦いは、無名の傭兵に敗れたフィルモア騎士の醜態として語られた』
画面に、当時流布した新聞記事や、嘲笑的な見出しが並ぶ。
『だが、残された未編集戦闘記録は、まったく異なる真実を示していた』
デコースの剣が、通常速度で振るわれる。
何も見えない。
次に、数百倍へ引き延ばされる。
その剣へ、三騎のサイレンが精密に対応する。
一騎が受ける。
二騎が斬る。
デコースの首へ、刃が迫る。
『黒騎士となる怪物を、あと一歩まで追いつめた騎士たち』
バーバリュースの姿が映る。
口髭を蓄えた、若き騎士団長。
『敗者だったのか』
損傷したサイレンが、味方の退路を守る。
『それとも、誰よりも早く黒騎士となる男の脅威と戦い、生き残った者たちだったのか』
そこでデコースの音声が入った。
『弱くはなかったよ』
画面が暗転する。
『中でもバーバリュースは、面倒だった』
黒地に白い文字が浮かんだ。
> 知られざる真実
> 三代目黒騎士の若き戦場
『戦闘記録、当事者証言、ファティマ演算ログを初公開』
最後に、もう一度デコースの声。
『あと少し、こっちの踏み込みが鈍かったら――落ちてたのは、こっちの首だったかもねぇ』
予告はそこで終わった。
/*/ フィルモア帝国 皇帝執務室 /*/
レーダー八世の机の上に、三つの記録が置かれていた。
クバルカン法王庁の封印が施された感状。
二九八五年の未編集戦闘記録。
三代目黒騎士デコース・ワイズメルの証言。
そして別の端末には、三週間後に放送される番組の完成前映像。
皇帝は黙って最後まで見た。
室内には重臣たちが並んでいる。
誰も、先に口を開こうとはしなかった。
映像が終わる。
レーダー八世は、戦闘記録をもう一度表示させた。
「これは本物か」
「三騎の記録は相互に一致しております」
軍務官が答えた。
「ファティマの演算履歴にも、不自然な改変は認められません」
「デコース・ワイズメルの証言は」
「音声照合済みです。本人のものと判断されます」
「クバルカンの感状は」
「ミューズ・バン・レイバック枢機卿の署名および法王庁印がございます」
レーダー八世は黙った。
やがて、別の重臣が言う。
「放送局へ中止を申し入れるべきです」
「理由は」
「帝国軍事記録の無断使用です」
「中止させた後はどうする」
「記録を回収し、関係者を――」
「星団中に予告が流れた後でか」
重臣は黙った。
すでに多くの者が知っている。
三代目黒騎士の過去。
フィルモア三銃士との戦い。
放送を止めれば、帝国が何かを隠していると宣言するのと同じだった。
「2985年の公式評価を作成した者を呼べ」
皇帝が命じた。
「陛下」
「バーバリュース・Vの戦闘記録を再審査する」
「しかし、一度確定した処分を覆せば――」
「覆すとは言っていない」
レーダー八世は重臣を見た。
「敗北は敗北だ」
「では」
「敗北の評価が正しかったかを調べる」
皇帝の指が、停止した映像を示す。
そこには、デコースの首へ届きかけたサイレンの剣がある。
「後に三代目黒騎士となる者を、ここまで追い詰めた騎士を、無能と断じた」
声は静かだった。
「それが事実に基づく評価であったのか。それとも、帝国上層部の失策を、一人の騎士へ負わせただけだったのか」
誰も答えない。
レーダー八世は、クバルカン法王庁の感状を手に取った。
「しかも、我々が名誉を奪った後も、この男は他国の枢機卿と民間人を守り、国家間紛争を防いでいる」
「……」
「それを我々は知らなかった」
皇帝は感状を机へ戻した。
「いや」
訂正する。
「知ろうとしなかったのだろう」
室内の空気が重くなる。
「番組放送まで、三週間か」
「はい」
「その前に再審査を終えよ」
「間に合いません」
「間に合わせよ」
レーダー八世は命じた。
「フィルモア帝国は、娯楽番組に教えられてから自国の騎士を顕彰する国ではない」
それは、皇帝としての意地だった。
トローラが残した、ただ一つの逃げ道でもあった。
「バーバリュース・Vを呼び戻せ」
「召喚理由は」
「本人の口から、2985年の戦いを聞く」
皇帝は停止映像の中の騎士を見た。
「そして、帝国自身の言葉で評価を改める」
/*/ ワックストラックス /*/
放送予告を見終えたジョルジュは、端末を消した。
「ずいぶん派手にしたものだ」
「地味じゃ誰も見ねぇ」
トローラはカウンターで酒を飲んでいた。
ヒッターは満足そうに微笑んでいる。
「反響は上々だヨ。騎士団、軍事評論家、ファティマ研究機関、どこもこの話題で持ちきりだ」
「フィルモアは?」
「再審査を始めたようだネ」
「早かったな」
「君が皇帝の面子を、上手に刺激したからだ」
「俺は記録を送っただけだ」
「放送予定日を大きく記した手紙と一緒に?」
「親切だろ」
「脅迫ともいう」
ジョルジュが言った。
トローラは酒を飲む。
「で、デコースは?」
ヒッターが尋ねた。
「怒ってる」
「音声使用について?」
「番組じゃ、自分がフィルモア三銃士に追い詰められたように見えるって」
「実際、追い詰められているヨ」
「だから余計に怒ってる」
「君を殺すと言っているのでは?」
「前からだ」
トローラは気にしなかった。
ヒッターが笑う。
「バーバリュースは、まだ番組のことを知らないのかい?」
「予告は見ただろ」
「反応は?」
「酒を一杯飲んでから、俺を殴ろうとした」
「殴られたのかい?」
「避けた」
「君も、もう少し素直に人助けができないものかネ」
「人助けじゃねぇ」
トローラは不機嫌そうに言った。
「黒騎士になった相棒の値打ちを、正しく広めてやってるだけだ」
ジョルジュとヒッターは、同時に彼を見た。
「なんだよ」
「いや」
ジョルジュは新しい酒を注いだ。
「悪党というのも、なかなか忙しいものだと思ってね」
トローラは鼻を鳴らした。
やがて番組は、星団中へ放送される。
三代目黒騎士デコース・ワイズメルが、いかに異常な騎士であったか。
その怪物を相手に、フィルモア三銃士がどれほど高度な戦いを繰り広げたか。
そしてバーバリュース・Vが、敗北の中で何を守り、誰を生還させたのか。
星団中の人々が知ることになる。
子供たちにも、理解できる形で。
バーバリュース・Vは、無名の傭兵に無様に敗れたクズ騎士ではない。
三代目黒騎士となる怪物と戦い、その首へ刃を届かせかけた騎士団長。
敗北しながら部下を生還させ、その後も名を求めず人々を守った騎士。
学校でクリスティンの父親を笑っていた者たちは、やがて別の言葉を囁くようになる。
黒騎士と戦った人。
黒騎士を殺しかけた騎士。
クバルカンの枢機卿を救った英雄。
フィルモアが、もう一度迎えようとしている「青の一番」たる騎士。
それだけで、クリスティンの怒りがすべて消えるわけではない。
彼女が騎士の力を制御することも、別に教えなければならない。
だが、少なくとも。
父親を守るために、同級生の命を奪う必要はなくなる。
父の名はもう、幼い娘が拳で守らなければならないほど、弱いものではなかった。