コーラス王宮の私的な居間で、その映像は上映されていた。
非公式の夕食を終えたあとである。
コーラス三世は長椅子へゆったりと腰かけ、エルメラ王妃はその隣で紅茶を手にしていた。セイレイは映像装置の正面へ陣取り、弟王子は姉より少し離れた席で、行儀よく背筋を伸ばしている。
そしてトローラ・ロージンは、部屋の隅で帰る機会を窺っていた。
「では、俺はそろそろ」
「待て」
セイレイが振り返った。
「これから本編だ」
「何の本編だよ」
「そなたを題材にした特別番組だ」
トローラの足が止まった。
「消せ」
「まだ始まってもいない」
「始めるな」
「すでに星団中で評判になっている」
「なおさら見る必要ねぇだろ」
セイレイはトローラの抗議を無視して、映像を再生した。
重厚な音楽が流れ始めた。
黒い宇宙を背景に、フロート・テンプルが浮かび上がる。
低く、よく響く男の声が語った。
『星団暦3010年――』
トローラは嫌な予感しかしなかった。
『アマテラスの不在を狙い、A.K.D.王宮フロート・テンプルを襲った、四つの黒き影』
映像の中に、ボスヤスフォート、ビューティ・ペール、デコース・ワイズメルの輪郭が順に浮かぶ。
そして最後に、黒い外套を風にはためかせるトローラらしき男が現れた。
実物より背が高い。
実物より顔立ちが精悍である。
何より、妙に憂いを帯びた目をしていた。
「誰だこれ?」
トローラが言った。
「おめぇのことだよ」
セイレイが答えた。
「似てねぇよ!」
「俳優なのだから当然だろう」
「俺よりいい男を使うな!」
「そこに文句があるのか」
「ある!」
映像は進んだ。
『その男の名は、トローラ・ロージン』
画面上のトローラが、血に濡れた剣をゆっくりと持ち上げる。
『コーラス三世を救った白騎士』
コーラス三世が、楽しそうにトローラを見た。
「ほら。正式にそう紹介されている」
「正式じゃねぇ。番組が勝手に呼んでるだけだ」
『だが、その身は白き騎士道から外れ、悪党たちと共に黒き道を歩んだ』
画面の色調が暗くなった。
雨まで降り始める。
実際の襲撃時、雨など降っていなかった。
『人は彼を、こう呼んだ』
音楽が止まる。
真っ黒な画面の中央へ、白い文字が浮かんだ。
――汚れた白。
トローラは眉をひそめた。
「何だそれ」
さらに文字が加わる。
――汚れた白騎士。
「やめろ」
語り手の声が、さらに深くなる。
『しかし、その白は汚れてなお――』
映像の中で、俳優トローラが振り返る。
背後には逃げていく三つの影。
前方には、迫り来る無数のミラージュ騎士。
俳優トローラは、静かに笑った。
『輝いていた』
「美化しすぎて、もはや原型がねぇ!」
トローラが叫んだ。
セイレイは画面から目を離さない。
「静かにしろ。よい場面だ」
「俺の場面だろうが!」
「ならば、なおさら静かに見ろ」
映像の中では、俳優トローラがデコースへ向かって叫んでいた。
『行け、デコース!』
実際のトローラは顔を引きつらせた。
『ペールを連れ、皇帝を守って退け! ここは俺が引き受ける!』
「言ってねぇ!」
画面のデコースが、珍しく驚いた顔をする。
『トローラ、貴様――』
『振り返るな!』
「言ってねぇって!」
俳優トローラは、迫るミラージュ騎士たちへ一人で立ち向かった。
剣を構え、血を吐きながら笑う。
『俺たちはブラック4だ。四人揃ってこその悪党だ。ならば最後くらい、誰か一人が三人分の悪を背負ってもいいだろう』
「俺はそんな気の利いたこと絶対言わねぇ!」
弟王子が、控えめに口を開いた。
「確かに、少々文学的すぎるようには思います」
「だろ?」
「ですが、内容としてはトローラ卿の精神をよく表しているのでは」
「お前もそっちか!」
画面の中で、ボスヤスフォートたちが退路へ消えていく。
俳優トローラだけが残り、背後で退路が閉ざされた。
彼はそれを見ても驚かなかった。
ただ、すべてを覚悟していた者の顔で剣を握り直した。
『行ったか』
低く呟く。
『なら、これでいい』
「よくねぇよ! 実際の俺は『おいおいおいおい』って青ざめてたわ!」
エルメラ王妃が、優雅に紅茶を飲んだ。
「映像作品には、ある程度の脚色が必要ですわ」
「ある程度を超えてんだよ!」
そこへ、光の中からアマテラスが現れた。
画面上のアマテラスは、神秘的な光を背負い、敵であるトローラを静かに見つめている。
『見事だ、トローラ・ロージン』
「まず、そんな言い方されてねぇ」
『敵ながら、その武威と精神、天晴れである』
「もっと言われてねぇ!」
『三人のために一人残り、死地へ身を置いたその騎士道――我が敵として処すには惜しい』
俳優トローラは、血まみれのまま笑った。
『殺すなら殺せ。だが、あいつらには手を出すな』
「言ってねぇ!」
『安心するがよい。彼らはすでに去った』
『そうか』
俳優トローラは、安堵したように目を閉じた。
『なら、俺の負けでいい』
「俺の負けは請求書に署名した時だ!」
映像のアマテラスは、トローラへ手を差し伸べた。
『我がもとへ来い、汚れた白騎士よ』
「そんな勧誘されてねぇ!」
『客将として、そなたを迎えよう』
「客将じゃねぇ!」
壮大な音楽が鳴り響く。
画面に大きく題名が浮かんだ。
――『汚れた白騎士 ブラック4最後の殿』
トローラは立ち上がった。
「脚本家出てこい!」
誰も答えない。
当然だった。
映像の向こうに脚本家はいない。
セイレイが満足そうに腕を組んだ。
「よくできているではないか」
「どこがだ!」
「そなたの騎士としての本質が、分かりやすく表現されている」
「俺の本質を勝手に捏造すんな!」
「三人を逃がすために残った」
「逃げ損ねた!」
「アマテラス陛下が武勇を認めた」
「面白がられて捕まっただけだ!」
「客将として迎えられた」
「損害賠償労務契約者だ!」
弟王子が、少し困ったように首を傾げた。
「その正式名称は、物語には少々不向きですね」
「物語じゃなくて事実なんだよ!」
コーラス三世が、映像を巻き戻していた。
「この、君が三人を見送る場面はよいね」
「よくねぇ」
「私を守った時の君にも通じるものがある」
「通じねぇ」
「自分だけが残り、他者を生かす」
「その瞳で俺を見るなぁぁッ!」
トローラの絶叫が居間に響いた。
コーラス三世は楽しそうに笑った。
エルメラもまた、口元へ手を添えている。
「それにしても」
王妃は穏やかに言った。
「汚れた白騎士とは、よい呼び名ですわね」
「よくねぇよ」
「潔白ではない。高潔とも言い切れない。けれど、汚れたまま誰かを守る」
「守ってねぇ」
「完璧な白ではないからこそ、若者は憧れるのでしょう」
「だから原型がねぇって言ってんだろ!」
セイレイが立ち上がった。
画面に映る俳優トローラと、本物のトローラを交互に見比べる。
「確かに顔は少し違うな」
「少しか?」
「映像の方が陰がある」
「俺には借金の陰があるよ」
「だが、目は似ている」
セイレイは真剣な顔で言った。
「誰かを逃がすためなら、自分が残ると決める目だ」
トローラはしばらく黙った。
否定しようとした。
だが、自分なら絶対にしないと言い切れるほど、薄情でもなかった。
必要なら残る。
本当に逃がしたい相手がいるなら、おそらく剣を抜く。
今回がそうではなかったというだけだ。
そのわずかな間を、セイレイは見逃さなかった。
「ほらな」
「違う!」
「今、認めただろう」
「何も言ってねぇ!」
「顔に出ていた」
「出てねぇ!」
コーラス三世が、しみじみと頷いた。
「やはり、よい題名だ」
「サード!」
「汚れた白騎士」
「呼ぶな!」
「しかし、その白は汚れてなお、輝いていた」
「朗読すんな!」
弟王子は映像の作品情報を確認していた。
「姉上。続編の製作も決定しているようです」
トローラの動きが止まった。
「続編?」
「はい」
弟王子は、礼儀正しく読み上げた。
「『汚れた白騎士Ⅱ――黄金の帝に縛られし者』」
「何だその題名!」
「A.K.D.で客将となったトローラ卿が、自由を奪われながらも、民と仲間のために戦う物語だそうです」
「誰が自由を奪われながら民のために戦ってんだ! 借金返してるだけだよ!」
「第三作の構想もあるらしいぞ」
セイレイが言った。
「まだあるのかよ!」
「『白騎士、王女を導く』」
トローラはゆっくりとセイレイを見た。
セイレイは胸を張っていた。
「楽しみだな」
「制作会社ごと止めてやる」
「なぜだ」
「お前まで出演すんな!」
「私の役は誰が演じるのだろうな」
「乗り気になるな!」
エルメラが優雅に告げた。
「王家としては、内容を事前に確認する必要がありますね」
「許可を出す気ですか?」
「事実関係に誤りがあれば、修正しなければなりませんもの」
「今の作品を先に止めろ!」
「ですが、あなたが三人を庇って残ったという大筋には問題ありませんでしょう?」
「そこが最大の誤りだよ!」
トローラの叫びは、その夜遅くまで王宮に響き続けた。
しかし翌日。
コーラス王家が『汚れた白騎士』を家族で鑑賞し、コーラス三世とセイレイ王女が高く評価したという話だけが、なぜか外へ漏れた。
作品の人気はさらに高まった。
トローラの否定も、同時に報じられた。
『トローラ・ロージン本人は、“俺は逃げ損ねただけだ”“美化しすぎて原型がない”と、本作の内容を強く否定している』
だが、それを読んだ人々の反応は一様だった。
――やはり、自分の功を誇ろうとしない。
――これほどの美談になってもなお、仲間を庇ったことを認めないのか。
――まさしく、汚れた白騎士。
そして宣伝文句には、新たな一文が加わった。
本人が決して語ろうとしない、真実の騎士物語。
「脚本家だけじゃねぇ!」
新聞を握り潰しながら、トローラは叫んだ。
「宣伝担当も出てこい!」