トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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ほぼ創作です

 

/*/ コーラス王宮 私的映像室 夜 /*/

 

 

 

 星団中で話題となった『汚れた白騎士』シリーズ第三作。

 

 その完成版が、一般公開に先駆けてコーラス王宮へ届けられた。

 

 題名は――

 

 『汚れた白騎士Ⅲ 黒き盟友との決闘』。

 

 当初発表されていた第三作は、『白騎士、王女を導く』であった。

 

 つまり、セイレイ王女を主役の一人に据えた物語である。

 

 ところが、ヴァキ市で偶然撮影されたトローラとデコースの決闘映像があまりにも評判となり、制作会社は予定を変更。

 

 黒騎士デコースとの友情編を第三作へ繰り上げ、セイレイ編は第四作以降へ延期した。

 

 その報せを聞いた時、セイレイは露骨に不満を示した。

 

「なぜ私の出番が後回しになるのだ」

 

「実際の決闘映像が撮れたからでしょう」

 

 弟王子が答えた。

 

「映像作品として、優先する価値があると判断されたものと思われます」

 

「私にも価値はあるぞ」

 

「誰もないとは申しておりません」

 

「では、なぜ黒騎士に負ける」

 

「人気ではなく、話題の鮮度の問題でしょう」

 

「なお悪い」

 

 そう言いながらも、セイレイは上映開始時刻より三十分も早く映像室へ入っていた。

 

 装置の真正面。

 

 最も見やすい席。

 

 卓上には菓子、果物、冷たい飲み物まで揃えてある。

 

 エルメラ王妃は、そんな娘を見て穏やかに笑った。

 

「出番を奪われた作品を見るにしては、ずいぶん楽しそうですこと」

 

「内容を確認する必要があるのだ」

 

「何のために?」

 

「第四作との整合性だ」

 

「まだ出演契約もしていないでしょう」

 

「王家を題材にする以上、無関係ではない」

 

 セイレイは腕を組んだ。

 

「それに、トローラとデコースの決闘がどのように描かれたのか、気になるではないか」

 

「つまり見たいのですね」

 

「違う。確認だ」

 

 コーラス三世が、娘の隣へ座りながら笑った。

 

「同じことではないかな」

 

「違います、父上」

 

「そうかい」

 

 弟王子も席につく。

 

 ウリクルは少し離れた場所で、王家の面々を静かに見守っていた。

 

 一方、この上映会の題材となった本人――トローラ・ロージンの姿はなかった。

 

 招待状は送った。

 

 セイレイ自ら、かなり強い文面で出席を求めた。

 

 だが返事は、一行だった。

 

 

 

> 絶対に行かない。勝手に見ろ。

 

 

 

「本人がいないのは残念だな」

 

 セイレイが言った。

 

「第一作の時は、あれだけ賑やかだったのに」

 

「彼は学習したのでしょう」

 

 エルメラが紅茶を手にする。

 

「見れば傷つくということを」

 

「それでも逃げるとは、騎士らしくない」

 

「映像作品から逃げても、騎士としての名誉は傷つかないと思います」

 

 弟王子が冷静に言った。

 

「むしろ、精神の安定を守る合理的な判断かと」

 

「つまらぬ」

 

「姉上が楽しみすぎなのです」

 

 照明が落ちた。

 

 セイレイは即座に口を閉じ、姿勢を正した。

 

 黒い画面。

 

 低く響く鐘の音。

 

 やがて、前作の終盤が短く映し出される。

 

 崩れたフロート・テンプル。

 

 三つの影を逃がし、一人残る俳優トローラ。

 

 

 

『行け、デコース!』

 

 

 

 セイレイが小さく頷く。

 

「やはり、この場面はよい」

 

「本人は言っていないそうですよ」

 

 弟王子が囁く。

 

「今は黙れ」

 

 

 

『振り返るな!』

 

 

 

 俳優デコースが、苦悩に満ちた顔で退いていく。

 

 場面が暗転した。

 

 新たなナレーションが入る。

 

 

 

『あの日、白き騎士は三人の悪党を救った』

 

 

 

 続いて、現在のトローラが映る。

 

 実際の映像ではない。

 

 俳優が演じる、A.K.D.で働かされているトローラである。

 

 大勢の人々を守りながら、孤独に戦う姿。

 

 

 

『だが、彼が救った黒騎士は、その犠牲を忘れてはいなかった』

 

 

 

 デコース役の俳優が、酒場で一人、トローラの名を呟く。

 

 

 

『いつか、あの男と再び剣を交える』

 

 

 

 映像のデコースは、苦悩しながら拳を握った。

 

 

 

『言葉では伝えられぬ感謝を、剣によって示すために』

 

 

 

「そんな殊勝な男ではないぞ」

 

 セイレイが即座に言った。

 

「ご本人をご存じなのですか?」

 

「一度見れば分かる」

 

「まだ一度も会っていないでしょう」

 

「映像で見た」

 

「それは俳優です」

 

「今は黙れ」

 

 題名が現れる。

 

 

 

> 汚れた白騎士Ⅲ

> 黒き盟友との決闘

 

 

 

 重厚な音楽と共に、本編が始まった。

 

 前半では、第一作以降のトローラの活動が語られる。

 

 コーラス王家との関係。

 

 A.K.D.での危険な任務。

 

 本人の意志に反して英雄視されていく日々。

 

 俳優トローラは、行く先々で人々を助けながら、決して礼を受け取らない。

 

 

 

『俺は悪党だ』

 

 

 

 そう言い残し、夕日の中へ去っていく。

 

 セイレイは真剣に見入っていた。

 

「ここは事実なのか?」

 

「ほぼ創作だと思われます」

 

 弟王子が答えた。

 

「だが、トローラなら言いそうだ」

 

「台詞そのものは、普段から口にしています」

 

「やはり事実ではないか」

 

「その後に夕日へ消える部分が創作です」

 

 やがて、ヴァキ市での再会場面へ移る。

 

 ここからは、実際に制作班が撮影した映像と、再現映像が組み合わされていた。

 

 預かり屋から出てくる本物のトローラ。

 

 不機嫌そうな顔。

 

 腕には大量の書類。

 

 その向こうに立つ、本物のデコース。

 

「本人だ」

 

 セイレイが身を乗り出した。

 

「やはり俳優より少し小さいな」

 

「そこを気にするのですか」

 

「実物の方が顔つきは悪い」

 

「本人へは言わない方がよいでしょう」

 

 画面のデコースが、通りへ響く声で呼びかける。

 

『よぉ、仲間のために一人残った汚れた白騎士サマぁ』

 

 セイレイが吹き出した。

 

「黒騎士も呼んでいるではないか!」

 

「明らかにからかっています」

 

「それでも呼んだことに変わりはない」

 

 

『……デコース』

 

 

『なんだい、汚れた白ぉ』

 

 

『その呼び方をやめろ』

 

 

『なんでぇ? 似合ってるじゃん』

 

 

 セイレイは菓子を一つ摘みながら、満足そうに頷いた。

 

「デコースも、よく分かっているな」

 

「トローラ卿が怒っています」

 

「照れているのだろう」

 

「姉上まで同じ解釈をなさるのですか」

 

「本人が否定しているだけだ」

 

「本人の説明が最も信用されていませんね」

 

 画面のデコースが、前作の台詞を朗々と再現する。

 

 

『行け、デコース! 振り返るな!』

 

 

『言ってねぇ!』

 

 

『俺たちはブラック4だ!』

 

 

『やめろ!』

 

 

『誰か一人が、三人分の悪を背負ってもいいだろう!』

 

 

『今すぐやめろ!』

 

 

 セイレイは声を立てて笑った。

 

「まったく息が合っているではないか」

 

「一方的に嫌がらせを受けているように見えますが」

 

「嫌がる相手へ、ここまで踏み込めるのは親しい証拠だ」

 

「姉上の人間関係の認識が少々心配です」

 

「黙って見ろ」

 

 トローラが剣を抜く。

 

 デコースが笑う。

 

 二人の刃が激突した。

 

 ここから映像は、急に本格的な騎士戦闘の記録へ変わった。

 

 周囲の一般人にはほとんど認識できなかった動きを、超高速撮影と解析映像によって引き延ばしている。

 

 トローラの斬撃。

 

 デコースの回避。

 

 踏み込み。

 

 真空剣。

 

 攻撃ポイントの読み合い。

 

 刃同士が接触するより前に、二人の身体が次の攻防へ移っている。

 

 セイレイの笑みが消えた。

 

 目が鋭くなる。

 

「……速い」

 

 弟王子も映像を見つめていた。

 

「再現ではありません。実際の戦闘記録です」

 

「デコースが遊んでいるのは分かる」

 

「それでも、トローラ卿の剣をすべて受けています」

 

「いや」

 

 セイレイが首を振った。

 

「受けてはいない。受ける場所を選ばされている」

 

 画面を一時停止する。

 

「ここだ」

 

 トローラの刃がデコースの肩へ迫っている。

 

 デコースは首を狙わせないため、半歩だけ前へ出ていた。

 

「トローラは最初から首を狙っている。黒騎士はそれを分かって、浅い傷で済む位置へ身体を置いている」

 

 コーラス三世が娘を見る。

 

「よく見ているね」

 

「当然です。私も騎士です」

 

 再生する。

 

 デコースが笑いながら、トローラの剣を弾いた。

 

 

『せっかく命懸けで逃がしてくれた仲間に、冷たいねぇ!』

 

 

『誰が誰を逃がした!』

 

 

『照れるなよぉ、白騎士サマ!』

 

 

『殺す!』

 

 

『それだよ、それぇ!』

 

 

 セイレイの表情がまた崩れた。

 

「真剣な戦いなのに、会話が台無しだな!」

 

「デコース卿は最初から楽しんでいるようです」

 

「トローラだけ本気で怒っている」

 

「そこが娯楽性を高めたのでしょう」

 

 制作班が現場へ乱入する。

 

 

『撮れ! 全部撮れ!』

 

 

『誰だてめぇ!』

 

 

『「汚れた白騎士」制作班です!』

 

 

『帰れ!』

 

 

 セイレイは長椅子の背へ身体を預け、腹を抱えて笑った。

 

「本人の前へ出ていったのか!」

 

「制作意欲は評価できます」

 

 エルメラが優雅に紅茶を飲む。

 

「命知らずとも申しますけれど」

 

 

『これは使える! 黒騎士との再会場面だ!』

 

 

『使うな!』

 

 

『美談にされた恨みを、命を懸けて本人へぶつけるほどの深い友情!』

 

 

『どこに友情がある!』

 

 

 映像はいったん暗転した。

 

 そこからは、制作側による再構成された物語へ移る。

 

 実際の戦闘映像を中心に、その前後へ俳優たちの場面を追加していた。

 

 黒騎士デコースは、トローラへ自分を置いて逃げたことへの罪悪感を抱いている。

 

 一方、汚れた白騎士トローラは、デコースが過去へ囚われないよう、わざと憎しみをぶつけている。

 

 互いを思いやりながら、言葉にできない二人。

 

 最後は、剣によって互いの感情を確かめ合う。

 

「誰だ、それは」

 

 コーラス三世が、さすがに笑いながら呟いた。

 

「デコースではないな」

 

「トローラでもありません」

 

 弟王子も答える。

 

 セイレイは真剣な顔で画面を見ていた。

 

「だが、物語としてはよくできている」

 

「姉上は受け入れるのですか」

 

「事実とは別だ」

 

 セイレイは菓子を口へ運ぶ。

 

「それはそれとして面白い」

 

 決闘の最後。

 

 俳優デコースが剣を下ろす。

 

 

『あの日、俺はお前を置いて逃げた』

 

 

 俳優トローラが、傷だらけの顔で笑う。

 

 

『違う。俺が勝手に残った』

 

 

『なぜ、そんな嘘をつく』

 

 

『お前が前を向けるなら、それでいい』

 

 

 セイレイは黙って画面を見つめていた。

 

 弟王子が、姉の横顔を見る。

 

「感動しておられますか」

 

「していない」

 

「目が潤んでいます」

 

「映像室が乾燥している」

 

「飲み物をどうぞ」

 

「黙れ」

 

 俳優デコースが、俳優トローラへ手を差し出す。

 

 

『次にお前が残る時は、俺も残る』

 

 

『勝手にしろ』

 

 

 二人の手が重なる。

 

 背後から朝日が昇る。

 

 壮大な音楽。

 

 画面に文字が浮かんだ。

 

 

 

> 白と黒。

> 互いを拒みながら、誰より深く結ばれた二人。

 

 

 

 エンディング曲が流れ始める。

 

 映像室が明るくなった。

 

 セイレイはしばらく何も言わなかった。

 

 腕を組み、難しい顔をしている。

 

 コーラス三世が尋ねる。

 

「どうだった?」

 

「……悪くない」

 

「ずいぶん食いついていたね」

 

「戦闘映像に価値があった」

 

「物語の部分は?」

 

「少々美化が過ぎる」

 

「第一作の時からそうだよ」

 

「しかし」

 

 セイレイは少し考えた。

 

「黒騎士との関係を先に描いたことには、意味がある」

 

 弟王子が首を傾げる。

 

「姉上の出番を延期してでも、ですか」

 

「それは別の問題だ」

 

 即答だった。

 

「私の出番は予定通り第三作にするべきだった」

 

「すでに第三作は完成しました」

 

「ならば、これを第二・五作とすればよい」

 

「題名に三と入っています」

 

「修正しろ」

 

「星団中へ予告済みです」

 

「ならば私の作品を三・五作にする」

 

「第四作ではいけないのですか」

 

「黒騎士より後というのが気に入らん」

 

 エルメラが笑う。

 

「けれど、作品そのものは気に入ったのでしょう?」

 

「それとこれとは別です」

 

 セイレイは、上映終了後の作品情報を確認した。

 

 特典映像。

 

 制作記録。

 

 未公開の決闘映像。

 

 デコース・ワイズメルへの独占取材。

 

 トローラ・ロージン本人への取材拒否記録。

 

 セイレイの目が輝いた。

 

「特典映像があるぞ」

 

「もう十分見たのでは?」

 

「本編と資料映像は別だ」

 

「先ほど、内容確認が目的と仰っていましたね」

 

「第四作のための参考資料だ」

 

「ご自分の出番とは無関係に思われますが」

 

「黒騎士とトローラの距離感を知っておく必要がある」

 

「なぜでしょう」

 

「私がトローラを導く際、過去の人間関係は重要だ」

 

 弟王子は姉を見た。

 

「姉上が導かれる側では?」

 

「題名は『白騎士、王女を導く』だが、物語とは双方が成長するものだ」

 

「すでに脚本を読まれたのですか」

 

「まだだ」

 

「では、今のは姉上の希望ですね」

 

「制作会社へ伝えておけ」

 

 セイレイは特典映像を再生した。

 

 画面に、本物のデコースが現れる。

 

 取材者が尋ねていた。

 

 

『トローラ・ロージン卿との関係を、どのようにお考えですか』

 

 

 デコースは楽しそうに笑った。

 

 

 

『仲間のために一人残ってくれた、大切な相棒だよぉ』

 

 

 

 画面の端に注釈が出る。

 

 

 

> トローラ・ロージン本人は、この証言を全面的に否定している。

 

 

 

 セイレイが声を上げて笑った。

 

「やはり黒騎士は分かっているではないか!」

 

 弟王子が静かに言う。

 

「明らかに、トローラ卿が怒ることを期待しています」

 

「それほど親しいということだ」

 

「姉上も、もう完全に制作側の解釈へ染まっていますね」

 

「違う」

 

「何が違うのです?」

 

「私は事実を冷静に見ている」

 

 その直後、未公開映像の中でトローラが叫んだ。

 

 

 

『誰が相棒だ! 次に会ったら本当に殺す!』

 

 

 

 セイレイは深く頷いた。

 

「不器用な男だ」

 

 弟王子は、もう反論しなかった。

 

 その夜、セイレイは本編を二回、特典映像を三回見た。

 

 自分の出演作が延期されたことについては、最後まで不満を口にした。

 

 だが翌朝。

 

 制作会社へ送られたコーラス王家の感想書には、セイレイ王女本人の署名入りで、こう記されていた。

 

 

 

> 『汚れた白騎士Ⅲ 黒き盟友との決闘』は、白騎士と黒騎士の複雑な関係を描いた、たいへん興味深い作品であった。

>

> とりわけ実際の決闘記録には、騎士資料としても高い価値がある。

>

> ただし次回作では、予告されていたコーラス王女編を必ず制作すること。

>

> また、王女役の選定については、コーラス王家へ事前に相談されたし。

 

 

 

 その末尾には、本人の筆跡で一文が付け加えられていた。

 

 

 

> 黒騎士より出番が遅れた分、私の登場場面は多くするように。

 

 

 

 制作会社は、これを王家からの正式な出演許可と解釈した。

 

 数日後。

 

 第四作の制作決定が、星団中へ発表された。

 

 

 

> 『汚れた白騎士Ⅳ 白騎士、王女を導く』

>

> コーラス王家全面協力。

> セイレイ王女本人による騎士戦闘監修。

 

 

 

 それを知ったトローラは、A.K.D.の任務先で頭を抱えた。

 

「なんで本当に続くんだよ……」

 

 一方、コーラス王宮では。

 

「全面協力とは聞いていないぞ」

 

 そう言いながらも、セイレイはすでに、自分を演じる女優の候補資料を真剣に読み始めていた。

 

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