/*/ ジュノー コーラス王朝 首都ヤース 王宮通信局 /*/
その報せは、矢より速く走った。
コーラス三世、負傷。
ファティマ・ウリクル、重傷。
ハグーダ=コーラス国境沿いの戦闘において、王が敵軍と接触し、ウリクルが王を守って倒れた。
最初に震えたのは、王宮通信局だった。
次に、騎士団本部。
それから各都市の役所、新聞社、放送局、港湾事務所、大学、工房、寺院、酒場、駅舎。
半日も経たぬうちに、コーラス全土がその報せを知った。
そして、全星団も知った。
王が傷ついた。
ウリクルが倒れた。
それだけで、コーラス国民の胸に火が点いた。
恐怖ではない。
怒りだった。
王を案じる声。
ウリクルの回復を祈る声。
そして、ハグーダへの怒号。
街角の放送盤の前に、人が集まる。
広場には、王宮からの正式発表を待つ市民が押し寄せた。
年老いた商人が帽子を握りしめる。
若い工房職人が拳を握る。
母親が子供を抱き寄せながら、画面の前で息を詰める。
兵学校の生徒たちは、誰に命じられたわけでもなく姿勢を正した。
やがて、画面に王宮紋章が映る。
コーラス王朝は、同日中に正式発表を行った。
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「コーラス三世陛下は国境沿い戦闘において負傷されましたが、命に別状はありません。
ファティマ・ウリクルは陛下を守る過程で重傷を負い、現在、王宮医療班および専門技術班により治療中です。
詳細な戦況については調査中ですが、ハグーダ側の軍事行動により、我が王朝の主権と王の身に重大な危険が生じたことは明白です」
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その瞬間、広場の空気が変わった。
泣き声が上がる。
怒号も上がる。
「ウリクル様が、陛下を……」
「ハグーダめ!」
「王を狙ったのか!」
「許せるか!」
反ハグーダの熱は、火薬庫に投げ込まれた火のように広がった。
それはただの戦争熱ではなかった。
コーラス国民にとって、コーラス三世は王であり、国の芯だった。
そしてウリクルは、その王を支える存在だった。
彼女が重傷を負ったという事実は、国民の感情を一気に同じ方向へ向けた。
王を守ったファティマを見捨てるな。
王を傷つけたハグーダを許すな。
コーラスを守れ。
その声が、首都ヤースから地方都市へ、港へ、山間の小さな村へ、同盟国の通信局へと走っていく。
/*/ 王宮医療区画 /*/
ウリクルは生きていた。
その事実だけで、王宮医療区画の空気はぎりぎり保たれていた。
呼吸は戻った。
心臓も戻った。
だが、重傷であることに変わりはない。
ファティマ用の医療槽の中で、ウリクルは眠っている。
その横で、イエッタが静かに状態を確認していた。
トローラ・ロージンは、壁にもたれて座り込んでいた。
全身ずぶ濡れ。
泥だらけ。
腕は傷だらけ。
膝は腫れている。
そして、顔は青い。
シューシャを川から引き上げ、ウリクルの心臓を無理やり戻し、さらにシューシャの搬送まで手伝った結果、体力が底をついていた。
それでも、彼は医療槽を見上げて言った。
「死んでねえな」
ログナーが横に立つ。
「死んでいない」
「なら勝ちだ」
「貴様はそればかりだな」
「戦場じゃ大事だろ」
トローラは笑おうとして、咳き込んだ。
ログナーは少しだけ目を細める。
「お前が割り込まなければ、間に合わなかった可能性が高い」
「そりゃ良かった」
「名を聞いていなかったな」
「トローラ・ロージン」
ログナーの視線が少し変わる。
「ユーバーのところにいた騎士か」
「元、だ。今は無職に近い」
「無職がなぜ国境のジャングルにいた」
「運命の女神に呼ばれた」
「嘘をつくな」
「じゃあ、勘だ」
ログナーはそれ以上問わなかった。
代わりに、医療槽の中のウリクルを見た。
「コーラス陛下は、国民の前に出る」
トローラは顔を上げた。
「もう?」
「国が揺れている。姿を見せねばならん」
「怪我してんだろ」
「それでも王だ」
トローラは舌打ちした。
「王様ってのも面倒だな」
「騎士も似たようなものだ」
「俺は違う」
「今日のお前を見る限り、そうは見えん」
トローラは返す言葉を探し、見つからなかった。
/*/ 首都ヤース 王宮前広場 /*/
夕刻。
王宮前広場は、人で埋まっていた。
王の容態を案じる民。
ウリクルの回復を祈る者。
ハグーダへの怒りを叫ぶ者。
そして、何より、コーラス三世の姿を見たい者たち。
やがて、王宮の扉が開いた。
歓声ではなかった。
最初に上がったのは、息を呑む音だった。
コーラス三世が現れた。
包帯はある。
顔色も万全ではない。
だが、彼は立っていた。
自分の足で。
国民の前に。
その瞬間、広場が揺れた。
「陛下!」
「コーラス陛下!」
「ご無事で!」
叫びが波になって押し寄せる。
コーラス三世は、片手を上げた。
広場が、少しずつ静まる。
王は、無理に声を張らなかった。
だが、その声は広場の隅まで届いた。
「私は生きている」
その一言だけで、民の目に涙が浮かんだ。
「我がファティマ、ウリクルもまた、生きている。重傷ではある。だが、彼女は私を守り、なお生きている」
広場のあちこちで、すすり泣く声が上がる。
コーラス三世は続けた。
「ハグーダは、我が国の境を踏み越えた。
我が民を脅かし、我が騎士を傷つけ、我がウリクルを血に沈めた」
声が少しだけ強くなる。
「私は、これを許さない」
広場の空気が、一気に燃えた。
「だが、怒りだけで剣を取るな。
我々はコーラスである。
誇りを持ち、秩序を持ち、民を守るために戦う。
ハグーダへの怒りを、略奪や暴走ではなく、国を守る力へ変えよ」
兵学校の生徒たちが涙を堪えながら敬礼する。
工房職人たちが拳を握る。
港湾労働者が叫ぶ。
農村から来た若者たちが、自分たちも何かできるかと顔を上げる。
コーラス三世は、最後に言った。
「ウリクルが守った命を、私が無駄にはしない。
コーラスは倒れぬ。
ハグーダに、我らの空は渡さぬ」
その瞬間、広場が爆発した。
反ハグーダの熱は、国民感情として決定的な形を取った。
王は立った。
ウリクルは生きている。
ならば、戦う。
その日、コーラス全土の空気は変わった。
/*/ 全星団 各国反応 /*/
コーラス三世負傷とウリクル重傷のニュースは、ただの局地戦報道では終わらなかった。
友邦は次々と反応した。
ある国は医療班を送ると申し出た。
別の国は補給物資を送った。
騎士団の一部は義勇協力の名目で動き始めた。
工業国は部品と修理技師を出す。
商業都市は戦時信用枠を開く。
軍事顧問を送る国もあった。
そして各国の騎士たちは、ひとつの事実を理解した。
コーラスは折れていない。
むしろ、王が傷つき、ウリクルが倒れたことで、国民の意志は一つになった。
ハグーダは、勝つために打った一手で、コーラスの心臓に火を点けてしまった。
/*/ 王宮医療区画 夜 /*/
王宮前広場の演説が終わった後、コーラス三世は医療区画へ戻った。
無理をしていたのは明らかだった。
医師たちが慌てる中、王はまっすぐウリクルの医療槽へ向かう。
その横では、トローラがまだ座っていた。
「よお、陛下。倒れなかったな」
普通なら不敬だった。
だが、コーラス三世は少しだけ笑った。
「倒れるわけにはいかぬ」
「王様ってのは大変だ」
「貴殿も、かなり無茶をしたと聞いている」
「俺は走っただけだ」
「命を二つ拾った」
トローラは視線を逸らした。
「死んでねえなら勝ちだ」
コーラス三世は、その言葉を静かに受け止めた。
「その勝ちを、私は忘れぬ」
トローラは頭をかいた。
「やめろよ。そういうのは苦手だ」
医療槽の中で、ウリクルの指がかすかに動いた。
コーラス三世が息を呑む。
イエッタが状態を確認する。
「反応があります」
王の顔に、初めて安堵が浮かんだ。
トローラは立ち上がろうとして、ふらついた。
ログナーが無言で支える。
「おっと」
「限界だ。寝ろ」
「まだシューシャの様子も――」
「こちらで見る」
「ウリクルは――」
「こちらで見る」
「じゃあ俺は――」
「寝ろ」
トローラはしばらくログナーを見た。
そして、観念したように笑った。
「通行止めの人、厳しいな」
「斬るぞ」
「ログナー、寝る」
「それでいい」
トローラはその場で倒れるように簡易寝台へ運ばれた。
眠りに落ちる直前、彼はかすれた声で呟いた。
「まだ……終わってねえぞ……」
コーラス三世は、その言葉を聞いていた。
王は、医療槽の中のウリクルを見る。
そして、窓の外に広がる夜のコーラスを見た。
国民は怒っている。
友邦は動いている。
ハグーダとの戦いは、次の段階へ入る。
だが、今日、ひとつだけ確かなことがある。
ウリクルは生きている。
シューシャも生きている。
そして、K.O.G.に砕かれてなお立ち上がった一人の騎士が、コーラスの歴史を少しだけ変えた。
コーラス三世は静かに言った。
「我らは、まだ立てる」
王宮の外では、反ハグーダの声が夜になっても消えなかった。