余は聞いておらん
/*/ ナカカラ防衛戦――皇帝は前線へ /*/
最初に異変を知ったのは、軍務局でも、元老院でもなかった。
ダイ・グ・フィルモアだった。
執務机の上へ届けられた報告書は、形式だけを見れば、ごく普通の戦況報告である。
ナカカラ方面。
戦線拡大。
現地騎士団の損耗。
ギーレル方面より接近する不明艦隊。
通信の混乱。
そして、クリスティン・Vを含む皇帝騎士団の前線投入。
そこまではいい。
問題は、その下に添えられた命令系統だった。
ダイ・グは紙面を指先で押さえたまま、しばらく動かなかった。
「……これは、誰の命令ぞ」
静かな声だった。
若い。
帝国元老院に巣食う老獪な者たちから見れば、あまりにも若い皇帝である。
だからこそダイ・グは、公の場では意識して言葉を選んだ。
一人称は「余」。
問いは短く。
命令は重く。
時には、本来の柔らかな性格よりも古めかしく、尊大にさえ聞こえる言葉を使う。
皇帝が若いことは変えられない。
ならば少なくとも、若さを侮らせぬように。
その問いに答えたのは、帝国議会長官ミヤザだった。
「元老院軍務委員会の判断にございます、陛下」
声には感情がない。
恭しく頭を下げてはいる。
だが、その口調にはわずかな冷たさがあった。
まるで、
――また若い皇帝が、余計なことに口を出した。
とでも言いたげな。
ダイ・グの眉がわずかに動く。
「余は聞いておらん」
「必要がないと判断されたのでございましょう」
室内の空気が張った。
周囲の官僚たちが、ミヤザを見る。
皇帝に対する言葉としては、あまりにも露骨だった。
しかしミヤザは顔色一つ変えない。
「陛下には帝国全体をご覧いただかねばなりません。局地戦の詳細まで逐一ご裁可いただくのは、元老院としても本意ではありますまい」
「局地戦とな」
「左様にございます」
「皇帝騎士が前線へ出されておる」
「騎士は戦場へ出るものにございましょう」
ダイ・グの視線が鋭くなる。
「クリスティンもか」
一瞬だけ。
ミヤザの指が動いた。
ほんのわずか。
誰にも気づかれないほど小さく。
だが彼の内心では、その名を聞いた瞬間、胸の奥が重く沈んでいた。
知っている。
クリスティンがどこへ送り込まれたか。
なぜあの位置なのか。
元老院の老人どもが何を考えているかも。
知っているからこそ。
ミヤザは顔を変えない。
「クリスティン・Vは皇帝騎士です」
あえて冷たく言う。
「陛下ご寵愛の女性である以前に、帝国最強の騎士の一人にございます」
室内の空気が凍った。
「ミヤザ長官」
側近の一人が低く咎める。
だがミヤザは続けた。
「ここで特別扱いをなされば、元老院はどう見るでしょうな」
「……」
「皇帝が一人の女性のために軍令を曲げた、と」
ダイ・グは黙ってミヤザを見る。
その言葉は痛かった。
それこそが、彼自身が最も恐れていることだったからだ。
クリスティンを助けたい。
だが。
皇帝が、愛する女性一人を助けるために帝国軍を動かしてよいのか。
ミヤザは、それを知っている。
そして。
だからこそ、わざと傷口へ指を入れる。
「元老院へお任せなさいませ、陛下」
ミヤザは頭を下げた。
「若き陛下が、いたずらに帝国政治の均衡を乱される必要はございません」
何人かの官僚が顔をしかめた。
あまりにも不遜。
あまりにも元老院寄り。
だが。
ミヤザは知っている。
この部屋には、元老院へ話を流す者がいる。
議会にも。
軍にも。
宮廷にも。
どこに目があるか分からない。
だから、彼は演じ続ける。
元老院に従順な帝国議会長官。
若い皇帝を軽んじる現実主義者。
それでいい。
そう見られている限り、自分はまだ元老院の内側へ入れる。
命令を知れる。
情報を抜ける。
そして。
必要な時には、ダイ・グとクリスティンを守れる。
嫌われる程度で済むなら、安いものだった。
「余に、黙っておれと申すか」
ダイ・グが低く問う。
「皇帝には、皇帝のなさるべきことがございます」
ミヤザは答えた。
「元老院との正面衝突など、その中には含まれませぬ」
「……そうか」
ダイ・グは報告書へ目を戻した。
ミヤザは、内心でわずかに息を吐く。
それでいい。
退いてくれ。
今はまだ。
あなたは若すぎる。
元老院は、あなたが考えているよりはるかに汚い。
正面から斬れば、その返り血はクリスティンへ飛ぶ。
だからこそ、自分が泥を被っているのだ。
だが。
次にダイ・グが口にした言葉で。
ミヤザは、胸中だけで目を閉じた。
「クリスティンへ繋げ」
「陛下」
「通信を繋げ」
「現在、ナカカラ方面との通信は不安定にございます」
「ならば」
ダイ・グは立ち上がった。
「繋がるところまで余が行く」
室内が完全に静まった。
ミヤザさえ、一瞬言葉を失った。
「……どちらへ行かれるおつもりです」
「ナカカラだ」
「おやめなさいませ」
即答だった。
先ほどまでの皮肉が消えた。
だが、それに気づいた者はほとんどいない。
「皇帝自ら戦場へ出るなど、正気の沙汰ではございません」
「余の騎士が戦場におる」
「騎士だからです」
「余の民もおる」
「皇帝だからこそ、遠くから命ずればよろしい」
「元老院が、その命を止めるのであろう」
ミヤザは黙った。
ダイ・グが一歩近づく。
「増援は止められておる」
「……」
「補給もだ」
「……」
「クリスティンを含む騎士たちだけが、危険な位置へ押し込まれておる」
若い皇帝の声が、次第に低くなる。
「これを、余に黙って見ておれと申すのか」
ミヤザは答えなかった。
本当なら。
違う、と言いたかった。
あなたには生きていてほしい。
クリスティンにも。
だから自分は元老院へ取り入り、彼らの目論見を探っている。
あなたが今ここで飛び出せば、その全てが崩れる。
だが。
それを言えば、自分の役目が終わる。
元老院へ届く耳が一つ失われる。
だから。
「陛下は」
ミヤザは、あえて口元を歪めた。
「まだお若い」
ダイ・グの目が細くなる。
「皇帝とは、感情で戦場へ駆けつけるものではございませぬ」
「……」
「クリスティン殿を救いたいというお気持ちは理解いたします。ですが、それで元老院と争えば、笑われるのは陛下です」
痛い言葉を選ぶ。
「女一人のために、若帝が血迷ったとな」
室内の誰かが息を呑んだ。
ダイ・グは、しばらくミヤザを見ていた。
そして。
「ミヤザ」
「は」
「そなたは余を、ずいぶんと軽く見る」
「若き君主へ苦言を呈するのも、臣下の務めにございます」
「左様か」
ダイ・グは静かに頷いた。
「ならば、よく見ておれ」
ミヤザの胸がざわついた。
「余は」
ダイ・グは言った。
「クリスティン一人を救いに行くのではない」
一枚目の報告書を机へ置く。
「ナカカラを守る」
二枚目。
「フィルモアの名を守る」
三枚目。
「そして」
最後の一枚。
「余の知らぬところで帝国の名を騙り、友邦を食い物にする者どもから――」
若い皇帝が顔を上げる。
「フィルモアそのものを守る」
ミヤザは、何も言えなかった。
それは。
彼がずっと望んでいた答えだった。
だが同時に。
最も聞きたくなかった答えでもある。
この若者は。
自分が守ってやらねばならぬほど弱くはなかった。
「出るぞ」
「陛下」
「止めても無駄だ」
「……」
「元老院へ伝えるがよい」
ダイ・グの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「若造が、また勝手を始めたとな」
ミヤザは深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
顔を伏せたまま。
誰にも見えないところで。
ほんの一瞬だけ、笑った。
困った皇帝だ。
本当に。
*
クリスティン・Vは、退くことを考えていなかった。
退けなかった、と言った方が正しい。
目の前の戦場だけなら、いくらでも退路は作れる。
騎士である。
まして皇帝騎士の名を己の実力で勝ち取った者だ。
自分一人が生き延びるだけならば、方法はいくらでもある。
だが、自分が退けば、その後ろにいる兵が死ぬ。
避難途中の民が死ぬ。
ナカカラ側の騎士が崩れる。
そして何より。
この戦場が「フィルモアによる侵略」という形で固定される。
それだけは許せなかった。
「左翼、下がりすぎです! 二陣を前へ!」
『しかし、騎士団長!』
「ここを抜かれれば王都まで一本道です!」
敵影。
砲撃。
GTMの駆動音。
クリスティンは息を整えた。
まだ動ける。
まだ剣は振れる。
ならば、それでいい。
それが騎士だ。
そう思っていた。
だからこそ。
通信士が突然叫んだ時、意味を理解するまで数秒を要した。
「騎士団長!」
「何です!」
「全周波数へ割り込み!」
「敵ですか?」
「違います!」
通信士の顔色が変わった。
「皇帝陛下です!」
「……何?」
ざ、と雑音。
そして。
『聞け』
若い声だった。
だが。
若さを押し殺し、帝国皇帝として作り上げた声。
『余は、フィルモア帝国皇帝ダイ・グ・フィルモアである』
「陛下……?」
『これより帝国全軍へ、余の勅命を下す』
味方も。
敵も。
ナカカラ軍も。
傭兵も。
誰もが聞いていた。
『ナカカラは、フィルモアの敵にあらず』
その一言で。
元老院が積み上げた政治工作が崩れ始める。
『余はナカカラの領土を求めておらぬ』
『ナカカラを武力によって併呑せんとする行為を、フィルモアの意思とは認めぬ』
クリスティンは唇を震わせた。
「何を……」
『現在ナカカラ領内にある全フィルモア軍は、防衛行動へ移れ』
『民を守れ』
『友軍を守れ』
『避難民を守れ』
そして。
『侵略を目的として動く者があるならば――』
一拍。
『それが何者の命令を受けたものであろうと、余はこれをフィルモアの敵とみなす』
元老院の名は出さない。
だが。
誰のことなのか分からない者はいない。
『以上である』
「陛下!」
クリスティンが通信へ叫ぶ。
「陛下、どこにおられるのです!」
通信士が振り返った。
「騎士団長……」
「何です!」
「皇帝旗艦が戦域へ進入しています」
「……は?」
「陛下ご自身が、こちらへ」
「馬鹿な!」
皇帝騎士クリスティン・Vが。
戦場で初めて声を荒らげた。
「何を考えているのです、あの方は!」
*
皇帝旗艦の艦橋。
ダイ・グの前へ、ミヤザから通信が入った。
『陛下』
「何ぞ」
『今すぐお戻りください』
「先刻から、そればかりだな」
『当然でございます』
画面の中のミヤザは、相変わらず不機嫌そうだった。
『陛下は、ご自身がどれほど迷惑なことをなさっているのか、お分かりではない』
「ひどい言われようだ」
『元老院は激怒しております』
「であろうな」
『帝国議会も紛糾しております』
「であろうな」
『私の立場も、非常に悪くなりました』
「それは済まぬ」
『少しは悪びれてください』
ダイ・グが笑った。
ミヤザは露骨に嫌そうな顔をした。
『まったく。若い皇帝というものは』
「ミヤザ」
『何です』
「そなた」
一拍。
「余が来ることを、少しは期待しておったのではないか」
ミヤザの表情が止まった。
ほんの一瞬だけ。
だが、すぐにいつもの顔へ戻る。
『ご冗談を』
「そうか」
『私は元老院と帝国議会の調整役。陛下に無謀な真似をさせぬためにおります』
「左様か」
『左様にございます』
ダイ・グはそれ以上追及しなかった。
ミヤザも何も言わない。
ただ。
通信が切れる直前。
『陛下』
「何だ」
『……クリスティン殿を』
そこで言葉が止まった。
ミヤザは咳払いをする。
『いえ。帝国皇帝として、無様な帰還だけはなされませぬよう』
通信が切れた。
ダイ・グはしばらく真っ黒な画面を見た。
「素直でない男よ」
小さく笑った。
*
戦いが終わった夜。
元老院との緊急通信が繋がった。
画面の端には、帝国議会長官ミヤザも座っている。
数十人の元老院議員。
誰も怒鳴らない。
感情も見せない。
だからこそ。
その敵意は戦場より冷たかった。
『陛下』
「何ぞ」
『本日の声明について、元老院は正式な説明を求めます』
「説明ならば、全星団へしたであろう」
『帝国の軍事方針を、元老院の承認なく変更されました』
「余の承認なく始められた軍事行動を止めたまでだ」
元老の一人が目を細める。
『帝国は、皇帝個人のものではございません』
「当然だ」
『ならば――』
「元老院のものでもない」
沈黙。
そこでミヤザが口を開いた。
『陛下』
「何だ」
『お言葉が過ぎます』
いかにも元老院側の人間らしく。
冷たく。
たしなめる。
『元老院は帝国秩序を支えてきた機関。若き陛下の一存で否定できるものではございません』
老人たちの何人かが満足げに頷いた。
ダイ・グはミヤザを見る。
「余は、元老院を否定しておらぬ」
『でしたら』
「今のフィルモアの形では、もはや続かぬと言うておる」
ミヤザは黙る。
老人たちの顔が険しくなる。
「元老院」
「三大王家」
「皇帝」
「帝国議会」
「軍」
「騎士団」
「それぞれが伝統を盾に権限を持ち、責任だけは他へ押しつける」
ダイ・グの声が落ちる。
「今日、ナカカラでその限界が出た」
『陛下は、帝国の統治制度そのものを改めると?』
「必要ならば」
『それは皇帝陛下お一人のお考えで?』
「左様」
元老たちの顔が冷える。
ミヤザも、表向きは眉をひそめた。
だが。
卓の下で握った拳にだけ。
力が入った。
言え。
そこまで言ったのなら。
最後まで言え。
老人どもが最も恐れていることを。
この国が。
もう自分たちだけのものではないと。
「余は」
ダイ・グが言った。
「フィルモアを変える」
ミヤザは目を伏せた。
微笑まぬために。
『では元老院も、元老院として対処いたします』
「好きにせよ」
通信が切れた。
*
室内には、ダイ・グとミヤザだけが残った。
しばらく。
誰も話さなかった。
「ミヤザ」
「は」
「そなたも戻ればよい」
「少々、陛下へ申し上げておくことがございます」
「元老院からの苦言か」
「私からです」
ミヤザは立ち上がった。
扉へ歩く。
そして。
扉が完全に閉じたことを確認した。
振り返る。
空気が変わった。
先ほどまでの冷たい長官の顔ではない。
「無茶をなさる」
声も違った。
ダイ・グが少し目を丸くする。
「そなたが申すか」
「申します」
「余を若造と呼んだではないか」
「実際、お若い」
「……」
「だから困るのです」
ミヤザは深く息を吐いた。
「元老院の中には、陛下を本気で排除したい者がおります」
「知っておる」
「知っているだけでは足りません」
「……」
「クリスティン殿を使えば、陛下が動くことも」
ダイ・グの目が鋭くなる。
「分かってやっている者がおります」
沈黙。
「ゆえに私は、元老院へ取り入っております」
初めて。
ダイ・グの表情から、皇帝として作っていた威厳が少し消えた。
「……何?」
「陛下を軽んじる男と思わせておけば、彼らは私に話します」
「ミヤザ」
「クリスティン殿を、皇帝の弱点と呼ぶ者もおります」
ミヤザの声が低くなる。
「だから私は、その連中と一緒になって笑っております」
「……」
「陛下は若い。女に迷っている。元老院の言う通りにさせておけばよい、と」
ダイ・グは何も言わない。
「そうすれば、奴らは私を信用する」
「それで」
「命令書が読める」
「……」
「人事が読める」
「……」
「次に誰がクリスティン殿を殺そうとしているのかも分かる」
ダイ・グの手が、ゆっくりと握られた。
「なぜ余に黙っておった」
「陛下は顔に出ます」
「出ぬ」
「出ます」
「……」
「特にクリスティン殿のこととなると、ひどい」
「……左様か」
「左様です」
ダイ・グは少しだけ顔を逸らした。
ミヤザは、そこで初めてわずかに笑った。
「陛下」
「何だ」
「今日のことは、元老院には最悪でした」
「であろうな」
「私にも最悪です」
「済まぬ」
「ですが」
ミヤザは頭を下げた。
今度の礼は。
帝国議会長官としてのものではなかった。
「よくぞ、行かれました」
ダイ・グは黙った。
「私は、陛下とクリスティン殿を守りたい」
ミヤザは顔を上げる。
「ですが、私にできるのは泥の中へ入ることだけです」
その目は真っすぐだった。
「陛下にしか出来ぬことを、今日なされた」
「……ミヤザ」
「ですから」
途端に。
いつもの不機嫌な顔へ戻る。
「次からは、せめて出発前に私へ一言お知らせください」
「そちらか」
「私にも準備というものがあります」
「それは済まぬ」
「本当に反省しておられますか?」
「多少は」
「多少ですか」
「皇帝ゆえな」
ミヤザは頭を抱えた。
「そういうところですぞ、陛下」
ダイ・グは、ようやく若者らしく笑った。
*
数日後。
ジークボゥは報告を読んでいた。
皇帝声明。
ナカカラ防衛。
元老院との決裂。
帝国議会長官ミヤザによる、皇帝への公然たる苦言。
表面だけを読めば。
若い皇帝と、それを押さえつけようとする旧体制。
だが。
ジークは一枚の非公式報告へ目を落とした。
ミヤザは元老院寄りではない。
むしろ逆。
ダイ・グとクリスティンを守るため、元老院の懐へ入り込んでいる。
「……みんな」
ジークは呟いた。
「自分に出来ることを、やっている」
その時。
昔の夜が蘇った。
メサ・ルミナス学園。
プロムナード。
テラス。
そして。
どうにも騎士らしくない、一人の騎士。
――自分に出来ることがあって、助けられるなら助けりゃいいじゃねぇか。
ダイ・グは。
皇帝として出来ることをした。
ミヤザは。
汚れ役として出来ることをしている。
クリスティンは。
騎士として戦っている。
なら。
自分は。
――何にも出来ねぇって泣くしかない奴の方が多い。
ジークは、自分の手を見た。
血がある。
名がある。
権利がある。
三大王家がある。
円卓がある。
使おうと思えば。
使える。
――気持ち一つで出来ることがあるなら、それは幸せなことだろ。
「……幸せ、か」
ジークは小さく笑った。
兄を救える。
クリスティンを救える。
フィルモアも救える。
もちろん。
すべてを救えるわけではない。
だが。
何も出来ないわけではない。
「兄上」
誰もいない部屋で。
ジークは静かに呟いた。
「あなた一人に、全部を背負わせる必要はない」
その日。
ノルガン・ジークボゥは初めて。
皇帝になるという選択肢を。
逃れたい運命としてではなく。
自ら使うことのできる力として。
正面から見つめた。