トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

62 / 63
ダイ・グの病気は歴史を進める為のスイッチ(アマテラス談)なので、スイッチ押さなくても歴史が進むなら、発症しないのである。なに?ご都合が過ぎる?おとぎ話の最後はめでたしめでたしに決まってるでしょ。



ここから先は、僕の番です

/*/ 円卓来たる―― /*/

 

 

 

 フィルモア帝国元老院が発表した皇帝ダイ・グの病状は、ひどく曖昧なものだった。

 

 過労。

 

 長期療養を要する体調不良。

 

 公務への復帰時期は未定。

 

 皇帝の健康状態に配慮し、当面の政務は元老院および帝国議会が補佐する。

 

 それだけを読めば、若い皇帝が激務によって倒れたようにしか見えない。

 

 だが。

 

 実際には、ダイ・グ・フィルモアは健康だった。

 

 ナカカラから帰還した翌日にも自分の足で歩き、食事を取り、執務を続けられるほどに。

 

 病んでいるのは皇帝ではない。

 

 帝国の方だった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 療養宮。

 

 そう呼ばれている離宮の一室で、ダイ・グは窓の外を眺めていた。

 

 警備は厚い。

 

 医官は常駐。

 

 侍従もいる。

 

 必要なものは何でも揃う。

 

 ただし。

 

 皇帝が外へ出ることだけは許されない。

 

「ずいぶんと手厚い療養ぞ」

 

 ダイ・グは皮肉げに笑った。

 

「余が健康にならぬよう、これほど大勢が見張っておる」

 

 返事をする者はいなかった。

 

 侍従たちも分かっている。

 

 これは療養ではない。

 

 軟禁だ。

 

 ナカカラ防衛戦で、ダイ・グは元老院の意向を公然と否定した。

 

 フィルモアはナカカラを侵略しない。

 

 友邦を守る。

 

 元老院の命令であろうと、侵略を目的とする部隊は皇帝の敵とする。

 

 若い皇帝は、全星団を前にそう宣言した。

 

 そして勝った。

 

 それが致命的だった。

 

 敗れた皇帝ならば排除できる。

 

 愚かな皇帝ならば操れる。

 

 だが、正しいことを言い、騎士団と民衆から支持され、しかも戦場で結果まで出した皇帝は。

 

 元老院にとって、あまりにも危険だった。

 

 ゆえに。

 

 病気になってもらった。

 

 ダイ・グは机の上の新聞を閉じた。

 

 そこには、自分が「重い病に伏している」と書かれている。

 

「余が知らぬ間に、ずいぶん悪くなったものよ」

 

 冗談めかして言った。

 

 だが。

 

 笑う者はいなかった。

 

 その時だった。

 

 廊下が騒がしくなった。

 

 足音。

 

 命令する声。

 

 止めようとする衛兵。

 

 そして。

 

「お待ちください!」

 

「ここは皇帝陛下の療養区画です!」

 

 扉の外で声が上がる。

 

 ダイ・グは眉を上げた。

 

「何事ぞ」

 

 返事が来るより早く。

 

 扉が開いた。

 

 少年――いや。

 

 もう少年と呼ぶには、少しだけ顔つきが変わっていた青年が立っていた。

 

「兄様」

 

「……ジーク?」

 

 ノルガン・ジークボゥ。

 

 その後ろに。

 

 異様な者たちがいた。

 

 古式の鎧。

 

 長大な武器。

 

 フィルモアの歴史そのものから抜け出してきたかのような騎士たち。

 

 ダイ・グは息を呑んだ。

 

「まさか」

 

 ジークが静かに言った。

 

「はい」

 

 道を開ける。

 

 騎士たちが一歩前へ出た。

 

「円卓の騎士です」

 

 部屋の空気が変わった。

 

 ダイ・グは立ち上がった。

 

「そなた……」

 

「連れてきました」

 

「どうやって」

 

「少し、いろいろありまして」

 

「少しで済む顔ぶれではなかろう」

 

 ジークは笑わなかった。

 

 ただ。

 

 兄を見た。

 

「元老院は兄様を病人にしました」

 

「らしいな」

 

「ですから」

 

 一歩。

 

 部屋へ入る。

 

「病人には、休んでいただきます」

 

 ダイ・グの眉が動いた。

 

「ジーク」

 

「ここから先は」

 

 ジークは言った。

 

「兄様の番ではありません」

 

 一瞬。

 

 ダイ・グの顔から、笑みが消えた。

 

「ここから先は、僕の番です」

 

 静かな声だった。

 

 だが。

 

 その声に迷いはなかった。

 

「僕が帝国を立て直します」

 

「……」

 

「元老院を整理します」

 

「簡単に申す」

 

「簡単だとは思っていません」

 

「三大王家もある」

 

「まとめます」

 

「帝国議会もある」

 

「使います」

 

「軍も騎士団も、それぞれに利害があるぞ」

 

「知っています」

 

「ナカカラとの問題も終わっておらぬ」

 

「終わらせます」

 

 ダイ・グは弟をじっと見た。

 

「ジーク」

 

「はい」

 

「そなた、自分が何を申しておるか分かっておるのか」

 

「分かっています」

 

「皇帝になるということぞ」

 

「はい」

 

 答えは。

 

 驚くほど簡単だった。

 

 ダイ・グが黙った。

 

「以前のそなたなら」

 

 少しだけ声が柔らかくなる。

 

「その名から逃げたがっておった」

 

「そうですね」

 

「王家からも」

 

「はい」

 

「フィルモアからも」

 

「はい」

 

「それが、なぜ」

 

 ジークはすぐには答えなかった。

 

 少しだけ窓へ目を向けた。

 

 遠い昔。

 

 まだ自分がただの学生で。

 

 皇帝という言葉を、自分の未来として正面から見られなかった頃。

 

 メサ・ルミナス学園。

 

 プロムナードの夜。

 

 光の届かないテラス。

 

 そこで。

 

 どうにも騎士らしくない男に聞いた。

 

 大切な人が。

 

 国家や組織のために。

 

 自分にとって大切なものを諦めようとしている。

 

 その時。

 

 自分に何か出来るなら。

 

 どうすればいいのか。

 

 答えは。

 

 呆れるほど簡単だった。

 

「僕に」

 

 ジークは言った。

 

「教えてくれた人がいるのです」

 

「教えた?」

 

「はい」

 

 少し笑う。

 

「自分に出来ることがあって、助けられるなら、助けたらいいじゃないか、と」

 

 ダイ・グは黙って聞いていた。

 

「何も出来ないって泣くしかない人の方が多い世の中で」

 

 ジークの目が、兄を見る。

 

「気持ち一つで出来ることがあるなら、それは幸せなことだろう、と」

 

 円卓の騎士たちは何も言わない。

 

 だが。

 

 その場にいる者たちは皆、その言葉を聞いていた。

 

「僕は、ずっと自分の血を重荷だと思っていました」

 

「……」

 

「三大王家の血も」

 

「……」

 

「皇位継承権も」

 

「……」

 

「円卓も」

 

 ジークは一度、自分の手を見る。

 

「全部、僕を縛るものだと思っていた」

 

 拳を握る。

 

「でも」

 

 顔を上げた。

 

「違った」

 

「……」

 

「僕には」

 

 その声が強くなる。

 

「僕にしか出来ないことがあった」

 

 ダイ・グの目が、わずかに揺れた。

 

「兄様には出来ない」

 

「……」

 

「クリスティンにも出来ない」

 

「……」

 

「ミヤザ長官にも出来ない」

 

「……」

 

「でも、僕なら出来る」

 

 円卓を動かせる。

 

 三大王家をまとめられる。

 

 元老院の権力構造そのものをひっくり返せる。

 

 皇帝という座へ。

 

 正統性をもって立てる。

 

「兄様」

 

「何ぞ」

 

「ナカカラで、兄様は兄様にしか出来ないことをしました」

 

「……」

 

「クリスティンは、騎士として自分に出来ることをした」

 

「……」

 

「ミヤザ長官は、自分が泥をかぶってでも、元老院の内側から兄様を守ろうとした」

 

 ジークは胸へ手を置いた。

 

「なら」

 

 一歩。

 

「今度は、僕です」

 

 ダイ・グは目を伏せた。

 

「そなたが皇帝になれば」

 

「はい」

 

「戻れぬぞ」

 

「分かっています」

 

「自由ではなくなる」

 

「今まで自由だったとも思いません」

 

「それは……」

 

 ダイ・グが、ほんの少し笑った。

 

「そうかもしれぬな」

 

「だから」

 

 ジークも笑った。

 

「使うことにしました」

 

「何を」

 

「僕を縛ってきたもの全部です」

 

 王家の血。

 

 皇位。

 

 円卓。

 

 帝国。

 

「重荷なら」

 

 ジークは言った。

 

「人を助けるために使えばいい」

 

 ダイ・グは、長く弟を見た。

 

 やがて。

 

「それで」

 

 静かに尋ねた。

 

「誰を助ける」

 

「フィルモアを」

 

 即答だった。

 

「ナカカラを」

 

「……」

 

「兄様を」

 

 ダイ・グの目がわずかに細くなる。

 

 そして。

 

「クリスティンを」

 

 沈黙。

 

「余と、クリスティンを?」

 

「はい」

 

「それは」

 

 ダイ・グは少し困ったような顔をした。

 

「余計なお世話ぞ」

 

「そうでしょうね」

 

「ならば」

 

「でも」

 

 ジークは引かなかった。

 

「兄様は、国家のためなら自分の気持ちを捨てる人です」

 

「……」

 

「クリスティンも」

 

「……」

 

「だから、二人とも放っておいたら、いつまでも同じことをする」

 

「ジーク」

 

「僕は」

 

 少しだけ。

 

 昔の少年らしい悪戯っぽい顔をした。

 

「そういうのは、もう嫌なんです」

 

「……」

 

「兄様が皇帝であるために、諦めなければならなかったものがあるなら」

 

 一拍。

 

「僕が皇帝になります」

 

 ダイ・グの瞳が大きく開いた。

 

「帝国は僕が背負います」

 

「ジーク」

 

「だから兄様は」

 

 言って。

 

 ジークは、少し考えた。

 

「まあ」

 

「何ぞ」

 

「隠居には、まだ早いですね」

 

 ダイ・グが目を瞬いた。

 

「余を隠居させるつもりだったのか」

 

「一瞬だけ」

 

「こら」

 

 久しぶりに。

 

 ダイ・グの顔から皇帝の威厳が消えた。

 

 ただの兄の顔になる。

 

 ジークも笑った。

 

「もちろん」

 

 そして。

 

 少しだけ姿勢を正す。

 

「僕を支えてくれますよね、兄様?」

 

 ダイ・グは答えなかった。

 

 しばらく。

 

 本当に長い間。

 

 弟を見ていた。

 

 幼い頃から知っている。

 

 自分よりずっと自由に見えて。

 

 実際には誰よりも重い血を背負っていた弟。

 

 それから逃げて。

 

 迷って。

 

 それでも。

 

 今、自分から戻ってきた。

 

「……ずるい奴よ」

 

 ダイ・グが言った。

 

「え?」

 

「そのように言われて」

 

 少し笑う。

 

「兄が断れると思うたか」

 

 ジークの表情が明るくなる。

 

「では」

 

「だが」

 

 ダイ・グは立ち上がった。

 

 さっきまでの柔らかな兄の顔から。

 

 再び。

 

 皇帝ダイ・グの顔へ戻る。

 

「皇帝を名乗るならば」

 

「はい」

 

「余の後を継ぐだけでは許さぬ」

 

 ジークが背筋を伸ばした。

 

「余が出来なかったことをせよ」

 

「はい」

 

「余が間違えたならば、直せ」

 

「はい」

 

「フィルモアを、元老院のための国にも」

 

「……」

 

「皇帝一人のための国にもするな」

 

「はい」

 

「騎士だけの国にもするな」

 

「はい」

 

「民の国とせよ」

 

 ジークは深く頭を下げた。

 

「承知しました」

 

「それから」

 

「はい」

 

「クリスティンのことは」

 

 ダイ・グが、ほんの少しだけ言葉に詰まった。

 

「兄様?」

 

「……そなたが口を出すことではない」

 

「はいはい」

 

「その返事は何ぞ」

 

「それだけ元気なら安心しました」

 

「ジーク」

 

 その場に。

 

 初めて。

 

 円卓の騎士たちから、ごく小さな笑いが漏れた。

 

 ダイ・グがそちらを見る。

 

「そなたらまで笑うか」

 

 一人の円卓騎士が、静かに頭を下げた。

 

「失礼を、陛下」

 

「まったく」

 

 ダイ・グは息を吐いた。

 

 そして。

 

 弟へ手を差し出した。

 

 ジークは、その手を取った。

 

 それはまだ。

 

 皇位の譲渡ではない。

 

 だが。

 

 この瞬間。

 

 一つの時代が終わり始めた。

 

 若き皇帝ダイ・グが。

 

 たった一人で帝国を背負おうとした時代が。

 

 そして。

 

 別の時代が始まった。

 

 ノルガン・ジークボゥが。

 

 自分の血も。

 

 名も。

 

 運命も。

 

 逃げるべき枷ではなく。

 

 誰かを救うために使える力として。

 

 初めて、自分から手に取った時代が。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 後に。

 

 ジークは、この日のことを尋ねられても。

 

 誰に教えられた言葉なのかを、長く語ろうとはしなかった。

 

 ただ一度だけ。

 

 側近へ、笑ってこう答えたという。

 

「本人は、たぶん覚えていませんよ」

 

 そして実際。

 

 ずっと後になって、その話を聞かされたトローラ・ロージンは。

 

「……俺、そんな大層なこと言ったか?」

 

 と。

 

 本気で首を傾げることになる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。