トローラ・ロージン転生   作:ぶーく・ぶくぶく

7 / 8
よく考えたらログナーにため口って死ぬよね?

/*/ ジュノー コーラス王朝 王宮 畳の間 /*/

 

 

 

 コーラス王宮には、妙な部屋がある。

 

 床に畳が敷かれ、低い卓が置かれ、茶器が並び、外の庭には手入れされた木々が揺れている。

 

 王宮らしい豪奢さは薄い。

 

 だが、静かだった。

 

 静かすぎて、かえって逃げ場がない。

 

 その畳の間で、トローラ・ロージンはコーラス三世と向き合っていた。

 

 膝は崩している。

 

 正座などできる柄ではない。

 

 コーラス三世もそれを咎めない。

 

 王は負傷から回復しつつあるが、まだ完全ではない。

 

 しかし、国民の前に立った時と同じく、その姿勢は崩れていなかった。

 

「トローラ卿」

 

「卿って柄じゃねえですよ、陛下」

 

「では、トローラ」

 

「そっちの方がまだ落ち着きます」

 

 トローラは茶を一口飲み、顔をしかめた。

 

「熱い」

 

「茶はそういうものだ」

 

「王様の茶ってのは、もっとこう、飲むだけで強くなるとか、そういうのはないんですか」

 

 コーラス三世は少しだけ笑った。

 

「ないな」

 

「ちぇっ」

 

 その時、廊下の向こうがざわめいた。

 

 足音。

 

 控えめだが、ただ者ではない気配。

 

 侍従が襖の向こうで告げる。

 

「陛下。ボード・ヴィラード様、ならびにレディオス・ソープ様がお見えです」

 

 トローラの手が止まった。

 

 茶碗を持ったまま、目だけが横へ動く。

 

「……今、なんつった?」

 

 コーラス三世は穏やかに答えた。

 

「友人たちだ。私の見舞いに来てくれたらしい」

 

「友人」

 

「そうだ」

 

「ボード・ヴィラードと」

 

「ああ」

 

「レディオス・ソープが」

 

「ああ」

 

「陛下の友人として」

 

「そうだ」

 

 トローラは、ゆっくり茶碗を置いた。

 

 音を立てないように。

 

 そして、すっと立ち上がった。

 

「失礼します」

 

「どこへ行く」

 

「死にたくないので」

 

 コーラス三世が目を瞬かせる。

 

 トローラは襖の方と反対側、庭へ逃げる導線を見た。

 

「星団三巨頭会議の場に居合わせたら死ぬわ」

 

「三巨頭?」

 

「陛下、自覚ないんですか。あんたと、ヴィラードと、ソープが畳の間で茶飲むとか、もう星団の密室会談じゃねえか。そこに俺みたいな半端な悪党騎士がいたら、空気だけで消し飛ぶ」

 

「そんなことはない」

 

「あります」

 

 トローラは即答した。

 

「俺はK.O.G.に潰されかけて生き残った男ですが、政治のK.O.G.三体同時は無理です」

 

 その時、襖が開いた。

 

 ボード・ヴィラードが姿を現し、続いてレディオス・ソープが入ってくる。

 

 ソープはいつものような飄々とした顔で、トローラを見るなり、にこりと笑った。

 

「やあ」

 

 トローラは、反射的に一歩引いた。

 

「やあ、じゃねえ」

 

 ヴィラードが低く笑う。

 

「逃げるのか」

 

「逃げます」

 

「正直だな」

 

「正直じゃなきゃ死ぬ場面だ」

 

 ソープが首を傾げる。

 

「別に取って食べたりはしないよ」

 

「そういうこと言う奴ほど怖いんだよ!」

 

 コーラス三世が困ったように笑う。

 

「トローラ、彼らは私の見舞いに来ただけだ」

 

「ええ。では、ごゆっくり。俺は医療区画で負傷者の様子を見てきます。すげえ大事な用事です。今思い出しました」

 

「本当に用事か?」

 

「今作りました」

 

 トローラはそれだけ言うと、畳の間から逃げるように出ていった。

 

 廊下へ出た瞬間、彼は深く息を吐く。

 

「危ねぇ……」

 

 背中に、ソープの楽しそうな声が聞こえた気がした。

 

「面白い人だね」

 

「聞こえてんだよ……」

 

 トローラは早足で医療区画へ向かった。

 

 

 

/*/ 王宮医療区画 ファティマ治療室 /*/

 

 

 

 医療区画は、畳の間よりずっと落ち着く。

 

 薬品の匂い。

 

 器具の音。

 

 医師たちの低い声。

 

 ここには、命がある。

 

 減ったり、戻ったり、ぎりぎりで繋がったりする命が。

 

 負傷したファティマは二名。

 

 コーラス三世を守って倒れたウリクル。

 

 そして、ミミバ族に川へ捨てられ、トローラが引き上げたシューシャ。

 

 ウリクルは、まだ医療槽の中にいる。

 

 呼吸は戻った。

 

 心臓も戻った。

 

 だが、重傷であることに変わりはない。

 

 コーラス三世の側近たち、医師、イエッタが交代で状態を見ている。

 

 トローラは、ウリクルの状態を確認した後、別室へ向かった。

 

 そこには、シューシャがいた。

 

 医療ポッドからは出られるようになっていたが、まだベッドの上で安静にしている。

 

 川に流されたため体温は落ち、肺にも負担が残っている。

 

 顔色は悪い。

 

 しかし、意識はある。

 

 トローラが入ると、シューシャはゆっくり目を開いた。

 

「……マスターは?」

 

 第一声がそれだった。

 

 トローラは少しだけ足を止める。

 

 答えに迷ったのは一瞬だけだった。

 

 嘘をついても仕方がない。

 

「コーラス三世に討ち取られた」

 

 シューシャの目が、わずかに揺れた。

 

 悲鳴はない。

 

 泣きもしない。

 

 ただ、主を失ったファティマの沈黙が落ちた。

 

 トローラは椅子を引き、ベッドの横にどかっと座った。

 

「それにしても、お前、クープ博士の銘入りファティマだろ」

 

 シューシャの視線が動く。

 

「……」

 

「黙っても分かる。動きと反応が綺麗すぎる。あの雑な戦場に置くには上等すぎるんだよ」

 

 トローラは腕を組んだ。

 

「それを使い捨てか。贅沢なこった」

 

「私は……」

 

「しかも身分をブーレイ傭兵騎士団と偽っても、行動でフィルモア帝国ってバレバレだ」

 

 シューシャの唇がわずかに動く。

 

「それは……」

 

「言わなくていい」

 

 トローラは片手を振った。

 

「俺は尋問しに来たんじゃねえ。ファティマから情報を抜き取ろうとか、そういう趣味もねえ」

 

 シューシャは、少しだけ目を細めた。

 

「信じろと?」

 

「信じなくていい」

 

 トローラは即答した。

 

「俺だって、昨日までなら信じるなって言う。元ユーバー汚職大公の雇われ悪党騎士だぞ。信用できるわけねえだろ」

 

「では、なぜ」

 

「気分だ」

 

「気分」

 

「ああ」

 

 トローラは、少しだけ顔をしかめた。

 

「俺は今日、死ぬはずだったファティマを二人見た。ウリクルとお前だ。片方は心臓を戻した。片方は川から引っ張り上げた。だったら、助かった後に雑に扱うのも気分が悪い」

 

 シューシャは黙った。

 

 トローラは続ける。

 

「良い気になるなよ。お前の立場は悪い。主は死んだ。所属も怪しい。敵側のファティマだ。政治屋や軍務屋が見れば、情報の塊だ」

 

「……はい」

 

「だが、少なくとも俺は、お前を剥いて中身を見るつもりはねえ」

 

 トローラは、壁際の医療記録を見る。

 

「今は傷を癒せ」

 

 シューシャが、かすかに顔を上げる。

 

「それだけ、ですか」

 

「それだけだ」

 

「私は、敗れたファティマです」

 

「だから?」

 

「マスターも失いました」

 

「だから?」

 

「私は……」

 

 言葉が途切れる。

 

 ファティマにとって、その先は重すぎる。

 

 トローラは、少しだけ乱暴に言った。

 

「そしたら、また新しい主人を探せば良い」

 

 シューシャの目が大きくなる。

 

「そんな簡単に」

 

「簡単じゃねえよ」

 

 トローラは笑った。

 

「でも、生きてるなら次がある。俺はK.O.G.に頭を潰されて死に損なった。騎体も失った。元の飼い主も吹っ飛んだ。なのに、こうして王宮の医療区画でファティマ相手に説教してる」

 

「……」

 

「人生、だいたい予定通りにはいかねえ」

 

 シューシャは、ゆっくり瞬きをした。

 

「あなたは、騎士なのですか」

 

「一応な」

 

「悪い騎士ですか」

 

「だいぶ悪かった」

 

「今は?」

 

 トローラは少し考えた。

 

「負け犬騎士だ」

 

「負け犬」

 

「ああ。K.O.G.に負けた。逃げた。生き残った。だから次は勝つ。勝てなくても、誰かを死なせないくらいはやる」

 

 シューシャは、初めて少しだけ表情を動かした。

 

「変な騎士ですね」

 

「よく言われる予定だ」

 

「予定」

 

「これから有名になるからな」

 

 トローラは歯を見せて笑った。

 

 その笑いは乱暴で、品がなくて、王宮には似合わない。

 

 だが、不思議と湿ってはいなかった。

 

 砕かれても立ち上がる者の笑いだった。

 

「だから、お前も寝ろ。傷を治せ。目が覚めたら、自分の足で次のマスターを探せ。フィルモアに帰るのか、別のところに行くのか、それは知らん」

 

 シューシャは静かに言った。

 

「私は、帰れるのでしょうか」

 

「帰れるかどうかは知らねえ」

 

「……」

 

「でも、帰るかどうかを考える時間は作れる」

 

 トローラは立ち上がった。

 

「その時間を、俺たちが今稼いでる。コーラス王は国民の前で立った。ウリクルは戻った。お前も生きてる。なら、次の話は明日でいい」

 

 シューシャはしばらく彼を見ていた。

 

 そして、小さく言った。

 

「トローラ・ロージン」

 

「あ?」

 

「覚えました」

 

「そりゃ光栄だ」

 

「あなたは、私から何も聞かないのですね」

 

「聞いてほしいなら聞く」

 

「いいえ」

 

「なら聞かねえ」

 

 トローラは扉へ向かった。

 

 その背中に、シューシャが声をかける。

 

「負け犬騎士様」

 

「なんだよ」

 

「私は、少し眠ります」

 

 トローラは振り返らず、片手を上げた。

 

「寝ろ。起きたら勝ちだ」

 

 医療室を出ると、廊下の向こうからログナーが歩いてきた。

 

 彼はトローラを見て、短く問う。

 

「情報は抜いたか」

 

「抜いてねえよ」

 

「そうか」

 

「疑ってたな」

 

「当然だ」

 

「正直でよろしい」

 

 ログナーは医療室の扉を見る。

 

「彼女は何と」

 

「寝るってよ」

 

「なら、良い」

 

 トローラはふと、畳の間の方向を見た。

 

「で、あっちの星団三巨頭会議は?」

 

「まだ続いている」

 

「俺、戻らなくていいよな」

 

「戻った方がいい」

 

「なぜ」

 

「コーラス陛下が呼ぶだろう」

 

「呼ばないでくれよ……」

 

 ログナーが、ほんの少しだけ口元を動かした。

 

「諦めろ。お前は目立ちすぎた」

 

 トローラは天井を仰いだ。

 

「K.O.G.に負けても目立たなかったのに、心臓マッサージで目立つのかよ」

 

「そういう日もある」

 

「最悪だ」

 

 だが、声ほど嫌そうではなかった。

 

 ウリクルは戻った。

 

 シューシャも生きている。

 

 なら、今日は勝ちだ。

 

 死んでいないなら勝ち。

 

 トローラ・ロージンは、そういう雑な理屈を胸に、王宮の廊下を歩き出した。

 

 畳の間には、星団の怪物たちが待っている。

 

 逃げたい。

 

 非常に逃げたい。

 

 だが、砕けた空から戻ってきた負け犬騎士は、今日もまだ走らなければならなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。