/*/ ジュノー コーラス王朝 王宮外郭 臨時MH搬入区画 /*/
コーラスの城は、急に狭くなった。
もともと狭い城ではない。
王宮も、騎士団区画も、庭園も、格納区画も、コーラス王朝の威信にふさわしいだけの広さを持っている。
だが、友邦のMHが次々と入ってくると、話は別だった。
ドーリー。
エアドーリー。
整備車両。
補給艇。
医療班。
ファティマ調整班。
各国の騎士団旗。
王宮上空は、まるで巨大な鳥の群れが巣を作ったように混み合っていた。
搬入誘導の騎士が怒鳴る。
「そのエアドーリー、もう少し東へ寄せろ!」
「ミラージュの搬入線を塞ぐな!」
「ロードス・ドラグーン侯のMHが入る! 下を空けろ!」
「モラード博士の機材は医療区画側へ! ファティマ関係だ、雑に置くな!」
トローラ・ロージンは、王宮外郭の石塀に腰かけ、その光景を見上げていた。
目が輝いていた。
完全に、子供の顔だった。
「いいなぁ、MH」
空には、友邦から集まった騎体の影が次々と降りてくる。
コーラスのため。
負傷した王のため。
重傷のウリクルのため。
そして、ハグーダへ向かう戦意のため。
星団中から、名のある者たちが動き出していた。
二代目黒騎士ロードス・ドラグーン侯。
モラード博士。
A.K.D.のミラージュ。
その他にも、名乗るだけで城の空気が重くなる連中が、ぞろぞろと入ってくる。
トローラは、半ば呆れ、半ば羨望の目でそれを眺めた。
「流石にMH買うほどの金はねぇしなぁ……」
K.O.G.に敗れてから、彼は騎体を失った。
悪党騎士として持っていた虚勢も、かなり砕かれた。
だが、騎士である以上、MHを見ると胸が騒ぐ。
騎体が欲しい。
乗りたい。
もう一度、戦場を駆けたい。
その気持ちは消えない。
むしろ、K.O.G.に叩き落とされたからこそ、前より強くなっていた。
「せめて中古でいいから……いや、中古でも無理か。整備費で死ぬな」
そんな現実的な独り言を漏らした時だった。
「ここにいたのか」
背後から声がした。
トローラは振り向いた。
コーラス三世が立っていた。
まだ本調子ではない。
それでも、王は王だった。
姿勢は崩れず、目はまっすぐで、負傷の影を見せながらも、国の前に立つ者の光を失っていない。
トローラは慌てて石塀から降りた。
「陛下。病室で寝てろって言われてませんでした?」
「言われている」
「守れよ」
「君に言われるとは思わなかった」
「俺は悪党だからいいんですぅ」
コーラス三世は少しだけ笑った。
そして、搬入区画へ視線を向ける。
「見ていたのか」
「そりゃ見ますよ。あんだけMHが来りゃ」
「欲しいか」
「欲しいに決まってるでしょうが」
トローラは即答した。
その後で、苦い顔になる。
「でも、金がねぇ。騎体もねぇ。ファティマもいねぇ。あるのはソープくんのK.O.G.に撃墜された経歴と、心臓マッサージで変に目立った実績だけです」
「なら、ちょうどいい」
「何が」
コーラス三世は、まっすぐ言った。
「トローラ。君に、僕のベルリンを使ってほしい」
トローラは固まった。
目を瞬かせた。
もう一度、コーラス三世を見た。
それから、かなり大きな声で叫んだ。
「王騎を預けんじゃねぇ!」
近くの整備兵が振り返った。
誘導係も一瞬手を止めた。
トローラは構わず続ける。
「何考えてんだ! 俺はアドラーのユーバー大公の汚職に関わってた悪党騎士だぞ! 雇われて、ろくでもねぇ仕事して、叩き潰された側の人間だぞ!」
「知っている」
「知ってて言うな!」
コーラス三世は静かに答えた。
「だが、君は僕とウリクルを助けてくれた。シューシャも救った。コーラスにとって恩人でもある」
「その目で言うな!」
トローラは一歩下がった。
コーラス三世の目は澄んでいた。
疑っていない。
責めてもいない。
ただ、信じている。
それがトローラには一番困る。
「やめろ! そんな澄んだ瞳で俺を見るな!」
「そんなに見ているつもりはないが」
「見てる! すげぇ見てる! 俺みたいな奴を“信じられる騎士”みたいに見るな! 心が痛い!」
「痛む心はあるのだね」
「ありますよ! K.O.G.に砕かれても、そこは残ってんだよ!」
コーラス三世は、少しだけ笑った。
トローラは頭を抱える。
「そもそもファティマがいねぇ」
「それも問題ない」
「問題ないことあるか」
「戦時だから、お披露目を予定していたファティマたちも集まってきている。友邦の調整医やモラード博士もいる。君ほどの騎士なら、すぐにファティマが決まるだろう」
「やめろ!」
トローラは本気で叫んだ。
「話が早すぎる! 俺はさっきまで、空を飛ぶMHを見て“いいなぁ”って言ってただけだぞ! なんで次の瞬間に王騎とファティマの話になる!」
「必要だからね」
「必要で殴るな!」
その言い回しをどこで覚えたのかはともかく、トローラは完全に追い詰められていた。
コーラス三世は、穏やかに続ける。
「君はソープくんに敗れて生き残った。ウリクルの心臓を戻した。シューシャを川から引き上げた。自分のためだけに戦う騎士ではない」
「買いかぶりです」
「そうかな」
「そうです。俺は単に、目の前で死にそうな奴を見捨てるのが気分悪かっただけです」
「それを、僕は信じたい」
「だからその目!」
トローラは、空を仰いだ。
エアドーリーが一機、ゆっくりと城内へ入ってくる。
その影が彼の顔を横切った。
少年のようにMHを羨んでいた顔が、少しだけ真面目になる。
「ベルリンって、あんたの騎体でしょう」
「そうだ」
「王様の騎体だ」
「そうだ」
「それを、俺に」
「そうだ」
「馬鹿じゃねぇの」
コーラス三世は、怒らなかった。
「君なら、そう言うと思った」
「なら言わせるなよ」
「でも、聞いてほしかった」
トローラは押し黙った。
しばらく、搬入区画の喧騒だけが続いた。
ミラージュの搬入を見ていた整備兵たちが、遠くで小さな歓声を上げる。
黒騎士ロードス・ドラグーン侯の名が聞こえる。
モラード博士の機材を慎重に運べという怒号も飛ぶ。
戦争の準備だ。
だが、それは同時に、コーラスを守るために集まった力でもある。
トローラは、拳を握った。
「……俺は、綺麗な騎士じゃありませんよ」
「知っている」
「口も悪い」
「知っている」
「礼儀もなってない」
「知っている」
「戦場で変なこと叫ぶ」
「それは、よく知っている」
「なら、なんで」
コーラス三世は、まっすぐ答えた。
「だからだ」
トローラは黙った。
「今のコーラスには、綺麗な騎士だけでは足りない。折れず、叫び、走り、死にそうな者を無理やり引き戻す騎士がいる」
「俺は医者じゃない」
「騎士だろう」
「負け犬です」
「なら、負け犬騎士としてベルリンに乗ればいい」
トローラは、頭をがりがり掻いた。
「陛下」
「何だ」
「俺が本気で乗ったら、壊すかもしれませんよ」
「壊さないでほしい」
「注文が厳しい」
「ベルリンだからね」
「だから嫌なんだよ!」
その時、背後から別の声がした。
「面白い話をしているね」
トローラの背筋が跳ねた。
レディオス・ソープが、いつの間にか立っていた。
さらに横にはボード・ヴィラードもいる。
トローラは一瞬で顔を青くした。
「出た」
ソープが笑う。
「出た、は失礼じゃないかな」
「すみません。心の声が漏れました」
ヴィラードが搬入区画を見ながら言う。
「ベルリンを預けるか。コーラスらしい判断だ」
「止めてくれよ、大統領!」
「なぜ」
「なぜって、俺が困るから!」
ソープはトローラをじっと見た。
その目に、トローラはK.O.G.の記憶を一瞬だけ重ねてしまう。
背筋に冷たいものが走った。
ソープは、しかし軽く言った。
「君は生き残ったんだね」
トローラは、少しだけ表情を変えた。
「……ええ。死に損ないました」
「なら、次はどうするの」
問いは軽い。
だが、逃げ場がなかった。
トローラはベルリンの格納区画の方を見た。
まだ実物は見えていない。
だが、その名前だけで胸が鳴る。
騎士だからだ。
負けても。
砕けても。
騎体を失っても。
まだ乗りたい。
まだ走りたい。
まだ、空へ手を伸ばしたい。
「……次は」
トローラは、ゆっくり言った。
「次は、負けねぇ」
コーラス三世が静かに頷く。
ソープは微笑む。
ヴィラードは腕を組んだまま、少しだけ目を細めた。
トローラは慌てて叫んだ。
「いや、今のは流れで言っただけで! まだ乗るとは言ってねぇ!」
コーラス三世は穏やかに言う。
「では、まず見てくれ」
「見たら終わる気がする!」
「それでも、見てくれ」
トローラは空を仰いだ。
エアドーリーがまた一機、城内へ入ってくる。
戦争が近い。
友邦のMHが集まり、ファティマたちが集まり、コーラスの国民が燃えている。
逃げるには、少し目立ちすぎた。
そして、心のどこかでは、もう走り出したくて仕方がない。
「……見るだけですよ」
トローラは、観念したように言った。
「見るだけだ。乗るかどうかは別だ」
コーラス三世が微笑む。
「分かった」
ソープが小さく言う。
「たぶん乗るね」
「聞こえてるぞ!」
ヴィラードが笑った。
トローラは叫びながらも、足はもうベルリンの格納区画へ向かっていた。
空はまだ砕けたままだ。
だが、砕けた空の下でも、騎士はもう一度見上げる。
そこにMHがあるなら。
そこに守るべきものがいるなら。
負け犬騎士トローラ・ロージンは、たぶん、また走ってしまうのだった。