家に着き薄暗く静まり返った廊下を歩き階段を登って部屋に入る。
鞄を床に投げベッドに倒れ込んだ。
「疲れた...。」
そう呟き右手を見るとメガネ入りケースをしっかりと握りしめていた。手汗で汚れたケースから1枚の紙を取り出す。老人が置いていったものだ。
上部には「取扱説明書」と記してあり続いて5つの箇条書きが連なっていた。
「1.メモリアルメガネに関して他言してはいけません。
2.メモリアルメガネで記憶を見れる相手は同時に1人だけです。
3.メモリアルメガネを使用すると脳に負担がかかり副作用が生じますが害はありません。」
騙されたのか...?モニター?とか言ってたっけ。スマホを取り出し調べてみる。
"モニターとは試作品を試す人のこと。"
メガネ屋の売れ残りを押し付けられたのではないか?色々な考えが頭をよぎる。といってもこっちが対価を支払ったわけでもなく損もしていないのであの老人が次に来たときに適当に感想を言って縁を切ろう。そう思い老人から受け取ったものを机の上に起き晩御飯を食べに下に降りた。
どのくらい時間がたったのだろうか?
昨日は老人の件で疲れ切っていた。
外を見ると窓からは眩しい光が差し込みスマホの時計は7時を示していた。
朝ごはんを食べ準備をしようと机の上を見ると老人から渡された例の物が置いてあった。
あの老人を信じているわけではない。
だが大した荷物にもならないため鞄に突っ込んだ。
イメチェンでもしてみようかな?
今の自分を変えるなら見た目からだよな...壁にかかっている時計に目をやりメガネをかけた自分を想像しながら家を出た。
額に浮き出た汗をハンカチでふき取りながら席に着いた。
HRまでまだ時間がある。本でも読もうかと鞄を開けると例のメガネケースが目に入った。
かけてみようかな...?ケースを取り出し蓋を開け黒く輝くフレームに見惚れながらかけてみる。人生初のメガネは想像上に重いものだった。
...。似合っているだろうか?カメラで確認しようとスマホの電源ボタンを押した瞬間右耳から透き通った声が聞こえた。
「メガネデビュー?似合ってるね。」
声の方に顔を向けると夏希がこっちを見ながら微笑んでいた。
速水夏希。小麦色の肌にショートカットが似合うクラスメイトだ。彼女は中学生の時から陸上の大会で数々の実績を残しており陸上部の名門として知られるこのN高にスポーツ推薦で入学してきた。去年の秋頃から調子を崩しているらしいが今年の全国大会では優勝候補になっている。
そんな僕とは天と地の差がある憧れの彼女に褒められて恥ずかしくなり目線を逸らすと包帯と絆創膏まみれの彼女の脚が目に入った。
彼女はそれに気付き無理矢理スカートの裾を伸ばし脚を隠す。
彼女がやっている種目はハードル。大会で結果を残すために毎日ハードな練習をこなしたくさん怪我をしてきたのだろう。
そんなことを考えていていると彼女が続けて質問してきた。
「目悪くなったの?イメチェン?」
「イメチェン...」
顔を近づけてきた彼女に照れながら答える
彼女は体勢を戻し微笑みながら言った
「そっか!似合ってるね。」
「お∼い!夏希∼!」
廊下から聞こえる声に反応し彼女は教室を後にした。
すると今度は彼女とすれ違いで隆が近づいてくる。
「目悪くなったの?イメチェン?」
数秒前に全く同じセリフを聞いた。
「イメチェン」
これも同じ。
隆は真剣な表情で僕の顔をじっと見て
「良いじゃん!似合ってる!でもそのメガネどっかで見たような?」
一瞬ドキッとした。もしかしたら隆もあの老人に会ったのか...?いやでも俺は選ばれし人間だ。
「こんなありきたりなメガネ誰でもかけてるだろ!」
「あはは!そりゃそうだ!」
隆は笑いながら自分の席に戻っていた。
安堵した瞬間に始業のチャイムが鳴り清水が教室に入ってきた。
「最近風邪が流行っているので各自予防するように!まあ吉川は大丈夫だよな?」
「ちょっと先生!馬鹿は風邪引かないってことですか∼?」
クラスは笑いの渦に巻き込まれた。
「すまん、すまん笑」
清水は笑いを抑え点呼を取り始めた。
放課後になり帰ろうと床に置いてる鞄を持ち上げふと隣を見ると速水さんが俯いた表上で目に涙を浮かべながら座っている。
「速水さ...」
名前を呼ぼうとした瞬間彼女は目を擦りながら立ち上がり急ぎ足で教室を出ていった。
俺、何かしたかな...?
速水さんは気は弱いが誰に対しても優しくクラスメイトから慕われてる存在だった。
きっと繊細な彼女は人が気にしないようなことでも考え込んでしまい周りにその悩みを打ち明けられずに1人で抱え込んでしまうのだろう。
何か彼女の力になれる方法はないか。
「"ヒーロー"になれます。」
老人の言葉が頭をよぎる。
そうだ...!あのメガネ...!
5時限目の体育の授業が始まる前に鞄にしまったメガネを取り出しかけてみる。
きっと偽物に違いないがもし本当に早川さんを助けられるなら...
藁にもすがる思いでメガネをかけ教室を飛び出した。