「今日は速水が風邪で休み。お前らも気を付けろよ∼」
そういう清水の顔はやつれていた。今回の件で保護者やメディアの対応に追われ憔悴しているのだろう。
隣の席を見る。
彼女の姿はない。
そりゃそうだ。自分が被害者だという噂が広まっているのだから来れるはずがない。
それに...本郷が好きだったという話も...。
頭を横に振り考えるのをやめた。
眠気を感じながらつまらない授業に耐え昼休みになった。
購買にパンを買いに行こうとすると廊下から女子達の会話が聞こえた。
「あれ?速水さんじゃない?」
「ほんとだ!横にいるのはお母さん?」
声の方向に駆け足で近寄る。
女子達は傘掛けに手を掛け窓を覗いていた。
俺もつま先立ちになり見てみると確かに速水さんと50代くらいの小綺麗な女性が一緒に歩いて校舎の方に向かってくる。
真実を確認しなくては...!
俺は教室に戻りメガネを持ってダッシュで玄関まで走っていた。
あたりを見渡すと廊下を歩いていく2人の姿があった。
もう躊躇は無かった。
「速水夏希」
メガネをかけその名前を呼ぶ。
その瞬間またあの感覚に襲われた。
「先生、送ってくれてありがとうございます。」
「おう!良いってことよ!スポーツに怪我はつきものだからな!いつでも送っていってやる!!!」
揺れる車内で速水さんと誰かが会話をしている。
相手の顔がよく見えない。
「あの...もし良かったら先生のご家族に一度お会いしてたいのですが...。」
「え?なんだ急に。つっても今までの教え子も一緒にご飯食べたりしたからな∼。良いぞ。今から行こう。」
「ありがとうございます!」
"教え子"
その言葉で確信した。運転しているのは本郷だ。
本郷と速水さんは部活のことだけでなくお互いの家族のことで談笑していた。
しばらくすると車は一軒家のコテージに停まった。
2人は車を降りていき玄関に向かう。
「ただいま∼!お∼い!真子!!!」
「は∼い!」
遠くから若い女性の声が聞こえたかと思うとすぐにその姿が現れた。
「おかえりなさい。あら?その子は?」
「俺の高校で陸上部に所属してる速水夏希だ。怪我して家まで送っていく途中でお前にも顔を見せたくてな。」
速水さんはペコリと頭を下げる。
「あら、そうだったの。本郷真子と申します。いつも主人がお世話になってます。夏希ちゃん晩ごはんは食べた??良かったら一緒にどう?」
奥さんは温かい目で速水さんを見つめる。
「晩御飯はいらないです。本郷先生をください。」
突然の言葉に本郷夫婦は顔を見合わせる。
「何を言ってるんだ突然!笑
面白い冗談だな!」
「ほんとね∼笑
こんな亭主でよければどうぞ。好きなだけ持って行って」
「お前まで何言ってるんだ!笑
ほら、挨拶も済んだし家まで送っていくぞ!」
「私は本気です。本気で先生のことが好きです。私は先生と肉体関係にあります。
真子さん、先生と別れてください。」
奥さんの表情が一瞬で険しくなる。
「あなた!どういうこと!!!」
奥さんが立ち上がりながら怒鳴り散らす。
「違う!俺はそんなことしてない!」
本郷も負けじと言い返す。
「な?速水?冗談にしては度が過ぎてるな。真子に謝って帰ろう。」
次の瞬間、速水さんが本郷に抱きつく。
「嫌です。私と付き合ってくれるまで帰りません。」
「なんなのこの子!?警察に通報する!!!」
「違う!真子!誤解だ!!!速水はふざけているだけなんだ!!!」
本郷の声に聞く耳をもたず奥さんは廊下にある受話器で警察に連絡した。
3人の口論は続く。
あげくの果てに奥さんは荷物をまとめ家を出ていってしまった。
「速水...。お前、なんてことしてくれんだ!!!!!!!!」
本郷が怒鳴った瞬間チャイムが鳴り彼女がドアを開けると2人の警察が立っていた。
ここであの不思議な感覚が俺を襲い現実に戻された。
何だよこれ...
身体に力が入らずその場にしゃがみ込む。
"私の大切なものをあなたが奪った!"
彼女の言葉が頭をよぎる。
"大切なもの"
俺はてっきり陸上のことかと思っていたがもしかして本郷のことだったのか...?本当に本郷が好きだったってのか...?じゃあ俺が余計なことしなければ彼女は幸せになれたのか...?
「ちょっと君、大丈夫?」
見上げると保険室の先生が心配そうに見下ろしている。名前は知らない。
「立てる?保健室、行く?」
「大丈夫です。」
立った瞬間、激しい頭痛と身体の熱さが俺を襲う。副作用だ。
「すいません、3年2組の吉野遥人と言います。体調が悪いので早退させてください。」
「...。分かったわ。保健室で休んで行かなくて大丈夫?1人で帰れる?」
「はい、大丈夫です。」
そう言い残し鞄を取るために教室に戻った。
「遅かったね。お目当てのパンは買えたかい?」
俺の前の席に座り隆が待っていた。
「悪い、体調悪いから帰る」
「そっか、お大事に。何かあったら連絡するよ。」
「サンキューな。」
水筒をがぶ飲みしてフラフラになりながら家に帰った。