「熱い...。」
早くクーラーが効いた部屋で横になりたい。その一心で玄関の鍵穴に鍵を入れるが上手く入らない。
クソっ早くしろよ!
イライラして余計に入らなくなり鍵穴と格闘していると背後に人の気配を感じた。
振り替えるとそこには知らない男性が立っていた。
黒のポロシャツにベージュのズボンを履き薄っすら髭を生やした40代くらいのおじさんだ。
近所にこんな人いたっけ?
それとも俺が怪しい人間だと思われてる?
今は高校生でも強盗をする事件が相次いでいる。闇バイトとかいうやつだ。
そんなことを考えていると男が目を見開きながら俺に近付いてくる。
「お前...遥人か...?」
恐怖で口が開かない。
「俺を...許してくれ...。」
男は泣きそうな顔で俺の両肩を掴んだ。
その両腕には火傷の跡がある。
「ごめんな...。ごめんな...。」
「あなた、誰なんですか!?警察呼びますよ!!!」
男はハッとした顔になりトボトボと歩いて行ってしまった。
ようやく玄関の鍵が開き足早に部屋に入った。
クーラーを付けジャージに着替えベッドに倒れ込む。
「気持ちいい...。」
身体は涼しさで軽くなるが頭のなかは考え事で重かった。
さっきの男はいったい...?
俺の名前を知っているということは近所の人間か親戚...?
でもあの顔に見覚えが無い。
今まで出会ったきた人間を片っ端から思い出しているうちに夢の世界へと入ってしまった。
物音で目が覚めた。
副作用はだいぶ和らいだが喉が渇いたのでリビングに入ると仕事帰りの母がいた。
「おかえり」
「ただいま」
最低限の挨拶だけしてコップ一杯の水を飲み部屋に戻ろうとさるとさっきの男を思い出した。
「ねえ、さっきさ...」
俺が見た男の特徴を母に伝える。
鞄の中を整理する母の手が止まった。
「何もされなかった!?!?!?」
あの男のように俺の両肩を掴み大声を出した。その細い腕は震えていた。
「俺は何もされてないよ。」
迫真の声に驚きつつなんとか返答する。
「そう...。良かった...。」
母は涙目になりながら椅子に座った。
「あなたももう大きいから話して良いわよね。」
ただ事ではない。そう直感し俺も恐る恐る座った。
「その男はあなたの父親よ。名前は高見淳平。最低のクズ男。」
緊迫感でただ頷きながら話を聞くことしかできなかった。
「あなたが小さい頃にその男の暴力が日常化して離婚したのよ。不機嫌になるといつも私とあなたに八つ当たりしてたわ。何で家の場所を知ってるのよ。あのDV男、今更何しに来たのかしら。」
"ごめんな...。ごめんな...。"
全てが繋がった。あの男は過去の清算に来たのだ。
「そうだったんだ。大変だったね。」
身体を震わせ泣きそうになる母を前にそんな言葉しかかけられない自分に苛立ちを感じながら部屋に戻った。
父親...。
全く記憶にないその存在が俺の心を締め付ける。
思い返すと母さんが父のことを語る事は今まで無かった。それにアルバムも見たことが無い。写真を撮れるような状況じゃなかったのかそれとも母さんが捨てたのか。
恐らく昨日の夜、外にいた人物は父だったのだろう。
ベッドの方に視線を向けるとスマホの通知ランプが光っている。
見てみると隆からメッセージが来ていた。
【やっほ∼。体調はどうだい?】
【だいぶ良くなった。】
【そっか。それは良かった。
明日は暇かい?隣町に新しいショッピングセンターができたらしいんだけど行ってみない?】
そっか、明日は土曜日か。今までの俺なら土日は寝て過ごしていたため遊びの誘いを断っていたのだが今週は色々なことがあり気分転換をしたかった。
【良いよ。△△駅に10時集合でどう?】
【吉野が誘いに乗るとは珍しいね(・∀・)ニヤニヤ
了解。その時間で。】
【うるさい。また明日な。】
スマホと目を同時に閉じる。
母さんが言っていたことは本当だろうか?
確かに父が俺達に暴力を振るっていたと考えると全ての辻褄が合う。
しかし速水さんの件が頭をよぎる。
本郷が体罰をしていたのは確かだった。
しかし原因を作ったのは彼女自身。
彼女は本郷を怒らせて当然のことをしてしまった。
もしかしたら母の件も俺は勘違いしているのか...?
自分の考察に自信をもてなかった。
考えていても仕方ない。
床に横たわっている鞄からメガネを取り出し下に降りた。
リビングの扉を少し開けなかを覗くと夕食を作る母の姿があった。
メガネをかけその名前を口にする。
「吉野美代子」
あの不思議な感覚が襲ってくる。
ここは...どこだ...?
見たことのない部屋に物が散乱しており隣には小さな子供がいる。
「ドン!!!」
近くから大きな音がしたかと思うとドスドスと足音が聞こえ目の前の扉が勢いよく開かれた。
そこには20代くらいの男が立っておりこっちを睨んでいる。
次の瞬間そいつが殴りかかってきた。
「てめえらのせいでパチンコ負けたじゃねえかよ!!!どうしてくれんだおら!!!」
今度は子供に殴りかかる。
「ジュンペイさん!!!やめて!!!この子だけは傷付けないで!!!」
しばらくの間打撲音が部屋中に響き渡った。
男が部屋を出ていった瞬間、俺は現実に戻された。
確信した。今見たものは父が俺達へDVをしていた光景だ。
しかも暴力の原因は完全な八つ当たり。
そして隣にいた子供は俺だ。
母は俺を守ってくれていたのだ。
そっと扉を閉じ部屋に戻った。
また頭が痛くなってきた。