「……どこだここ」
視界一杯に広がるのは木、木、木。右を向いても左を向いても、後ろを振り返って見ても景色は変わらない。まるでアマゾンの奥地のような大自然の真っ只中に、俺はポツンと一人立っていた。……いやなんでやねん!
「いやいやいや、訳が分からんぞ?!俺はたしかにベッドの中で寝てたは…ず……」
現実を受け止めきれず頭を抱えて座り込む俺は、違和感を覚える。いや、既にこの状況が違和感というか明らかな異常事態だというのは置いといて、自分の体についてだ。まず、髪の毛がめちゃくちゃ長くなってるし、色も黒髪だったはずが透き通るような白髪……いや、これは白金色の方が表現として正しいか。ともかく、明らかに俺の髪の毛と乖離している。肌も引きこもり特有の不健康な青白い肌から新雪のようなシミ一つない白色になっている。
あとなんかちっちゃくなってる。160cmもないかもしれない。もともと高い訳でもなかった身長が更に縮んでしまっている。無念。
「それに声も高い……これはもうあれしかないな」
夢だな。俺はそう思い地面に横になり寝る準備を始める。夢の中で寝れば現実の方で目も覚めるだろ。これが夢じゃなかったら俺がアマゾンの奥地で女になってるなんてありえないしな。
「アオォォォォン!!」
突如として辺りに鳴り響く遠吠え。俺はビックリして閉じかけていた瞼を開けると、そこには一匹の狼が居た。だけど、それは普通の狼じゃない。熊ほどもある図体に赤く光る眼孔。剥き出しになった牙からは涎が際限なく垂れている。それは、明らかに俺を餌として認識していた。
「だ、大丈夫だ。これは、夢。目が覚めれば元の……」
ヤツが駆けた。未だ寝転ぶ俺へ。
俺は跳ね起き、ヤツの牙を回避しようとした……遅かった。
「ガッ……アァァァ!!」
何が起きたのか、理解するのに数瞬かかった。これは夢なんだから死んでも目が覚めるだけ。なら、この気の狂いそうになる痛みはなんだ?右腕を噛みちぎられた損失感は?これは、本当に夢なのか?
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
息が思うように出来ない。右腕があった場所から血がドクドクと流れ出ていく。体が徐々に冷たくなっていくのを感じる。足は竦んで動かない。
「ガルルルル」
ヤツは動かない。次来たら避けられない。なぜ動かない?あれは獲物を甚振る目だ。何もしなくても俺が死ぬのを分かっている。
俺は死ぬのか?
やだ、しにたくない。まだやりたいことだってたくさんある。なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ。理不尽だ、不条理だ、こんなことがあってたまるか。一体だれのせいで死にかけてる?あいつか。あいつのせいか。あの狼さえいなければ。俺は死ななかったのに。あの狼さえ、さえ……そうか。
「『ここに狼なんて居なかった』」
俺がそう言うと、そこに居た狼は、まるで
油断はしない。俺はしばらくその場で辺りの様子を伺う。神経質なほどにキョロキョロとあっちこっちに視線を向けるが、必要なことだ。もう二度と、あんな感覚は味わいたくない。
……それからどれくらい時間が経っただろうか。数分、はたまた数十分もの間そうしていたかもしれない。だけど動くものは見当たらず、命の危機が去った事を理解して、俺はそこでようやく緊張を解いた。
「なん、だよ……これ」
俺は木を背にして地面に座り込む。地面から伝わる土のひんやりとした感触が、嫌でもこれが現実だということを鮮明に訴えかけてくる。今でも何が起きてるのか理解は出来ない。気付いたら樹海の中で?女になってて?バケモノみたいな狼に殺されかけて
……ただ、ひとつわかることとしたら。
「俺、パンドラになってるよなぁ……」
俺が知ってるアニメの、一キャラクターになっていることだ。
*
まずは今の状況を整理しよう。俺は気付いたら見知らぬ地に一人で立っていてしかもここにはバケモノが徘徊している。なぜか体は虚飾の魔女パンドラになっていてどの程度までかは分からないけど権能も使えるようだ。そしてここは日本ではない、というか俺の知る地球じゃないことは確かだろう。少なくとも俺の知る地球にはあんなバケモノは居なかった。
「となるとまさかこの世界は……リゼロの世界?」
さっきのバケモノも魔獣だと考えれば納得だ。しかも俺パンドラになってるし。あまり考えたくないけどここがリゼロの世界だとすると……うーん、人生ハードモード(笑)いや、パンドラだし立ち回り考えれば結構余裕か?権能も使えるみたいだし。
てか中身が俺のパンドラとか誰得だよ。だって俺は男だし、ただの一般引きこもりの人間だし、元のパンドラみたいなイかれた思想は持ち合わせていない。そんなん見た目と権能だけのほとんど別人みたいなもんだろ。それはパンドラと言えるのか?いや、言えない!言うとしてもパンドラ(偽)みたいな感じで注釈を入れて貰わないと。
……そもそもなんで俺はこんな目に遭ってるんだよ。コンビニに寄った訳でもトラックに跳ねられた訳でもなくただ寝てただけなんだけど、俺。百歩譲って寝てる間に異世界転生やら転移やらをしていたとしても、人の居る街とかに送ってくれよ。魔獣蔓延る魔の森に放り込むなよ、この際パンドラになってることはいいからさ。異世界生活が始まるどころか導入で終わるところだったぞ。
そうしてうんうんと一人で唸っていると、ふと視界の端に影が差す。すわまた敵襲か?!とバッと顔を向けて臨戦体制に入る。
「んー?なんでこんな所に生きた人間がいるの?」
さっきの狼みたいなバケモノを想定していた俺は、肩透かしを食らった。なぜなら正体は、まだ幼い少女だったからだ。黒を基調としたワンピースで身を包み、向日葵のような黄色い髪にアクセントのように赤いリボンを付けるその少女は、一見するとただの可愛いらしい少女に見える。
……なんか話していることに含みがあるように聞こえることとこんなやばい森に一人で居ることを除けば。
「えっと、お……わ、私はそのー、気付いたらこの森に居て困ってて、だから良かったら人が居る場所に案内して貰えると嬉しいなー、なんて」
口調が男っぽいと不審がられると思って、意識して柔らかく話してみる。パンドラみたいな超然的な話し方はできないから適当に話してみたら、なんか卑屈っぽい話し方になっちゃった。ますますパンドラ(偽)の称号が相応しくなってきたな。解釈違いでパンドラのファンにボコられそう。
俺の話を聞いた少女は興味無さそうにへー、とだけ言うと、にっこりと笑った。あらかわいい。
「まーいいや。それより貴女は取って食べれる人間?」
あ、やばい奴だ。俺は冷や汗を掻きながら思った。