ガロも気付いていない。
だからこそ厄介だった。
「……」
リシアは何も言わず歩き出す。
だが耳はまだ赤い。
ガロはその後ろを付いていく。
数歩。
十数歩。
そして。
「リシア」
「なに」
「今日も一緒に寝る?」
リシアが止まった。
ぴたりと。
街中のど真ん中で。
「……は?」
ガロは首を傾げる。
本気で不思議そうだった。
「だって安心したし」
「安心したし、じゃない」
「駄目か?」
「駄目よ」
即答だった。
ガロは少し考える。
そして納得したように頷いた。
「じゃあ結婚してからにするか」
「どうしてそうなるの!?」
思わず声が大きくなる。
通行人が振り返った。
ガロは真面目だった。
「夫婦なら一緒に寝るだろ?」
「誰が夫婦よ!」
「まだ違うな」
「永遠に違うわ!」
「じゃあ婚約者」
「飛躍しすぎよ!」
ガロは心底残念そうな顔をした。
何が残念なのか。
聞きたくもない。
⸻
その日の午後。
二人は市場を歩いていた。
ガロは相変わらず落ち着きがない。
肉屋。
果物屋。
菓子屋。
全部見る。
全部覗く。
全部興味を持つ。
子供か。
いや子供の方がまだ落ち着いているかもしれない。
「リシア!」
「なに」
「これうまそう」
「そう」
「買って」
「断る」
「ケチ」
「借金持ちに言われたくない」
ガロはぐうの音も出なかった。
⸻
夕方。
宿へ戻る。
受付の主人が二人を見る。
そして。
にやりと笑った。
嫌な予感しかしない。
「おかえり」
「ただいま」
ガロが答える。
主人はうんうんと頷いた。
「仲良いねぇ」
「違う」
「そうか?」
ガロが聞き返す。
聞き返すな。
主人は笑いながら言った。
「朝も一緒だったしねぇ」
リシアの動きが止まった。
ガロは首を傾げる。
「そうだな」
認めるな。
リシアは額を押さえる。
頭が痛い。
非常に痛い。
⸻
夜。
部屋。
リシアは窓を見ていた。
まだ来ていない。
静かだ。
平和だ。
このままなら今日は眠れる。
そう思った。
コン。
来た。
即座に来た。
「……」
コンコン。
「……」
コンコンコン。
「帰りなさい」
窓越しに言う。
すると。
外から情けない声。
「わう」
断られた犬みたいだった。
リシアは目を閉じる。
知らない。
聞こえない。
だが。
数秒後。
また声。
「わう……」
悲しそうだった。
やめなさい。
その声は卑怯よ。
本当に。
⸻
十分後。
白狼はベッドの上にいた。
当然のように。
「私は馬鹿ね……」
白狼の尻尾がぶんぶん振られる。
完全勝利の尻尾だった。
リシアはため息を吐く。
そして本を開く。
読書をしようとした。
だが。
ぺたり。
白狼が膝に頭を乗せてくる。
「……」
無視。
ぺたり。
さらに押し付けてくる。
「読めない」
ぶんぶん。
「どきなさい」
ぶんぶんぶん。
どかない。
むしろ撫でろと言わんばかりだった。
リシアは抵抗する。
十秒。
二十秒。
三十秒。
そして負けた。
手が伸びる。
耳を撫でる。
白狼が目を細める。
気持ちよさそうだった。
「本当にずるいわね」
ぶん。
尻尾が一度だけ揺れた。
⸻
そして深夜。
リシアは眠っていた。
白狼も眠っていた。
いつの間にか。
また寄り添うように。
腕の中で。
安心したように。
静かに。
⸻
翌朝。
リシアは嫌な予感で目を覚ました。
まず確認する。
腕の中。
白狼はいない。
よかった。
そう思った。
思ったのだ。
だが。
代わりに。
自分の胸元に顔を埋めて眠るガロがいた。
「……」
思考停止。
昨日より近い。
昨日より酷い。
しかも。
ガロの腕はしっかりリシアの腰に回っていた。
完全に抱き合っている。
逃げ道はない。
言い訳もない。
そして。
まだ寝ているガロが、小さく呟いた。
「かわいい……」
リシアが固まる。
「……」
「結婚してくれ……」
寝言だった。
完全な寝言だった。
「……」
「リシア……」
名前まで出た。
リシアの顔が真っ赤になる。
その瞬間。
ガロが目を開けた。
金色の瞳がぱちぱちと瞬く。
数秒。
沈黙。
そして。
「おはよう!」
満面の笑みだった。
リシアは思った。
――やっぱりこの男は馬鹿だ。
本当に。
どうしようもなく。