ドットアビス 天使は去り、親を亡くした卵は孵化出来るか   作:ウォルギリウス

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正直自分でも初めて二次創作は書きますがもし拙い場所が有りましたら教えてくださいませ



咎ありて死す

この世に数多の罪が存在するとしてそれは大半が人類全ての罪だろう。

 

強欲、嫉妬、傲慢、怠惰、色欲、憤怒、暴食。

 

ところであなたはどの罪が最も強いのだろうか?

その罪はあなた自身の核にして原初、そして起源なのだからそれを決して恥じてはならない。むしろ誇りを持ち、その罪と真っ直ぐに向き合い己の尊厳と意志と覚悟を守り抜くことこそが人間という生き物にのみ許された特権なのだろう。

 

だが、もし……

もし人間が無責任な言い訳を並べ立て自らの罪と向き合うことから逃げ出し、怠慢による罰が下されたとしたら、それは果たして反省を促すために相応しい罰であろうか?

罰とは本来魂の成長を促し人間を前へと進ませるために生み出された悲しくも優しい知恵なのだから……。

 

空を覆う鈍色の雲から微かな光が差し込む大穴の底。

その場所はおびただしい数の異形の死骸が散乱し、赤黒く染まった大地が地平の彼方まで絨毯のように広がる地獄の様相を呈していた。

 

ひときわ高くまるで天を突くかのように堆く積み上げられた人の死骸の山。その凄惨な墓標の前に白銀の板金鎧を纏った一人の女騎士が静かに跪き、ひたすら祈祷を捧げていた。

 

「天にまします我らが主よ、どうかこれらの哀れな子達をお導きくださいませ。彼らはただ生きようとしただけの罪なき子達である故、どうか寛大なる御心をお見せくださいまし。おお我らが偉大なる全能なる父よ、あの者たちの無垢を信じお救いくださいませ」

 

彼女は地面に突き立てた十字の長剣に祈りを託し無念のまま命を散らした兵士達の冥福を祈っていた。傍らに置かれた真鍮の香炉には香油がなみなみと注がれ、立ち昇る白い煙が彼女の祈りと共に死者への鎮魂歌を奏でながら天へと昇っていく。

 

女騎士の背後では泥にまみれた数十人の作業員たちがシャベルを手に持ち、静まり返った空気の中で祈祷の終了を待ちわびていた。

遺体は二つに分類されていた。身元を示す認識票や遺品があり引き取り手のある遺体は馬車に丁重に乗せられ故郷へと帰り、誰にも知られることなく息絶えた無縁仏はこの呪われた地にそのまま埋葬される手はずとなっている。

 

「カルメン様、もうそろそろ……」

 

年老いた作業員長が恐る恐る彼女へゆっくりと声をかけた。

だがカルメンはゆらりと振り返ると作業開始ではなく鎮魂の為の作業を実行するよう命じた。

 

「皆様、どうか黙祷をお願いいたします。ここに散った哀れな子羊達の命への冥福を祈るため、今少しだけお願いいたします」

「……仕方ない。貴女様にそう仰られたら、我々には従うしかありませんよ……」

「ありがとうございます。この者達も皆様の祈りに触れて必ずや浮かばれるでしょう……本当に、ありがとうございます」

 

カルメンと呼ばれた女騎士の言葉に作業員たちは全員が泥だらけの地べたに片膝をつき、被り物を外して胸に当てた。

しばしの間、この地で無惨に散った勇者達へ黙祷が捧げられる。カルメンは両手を固く組み合わせ、長く美しい黒髪で顔の表情が完全に見えなくなるほど深々と頭を垂れて祈り続けた。

 

ここは大穴――。

およそ半年ほど前に突如として大地に口を開け多数の国家を丸ごと飲み込み、あらゆる人、物、そして生命の尊厳を無慈悲に食らい尽くした魔の領域。

人類は多大な犠牲を払いこの深淵から這い出てくるモンスターや厄災を辺境の地で辛うじて押し留め、封じ込めることに成功していた。だが、その防衛線がいつまで持ち堪えるのか誰にも分からない。三大国からの支援物資や兵力も決して魔法の壺のように無限に湧き出てくるわけではなかった。

 

この大穴の淵に立つ者たちにとって明日は我が身である。今日、隣で笑っていた戦友が明日には冷たくつまらないただの肉塊に変わる。カルメンは一筋の涙を頬に伝わせながらその冷たくなった死体の山と真摯に向き合っていた。

やがてカルメンは静かに立ち上がり、振り返って作業員たちへ向けて口を開いた。

 

「皆様、我らの同胞にして不運なる者達のために黙祷を捧げていただきまして、心より感謝申し上げます。彼らもこれで迷うことなく黄泉の旅路につけるでしょう……では、作業を開始してください」

「分かりましたカルメン様。では作業を開始します……ところで」

 

若い男性作業員が不安に押しつぶされそうな顔で、カルメンへ向けて問いかけた。

 

「俺たちも死んだらカルメン様は祈りにいらっしゃってくださいますか?」

 

彼らにしてみれば、それは「もし」の話ではない。極めて高い確率で訪れる近い未来の話である。この大穴の近くでは命の価値は恐ろしいほど平等だった。生き残るか、理不尽に引き裂かれて死ぬか。その二つの天秤が常に揺れている。

 

「安心なさい、迷える子羊よ。私は必ず貴方方のためにも参りましょう。それこそがこの私カルメンが『屍拾いの聖女』と呼ばれる所以なのだから」

 

彼女は慈悲深さに満ちた、まるで女神のようなアルカイックスマイルを浮かべ作業員の泥に汚れた肩を優しく撫でて安心させた。

だが、その偉大なる聖女の微笑みは大穴の放つ悪意も死の脅威さえも塗り潰すほどの力強い言葉によって即座に打ち砕かれた。

 

「――だが、その前に私は今を生きている君を助けに行くがね。君が遺体になってしまえば帰りを待つご家族や友が悲しまれるだろう」

「……俺には家族は居ませんし、ダチだってそんなに俺の事なんか気にしてませんよ」

 

自嘲気味に笑う青年にカルメンは真っ直ぐに視線を向けた。

 

「ならば今この瞬間から私が君の事を気にかける『友』になろう。私は決して貴方を忘れぬよ。それこそが、私カルメンなのだから」

 

カルメンは女性としては非常に大柄な体格をしていた。背中には無骨な槍と盾、身の丈ほどもある強弓と矢筒、逆手に抜けるよう背中に括り付けられた双刀、さらに腰には銀色に輝く騎士の長剣と禍々しいオーラを放つ分厚い魔導書まで携えている。

 

これほどの重武装でありながら彼女はそれらを羽毛のように軽々と扱いこなし、まるで鎧を着ていないのかと錯覚するほどに歩みも軽快で速い。

 

目鼻立ちがクッキリとしたエキゾチックな顔立ち、肩を越して揺れる黒い長髪、健康的な褐色の肌と白銀の板金鎧は鮮烈なコントラストを描き出し、どこか幼さを残す顔立ちと相まって、底知れぬ神秘性を秘めた美女……いや、可憐な美少女であった。

 

この最前線において彼女の世話になっていない遺族は一人もいない。探索者も、商人も、誰もが彼女の名を知っている。

たとえ見窄らしい小銭ほどの報酬しか提示されなくとも彼女は助けを求められれば必ず駆けつけ、血と泥に塗れて依頼を果たす。大穴に対する最大の抑止力の一つとして称えられ、彼女は急激に信奉者を集め本物の英雄に相応しい名声を得ていた。

 

行方不明者の決死の捜索、凄惨な現場からの遺体の回収、迷子探し、果ては裏社会の犯罪者の暗殺に至るまで。彼女の活動は国境を越え、最前線で命を張る兵士たちを中心に大穴に関わる全ての者からその名を轟かせていた。

 

さらに彼女の名声を決定づけたのは、最近起きたある事件だった。

 

『厄災』と呼ばれる部隊単位でも手出しができない強大なモンスターを単身で打ち倒し、逃げ遅れた名もなき兵士1名を無傷で守り抜くという伝説的な戦果を叩き出したのだ。それも全くの無支援で成し遂げた偉業であった。

 

だがそれでもまだ彼女は「足りない」と言わんばかりにその両手を絶え間なく血で染めながら、悪を討ち正義を為す英雄譚を紡ぎ続けている。その偉大なる後ろ姿は兵士たちの憧憬そのものであり、商人たちには絶対的な守り神として崇められている。

 

 

しかし――そんな信奉者達の誰も彼女の真実を知らないのだ。

そもそもカルメンとはどこの誰なのか。

大穴ができる前はどこで何をしていたのか。

そして、なぜ己の命を削ってまで狂気的なまでに善行を働き続けるのか。

人は打算なくして善を為さず、目的なくして行動しないはずであるのに。

 

 

「うわあああ!助けてくれ、も、モンスターだ!!」

「スライムの群れが出たぞぉ!誰かあいつの気を引いて逃がせぇぇ!!」

 

突然遺体の搬送作業をしていた労働者たちから悲鳴が上がった。

カルメンの近くにいた先ほどの青年労働者はつい「友人」だと言ってくれた彼女へ助けを求めようと気さくに話しかけようとした。

 

「だそうですが、カルメ……って、もう行っちゃったよあの方。風より速いって本当だったんだな……ま、俺はさっさとこの遺体を運びましょうかねっと。よいしょ、重っ」

 

カルメンは突風よりも早く、瞬く光の如き速度で現場へと駆け付けていた。

 

「王剣演武壱の型、後円輪撃」

 

腰の後ろから双刀を抜き放つと目にも留まらぬ神速の剣舞でスライムの群れを鮮やかに斬り裂き、一瞬にして周囲の脅威を無力化した。

 

「ひ、か、カルメン様!!」

「怪我はない?痛むところとか有るかしら?」

「だ、大丈夫です!本当にありがとうございますカルメン様!!」

「なら良かったわ。もしこの場で怪我人を出してしまったら、私、どうお詫びしたらいいか……」

 

カルメンは顎に手を当てて悩む素振りを見せ、蠱惑的な流し目で労働者を見た。これほどの激しい動きと剣舞を披露した直後だというのに彼女の褐色の肌には汗一滴すら浮いていない。

 

「流石は聖女様だ!」

「我らが聖女様万歳! カルメン様万歳!!」

「あらあら……私は神様でもないし、ただのしがない人間よ? もう……やだねぇ、みんな大袈裟なんだから」

 

その落ち着き払った余裕の振る舞いは歴戦の老練な騎士か、酸いも甘いも噛み分けた妙齢の女性を彷彿とさせた。

カルメンを讃える歓声は瞬く間に作業員たちの間に伝染し、大穴の壁面に木霊して次第に狂気的な熱狂を帯びていった。

 

「カルメン!カルメン!カルメン!!カルメン!!!」

 

彼女を神のごとく崇める異様な熱狂の渦。

それを浴びたカルメンはふっと目を伏せ小さく舌打ちをこぼした。

 

「ふむ……やむを得んな……はぁ……すうう」

 

そして、空気を大きく吸い込み――

 

 

『鎮 ま れ ぇ い !!』

 

 

大気を震わせるような鼓膜を劈く一喝。

 

カルメンの耳に心地よい美しい透き通るような声は一瞬にして戦場の指揮官が放つ怒号へと代わり、熱狂して理性を失いかけていた群衆を完全に沈静化した。

 

「貴様ら!何故己の手を止めて我を讃えるか!?先ずは目の前に横たわる友を弔う事から始めよ、このたわけどもが!!あまりにもあやつらが哀れではないか!!!」

 

強烈な怒りに満ちた叱責を受け我に返った彼らは慌てて再び作業を開始した。

手際よく屍は分けられ家族の元へ帰る者と、この地で弔われる者とに区分されていく。やがて作業員たちは立ち去り、辺りの空間は徐々に静けさを取り戻していった。

 

そしてその場にはカルメンと彼女に斬り伏せられたモンスターの残骸、そして無縁仏や身元不明の遺体の山だけが残された。

誰もいなくなったことを確認するとカルメンの纏っていた空気が、不意にガラリと変わった。

 

「……ちっ。助けられなかった命や無闇に殺した命を見ると相変わらず涙が出そうだぜ……。無益な殺生はやめとけってそれが一番ガキの頃に言われたことなのによぉ……ま、さっさと燃やして悪用されねぇように細かく砕くに限るな」

 

乱暴な男の口調。先ほどの聖母のような微笑みも威厳に満ちた怒号も消え失せ、彼女の瞳には暗く冷たい諦念だけが宿っていた。

 

カルメンが分厚い魔導書を開き詠唱すらなく速やかに魔力を練り上げると足元に大規模な魔法陣が展開された。猛烈な炎の竜巻が巻き起こり、積み上げられた無縁仏の遺体は一瞬にして燃え上がり綺麗な消し炭と白い灰だけが残された。

 

「すまねぇな、戦友諸君……。もし来世ってやつが有るならこんな地獄じゃなくもっと平和な時代を選んで生まれてこいよ?」

 

火葬の炎を見つめながらこうして孤独な葬送を終えたカルメンは足元に転がっていた白銀の兜を深く被り顔を完全に隠した。

 

そして、首から下げていた古びたロケットペンダントをそっと手に取り震える指で蓋を開ける。

内側にはめ込まれた小さな鏡。そこに映る自分の瞳の奥を見つめながら兜の下で高く透き通った、まるで子供のようなか細い声で呟いた。

 

「もう少しだよ、カメリア。僕達家族は、いつだって一緒だから……もう、なんだ……だから…カルメンを…待ってて欲しいのだ…」

 

涙で濡れたその弱々しく可憐な乙女の最期の言葉の続きは吹き荒れる大穴の風にかき消された。

 

 

 

これは人類の希望となる巨大な前線基地が建設される少し前。

そして、後にこの基地を束ねることになる『司令官』が着任するまでの名もなき時代の物語の主人公だった少女。

この呪われた大穴の地で多数の英雄たる少女達と共に深淵へと挑む壮大な英雄譚が幕を開ける、ほんの少し前に起きた――終わることのない一人の罪人の孤独な贖罪の記録である。




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