おら畑を耕すだぁ。
鍬でザクザク、土を耕して、袖で汗をぬぐって、晴天を見上げる。
なんて爽やかな汗なんだ。
運動っていいよね。
そう思い始めて、生後六年と半年。
適度な運動は大事だな、うん。
なんて中年の思考をしながら、僕は畑仕事に勤しむ。
今日は村へ、仕事を手伝いに来ている。
これも領主の子供としては大事な仕事だ。
領主の仕事は多岐に渡るけど、父さん曰く、もっとも大事なのは領民の状態を正確に把握することらしい。
どんな状況なのか、不満はないか、あるとしたらどんなことか。
コミュニケーションをとっているからこそ、領民との円滑な関係が築けている。
そして互いを尊重し、やるべきことを認識し、生活を営むことで、全員が豊かになっているというわけだ。
もちろん、簡単なことではないけれど、実際、父さんは実現している。
すごいことだ。現代でもこんな経営者がいれば、ついていきたいと誰もが思うだろう。
ということで、僕とマリーも父さんの手伝いと称して、村人の仕事を手伝っている。
子供の自分で村の状況を理解することで、関係性の構築と、領主としての自覚を促すというところだろう。
まあ、強制じゃないし、たまには行きなさい程度しか言われてないけど。
僕が言うのもなんだけど、両親はかなり僕達に甘い。
しつこく言わず、背中で語る感じだ。
僕は中身が大人だからいいけど、子供だったら甘えてしまいそうだ。
マリーは別。こんなしっかりした子供はあまりいないと思う。わがままなところもあるけど。
最初に訪れた畑は耕し終えているので、今は別の畑を耕作中。
もう少しで種植えの時期なので、土づくりが主だ。
作物の採取や管理は大人がしている。子供だと、作物を無駄にする可能性もあるし、まだ僕達には早いらしい。
ということで。
僕、マリー、マロン、レッド、ローズの五人でいつも通り、畑仕事に勤しんでいる。
「ふぅっ! ここら辺はそろそろ終わりだねっ!」
元気一杯にマロンが言った。
いつも笑顔の栗毛の少女は、顔を泥だらけにしても、爽やかだ。
すでに数ヶ月、何度も一緒にいるので、かなり慣れた。
普通に話すくらいなら問題ない。
まだちょっと緊張したりするけど。
「次は何するの?」
「わたし達は森に山菜取りに行こうかなって思ってるんだけど。
二人はもうお仕事終わりで大丈夫! ありがとね!」
「いいの? 手伝うよ」
「ううん、あんまり引き留めたらダメだし。
シオンくんもマリーちゃんも優しいけど、領主様のお子さんだからね、そこはちゃんとしないと!」
友達のように話してくれるけど、やはり線引きはしているらしい。
境界線をなあなあにすると、関係は破たんする。
しっかり立ち位置を決めるのは大事だが、子供の立場でそれを理解するのは難しいと思う。
マロンは意外にしっかりしているのかもしれない。
マリーも多分、内心では同じように考えているだろう。
「じゃ、道具片づけよっ!」
マロンはニカッと笑うと、忙しなく道具の片づけを始めた。
僕も同じように鍬やらカゴやらを集めた。
「よっ!」
レッドが爽やかな笑みを浮かべている。
この少年、なんというか熱血漢である。
日本だとクラスの中心になっているようなタイプだ。
ちょっと苦手。良い奴だけど。
「やあ」
「どうだ? 仕事は慣れたか?」
「大分慣れたよ。まだ身体が痛くなることもあるけど」
「はは! まあ、農民の仕事は結構大変らしいからな。しょうがねぇよ」
子供なのに、仕事がある。
遊ぶ時間は少なく、毎日が大変だろう。
それなのに苦労を表に出さない。
「大変だね。いつも、仕事して」
「あ? いや、別に? これが普通だしな。それに畑仕事は嫌いじゃねぇし。
本当は自分で一からやりたいんだけどな、まだダメなんだと。早く一人前になりてぇよ。
そしたら、家族にもっと楽させてやれるし」
「あの……生活が苦しいの?」
「いやいや、まさか。普通に暮らせてるよ。
でも、やっぱりさ、もっと贅沢させてやりてぇって思うんだよ。
領主様はすごくよくしてくれてるから不満はねぇよ。これ、ゴマすりじゃねぇからな」
レッドは慌てて二の句を継げる。
見た目に反して、案外気遣いができる性格のようだ。
そういえば、クラスの人気者って、人柄もよかったよな。
キラキラしすぎて、近寄りがたかったけど。
「ま、不満はないけど、もっとよくしたいってこと。そんだけだ」
「そっか……」
もし僕が領主になったら、こういう人達の生活を管理することになる。
責任は重い。間違えば、生活は困窮するだろう。
今の内に、色々と考えていた方がいいんだろうか。
いやぁ、でも向いてないような。
「じゃ、俺はあっちに行くわ。また後でな」
「うん、また後で」
レッドに別れを告げると、順番とばかりにローズがやってきた。
彼女は腰に手を当てて、胸を張っている。
ちなみに三人の中でローズが一番年上らしい。
マロンが七歳、レッドが六歳で僕と同い年、ローズが八歳だ。
マリーと同い年だな。
手の甲を口元に当てて、優雅に話し始めた。
「シオン、調子はどうかしら」
「あはは、大丈夫。調子はいいよ」
僕は思わず笑みを浮かべてしまう。
「あら、おかしなことを聞いたかしら?」
「ううん、みんな僕のこと気にかけてくれるから、嬉しくて」
「私は別に、気にかけているわけじゃありませんわ。ただ、そう!
どうせなら全員で、きちんと頑張った方が仕事が進むからですの!
ですから仕方なく、声をかけて差し上げているというわけですわ」
「そう、ありがとね」
僕は素直に感謝を言葉に出した。
「……そ、そう真っ直ぐ見つめられると困りますわ」
思いのほか、恥ずかしがり屋なのだろうか。
ローズは態度はちょっとおかしいが、とても視野が広く、気遣いができる子だ。
ただ素直じゃないというか、感謝を告げたりすると困ったように視線を逸らす。
ローズは長い髪をバサッと払って、表情を取り繕った。
「とにかく、今日の仕事はほとんど終わりですわ。
何か質問があれば、聞きますわよ」
「質問……仕事に関してじゃなくてもいいの?」
「ええ、別になんでも構いませんわよ」
「じゃあ、聞きたいんだけど、僕の家の近くに湖あるじゃない?
あそこで光の玉が見えたのはローズだけだったんだよね?」
「その話ですの。ええ、見ましたわ。けれど、レッドとマロンには見えなかったようですが」
マリーから事前に話を聞いていた。
湖で光の玉が見えた子供、とはローズ達のことだったらしい。
「どんな感じで見えたの?」
「うっすらと、ですわね。遠くのかがり火を見るような、そんな感じでしたわ」
やはり僕とマリー、ローズで見え方が違うようだ。
僕ははっきり見えた。普通の光のように。
マリーは瞬いて見えたらしい。つまり時々普通の光が見える感じ。
ローズは薄い光。それでも見えたことは間違いないようだ。
見え方が違う、か。
そのまま考えれば、よく見える方が魔力知覚の素質があるということになる。
創作の世界では、こういう場合、視認性が高い方が才能豊かなことが多い。
ただそんな簡単に断言するのは危険だろう。
なぜなら魔法に関しての情報は一切ないからだ。
僕が第一人者になる。その決意がある。
それはつまり、僕以外には知る人がいないということ。
僕が決定してしまえば、それまで。
間違っていても訂正する人はいない。
だから慎重に決めないといけない。裏付けができて初めて、確定するべきだろう。
「それが、どうしましたの?」
「ううん、まだ何でもない」
「そうですの? ですが、あの現象、不思議でしたが、見えない人には信じがたいでしょうね。
マロンもレッドも半信半疑というか、信じていませんでしたし」
「知覚できないなら仕方ないよ」
「ええ、わかってますわ。世の中には不思議なことがあるものだと、思っているだけですの。
信じて貰えなくてもいいですわ。あなたもマリーも見えるんですから。
それに、ちょっと特別な感じがして、楽しくもありますからね」
へぇ、ローズって上昇志向が強い子なのかな。
それともこれは、単純に自分は他人と違うと思い、価値があると思いたいのかな。
まあどっちにしても、そういう考えは誰にでもあるけど。
それが顕著な子なのかも。
見下しているわけじゃないから、その考え自体は問題ないだろう。
って、僕が上から目線で判断するようなことでもない。
中身は大人でも年齢的に一番下だからな。
でしゃばると年長者組のプライドを傷つける。
気を付けないといけない。子供ってそういうの敏感だから。
姉さんは素直だし、さっぱりした性格だからそういうのはない。
自分は運動神経がいい、でも頭は良くない、なんて簡単に言える子供はそういないし。
口ではどうとでも言えるけど、本心からそう考えることは難しい。
誰でも自分は有能で、色んな可能性があって、人より優れていると思いたいものだ。
子供でなくとも、大人でも。
それを子供の時点で受け入れている。それは簡単なことじゃない。
なんて思うことも、斜に構えているような気がしないでもない。
考えるのはこれくらいでやめておこう。
「ローズもこの村で一人前になりたいって考えてるの?」
「レッドはそうみたいですわね。マロンは、どうでしょう、そういう話はしませんから。
私は……まだわかりませんわ。でも、色々なものに挑戦したいと思いますわ」
考え的にはマリーに近いかもしれない。
こういう人は嫌いじゃないな。
「ローズはしっかりしてるんだね」
「しっかりしてたら、もっとちゃんとした考えを持ってますわよ。まだまだですわ」
「そう? 僕はそういう考え好きだし、色んなものに挑戦したいってことは、色んなことを知って、学びたいってことでしょ?
十分しっかりしてると思うよ」
ローズはきょとんとしたまま、僕を見ていた。
しまった。上から目線で話してしまった。
思わず冷や汗をかいた僕だったけど、ローズは嬉しそうに笑ってくれた。
「そう、そんな考えもありますのね……ふふ、ありがとう、シオン」
大人びていた。八歳の子供にしては落ち着きがあった。
どこか気品があり、思わず僕は見とれてしまう。
そうしていると、ローズは思い出したかのように言う。
「あら、結構話し込んでしまいましたわね。他の方々は片づけを終えたみたいですわ。
私達も行きましょうか、シオン」
「う、うん」
なぜかローズは僕の頭を優しく撫でて、柔和な笑みを浮かべると、僕の手を引いた。
なんか姉さんみたいだな。年上だから間違いではないけれど。
そのままみんなのいる場所へ向かう。
と、マリーが慌てて駆け寄ってくると、僕をぐいっと引っ張った。
「シ、シオンと手を繋ぐの、禁止よ!」
「あら、別にシオンはマリーの物ではありませんわ。手を繋ぐくらい構いませんわよね?」
「か、構うの!」
「構うのかしら?」
ローズとマリーが同時に僕を見た。
一つはわかってるわよね、という脅迫の視線。
もう一つは、どうなの? という疑問の視線。
あれ、なんでいきなりこんな状況になってるんだ。
レッドとマロンは何が起こっているのかよくわかっていないようだった。
ふむ、これはあれだな。
ここの選択肢でルートが決まるパターンだな。
慎重に選ばないといけない。分岐点だ。
なんて、それはないか。
というか手をつなぐくらい、いいんじゃないだろうか。
子供だし。
マリーも独占欲が強すぎるのではないだろうか。
僕も姉好きだけど、マリーは僕に執着しすぎでは。
ここは少しばかり、弟離れの経験をさせた方がいいかもしれない。
ということで。
「ま、まあ、姉さんが言うなら、やめた方がいいのかな」
こういう答えに行きついた。
だって姉さんが泣きそうな顔でこっち見てるし。
睨んでいたくせに、段々悲しそうにするから、どうしようもない。
僕の答えを聞き、マリーはパァっと笑顔を咲かせたが、ローズは不満そうに唇を尖らせた。
「そ、そうよね! シオンはそうよね!」
なにがそうなのかはわからないが、姉さんが嬉しそうなので、まあいいか。
ローズは僕を睥睨しているけど。
怖いんですけど。何なの、この状態。
「……まあ、いいですわ」
ローズはそうこぼすと、嘆息し、道具を持って移動を始めた。
「い、行こっか!」
「そ、そうだな!」
マロンとレッドは焦りつつ、ローズに続く。
子供ながら、何かを感じ取ったらしい。
なんかごめんね、二人とも。
僕もよくわかってないんだけどね。
「ささ、シオン、帰りましょっ!」
まあ、我が姉がものすごく嬉しそうにしているから、いいか。
マリーは僕の手を握る。
喜色満面で歩き始める姉の背中を眺めつつ、僕は苦笑を浮かべた。