マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-   作:鏑木カヅキ

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第129話 ドミニク・イェルク

「――シオン様、マリー様、見えてきましたよ!」

 

 ウィノナの声に、僕と姉さんはすぐに窓から顔を出した。

 遠くに見える森のような街がそこにはあった。

 中心に大樹がそびえたっている独特の様相の都市は、メディフの首都アジョラム。

 自然を重要視しているメディフでは、植物と共生しており、街中には木々が生い茂っているという。

 その話通り、アジョラムの景観はまさに緑であった。

 出発から二十日と数日。

 馬車での生活を過ごしていた僕たちは、ようやく目的地に到着したのだ。

 

「やっと着いたんだぁ」

「さすがに疲れたわね……鍛えていても関係ないものね」

「魔法もほとんど役に立たなかったよ。乗り物酔いする体質じゃなかったのが救いだったけど」

 

 幸いにも車酔いする人はいなかった。

 もしも一人でも酔っていたら大惨事になっていただろうし、到着はもっと遅れていただろう。

 アジョラムへと続く道はかなり広く、馬車が数十台横並びになっても十分な幅がある。

 しかしその道を囲うは自然の威容だ。

 メディフは必要以上に自然を奪わない。

 ゆえに伐採も最低限で、火を使う機会もほかの国に比べて少ないらしい。

 鉱物に関しては比較的緩いが、それでも他国よりは制限がある。

 少し汚い話だが、糞も燃料になるため、それをくべるのかとも思ったが、それもしないらしい。個人的には助かったけど、かなり自然保護には気を遣う必要があるわけだ。

 商人や観光客、旅人たちがそこかしこにいる中、僕たちも混じってアジョラムへと向かう。

 一時間ほどで正門へと辿り着いた。正確には、正門前に並ぶ列に、だけど。

 

「人がかなり多いわね。何かあるのかしら?」

「うーん、伯爵からは聞いてないけど。伯爵なら言い忘れそうなんだよね。

 あの人、興味ある事以外は後回しにするきらいがあるから」

「へぇ、シオンに似てるわね」

「……否定はしないよ」

 

 ただ伯爵は人を慮る面もある人だ。

 問題児組の中だと、フォローする立ち位置でもあったし。

 基本は魔力のことにかかりっきりだったけど。

 ふと窓から正門を見ていると、先頭付近が騒がしいことに気づく。

 なんだ、何かあったのか?

 喧嘩か諍いだろうかと思ったけど、列はたいして乱れてはいない。

 何かを避けるように人垣が割れていく様子が目に入った。

 

「何かしら?」

「わからないけど、なんか嫌な予感がする」

 

 何かがこちらへ近づいてくる。

 その正体が徐々に視界に入ってきた。

 金色の髪と精悍な顔つき。

 顔には幼さがわずかに残っているが、体は引き締まっており、明らかに普段から鍛えていることは間違いなかった。

 整いすぎている容姿は人目を惹き、特に女性陣を魅了していた。

 衣服は騎士然としており、腰には剣を帯びている。

 鎧はまだ新しく、使い古されてはいない様子だった。

 おそらく十七、八歳くらいだろう。

 彼と数人の騎士は豪奢な馬車を見つけると声をかけては、また別の馬車へ、という風に繰り返していた。

 どうやら誰かを探しているようだけど。

 僕じゃないよな。

 僕じゃないよね!?

 ウィノナに話しかけた。

 

「失礼。こちらの馬車にシオン・オーンスタイン様はいらっしゃいますか」

 

 僕だあああああああああ!?

 予想通りだった。

 けれど勘違いだと思いたかった。

 だって、目立っている。

 めちゃくちゃ目立っているのだ。

 周囲の人たちが何事かと、僕たちの馬車を見ているのだ。

 確かに僕は人に注目される立場になったこともあるし、経験もある。

 でも、それは仕事であったり、やるべきことがある時にしかたなく受け入れているだけだ。

 今回は突発的であり、しかも赤の他人ばかりの中で、いきなり注目の的となっているのだ。

 はっきり言って勘弁してもらいたい。

 僕は部分的なコミュ障なのだ。

 騎士の少年が扉をコンコンと叩いた。

 あー、開けたくない。開けないといけないことはわかっているけど。

 僕が逡巡していると姉さんが、仕方ないわねとばかりに扉を開いてくれた。

 さすが我が姉。僕の心情を読んでくれている。

 

「失礼いたします。こちらにあなた様がシオン・オーンスタイン様でしょうか?」

「は、はい、僕がシオンですが」

「おお! あなたが、ゴルトバ伯爵のおっしゃっていた、リスティアの英雄であり、怠惰病治療の先駆者である、シオン先生なのですね!?

 私はドミニク・イェルク。アジョラム近衛騎士所属の騎士です。

 以後、お見知りおきを」

 

 わざとかと思うくらい、懇切丁寧に説明するだけでは飽き足らず、彼は大声で回りの人間に知らしめるように言った。

 当然、周りの人たちはその言葉を耳にしてしまう。

 

「怠惰病治療? そういえば、隣国のリスティアで治療の研修会が開かれたんだよな?」

「ああ。ってことは、あの子供がその治療方法を見つけたってことか? まさか……」

「いや、だが実際に怠惰病はここ数週間で治療が進んでいるぞ?

 国王様から、治療に関しては対処可能だから問題ないとの通達もあっただろう」

「わたしも聞いたよ。それじゃ、あの方が?」

 

 周囲の人たちがそこかしこでひそひそ話をしている。

 彼らはこちらを見ると、突然姿勢を低くして視線を落とした。

 やめてくれえええっ!

 僕はそんなに偉い人じゃないんだよっ!?

 そうこうしていると一人のおばあさんが馬車へ近づいてきた。

 ドミニクと数人に騎士は警戒態勢をとるが、おばあさんが空手で無害だとわかると、警戒レベルを下げた様子だった。

 

「あ、あなた様が、た、怠惰病治療を可能にしてくださったのですか?」

「え? あ、ああ。まあ、はい。そうですが」

 

 僕が答えるとおばあさんは、突如として涙を流した。

 そしてその場に跪くと地面に触れる勢いで頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます。

 わ、儂の孫は怠惰病にかかり数年寝たきりでしたが、先日、目を覚ましました。

 あ、あなた様の、おかげです……本当に、ありがとうございます……」

 

 おばあさんが泣きじゃくりながら言う。

 僕は狼狽えてしまい、おろおろとするばかりだった。

 するとほかの人たちも人ごみの中から躍り出て、おばあさんの隣で頭を垂れた。

 

「わ、私もです。あなたのおかげで息子が助かりました。ありがとうございます」

「俺も……妹が、げ、元気になって。話すようになってくれた。

 もう駄目だと言われて、家族もあきらめかけていたのに……。

 ありがとう……ありがとう!」

 

 次から次へと馬車の横に並び、みんながお礼を言っていく。

 呆気にとられてしまい、僕は言葉をなくす。

 でもみんなが泣きながらお礼を言う姿を見て、心が温かくなるのを感じた。

 打算があった。下心もあったんだ。

 純粋な善意でやったことじゃない。でもそれでも誰かの救いになったのなら、やってよかったと思えた。

 そんな中、よく通る声が上がる。

 

「それくらいにしてください。シオン様にご迷惑になるので」

 

 ドミニクが毅然とした態度で人々を制していた。

 威圧的ではなく、理解を示しながら対応に、患者の関係者たちは立ち去っていく。

 去り際にもみんなが頭を下げ、お礼を言い、泣きながら、時には笑顔を浮かべていた。

 サノストリアでもイストリアでもこういうことには遭遇した。

 僕は善人ではないけれど、でも誰かに感謝されたり、誰かが幸せになることは純粋に嬉しい。

 生徒たちはきちんと治療に励んでいるらしいこともわかり、僕は幸福を感じた。

 突然、姉さんが僕の肩をポンと叩く。

 振り返ると姉さんは小さく、

 

「あたしからもありがと」

 

 そう言った。

 僕は思わず笑ってしまい、

 

「どういたしまして」

 

 と答えた。

 

「シオン様。我々の要件を話させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 すっかり存在を忘れていたドミニクは苦笑していた。

 僕は慌てて、コクコクと頷く。

 

「あ、すみません。どうぞ」

「我々はゴルトバ伯爵の使いです。近く妖精祭が催されるため、観光客や商人が多く、街に入るまで時間がかかるため、お迎えにきた次第です」

 

 妖精祭。

 なるほど、そのせいで人が多かったのか。

 ゴルトバ伯爵はそんなこと言ってなかったけど、まあ、あの人は自分の興味があるもの以外には結構無頓着っぽいしなぁ。

 それにしてもゴルトバ伯爵の割には気が利く、なんて言ったら失礼か。

 だってあの人、侍女も仕えさせないし、地位にも興味ないような人だし、こんな風に誰かをよこすとは思わなかったんだ。

 まあ、伯爵も貴族だったってことか。

 別に悪いことじゃない。むしろありがたい。腰も体力も結構限界に近いし。

 

「そうだったんですね。じゃあ、すみません。おねがいします」

「もちろんです。では……頼むよ」

「はっ!」

 

 ドミニクがほかの騎士に頷いて見せると、彼らは手際よく馬車の先頭に立ち、進路を確保しようと、周囲の人々に呼び掛けていた。

 馬車が進む中、先ほどのおばあちゃんのように頭を下げたり、お礼を言う人たちもいた。

 何事かと野次馬になっている人もいたし、迷惑そうに顔をしかめる人もいた。

 つまり目立っている。さっき以上に。

 僕は冷や汗をかきつつ、窓から見える情景を視界に入れないようにした。

 けれどもどうしても声は聞こえるし、完全に視界が遮断されているわけではないので、人の姿は見えてしまう。

 いろいろと失敗した、そんな風に胸中でつぶやいていると、隣で姉さんがくすくすと笑っていた。

 僕がジト目を向けると、あからさまに知らんぷりをする。

 姉さんの横顔を見て、僕は仕方ないとばかりに嘆息する。

 その時間がなんだか少し嬉しく感じ、そして人々の声で現実に引き戻される。

 そんなことを繰り返している中、馬車はアジョラムへと進んでいった。

 

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