死神遊戯 ―ダイの大冒険の壊し方― 作:メイドインコ【アビス】
バーンパレス、その中枢たる天魔の塔。
最上階の玉座の間にボクは静かに佇んでいた。肩の上ではピロロが退屈そうにあくびをしている。
「……ひどく機嫌が良いな……キルよ」
ふと、背後の暗がりから声が掛けられた。
歩み寄ってきたのは、顔をすっぽりと隠す不気味なローブを纏った男――ボクの旧知の仲であるミストだ。
「やあ、ミスト。バーン様にある提案をしたいんだけど……想像しただけで、笑いが止まらなくてね? ウフフ……」
「……お前の悪趣味は今に始まったことではない。だが、バーン様の御前だ……」
「手厳しいなァ。もちろん、わきまえているとも」
やがて重厚な扉が開く。途端に、空気が数倍の重さを持ったかのような錯覚に陥った。
玉座には魔界の神――大魔王バーンが悠然と腰掛けていた。
「揃っているな、我が腹心たちよ」
「はっ……」
「もちろんですよ、バーン様」
ミストバーンと共に恭しく片膝をつき、頭を下げる。
だが、視線を床に落としたまま、ボクは冷たく嗤っていた。
(……相変わらず、強大な魔力だ。でも……あの肉体を罠で縛り上げ、首を撥ねるまでに10秒もかからない。そう、あの老人のままならね)
しかしボクは知っている。あの老人の姿が、全盛期の肉体と分離した叡智と魔力の塊でしかないことを。そして、その真の肉体が、隣で傅くミストのローブに隠されているのだから。
「……して、キルバーンよ。余に提案があるそうだな?」
「えぇ、バーン様。いずれ始まる人間たちとの戦い、そして地上を消し去るための玉座たる、このバーンパレスの守りについてです。少しばかり……『模様替え』をしたいと思いましてねェ」
「……ほう」
ボクの提案を聞き、バーンの眼光が面白そうに細められた。
「それに、ボクの笛も新調したいんですよねェ。素材には……我が軍に眠る『地上最強の硬度』を誇る金属を使わせていただきたいと」
* * *
『―――って、納得できるかぁ!!!』
バーンパレスの一角、オリハルコンのチェス駒たちが並ぶ保管庫。
そこに響き渡ったのは、巨大なずんぐりとした体躯を持つ――キングの駒であるマキシマムの、威厳もへったくれもない絶叫だった。
『我が輩の体を切り取り、キサマの武器やバーンパレスの強化に使うだとぉ!!?』
「バーン様のため、そしてボクがもっと楽しく遊ぶためさ。キミの無駄に大きくて硬いだけのボディを少しばかり提供してくれないかなァ?」
パニックに陥り激昂するマキシマムに対し、ボクは呆れたように肩をすくめた。
『ふ、ふざけるな! 我が輩はバーンパレスの最深部を守護する最強の王たるキング! そんな我が輩の体を削るなど、大魔王様が許すはずがないのである!』
「バーン様から許可は貰ってるんだけどねェ……。ほら 、好きに使えって」
そう言ってボクは懐から羊皮紙を取り出し、ひらひらと振って見せた。
そこには達筆な文字で【キングはキルバーンの裁量に委ねる】と記されていた。署名は大魔王バーン本人である。
『雑ッ!?大魔王様の命令書が雑すぎるのである!!』
キングが悲鳴のような声を上げる。
『大魔王様に撤回してもらう! こんな理不尽、我が輩のデータには微塵も存在しなかったのだぞ!!』
巨体を揺らしながら玉座の間へ駆け込もうとするマキシマム。
その光景がおかしくてたまらず、肩の上のピロロが甲高い声でちゃちゃを入れた。
「い〜けないんだ! 大魔王様に逆らっていけないんだ〜っ! キャハハッ!」
「……ピロロの言う通りだよ。バーン様が決めたことに異を唱えるなんて。これは、大魔王サマもガッカリしちゃうんじゃない? キミのあまりの使えなさに、さ」
『ぐ……き……貴様らァ~~~!!』
ボクの嘲笑うような言葉に、マキシマムはギリッと歯を軋ませて睨みつけてくる。
だが、その視線が細身のレイピアを見た瞬間。
怒りに歪んでいたマキシマムの顔が、ハッと何かに気づいたように止まり、次いで下品な笑みへと変わった。
『……ハッ!? いや、そうか! 計算するまでもないではないか! 貴様などに切り裂けるはずもない!フハハハッ! 我が輩のボディは神の金属、オリハルコンなのだ! 暗殺者風情が、傷一つつけられるはずがないのである!』
マキシマムは己の巨大な胸をドンッと叩き、勝ち誇ったように見下ろしてくる。
『いいだろう、好きにやってみるといい! その代わり、刃が折れて恥をかくのは貴様の方だがなぁ!! ウワッハッハッハ!!』
「言質は取ったからねェ……ウフフ」
ボクはレイピアを無造作に振るった。
ただし、刃に暗黒闘気は纏わせない。この後の回復魔法の通りが悪くなってしまうからねェ。
ヒュンッ、と。
風を切る音すら置き去りにするような、不可視の一閃。
『……ん? な、なんだ? 今、何か……』
己の脳内データと照らし合わせ、何事もなかったと安堵しかけた直後。
ズンッ……ドンッ!!!
『……へ?』
地響きを立てて、マキシマムの視界が突如として床へと落下した。
いや、違う。神の金属オリハルコンで構成された彼の手足が、胴体からあまりにも滑らかに切断され、時間差で床に崩れ落ちたのだ。
だるま状態となって床に転がったマキシマムは、己の断面と、少し離れた場所に転がる自分の四肢を交互に見比べ――。
『アギャアアアアアアアアアアア!!?』
バーンパレスの最深部に、王たる威厳の欠片もない汚い悲鳴が響き渡った。
『バ、バカな!? こ、この我が輩のオリハルコンのボディが……! あり得ん! 我が輩のデータには存在しない不条理だぞォォッ!!』
「キャハ! 痛い? 痛いよねぇ! でも安心して、すぐ直してあげるから!」
パニックを起こし、涙と鼻水を撒き散らして絶叫するマキシマムに向け、肩の上のピロロが無邪気に手をかざした。眩い光が降り注ぐ。ベホマだ。
瞬く間に切断面が発光し、新たなオリハルコンの手足が形成され、元の完全な状態へと生え揃っていく。
『あ……? な、直った……?』
欠損した体が元に戻る。己の真新しい四肢を見つめ、やがてマキシマムの顔に安堵と下劣な笑みが戻った。
『ハ、ハハッ! そういう事かキルバーン! 結局、大魔王様に言い訳するための素材さえ切り出せば、これ以上我が輩を痛めつける度胸はなかったという事だなぁ!?』
「……キミは何か勘違いをしているようだねェ」
ボクは足元に転がる『マキシマムの一部だったもの』を一瞥し、呆れたようにため息をついた。
「大鎌を新調し、バーンパレスの防壁を強化するんだよ? ……そんなちょっとで、足りるわけがないじゃないかァ」
『……は?』
「キミの身体のすべてを切り刻んでも、まだ足りないくらいさ」
その言葉の意味を理解した瞬間、マキシマムの巨体がガタガタと震え出した。
ただの『素材』として、生かしたまま何度も何度も切り刻む気なのだと、その空っぽな頭でもようやく理解してしまったのだ。
『や、やってられるかぁあああっ!!! こんな不条理に踊らされる我輩ではないわあっ!!! ショアッ!!!』
恐怖で完全に思考がショートしたマキシマムは、王としてのプライドもバーンへの忠誠も投げ捨て、その巨体に見合わぬ跳躍力で空高く飛び上がった。
チェスにおけるキングの逃飛。とにかくこの化け物から距離を取り、ポーンたちを盾にして逃げ延びようという必死の逃亡劇。
――だが。
「……逃げるなんて……酷いなァ」
『ヒッ……!?』
跳び上がったマキシマムの行く手には、すでにボクが立っている。
「勝手に退場されちゃ困るからさ」
ボクは軽く指を鳴らす。
パチン。
その瞬間、空中でマキシマムの体がぴたりと止まった。
『……え?』
両腕が開く。両脚が引かれる。
首まで動かない。
『な……!?』
「ようこそ。いい席を用意したからねェ」
トラップ発動――【デス・マリオネット】。
空間そのものへ縫い付けられたように、キングの巨体は一歩たりとも動けない。
『ギャアアアアッ!?う、動けん!! 離せェ!!』
力任せにもがくたび、拘束はわずかに軋むだけだった。 神の金属でできた四肢も、その檻を破ることはできない。
磔にされた獲物を眺めながら、ボクはレイピアを構え――ふと、その手を下ろした。
「……ただ切り刻むだけじゃ芸がないからねェ。せっかくなら、もっと楽しもうじゃないか」
「キャハハ! またロクでもないこと思いついたね!」
ボクは空中で磔にされたまま恐怖に顔を引きつらせるマキシマムを放置し、パチン、と指を鳴らした。
瞬時に展開されたのは――【ファントムレイザー】。
十三本の不可視の刃が、マキシマムの巨体を取り囲む。
「さてピロロ。音楽をかけよう」
「キャハハッ! 特製のオルゴールだね!」
ピロロが取り出したのは、真鍮色の古びたオルゴールだ。
ねじを巻く。流れ出したのは、ひどく歪んだ不気味なワルツの旋律。そのリズムに連動し、マキシマムを囲む見えない刃が、ゆっくりと回転を始めた。
『な、なんだこれは……!? 空間が、勝手に……ッ!?』
「ウフフ……『死神のオルゴール』さ」
ギュイィィィン……。
低く唸るような音とともに、不可視の刃が静かに迫る。
それは斬撃というより、精密な自動楽器のようだった。
三拍子の旋律に合わせて、ひと息ずつ、肉を削る。
――チロロン。
――ザンッ!
『ギャアアアアアアアアアッ!!』
歪なオルゴールの音色が【1拍目】
不可視の刃がオリハルコンを削ぎ落とす【2拍目】
激痛に狂う王が奏でる絶叫の【3拍目】
旋律、斬撃、悲鳴。
その三つが完璧なワルツの三拍子となって、静かな保管庫に響き渡る。
そして小節の区切りに合いの手を入れるように、ピロロの放つベホマの光が、皮肉なほど優しく傷を塞いでいく。
『あ、あァァッ……直っ……ヒィィィッ!?』
削る。癒す。削る。癒す。
乱暴なはずの作業が、おぞましいほど美しく整っていた。
再生した端から次々と刃が振るわれ、マキシマムの無様な悲鳴すらも、狂った楽器のように旋律へと強制的に組み込まれていく。
「……いいねェ。でも、そろそろテンポを上げようか」
ボクの合図に、ピロロが楽しげな合いの手と共にオルゴールのねじをさらに巻き上げる。
途端にワルツのテンポが跳ね上がり、見えない刃の回転が狂ったような速度へと変わった。
ズガガガガッ!!
『ガ、アアアァァ……ッ!!』
十数回と削られ、癒される激痛の無限ループ。
やがて絶え間ない絶叫にマキシマムの喉が限界を迎え、高音の悲鳴がガラガラの不気味な低音へと濁っていく。
『ギ……ッ……ゴォォ……ァ……ッ』
「おや、音が変わったね。低音が効いてきて、いっそう深みが増したじゃないか」
ボクは目を細め、タクトを振るうように指先を揺らした。
「でも、少しズレたねェ。そこは裏拍じゃなくて三拍目で叫ばないとさァ」
『ゴ、ガァァ……ッ!? そ、そんなデータは……存在しないィィイ!!』
「キャハハハッ! すっごく楽しそう!」
「うんうん。いい楽器は、壊れる寸前が一番響くからねェ」
再生したばかりのオリハルコンが、次の一閃で薄く、薄く削られていく。
花びらみたいに舞う金属片が、狂い咲くワルツの旋律に乗ってきらめき、静かな保管庫の床へと美しい雪のように降り積もった。
「ウフフ……キミは王様より、こっちの役の方が似合ってるよ」
ボクは指先をくるりと回し、まるで指揮棒でも振るうように空をなぞる。
「キミの自慢のデータには、こんな風に音を鳴らすなんて記されてなかっただろう?」
『や、やめ……!! 我が輩を、楽器みたいに……アァァァ!!』
そのガラガラに枯れた悲鳴を合図に、ファントムレイザーの回転はさらに臨界まで速まった。
ワルツは乱れず、ピロロの癒しの光も途切れない。
終わらない。止まらない。逃げられない。
そしてボクは、その中心で、静かに笑っていた。
「さあ、もっといい音色を聴かせておくれ。完全に心が壊れて、狂ってしまうその瞬間までねェ……」
* * *
死神のワルツが数十回ループした頃には、マキシマムはとっくに白目を剥き、気絶していた。
「だらしなーい! キングのくせに、もう壊れちゃったのォ!?」
「およしよ、ピロロ。コイツも一応、バーン様の大切な戦力の一つだからね。完全にポンコツになる前に、音楽は止めてあげようか」
ボクがパチンと指を鳴らすと、不可視の刃の回転が止まり、蓄音機のノイズ混じりの旋律もふつりと途絶えた。
静寂を取り戻した保管庫。空中に磔にされたままピクピクと痙攣するマキシマムの足元には削り出したオリハルコンが、美しい雪山のようにうず高く積み上げられている。
「……ウフフ。これだけあれば、ボクの新しい『死神の笛』を打つには十分すぎるねェ」
ボクは満足げにうなずき、部屋の隅でガタガタと震え上がっていたサイクロプスやガーゴイルといった下級魔族たちに声をかけた。
「さあ、さっさと運んでおくれ。……魔界一の武器職人、ロン・ベルクの工房へね。落としたら、キミたちも同じように削り落とすからねェ?」
ボクと目を合わせようともせず、慌ててオリハルコンの山を担ぎ上げた。逃げるように保管庫から運び出していく。
――そして、時は少し流れる。
マキシマムの悲鳴は、十分すぎる成果を残してくれた。
ロン・ベルクの手により、オリハルコンで鍛え上げられた死神の笛とレイピアは、見事に完成した。黒の結晶の出力と暗黒闘気に耐えうる、文字通りの最強の刃である。
さらに、彼の手によってバーンパレスの構造材へのオリハルコン加工も進められた。
……ただ、残念ながら改造は『一部の強化』だけで終わってしまったのだけれど。
理由は簡単さ。加工を行っていた張本人であるロン・ベルクが、バーンパレスを出奔してしまったからね。表向きは、大魔王のスタンスが気に食わなかったからだと言われている。
……まぁ、誇り高き天才鍛冶師に対して、ひたすらに要塞をオリハルコンでコーティングしていくなんて苦行を押し付けたことも、少なからず原因なんじゃないかなァ。
その際、大魔王の面目を潰した彼にミストが激怒し、顔面に消えない十字の傷を刻み込んだという話だ。ケジメの証として敢えて残したというから、いかにも職人気質の彼らしい。
ボクは完成したばかりの死神の笛を撫でながら、一人ごちる。
「……ロン・ベルクが出て行ってしまったのはボクのせいじゃあない。原作通りにイベントが進行しただけさ、ウフフ……」
ボクの武器さえ完成してしまえば、彼が魔王軍にいようがいまいが些細な問題だ。ダイたちの最強の武器を打つはずの彼が原作通りに出奔してくれたなら、それに越したことはない。
「さて……最高の武器は手に入れた。……でも、ボクたちが舞台に上がるには、まだ役者が揃っていないねェ」
「そうだね! 竜の騎士と冥竜王のドンパチだって、まだ終わってないしね!」
「ウフフ、その通り。ボクが最高の遊びを満喫するためには、まず歴史という盤面が原作通りに整ってくれないと。……会いに行くのは、それからでも遅くはないさ」
黒い道化師は不気味に笑い、肩の上の小鬼は邪悪に嗤う。
愛しの勇者たちが舞台へ上がる、その日まで。悠然と待ちわびるのだった。
高評価ありがとう
次回はバランとヴェルザー戦まで飛びます