第零話【プロローグ】by セルヴォ
さて、薄暗い店内の空気は、安価な潤滑剤の匂いと、拭いきれない埃の気配が混じり合って停滞している。
網膜センサーをなぞる赤、青、黄色――彩度ばかりが高い毒々しい照明が不規則に明滅を繰り返し、その明かりに照らされて、中央のステージでは女たちが艶かしく舞い踊っていた。
俺は両脇にしなやかな機体を従え、沈み込むようなソファに深く身を預けてその光景を眺めていた。悪くない気分だ。
右腕で隣に座る女の冷たい金属の肩を抱き寄せ、左手のグラスに満たされた琥珀色のオイルを口に含む。高純度の液体が喉を通り、電子回路を心地よく刺激していく。
グラスが空きそうになれば、絶妙なタイミングで別の女がしなやかな手つきで注ぎにやってくる。まったく、最高だ。
さて、この店は最高なんだ。
ここにいる女たちは、客である俺を悦ばせるという一点において、完璧にその任務を遂行している。視覚センサーを欺くような媚びた仕草も、グラスを空けさせない配慮も、すべては計算されたプロフェッショナルの仕事だ。
そう、俺はプロフェッショナルという響きを愛している。
プライベートの享楽と、泥を啜るような仕事の世界。その境界に明確なメリハリをつけ、どちらの領域でも完璧な自分であり続けること。それが最高にカッコいい生き様ってもんだ。
さて、ここの女たちとは職種こそ違うが、俺もまたプロフェッショナルの一人だ。
エデン軍リーダー直轄諜報部、通称『トゥルース』。
さて、四年前の戦争でラヴドに敗れ、一度は灰燼に帰した我らが『エデン』だが、実はこうして水面下で着実にその牙を研ぎ直している。俺はその暗部に身を置く超エリート集団、トゥルースの実行部隊員だ。
さて、もっとも今は束の間の休憩中。つまりは誰にも邪魔をされない、完全なる自由。
「さて、お前ら。これはチップだ。とっときな」
俺は無造作に、テーブルへ札束を放り出した。
プロフェッショナルは、その見事な仕事に見合っただけの報酬を受け取る権利がある。それがこの世界の正しい循環だ。まあ、この金は俺の懐が痛むわけじゃなく、エデンの公金をテキトーに使い込んでいるだけなんだが、そんなことは瑣末な問題だ。
さて、至福の時を謳歌していた俺の目が、入り口付近に紛れ込んだ「不純物」を捉えた。
極彩色のネオンが、その黄色く無骨なボディをチカチカと不規則に照らし出す。
同じ『トゥルース』に所属する俺の相棒、ビートだ。
あの糞がつくほど真面目なビートが、わざわざ自分からオイルの臭いと脂粉の香りに満ちたキャバクラへ、一杯やりに来るはずがねぇ。
アイツがこんな場所に姿を現したということは、答えは一つ。仕事の呼び出しだ。
ビート:「セルヴォ、デュオさんが休憩は終了だと」
ほら、やっぱりな。
だが、予定されていた休憩時間はまだ残っているはずだ。いくらなんでも早すぎやしねぇか。
「さて、デュオさんは他に何か言ってなかったか?」
ビート:「新人の紹介をするそうだ」
さて、こいつは相変わらず、プログラムされた通りにしか喋らねぇような淡々とした口調だな。
……ん? 今、新人とぬかしたか。
「さて、新人だぁ? そんな話、初耳だぜ」
ビート:「お前、こないだの会議中に居眠りしていただろ」
さて、心当たりがありすぎて何も言い返せねぇ。
俺の失態を指摘したビートが、ため息を吐いた。
へいへい、不真面目で悪かったな、この真面目すぎる優等生くん。
さて、会議の内容を忘れていたことは棚に上げよう。それよりも重要な確認事項がある。
「さて、その新人は男か? それとも女か?」
ビート:「女だ」
さて。俄然、興味が湧いてきたぜ。
退屈な仕事の合間のちょっとした刺激になればいい。しゃあねぇな、新人様とやらにお目にかかってやろうじゃねぇの。
「さて、……おい、釣りはいらねぇよ」
俺は店のママにテキトーな額の紙幣を掴ませて、ソファから腰を上げた。
出口に向かってビートと共に歩みを進めると、店の女たちが総動員で通路に並び、見送りにやってくる。
さて、さすがはプロフェッショナルだ。
たとえ裏では何を考えていようと、最後の瞬間まで客を大事にするその姿勢。
……さて。
じゃあ俺も、独りよがりの『プロフェッショナル』に戻るとするかね。
第零話【プロローグ】終わり