第九話【敗北】byリネル
「だからって、任務中に飲酒だなんて! 見損ないました! もう少し真面目に仕事をしてはどうなんですか!?」
叫んだ私の喉の奥が、怒りで熱く焦げ付くようだった。 もう、本当に、この人って最低!
エデン再興という組織の命運を懸けた瀬戸際に、あろうことか白昼堂々と酒場でオイルを煽っているなんて。トゥルースに配属されたあの日から感じていた「お荷物」だという予感は、今、確信に変わったわ。
あぁ……デュオさん、何で私をこんな人と組ませたのかしら。ビート先輩と一緒だったら、もっとスマートに、もっと誇り高く任務を遂行できていたはずなのに。
そんな私の苛立ちを嘲笑うかのように、事態は最悪の方向へ転がり落ちた。
『ヒャッハッハッハ! 今日からここは、ベルゼルガ盗賊団の貸し切りだぁ!!』
酒場の厚い扉が蹴り破られ、雪崩れ込んできたのは下劣な笑みを浮かべたならず者たち。ベルゼルガ盗賊団。逃げ惑う村人たちの恐怖に怯える目を見た瞬間、私の内の正義感が爆発した。村を理不尽に焼いたあのラヴドの蛮族どもと同じ。弱者を蹂躙する連中を、私は絶対に許さない!
「先輩、敵です! 戦いましょう!」
私は座り込んだままの不甲斐ない先輩に参戦を促した。けれど――。
セルヴォ:「さて、落ち着け後輩。真の敵さんはまだ登場してねえぜ」
冗談でしょ……? 略奪が始まろうとしているのに、まだ「ターゲット」がどうのと理屈を並べて見逃すつもりなの?
「何言ってるんですか……村の人達が困っているのに黙って見ているんですか!? 最低、職務怠慢もいいところだわ!」
もういい。この人は頼りにしない。私は椅子を蹴り飛ばし、賊の群れへと単身突っ込んでいった。
私の出現に狼狽える下っ端たちの頭部に、飛び膝蹴りを叩き込む。装甲を砕く感触。なんだ、全然大したことないじゃない。囲んでくる連中の攻撃は、どれも動きが素人同然。最小限の挙動でいなし、回し蹴りで数人を纏めて薙ぎ払う。
「オールデストロイ!!」
メダフォース解放。背を向けた者すべてを無慈悲に粉砕する、私だけの必殺の衝撃波。逃げ惑う連中の頭部パーツが次々と弾け飛ぶ。残った奴らは戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように店外へ逃げ出していった。
どうよ、セルヴォ先輩。私一人でも、これくらいやれるのよ!
勝利を確信し、誇らしげに胸を張った私の前に、その『影』が音もなく降り立った。
ベルゼルガ:「フン……なにやら騒がしいと思って来てみれば、何者だ」
銀色の重厚な装甲を纏った悪魔、ベルゼルガ。彼がそこに立っただけで、酒場の空気が冷え切ったような錯覚に陥る。これまでの雑魚とは次元が違うプレッシャー。でも、今の私なら!
「あんたが……ベルゼルガね」
ベルゼルガ:「フン……いかにも」
「村の人達のため……あなたを倒す!!」
先手必勝。私は全力で地を蹴り、ベルゼルガの懐へ躍りかかった。けれど、その瞬間。私の全感覚が、絶望的な予感を検知した。
ベルゼルガ:「フン……奴らを倒して調子に乗ったか? 強者の驕りは醜いぞ」
ベルゼルガの右腕が、白銀の閃光を放つ。 ――え? 回避が追いつかない。視界が真っ白に塗り潰され、衝撃が全身を貫いた。
「き ゃ あ あ ぁ ぁ ぁ !!」
サクリファイス。自らの腕を爆薬に変えた、絶対破壊の一撃。私は自分がどうなったかも分からぬまま吹き飛ばされ、酒場の壁に激突。そのまま泥とオイルの混じった床へと崩れ落ちた。
ベルゼルガ:「フン……我が高みへの導き手となると思ったが、残念だ。強者になり損ねた弱者よ」
視界に激しいノイズが走る。指先一つ動かない。そんな無様な私を見下ろすベルゼルガの背後から、さらに屈辱的な足音が近づいてきた。
セルヴォ:「さて、ひっこんでな、糞野郎」
―――ッ、ガツン!!
セルヴォ先輩の足が、動けない私の背中を容赦なく踏みつけた。何なの……助けてくれないどころか、こんな時まで私をゴミのように扱うなんて。悔しさと痛みで意識が遠のきかけたその時、先輩が乱暴に私の腕を掴んで立たせると、そのまま入り口の方へと蹴り飛ばした。
「痛っ……! なんで……」
頬を打つ衝撃。でも、その瞬間。私の掌の中に、小さな『紙切れ』が握らされていたことに気づいた。 先輩が、蹴り飛ばした瞬間に手渡した……?
私は顔を伏せたまま、震える指先でその紙を開いた。
〝さて、いずれ隙ができるから、お前の頭のデストロイをやれ〟
殴り書きされた、たった一行の指示。 ……そうか。先輩のさっきの暴挙は、ベルゼルガの目を私から逸らし、このメッセージを隠密に渡すための『演技』だったんだ。
私は即座に判断を切り替え、気絶したふりをして機を待った。視線の先で、先輩がソードを構えてベルゼルガと対峙する。
ベルゼルガ:「フン……貴様は何者だ」
セルヴォ:「さて、アンタをぶん殴りに来た、プロフェッショナル様さ」
不敵に口端を吊り上げる先輩。ベルゼルガの左腕が、再び禍々しい輝きを放ち始める。
刹那、サクリファイスが爆ぜた。目にも留まらぬ速度で放たれた光線を、先輩は「うっひょー♪」と軽い声を上げながら横に跳んで回避し、着地と同時に反撃のソードを突き出した。
けれど、ベルゼルガの方が上手だった。奴は頭パーツ『ヘルメット』を光らせると、消失した右腕を瞬時に再構成し、先輩の斬撃を正面から受け止めてみせたの。
ベルゼルガ:「フン……。なかなかの強者だ。だが我が高みには程遠い!!」
即座に、再生した左腕から二発目のサクリファイス。回避不能の距離。先輩は咄嗟に腕を交差させて防御したが、その衝撃に耐えきれず、私から数メートル離れた壁へと派手に叩きつけられた。
ベルゼルガ:「フン……寸前で防御か。だが、傷が深いようだな」
装甲を激しく損傷させ、白煙を上げながらも、先輩はゆらりと立ち上がった。
セルヴォ:「さて、余裕こいてんじゃねえぞ。強者の驕りは……醜いぜ」
先輩の手から放たれた小さな光が、ベルゼルガの足元で爆発的な火柱へと変わった。
ベルゼルガ:「何……!?」
セルヴォ:「さて、なんてこたぁねぇ。アンタに一発食らった時に、ついゲロ吐いちまっただけさ」
ゲロ……そうか、さっき飲んでいた強いオイル! 先輩は自分が吐き出したオイルにマッチを投げ込んで、即席の火炎瓶としてベルゼルガを炎に包んだんだわ。
その時だった。私の頭の中に、直接データの濁流が流れ込んできた。
「!? 」
これは……ベルゼルガの機動、出力、そして装甲の薄い部分をミリ単位で解析した最適化データ。 ――索敵!
先輩は、炎をサクリファイスで払いのけるベルゼルガと対峙しながら、頭部の索敵パーツで敵を解剖し続けていたんだわ。そして、そのデータを伏せている私にだけ送り続けている。
私の頭パーツのデストロイは、一度の戦闘で一度しか使えない上に命中精度が絶望的。でも、先輩の『知略』があれば、それは命中率百パーセントの死神の鎌へと変わる。
ベルゼルガ:「フン……実力の至らぬ分を工夫で補うか。感謝しよう……貴様は我を高みへとまた一歩近づけてくれそうだ」
セルヴォ:「さて、高みだか何だか知らねぇが、勝手に登ってな!!」
先輩が再びベルゼルガへと肉薄した。 だめよ、今跳び上がったら!
私の危惧した通り、空中へ逃げ場を失った先輩を、ベルゼルガのサクリファイスが三度捉えた。先輩の機体は無慈悲に四メートル後方の壁へと叩きつけられる。
ベルゼルガ:「フン……。残念だ。貴様ならば、我に新たな試練を示してくれると思っていたのだがな」
ベルゼルガが勝利を確信し、とどめを刺そうと先輩へ向かって歩み寄る。その背中。私に向かって完全に無防備に晒された、無垢な鋼鉄の隙間。
壁際で、震える膝に力を込めて立ち上がった。
セルヴォ:「さて……。試練が欲しいなら…… く れ て や る ぜ ! ! ! ! 」
合図。私はバネ仕掛けのように跳ね起きた。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
先輩から送られた最終座標をトリガーに、私は残された全出力をデストロイへと注ぎ込んだ。
―――ド、オォォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい衝撃波。ベルゼルガの強固な装甲が内側から粉砕され、巨躯が膝から崩れ落ちていった。
……勝った。
でも、喉の奥に苦いオイルの味が広がる。この勝利は、私の実力じゃない。
私はずっと、セルヴォ先輩を見下していた。でも、本当の『プロフェッショナル』は私の方じゃなかった。どんなに泥を啜っても、自分が盾になってでも任務を完遂させる――その冷徹なまでの執念。私には、それが致命的に欠けていたんだわ。
ベルゼルガ:「フン……やられたな。我の負けだ」
セルヴォ:「さて、いさぎがいいな。不意打ちだからズルい! とか言うと思ったぜ」
ベルゼルガ:「フン……敗者の言い訳など醜いだけだ。さぁ……我を好きにしろ。弱者は強者に、敗者は勝者に従う……それが我が掟だ」
そこで私の意識は、過負荷に耐えかねてぷつりと途切れた。
―
「……はっ!!」
目を覚ましたのは、エデン本部のメンテナンス・ベッドの上。
上半身を起こすと、傍らで足を組んで退屈そうに座っている青い影があった。
セルヴォ:「さて? 目が覚めたか。テメー、いきなりぶっ倒れやがって。担いで運んできた俺の身にもなりやがれ」
「セルヴォ先輩!」
私は思わず叫んだ。驚く先輩を無視して、一気にまくしたてる。
「私……先輩には敵いませんでした。全然、分かっていませんでした。あんな態度をとって、本当に……」
セルヴォ:「さて、当たり前だろーが。トゥルースのセルヴォ様に、そう簡単に勝てるわけねぇだろ」
先輩はニヤリと笑うと、私の額にデコピンを一つ食らわせた。痛いってば。
セルヴォ:「さて、……ま。今回のことを反省したんなら、少しは成長したってことだ。次はしっかりやれよ、リネル」
先輩は立ち上がり、出口へと歩き出す。そして最後に、追い打ちをかける。
セルヴォ:「さて、女としての魅力がないのは相変わらずだがな♪ 仕事くらい出来なきゃ、ただの不法投棄ゴミだぜ?」
…………この人やっぱムカツク!!!
私の思考回路が、再び怒りの火花を散らす。でも、もう以前みたいな「見下し」じゃない。
「セルヴォ先輩!! 私、たった今、目標が決まりました!!」
セルヴォ:「さて、目標?」
「いつか絶対に先輩を追い抜いて、私があの格好いいビート先輩の……『真の相棒』になってみせますから!!!」
宣戦布告。先輩は振り返らず、ただヒラヒラと手を振って去っていった。
見てなさい、セルヴォ先輩。私の『真実』は、ここから始まるんだから!
第九話【敗北】終わり