第十話【APPEARANCE of GOD EMPEROR】byビート
ここが、メダロッ島か。
潮風に混じる錆の匂い。視界の端で、かつて子供たちの歓声を乗せていたはずの観覧車が、死骸のような軋みを上げて揺れている。
今回の任務は、この島に遺された遺産の調査だ。記録によれば、大昔にこの地で開発された兵器型メダロットが暴走し、大規模な事故を起こしたという。兵器型といえば、ラヴドの『ビーストマスター』がその代表格だが、もし同等の火力を備えた個体を確保できれば、結成間近の『十二使徒』にとってこれ以上の戦力はない。
当時の個体はすべて回収・解体されたというのが公式の記録だ。だが、デュオさんが発掘した古い研究レポートと、当局の回収記録には数の齟齬がある。つまり、この島のどこかに、開発者によって意図的に隠匿された個体が存在する可能性が極めて高い。
セルヴォとリネルが本命の『ベルゼルガ』に回った以上、この不確定要素を確実に処理するのが、俺に課せられた役割だ。
それにしても。
誰もいない遊園地というのは、これほどまでに不気味なものか。
人間が支配していた黄金時代には、一歩踏み出すのも困難なほどの人だかりで溢れていたというが。今となっては、放置されたコースターのレールは空へ向かって剥き出しの鋼材をさらし、錆びついたカートは脱線して無残に転がっている。かつての栄華を誇ったコロシアムも、今や石材が剥落し、古代の円形劇場のような悲哀を晒していた。
……唯一、あのお化け屋敷だけは評価できるな。演出ではない本物の死の気配が、装甲を撫でる風とともに漂ってくる。
俺は周囲の熱源を走査しながら、島の中央に位置する『ミルキー城』へと足を進めた。
かつては夢と希望の象徴だったはずのその外観も、ひび割れた壁に蔓が絡まり、今や勇者を待ち構える魔王の居城にしか見えない。
城内へ侵入する。アトラクションの残骸が並ぶ通路を抜けて奥へ進む。
デュオさんから転送された地図の座標を確認し、壁の一角に指をかけると、呆気なくそれは見つかった。
……あった。隠し階段。
カモフラージュの形跡すら満足にない、あまりにも分かりやすい仕掛け。
当時の人間たちは、本気でこれを隠し通せると考えていたのか。あるいは、隠蔽という概念そのものが未発達だったのか。これでは隠密の素人であっても数分で辿り着くだろう。俺はため息を一つ吐き出し、埃の積もった階段を地下へと降りていった。
階段を下りきった先には、いかにも研究所といった風情の、無機質なコンクリートの回廊が続いていた。
壁面の至る所には、強引に抉じ開けられたような凹みや、高熱のレーザーで焼かれた跡が刻まれている。大昔の暴走事故の記録は、どうやら事実だったらしい。
さらに深部へ。侵入者を防ぐためのセキュリティがいくつも設置されていたが、そのどれもが子供騙しのトラップに過ぎなかった。
……ただ、途中の『方向感覚を物理的に狂わせる床』だけは、僅かに……本当に、僅かにだけだが手間取った。これを発案した研究者の性格については、一度じっくりと解析してみたいものだ。
ようやく辿り着いた最深部。
そこは、戦場の跡のような惨状だった。壁には巨大な風穴が開き、剥き出しの配線が虚しく放電を繰り返している。
部屋の中央。一際目を引く、巨大なフラスコ状の培養カプセルが鎮座していた。俺は慎重に歩み寄り、操作パネルに残された『開』のボタンに手をかけた。
プシュー、という減圧音。
カプセルは桃太郎の桃が割れるように、滑らかに左右へと展開された。
中から元気な男の子でも出てきそうな勢いだな、とか思っていれば――。
そんな俺の想像は、コンマ数秒後に完全に粉砕された。
オ ン ギ ャ ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ オ オ ォ ォ オ イ ィ ィ ァ ギ ャ ア ア ア ア ォ ア ァ オ ! ! !
――出た。
とびきり元気なヤツが。
「……っ、ぐ……っ!!」
なんだ、この、不快な周波数は。
単なる音量が大きいのではない。スピーカーから放たれたノイズが、俺の耳を通じて、直接電子頭脳の論理回路を侵食してくる。平衡感覚が麻痺し、姿勢制御もおぼつかない。
視界にノイズが走り、一歩も動けぬまま膝を突きそうになった、その時。
『キシャーーーーー!! 目覚まし時計にこれはきびしいぜ!!』
背後から、不敵な叫びと共に、巨大な圧力が俺を包み込んだ。
……!?
フラスコからでてきた元気な男の子(仮)以外に、まだ誰か生きているのか。
『キシャッ!? なんだお前!! まぁいいや、こっちへ来い!!』
謎の第三者は、俺の身体を無造作に掴み上げた。
ふらふらとした不安定な足取り。にもかかわらず、その加速は凄まじい。俺を担ぎ上げたその影は、最深部のさらに奥にある、厚い防護扉の向こう側へと俺を運び込んだ。
――ガシャン!
扉が閉まると同時に、あの精神を焼き切らんばかりの絶叫が遮断された。
「……助かった。とりあえず、一息つけるようだが」
『まぁ、応急処置だけどな!』
俺を下ろした相手を見上げ、言葉を失った。
白い装甲。多脚型の戦車のような下半身。そして、全身から突き出した、過剰なまでの重火器の銃口。
間違いない。これこそが、俺が捜し求めていた兵器型メダロットそのもの。
現状を打破し、任務を遂行するためにも、まずはこのイレギュラーと対話をする必要がある。俺は乱れた思考を整え、冷静に問いかけた。
「ところで、あんたは……?」
『キッシャッシャッシャッシャ!! 俺はゴッドエンペラー!! それ以外は今から思い出すから待ってくれ!! 何せ、さっきまでずっと寝てたからな!! キッシャッシャッシャッシャーー!!!!』
豪快に笑声を上げるゴッドエンペラー。
俺は一つ、尋ねたかった。
この地獄のような状況の、一体どこに笑える要素があるのか、と。
第十話【APPEARANCE of GOD EMPEROR】終わり