第十一話【忘れた】byビート
ゴッドエンペラー:「キッシャッシャッシャ!! やっぱ忘れたぜ! 結局オレって誰なんだ?」
これほど凄惨な現場に立っていながら、この男は心底楽しそうに笑っていた。
外見の威容と全身に施された重火器の配置からして、こいつが目的の兵器型個体であることに疑いの余地はない。だが、現時点での優先事項は、こいつの素性を洗うことではなく、この呪われた迷宮から安全に離脱することだ。
俺は周囲を走査した。利用できそうな資材はないか。しかし、視界にあるのはひしゃげた鉄材と、不自然なほど大量に散乱した「使用済みバクチク」の残骸だけだ。なぜ、こんな子供の遊びのようなものが、最先端の研究施設にこれほど……。
「お前の記憶は後だ。とにかく、この状況を打破する協力をしろ」
期待はしていなかったが、一応は問いかける。記憶を失っているとはいえ、こいつはこの場所の
ゴッドエンペラー:「キシャッ? この状況?」
「ここから脱出するか、あの赤ん坊を泣き止ませるかだ。どちらか選べ」
ゴッドエンペラーは数秒の間、腕を組んで思案するような仕草を見せた。その間も、冷却ファンの唸りとは異なる不気味な重低音が彼の機体から漏れ出している。やがて、彼は顔を上げた。
ゴッドエンペラー:「キシャッ! ここから出たいんだな! だったら……」
刹那、ゴッドエンペラーの左腕が、不自然な角度で真上の天井へと向けられた。
嫌な予感がした。止めようとした俺の声よりも、彼が引き金を引く方が遥かに速い。
ゴッドエンペラー:「デス!! レーザー!!!」
―――ッ!!
咆哮と共に放たれたのは、視覚センサーを焼き切らんばかりの白銀の閃光。
超高温の熱線は、何層にも重なった厚いコンクリートの天井を紙細工のように容易く融解させ、地上へと続く巨大な垂直の穴を穿った。
凄まじい破壊力。……だが、同時に物理的な必然が俺たちを襲う。
「……はッ!!?」
支えを失った数トンの天井が、轟音と共に俺たちの頭上へと降り注いだ。
ゴッドエンペラー:「キシャーーーーッ!!?」
俺は咄嗟に駆動系を限界まで励起させ、崩落の範囲外である隣の部屋へと飛び込んだ。
本当ならば、隣にいるこの巨躯を助け起こすべきだったかもしれない。だが、あの鈍重な多脚型があの速度の崩落から逃れる術はないと、俺の思考回路が冷徹に弾き出していた。
だが。俺は、兵器型メダロットの本質を完全に見誤っていた。
ゴッドエンペラー:「デス!! ブレイク!!!」
瓦礫の山の中から、空間を押し潰すような不気味な重圧が噴き出した。
強力な重力波。降り注ぐコンクリートの塊は、ゴッドエンペラーを中心とした一点に向かって強引に圧縮され、彼の周囲にだけは奇跡的な「空隙」が生み出されていた。
土煙が舞う中、ゴッドエンペラーは何事もなかったかのようにその場に佇んでいた。彼は呆然とする俺に向かって、茶目っ気のある笑みを向けた。
ゴッドエンペラー:「キッシャッシャ! 見ての通り失敗だ! スマン!!」
謝りながら笑うな。お前は一体、何がそんなに面白いのだ。
しかし、呆れている余裕はなかった。
今の派手な破壊によって、この階層を仕切っていた防壁がいくつも崩壊した。
それはつまり。
オ ン ギ ャ ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ ! ! !
遮蔽されていた「あの声」が、遮るものなく俺たちの脳天を直撃した。
「逃げるぞ!!」
叫んだものの、俺の脚部は思うように動かなかった。
耳から侵入するあの高周波。それにより思考を邪魔され、姿勢制御すらままならない。ゴッドエンペラーの実力は十分理解した。だが、今この瞬間に俺たちがスクラップにされれば、すべては無に帰す。
死の予感。
意識が混濁し、目の前の景色がノイズで塗り潰されていく。
……ん?
不意に。
世界から、あの耳障りな雑音が消えた。
重い身体を無理やり持ち上げて視線を向けると、そこには、赤ん坊と俺たちの間に立ち塞がる「不思議な盾」があった。
幾何学的な模様が刻まれた、透き通ったエネルギーの防壁。
静寂。
あの不快な苦痛が、嘘のように凪いでいた。
この盾があれば、あの赤ん坊の干渉を封じることができる。俺は無意識に、その盾へと手を伸ばした。これを確保しなければならない。
だが。その指先が光に触れる寸前、脳内に直接響く「声」があった。
〝…………違う〟
拒絶。
冷たく、けれどどこか寂しげな声。
次の瞬間、盾は生き物のように俺の手をすり抜け、彼方へと飛び去っていった。
オ ン ギ ギャ ア ア ア ァ ァ ァ ァ ア ッ ! ! !
再び訪れるノイズの地獄。
今度こそ、俺の論理回路は限界を迎えた。意識が深い闇へと沈んでいく中、最後に見えたのは、俺を担ぎ上げて穴の向こうへと跳躍する、白い巨躯の影だった。
―
ゴッドエンペラー:「キシャッ!! 気づいたか?」
次にセンサーが捉えたのは、眩い空の光と、自分を覗き込むゴッドエンペラーの顔だった。
どうやら、城の外まで運び出されたらしい。頭部ユニットがズキズキと痛み、エラーログが網膜を横切る。
「……忘れた」
ゴッドエンペラー:「キシャッ!? 俺のこと忘れたか?」
「いや。お前はゴッドエンペラーだ。それは覚えている。だが、あそこからどうやって脱出したのか……肝心な箇所の記憶が脱落している」
精神に受けた強い衝撃の代償か。俺の記憶からは、あの脱出時の詳細なデータが、一片も残らず消去されていた。
ゴッドエンペラー:「そりゃそうだ。俺も相当ヤバかったからな!! お前担いで逃げたことしか覚えてねえよ、キッシャッシャッシャ!!」
楽しそうに語るゴッドエンペラーを尻目に俺は必死に思い出そうとするが……ダメだ。忘れた。
覚えていることは、目の前にいるこの男が強いという事。
あとは赤ん坊に出会ったこと。どうやってあの状況を打破したかは覚えていない。
ゴッドエンペラー:「ところでよ~。オレは今起きたところでどこにも行く所が無いんだわ。アンタどうにかしてくんねえか?」
おっと危ない。
任務の内容まで忘れるところだった。
こいつを連れて帰らねば。
「俺の所属している組織に来ないか。……主な仕事は、戦闘になるだろうが」
ゴッドエンペラー:「キッシャッシャッシャ、じゃあそこだ!! オレ、こう見えて暴れるの好きなんだぜ!」
……だろうな。
こうして俺は、新たなる十二使徒――破壊の皇帝をエデンへと引き入れた。
報告書には「脱出の詳細は忘却した」と正直に記すべきか。……いや、適当に理論武装をして、デュオさんの追及を煙に巻くとしよう。
―
エデン本部への帰還後。
ゴッドエンペラーを専用区域へ収容し、俺はデュオさんへの報告を済ませた。
脱出の不自然な経緯については、彼が持つ重力兵器の余波による記憶の乱れだという説明で、なんとか押し通した。デュオさんの興味が脱出よりも、彼の驚異的な火力へと向いていたのが幸いだった。
その後。デュオさんに命じられ、セルヴォとリネルを呼びに向かう。
リネルが任務先で倒れたらしく、セルヴォが渋々ながら看病を担当しているという。
セルヴォ:「ハッハッハッハ!! 傑作だ! 笑い死ぬッ……!!」
リネル:「ちょっと、笑わないでくださいよ! 私は真剣なんです!」
扉の向こう側から、騒がしいやり取りが聞こえてくる。
不真面目な先輩と、熱血すぎる新人。どうやら、俺のいない間にこの二機の間には、奇妙な均衡が生まれたらしい。俺が部屋に入ると、一瞬だけ時が止まったような沈黙が訪れた。
やはり、俺のような堅物は、この二機の輪に入るには不向きなのだろう。
「……盛り上がっているところ悪いが、デュオさんが呼んでいる」
リネル:「わ、分かりました! ほらセルヴォ先輩、行きましょう!」
セルヴォ:「さて、……うまく逃げたな♪」
ビートは、逃げるように部屋を去る二人を見送り、微かなため息を吐いた。
他人と接するのは、やはり苦手だ。
主任の元へ向かう道中、リネルは「十二使徒が一度に三体も揃うなんて、この任務も楽勝ですね!」と無邪気に喜んでいた。
だが、セルヴォは冷淡にその言葉を遮った。
セルヴォ:「さて、今までの奴らは、正直で、素直な、バカな良い奴らだったから扱いやすかっただけだ。……もし、物凄く頭が良くて、物凄く性格が悪い奴が出てきたら。その時が俺たちの地獄だぜ」
その言葉の意味を、俺たちは間もなく知ることになる。
デュオ:「……ぉ・つ・か・れ♪ 待ってたわょん。……新しぃ任務ょ」
デュオさんの表情が、一瞬で「外面」の仮面の下に潜む、鋭利な司令官のそれに変わった。
デュオ:「まず初めに。……あの組織が壊滅したわ」
――ッ。
『あの組織』。戦後の混乱に乗じ、違法パーツと暗殺でいくつもの街を支配した犯罪結社。ラヴドでさえ手を焼いていたあの大組織が。
「たった一人の探偵によって、壊滅したわ」
その言葉に、俺は驚愕を漏らした。
一人で?
デュオ:「で、今回の任務はぁ、その探偵の居場所を突き止めたからぁ……。誰か、調査にぃってきてちょーだぃ♪」
リネルが、名誉挽回と言わんばかりに真っ先に手を挙げた。
「調査だけなら」という条件で、デュオさんは軽い調子で許可を下す。
"……もし、物凄く頭が良くて、物凄く性格が悪い奴が出てきたら。その時が俺たちの地獄だぜ"
だが。俺の思考回路には、先ほどのセルヴォの不吉な予言が、ノイズのように響き続けていた。
デュオ:「ターゲットの機体は、ブラックスタッグ。……わかっているのは、これだけょん♪」
そのブラックスタッグが、俺たちの前に立ちはだかる最強最悪の存在であることに、その時の俺たちはまだ、気づいていなかった。
第十一話【忘れた】終わり