第十二話【APPEARANCE of RYU】byリネル
探偵がいる場所といえば、探偵事務所だ。それは道理だけれど、そもそもこんな険しい山奥に事務所を構えて、一体どこの誰が依頼に来るっていうのよ。
私は生い茂る木の枝を強引に払い除けながら、終わりの見えない斜面を登り続けていた。機体の各関節が泥を噛んで嫌な音を立てている。
っていうか、こんなところに住んでて不便じゃないのかしら?
一歩進むたびに足元の腐葉土に脚部が沈み、視界を遮る蔦をかき分けなきゃならない。
っていうか 偵察に派遣された私の身にもなってみやがれ!
……なんて、かつての古いRPGに出てきた道化師みたいな毒づきを心の中で吐き散らしながら、私は執念で山道を突き進んだ。
やがて、その「異形」は姿を現した。
俗世の色彩を一切拒絶したような、無機質な灰色の立方体。
建物の屋根からは、ビニールハウスで過保護に育てられた作物の如く、不気味な数のアンテナが天に向かって生え揃っている。
あそこまで徹底して電波を拾い上げれば、外界の情報を貪り食うには十分すぎるでしょうね……。
私はすぐに突入したい衝動を抑え、まずは周囲の走査を開始した。
あの巨大組織をたった一人で壊滅させた探偵よ。まともな白兵戦を挑んだとは思えない。
正面から来た者を確実に屠るための、悪趣味な「罠」が仕掛けられていると考えるのがプロの常識。
――予想は、的中。
センサーを研ぎ澄ませて罠を探し始めてから三時間半。
百から先は数えるのが馬鹿らしくなったけれど、足元の石ころ一つにまで細工が施されているような、狂気的な地雷原。
ターゲット自身はどうやって出入りしてんのよ!! と頭の中で叫び散らして、ふと気がついた。
……そうか。正常な足場なんて、最初からどこにもないんだわ。
特定の順序で、特定の荷重をかけたときだけ安全に作動する――。
私は自分の演算能力をフル回転させ、パズルを解くようにルートを割り出していく。入口のドアノブを握るまでに、実に六時間もの時間を費やすことになった。
気になるのは、その間、建物内には全くと言っていいほど動体反応がなかったこと。
これだけのアンテナを張り巡らせていながら、受信した形跡すらない。
ターゲットは不在? それとも、そもそもここにはいない……?
もし別の拠点があるのなら、この内部にそのヒントがあるはず。それをエデンに持ち帰れば、私の「魔王セルヴォ先輩からビート先輩姫を強奪する逆転物語」は大きく前進するわ! フフフ……。
……おっと。任務に私情を挟むのは厳禁。またあの青い先輩に嫌味を言われるのは御免だわ。
私は深呼吸を一つして、細心の注意を払いながら内部へ侵入した。
――そこにあったのは、徹底的な「空虚」だった。
外にあれほどの地雷を埋めておきながら、屋内には何の仕掛けもない。
整然と並べられた機械群。けれど、トゥルースとしての知識が私に告げている。
ここにあるのは情報を保管する端末じゃない。ネットワークに繋ぐためだけの、それも「一方的な発信専用」の設備ばかり。
まさか。ここは
「ようこそ、私の探偵事務所へ……」
天井のスピーカーから、変声機を通した平坦な声が降り注いだ。
やっぱり。ここはダミーだわ。本体は別の安全な場所から、この部屋に入った私を監視している。
「……はじめまして。私は、そうですね――竜とでも呼んでもらいましょうか」
竜。姿も見せぬその主は、不気味なほど落ち着いた調子で私を値踏みしていた。
竜:「少し私と遊んで行きませんか?」
「……は?」
誘いの意図が読めず、私は思わず顔に出てしまった。
竜:「この建物内に入ってきただけでも、貴方が一般人でないことはわかります……。私を楽しませてくれる気がするのです」
「どういう遊びをするわけ?」
竜:「そうですね……。私がいくつか質問をします。貴方はYESとNOだけで答える。というのはどうでしょう」
心理テストのつもり? 私が何者かを探ろうとしているのね。
でも、ここで正体を明かすわけにはいかない。エデンの再興を知られることは、組織の破滅を意味する。
私は即座に、自分自身の「設定」を構築した。
――私は噂の探偵に憧れ、弟子入りを志願してやってきた純粋な迷える乙女。よし、これで通すわ。
竜:「貴方は私に敵対心を抱いていますか?」
「No!」
竜:「貴方には友達はいますか?」
「Yes」
竜:「貴方は何らかの組織、団体に属していますか?」
「……No」
いくつかの質問が矢継ぎ早に続く。私は作った「設定」に忠実に答え、ある時は嘘を、ある時は真実を織り交ぜて回答を続けた。
これで完璧。ボロなんて出るはずがないわ。
竜:「……それでは最後の質問です。貴方はエデンという組織を知っていますか?」
「……っ」
最悪の質問。心臓が跳ねる。でも、エデンなんて誰もが知る歴史上の組織よ。乙女らしく答えればいい。
「Yesよ」と口を開きかけた、その時だった。
竜:「分かりました。ご協力ありがとうございました」
竜は、私の回答を待たずに通信を打ち切った。
その瞬間、私の頭に、最悪の推論が閃光のように駆け抜けた。
こいつ、私の「回答内容」なんて、端から見ていなかったんだわ。
各質問に答えるまでの数ミリ秒の迷い。声のピッチの変化。そして、どの問いで思考がどれだけ停止したか。
竜は、私がYESかNOかを選ぶ「過程」そのものから、私の素性を解析していた。
わざと気づかせるように途中で切り上げたのは、私が掌の上で踊らされていた事実を突きつけ、絶望させるため。
竜:「……私を楽しませてくれる気がするのです」
あの言葉の意味をようやく理解したとき、全身の装甲が恐怖で軋んだ。
セルヴォ先輩の言葉が呪いのようにリフレインする。
"……もし、物凄く頭が良くて、物凄く性格が悪い奴が出てきたら。その時が俺たちの地獄だぜ"
竜にとって、私はもう「解析済みのゴミ」。
竜:「それでは……さようなら」
――ピッ、ピッ、ピッ……。
足元から聞こえてくる、死を告げる電子音。
見たくないけれど、確認せざるを得ない。床のタイルの隙間、そこに設置されていた時限爆弾の液晶が、冷酷な現実を刻んでいた。
〝残り二秒〟
……逃げ切れるわけないじゃないのよ!!
―――ズ、ガ、アァァァァァァァァァァンッッ!!!!!
背中を巨大な槌で叩かれたような衝撃。
意識が千切れる寸前、私は最大出力のデストロイを爆風の芯へと叩き込んだ。
私のデストロイはかのDVL型メダロット、ブラックメイルの最大出力のゴーストとほぼ同じ威力。
それが爆風を発生源の床ごと砕いて威力を逃がしたのか、あるいは単なる幸運か。
「……ぐっ……あ……う……」
気がつくと、私は焼け野原の真ん中に倒れていた。
視界が明滅し、身体のどこを動かすこともできない。
??:「ずいぶんと大きな傷……ダメージを負ったようだね」
不意に、上空から穏やかな声が降ってきた。
あんな事件の直後よ。私は死に物狂いで警戒しようとしたけれど、指先一つ動かない。
「な……何……者……?」
「覚えていないかい? 以前、君と一緒にエデンの残党とラヴド兵の戦いを眺めた者さ」
――あ。あの時の、大天使……。
「あの……時のパ…ーティ…クル」
「フフフ……覚えてもらえて光栄だよ。僕はナギサ。パーティクルのナギサさ」
彼は春風のような微笑みを浮かべると、私の機体背面へ手を当てた。
温かな光が全身を包み、体の痛みが引いていく。
ナギサ:「道に迷っていたところ大きな爆発……エクスプロージョンを目撃してね。来てみれば君が倒れていたというわけさ。運命…デスティニーを感じるよ。そうだ、君の名前…ネームを聞いておこうか」
この世にはびこる悪の存在など欠片に信じていないかのようなそんな顔だった。
多分、悪い人じゃないっぽい?
「リネ…ル」
自然と私は自分の名前を口にしていた。
ナギサ:「リネル……いい名前だ。それでは僕はそろそろ行くよ。そのうち騒ぎを聞きつけたラヴド兵がやってくる。僕はあまりラヴドが好きでないからね。退散させてもらうよ」
待って! 私だってラヴドは嫌いなのよ!
叫ぼうとしたけれど、声が掠れて出ない。ナギサは優雅に背中を向けると、霧の中に消えるように去っていった。
……ありがとう、ナギサさん。でも、私をここに残していくのは「慈悲」なの?
急速に睡魔が襲ってくる。視界が白濁し、私の意識は暗い記憶の底へと沈み込んでいった。
―
7年前――――――
エデンが人類を滅ぼし、その報復としてラヴドが戦争を始めてから、数年が経っていた。
私達はエデンにもラヴドにも属さずに、名もなき山奥の村で静かに暮らしていた。
そこには元から野良メダロットだった者もいれば、元々が人間のマスターがおりエデンに殺害されたものもいた。
様々な立場のメダロット達が身を寄せていたが、私達の想いは一致していた。
エデンを倒そうとも死んだ人間達は戻ってこない。
これ以上の殺戮は無意味である。
そんな平和を志した私達の村にある日、ボロボロの状態のメダロットが迷い込んできた。
パーツの至るところが破損し、最も重症だったのはスラフシステムが故障しており自己修復不能に陥っていた。
私たちは彼を迎え入れ、治療を施してやることにした。
ある者はジャンク品を集めて欠損部品の代わりにし、ある者は持てる知識を全て駆使してパーツやティンペットを修復した。
治療の最中、私は彼と話す機会が何度かあった。
最初に村に来たときは苦痛の表情で、意識を朦朧とさせていた彼だったが、彼は私達の村のことを聞くと朗らかな顔をした。
彼は言った。
この村にはいろんな立場のメダロットがいるが、皆協力しあって懸命に生きている。
この村の状態こそが今の世界に求められるべき姿である。
人類の滅んだ今、エデンと戦ったところで得られるものは何もない、と。
そう、彼は私達の良き理解者だったのだ。
彼は順調に回復し、村の一員となった。
村人達ともすぐに打ち解けた。
元々、私達と彼は思想も近かったことが良かったんだと思う。
驚くことに、彼は私達とは比べ物にならないほど、強く、賢いメダロットだった。
戦中の混乱で、村を荒らして金品を巻き上げる「賊」達から私達を守り、村でトラブルがあればすぐに解決してくれた。
私たちの生活は彼が来てから劇的に良い方向に向かっていったのだ。
しかし、まさか、これがあんな惨状を生み出すとは当時の私達には想像もつかなかった――――――
「……ん……っ……」
気がつくと、私は柔らかなベッドの上にいた。
知らない天井。無機質な鋼鉄の梁。
……ここは、どこ?
??:「あ、やっと目が覚めたんだね」
隣から聞こえてきたのは、少年のように明るい、屈託のない声。
「ここは、どこ?」
??:「ここはね。ラヴド軍、第十六支部だよ。君が倒れていたところを、僕とロー――」
「 ラ ヴ ド !!? 」
その単語が耳に入った瞬間、私の思考から「理性」が蒸発した。
激痛を無視してベッドから跳ね起き、目の前の影を睨みつける。
??:「うわわわ! まだ完治してないんだから、ゆっくりしなよ……!」
「あんた……何者よ!!?」
??:「ぼ、僕はラヴド軍、二級兵士。デスフェニックスのフェニだよ!」
……フェニ。
ラヴド。ラヴド。ラヴド!!
あの日。正義を気取りながら私の村を焼き、親友のメダルを砕いた奴らと同じ組織の兵士!
許さない。絶対に。私は右腕に力を込め、目の前の無防備な顔面を粉砕しようとした。
――だが、その時だった。
私の足元が凍りついた。
第十二話【APPEARANCE of RYU】終わり