第十六話【不幸のメダロット ~Revenge~】byリネル
目の前には、つい数瞬前まで私を囲んでいた山賊たちの成れの果て――文字通り鉄屑の山が築かれていた。それらをたった一撃の『サクリファイス』で葬り去った、正体不明の道化師。
……待って。これって、ものすごいチャンスじゃない?
この規格外の怪物を『トゥルース』が確保し、十二使徒に加えることができれば。探偵の罠に嵌まって爆死しかけたっていう私の大失態なんて、一瞬で帳消しにしてお釣りがくるはずよ!
私は焦燥と野心を胸の奥に押し込み、努めて愛想の良い声を絞り出した。
「あ、あのぉ~……」
?:「ん? なんだぁ? お前も何気に『けつばん』の作り方が知りたくなったのか?」
「んなわけねぇだろ!!」
……しまった。脊髄反射でツッコんでしまったわ。
ダメよ、リネル! ここは相手の機嫌を取りつつ、エリート諜報員らしい巧みな交渉術で懐に入り込まないと……。
?:「じゃあ、何気に俺に惚れたか?」
「惚れるかアホ!」
確かにさっきまで、戦う姿はそれなりに格好良かったわよ。でも『けつばん』とか言い出した時点で台無しだし、そもそも私にはビート先輩という理想の騎士が……。
……ああっ! またツッコんでしまったじゃないの! 私の乙女回路とツッコミ機能、感度が良すぎるのよ!
?:「わりぃな。俺には全てを賭けると誓った女が何気にいるんだ」
「だから、そういう話じゃないっつーの!!」
もういいわ、どうにでもなれ! 誰がこんな不条理なボケをスルーできるっていうのよ!
?:「ハッハッハッハ……!!」
私の剣幕に、道化師が愉快そうに笑い出した。
その突き抜けた笑い声に毒気を抜かれ、ヒートアップして自棄になりかけていた私の思考も、ようやくクールダウンしていく。……まぁ、機嫌は損ねていないみたいだし、結果オーライね。
?:「いいツッコミだ! 何気に親友を思い出すぜ。……俺はヴァレン。アンタは?」
「……どうも。リネルよ」
ヴァレン。その名を記憶の隅に刻む。
まずは機嫌を損ねない程度に持ち上げて、それから彼の素性を探らせてもらいましょうか。
「とにかく助かったわ、ありがとう。それにしても、さっきのは凄かったわね。貴方、何であんなに強いの?」
さりげなく、彼の武勇を称えながら核心へ迫る。
けれど、ヴァレンは私の予想していたような自慢げな反応は見せなかった。彼はふいと、空虚な夜空を仰ぎ、力なく呟いたわ。
ヴァレン:「……いや、そうでもねえよ」
「いや、そんなことは――」
否定しようと彼に歩み寄ったその時、私の視覚センサーがある一点で固定された。
ヴァレンの胸元、ひしゃげた装甲の隙間から、銀色のロケットがぶら下がっている。
さっきの戦闘の衝撃で留め具が壊れたのか、蓋が不自然に開いたまま、光を反射して揺れていた。
そこには、一人の女性の写真が収められていた。
かつてこの星に実在した、柔らかな肌を持つ『人間』の女性。
その瞬間、私の中にあった「スカウト」という野心は、音を立てて崩れ去ったわ。
この男は、十二使徒になんて絶対になってくれない。エデンの軍門に降るなんて、万に一つも有り得ない。
……だって、その女性と過ごした日々を、彼から奪ったのは。
かつて人類を滅亡へと追いやった、『エデン』そのもののはずだから。
ヴァレンは私の視線がロケットに注がれていることに気づくと、愛おしげに、けれど寂しげにその蓋を閉じた。
ヴァレン:「……惚れた女一人守れない、情けない男さ。悪いな、なんかテンション下げちまって」
「いや……」
かけるべき言葉が見つからなかった。
数時間前、廃墟と化した町を見つめて感じた、あの淀んだ思考が再び胸の内で渦を巻く。
――ラヴドの兵士の中にも、私がラヴドを憎むのと同じくらい、エデンを憎んでいる人がいるのかもしれない。
いや、きっとそういった人たちが大半だ。
ラヴドは『反エデン』の旗の元、生まれた組織。
そもそもの結成理由が『憎しみ』なんだ。
……私は、自分の復讐心のあまりそんな当たり前のことも今まで忘れてしまっていたんだ。
目の前の男――ヴァレンも、きっと。
私にとってのラヴドと同じように、エデンを心の底から憎んでいるに違いない。
「その、ロケットの女性は……」
私がようやく絞り出した問いに、ヴァレンは隠すことなく、短く、重い事実を返してきた。
ヴァレン:「人類滅亡の時、エデンにな」
「そう……」
やっぱり。
だとするなら、今の私にはエデンの「エ」の字も口にすることはできない。きっと、ヴァレンがエデンに向ける憎悪は、私がラヴドに対して抱き続けてきたものと同じか、それ以上に深くて暗いもののはずだから。
ヴァレン:「ところで、何気にリネルって言ったよな。……リネル、お前は今、何かに復讐をしようとしてないか?」
不意に投げかけられた言葉に、私の思考回路が跳ねた。
いきなり何を言い出すの。隠していたはずの、私の核を動かすどす黒い熱量を、この男は一瞬で見抜いたというの?
ヴァレン:「その顔、何気に図星ってところか」
「……どうして、分かるの?」
ヴァレン:「何気にな。……昔の俺に、よく似てる気がしただけさ」
昔の? ということは、今のこの人は違うっていうこと?
ヴァレン:「復讐なんてするな、とは言わねえ。何気に俺もそんな聖人君子な立場じゃねえしな。……でもなリネル。復讐し終わった後のこと、何気に考えてるか?」
「復讐した後……?」
ヴァレン:「あぁ。復讐ってのはな、終わった後には何も残らねえんだよ。何気に、その後の『やること』がないと……空っぽになっちまって、辛いぞ」
その言葉の重みに、私は息を呑んだ。
そうか、ヴァレンは私と同じじゃないんだわ。私よりもずっと先に進んでいる。彼はもう復讐を遂げて、その先の、新しい目標のために動いているのね。
「……考えたこともなかったわ。ヴァレン、貴方は今、何のために動いているの?」
私の問いに、ヴァレンはニッと笑った。
そこにあるのは、先ほどまで空を仰いでいた力ない影ではない。無理やりこじ開けたような、けれど眩しいほどの笑み。
ヴァレン:「探し物だ」
「探し物? 何を?」
ヴァレン:「惚れた女の幸せ♪」
……正直、よく分からなかった。
もうこの世にはいない女性に何を捧げたところで、彼女が幸せを感じることなんてできないはずなのに。何か立派な供物を墓に並べればそれで済む、なんてヴァレンが本気で思っているとは到底信じられない。
いや、違う。
ヴァレンの横顔を見ていると、そんな安っぽい誤魔化しをしているようには見えなかった。
何か、もっととてつもないこと――たとえば、理を捻じ曲げてでも彼女を生き返らせてやる、というくらいの、狂気的な熱量を感じる。
ヴァレンが何を目指しているのか、本当のところは分からない。
でも、その「未来」に向かっているヴァレンは、復讐という過去に身を捧げている私よりも、ずっと輝いて見えたわ。
……もし私から復讐を取り除いたら、私には何が残るっていうの? 私は、こんな風に笑えるのかしら。
私の精神を支える大黒柱だった、ラヴドへの復讐心が、一瞬だけ音を立てて揺らいだ。
復讐を遂げたところで親友は帰ってこない。ただの自己満足。そんなことは、考えるまでもなく分かっていた。それでも、ラヴドを許すことはできなかった。
けれど、目の前の男に出会ってしまったせいで、私の中で何かが生まれようとしていた。
それでも……。今の私には、復讐以外に生きる道を見出せそうにない。
だから、まだ。しばらくは。私はこのまま――。
ヴァレン:「!? あぶねぇ!!」
突如、ヴァレンが私の身体を左腕で突き飛ばした。
何が起きたのか理解するよりも早く、私の後頭部を「ジリジリ」という不快な熱がかすめていった。
――ガツンッ!!
床に突っ伏した衝撃に耐えながら、私は反射的にヴァレンの方を振り返った。
「ヴァレン……っ!?」
そこに立っていたヴァレンは、胸の装甲を『メルト攻撃』によって焼かれ、どろりと溶けた金属の雫を散らしていた。
攻撃が飛んできた方向を見れば、そこには先ほど全滅させたはずの山賊のうちの一人が、顔を醜く歪ませて立っていた。
……こいつ、死んだふりをして機を伺っていたのね!
『へっへっへ……騙し討ち成功って、がぁッ……!!??』
山賊の放った哄笑は断絶された。
あまりに目まぐるしい展開。数秒経って、ようやく理解できた。
ヴァレンが、メダロットの機体性能の常識を超えたスピードで山賊との距離をゼロにし、渾身の右ストレートをその脳天に叩き込んだのだということを。
機能停止した山賊から、ヴァレンは、その首根っこを掴んで右腕パーツを強引に引き抜いた。
その時の彼の表情を見た瞬間
私の背筋は、一瞬にして凍りついたわ。
――『 死 神 』。
その二文字が脳裏に張り付き、金縛りにあったかのように指先一つ動かなくなった。
ヴァレンの顔から視線を僅かに落とせば、そこにはメルトの熱に晒され、無残に焼き溶かされたロケットの残骸が転がっていた。
ヴァレン:「……俺には、これを付ける資格は何気になかった、って事か」
ヴァレンが、メルトの熱で無残に歪んだロケットの残骸を拾い上げ、悲しげなノイズ混じりの声で呟いた。その声を聞いた瞬間、私の身体を縛っていた見えない鎖が解けた。
「あの……ごめん。私のせいで、あんな大切なものを……」
かけるべき言葉なんて見つからなかったけれど、何かを言わずにはいられなかった。あのロケットの中にあった写真は、彼にとってこの世界の何よりも重い「意味」があったはずだ。それを、私を庇ったせいで失わせてしまった。
ヴァレン:「いいや、リネルのせいじゃねえよ。何気に、俺のせいだ」
「でも……!」
でも、貴方が私を突き飛ばさなければ。貴方が一人で戦っていれば、そのロケットは無事だったはずなのに。私がそう続けようと口を開きかけたけれど、ヴァレンはそれを片手で制した。
ヴァレン:「俺は『不幸のメダロット』。……俺の傍にいる〝者〟も、俺の傍にある〝物〟も、何気にすべて不幸になる。だから、これは必然の結末なのさ」
ヴァレンは暗い影を落とした顔のままそう言い切ると、不意に私の方を向き、無理に作り上げたような、ひどく痛々しい笑みを浮かべて見せた。
ヴァレン:「リネルも、俺の傍にいると何気に不幸になっちまう。……だから、俺はそろそろ行くよ」
「待って!」
ヴァレン:「…………」
ヴァレンは背を向けたまま、ピタリと足を止めた。
何かを伝えなきゃいけない。この男をこのまま行かせてはいけないような、正体不明の衝動が私の心を突き動かした。けれど、喉まで出かかった言葉が形にならない。
長い逡巡の果てに、ようやく私の口から漏れたのは、自分でも予期していなかった問いだった。
「もし……。もし私が、貴方が憎むエデンのメダロットだったとしても……貴方は私のことが憎い?」
問いかけてから、自分の愚かさに気づいた。本当に聞きたかったのは、そんなことじゃないはずなのに。
ヴァレンは数秒の沈黙ののち、振り返ることなく、ただ風に言葉を預けるように答えた。
ヴァレン:「エデンへの憎しみなんて、何気に忘れちまったよ」
その言葉だけを残し、白と黒の道化師は、弾丸のような速度で廃墟の向こう側へと消え去っていった。
一人取り残された私の頭の中は、ぐちゃぐちゃにかき回されていた。
ラヴドへの復讐。死神の顔。失われたロケット。そして、憎しみを忘れたと笑った、あの寂しげな背中。
何を考えても、思考は出口を見つけられずに空転し、苛立ちだけが熱を持って基盤を蝕んでいく。
だから、私は考えるのをやめた。
一度すべてをリセットして、深く、深く深呼吸をする。
冷たい空気を吸い込み、乱れた思考を落ち着かせたとき、私の進むべき道がようやく一本の線となって浮かび上がった。
――エデンに帰ろう。
第十六話【不幸のメダロット ~Revenge~】終わり