第十七話【作戦準備 in エデン】byビート
リネルからの定期通信が途絶えた。
その事実をデュオさんから告げられた。指定座標における大規模な熱源反応――爆発の報告。偵察任務にあるまじき事態だ。
隣に立つセルヴォは、いつものように興味なさげにしていたが、関節部から漏れる僅かな駆動音が、こいつの動揺を如実に物語っていた。
デュオさんは俺たちに「実務」を命じた。
主任ともあろう御仁が、何故これほど情報収集に手間取っているのか。その理由は、提示されたデータを視認した瞬間に理解できた。
探偵「竜」。その狡猾な知性は、自らの居所を隠すために1042件もの偽装情報をネットワークに流布させていたのだ。
真実の中に、圧倒的な量の「もっともらしい嘘」を混ぜる。
それだけで、俺たちは随分と苦労させられた。丸一日を費やし、信憑性の高いログを抽出し、さらに他の拠点との位置関係を照合して実用性の高い「本命」を特定する作業に没頭した。
実質的な作業は二人がかりだった。セルヴォは開始数時間で、作業に飽きて置物と化したからだ。俺とデュオさんがいる限り、この男が精密なデータ処理を『仕事』と認識する日は永久に来ないだろう。
だが、気になるのはデュオさんの様子だ。彼女の指先はいつになく慎重で、一つの座標を確定させるために幾重もの検証を繰り返していた。盤面を俯瞰するデュオさんが、ここまで時間をかける。その背後にある「何か」を計りかねたまま、作業はある程度の区切りを迎えた。
デュオさんは残りの工程を一人で引き受けると言い、俺たちに一時的な待機を命じた。次の作戦は、かつてないほど激しいものになる。そう告げる彼女のレンズには、隠しきれない冷徹な光が宿っていた。
執務室を離れ、静まり返った廊下を歩く。セルヴォの足取りは、いつになく重い。
セルヴォ:「さて、ビート。あの糞後輩、ちょっと帰ってくるのが遅すぎやしねぇか?」
やはり、心配だったか。
俺は歩速を変えず、感情を排した声で応じた。
「ああ。爆発の規模から推測すれば、機体の損壊は免れない。……最悪、絶命している可能性もあるな」
セルヴォ:「さて、爆破ごときで死ぬなんざ、トゥルース失格だぜ」
相棒の返答は強気だったが、それが虚勢であることは明らかだった。爆破魔の彼にとって、それは彼なりの鼓舞なのだろう。……いや、爆破されたら普通は死ぬ。
そう俺が訂正しようとした、その時だ。
「……じゃあ、私は、トゥルース合格でいいですか……?」
不意に聞こえてきたのは、酷く疲れ切った声だった。
視線を向ければ、廊下の角からボロボロに装甲を焼かれたリネルが、這うようにして姿を現した。
俺は内心で、深く、音のない安堵の吐息を漏らした。隣のセルヴォも、肩の力が僅かに抜けるのが分かった。しかし、即座に口角を吊り上げ、いつもの不敵な仮面を被り直す。
セルヴォ:「さて、リネル。……スーパー始末書タイムだ♪」
後輩への「お出迎え」としては、これ以上なくこいつらしいやり方だった。
―
デュオ:「っとぃうゎけでぇ~~♪」
数時間後、作戦室にはいつもの、いや、それ以上に上機嫌な声を響かせるデュオさんの姿があった。
なんだかんだで、この人もリネルの身を案じていたのだろう。こう見えて意外と部下思いなところがある。
デュオ:「リネルちゃんの報告から推測したらぁ、さらに竜の隠れ家が絞り込めちゃったわょ~ん♪」
通信のラグ、応答速度、そして直接対峙したリネルが肌で感じた竜の性格。それらの情報をリネルから聞き出したことで、一〇四二件あったダミーからの特定は一気に精度を増したという。流石はデュオさんだ。俺には到底真似できない芸当だろう。
それにしても、妙に時間がかかったな……。座標の特定以外に、何か別のことに処理能力を割いていたのだろうか。
デュオ:「さ・ら・にぃ~!」
俺が思考を巡らせていると、デュオさんは得意げに胸を張った。
デュオ:「先ほどぉ、エデンへの登録が正式に決まった『十二使徒』たちを、今回の作戦に組み込むわょ!」
そういうことか。情報の精査だけではなく、十二使徒の作戦投入に時間をかけていたのだな。
デュオさんの説明によれば、今回の規模は空前絶後だ。俺たちトゥルースに加え、エデン一般兵、さらには十二使徒というエデンの全勢力を動員する。
竜がリネルとの会話でどこまで「真実」を掴んだのかは不明だが、万が一、エデンが水面下で再興している事実がラヴドに漏れれば、計画はすべて灰塵に帰す。それゆえの全力投入。竜を仲間に引き入れるか、あるいは、完膚なきまでに抹殺する。
作戦はリネル、セルヴォ、ハードネステン、タイン、ベルゼルガ、ゴッドエンペラーの六チームに分かれ、それぞれが一般兵の分隊を率いるというものだ。
十二使徒のタイン、ベルゼルガ、ゴッドエンペラーには、一般兵の中でも特に腕の立つ者たちを配属し、不測の事態――反逆や暴走が起きないよう監視をつける。
この六チームが、各地に点在する竜の隠れ家をほぼ同時に強襲する。
無論、ターゲットがどこに潜んでいるかは依然として確率の域を出ない。そのため、各チームは最大六箇所の拠点を転戦する。つまり、襲撃対象は合計三十六箇所。よくもここまで絞り込めたものだ。
ん?
ふと、ある疑問が浮かぶ。デュオさんは本部に残って全軍の指揮を執る。他の六人はチームを率いる。
……だとしたら、俺は何をするんだ?
デュオ:「(ビートちゃん……)」
視線を感じて顔を上げると、デュオさんが音もなく隣に寄り添い、極めて小さな声で俺の耳に囁いた。
デュオ:「(ビートちゃんは、ハードネステンのチームに入って、彼女の「戦闘情報」を詳細に記録しなさい。……これは、リーダー・カヲスの直接命令ょ)」
ハードネステンの戦闘記録?
エデンリーダーが、何故今さら、完成されたはずの側近のデータを欲しがるのだ。
カヲスは一体、何を企んでいる?
……いや、余計な推測は不要だ。
俺はトゥルース。与えられた任務を、ただ淡々と、確実に遂行するだけだ。
「了解しました」
俺の短く低い返答が、静まり返った作戦室に落ちた。
間もなく、本部内は、大規模な移動にもかかわらず駆動音をほとんど響かせない静かなる大群で埋め尽くされた。十二使徒、一般兵。それぞれの小隊に戦術情報が伝達され、鉄の潮流が動き出す。
新生エデンの全戦力を投じた、最大の情報殲滅戦。
その幕が、ついに切って落とされようとしていた。
第十七話【作戦準備 in エデン】終わり