第二十話【竜の理由】byリネル
デュオ:「全軍、攻撃中断!! 各部隊は班長を含み十名を選出しなさい。今から送る指定地点へ直ちに移動!! 残りは速やかに退却せよ!!!」
耳の奥の通信機に、デュオさんの鋭い声が飛び込んできた。
今まさに、目の前にある竜の隠れ家候補をデストロイの一撃で粉砕しようとしていた私の指先が、その衝撃に凍りつく。
まさか……見つかったの!?
いや、そうに違いないわ。この大規模作戦を、このタイミングで中断させる理由はただ一つ。探偵の「本体」を捕捉した時だけよ。
「デュオさん!!」
私は反射的に回線を開き、叫ぶように呼びかけていた。
デュオ:「タインが竜を発見したゎ! 今、セルヴォちゃんが一人で援護に向かってるから、リネルちゃんもはやく行ってぁげて頂戴!」
タイン? あの脳筋が?
そしてセルヴォ先輩まで向かってる!?
……冗談じゃないわ!!
竜だけは、あの狡猾で鼻につく女だけは、この私の手で仕留めると決めているのよ!
爆弾で吹っ飛ばされ、一歩間違えばスクラップにされていたあの日。あそこで負わされた屈辱の借りは、きっっっっちりと、利息をつけて返してやらなきゃ気が済まないんだから!
とにかく、セルヴォ先輩やタインが竜を壊してしまう前に、私が現場に到着しなきゃ。
デュオさんから送られてきた位置情報は……。
――近いわ。ここからなら、全速力で数分もかからない!
―
セルヴォ:「さて、……やっぱり分かってねえよ、タイン。……〝悪の美学〟ってやつがな」
タイン:「――そんなふざけた美学は、俺がさり気にぶっ壊す!!」
ど う し て こ う な っ た ! !
私は息を切らせながら、指定された廃ビルの一室へと滑り込んだ。
連れてきた一般兵たちは外の包囲網に回し、私だけが単身で屋内に潜入。ここまではプロとしての動きだった。
奥の部屋から聞こえてくる、激しい言い争いの物音。これも想定内。
きっとこの扉の向こうでは、タインと竜、あるいはセルヴォ先輩と竜が、死力を尽くした壮絶なバトルを繰り広げているに違いない――。
……なんて、期待に満ちた予想をしていた時期が私にもありました。
物陰から、首を伸ばしてそっと部屋を覗き込む。
私の目に映った光景は、私の理解を遥かに超えていた。
そこにあったのは。
タインの太い腕にがっしりとホールドされた竜。
そして、その竜を捕まえたまま、セルヴォ先輩に対して剥き出しの敵意を向けているタイン。
さらに、そんなタインに向けて、右腕のソードを迷いなく突きつけているセルヴォ先輩。あ、先輩、顔面に思いっきり殴られたような凹みがあるわね……。
意味が分からないわ!
一体、この状況を私はどう解釈すればいいの!?
任務に忠実な先輩に加勢すべきなの? それともタインを宥めるべき?
っていうか、竜はどうしてそんなに冷静に捕まってるのよ!!
セルヴォ:「さて、タイン。このままエデンを裏切るっつーなら、お前もここで竜と一緒に抹殺決定だ糞野郎」
タイン:「……裏切るつもりはさり気にねえ。でも……この女を殺すことだけは、俺は絶対に許さねえぞ!!」
……えっと、状況を整理するわね。
セルヴォ先輩は、危険分子である竜の即時抹殺を主張している。
けれど、タインが何故か、全力で彼女を庇っている。……それも、味方であるはずの先輩を殴り飛ばしてまで。
なんで!? あんな危険な女、さっさとスクラップにしておしまいなさいよ!
竜:「何故ですか?」
意外なところから、冷ややかな質問が飛んだ。
それまで事態を完全に傍観していた――というより、タインの腕の中でされるがままになっていた竜が、突然に口を開いたの。
セルヴォ先輩もこれには意表を突かれたらしく、タインへ向けていたソードを僅かに揺らし、視線を竜へと向けた。
竜:「組織を裏切ってまで、私の命を救う……。あなたに、何の利益があるというのですか?」
何を考えているのか全く読めないポーカーフェイス。そこから放たれた、あまりにも真っ当すぎる、温度のない問い。
セルヴォ先輩も、私も、そして問いかけられた当人のタインも。
全員が息を呑んで、次の言葉を待ったわ。
タイン:「……お前は、仲間だからだ」
竜:「いいえ、私はあなた達の仲間ではありません」
タインのあまりに直球な言葉を、竜は一秒の猶予もなく切り捨てた。
タイン:「これからさり気に仲間になるんだよ!」
セルヴォ:「なるわけねーだろ。状況見ろよ」
セルヴォ先輩の冷ややかな視線が私を射抜く。……そうよ。タインには到底賛同できないわ。この女は、私たちの仲間になる素振りなんて微塵も見せていない。それどころか、いまこの瞬間だって私たちの隙を窺っているはずよ。
タイン:「俺はさり気に決めたんだ! お前を、ブラックスタッグの竜を仲間にするってな!」
竜:「何故、私を仲間にすると決めたのか。その論理的な説明を求めます」
タイン:「仲間にしたいからだ!!」
竜:「……あなたの言葉は、まったく論理的でなく、意味不明です。これ以上、対話を続ける価値を感じません」
感情を削ぎ落とした、平坦な拒絶。けれど、いつも無機質な竜の声に、ほんの僅かな「苛立ち」が混じったのを私は聞き逃さなかった。あの探偵のペースを、タインが力技で乱している……?
タイン:「話をする価値はねえかもしれない……。でも、拳を振るう価値はある!!」
タインが、腹の底から響くような咆哮を上げた。
タイン:「俺はお前の為なら、この拳を振るってでも仲間にする価値があると、さり気に信じているんだよ!!」
セルヴォ:「……何故だ?」
独り、情熱の炎を燃やすタインに対し、セルヴォ先輩が冷水を浴びせるように問いかけた。
セルヴォ:「その女は、そこの後輩を罠に嵌め、半殺しにした。今だって、俺たちを皆殺しにする策を練るのに頭をフル回転させてるだろうさ。さて、そんな女を守る価値がどこにある?」
タインが、ギラギラとした双眸でゆっくりとセルヴォ先輩を見据えた。レンズの奥で、太陽のような熱い光が揺らめいている。
タイン:「こいつは、竜は、良いヤツだ。俺は、さり気に確信している」
竜:「……これほどまでに、あなた方を卑怯な手段で攻撃したにもかかわらずですか?」
あ、コイツ卑怯の自覚あったんだ。
タイン:「……だって、お前は……。お前はずっと、正々堂々と、一人で俺たち全員と戦ったじゃないか!!」
耳を
タイン:「罠を使うのも、話術で煙に巻くのも、お前の戦い方だ! お前は自分の流儀を最後まで貫いて、誰の手も借りず、逃げもせずに戦い抜いたんだ!」
タインの言葉は止まらない。それは、理屈を越えた戦士としての敬意。
タイン:「竜は決して逃げなかった! これを正々堂々と言わず、何と言うんだ!! 卑怯って言葉が似合うのは……一人の女をこの大人数で襲い、仲間にすると言っておきながら、いきなり抹殺へと手の平を返す、俺たちの方だろうがぁッッ!!」
……。
……。
セルヴォ:「さて……」
セルヴォ先輩は困ったように、頭部パーツをガリガリと掻いた。
俯いたその表情は、私たちが潜んでいた陰からは伺い知れない。けれど、一瞬だけ見えた先輩の目は――ひどく濁って、冷え切っていた。
セルヴォ:「じゃあ、正々堂々と死ね。……裏切り者」
先輩が、懐から不吉な黒いスイッチを取り出した。
おそらく、この部屋のどこかに仕掛けた予備の爆弾か、あるいは別のトラップの起動装置。タインという圧倒的な強者を前にしてなお、先輩が余裕を崩さなかった理由。それは、最初から「確実な死」をセットしていたからに他ならない。
―――パシッ、……!!
その時。先輩の手にあったはずのスイッチが、重力を無視したように宙へと跳ね上がった。
ほんの一瞬。セルヴォ先輩の言葉にタインが激昂し、僅かに腕の力が緩んだ刹那を突いて、竜が拘束を脱し、先輩の懐へと滑り込んでいた。
セルヴォ:「……ッ!?」
不意を突かれた先輩が防御体勢に入るよりも早く、竜の鋭いミドルキックが、その腹部装甲へとめり込んだ。
――ズ、ガァァァァァンッ!!
「セルヴォ先輩!!」
私は反射的に物陰から飛び出し、後方へと吹き飛ぶ先輩の機体を受け止めた。幸い、装甲が僅かに歪んだ程度で、致命的なダメージはない。
セルヴォ:「糞がっ……! おい、もたもたするな後輩、加勢しろ! 他の班が到着するまで、こいつを逃がすな!!」
「了解です!!」
突然現れた私に即座に指示を飛ばすところを見ると、先輩は最初から私が潜んでいることに気づいていたみたいね。
私とセルヴォ先輩。二機で竜に向けて攻撃態勢を構えた――その瞬間、彼女は意外な一言を発したわ。
竜:「降参です。あなた方の望み通り、私はエデンの配下になりましょう」
「……へ?」
あまりの拍子抜けに、私の思考がフリーズする。
あれほど頑なに拒絶し、今まさに逆転のチャンスを掴みかけていたはずの彼女が、なぜ?
タイン:「おぉー! さり気に分かってくれると思ってたぜ、俺は!!」
タインだけが、子供のように無邪気に喜んでいる。
けれど、私と先輩は、そんな「嘘」を信じられるほどおめでたい思考回路は持っていない。竜への狙いを定める指先に、さらに力を込める。
セルヴォ:「さて……。どういう風の吹き回しだ? 納得できる理由を言ってみな」
竜:「なるほど……理由が必要ですか」
竜は淡々と答えると、クルリと身を翻し、私たちに背を向けた。
そして、呆然と立っていたタインの方へと、ゆっくりと歩み寄っていく。タインはというと、能天気に右腕を差し出し、握手を求めていたわ。
タイン:「俺はタインだ! さり気によろしくな、相棒!」
――その時だった。
竜:「ハッ!!」
タイン:「ふ、ふごっ!?」
竜の脚部が、独楽のような回転を描いて一閃。
タインの横っ面を思い切り蹴り飛ばした。タインは訳も分からず錐揉み回転で吹っ飛び、廃ビルの壁に深々とめり込んだ。
竜:「理由は……〝この方を、蹴り飛ばすのが楽しそうだから〟でどうでしょう?」
……。
……。
ド S だ 、 こ の 女 ……!!
私とセルヴォ先輩が、唖然として言葉を失っていると。
壁から這い出そうとするタインを見つめながら、竜が小さな声で、けれど確かな興味を込めて呟いた。
竜:「……私の潜伏先を的中させ。あまつさえ、その無茶苦茶な理屈で私を正当化する。……興味深いではありませんか、そのバグだらけの思考回路」
……どうやら、あの探偵の琴線に触れたのは、正義でも悪でもなく、タインという名の「理解不能なイレギュラー」だったみたいね。
しばらくして。合流した他の十二使徒たちと、私たちトゥルースの厳重な監視に囲まれながら、竜とタインはエデン本部へと連行されていった。
なにはともあれ。竜の十二使徒入りが決まってしまった。
こうして、私たちの長く、そしてあまりにも馬鹿馬鹿しい「竜探索戦」は、ようやく幕を閉じた。
第二十話【竜の理由】終わり