第二十二話【相棒ビートの憂鬱】byビート
デュオ:「ビートちゃーん……」
「トゥルースのお部屋」の扉を開けた瞬間、俺の耳が捉えたのは、粘りつくような湿り気を帯びたデュオさんの声だった。
室内に
理由は聞かなくても分かる。
この多忙を極める時期に、融通の利かない軍律を振りかざして『謹慎』なんて処置を下したハードネステン。
そして、なによりも、その火種を作った――どこまでも下らない理由で謹慎を食らった、どこぞの青い大馬鹿野郎のせいだ。
デュオ:「ぉしごと、ぉ願ぃ~……」
デュオさんは机に頬杖をつき、けだるげに指先でデスクを叩いていた。
言われなくても分かっている。ここ最近の俺たちは、文字通り二十四時間稼働の働きづめだった。もし、あいつが牢屋に俺を呼び出して「脱獄するわ」なんてほざき始めなければ、俺は今だって本来の任務を完遂させていたはずなんだ。
「分かっています」
俺は短く答えると、溜まりに溜まったデータ処理の端末へと向き直ろうとした。だが。
デュオ:「そのぉ仕事じゃなくてぇ~~」
「ん?」
背後から聞こえた声に、俺は思わず振り返った。デュオさんの瞳には、おちゃらけた声音とは対照的な、抜き身の刃のような鋭さが宿っている。
デュオ:「セルヴォちゃんのこれまでの功績、実力、貢献……。なんでもぃぃから、これでもかってくらぃにまとめて、褒めちぎってちょうぅだぃ」
嫌な予感が、胃の腑のあたりを冷たく撫で上げていく。
俺の頭が、この不自然な要求の先にある『最悪の可能性』を導き出そうとしていた。
「……何のためにですか?」
慎重に、言葉を選んで聞き返す。デュオさんは待ってましたとばかりに、不敵な笑みを深くした。
デュオ:「決まってるでしょ!! このくだらなぃ謹慎をさっさと解ぃてもらぅ為に、上に直訴すんのょ!!!」
――な、なんだって……!?
衝撃に、俺の体が一瞬だけ硬直した。
待ってくれ。謹慎を解く? 上に直訴する?
それは本来、部下思いの素晴らしい上司の
肝心のセルヴォは、今この瞬間、牢屋の中にいやしない。
あいつは俺の制止も聞かず、フラ~っとシャバへ遊びに行って、謹慎期間が終わるまで帰ってこないつもりなんだ。
もしデュオさんの直訴が実り、「今日から謹慎解除だ」と看守が牢を開ければ、そこにあるのは無人のベッドと、もぬけの殻となった部屋だけだ。
そうなれば、謹慎中に逃亡したという事実が白日の下に晒される。
処罰の延長どころか、エデン軍追放……あるいは最悪の『消去』。
どうする。どうする俺!?
「い、いや! それは……その、考え直しましょう!!」
俺は思考回路をフル回転させ、上ずりそうになる声を必死に抑えて言葉を継いだ。
「あの男には、たまには反省というものが必要です。……俺としては、むしろ謹慎期間を延ばすくらいのお灸を据えてやらなければ、これからのトゥルースのため、ひいてはエデンのためにならないかと……!!」
必死の抗弁だった。我ながら、これほど「正論」という名の嘘を並べ立てたことはない。
だが、デュオさんは俺の焦りを見透かしたように、鼻で笑って一蹴した。
デュオ:「牢屋に入れられて反省するよぅな男じゃなぃし、元々エデンゃらトゥルースの為に動く男でもなぃゎょ!!!!!!」
――ごもっともです!!
あまりのド正論に、俺の脳内は白旗を掲げるしかなかった。
確かに、あいつは反省などという高尚な機能は持ち合わせていない。あいつを動かしているのは組織への忠誠心ではなく、自分勝手な美学と快楽だけなのだから。
「え、ま、まあ……。おっしゃる通りです。はい。……分かりました。資料を作成しますが、過去のログを漁るとなると、少々時間がかかりまして――」
せめて時間を稼がなければならない。あいつが飽きて戻ってくるまでの、わずかな時間を。
デュオ:「今日中」
「…………」
デュオ:「きょ・ぅ・じゅ・ぅ♪」
デュオさんは語尾を跳ねさせた。
どんなに可愛らしく、おどけた振る舞いをしていても、その瞳の奥にある『命令』は絶対だ。拒絶の余地など、最初から存在していなかった。
激しく、……激しく困った!!
あの青い大馬鹿野郎。どうせ脱獄して羽を伸ばしている最中だろうし、そもそも連絡を取ろうにも、足がつくのを恐れて通信端末の類はすべて置いていきやがった。
そして、セルヴォに限って、手に入れた自由時間を一秒でも残して切り上げるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
まずい。本気でまずいぞ。
このまま資料を提出し、明日にも直訴が通ってしまったら、あいつの『不在』が公になる。そうなれば俺も共犯か?
もはや、俺にできることは一つしかない。
あの身勝手な相棒が、何かの気まぐれで、予定より大幅に早く、明日までに自発的に戻ってきてくれることを祈るだけだ。
奇跡よ。おこれ。
……多分、ダメだろうな。
第二十二話【相棒ビートの憂鬱】終わり