第二十四話【オイルパニック】byセルヴォ
さて、俺の索敵は、確かにその不穏な反応を捉えていた。
この広大なフユーンの静寂の中に潜む、俺たち以外の熱源。数にして二体。
メッシュ:「他にもメダロットがいるのか? 俺たちと同じくお宝を狙うライバルかな?」
「さて、あんな律儀に整備されたトラップが動いていたのを見る限り、後から来た泥棒じゃなくて、元々ここを根城にしている住人だろうな」
メッシュ:「俺たちに敵意を持っていると思うか?」
「さて、歓迎の挨拶に地雷と大岩を用意するような手合いが、握手を求めてくるとは思えねーがな」
メッシュ:「ぬぬぬ……手厳しいな……」
さて、面倒なことになった。
ただ静かに暮らしたいだけの平和主義者なら無視して通り過ぎることもできるが、こんな辺境の遺跡に潜んでいるのは、大抵ろくでもない事情を抱えた連中だ。
公にできない過去を持つ者か、あるいは社会の枠組みから外れた狂人か。
どちらにせよ、自らの聖域を侵す者には容赦しないだろう。あのトラップに込められた殺意を思い出すだけで、首筋のサーボが僅かに軋む。無事に帰してくれる保証なんて、これっぽっちもありゃしねぇ。
「さて……来るぞメッシュ!!」
不意に、周囲の気温が数度跳ね上がった。
通路の角から紅蓮の劫火が、津波となって俺たちに襲い掛かる。
メッシュ:「は、走るぞ! 何気に熱い!!」
俺たちは一目散に、炎の届かない通路の奥へと逃げ込んだ。
今、揺らめく炎の向こう側に、確かに一機のシルエットが見えた。姿形までは判別できなかったが、あれほど高火力の「ファイヤー攻撃」を放てる個体だ。本来なら十二使徒のスカウト対象として唾をつけておきたいところだが、残念ながら今は休日だし、そもそも俺の命の方が何百倍も大事だ!
――ババババッ!!
メッシュ:「セルヴォ! あぶねぇ!」
メッシュが「大盾ゲンジ」を俺の前に突き出し、背後から迫る弾丸を弾き飛ばした。
炎の追撃に気を取られていた隙に、別の角度から狙撃を受けたらしい。俺はその辺に転がっていた石を放り投げて牽制したが、既にそこには影も形もなかった。
そして。依然として、執拗な炎の壁が俺たちを追い詰めてくる。……クソが、二体目の連携も完璧ってわけか。
「さて、メッシュ! 二手に分かれるぞ!」
さて、このまま固まって標的になるのはプロのやり方じゃねぇ。二手に分かれ、一体ずつ『掃除』しねーと、お宝どころか明日のお天道様も拝めやしねぇぞ。
全力疾走の末に辿り着いたのは、ちょうど左右に分かれるT字路だった。
「さて、俺は右だ!!」
メッシュ:「ならば俺たちは左に行くぞ!!」
さて、この作戦の唯一の懸念は、二手に分かれたにもかかわらず、敵が二体とも一方を追いかけてくるパターンだ。二手に分かれる前は、そこまで冷静に考える余裕はなかったが、あの火力と弾幕が同時に襲ってくると考えただけで、気が滅入る。
俺は必死に脚部を駆動させ、工場のような広い空間へと滑り込んだ。
さて、どっちだ?
敵は分散したのか。それとも――。
俺は立ち止まり、背後の暗闇を振り返る。
……。
……。
…………。
「さて、どうやら、悪い方のパターンを引いちまったらしいな」
物音一つしない。熱源の気配もない。
つまり、敵は二体とも、おめでたいメッシュの方へと行きやがったわけだ。
「ふぅ~……」
さて、とはいえ。俺個人にとっては最高のパターンだ。
メッシュたちが囮として敵を引き付けてくれている間に、俺は悠々と目的のブツを探すことができる。時間は十分にあるはず……。
ん?
俺は周囲を見渡し、その設備をじっと観察した。
錆び付いたパイプ、巨大な
つーか、ここ。オイルの製造工場じゃねえか?
俺がいる場所は工場の二階部分で、中央には一階の様子を見下ろせる、大きな吹き抜けの穴が空いていた。
一階を見下ろす。……ん?
お?
おおおおぉぉぉいいいッッ!!??
「ア レ は !!」
一階のパレットに山積みにされた、煤けた木箱。
その隙間から見えた黄金色のラベル。
あれは……まさか、ヘベレケスペシャルか!?
俺は論理的な思考をかなぐり捨て、二階の高さから迷わず一階へとダイブした。
着地と同時に、震える手で一缶を手に取る。
埃を払い、記された文字を読み上げた。
「 ヘ ベ レ ケ ス ペ シ ャ ル 」。
間違いねぇ。本物だ。
見つけた。見つけたぞ!!
こんなにもあっさりと、伝説に指先が届いちまった!
ふははは、日頃の行いが良い奴には、神様も粋な計らいをしてくれるじゃねえか!!
―――ド、カァァァァァァァァァァンッッ!!!!!
「……へ?」
工場の入り口から、爆風と共に凄まじい炎がなだれ込んできた。
そして。その熱波に背中を焼かれながら、メッシュが俺の目の前まで転がってきた。
あいつは無駄に格好いい動作で着地を決め、俺を見て爽やかに言い放ちやがった。
メッシュ:「大丈夫かセルヴォ! 助けに来たぞ!!」
よ け い な お 世 話 じ ゃ ボ ケ ェ ェ ェ ェ ェ ー ー ー ! ! ! !
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待てやぁぁぁぁあああ!!
ここはオイル工場だぞ! 周りを見ろ!!
こんな揮発性の高い場所で炎の使い手を連れてくるなんて、何てことしやがる!!
さて、メッシュの背後から、無慈悲な火の粉が舞ってきたぞ……。
ボワァァァァァアッッ!!!
「ああああああああああああああああああああ!!!! 俺のヘベレケスペシャルが燃えたあああああああーーーーーッッッ!!!」
絶叫。
一瞬で火に包まれる木箱の山。
ヤベェ、ヤベェよ!! 俺の人生史上、今が一番絶望的だぜ!!
はッ!!
視界を焼く業火の向こう、棚の端にまだ引火してねぇ奇跡の残骸がある!!
「俺の、俺のヘベレケスペシャルゥゥゥアアアアッ!!!!!!」
走った。
人生でこれほど必死に脚部を駆動させたことがあっただろうか。爆風に煽られ、火の粉を浴びて装甲を焦がしながらも、俺は瓦礫を飛び越えた。
そして。
「確保ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおッッ!!!!!」
必死のダイブで掴み取ったのは、わずか六缶。
だが、工場の火勢は強まる一方だ。このままじゃ、この六缶もいずれは黒焦げの炭になる。ヘベレケスペシャルを守りながら戦い抜けるほど、余裕はねぇ。
なら、答えは一つだ。
焼かれて消えるくらいなら、俺の血肉に変えてやるよ!!
メッシュ:「おい!! セルヴォ、何をしている!? 戦いの真っ最中に飲酒だなんて……!」
「うるせぇ!! 焼かれる前に飲むしかねーだろーがぁぁぁッ!!」
俺は一缶のプルタブを強引に引きちぎると、黄金の液体を吸気口へと一気に流し込んだ。
―――ッ。
美味い。
狂気を感じるほどに、美味すぎる。
口に入れた瞬間、全電子回路が歓喜の悲鳴を上げ、視界の彩度が跳ね上がった。だが、噂に違わぬ強烈さだ。たった一缶で、姿勢制御ユニットが不規則な振動を始めた。
???A:「クククク……追い詰めたよ。誰にも僕の邪魔はさせない……」
???B:「ここで死んでもらうゼ!」
さて、お出ましだ。炎と銃撃の主たちが姿を現しやがった。
だが、あいにく俺は忙しいんだ。お前らのツラを拝んでる暇もありゃしねぇ。
あと四缶、……飲まなくちゃ……!!
二缶目!!
喉を通る液体が、高熱のハンダのように全身を灼く。……くっ、一気飲みは流石に堪えるな。
メッシュ:「あぶねぇ!!」
メッシュの叫び。
俺の横を何かが横切った気がした。強烈な熱源の接近を感知したが、直後、その熱はメッシュの盾によって遮断されたらしい。あいつ、意外といい仕事してやがる。
三缶目!!!!
うまい!! 地上の万物に感謝したくなるほど、うますぎるぞ!!!!
???A:「クククク……。まだまだ、これからだよ……!!」
はっはっは、何を言ってやがる。まるで宇宙の深淵から響いてくるような台詞だな。
宇宙、といえば――そういや、来年あたりにビートが何か言ってたような気がする。
いや、それは来年の話か。何だ、未来予知かよ。愉快なバグだぜ。
四缶目!!!!!
最高だ。最高だが……。
さて、なんだか体の力が抜けてきたな。各部の装甲が、まるで雲のように柔らかく感じる。
あー……、
気持ちいいわー……。
???A:「ふぃ オアsjむん fじゃsみf:ck8 fq3-049」
???B:「あq sw でf rgthyじ ゅきぉ;p@」
メッシュ:「@; p。、ぉmき じ ゅんhygtfrでs 」
カリパー:「亜 qsw で frg th yじ ゅ きぉ;p:@」」
はっはっはっはっはっ!
何言ってやがんだこいつら。
わけわかんねー。ゆかい、ゆかい。
ひゃっひゃっひゃっ。……アッヒャッヒャッヒャッ……?
誰だ今の笑い声。……あぁ、俺か。
さて、…………。
五缶目に…………。
ご…………。
……。
……。
……。
視界が、
暗い、
ノイズに、
と……。
け……。
―
「……ヴォ!」
あぁん?
「…………るヴォ!!」
さて、うるさいな。……せっかくいい気分で寝てたのに。
メッシュ:「セルヴォ!!! 起きろ!!!」
「ハッ……!!」
俺は弾かれたように身を起こした。
そこはフユーンの埃っぽい床ではなく、涼しい夜風が吹き抜ける森の中だった。目の前には、メッシュとキドゥが心底心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。
「さて、……」
俺は、何をしていた……?
確か、フユーンの中。猛火に包まれた工場。そこを住処にする謎の二人組に襲われたことは覚えているが。その後の光景が、黄金色の霧に霞んで見えない。
「あぁぁぁぁあッ!!」
だが。最優先事項だけは、本能が即座に叩き出した!!
「俺のヘベレケスペシャル!! あの残りの二缶はどうなったんだ!?」
ゲンジ:「この缶のことか? お前が意識を失う寸前まで、大事そうに抱えていたからな。我輩が持ってきたぞ」
見れば、重厚な甲冑姿のゲンジが、『ヘベレケスペシャル』と書かれた貴重な二缶を、恭しく俺に差し出していた。
「お、お前……」
カリパー:「苦労したんだよ? あの炎の化け物の追撃を、オイラが必死にいなしてさ」
ゲンジ:「我輩がその盾となって缶を守り抜き」
メッシュ:「そして、俺様が寝たお前を担いで脱出したってわけだ。ファッファッファ!」
キドゥ:「で、アタイがセルヴォを回復しといたけど、気分はどう?」
「さて、……お前ら、なんていいヤツなんだぁぁぁッッ!!!!」
俺は初めて、トランプ兄弟を「仕事相手」以外の何かとして認識した。
―
「さて、ビートか? 期待していいぜ。素敵な土産ができた」
村の酒場に戻り、ゴミ捨て場から拾い上げた壊れた電話機を即席の通信機へと改造し、本部の相棒へと連絡を入れる。
せめてこの極上のオイルを一缶分けてやれば、あいつも少しは報われるだろう――そんな柄にもない親愛を抱きながら、報告を続けた。
ちなみにメッシュたちは、目的の秘宝が手に入らなかったことを悔やみつつも、フユーンでの激闘を酒場の客たちに大袈裟に語って喝采を浴びていた。
ビート:「……それどころじゃないぞ、セルヴォ!!」
スピーカー越しに届いたビートの声は、かつてないほどに切迫していた。
「さて? どうしたんだよ。そんなに取り乱して。……さては俺がいないせいで寂しくなったか?」
ビート:「ハードネステンに、お前が脱走したことがバレた!!」
――沈黙。
「…………」
……さて、
一難去って、また一難か。
それとも、これを「自業自得」というのかね。
俺は手の中のヘベレケスペシャルの冷たさを感じながら、天を仰いだ。
第二十四話【オイルパニック】終わり