第三十話【APPEARANCE of RED】byセルヴォ
さて、あの関西弁の「優等生」――リーブを十二使徒の列に引き摺り込んでから、早いもので一ヶ月が過ぎた。
残る椅子は、あと二つ。
これらのピースが埋まれば、エデン再編……もとい、ラヴドとの全面戦争に向けた十二使徒の編成は完了することになる。十二使徒たちのための「お部屋」も、エデンリーダー兼科学部部長とかいう肩書き過多なカヲスさんの手によって、着々と戦艦化が進められていた。
『ノアの箱舟』。
空飛ぶ巨大な監獄か、あるいは救済の船か。さて、俺たち『トゥルース』にもあんな派手な玩具をプレゼントしてくれても良さそうなもんだが、「俺たちに大型兵器は似合わないし、そもそも必要ない」とデュオさんにあっさり切り捨てられた。
……まぁ、闇に紛れて背中を刺すのが仕事の俺たちに、空飛ぶ要塞は確かに無用の長物だ。納得しちまうのが、少しばかり癪だがな。
さて、任務達成まであと二歩というところで、流石のデュオさんの情報網も行き止まりにぶち当たったらしい。ここ一ヶ月、あちこちの戦場や廃墟を嗅ぎ回ったが、今いる化け物どもに匹敵するような逸材は一機も見当たらなかった。
仕方なく、俺たちも自らの脚で泥を歩き、情報を集めることになったわけだが。
何故かまた、俺とリネルのコンビで組まされた。
これまでの任務の偏りを考えれば単なるローテーションなんだろうが……。正直、今のこいつと並んで歩くのは不快だ。あのリーブの件以来、ずっとお通夜みたいな面をしやがって、とにかく鬱陶しい。
「さて、とりあえず、どっかの酒場にでも入るか。情報収集的な意味でな。情報収集的な意味で」
リネル:「……あ、はい」
「あ、はい」じゃねーよ。
今までのこいつなら、顔を真っ赤にして「また任務中に不謹慎な!」とか吠え散らしてきたはずだ。
「さて、お前……なんつーか、やる気はあるのか?」
リネル:「……あります。ありますよ……!」
覇気の欠片もねぇ。
いつもの
……あーあ、コンチクショーだ。
どうやら俺の中に、後輩の相談に乗ってやるなんていう、ガラにもねぇ『先輩風』が吹き始めちまったらしい。
「さて、リネル。ちょっと
―
「さて、任務中だ、
リネル:「……分かってますよ」
辿り着いたのは、村の端にある、埃と錆びた金属の匂いが停滞する場末の酒場だった。
俺はカウンターの傷だらけの木目に肘をつき、奥の店主に合図を送る。
「さて、おっさん! ここで一番キツい、火の出るような酒をくれ!」
リネル:「ちょ、ちょっと……!!」
「あぁん?」
リネル:「……私は、精製度の低い……弱いやつでいいです」
「なんだよ、飲むならもっとマシなのを……」
リネル:「いいから。弱いやつで」
「さて、まぁ。そっちの方が好みなら、好きにしろ」
さて、俺とリネルは、あくまで情報収集を建前に――というか、九割九分はただのヤケ酒目的で、カウンターに並んだ。
任務中に酒を飲むという俺の暴挙。これまでは何やかやと正論を並べて噛み付いてきたこいつだが、今日はそれすらも空虚な沈黙に消えていた。
「さて、で、最近なんかあったか?」
リネル:「……なんかって。いきなりどうしたんですか、先輩」
「お前のその、辛気臭いテンションが、俺の仕事効率を下げてんだよ。……思ってることを全部吐き出して、元の五月蝿いガキに戻りやがれっつってんだよ」
リネル:「…………」
「さて、……リーブの件、まだ引きずってやがんのか?」
リネルはグラスを両手で包み、ズズズ……と微かな音を立てて安物のオイルを啜った。
吸い込む量は僅かなはずなのに、それを飲み込むときの「ゴックン」という硬質な駆動音が、静かな店内でやけに鮮明に響いた。
リネル:「……リーブさんを、私と同じにしてしまいました」
「さて、同じ、だと?」
リネル:「ただ、穏やかに……平和に暮らしていた。そこに、わけの分からない組織が土足で踏み込んで、すべてを奪っていく。……私の村を焼いた、あのラヴドの連中と同じことを、私はしてしまったんです。……復讐するべき相手に、私自身がなってしまった」
さて、デュオさんから耳にしたことはあった。こいつの故郷は七年前、ラヴドに滅ぼされたってな。
被害者と加害者の境界線が混濁し、自分の中の『正義』がバグを起こしてやがんのか。
リネルは残った酒を胃袋へ叩き込むと、空になったグラスを机に叩きつけた。
リネル:「分かってますよ……。『トゥルース』としての私は、何一つ間違っちゃいないことも! ……でも!」
激昂して俺を睨みつけていたその瞳が、瞬く間に潤み、視線が力なく落ちた。
リネル:「……これからもずっと、これを続けていくんですよね。私たちは」
「さて、そうだな。……まぁ、そのうち何も感じなくなるさ」
最近、妙に手際よく仕事をこなすようになったから失念していた。
こいつは、まだ『トゥルース』という奈落の淵に立ったばかりの、ただの小娘だったな。
表面上は任務をこなせても、その
リネル:「……もう、私……。この先やっていく自信が……無いんです」
さて、思った以上に重症だな。……困ったもんだぜ。
「さて、お前、配属される前に聞いただろ? 『トゥルース』をやめることは、永久にできねぇんだよ」
リネル:「……はい」
俺たちの組織は、エデンの上層部しか知り得ない機密の塊だ。
情報の流出を防ぐため、一度この深淵に身を浸した者は、死ぬまでその外に出ることは許されない。その分、一般兵よりは遥かに良い待遇を享受できるから、俺やビートみたいに「そういうもん」だと割り切れりゃあ天国なんだがな。
「さて、だったら諦めろ。お前が足を踏み入れたのは、究極の悪道だ。……だが、それを誇れ。……世の中ってのは、案外こういう表に出せねぇ汚い仕事で回ってるもんだぜ?」
リネル:「…………」
「…………」
それ以上、かける言葉は見つからなかった。
慣れろ。あるいは、その汚れを愛せ。
優しい慰めなど何の意味も持たないことを、俺は知っているからな。
―――ドガッシャァァァァンッ!!
不意に、背後で鼓膜を震わせる派手な破壊音が響いた。
反射的に視線を投げれば、そこにはテンプレ通りの汚い装甲を晒した、これまたテンプレ通りのならず者共が、武器を振りかざして入り口に立っていた。
『ハッハッハー!! おい店主! さっさと一番いい酒を出しやがれぇ!!』
さて、やれやれだぜ。
一体全体、この世界はどうなっちまってんだ。どこの酒場へ入っても、数分後には必ずと言っていいほど山賊の類が湧いてきやがる。いい加減、このパターンには飽き飽きだ。
ちゃんと統治しろよラヴド……。
騒ぎ出す客や店主の悲鳴を余所に、俺は心底面倒くさくなって、深くため息を吐き出した。
不味い安酒のせいでただでさえ気分が乗らねぇんだ。さっさと店を出て、別の場所を探すと……。
そう思って、俯けていた顔を上げた、その瞬間だった。
俺の網膜が捉えたのは、文字通り「一瞬」で片付けられた後の光景だった。
入り口付近には、機能を停止し、見るも無惨にひしゃげた山賊どもの肢体が、山となって積み上がっていた。
……待て。
俺がため息をついて、顔を上げるまでの、わずか数秒だ。
その刹那の間に、一体何が起きた?
「さて、リネル。……何があった?」
リネル:「あ、あいつ……」
リネルが震える指で示したのは、死骸の山そのものではなかった。
その山の麓。返り血のような火花を僅かに散らしながら、静かに立ち尽くす『紅い影』。
紅い悪魔。
かつてそう恐れられた、DVL型メダロット、ブロッソメイルのメダチェンジ形態。
深紅の装甲が、店内の薄暗いランプの火に照らされて、不気味なほどの美しさを放っている。
???:「………………」
そのメダロットは、一言も発さなかった。
ただ、キョロキョロと小動物のように首を動かし、周囲にまだ獲物が残っていないかを確認している。
……冗談じゃねぇ速さだ。
俺とビートが組んで、死力を尽くして戦ったとしても、これほど鮮やかに、音もなく敵を殲滅することは不可能だろう。
???:「…………」
やがて、目的を終えたと言わんばかりに、ブロッソメイルは何事もなかったかのように静かな足取りで酒場を後にした。
…………。
あまりの出来事に、俺とリネルは石像のように固まってその背中を見送っていた。
だが、プロとしての直覚が、停止していた俺の回路を強引に叩き起こした。
「さて、リネル。……あいつ、追うぞ」
リネル:「は、はい! ……で、でも先輩、アイツどうするんですか? 派手な戦闘はデュオさんから厳禁だって言われてますよ?」
ブロッソメイル――基本設計は女型メダロット。
まぁ、メダルに宿る人格が男でも、女型のパーツをつけてる場合も稀にあるが……。
いや、理屈じゃねぇ。俺の、数多の女を泣かせてきた(あるいは泣かされてきた)勘が、そう叫んでいやがる。
「さて、任せろ……。腕力じゃ勝てそうにねぇ相手だがな」
俺は不敵な笑みを浮かべ、腰を上げた。
「……要は、あの女を『口説き落とせば』いいだけだろ?」
第三十話【APPEARANCE of RED】終わり