第三十二話【REAPPEARANCE of NAGISA】byビート
ブロッソメイルのレッド――後にリーブから共有された名だが――の十二使徒登録が完了し、残る席数はついにあと一つとなった。
最後の一欠片を求め、俺とセルヴォは今日も埃っぽい荒野や廃墟となった都市を彷徨い続けている。
セルヴォ:「さて、本部で地味仕事に追われるのも辛いが、ここまで候補がいねーと退屈で死にそうだぜ。おい」
セルヴォはここ数日、この不満を排熱の煙と一緒に吐き出し続けている。
だが、俺に言わせればこれまでが順調すぎたのだ。ハードネステンを含め、同等の戦闘力を持つ個体を十二体も揃えろというのは、統計的に見れば無茶な話だ。この任務を拝命してから一年。よくぞここまで辿り着いたものだと思う。
……あるいは。
リーダーカヲスにとって、戦争の勝敗など実はどうでもいいのではないか。そんな疑念が頭を掠める。
この任務は、単に開戦を先延ばしにするための時間稼ぎではないのか。新生エデンは旧エデンの残兵がカヲスを神輿として担ぎ上げて再興した組織だ。彼にラヴドを滅ぼすほどの闘争心があるのか、俺には確信が持てない。現に、彼は軍の増強よりも、科学部の深淵で行っている「研究」にのみ異常なまでの執着を見せている。
その研究の内容は極秘。俺たちトゥルースにさえ、その情報は遮断されていた。
セルヴォ:「さて、運命の出会いってのはねーもんかね。この糞平和な道を歩いてたら、いきなりお誂え向きな十二使徒候補が空から降ってくるとかよ」
あるわけないだろう。
……そう吐き捨てようとしたが、今の俺には断言できなかった。思えば、こいつがメッシュたちに出会ったのも、レッドを捕捉したのも、すべては計算外の偶然だったからだ。二度あることは三度ある。その不確かな言葉に縋りたくなるほど、この静寂は退屈だった。
『へいへいへい! お嬢ちゃん! ここを通りたければ、身ぐるみ剥いじまうぞ!!』
前方から不快なダミ声が響いた。
まさか本当に出くわしたのか――俺は瞬時にセンサーを前方に集中させたが、すぐに期待を捨てた。
路地裏にいたのは、見るからに低質なパーツを継ぎ接ぎした、救いようのない小物。そいつが自分より弱そうな「女」を狙い、金品を強奪しようとしている。目立たぬよう人通りの少ない裏道を選んでいたが、こういう輩に鉢合わせるのは、掃き溜めのようなこの世界の日常茶飯事だった。
:「失礼。僕は女性……フィメイルではない。女型のパーツを装備してはいるが、僕は男……メイルだ」
小物に絡まれている女、いや男が、静かに答えた。
大天使を模した『パーティクル』の純正パーツ。その美しい装甲は、この荒廃した路地裏で異様なほどの神々しさを放っていた。
……待て。あの個体。
俺の記憶が、一つの答えを弾き出す。たしか、リーブの監視任務中にリネルと接触していたパーティクルだ。
ナギサ。たしか、そう名乗っていたはずだ。
セルヴォ:「さて、ビート。どうした。まさか、正義の味方でも演じるつもりか?」
セルヴォは、そのやり取りを路傍の石でも眺めるような冷淡さで見つめている。
「いや……あのパーティクル、見覚えがあってな」
俺たちが囁き合っている間にも、事態は動いていた。小物が苛立ちを露わにし、左腕の武器をナギサへ突きつける。
『んなこたぁどうでもいいんだよ! さっさと金を出しな!!』
ナギサ:「あいにく、このお金……マネーは僕の旅を続けるための生命線……ライフラインなんだ。渡すことはできない」
『だったら力ずくで奪ってやんよぉ!!』
小物が咆哮と共に、最短距離でナギサへ殴りかかった。
直撃――そう確信した次の瞬間、奇妙な現象が起きた。
ナギサの前方五十センチほどの空間。そこに、半透明の歪みが壁となって出現し、小物の拳を受け止めた。
――ッ、ガギィィィン!!
凄まじい衝撃波。殴りかかった側であるはずの小物が、自らの打撃の勢いそのままに後方へと弾き飛ばされ、壁に激突して機能を停止した。
ナギサ:「争い……コンフリクト。争いは、必ず自分自身をも傷つける。悲しく、虚しい……。そんなものでは、僕の心の壁は砕けないよ」
ナギサは直立したまま、眉一つ動かさずにその場に佇んでいた。
独り言を呟く余裕。圧倒的な、非対称の防衛。
「セルヴォ、今のを見たか」
セルヴォ:「さて、雑魚がさらに雑魚を返り討ちにしただけだろ?」
セルヴォは注意を払っていなかった。だが、俺の頭脳は警報を鳴らしていた。
今、ナギサが使ったのは『反射』だ。
敵の出力をそのまま逆流させるこのパーツは極めて希少で、使いこなすには天性のタイミングと演算能力を要する。普通のメダロットがあそこまで正確に、しかも不意の打撃を反射できるはずがない。
「ちょっとミサイル撃ってみるか……」
セルヴォ:「あぁ?」
セルヴォが聞き返すのを無視して、俺は頭部のハッチを開放。ナギサの背後、その無防備な後頭部に向けてミサイルを射出した。
ただの一般機ならば、死角からの不意打ちに反応などできるはずがない。十二使徒クラスの怪物でない限り、後頭部に爆圧を受けて沈黙するのが道理――。
しかし。
その道理は、一瞬で覆された。
ナギサの後頭部、やはり五十センチほどの虚空に、あの半透明の壁が現れた。
――反射だ。
ミサイルは爆発することなく空間で反転し、放った主――俺へと向かって猛烈な速度で逆流してきた。
セルヴォ:「だぁーっ! 何してんだテメェ!!」
セルヴォが俺を突き飛ばして前に出た。
咄嗟に振り下ろした左腕のハンマーが、戻ってきたミサイルを至近距離で叩き落とす。
――ズ、ドォォォォォンッ!!
爆風が収まると、セルヴォの左腕装甲が無残にひしゃげていた。ミサイルの直撃を受け止め、自機のパーツを犠牲にして俺を守ったのだ。
「……あのメダロット、十分すぎるんじゃないか?」
セルヴォ:「……あぁん? さて、……。たしかに、あの精度。俺の腕を一本持っていきやがったか。合格点、どころじゃねえな」
セルヴォの目に、獲物を狙う戦士の光が戻る。
ナギサはこちらへ向き直ると、不気味なほど穏やかな、春風のような微笑を浮かべた。
ナギサ:「何か、僕に用事でもあるのかい? あいにく、僕は戦闘が苦手でね。戦いなら、勘弁しておくれよ」
何を言っている。あそこまで精密な反射を見せておいて。
不意打ちを完璧に撥ね退け、あまつさえこれほど平然としていられる時点で、戦いが苦手などという言葉は、強烈な皮肉にしか聞こえなかった。
セルヴォ:「さて、それだけの反射を使いこなしておいて、そいつはねえだろ」
セルヴォがひしゃげた左腕をぶら下げたまま、低く唸った。俺も同感だ。不意を突かれた直後にもかかわらず、鏡のような精密さでこちらの攻撃を突き返してみせる。そんな「怪物」が戦いを好まぬなど、笑えない冗談だ。
ナギサはセルヴォの目をじっと見つめ返すと、何かを決心したように一度だけ、静かに頷いた。その直後、彼の顔からあの穏やかな笑みが消えた。
ナギサの白い装甲が眩い光を放つ。
重低音が空気を震わせ、機体構造が組み換わっていく。
ナギサ:「僕はパーティクルのナギサ。平和……ピースを愛する者だ」
光が収まった時、そこにいたのは重厚な戦車型へと変貌を遂げたナギサの姿だった。
セルヴォ:「さて、……だから戦闘は苦手だってか!?」
セルヴォが地を蹴った。残された右腕の出力を最大まで励起させ、ナギサの正面へと肉薄する。
渾身のソードが、無防備なナギサの装甲へと叩きつけられた。――鈍い激突音。だが、驚くべき現象が起きた。セルヴォが刻んだはずの亀裂が、内側から溢れ出すナノマシンの光によって、瞬時に、魔法のように修復されていったのだ。
セルヴォ:「……なっ!? さて、……自動回復かよ、こいつ!!」
「……なるほどな」
『継続リペア』と『自己修復』。パーツの損壊をその場で再構築し続ける、継戦能力の極致。
ならば、回復を上回る火力を叩き込むまでだ。俺はセルヴォの攻勢を援護すべく、ライフルの照準をナギサの急所へ固定し、引き金を引いた。
だが、ナギサは即座に変形を解除。再び二脚の人型へと戻ると、こちらの弾丸をまたもやあの透明な壁で受け止めた。
――ッ、ガギィィィン!!
逆流してくる自らの弾丸。俺は咄嗟に回避したが、弾丸が右腕の装甲を掠め、鋭い熱とともに火花を散らした。
変形、反射、そして再生。そのすべてを流れるような一連の動作で行う。……これほど隙のない「守護者」は見たことがない。
「セルヴォ、一旦引くぞ。相性が悪すぎる」
セルヴォ:「……さて、そうだな。正攻法じゃ泥沼だ」
俺はナギサに直撃しない位置を狙ってミサイルを連射し、地面を爆破した。
巻き上がる猛烈な砂埃。視界が遮られた刹那、俺はセルヴォの肩を掴んで近くの茂みへと飛び込み、熱源反応を最小限に抑えて気配を殺した。
ナギサ:「……ほら、やはり戦いは苦手だ。こんなにも心……ハートが痛むのだからね。どうしても僕には、戦う者の気持ちが分からないよ。……まだまだ、未熟だね」
ナギサは俺たちが消えた虚空へ向かって独り言を呟くと、何事もなかったかのように元の進行方向へと歩き出した。その背中からは、戦意も警戒心も一切感じられなかった。
セルヴォ:「さて、どうするよ?」
「あのパーティクル、たしかリネルの知り合いだったはずだ。……以前、任務中に接触している」
セルヴォ:「リネル、だと? ……さて、そいつは都合がいいじゃねえか」
セルヴォが不敵に笑う。
知己であるという事実を利用し、油断させたところで急襲する。それが卑怯だろうと汚かろうと、俺たちの流儀だ。
そして何より、リネルの「デストロイ」は、あらゆる防衛行動を無効化するダイレクト攻撃――反射という名の鏡を、問答無用で粉砕する唯一の『牙』。
セルヴォは即座に通信機を起動し、待機中のリネルへと回線を繋いだ。
セルヴォ:「さて、リネルか? お前、ナギサとかいう大天使野郎と知り合いだったよな。……あぁ、そうだ。至急こっちへ来い。……恐ろしく強ぇぞ。俺の腕を一本、持ってかれたからな」
―
一日後。
呼び出しに応じたリネルが、指定した合流地点へと到着した。
その間、俺とセルヴォはナギサを影のように尾行し続け、彼が『すすたけ村』へと入っていくのを確認していた。
余談だが、今のすすたけ村には、住民に擬態したエデンの兵士たちが平穏を装って暮らしている。リーブとの契約――村の平和を維持するための、エデンなりの「誠実な」支配だ。
合流したリネルは、すすたけ村の穏やかな景色を目にした瞬間、その顔を暗く沈ませた。
セルヴォからの報告によれば、彼女は以前のリーブの件で、自らが成した行いの『真実』に心を焼かれているらしい。……あの日と同じ風景。それが彼女の古傷を抉っているのだ。
「リネル。ナギサが村から出てきたら、まずは接触しろ。知人としてな」
セルヴォ:「さて、そこでアイツを説得するなり、脅すなりしてエデンに引き摺り込め。……抵抗するようなら、殺しても構わねえ」
『殺す』。
セルヴォが吐き捨てたその一言に、リネルの機体が目に見えて震えた。彼女の目が明滅し、顔面が蒼白な輝きを帯びる。
「辛いだろうが、乗り越えろ。お前はもう、ただのメダロットじゃない。……『トゥルース』なんだ」
俺の言葉は、我ながら無機質で突き放すような響きだった。だが、甘い言葉で彼女を繋ぎ止める段階はもう過ぎている。
リネルは一瞬、泣き出しそうな瞳で俺を見上げたが……やがて、震える拳を握りしめた。
リネル:「……わ、分かりました。……頑張ります」
奮い立った、というよりは、崩れそうな心を義務感という名のギプスで無理やり固めた、そんな危うい気迫。
その時だった。
村のゲートを潜り、一機の影が現れた。
ナギサ。ただ独り。
セルヴォ:「……いけ」
潜伏していた草むらから、リネルが弾き出されるように飛び出した。
ナギサへ向かって走る彼女の背中は、まるで、断頭台へ向かう罪人のように孤独に見えた。
リネル:「……ナギサさん!!」
ナギサ:「やあ。……リネルじゃないか。またこのような場所で巡り合うとは、運命……デスティニーを感じるよ」
ナギサはいつも通りの、春風のように爽やかな微笑みで彼女を迎えた。
対照的に、リネルは沈黙し、何かを押し殺すように俯いている。
ナギサ:「おや……? どうしたんだい? 元気……バイタリティーが足りないようだね」
リネル:「……いえ。大丈夫です」
ナギサ:「そうかい? 元気がないと言えば、この村も少し寂しくなってしまったようだね。村を支えていた若き英雄が、急にいなくなってしまったらしい。……僕はこの村が大好きだったのだけれど。……少しだけ、残念……バマーだよ」
ナギサが語る、リーブの不在。
その言葉が、リネルの精神を限界まで追い詰めていくのが、遠目からでも分かった。彼女の顔は、青を通り越して、透き通るような白へと変わっていく。
ナギサ:「そういえば。昨日、妙な二人組に出くわしたよ。最初は僕から金品を奪いに来たのかと思ったのだけれど……。なんだか、僕の力を測っているような、そんな視線を感じたな。……フフフ。世界は謎に満ちているね。リネルも、気をつけた方がいい」
リネル:「ナギサさん!!」
悲鳴に近い絶叫。
リネルは弾かれたように右腕を跳ね上げ、恩人の心臓部へと真っ直ぐに向けた。
ナギサは驚き、彼女の顔を覗き込んだ。
リネル:「貴方の戦闘能力については……もう、調べがついています。……私と一緒に、来てください!!」
ナギサはしばらくの間、狐につままれたような顔をしていたが。
やがて、その口元に笑みを浮かべた。
それは、これまでの彼が一度も見せたことのない、すべてを悟り、諦めたような……乾いた笑い。
ナギサ:「……そうか、そういうことか、リネル」
第三十二話【REAPPEARANCE of NAGISA】終わり