第三十四話【DO・OR・DIE】byリネル
――七年前。
あの日。私たちの村に、ボロボロに傷ついた一機のメダロットが迷い込んできてから、数ヶ月が過ぎていた。
献身的な看護の末に全快した彼――かつての名を捨て、村の一員となった彼に助けられ、私たちの生活は少しずつ、けれど確かに豊かになっていた。慎ましくも、温かな光に満ちた日々。
それが、最悪の断絶を迎える。
村の境界を越えて、鉄の足音が響いた。
土煙を上げてやってきたのは、整然と隊列を組んだラヴドの粛清部隊だった。
『すまないが、このメダロットはこの村に滞在しているかな?』
隊長と思われる機体が、一枚の紙を私の眼前に突きつけた。
それは無機質な手配書だった。そこには、あろうことか『彼』の姿が、凶悪な犯罪者のように描き出されていた。
「えっ……」
思わず、声が漏れた。
私の隣で、誰よりも優しく笑い、誰よりも懸命に村のために尽くしてくれた彼が、一体何者だというの。ラヴド軍に追われる身であることは事実のようだけれど、私たちが知る彼は、少なくとも「悪」などではなかった。
『やはり、この村に隠匿しているようだな』
私の表情の揺らぎを、隊長の冷徹なレンズは見逃さなかった。
流石は一小隊を任された指揮官。コンマ数秒で状況を察した彼は、背後に控える部下たちへ、澱みのない声で命じた。
『反乱分子をあぶり出せ。手段は問わない。……これは、大義のための正義の粛清である』
すぐに、村の皆に知らせなきゃ!
そう思って、私は喉を震わせ、大地を蹴ろうとした。けれど、それよりも早く、隊長の太い腕が私の華奢な機体を強引に組み伏せた。
『すまないね。君には、少しの間おとなしくしていてもらおうか』
その声を最後に、私の意識は暗い底へと沈んでいった。
―
次に私が目を覚ました時に感知したのは、焼け付くような高熱反応だった。
意識を覚醒させた私の視界を埋め尽くしたのは、鮮烈な橙色の奔流。
私たちが丹念に手入れをしていた民家も、収穫を待っていた畑も、すべてが業火に巻かれ、黒煙を上げて崩れ落ちていく。
すぐ隣には、ワイヤーで無残にぐるぐる巻きにされ、泥の中に転がされた村人たちの姿があった。
『隊長、多少の犠牲はありましたが、無事任務完了であります!』
『うむ、反乱分子の粛清のためならば致し方ない。それでは、村人たちへの尋問を開始しようか』
何が、起きているの?
何故、こんなに簡単にすべてが壊されてしまったの?
ただただ混乱し、思考が停止し、震えることしかできない私たちに対し、ラヴド軍による『尋問』という名の精神的な解体が始まった。
そこで聞かされたのは、あまりにも残酷な裏側の事情。
『彼』は、元ラヴドの兵士だったらしいわ。
けれど、終わりのない戦争に疑問を感じた彼は、「エデンに勝利したとて、失われた人類は戻らない。これ以上の殺戮は無意味だ」と上官に訴えた。その至極真っ当な願いが、組織の規律を乱す『反乱分子』と定義され、彼は同胞から追われる身になった。
あの時、彼がボロボロの状態で私たちの村へ辿り着いたのは、背後から味方の銃弾を浴びせられたからだったのね。
尋問は、悪趣味な舞台の上で続けられた。
隊長は、粉々に砕け散った『彼』のメダルの残骸を机の真ん中に放り出し、私たちが彼の素性を隠匿していたと執拗に責め立てたわ。
私は、私たちは、何も知らなかった。ただ助けを求める者に手を貸しただけ。ラヴドの邪魔をするつもりも、エデンに加担する意志もなかった。
高圧的な尋問が数日間に及び、私たちが極限まで疲弊しきった頃。隊長は、満足げに椅子を引いて立ち上がった。
『どうやら、村人たちは反乱分子にそそのかされていただけで、悪意はなかったようだ。彼らを許し、解放しようではないか』
その一言に、周囲の兵士たちが一斉に拍手を送った。
「隊長は人格者だ」「正義は彼の為にある言葉だ」――。
英雄を見るような羨望の眼差しを浴びながら、隊長はこれっぽっちの曇りもない笑顔で、泥に汚れた私たちを見下ろした。
『諸君らは、知らぬこととはいえ、反乱分子に力を貸すという大罪を犯した。しかし、我々は強い慈悲の心をもって、君たちを許し、解放する』
そうして、私たちは解放された。
けれど。ワイヤーを解かれた私たちの前に残っていたのは、焼けた土と、灰色の風だけ。
村は跡形もなく焼き払われ、帰るべき場所なんて、もうこの世界のどこにも残されていなかった。
そうして、私たちは住む場所を失い、あてもなく荒野を彷徨う放浪者となった。
かつては共に笑い、明日を語り合った村の仲間たちは、今や泥と煤に汚れ、一歩進むことさえ苦痛に顔を歪める
けれど、運命という名の「不幸」は、まだ私たちを逃がしてはくれなかった。
逃避行の最中、私たちは最悪のタイミングで戦場に足を踏み入れてしまった。
ラヴド軍とエデン軍、両陣営による小規模な交戦。
―――ババババババッ!!
静寂を切り裂く銃声。乾いた大気を震わせる爆鳴。
戦闘が始まると同時に、双方の軍隊が非戦闘員である私たちを「保護」しようと動き出した。
何人かの村人は、黒い装甲のエデン兵に抱えられ、戦線の外へと運ばれていった。
そして私は、ラヴドの兵士に掴み上げられ、遮蔽物の影へと避難させられた。
……けれど。その時には、すべてが終わっていたの。
開戦の直後、勢いに乗ったラヴド軍が放った、広域制圧のための一斉砲火。
空を埋め尽くした弾丸の雨。無数に降り注ぐ弾丸のいくつかが、私のすぐ隣にいた親友を、容赦なく撃ち抜いていた。
鉄の焦げた匂い。砕け散った装甲の破片。
さっきまで私の手を握っていたはずの指先が、今は物言わぬ冷たい金属の塊となって、砂の上に転がっている。
彼女のメダルに致命的な亀裂が入る音が、私の耳の奥に呪いのようにこびり付いた。
私を「救い出した」ラヴドの兵士は、汚れのない、晴れやかな笑顔で私を覗き込んできたわ。
『良かった! 君だけでも助けることができた!』
……良かった?
何が? 誰が?
その歪なまでの善意の笑み。それが、あの村を焼き払ったラヴドの隊長と、完璧に、残酷なまでに重なった。
思い出すだけで各部が激痛を訴える、あの忌まわしき言葉が蘇る。
『我々は強い慈悲の心をもって、君たちを許し、解放する』
慈悲の心……?
許す……?
ラヴドの奴らのどこに、そんな高尚なものが宿っているっていうのよ。
内輪揉めの末に私たちの村を灰に変え、正義を気取った一斉射撃で、私の親友たちの未来を永遠に奪っておきながら!
何故、自分たちの一挙手一投足を、一度だって疑わずにいられるの?
人類が滅び、ようやく平和に暮らそうとしていた私たちのような存在を、ただの景色のように無視して。勝手に戦争を始め、勝手に正義を定義して。
アイツらに、『正義』なんて言葉を口にする資格なんて、最初から微塵も無かったのよッ!!
――そうして、私はラヴドを激しく憎悪し、今、このエデンの深淵に立っている。
かつて私が持ち合わせていた、平和を愛する心なんてものは、あの紅蓮の夜に焼き尽くされて消えてしまった。今の私を突き動かしているのは、ただ一点。ラヴドという組織をこの世から抹殺するための、
そう、信じていた。
けれど。ナギサさんは、そんな私を「平和を望む者だ」と言い切った。他人の幸せを自らのことのように喜び、他人の不幸を嘆くことができる目だと。
それはナギサさんの独りよがりな、勝手な解釈だったのかしら。私は、彼が期待するようなそんな「善いメダロット」なんかじゃない。……そう自嘲しようとしても、胸の奥で何かが激しく脈動して止まらない。
本当は、ナギサさんの方が、私よりもずっと私のことを見て、分かっていたんじゃないのか。あの時、銃口を向けながら感じた、機体がバラバラに壊れそうなほどの動揺。あれこそが、私の心が吐き出した、裏切ることのできない『真実』だったんじゃないのか。
私にはもう、自分のことが分からなくなってしまった。
最後の一機としてナギサさんが加わったことで、エデンの「十二使徒」はすべて揃った。
まもなく、本格的な宣戦布告が為される。
それはつまり、私の望んでいたラヴドへの復讐が、この上なく具体的な、暴力の形となって現れるということ。
……そしてそれは同時に、かつての私の親友のような犠牲者を、何の罪もないのに戦争という歯車に巻き込まれて命を落とす者を、私が、この手で生み出すということでもある。
そうしてまた、私のような「復讐者」が生まれる。
これでいいの? これが、私の求めていた結末なの?
リーブさんのように仲間に罵声を浴びせられ、ナギサさんのように信じた者に裏切られ、絶望の淵へ叩き落とされる者を増やすことが、私の望みなの?
私は……本当の私は。
メッシュたちのように、温かな仲間に囲まれて。
ゴッドエンペラーのように、心の底からいつも笑っていて。
ベルゼルガのように、自分だけの揺るぎない信念を貫きたかった。
……そうなりたかったんじゃないの?
どうして、こんなところまで来てしまったんだろう。
竜のように思慮深く行動できなかったから?
ハードネステンのように、真面目に義務をこなせなかったから?
もう、嫌。
タインのように何も考えず、レッドのように何も話さず、ただ静寂の中に沈んでいたい。
けれど、私の思考は止まってはくれない。
私は何を望んでいた? ラヴドへの復讐が、自分自身の存在を削るほど価値のあるものだったの?
私と同じ地獄をアイツらにも味わわせれば、それで満足して、私の時間は動き出すの?
…………。
…………違う。
絶 対 に 違 う !!
私は、ラヴドという組織に復讐したかったんじゃない。
私が七年間、ずっと胸に抱え続けてきたこの怒りの炎は、アイツらに向けられていたんじゃない!
私は。
私は……。
『 戦 争 』 そ の も の に 復 讐 が し た か っ た ん だ !!
どうして、今さら。
すべてを壊してしまった今になって、こんな単純なことに気づいてしまうの。
もう、遅い……。遅すぎるわ。
けれど。
もしも、まだ遅くないのだとしたら。
まだ、私の指が、この世界の歪んだ因果に届くのだとしたら。
私は、復讐をしたい。
すべてを奪い、すべてを汚す「戦争」そのものに、最大級の報復を。
抗って、戦って、この愚かな殺戮の連鎖が生み出す犠牲者を、一人でも減らしたい。
そのためには。
それを実行するための、具体的な方法は――。
……うん。分かったわ。
私のやるべきことが、今、ようやく分かった。
決めた。心は決まったわ。
私の仲間たち。
未熟で、バカで、お人好しだった私と一緒にいてくれた、愛すべき戦友たち。
今まで、本当にありがとうございました。
私、リネルは。
今日から、『戦争』への復讐を果たします!!
――この命、すべてを賭けて、挑ませてもらうわ!!
第三十四話【DO・OR・DIE】終わり