第三十六話【APPEARANCE of TRUTH】byリネル
私、リネルは『トゥルース』を辞めた。
辞めた、と言っても、あの情報の深淵に辞表を叩きつけるような真似はできない。あそこは一度足を踏み入れれば、途中で降りることなんて許されない場所だから。
だから私は、深夜の巡回を縫い、冷え切ったエデン本部から音もなく逃げ出した。
セルヴォ先輩、ビート先輩、そしてデュオさん……。あんなに濃い面々と二度と会えなくなるのは、胸の奥が少しだけチクリと痛むけれど。
それでも、後悔はしていない。これで良かったのだと、心の底から確信しているの。
驚くほど、体が軽い。
各部の関節が滑らかに駆動し、まるで重力から解き放たれたような心地よさ。
目に映る荒野の景色さえ、今はキラキラと輝いて見える。
復讐のためにエデンに魂を売り、闇の中で息を潜めていた頃には、一度だって感じられなかった高揚感。
かつて、村で親友と一緒に笑い合っていた時と同じ、温かな温度。
――あぁ、これこそが、私の『真実の姿』だったんだわ。
ラヴドへの憎悪に身を焦がし、他人の不幸を糧にするトゥルースのリネルじゃない。
ただ、平和を願い、明日を信じて歩く普通の女の子としての自分。それが私の、本来あるべき生き方なのだと、ようやく気づけた。
今の私は、村から村へと渡り歩く、名もなき旅人。
エデンが本格的な戦争を始める前に、戦火に巻き込まれるはずの無関係なメダロットたちを、一人でも多く避難させたい。そのために、協力してくれそうな人を探して各地を巡っているわ。
もし、衝突が始まる前に、エデンでもラヴドでもない『第三の勢力』を築くことができれば……。
二つの巨大な不条理がぶつかり合うのを、この手で食い止められるかもしれない。
戦争で流されるオイルを、一人分でも減らせるかもしれない。
たとえそこまで上手くいかなくても、皆で手を取り合い、力を蓄えれば、戦争という嵐に対して無抵抗なまま踏みにじられることはなくなる。
互いに守り合い、逃げ延びるための術を持つ集団。それさえあれば、少しは犠牲者を減らせるはず。
私のように、復讐に身を染めて自分を見失うような人を、二度と生まずに済むかもしれない。
成功する保証なんてどこにもないけれど、とにかくやるしかないの。
今の私は、かつてないほどの活力に満ち溢れているんだから!!
―
そうして希望を胸に歩みを進めていた、その時だった。
背後から、あまりにも懐かしい声が降ってきた。
実際には、本部を抜けてからそれほどの時間は経っていないはずなのに。
その声を最後に聞いた時が、何年も昔のことのように感じられたわ。
セルヴォ:「さて、……気味が悪いくらい元気だな、オイ」
ビート:「随分と、いい顔をするようになったものだ」
その声、その足音。
――セルヴォ先輩と、ビート先輩……!!
「先輩!!」
私は弾かれたように振り返り、思わず叫び声を上げていた。
トゥルースという居場所こそ捨てたけれど、やっぱりこの人たちがどうしているのか、いつも心のどこかで気に掛けていた。
……まぁ、この二人組のことだから。相変わらず文句を言いながら、淡々と『仕事』をこなしているのでしょうけれど。
セルヴォ先輩は一つ、深く、重いため息を吐き出した。
セルヴォ:「さて。……そんなに、トゥルースの仕事は嫌だったか?」
「え、あ……。……そうですね。正直に言えば、嫌いでした」
濁すこともできたけれど、今の私は「真実」を生きると決めた旅人だ。私は真っ直ぐに、かつての先輩の目を見つめて答えた。
ビート:「そうか。……確かに、君のような気性ではな。あのような汚れ仕事は、およそ似つかわしくなかった」
ビート先輩は納得したように、小さく頷いた。
その後、私たちは道の傍らに腰を下ろし、しばらくの間、他愛もない話に花を咲かせたわ。
十二使徒任務が無事に終わったあと、二人がデュオさんと一緒に、打ち上げに行ったこと(セルヴォ先輩とデュオさんは、酒の勢いに任せてハードネステンさんへの愚痴を延々と垂れ流していたらしい)。
これからの私の旅の目的や、エデンの現状。
そして、十二使徒たちのその後。あのメッシュさんが、新設予定の第二拠点『ビッグブロック』の管理業務に、暑苦しいほどの情熱で立候補した話……。
こうして笑い合っていると、自分がまだトゥルースの一員で、二人の後輩であるような錯覚に陥ってしまう。
けれど。それと同時に、リーブさんやナギサさんといった「善意」の人々を踏みにじってしまった記憶が、胸の奥をキリキリと締め付ける。
だからこそ、やらなきゃいけない。彼らのような犠牲者が生まれる前に、私ができることを。
「そういえば、先輩たち。今日はどうしたんですか? 何かの任務の途中、とか?」
会話が一段落したところで、私は何気なく、二人の背後にある『現実』を尋ねてみた。
少しだけ、期待していたのかもしれない。もし困っていることがあるなら、罪滅ぼしも兼ねて、かつての仲間として少しだけ手を貸してあげてもいいかな、なんて。
セルヴォ:「……さて。……まぁ、そうだな。任務中だ。……なぁ、ビート?」
ビート:「ん……。あぁ。任務の、遂行中だ」
急に、二人の歯切れが悪くなった。
視線が泳ぎ、どこか別の遠い場所を見つめるような不自然な「間」。
やはり、辞めた者には詳しい作戦内容は言えないのかしら。組織の機密保持という鉄の掟を思い出して、私は苦笑いを浮かべた。
セルヴォ:「さて。……ビート。今回の、俺たちの任務は……なんだ?」
あれ? 違う。
セルヴォ先輩は、私に教えることを躊躇っているんじゃない。相棒に、その言葉を「言わせよう」としている……?
ビート:「………………」
ビート先輩が、鉄の仮面を被ったように沈黙する。
セルヴォ:「さて。言いたくないなら、しょうがねぇがよ……!!」
ビート:「……いや。待て。……俺が言う」
「どうしたんですか? 先輩たち、さっきからなんだか変ですよ?」
本当におかしい。
いつもなら得意げにセルヴォ先輩が問いかけ、ビート先輩が間髪入れずに正確な情報を出力する。そんな阿吽の呼吸が、今は見る影もなく瓦解していた。
まるで、これから口にする言葉を、自らの思考が拒絶しているような。
できることならこの任務を避け、回れ右をして逃げ出してしまいたいような……。
あ。
そこまで考えた瞬間。私の体から、急激に「熱」が引いていくのを感じた。
腹部の内装部品が、すべて三センチほど重力に従って下にずり落ちてしまったかのような、不快な衝撃。
背筋の装甲を、冷たい油が這い上がってくるような戦慄。
セルヴォ:「さて……。俺たちの任務は……」
ビート:「俺たちの任務は……」
――まさか。
私がその「真実」の輪郭を掴みかけた、その時。
二人は同時に、逃れようのない死の宣告を口にした。
「「 裏 切 り 者 リ ネ ル の 抹 殺 」」
第三十六話【APPEARANCE of TRUTH】終わり