第三話【APPEARANCE of TINE】by ビート
デュオ主任から指示された指定座標M-R-4地点に、俺とセルヴォは予定時刻通りに到着した。
目的地周辺は、復興の熱気と放置された瓦礫が混在する中規模の都市だ。本来であれば迅速に合流し、任務を遂行すべき局面だが、セルヴォが「単独の方が動きやすい」と主張したため、俺たちは一時的に別行動をとることになった。
現在、俺は無機質な足音をアスファルトに刻みながら、独りで街を歩いている。
ターゲットの機体は、大悪魔型メダロット『グレイン』。
極めて特殊なフォルムをしており、機体サイズも平均的なメダロットより一回り大きい。本来なら、索敵をかけるまでもなく容易に発見できるはずの存在だ。
しかし、この街の人口密度は推測よりも高く、メダロットの多さも相まって、視覚センサーによる個体識別の精度が鈍る。
とにかく、まずは個体が密集しそうな広場や商業区画を中心に、駆動音を探り――。
『 挑 戦 者 〝 さ り 気 〟 に 求 む ! ! ! ! 』
――即座に、答えが向こうからやってきた。
耳を叩くような絶叫。広場の中央から響いたその声は、周囲の喧騒を力技でねじ伏せていた。
視線を向ければ、人だかりの向こう側、噴水の縁に屹立する巨大な影が見えた。
間違いなく、目的の『グレイン』だ。俺は群衆の背後で機体を停止させると、即座に暗号通信機を起動し、相棒へと回線を繋いだ。
「目標を発見した。M-S-2地点の広場だ。至急援護に来てくれ」
セルヴォ:「さて、了解~。……グッ、……ゲプッ」
受話器越しに聞こえてきたのは、明らかに揮発性の高い「燃料」を摂取した直後の不快な排気音だった。
この任務の最中に、あの男はどこかの店を見つけてアルコール……いや、高純度オイルを煽っていたに違いない。俺はため息を吐きながら、湧き上がる「不快」という名の感情を抹殺した。通信を切り、再び視線をターゲットへと戻す。
タイン:「三日後、隣町で開催される格闘大会に、俺はさり気に出場する!! もし俺を倒すような奴が現れたら……俺はそいつの言う事を、さり気に何でも聞いてやるぜ!!」
噴水の上で吠え続けるその機体――タインを見つめ、俺は脳内で彼の行動パターンをシミュレートする。
戦士としての名誉、あるいは単純な強者への渇望。その動機は何であれ、公衆の面前でこのような宣言をする個体は、トゥルースにとって最も扱いやすい「単細胞」に分類される。
セルヴォ:「さて、テメー。何が目的なんだよ」
不意に、人混みの向こう側から軽薄な声が割り込んだ。
セルヴォだ。俺の通信から一分足らず。驚異的な到着速度は、彼が最初からこの広場の近くで遊んでいたことを証明していた。タインは待っていたと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべてセルヴォへ返答する。
タイン:「俺はさり気に強い奴と戦いたい!! 俺を倒すくらい強いやつに会うのが、俺のさり気なる目的だぁ!!」
……分析完了。
この男は論理ではなく衝動で動いている。
しばらくして群衆が解散するのを見届け、俺はセルヴォと合流した。近づくにつれ、彼の関節部からは安物のオイルのツンとした匂いが漂ってくる。左手には案の定、空になった酒の缶が握られていた。
セルヴォ:「さて、例の格闘大会のチラシだ」
セルヴォは缶を無造作に放り捨てると、どこからか調達した一枚の紙を俺に差し出した。
酒を飲んでいただけではないということか。この状況判断の速さと、不真面目さの裏にある確実な成果。それが相棒の相棒たる所以だ。
タインは「倒した者の言うことを何でも聞く」と豪語した。
だとすれば、無理矢理に捕獲してエデンへと連行するよりも、彼が提示したルールの中で勝利し、合意の上で勧誘するのが最もリスクが低い。
抵抗される危険性を考慮すれば、自ら入隊を承諾させるのが、エデンの兵站における「最適解」だ。
チラシに目を落とす。大会の開催地と日時。そして、優勝賞品として『チャンバラソード』という記述。
かつて大量生産される以前の、威力調整前のパーツだ。この規模の大会に不釣り合いな逸品だが、今はその真偽を問う必要はない。
問題はルールだ。
「攻撃方法は全て格闘攻撃のみ。射撃型メダロットでも打撃による攻撃のみとさせていただきます」
俺の右腕のライフルも、左腕のガトリングも、頭部のミサイルも、ここでは一切の使用を禁じられる。
俺がリングに上がる選択肢は、この瞬間、論理的に消滅した。
セルヴォと視線が合う。青いクワガタムシ型の機体が、楽しそうにソードを鳴らした。
この任務、表舞台で汗を流すのはセルヴォの役割。
そして、その影で一切の不確定要素を排除し、勝利を「確定」させるのが、俺の仕事だ。
―
三日後。大会当日の会場内は、立ちこめる砂埃とメダロットたちの発する熱気によって、逃げ場のないほどに澱んでいた。
客席を埋め尽くした観衆からは、地鳴りのような「タイン!」コールが止むことなく降り注いでいる。どうやらあの男、この界隈では相当な有名機らしい。
参加者の中には、トーナメント表にタインの名を見つけただけで戦意を喪失し、再起動直後のような白濁した目を晒している者も散見された。
対照的に、俺の隣に立つセルヴォは、これから戦場へ向かうとは思えぬほど弛緩した態度だった。まるで出来レースの勝敗でも分かっているかのような、不遜な笑み。
運営側のメダロットに誘導され、セルヴォが選手控室へと消える。
トーナメントの結果、両者が激突するのは決勝戦。一回戦で早々に片付けてほしかったのが本音だが、致し方ない。
セルヴォの姿が見えなくなったことを確認し、俺は客席への階段をあえて無視して、「関係者以外立ち入り禁止」の重厚な防音扉へと向かった。ここからはトゥルースの本領、工作の時間だ。
扉の前で周囲の視線が無いことを確認し、俺は左腕を『隠蔽パーツ』へと換装した。
―――シュゥゥ……。
微かな駆動音と共に、機体表面を覆う光学的位相が空間と溶け合う。俺の輪郭は陽炎のように揺らぎ、無機質な廊下の壁へと同化した。
施錠されたノブに手をかける。カチリ、という手応え。俺は内蔵されたハッキングツール――極細の針金を取り出すと、わずか数秒でロックを解錠し、音もなく滑り込んだ。
向かう先は制御室だ。事前の調査により、この会場の構造はすべて俺の脳内に記憶されている。一本の道も迷うことなく、迷路のような裏通路を突き進む。
この大会において、俺たちが最も警戒すべきは『審判用介入大砲』だ。
コロシアムの天井中央、死神の如く吊り下げられたその装置は、制御室の判断一つで試合を強制停止させる能力を持つ。反則者には高硬度の砲弾を、争いを止める際には粘性の高い捕縛弾を撃ち出す厄介な代物。
セルヴォがこれから行うのは、この大会のルールを「踏み越える」可能性のある戦いだ。横槍を入れられては任務の成功率が下がる。
制御室の扉は内側から固く閉ざされていたが、俺は廊下の天井にある通気口の金網を外し、埃の堆積した天井裏へと這い上がった。
暗いダクトを這い、制御室の真上へ。隙間から下を覗き込めば、審判を含む十体のメダロットがモニターを凝視しているのが見える。
直接、連中を制圧する必要はない。
俺は天井裏を這う太い通信用ケーブルの束を引き寄せた。
介入用大砲のトリガー回路。俺はその一部を強引にバイパスさせ、特定の命令を無効化する小型のジャマーを噛ませた。
これで、連中がどれだけ操作盤を叩こうとも、フィールドには「異常なし、試合続行」の偽造信号が送られることになる。さらに、三回以上の発射命令を試みれば、制御室の電源そのものが落ちるよう細工を施した。ついでに、扉の電子ロックを外側から固定し、物理的にも隔離完了だ。
次の工程へ移る。
俺は天井から降りると、今度はフィールドの外縁、カメラマンたちが陣取る撮影エリアへと向かった。
ここには複数の定点カメラが設置されているが、機動性を重んじるあまり、個々のカメラマンの距離は離れている。
俺はターゲットの背後へ、死神のように音もなく忍び寄った。
――ガツン。
一撃。叫び声を上げる暇も与えず、カメラマンの機体を気絶させる。
俺は迅速に彼の背中からメダルを抜き取り、その抜け殻となった身体を近くのロッカーの中へと押し込んだ。
そして、俺自身がその場所に立ち、カメラを構える。
……これで、舞台は整った。
あとは、俺の視界の先で、セルヴォが計画通りにタインを「処理」するのを待つだけだ。
正々堂々とした勝負など、最初から期待していない。
不透明な要素を排除し、泥水を啜ってでも任務を完遂させる。
それが、俺たちトゥルースの誇りだ。
ふと、ロッカーの中で沈黙するカメラマンのことが脳裏を過った。
無関係な者を巻き込んだ代償か。
……あとで、ロッカーの中に少し高価な薬用オイルを一本忍ばせておくことにしよう。
俺なりの、些末な罪滅ぼしだ。
第三話【APPEARANCE of TINE】終わり