第四話【Sate】by セルヴォ
さて、愛想の欠片もない運営野郎の先導で、俺は選手控室へと足を踏み入れた。
視界に入るのは、これからの惨劇を予感して顔を青くしている冴えない面々ばかり。壁紙が剥がれ落ち、オイル臭と錆の臭いが入り混じるこのしょぼい小部屋が、本当にあの『チャンバラソード』を賭けた戦いの舞台なのかね。
だが、そんな有象無象の中で、一機だけ放っているオーラが違うのがいた。
タイン。大悪魔型メダロット、グレインだ。
獲物を探す猛禽類のような鋭い眼光で、落ち着きなく室内を走査してやがる。おそらくは、昨日の宣言通りに「強い奴」を探しているんだろうな。
さて、タインを除くヘッポコ丸どもは、奴と視線が合うなり、蜘蛛の子を散らすように慌てて目を逸らす。誰と視線をぶつけても期待外れのリアクションしか返ってこないことに、タインの野郎は隠しきれない溜息を漏らし、肩を落としていた。
だが、次に奴が顔を上げたとき、俺と目が合った。
グレインという機体の目はもっと間の抜けたものだと思っていたが、こいつの眼圧は中々のものだぜ。全身の駆動系がピリピリと警告を鳴らすほどのプレッシャー。だが、俺は他の雑魚どものように尻尾を巻いたりはしない。
むしろ、不敵な笑みを返してやった。
「俺の方が、お前より上だぜ」と。
さて、タインはどうやら本日、初めて満足のいく反応を見つけたらしい。俺と同じように口端を歪め、獰猛に笑いやがった。
多分、奴もまた自分の勝利を一片の疑いもなく信じているんだろうねえ。
クックックック……。その余裕、俺が――いや、俺『たち』が、根底からぶち壊してやるよ。
『選手番号4番、セイトさん。フィールドへ向かってください』
さて、任務用に登録した偽名が、運営の雑務ちゃん(仮)に呼ばれた。
格闘大会なんていう油臭い野蛮な場所にも、こうして可愛らしい女の作業員がいるなら悪くない。控室を出るついでに彼女の尻を撫でてやると、「キャッ」という短い悲鳴と共に、顔を真っ赤にして俺を睨みつけてきた。
へいへい。可愛い可愛い。
さて、無駄に狭い廊下を抜けた先。そこには、割れんばかりの歓声に包まれたフィールドが広がっていた。
客席を埋め尽くしている連中の大半は、タインの蹂躙を見に来た野次馬どもだ。
ケッ。今に見てな。この興行の真の主役が誰なのか、その曇った目に刻み込んでやるぜ。
ん……。視界の隅。フィールドの最果てでカメラを構えている男にピントを合わせる。
あの不自然なほどに自然な佇まいは、間違いなくビートだ。潜入の手際の良さは、さすが相棒と言うべきかね。
リングに上がると、既に一回戦の相手が待ち構えていた。
観客に向けて「おぉーーー!!」などと、これ見よがしに雄叫びを上げてやがる。自分は強いんだと言い聞かせるような、滑稽なパフォーマンス。
さて、実力のない奴ほど、声を張り上げたがる。笑わせるね。
さて、俺たちが対角に立つと、審判が高々と右手を掲げ、そして勢いよく振り下ろした。
『レディ~~……ファイッ!!』
「うらあああぁぁぁぁ!!」
開始の合図と同時に、雑魚の助くん(仮)が猪突猛進に突っ込んでくる。
さて、拳の振り方も足の運びも、隙だらけだぜヘボ太郎くん(仮)。
当たればそれなりに痛そうだが、当たらなければ意味がない。俺は最小限のステップで奴のパンチを空振らせ、その勢いを利用して背後へと滑り込む。
そして、奴が体勢を立て直す前に、右腕のソードを最短の軌道で頭部へと突き立てた。
ガガッ! という乾いた音と共に、さっきまでの威勢は霧散。ヘボッチ(仮)はただの重たい金属の塊となり、床に崩れ落ちて沈黙した。
さて、申し訳ないくらいに一瞬だったな。
『……あ! しょ、勝者、セイト選手!!』
あまりの決着の速さに、審判も状況が飲み込めなかったらしい。数秒の空白の後、ようやく勝敗が宣告されると、観客席からは一回戦とは思えぬほどの熱を帯びた歓声が湧き上がった。
さて、マジでうるせぇ。耳のセンサーが壊れるかと思ったぜ。
まあ、観客どもが真の主役の存在に気づいたってんなら、悪い気はしないがな。
リングを降りる際、ビートの奴と目が合った。あいつ、ジト目で睨んでやがる。
「目立ちすぎだ、馬鹿」――。そんな相棒の小言が、無線を通さずとも脳内に直接響いてくるようだった。
知るか。仕事はきっちりこなしてんだ。文句ねぇだろ。
―
さて、控え室に戻ると、生き残りの連中が目を丸くして俺を見てきやがった。
「何が起きたんだ?」と言いたげな、呆然としたマヌケなツラ。その視線を鼻で笑い飛ばしながら、俺は部屋の隅にある薄汚れたベンチに腰を下ろした。
すると、次の試合に向かうらしい別の野郎を呼びに、あの雑務ちゃん(仮)がまた現れた……と思いきや、今度は不愛想な男に代わってやがった。なんだよ。ひょっとしてオレのせいか? プロ意識が足りねぇんじゃねーの。
しばらくして、タインが俺の方へ歩み寄ってきた。
タイン:「さり気に早かったな」
「さて、別に大した事じゃねえよ」
タイン:「この中ではお前が一番オレを楽しませてくれそうだ。決勝でさり気によろしく頼むぜ!」
さて、挨拶だけしてさっさと戻っていく背中を見送りながら、俺は内心で毒づいた。
楽しませる? 笑わせるな。俺はテメーを「処理」しに来たんだよ。
それから三十分ほどが過ぎ、地鳴りのような歓声が控え室まで漏れ聞こえてきた。
『選手番号1番、タインさん。フィールドへ向かってください』
さて、いよいよ真打ちの登場か。
タインは気合を注入するつもりなのか、自分の胸部装甲を右拳と左拳で交互に力任せに叩くと、勢いよく立ち上がって部屋を後にした。
あんな雑魚相手に、無駄な体力を使う。相変わらず効率の悪い男だぜ……なんて、冷めた視線を送っていたときだった。
タイン:「 お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お お ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ! ! ! ! 」
う る せ ぇ よ !!
な、なんだ今の無駄にデカすぎる声は!?
叫ぶたびに空気が振動し、控え室の壁がビリビリと悲鳴を上げてやがる。聴覚センサーが過負荷でエラーを吐きそうになったぜ……。マジでビビらせんじゃねぇよ。
さて、それから間もなく、タインは何事もなかったかのように戻ってきた。
やはり、一瞬の蹂躙だったらしい。だったら最初から叫ぶ必要なんてねーだろうが。
「さて、さっきの叫び声は何だったんだよ?」
戻ってきたタインに、少々キレ気味に問いかける。だが、奴はそんな俺の苛立ちなど微塵も気にせず、眩しいほどに元気いっぱいで答えやがった。
タイン:「戦う前だったからな、さり気に気合入れてたんだよ」
「さて、でも相手はテキトーにやっても勝てる雑魚だったんだろ。さっさと片付けたじゃねーか」
タイン:「馬鹿! どんな相手にでも本気で戦うのが、さり気な礼儀だろーが!!」
オーケー。こいつは本物の馬鹿だ。
礼儀だの何だの、戦いにおいてそんな非効率なものを持ち出す奴の気が知れねぇ。
「へいへい。そうですかい」
俺とタインの不毛な会話は、それで打ち切られた。
さて、どうやら俺とこいつは致命的に相性が悪いらしい。タインは根っからの「良い奴」なんだろうが、残念ながら俺はそういう奴が一番虫酸が走るんだわ。
さて、その後は俺もタインも順調に勝ち進み、いよいよ決勝戦。
リングの上、俺たちは対角線上で互いを睨みつけていた。
タインの奴、さっきまでとは目つきが違う。獲物を捉える獣のそれだ。こりゃあ、それなりに骨が折れそうじゃねぇか。
客席は静まり返り、メチャクチャに張り詰めた緊張感が場を支配している。
さて、前方の席に座っているおっさんの、生唾を飲むような音が聞こえてきた。……おい、おっさん。メダロットに唾なんて機能はねぇぞ。
『レディ~~……ファイッ!!』
さて、最悪のタイミングで始まりやがった。
あのおっさんのマヌケな表情にツッコミを入れようとした瞬間を突かれた。
タイン:「ん? セイトはさり気に試合開始の速攻に定評があるって聞いたんだけどな。攻めてこないのか?」
さて、タインが試合早々に仕掛けてきた。
俺は咄嗟の判断で回避したが、こいつ……マジで速いぞ。
その巨体を、どうやったらこれほどの出力でぶん回せるんだ。
タイン:「攻めてこないなら、こっちから行くぜ!!」
ヤベェ……速い!
タイン:「さり気! さり気! さり気! さり気! さり気! さり気! さり気ええぇぇぇぇぇぇぇーーー!!!!」
さて、タインが怒涛の連続パンチを繰り出してきた。
一撃一撃が最短距離。回避は間に合わねぇ、だったら防御だ。俺は両腕を交差させたが、そのガードの上からでも、内部フレームがミシリと軋む感触が伝わってきた。重てぇ……。
クソ、こいつ本当に強いじゃねぇか。
タイン:「うらぁぁあああぁぁ!!!」
「クソがッ……!!」
さて、耐えきれなかった。
痛恨の一撃が俺の腹部装甲をぶち抜き、衝撃波が機体を駆け抜ける。
本気で痛てぇ。
タイン:「……ちぃッ! さり気にやるな」
ただ殴られてやるほど俺はお人好しじゃねぇ。
奴の一撃を食らう直前、俺は最短の斬撃でタインの右腕、手首から肩にかけて深々と切り口を刻んでやった。
防御に専念してりゃダメージを抑えられたかもしれねぇが、そんなマヌケな負け方は趣味じゃねーんだよ。
取り敢えず分かった。
俺は、こいつには絶対に勝てない。
正々堂々やって勝てるわけもねぇし、観客や審判の目が光っている限り、いつもの「汚い手」は使いにくい。
しかしだ。
見張られてるのは俺とタインだけだ。
つまり、この会場のどこかで『隠蔽パーツ』を使って潜んでいる「あの男」は、やりたい放題ってわけだな。
タイン:「……痛っ!?」
さて、タインの左肩を一発の弾丸が正確に撃ち抜いた。
不意の被弾にタインも審判も目を剥くが、弾が飛んできた方向には、既に誰もいない。
一発撃つごとに三メートルは移動する――ビートの奴、いい仕事してんじゃねぇか。
観客どもは何が起きたかすら分かっていない。審判も戸惑っている。
さて、反撃といこうかね。
さて、タイン。
「俺一人」じゃお前には勝てない。
だが、「俺たち」はお前に絶対に負けねぇんだよ……!!
第四話【Sate】終わり