IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
月曜日の朝、この日の話題は今日が申し込み開始日となった一般生徒用のISスーツについてだった。なので、クラスの女子達は早速、各社のカタログを片手に賑やかな談笑という名の意見交換をしていた。
ちなみに、私が使っているのは特注品で、専用機『アーセナル』を開発したのと同系列のメーカーが作った専用機仕様の製品をベースに改良を加えた私専用のISスーツである。
「そう言えば、織斑君のISスーツって何処のやつなの? 見た事ない型だけど……」
「あー、特注品だって。男のスーツが無いから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリッド社の『ストレートアームモデル』って聞いてる」
そうなると、当然のように世界で唯一の男性IS操縦者である織斑君が使っているスーツにも彼女達の興味は向いた。すると、そこへ教室に入って来たばかりの山田先生も加わり、自然な流れで彼女達の会話に混ざる。
だが、山田先生は話の内容とは関係なく次々に愛称で呼ばれて同級生扱いされてしまい、遠目でも分かるくらいに困惑した表情を浮かべていた。
そして皮肉な事に、そんな教師らしからぬ仕草がさらに彼女と生徒達との距離感を縮めているのだった。なお、これは余談だが、入学からの2ヶ月で彼女には8つくらいの愛称が付けられている。
「諸君。おはよう」
「お、おはようございます!」
そんな中、よく通る凛とした声が響き、それまでの騒がしかった教室の空気が一変する。勿論、そんな事が出来るのは担任であり鬼教官でもある織斑先生だ。なにより、彼女に逆らえば悲惨な目に遭うのは火を見るより明らかなので、彼女が教室に現れた途端に誰もが急に礼儀正しくなる。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるが、ISを使用しての授業になるので各人、気を引き締めるように。それから、各人のISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それも無いものは、まあ下着で構わんだろう」
<いや、構うだろう>
クリストファーが思わず、織斑先生の爆弾発言にツッコミを入れていた。確かに、その点については私も彼と同意見である。いくらIS学園が女子校同然の存在と言っても、ある意味では世界的な有名人が多数集まる学園だけに何処から見張られているか分からないからだ。
それこそ、1歩でも間違えれば、盗撮や監視カメラの映像流出なんかで恥ずかしい姿を世界中に晒しかねない。なにより、今年は1人だけだが男子生徒も居るので、流石に皆の意識も変わっている筈だと思いたい。
「しまった……、その手があったか……」
「今日中に織斑君の下着の好み、調べておかないとダメよね――」
ところが、そんな私の予想とは真逆の声が周囲から聞こえてきた。一応、織斑先生には聞こえないように声のボリュームを落としていたが、決して聞き間違えなどでは無い。なので、私は自嘲気味に呟いた。
<どうやら、逆効果だったみたいね>
<もしかして、これが此処の普通なのか? それとも、たまたま頭のネジが緩いのが揃ってるだけなのか? もう俺には、こいつらの考えてる事が理解できん>
<だからって私に訊かないでよ。こんなの、私にだって予想外の発想だわ>
すると、クリストファーが降参とばかりに声を上げ、私に答えを求めてくる。勿論、そんな質問の答えを私が持っている筈は無く、一言で切り捨てた。
「では、山田先生。ホームルームを」
「は、はいっ」
そんな事をしている間に連絡事項を伝え終わったらしく、織斑先生は後の事を山田先生に引き継ぐ。だが、今回は山田先生の方からも爆弾発言が飛び出した。
「ええと、ですね。今日は何と、転校生を紹介します! しかも、2名です!」
「ええええっ!?」
突然の転校生発言にクラス中が大絶叫の渦に包まれる。しかも、今回は噂好きの彼女達の情報網を見事に掻い潜ったらしく、誰一人として転校生の登場には気付いていなかったようだ。それに、同時に2人も来るのだから驚きも倍増である。
<おいおい、また転校生かよ。それに、凰は2組だったんだから今度は3組か4組にするのがセオリーなのに、どうしてこのクラスなんだ?>
クリストファーが当然のように疑問を口にしていると、教室前方のドアが圧縮空気の抜ける音と共に開いて2人の転校生が姿を現す。そして、その姿を見た私達は再度、度肝を抜かれた。
「失礼します」
「……」
なぜなら、最初に姿を現した金髪の転校生は男子だったからだ。その為、あれだけ騒いでいたクラスメイト達が一瞬にして静まり返っている。
本来なら、後から入って来た小柄で黒い眼帯を着けた人形のような無表情の少女に目がいくところだが、ここIS学園では少々事情が異なってくる。それは、ISを動かせるのは原則として女性のみで、唯一の例外は織斑君だけだったからだ。
<俺の見間違いじゃなければ、あれは男だよな?>
<残念だけど、見間違いじゃないわ>
<なら、世界で2番目の男性IS操縦者って事か? だが、そんな話は欠片も耳にした事が無いぞ。一体、どうなってやがるんだ!>
<そんなの、こっちが訊きたいわよ。でも、それ以前に分かり切ってる事に反応して騒がないでくれる? いちいち頭の中で騒がれると鬱陶しいのよ>
またしても立て続けに起きた想定外の事態に私達が言い合っていると、転校生の自己紹介が始まったらしく、よく通る綺麗な声が聞こえてきた。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さん、よろしくお願いします」
最初に挨拶をしたのは先に教室へと入って来た金髪の男子、シャルル・デュノア君だった。彼は当たり障りの無い平凡な内容の挨拶を笑顔ですると、絵に描いたみたいに丁寧な仕草でお辞儀までしてきた。
しかも、どういう訳か彼がお辞儀をすると、私達まで釣られてお辞儀をしてしまう。理由は分からないが、そんな不思議な魅力を持った男子だった。
「お、男……?」
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を――」
それどころか、誰かの些細な呟きにさえ丁寧に答えているのも踏まえると、かなり社交的で礼儀正しい性格なのかもしれない。もっとも、まだ出会ってから数分しか経っていないので、そう断定するのは時期尚早な気もする。
ちなみに、濃い黄金色の金髪を首の後ろで束ねた顔立ちは何処か中性的な雰囲気を醸し出し、体格も男子にしては華奢な印象を受ける為、まさに“美少年”という表現がピッタリだった。
その上、今のところは紳士的に振舞っているので、早くも周囲の女子達の目の色が変わり始めた。そして、案の定、予想通りの反応が起きる。
「きゃあああああ――――っ!」
「男子! 2人目の男子!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
それは、いつか見たような感じのする光景だった。彼女達がデュノア君を見る目は、すっかりアイドルか何かを憧れと期待に満ちた表情で見つめるものになっている。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
「み、皆さん、お静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」
その為、織斑先生は鬱陶しそうに、山田先生は慌てながらも必死で騒ぎ続けるクラスメイト達に注意する。それを受け、私達の視線は2人目の転校生、単純な見た目のインパクトだけなら確実にデュノア君以上の少女へと注がれる。
しかし、当の小柄な銀髪の少女は腕を組んだまま無言で教室内を見回した後、何故か織斑先生へと視線を向けた。
「挨拶をしろ。ラウラ」
「はい、教官」
彼女からの視線に気付いた織斑先生に促され、ようやく口を開いたが、出てきた言葉は予想外なものだった。
「ここでは、そう呼ぶな。もう私は教官では無いし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」
<どう見ても軍人ね>
<ああ。おそらく、ドイツ軍だ。確か、事前情報だと織斑千冬は1年間、ドイツ軍で教官をしていたからな>
この時の彼女の口調や敬礼の仕草から瞬時に立場を推測した私達は、お互いに初見での印象を簡潔に述べる。その直後、彼女が私達の方を向いて言葉を発するが、抑揚の無い声で名前を名乗っただけだった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
なので、真面目で教師魂に溢れる山田先生が若干引きつったような笑みを浮かべながらも、何とか話題を作ろうとして尋ねたのだが、それも一言で片付けられてしまった。
その所為か、山田先生は早くも泣きそうな表情になっている。ところが、ボーデヴィッヒさんは周囲の状況には構わず、さらに突拍子もない行動を起こした。
「貴様が――」
彼女は初めて感情の篭った声を上げると、織斑君の傍へと素早く歩み寄り、いきなり彼の頬を平手で勢いよく引っ叩いた。次の瞬間、気持ちの良いくらいの音が教室に響き渡り、只ならぬ雰囲気に包まれる。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
そんな中、突拍子もない行動を取ったボーデヴィッヒさんだけが周囲の沈黙を無視して感情的に言葉を発している。
<くそっ! どうして、こうも予想を超える事態ばっかり起きるんだ!>
<だから、いちいち騒がないでよ! とりあえず、あの2人の素性を調べ終えるまでは黙ってなさい。どうせ、あんたが騒いだところで事態は好転しないんだから>
すっかり頭に血が昇ったクリストファーを抑えつつ、私は可能な限り冷静さを保って状況の推移を見守ろうとしていた。すると、突然の出来事に対処できずに固まっていた織斑君がようやく我に返ったらしく、声を荒げて言い返す。
「いきなり、何しやがる!」
「ふん……」
しかし、当のボーデヴィッヒさんは軽く鼻であしらうと、すたすたと彼の前から立ち去ってしまい、そのまま空いている席に腰を下して微動だにしなくなってしまった。どうやら、何も説明する気は無いようだ。
「あー、ゴホンゴホン! では、HRを終わる。各人は直ぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でISの模擬戦闘を行う。以上、解散!」
その時、織斑先生がわざとらしい咳払いと共に手を叩いて皆の注意を向け、授業の準備を行うよう促してきた。流石に彼女の指示に逆らってまで騒ぐ猛者はおらず、戸惑いの表情を浮かべつつも皆は一斉に行動を開始する。
そして、それは私も同じだった。だが、それでも気になって僅かに視線を織斑君の方へ向けると、彼は織斑先生から何かを伝えられた後、デュノア君を連れて勢いよく教室を飛び出していった。
ただ、男子は基本的にアリーナの更衣室を使う事になっているので転校生の案内も兼ねて向かったのだと此処では判断し、私も直ぐに自分自身の準備に集中する。もっとも、つい先程、あんな事があったばかりの所為なのか、その後も教室内には普段とは違う微妙な緊張感が漂っていた。
◆
場所は変わって第2グラウンド。既に1組と2組のほとんどの生徒が集まり、きちんと整列して授業が始まるのを待っていた。
「遅い!」
そんな中、織斑先生の怒声が響き渡り、私は反射的に怒鳴られながら走っている2人に視線を向ける。すると、そこには案の定と言うべきか、男子2人の姿があった。さらに、織斑君の方は何故か追加で怒られ、恒例の出席簿アタックまでされている。
そして、そんな2人が1組の列の端に加わり、ようやく1時限目の授業が開始される。ちなみに、織斑君の立った位置は左にセシリアさん、後ろに凰さんで、早くも今朝起きた一連の出来事に関して彼女達から追及を受けていた。
「こちらの一夏さん。今日来た転校生の女子にはたかれましたの」
「はあ!? 一夏、アンタなんでそうバカなの!?」
勿論、授業中に雑談をするという行為を織斑先生が見逃す筈は無く、いつの間にか彼女達の近くへとやって来ていた。そして、いつものように心臓に悪い声の掛け方をする。
「安心しろ。バカは私の目の前にも2人いる」
当然、この直後、セシリアさんと凰さんの頭上に出席簿アタックが炸裂したのは言うまでもない。だが、こうして2人を叩き終えた織斑先生は一瞬、セシリアさんの左隣にいた私の方へ視線を寄越してから授業の話へと戻る。
「では、本日から格闘、及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「はい!」
織斑先生の指示を受け、2クラス分の生徒の声が綺麗に重なる。なので、返事も普段より大きく聞こえた。
「今日は戦闘を実演してもらおう」
<いきなり実演かよ>
織斑先生の発言にクリストファーが反応する。一応、国家代表候補生の専用機持ちもいるので不可能では無いが、いきなり生徒に実演をさせる発想には驚かされる。
「凰! オルコット!」
「な、何故、わたくしまで!?」
「一夏のせいなのに……」
そんな事を考えていると私の予想通り、その2人が指名された。もっとも、つい先程、頭を叩かれた事もあってか2人は何やらブツブツと文句を言っているが、それも織斑先生の一喝で大人しく指示に従う羽目になる。
「専用機持ちは直ぐに始められるからだ。いいから前に出ろ」
だが、それでも不満を言い続ける彼女達に織斑先生は近付き、小声で何かを囁いた。その途端、急に2人の態度が変わり、ヤル気満々で高らかに宣言し始めた。
「やはり、ここはイギリス代表候補生。わたくし、セシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」
<何だ? あの突然の変わりようは……>
クリストファーは『全く訳が分からない』とでも言いたそうに呟いているが、私は彼女達が織斑君に熱い視線を向けている事を見逃さなかった。おそらく、織斑君を餌に焚きつけたのだろう。そして、そんな事を考えている間に話題は対戦相手へと移っていた。
「慌てるなバカども。対戦相手は――」
そう織斑先生が言った直後、上空から聞き慣れた空気を切り裂くような甲高い音と共に緊張感の無い声が降り注いできた。
「ああああーっ! ど、どいて下さい~っ!」
声の主は勿論、1組の副担任、山田先生のものである。しかし、今の彼女はISを身に纏い、上空から物凄いスピードで急降下してきていた。
<おい!>
<分かってるわよ>
クリストファーが叫ぶのと同時に、私はバックステップで素早く落下予想地点から遠ざかる。すると、彼女は私が墜落を予想した地点から10cm程度しか離れていない場所へと突っ込み、逃げ遅れた織斑君を盛大に巻き込むようにして数m先まで転がっていった。
<なあ、ああいうのを日本では『お約束』って言うんだっけ?>
<さあ、どうかしら>
一連の出来事によって舞い上がった砂埃が収まって視界が確保されると、そこでは実に興味深い光景が広がっていた。
一応、織斑君も咄嗟にISを展開して自分の身は守ったらしいのだが、転がった拍子に山田先生を押し倒す格好になっていた。しかも、彼の手は山田先生の遠目にも分かる豊かな乳房を豪快に鷲掴みにしている。
その為、クリストファーが下らない事を言ってきたが、正直、どうでもよかった私は適当に返事をするだけに留めた。しかし、次の瞬間、それまで硬直したように動かなかった織斑君が物凄い勢いで山田先生から離れた。そして、その理由を私は直ぐに知る事となる。
「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」
私が声のした方に視線を向けると、そこには笑顔で大激怒するセシリアさんがスナイパーライフルを構えて織斑君を狙っていた。ちなみに、さっきの彼の奇妙な反応は彼女からの狙撃を回避したもので、僅か1秒の僅差で彼の頭があった空間をレーザーが貫いている。
しかし、それだけでは彼の命の危機は終わらない。今度は何か巨大な物同士が連結される音が響く。もう答えは出ているので、わざわざ確かめる必要は無いのだが、さっきと同じように私は音のした方へと視線を向ける。
すると、そこには異形の青竜刀『双天牙月』を今まさに投擲しようとしている凰さんの姿があった。勿論、彼女は何の躊躇いも無く織斑君の顔を狙って『双天牙月』を投げる。
「うおおおっ!」
その為、彼は思い切り仰け反るようにして投擲攻撃を回避するが、その勢いで今度は仰向けに倒れてしまった。そして、直ぐには動けない彼をブーメランのように戻ってきた『双天牙月』が完璧に捉える。しかし、それが彼を切り刻む事は無かった。
「はっ!」
短い掛け声と共に2発の銃声が連続して轟き、放たれた弾丸が『双天牙月』を的確に捉えて軌道を逸らしたからだ。そして、それを実行したのは山田先生である。彼女は倒れたままで上体だけを僅かに起こし、その不安定な姿勢から見事な狙撃をやってのけたのだ。
<マジかよ>
<あれだけの射撃が出来るなんて意外だわ>
流石に、これには私達も素直に驚くしか無かった。一応、彼女が元代表候補生だったのは知っていたが、ブランクもあるから大丈夫だと勝手に思い込んでほとんど警戒していなかったのだ。だが、これでは認識を改めざるを得ないだろう。
もっとも、事前に多少なりとも情報を得ていた私達でさえ驚かされたのだから、普段の様子しか知らなかった他の生徒達には、さらに大きな衝撃だったのは間違いない。
「さて、小娘ども。いつまで惚けている。さっさと始めるぞ」
「え? あの、2対1で……?」
「いや、さすがにそれは……」
どうやら、専用機持ちの代表候補生2人と同時に戦わせるつもりらしく、さっきとは違う意味で2人が驚いていた。しかし、織斑先生は意に介するどころか、逆に挑発するような事を言った。
「安心しろ。今のお前達なら直ぐ負ける」
流石に、こうまで簡単に『負ける』と言われて大人しくしている2人では無い。見事、彼女の思惑通りに闘志を漲らせている。
<いま気付いたんだが、ブリュンヒルデは人を操るのも上手いんだな>
<いまさら? 私は、とっくに気付いてたわよ。まあ、若干、彼女達も挑発に乗せられ易いみたいだから一概には言えないけど……>
<はあ!? だったら、先に教えろよ!>
<何も言わないから、あんただって既に気付いてると思ったのよ。なのに、それを他人の所為にしないでくれる?>
そんなやり取りを私達がしていると、その織斑先生の号令が掛かり、ついに代表候補生対教師の模擬戦が開始される。
「では、始め!」
その声を聞いて先に動いたのはセシリアさんと凰さんだった。彼女達は号令が掛かると同時に空中へと飛翔し、その動きを目で追ってから山田先生も飛翔する。
そして、先に動いた事で有利な頭上を押さえた2人がライフルと衝撃砲で先制攻撃を仕掛けるが、それを山田先生は難なく回避して同高度へと達した。当然、それだけの操縦技術を見せられた私達は彼女の実力を否が応でも認めるしかなかった。
<やっぱり、動きにも無駄が無いわね>
<ああ。最小限の動きだけで的確に回避してやがる。それも、あの面倒な性質を持ってる衝撃砲を含めてな>
すると、直ぐにセシリアさんがビットを使った多方向からの同時攻撃に転向するが、それもことごとく回避される。しかも、山田先生はビットの攻撃を回避しながら凰さんに牽制射撃を浴びせ、彼女に接近戦をさせる隙を与えない。だが、凰さんには接近戦を封じられても衝撃砲がある。
<力押しかよ>
クリストファーの言葉通り凰さんは衝撃砲を豪快に連射するが、そんな単純な攻撃は山田先生には通用しなかった。それどころか、凰さんの攻撃を器用に回避しつつ射撃による反撃で確実にダメージを与えている。
そして、2人が勢いのままに自分のペースで射撃武器を多用した事が裏目に出たらしく、それは逆に互いの機動や攻撃を阻害する結果となってしまった。
<あれだと完全に主導権を握られてるわね>
<もう、そんなレベルの話じゃないな。下手すりゃ、この学園の生徒が束になって掛かっても手こずるかもしれないぞ>
<機体性能だけなら専用機持ちの2人の方が圧倒的に有利な筈なのに、それを操縦者の力量でひっくり返すなんて……>
私達が実力の違いに圧倒されていると、織斑先生の静かな声が聞こえてきた。
「終わるぞ」
その直後、山田先生の射撃を回避したセシリアさんが凰さんと空中衝突を起こした。どうやら今のは、わざと回避し易い射撃を行って狙い通りのポジションへ誘導するのが目的だったらしい。
そして、2人がぶつかって身動きが取れなくなったところへ間髪入れずにグレネードランチャーからグレネード弾を撃ち込んだ。
すると、当然のように2人を包み込むようにして大きな爆発が起こり、続いて黒い煙の中から2つの影が同時に地面へと落下して決着が付く。その後、撃墜された2人は負けたのを互いに相手の所為にして言い争いをしていた。
「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」
どうやら今の模擬戦は、今後の指導を円滑に進める為のデモンストレーションとしての意味合いもあったようだ。タイミングを見計らって織斑先生が手を叩いて皆の注意を引き、これからは素直に教師の言う事を聞くよう遠まわしに伝える。
<見事なまでに代表候補生2人を圧倒したんだから、この効果は計り知れないわね>
<まさに、思惑通りの展開ってやつだな>
流石に、ここまでの驚愕の光景を目の当たりにしては私達も教員の実力を無条件で受け入れるしかない。そして、この後は私を含めた6人の専用機持ちがリーダーとなり、少人数のグループに分かれて実習を行うよう織斑先生が指示を出す。
ところが、当然のように学園に2人しかいない男子生徒、つまりは織斑君とデュノア君のところに希望者が殺到する。そうなると今後の展開も予想通りのもので、織斑先生が面倒くさそうにしながらも細かく指示を出して場を収めた。勿論、とんでもない脅し文句付きなので誰も逆らえない。
<あ~あ。あのまま2人のところに集中してくれてた方が楽だったのに……>
<下らないこと言ってないで、周囲の様子でも探ってなさいよ。特に2人の転校生は、その真意を知りたいから重点的にね>
<了解。じゃあ、実習の方は任せたぞ>
私達は素早く2人で話し合い、それぞれの役割分担を決めた。もっとも、偽装モードの維持とクリストファーの性格を考えれば、こういう分担しか出来ないので単なる最終確認に過ぎない。
余談だが、そうしている間にグループ分けも完了したらしく、それぞれの班らしい特徴的な会話も聞こえてくる。
「じゃあ、よろしくね。クリスちゃん」
「あ、うん。よろしく」
同じ班になったクラスメイトの声で私は我に返る。ただ、咄嗟の出来事で少し反応が遅れてしまったが、特に誰も疑ってはいないようなので何事も無かった振りをしておく。すると、山田先生から訓練用の機体を取りに来るよう言われた。
「これから訓練機を1班につき1機、取りに来て下さい。数は『打鉄』が3機、『リヴァイヴ』が3機です。好きな方を班で決めて下さいね。あ、早い者勝ちですよー」
「そういう訳だから、どっちが良いか多数決を取るね。『打鉄』が良い人は?」
そう言って私は自分が受け持つ事になった面々を見ながら尋ねる。すると、思った以上に手は挙がらず、この時点で『打鉄』は不人気なのが分かった。もっとも、それは私の班に日本以外の国の出身者が多く、あまり『打鉄』とは縁が無かったからだろう。
「じゃあ、訓練機は『リヴァイヴ』で決定だね」
結論を告げた私は早速、同じ班のメンバーを引き連れて山田先生の下へと向かった。すると、そこで件の転校生の1人、デュノア君がリーダーのグループと遭遇する。その途端、私の班の女子達の雰囲気まで変わった。明らかに彼の事を意識しているのだ。
「山田先生。私達の班は『リヴァイヴ』で――」
「あ、僕達の班には『リヴァイヴ』を――」
騒いでいるメンバーは放っておき、私は山田先生に借りる訓練機の名称を告げようとする。ところが、その声が見事にデュノア君とハモってしまい、思わず互いに顔を見合わせてしまった。だが、咄嗟に私は何か情報が得られないかと思い、この場で直接、彼に話し掛けてみる事にした。
「あれ? デュノア君の班も『リヴァイヴ』なの?」
「うん、そうだよ。こっちの方が慣れてるからね。えーと、……」
「あ、私はクリスティーナ・キャンベルだよ。みんなは『クリス』って呼んでるから、デュノア君もそう呼んでね」
「僕の方こそ、よろしくね。クリスさん。それと、僕の事もシャルルでいいから」
とりあえず、最初の自己紹介は無難に済ませる事が出来たみたいだ。なので、今度は彼自身の事について訊いてみようと思い、そのキッカケとして何かと便利に使えるISの話題を振ってみた。
「そう言えばシャルル君は専用機持ちみたいだけど、『リヴァイヴ』に慣れてるのはフランス出身なのと関係してるの?」
「まあ、それもあるんだけど……。でも、やっぱり1番の理由は僕の専用機が『リヴァイヴ』のカスタム機だからかな」
ところが、シャルル君は自分自身の事に話題が及ぶと、僅かだが表情を暗くして言い難そうに話し始めた。その事に妙な違和感を憶えた私だったが、これ以上の詮索は同じ班の女子達の声によって遮られてしまう。
「クリスちゃん。抜け駆けはダメだよ~」
「そうそう。それより、こっちを運ぶの手伝ってよ~」
流石に、このまま彼女達を無視する訳にもいかないので、ここは大人しく従っておく事にする。
「直ぐに行くから、ちょっと待っててー!」
私は彼女達に向かって断りをいれると、改めてシャルル君に声を掛けた。
「そういう訳だから、また時間のある時にゆっくりと話そうね」
「うん」
すると、彼は自己紹介の時に見せたのと同じ笑顔で返事を返してくれた。その表情は、まさに“貴公子”という表現がぴったりで、私の背後からは同じ班の女子達が騒ぐ声が聞こえている。
ただ、それだけに先程見せた微かな表情の変化が妙に気になり、彼に背を向けて歩き出したところでクリストファーにも意見を求めてみる事にした。
<さっき彼が自分の事を尋ねられた時の言動が少し気になってるんだけど、あんたは何か気付いた事とかないの?>
<そんなに気になるようなところ、あったか?>
ところが、返ってきた返事は何とも間の抜けたものだった。だが、このまま黙っていても仕方がないので、もう少し詳しく説明してから意見を聞く事にする。
<さっきシャルル君と直に話した時の事よ。どうやら彼、話題が自分の事になった途端に微かだけど暗い表情を浮かべて少し言い淀んだの。それが私の単なる思い過ごしとかならいいんだけど、どうにも腑に落ちなくて……>
<そうか? 俺には普通に話してるように見えたが……>
案の定、クリストファーは全く気付いていなかったようだ。実際、私でも何かを探るつもりでシャルル君の言動に注目していなければ気付かなかったレベルのものなので、今回は彼に落ち度があった訳では無い。
<ええ、ほんの些細な変化だったけど、決して見間違いや勘違いなんかじゃないわ>
<だとすると、何かを隠している可能性が高いな。それも、どちらかと言えば、極めて個人的な事か本心では望んでいない事の類だろう>
私が断言するとクリストファーは早速、その理由についての持論を展開した。ただし、彼の意見を裏付けるような証拠は何1つない。なので、私は議論が堂々巡りになる前に曖昧な結論を述べて話し合いを終わらせる事にした。
<とりあえず今は、もう1人の問題もあるし、詳細は組織に任せるのが妥当ね>
<まあ、そうするしかないだろうな。ただ、今回は少し訳ありみたいだから、いつもより時間が掛かるかもしれないぞ。俺としては、あまり良い気分じゃないが……>
<あんたが愚痴っても事態は好転しないわ。それよりも、何が起きるか分からないんだから気を抜かないようにね>
<そう何度も言われなくても分かってるさ>
そんな風な事を言い合っている内に訓練で使うISも運び終え、いつでも実習を開始できる状態になっていた。それもあり、私はクリストファーとの会話から意識を切り離し、これまでと同じで偽装モードを前面に押し出した演技に入る。
すると、そのタイミングを見計らったかのように山田先生の声がISのオープン・チャネルから聞こえてきた。
「各班長は訓練機の装着を手伝ってあげて下さい。全員に――」
「じゃあ、まずは装着と起動からやろうか。それで、余裕があるようなら一気に歩行までいくからね。一応、ここまでは基本的な事だから大丈夫だと思うけど、1つだけ注意して欲しいのは装着解除時にしゃがんでから解除するのを忘れないように。次に使う人が困るから。説明は以上だけど、ここまでで何か質問は?」
私は一通りの流れを説明し、皆の顔を順繰りに見ていくが、今までの授業で習った事を確認しているようなものだったので誰からも質問は発せられなかった。
「質問は無いみたいね。なら、出席番号順に1組からやろうか。あ、そうそう。時間内に終わらないと、放課後に居残りだから効率良くやるよ」
「はーい!」
最後に規定のところまで進まないと居残りになる可能性がある事を伝えると、それは嫌なのか、全員が綺麗に声を揃えて返事をしてから最初に実習を行う女子が歩み出る。その後、私の班では大きなトラブルも無く時間内に実習を終える事が出来た。
ちなみに、男子が班長を務める2つの班が色々と騒ぎを起こしては他の班の女子達まで巻き込んでいたようだが、すっかりお馴染みとなった展開なので織斑先生による事後処理も含めて私は特に気にしなかった。
ようやく、こちらでも原作でお馴染みの2人を登場させる事が出来ました。もっとも、現段階での立場上、ほとんどストーリーに関わってきてませんが……。
そういう訳で、次回も穏やかで地味なエピソードとなります。