IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
午前の実習を終えた後の昼休み、私達は一般教室棟の屋上にいた。普通、学校の屋上という場所は転落事故などのトラブルを避ける為にも立ち入り禁止となっている事が多いのだが、この学園ではヨーロッパの庭園を意識した造りに整備され、誰でも自由に出入りできた。
そして、今日のような晴れた日ともなれば多くの生徒で賑わっているのだが、どういう訳か今は私達の貸切である。なお、私以外のメンバーは、織斑君・シャルル君・篠ノ之さん・セシリアさん・凰さんといった顔ぶれになっている。
「せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それに、シャルルは転校してきたばっかで右も左も分からないだろうし」
「そ、それは、そうだが……」
そんな中、私の目の前では織斑君と篠ノ之さんが言い合っていた。しかも、彼女が2人分の手作り弁当を用意しているところから判断すると、どうやら織斑君と2人きりで昼食を取りたかったのは明らかだ。
ところが、そういった分野では異常に鈍感な彼があっさりと大所帯にしてしまった為、その事を彼女は問いただそうとしたのだが、それも不発に終わったらしい。
「はい、一夏。アンタの分」
「一夏さん。わたくしも今朝はたまたま、偶然、何の因果か早く目が覚めまして、こういう物を用意してみましたの」
その上、他の女子達も考えている事は全く同じで、それぞれに織斑君の為に作ったと称する料理を差し出していた。ただし、セシリアさんの手料理を受け取った時だけは微妙な表情をしていたのが印象的である。
私は話でしか聞かされていないのだが、どうやら未だに彼女の料理が完璧な見た目とは裏腹に酷い味なのを言い出せずにいるようだ。そして、それを見ていた凰さんは他人事のように『早く真実を言え』と小声で呟いている。
「ええと、本当に僕が同席して良かったのかな?」
はっきり言ってしまえば自己主張の強い者しか場の主導権を握れない中、タイミングを見計らってシャルル君が会話に混ざってきた。確かに、ここまでの状況から考えれば、そういった発想に至るのも頷ける。
なにせ、織斑君狙いの3人からすればライバルは元より、私とシャルル君にも遠慮して欲しかったのは明白だったからだ。ちなみに、シャルル君が昼食の席に加わったのは織斑君が誘ったからなのだが、その直前に凄く強烈なエピソードがあった。
それは、シャルル君狙いの女子達が大挙して押し寄せて来た時、彼が丁寧な応対と共に歯の浮くような台詞を言って見事に全員を諦めさせた事だ。その破壊力は凄まじく、全員が照れながら引き上げたばかりか、手を握られた3年の人に至っては失神する程だった。
<しかし、あんなセリフを普通、真顔で言うか? とてもじゃないが、俺は言いたくもないし、思い出しただけで全身がムズ痒くなる>
<同感ね。でも、私だって、あんたにだけは言われたくないわ>
<おい、ちょっと待て! それは、どういう――>
私達は、そんな感想を頭の中で呟きながら呆れたように見ているしか出来なかったのを鮮明に憶えている。そして、そうやって私が少し前の出来事を振り返っていると、織斑君が親しげな口調で先程のシャルル君の疑問に答えていた。
「いやいや、男同士、仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう。分からない事があったら、何でも聞いてくれ。IS以外で」
「アンタは、もうちょっと勉強しなさいよ」
すかさず、凰さんから鋭いツッコミが入る。この辺は幼馴染みゆえの阿吽の呼吸と言うべきか、見事な一言である。
余談だが、このIS関連での習熟度合いの差というものは仲間内限定の模擬戦の結果にも如実に表れていた。勝率順に並べると、凰さん・セシリアさん・篠ノ之さん・織斑君となるからだ。
なお、ここに私の名前が無いのは、ただ単に模擬戦に参加していないのが原因である。なぜなら、私達の任務を考慮すると彼らと模擬戦をするメリットは少なく、いつも適当な口実を並べては戦闘の模様を記録するかアリーナの隅っこで訓練用ターゲットを撃つだけに止めていたからだ。
「ありがとう。一夏って優しいね」
「い、いや、まあ、これからルームメイトにもなるだろうし……。ついでだよ、ついで」
ところが、そんな半分コントみたいなやり取りだったにも関わらず、シャルル君は屈託の無い笑みを浮かべてお礼を言った。その為、織斑君は照れて明らかに動揺した態度を見せる。
そして、今度は篠ノ之さんの作ったお弁当を彼が食べる事になったのだが、ある違和感に気付いて指摘した途端に話が大きくなっていた。
「わ、私はダイエット中なのだ! だから、1品減らしたのだ。文句があるか?」
「文句は無いが……。別に太ってないだろ?」
<確かに、そうだな>
篠ノ之さんに対し、織斑君とクリストファーが揃ってデリカシーの無い事を言った。もっとも、クリストファーの声は私にしか聞こえないので、形としては織斑君にだけ女性陣から抗議の集中砲火が降り注ぐ。
「あー、男って何でダイエット=太っているの構図なのかしらね」
「まったくですわ。デリカシーに欠けますわね」
その口調には明らかに非難の色が滲んでおり、織斑君は慌ててフォローしようとしたが、篠ノ之さんの方を見ながら言った所為で完全に逆効果になってしまう。
「いや、でも実際、ダイエットなんか必要ないように――」
「ど、どこを見ている! どこを!」
「どこって……、体だろ」
火に油を注ぐとは、まさにこの事だ。これでは、誰からも擁護はしてもらえないだろう。その証拠に、今度は凰さんとセシリアさんから厳しい言葉を浴びせられている。
「なに堂々と女子の胸を見てんのよ。ア・ン・タ・は!」
「一夏さんには、紳士として不足しているものがあまりに多いようですわね」
<ほう、一夏は巨乳好きだったのか。こいつは新しい情報だな>
自分にもデリカシーが無いのを棚に上げ、クリストファーは面白半分に下らない事を言っている。それを聞いた私は、こんな性格の男が居たら間違い無く一生、彼女どころか女友達さえ出来ないだろうと確信した。そして、どこまで効果があるかは分からないが、一応は彼に警告しておく。
<改めて忠告するけど、あんたが表に出ている時に、そういう発言をするのは止めてよね。余計なトラブルの元だし、私の人格まで疑われるんだから>
<おいおい、ただの冗談なんだから、そんなに怒るなって>
だが、肝心のクリストファーには自分がデリカシーの無い発言をしたという自覚は欠片も無く、随分と軽い口調で答えただけだった。これには流石の私も少し怒りを覚え、彼の神経を逆撫でする事を承知で冷たく言い放つ。
<あんたはシャルル君の爪の垢でも煎じて飲んだ方が良いわね。そうしたら、その欠点だらけの性格も少しはマシになるんじゃない?>
<まるで、俺の性格そのものに重大な問題があるみたいな言い方だな>
<あら? 今まで問題が無いと本気で信じてたの?>
<てめえ! ふざけるなよ! 一体、俺のどこに問題があるってんだ!>
案の定、クリストファーは声を荒げて突っかかってきた。
<だったら、少しは女性心理を学ぶ事ね。でないと、ここでの任務遂行は難しいわよ>
<くっ……!>
私が『任務』という単語を口にした途端、彼は口にしかけた単語を呑み込むようにして黙り込む。勿論、彼が任務遂行に異常とも言えるほど強い拘りを持っているのは承知の上で、こういう言い方をすれば必ず話を聞くと私には確信があったからの発言だ。
そして、私は彼に自らの言動を振り返る時間を与え、多少は冷静になったと思われる頃合を見計らって一言だけ告げる。
<要は、あんたの考え方次第よ。ここで女性心理を多少なりとも学んでおけば、今後の任務でも役に立つと思わない?>
<そう、だな……>
やや間があり、クリストファーは不承不承といった感じで呟いた。なので、彼が素直に忠告に従うかどうかは別にし、私は暫く意識していなかった周囲の状況を把握する事に努める。
ところが、その途端、真っ先に織斑君と目が合ってしまった。しかも、私が何かを言う前に彼の方から声を掛けてきた。
「さっきから静かだけど、どこか具合でも悪いのか?」
「そう言われれば、ここまで静かなのも珍しいですわね」
「なに? あんた、調子悪いの?」
当然、そんな風に言われれば皆の視線が私に一斉に集中するのは明らかだった。織斑君に続き、セシリアさんと凰さんが声を掛けてくる。さらに、篠ノ之さんとシャルル君までもが私の方を向き、心配そうな表情を浮かべて尋ねてきた。
「なら、あまり無理はしない方がいいぞ」
「大丈夫? 僕に出来る事なら手伝うから、遠慮しないでね」
まさか、『脳内で一種の別人格みたいな存在のクリストファーと言い争いをしていた』とは言える筈も無く、私は必死になって適当な言い訳を考えようとする。
だが、そうそう都合良くベストな回答が思い付くとは限らず、なんとも心許無いものしか出てこなかった。しかし、迷っている暇も無いので、それに賭けるしかない。
「心配してくれて、ありがとうね。でも、具合が悪い訳じゃないから安心して。ただ、『みんな、仲がいいな~』って思って見惚れてただけだから」
この場を切り抜ける事に必死だった私は、わざとらしくならないよう注意しながらも出来る限りの笑顔を作り、明るく元気な声に聞こえるように普段よりも強く意識して話した。そして、異様にゆっくりと流れる時間を感じながら慎重に皆の反応を窺う。
「そっか。なら、安心だな」
ここでも最初に口を開いたのは織斑君だった。そして、この彼の一言で、それまでの重たい空気は一瞬にして消え去り、昼休みが始まった時のような雰囲気が戻って来る。だが、その代わりに今度は女子3人が挙動不審になる。
「わたくしと一夏さんが仲良く見えるのは分かりますが、他の方は――」
「つい最近まで一夏と一緒にいたのはアタシなんだから、そう見えるのは当然――」
「ま、まあ、一夏の事は昔から知っているからな。そう見えても仕方が――」
実に分かり易い反応である。3人共が『自分と一夏の仲が1番良い』と、あからさまに強調して相手を牽制し合っていた。だが、これは私にとっては嬉しい誤算となり、上手く皆の注目を逸らす事が出来て安堵する。そして、このチャンスを生かすべく、さらに言葉を続ける。
「でも、こんなにゆっくりしていて良いの? 昼休みって言っても、そんなに長くは無いよね?」
「確かに、そうだよな。また千冬姉に怒られるのも嫌だし、さっさと食っちまおうぜ」
すると、直ぐに織斑君が同意してくれた。しかし、それによって肝心な部分を見事なまでに聞き流された3人は、妙に冷たく鋭い視線で彼を睨んでいる。
しかも、その視線に強い殺気でも込められていたのか、織斑君は慌てたように取り繕おうとしたのだが、そういった行為さえも今は裏目に出てしまう。
「そ、そうだ、箒。この唐揚げ、本当にうまいから箒も食ってみろよ。な?」
「ちょっと、一夏さん! どうして篠ノ之さんにだけ気を使うんですの!?」
「なに贔屓してんのよ、一夏!」
当然の事だが、声を掛けられなかった残り2人が猛烈な勢いで非難する。なので、追い詰められた彼は半ばヤケクソ気味に叫んだ。
「ああ、もう! だったら、全員に食べさせてやるから! それなら、文句ないだろ?」
「え!?」
その途端、3人の表情が急に変わり、声を揃えて聞き返していた。なぜなら、織斑君自身は全く気付いていないようだが、とんでもない事を口走っていたからだ。そして、この後に訪れた光景は、ある意味で実に見応えのあるものとなった。
「ほ、ほら、箒。あーん」
「う、うむ……」
「えーと、次は鈴だな。ほら、あーん」
「あ、あーん」
「セシリアも、いくぞ? あーん」
「ぁ、む……」
それは、まるで親鳥が餌を待つ雛鳥たちに餌を分け与えているような光景とも表現できた。具体的には、頬を赤く染めて照れながらも小さく口を開けた篠ノ之さん・凰さん・セシリアさんの順に織斑君が1口サイズに切った唐揚げを食べさせている、というものだ。
しかし、これは恋人同士ならいざ知らず、そうでない場合は傍から見ているだけでも相当に恥ずかしい行為のように思えてならない。
「最後はクリスだよな」
ところが、その優しさに境界線の無い織斑君は私の方にも箸で摘んだ唐揚げを差し出そうとした。しかも、極めて自然な流れで行うものだから、もう少しで素直に従ってしまうところだった。
「あ、私はいいよ。これ以上食べたら、織斑君の分が無くなっちゃうから。それに、そのお弁当って篠ノ之さんが織斑君の為に作ったものみたいだしね。だから、あんまり部外者が食べちゃうのも気が引けるって言うか……」
「もしかして、遠慮してんのか? 別にいいよな、箒?」
私としては無難な理由を付けて断ったつもりだったのだが、織斑君には単なる遠慮と受け取られてしまったらしい。その証拠に、わざわざ篠ノ之さんに許可を貰ってまで実行しようとしている。
「あ、ああ、構わないぞ」
しかも、篠ノ之さんは先程の件ですっかり上の空だったらしく、話の流れでOKサインを出した後、自分の失言に気付いて何とも言えない表情をしている。
おそらく、本心では止めたいのだろが、いまさら言った事を取り消すのも不自然なので悩んでいるのだろう。ちなみに、凰さんとセシリアさんは明らかに鋭い視線を投げ掛け、無言で『断りなさい』というプレッシャーを掛けてきている。
勿論、私としても断りたかったので彼女達の希望には沿いたいところだが、問題は不信感を抱かれずに断る理由が咄嗟には思い浮かばない事だった。そして、そろそろ結論を出さざるを得なくなった頃、ようやく違和感の無い回避策が頭に浮かんだ。
「その好意だけ、ありがたく受け取っておくね。やっぱり、女の子が一生懸命に作った手料理は、その相手が食べてあげないと。それが作ってもらった方の義務だよ」
私は敢えて『作ってもらった者が食べる』という部分を断りの返事の中に入れ、責任感の強い彼を牽制すると共に女性陣には話に介入するチャンスを与えた。すると、その目論見通り、手料理を作ってまでポイントを稼ごうとした3人が私を援護してくれる。
「ま、まあ、クリスの言う事にも一理あるな。そ、それに、クリスには今度作った時にでも食べてもらうから、お前は気にせず全部食べろ。私としても味見役がいた方が何かと便利だしな……。うん、だから、そうしろ」
「だったら、あたしの作った酢豚も全部食べてくれるわよねぇ、一夏?」
「そういう事でしたら、一夏さん。わたくしのサンドイッチも1つと言わず、全て食べて下さいますわよね?」
「ま、待て! なんか、話が変な方向に脱線してないか!?」
ただし、それらを援護と言うには少々、語弊があった。確かに篠ノ之さんは援護をしてくれたのだが、発言の一部に『味見役』という聞き捨てならない単語があったし、凰さんとセシリアさんに至っては完全に自分自身のアピールを行っただけだ。
もっとも、そのおかげで織斑君は彼女達への対応に追われ、私に食べさせるどころではなくなっていたのだから、一応は目的を果たしたと考えるべきだろう。ちなみに、そうまでして私が拒否した理由は、やっと静かになったクリストファーに騒がれたくなかったからである。
もし、あのまま食べさせられていれば後から何を言われるか分かったものじゃないし、1度機嫌を損ねた彼を宥めるのは中々に面倒な作業でもあったからだ。
「いま思い出したんだけど、これって日本ではカップルがするって言う『はい、あーん』っていうやつだよね? なんか、仲睦まじくて見ているだけで心が温かくなるよね」
そんな風に私達が騒いでいると、今までは1人だけ蚊帳の外だったシャルル君が素敵な笑顔を浮かべて感想を述べた。勿論、彼に他意は無いのだろうが、途端に件の3人の口数が減ったばかりか、頬を赤らめて挙動不審にさえなる。
そして、この後も賑やかな昼休みは続いてゆき、今度は逆に私を除いた女子達が織斑君に『はい、あーん』で食べさせてあげていた。これは余談だが、その時の出来事について織斑君が『雛鳥みたいだな、俺』と呟いていたのには奇妙な概視感を憶えた。
「俺とシャルルは、またアリーナの更衣室まで行かないといけないんだからな」
「ん? 一夏って、もしかして実習で毎回スーツ脱いでんの?」
「え? 脱がないとダメだろ?」
「女子は半分くらいの子が着たままよ? だって、面倒じゃん」
そうやって色々な事をやっている内に時間が気になったのか、アリーナの更衣室で着替えなければならない織斑君が軽く愚痴を言った。すると、その言葉に反応した凰さんが随分と不思議そうな表情を浮かべて彼に尋ねる。
実際、私もISスーツは常に着たままだったので、その都度着替えていた彼の事の方が驚きだった。そんな中、彼は視線を走らせて私達の体を上から下へと眺めていく。
勿論、そこに邪まな気持ちは一切なく、ただ純粋に好奇心からの行動だったのだろうが、その仕草を看過するほど彼女達は甘く無い。
「だ、だからっ、女子の体をジロジロ見ないでよ! スケベ!」
「いや、別にそういう意味で――」
「い、意味がどうであれ、『紳士的では無い』と言っているのですわ!」
「だから、眺めていただけ――」
「お、女の体を凝視しておいて『眺めていただけ』とはなんだ! 不埒だぞ!」
こうなると、何を言っても無駄だった。織斑君が全面的に非を認めない限り、彼女達の追及が止む事は無いだろう。
「乙女心は複雑で繊細なんだから、もっと気を付けなきゃダメよ」
この状況下で私だけ何も言わないのも変だと思ったので、がっくりとうな垂れる彼に向かって一言だけ付け加えておいた。すると、この連続攻撃は流石に応えたのか暫くは無言で食事に集中していたが、突然、彼はシャルル君に視線を向けた。当然、その視線に気付いたシャルル君が尋ねる。
「どうかしたの、一夏?」
「男同士っていいな、と思ってな」
織斑君の呟きは特に深い意味のある言葉とは思えなかったのだが、何故かシャルル君は照れたような仕草をしていた。そして、そんな彼らの会話を聞いていた凰さん・セシリアさん・篠ノ之さんは、何やら小声で『不健全』だの『愚か者』だのと囁いている。
この後、彼女達3人がずっと織斑君の事を白い目で睨んでいたのを踏まえると、私には彼女達が不機嫌になった理由の予想が簡単についたのだが、特に任務には影響が無いと判断して今回は黙っておく事にした。
◆
例の転校生2人が来てから4日が経過した金曜日の夜、俺は寮の自分の部屋で組織が集めてきた2人に関する詳細な資料に目を通そうとしていた。
<思ってたよりも早かったわね>
<仕事が早いのは良い事だ。後は、情報の信憑性も高ければ言う事は無いんだが……>
送られてきた資料に目を通し始めた途端、クリスティーナが話し掛けてきた。なので、とりあえずは無難な返事をしておく。ちなみに、今回の作業では俺が意識の主導権を握っている方が便利だと判断したので、事前に切り替えてある。
<それで、最初はどっち?>
<そうだな……。まずは、俺達とも接触の機会が多いシャルルから始めるか>
<分かったわ。じゃあ、いつもみたいに何か気付いた事があったら声を掛けるわ>
<ああ、そうしてくれ>
最初に簡単に手順を確認し合うと、早速、シャルルに関する調査結果が記された資料へと視線を落とす。当然の事だが、初めの内は大した事柄は記載されておらず、それを見る限りでは学園に在籍する大多数の一般的なIS操縦者と何も変わらなかった。
ただし、そこはテストパイロットも兼ねる専用機持ちだけあってIS適性などの数値は平均より高いみたいである。
<名前を聞いた時から関係者じゃないかと疑っていたけど、やっぱり『デュノア社』と関係があったのね。でも、流石にCEOの息子だとは思わなかったわ>
<まあ、確かに珍しいケースだが、そういう事もあるだろう。それよりも、これで専用機持ちなのも納得できるんじゃないか?>
<そうね>
厳密に言えば、男性IS操縦者というだけでも特筆に値する事柄なのだが、それは本人に会って既に知っているので敢えて口には出さなかった。
<しかし、また随分と極端な教育方針だな。今まで1度も学校へは通った事が無く、自宅に家庭教師を招いて英才教育を施していたらしいぞ>
<もしかしなくても、将来は息子に会社の経営を引き継がせるつもりなの? この女尊男卑の時代だと反発が大きいから、メリットは少ないと思うんだけど……>
<だが、今までに受けた教育の種類やレベルなんかを考えると、後継者候補として徹底的に鍛えられているのは明らかだ。実際、あいつ自身も結果を出してるみたいだし、やり方次第では実力で反対派を黙らせるのも可能だろう>
こんな感じで俺達の分析は進み、その後も暫くは特に気に留めるような事柄は見当たらなかった。そして、資料の内容は彼の父親である現CEOや会社の経営状態などについて記載された項目へと達する。
<いつの時代、何処の国でも男って浮気をする生き物なのね。しかも、その愛人との間に娘まで儲けているじゃない>
<いや、浮気をするのに男女の違いも無いと思うんだが……。しかし、そんな事よりも俺には組織の連中が考えている事の方がまるで分からん。確かに、『可能な限り多くの情報が欲しい』とは言ったが、こんなプライベートな情報まで寄越してくるとは……>
クリスティーナが浮気と聞いて呆れたように呟いていたが、正直、俺にはどうでもいい事柄だった。いま重要なのは2人目の男性IS操縦者“シャルル・デュノアについて”であって、この学園にいない“愛人との間に生まれた娘”では無いからだ。
そんな事を考えながら資料に目を通していると、現在のデュノア社の経営状況と過去の実績についての報告となり、そこに記された内容を見た俺は思わず自分の目を疑った。しかも、そんな俺の変化を敏感に察してか、訝るような口調でクリスティーナが尋ねてくる。
<私には、ただの経営記録か歴史年表にしか見えないんだけど、あんたの興味を引くようなものでもあったの?>
<ああ、まあな。どうやら、こいつによると今のデュノア社は崖っぷちらしいぜ>
<それって、倒産するって事?>
<端的に言えば、そうなるな。既に政府からの補助金も大幅に減らされているし、このまま結果を残せなければ、そう遠くない内に倒産するだろう。ま、他に大口のスポンサーを見付けるか、銀行から新たな融資でも受けられれば話は別だが……>
<もしかして、シャルル君が転校してきたのは――>
ここまで来ると、流石にクリスティーナも今回の転校騒動に隠された別の目的に気付いたらしい。なので、そこから先は俺が彼女の言葉を引き継いで説明する。
<大方、歩く広告塔としてなんだろうな。世界初じゃ無いが、貴重な男性IS操縦者という事に変わりは無いからな。事実、つい最近まで緩やかに下がり続けていたデュノア社の株価が大きく値上がりしてるんだ。おそらく、今頃は銀行や投資家との交渉で大忙しだろうよ>
<そうなんだ>
だが、クリスティーナは経営状態や他企業・政府との資金調達を巡る駆け引きといった事柄については関心が薄いのか、つまらなさそうに短く呟いただけだった。
俺としては、開発が遅れに遅れた事によって第2世代最後発企業となった事実や、フランスがEUの統合防衛計画『イグニッション・プラン』に参加していない本当の理由を知る事が出来て満足したのを考えると、まさに対照的な反応と言えるだろう。
<そして、最後は確証が取れてない情報か……>
<考えようによっては、これも一種の噂話よね>
最後の項目へ辿り着いたところで俺が溜息混じりに言うと、クリスティーナは先程とは違って明るい声を上げる。一応、こういったクズ情報の中にも重要な事柄が含まれる事を知っているので手は抜かないが、個人的な感情から言えば苦手な部類だった。
だが、それでも任務だと割り切って最初から順繰りに読み進めていく。すると、案の定、陳腐なフィクションか妄想の産物としか思えないようなものが次々に出てきた。
<まるで、拷問だぜ。微塵も興味の無い作業をタダで延々と強制されてるんだからな>
<そう? でも、意外と辻褄の合う話も少しは混じってるわよ。特に、この“行方不明になった愛人の娘”なんか映画化できそうな気がするわ>
クリスティーナに指摘された俺は、あまり気乗りはしなかったが、その“行方不明になった愛人の娘”という項目に目を通してみる。
確かに、彼女の指摘する通り、一応は話の辻褄も合っていて良く出来た物語だとは思う。だが、科学的根拠の欠片も無いオカルトじみた部分も多く、どうにも胡散臭く思えてならなかった。
<いくらなんでも、幽霊説は話が飛躍しすぎだろう。どうせ、見間違いか目の錯覚か思い込みによるこじつけに決まってるさ>
<それについては私も同意見よ。だけど、この件だけは何かが引っ掛かるのよね>
俺が軽く笑い飛ばしながら結論を述べると、そう言って彼女が食い下がってきたので、もう少し詳しく読んでみる事にした。
だが、どう見ても荒唐無稽な与太話にしか思えず、これも単なるクズ情報だと断定して除外しようとした時、別の所に記載されていた情報との妙な共通点がある事に気付いて声を上げた。
<ちょっと待て。コイツは……>
<どうしたの?>
<確認が終わったら説明してやるから、そう慌てるな。それに、もし俺の考えが当たっていれば、かなり面白い事になるぞ>
それから数分後、目の前に提示された幾つもの情報を何度も読み返して見比べた俺は、ある1つの仮説を導き出す。
<やはり、そうだったか。これを見てみろ>
そう言うと俺はチェックを入れた資料を視界の中央に収め、クリスティーナにも内容が良く見えるようにした。そして、彼女が読み終わるのを静かに待つ。すると、彼女も俺の言いたかった事に気が付いたらしく、感心したような口調で話し始めた。
<確かに、これは単なる偶然として片付けるには無理があるわね。ある時期を境に双方の目撃情報が反比例してるわ>
<だろ? しかも、その直前には世界初の男性IS操縦者の一夏の存在が世界的な話題になってるんだ。だから俺には、この2つが無関係だとは到底思えない>
<つまり、あんたは転校生のシャルル君と姿を消した“愛人の娘”が同一人物だと言いたいのね?>
<ああ、そうだ。それに、これを見てみろ>
そこで俺は資料に記されていた“ある人物”の名前を指差した。そこには、その人物がデュノア社の関連施設に出入りしていた時期や役職などが事細かに記載されていたのだが、先の前提を踏まえて考えると実に興味深い仮説が成り立つ。
<演劇スクールの演技指導インストラクター? しかも、いま問題になっているのと同じ時期に随分と集中的に訪れているわね>
<だからこそ、その仮説が真実味を帯びてくるんだよ。もし、本当にプロによる演技指導を受けていたなら、あのシャルルの貴公子のような仕草も逆に納得できる。なにせ、あまりにも“女性にとって理想的な男性像”すぎるからな>
<それについては、どうかと思うけど……。もしかすると、彼――、いえ彼女自身が穏やかで優しい性格だったかもしれないでしょう?>
クリスティーナの指摘を受け、俺は少し考え直してみる。確かに、本来の性格までは知る術が無いので、今の発言が俺の主観にすぎないのは理解できる。だが、その事を差し引いてもシャルルの態度は出来すぎのような気がした。
<でも、同じ女性だと仮定するなら、相手の心理も理解し易い筈だから何かあっても上手く対応できるのは確かね>
すると、そんな俺の心情を察したのか、彼女はフォローとも取れる意見を述べた。
<だが、そう考えると1つだけ納得のいかない部分が出てくるんだよ>
<どういう事?>
ここまでの話の流れを断ち切るような形で俺が仮説を立てた時から引っ掛かっていた疑問を口にすると、当然のように彼女は聞き返してくる。なので、少し自分の頭の中で情報を整理し、最初に推測である事を断っておいてから話し始める。
<こいつは俺の推測なんだが、もしシャルルが男の振りをしているなら目的は2つだ。1つは企業の広告塔としての役割りで、これは特に気にする必要は無いだろう。専用機持ちなら常識だからな。だが、もう1つの目的、スパイ活動については無視できない部分がある>
<それって私達が言えた義理じゃないと思うけど?>
<今は、そういうツッコミは無しだ。とにかく、話を戻すぞ。普通、どんなスパイであれ、そう簡単に育成できる代物じゃない。確かに、ある程度の情報収集の訓練は受けているようだが、はっきり言ってコイツは素人と変わらない。なら、そんな人物に本当にスパイが務まると思うか?>
ここまで聞いた段階でクリスティーナも矛盾点に気が付いたらしく、低く落ち着いた声で俺の話を引き継いだ。
<確かに、どう考えても無理があるわね。でも、そういった諜報戦に関しては素人な織斑君が対象だから大丈夫だと思ったんじゃない?>
<その可能性も否定はできんが、あの織斑千冬だって近くにいるんだぞ。いくらなんでも、そこまで状況を甘く見るような真似はしないだろう。もっとも、最初から囮かスケープゴートとして使い捨てるつもりなら話は別だが……>
<結局、そのパターンなのね>
そう呟いた彼女は大きな溜息をついた。そして最後に、どこか開き直ったような口調で此処までの話を纏める。
<とりあえず、私達の任務の邪魔にさえならなければ問題ないわ。そうでしょう?>
<ああ、そうだな>
確固たる証拠が無い以上、他に適当な対処法も思いつかないので俺も直ぐに同意した。なので、シャルル・デュノアについての分析は、ここで一旦終了する事となった。
<じゃあ、今度はラウラ・ボーデヴィッヒについての分析を行うぞ>
<いつでも始めてもらって構わないわよ>
俺が確認を取ると、クリスティーナは直ぐに返事を寄越した。それを受けた俺は、さっきと同じ要領で確証が得られている情報から閲覧していく。だが、そこに記されていた情報は、あまりにも表面的なものばかりで特に目新しいものは無かった。
<やっぱり、ドイツ軍所属か。ま、予想通りだな>
<正規の軍人だから仕方のない事なのかもしれないけど、思ってたよりも彼女個人に関する情報が少ないわね>
<いや、その理由は別にあるようだぜ?>
クリスティーナのボーデヴィッヒに対する第一印象を聞いた俺は、彼女の生い立ちに関する詳細な記録を記載した部分を視界の真ん中に収める。なぜなら、そこには非常に興味深い事柄が記されていたからだ。
<彼女が遺伝子強化素体? だとしたら、また随分と変わった経歴の持ち主をドイツは送り込んできたものね。しかも、あの『ヴォーダン・オージェ』まで移植されてるなんて、ますます怪しいじゃない……>
<やっぱり、お前もそう思うよな。しかも、面白い事にアイツの『ヴォーダン・オージェ』は他の連中のとは違って常に稼動状態で切れないらしく、あの眼帯にはリミッターとしての機能もあるから日常的に付けてるそうだ>
<それはそうと、この資料では彼女はドイツ軍でも最精鋭のIS配備特殊部隊の隊長って事になってるけど、ISの操縦以外で何か厄介な特殊技能とかはあるの?>
クリスティーナに尋ねられた俺は、そういった事柄が記されている箇所を見て盛大な溜息と共に率直な感想を呟いた。
<ある意味、俺達に最も近いかもな……。格闘・銃火器の扱い・各種兵器の操作と、兵士として必要なものは全て叩き込まれてやがる。しかも、その全てにおいて非常に優秀な成績を修め、後は実戦経験さえ積めば最高の兵士になれるってところまで達してる>
<どうやら、これは本腰を入れて対策を練った方が良さそうね>
<ああ、なにせ、いきなり一夏に敵意剥き出しで絡んでいたからな。遅かれ早かれ、彼女とは面倒な状況で関わらざるを得ないだろうよ>
まるで、その俺の言葉が合図にでもなったかのように互いに黙り込む。そして、数十秒間の沈黙の後、クリスティーナが口を開いた。
<それで気になってたんだけど、これを見る限り、織斑君とボーデヴィッヒさんには何の繋がりも面識も無いわよね? なら、どうして彼女は、あそこまで極端な行動に走ったの?>
<確かに、アイツと一夏は直接は関わっていない筈だ。そうなると、唯一の共通点は織斑千冬という事になるんだが、どうにも腑に落ちない点がある>
<どう見てもボーデヴィッヒさん自身は織斑先生を慕っているのに、織斑君に対しては敵意とも採れる嫌悪感を抱いている事よね?>
<ああ、そうだ。仮に、あれが誰かの目を欺く為の手の込んだ演技でないとしたら、どう考えても辻褄が合わない>
はっきりと俺が断言すると、クリスティーナは少しの間だけ考え込むように黙ってから1つの仮説を導き出した。
<もし、2人が初対面で無いとしたら? 例えば、前に会っているのに織斑君だけが忘れていて、その時に彼が何かやらかしたとか……>
<考えられなくも無いが、そういった類の記録は無いから可能性は低いだろうな>
俺は資料に素早く目を通しながら彼女の仮説を否定する。すると、あっさりと否定された事が気に入らなかったのか、今度は俺の方が聞き返された。
<じゃあ、あんたは何か思い当たる節とかあるの?>
<まあ、強いて挙げるなら“護衛”かな>
<護衛?>
今までの俺の発言からは想像もつかなかったらしく、彼女は訝るような口調で仮説の中のキーワードを反芻した。
<要するに、あの突拍子も無い行動が全て演技だと言いたいのさ。普通、あんな風に警護対象者に敵意を剥き出しにした人間が護衛だとは考えないだろう? それに、織斑千冬はドイツ軍にも顔が利くんだから頼み事をするぐらいは可能だ>
<仮にそうだとしても、何で織斑君に護衛なんか付ける必要があるのよ?>
<おいおい、もう忘れたのか? 先月の無人ISによる襲撃事件だよ。もし、学園側が『一夏が狙われている』という情報を掴んだものの、それを公表できないから極秘で護衛を頼んでいたとしたらどうする?>
そこまで説明したところで、ようやくクリスティーナも俺の仮説を理解したらしく、軽く息を呑むような声を発した。しかし、彼女は直ぐに落胆の溜息と共に、この仮説を否定し始める。
<残念だけど、その可能性も低いと思うわ。だって、最初に織斑君を引っ叩いた時の彼女の表情、あれは明らかに『殺したいほど憎い』って雰囲気だったもの。それまで何の感情も示して無かったんだから、おそらく本心と思って間違い無いわ>
<やっぱり、これも外れか……>
言葉とは裏腹に俺は軽い口調で呟いた。すると、それが意外だったのか、クリスティーナは僅かに驚いたように訊いてきた。
<あっさり自分の意見を『違う』と認めるなんて、あんたにしては珍しいわね。一体、どういう風の吹き回し?>
その言い草に一瞬だがむかつき、何か言い返してやろうかとも思ったが、今は無駄に時間を浪費したくなかったので大人しく質問に答える。
<理由は2つ。まず、こちら側の組織の情報網には、今のところ“一夏襲撃”の警告は出ていない。第2に、ボーデヴィッヒ本人に要人警護の訓練を受けた記録は無い>
<確かに、もっともな理由だけど、普段のあんたなら『常に最悪の事態を想定するのが基本だ』とか言って、もっと悲観的に物事を捉えていたわよね?>
それについては彼女が指摘した通り、今までのパターンからいっても俺だって簡単に結論を出すような真似はしなかっただろう。だが、今回は少しばかり事情が異なる。なので、その部分を補足するような形でさらに説明を付け加えた。
<どういう思惑があるにせよ、彼女は俺達の任務遂行の障害にしかならないと判断したからだよ。なにせ、既に監視対象者3人の内の2人と深く関わってるんだからな。だったら、わざわざ周囲を嗅ぎ回ってまで動機や目的を詮索しても事態は大して変わらないだろう?>
そう軽く答えはしたものの、あまり楽観視できる状況でないのは自分でも分かっていた。なぜなら、組織からの支援があるとは言っても、事実上の単独潜入である俺達にとって障害や敵が増えるのは無視できない要素だからだ。
そして、この想いはクリスティーナにとっても同じだったらしく、彼女も重々しい口調で現在の複雑な状況を嘆いた。
<流石に、今回ばかりは前途多難ね>
<ああ。個人的には認めたく無いが、その通りだぜ>
その後、ボーデヴィッヒに対しても噂話の類について分析を実施したのだが、過去の人間関係において本国の部隊内での孤立などが確認されたものの、こちらの任務に直に影響を及ぼしそうな事柄は何も発見できなかった。
余談だが、こうして俺達が今後の対応を1から見直すぐらいの計画修正を迫られた結果、1人で過ごす時間の多くは自室での対策会議に忙殺される事が確定した。
今回も見事に地味なエピソードとなってしまいましたね。なのに、前半の昼休みのシーンの執筆には随分と苦労させられた記憶があります。
それはそうと、この第6話のサブタイトルには元ネタがあるんですが、気付いた方はいるのでしょうか?
ちなみに、次回は原作にあったエピソードをオリキャラ視点で見たものになります。