IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第7話 Raging the black rain①

 2人の転校生に関する資料に目を通した翌日の土曜日、すっかりお馴染みとなったメンバーと共に私はアリーナにいた。なぜなら、土曜日は特別な事情が無い限りは各アリーナが全解放されるので、午後の自由時間を利用してISの訓練をするには最適だからだ。

 そして、そんな私の眼前では、シャルル君との簡単な模擬戦を終えた一夏君が彼に射撃戦闘についての基本的な指導を受けている真っ最中だった。

 

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないとISとの対戦じゃ勝てないよ。それに、一夏のイグニッション・ブーストって直線的だから、反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

「直線的か……」

<ま、確かに、あの動きは単純で予測し易いな>

 

 それについては、どうやらクリストファーも同意見らしい。実際、私でも攻撃パターンを楽に読めたぐらいなのだから、本当に分かり易い動きだったのだろう。

 ちなみに、一夏君はシャルル君の説明を真剣な面持ちで聞いているが、今まで専属コーチとして一夏君と優先的に話せる立場にあった箒さん・セシリアさん・鈴さんの3人にとっては面白く無い光景らしく、なにやら小声でブツブツと文句を言っていた。

 だが、そんな3人の怨嗟の声を無視するかのように彼らはワンオフ・アビリティーの簡単な解説を挟み、射撃武器の訓練へと戻っていく。

 

「じゃあ、射撃武器の練習をしてみようか。はい、これ」

 

 そう言ってシャルル君は、先程の模擬戦でも使っていたアサルトライフルを何の迷いも無く一夏君に手渡していた。なお、本来は他のISが装備する武装は使えないのだが、彼は所有者が許可を出せば使えるようになる事を説明しながら実際に許可を出し、一夏君に試射をするよう告げた。

 すると、彼は直ぐに見よう見真似で射撃体勢を取ったのだが、射撃武器を扱った経験が極度に少ない所為か、その姿勢には微妙な違和感があった。しかし、それもシャルル君の的確なサポートで早々に修正され、若干の硬さは残るもののマニュアル通りの最も基本的な射撃姿勢となる。

 

「じゃあ、行くぞ」

「うん。とりあえず、撃つだけでもだいぶ違うと思うよ」

 

 そうして射撃前の最後の確認を終えると、一夏君は空中に出現させた最もシンプルな訓練用のターゲットに向かって射撃を行った。

 

「うおっ!?」

 

 すると、彼は発砲時の音が想像以上に大きかった事に驚いたらしく、あからさまに動揺して集中を乱していた。それは多分、シャルル君が渡した武器が従来の銃火器と同様の火薬式の弾薬を使用するタイプだった為、その音を聞き慣れていない彼には想像以上に強烈だったのだろう。

 ちなみに、彼の撃った弾は辛うじてターゲット本体には命中したものの、狙ったと思われる中心からは大きく逸れていた。

 

「流石に、自分が撃った時の音にまで驚いてたら射撃武器は使えないよ?」

「う……、ごもっとも……」

 

 私が苦笑しながら一夏君に声を掛けると、彼はバツが悪そうな表情をして呟いた。そして、そんな彼の様子を見たシャルル君も微かに苦笑し、初めて銃を撃った事についての感想を尋ねる。

 

「直ぐに慣れるから大丈夫だよ。それで、どう?」

「なんか、アレだな。とりあえず、『速い』っていうのが正直な感想だ」

 

 一夏君が一言だけの感想を述べると、シャルル君は『待ってました』と言わんばかりの表情を浮かべ、いつもの的確で分かり易い解説を始める。その様子を眺めていると、つくづく彼が人にものを教えるのに向いている事が実感できた。

 

「そう、速いんだよ。一夏のイグニッション・ブーストも速いけど弾丸はその面積が小さい分、より速い。だから、軌道予測さえ合っていれば簡単に命中させられるし、結果的に外れたとしても牽制にはなる。それに、一夏は一気に間合いを詰めて接近する時は集中しているけど、やっぱり心の何処かではブレーキを掛けてるんだよ」

「だから、簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

「うん」

 

 その時、彼らの後ろで話を聞いていた例の3人、箒さん・鈴さん・セシリアさんが呆れたような口調で次々に一夏君の戦法についての感想を呟いた。

 ただし、双方の認識には大きな隔たりがあったらしく、その背景にある特殊な事情を理解していなければ彼女達の感想は相当に酷い物言いだとしか思えない。

 もっとも、私は暫く前から彼らの間にある認識のズレに気付いていたのだが、そこまで協力する義理もメリットも無かったので敢えて黙っておいた。そして、そんな事を考えている間にも一夏君の射撃練習は続き、ちょうどマガジン1本分の弾薬を撃ち切ったところで彼がシャルル君に尋ねた。

 

「そう言えば、シャルルのISって『リヴァイヴ』なんだよな?」

「うん、そうだよ」

「なんか、山田先生が操縦していたのと大分違うように見えるんだが、本当に同じ機体なのか?」

<確か、前に『リヴァイヴ』のカスタム機だって言ってたが、これだけ見た目が違ってたらそう思うのも無理は無いだろうな>

<同感ね>

 

 話題が機体の事へと及んだ途端、それまで静かだったクリストファーが何の前触れも無く彼らの会話に口を挟んできた。もっとも、彼の声は私にしか聞こえないので、私以外は誰も彼の言葉に反応を示さない。なので、シャルル君は一夏君の方を向いて自身の使う機体の簡単な解説を始める。

 

「僕のは専用機だから、かなりいじってあるよ。正式には、この子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』って言うんだ。具体的にはプリセットを幾つか外して、その上でバススロットを倍にしてある」

「倍!? そりゃ、また凄いな……。ちょっと分けて欲しいくらいだ」

 

 ほんの少し前の会話によると、一夏君の操る『白式』はバススロットが一切空いてないらしく、その為に追加装備のインストールが不可能になっているそうだ。なので、彼は少し羨ましそうな表情をして感想を呟いていた。すると、そんな彼に対してシャルル君は優しい笑みを浮かべて話を続ける。

 

「あはは。あげられたらいいんだけどね。でも、そんなカスタム機だから、今インストールしてある装備だけでも20くらいあるよ」

「ハァ……。シャルルといい、クリスといい、ちょっとした火薬庫みたいだな」

 

 シャルル君の専用機が想像以上に多くの武装を装備している事を聞き、一夏君は私達を見比べながら深い溜息と共に、そんな風な言葉で私達のISを表現した。

 

「クリスさんも?」

「あ、そう言えば、シャルル君は見た事が無いから知らないよね。私の専用機は『アーセナル』なんだ」

 

 突然、私の名前が出てきた事に疑問を感じたシャルル君がこちらを向いて尋ねてきたので、とりあえずは無難に機体の名称だけを伝える。すると、彼は珍しく驚いたような表情をして聞き返してきた。

 

「え、もしかして、あの実験機の『アーセナル』?」

「他に同じ名前の機体が無ければ、その『アーセナル』だよ。まあ、口で説明するよりも見てもらった方が早いから展開するね」

 

 そう宣言すると、私は周囲の安全を確認してから自身の専用ISを展開させる。今までは適当な理由を述べては人前でのISの展開を出来るだけ避けるようにしてきたが、最近は私のISが『アーセナル』だという事も周囲に浸透してきていたので抵抗感は減っていた。

 それに、かなり目立つ存在ではあるが、こうやって人前で展開して誰かに見られた程度で困るようなものでもない。

 

<起動しなさい、『アーセナル』>

 

 いつもの要領で意識を集中させて心の中で機体名を呼び掛けると、軽い浮遊感と共に全ての感覚が研ぎ澄まされ、バイザー越しの目線の位置もさらに高くなってISの展開が完了する。

 大抵の場合はISの起動と同時に意識の主導権もクリストファーに譲渡するのだが、今回は必要が無いので意識は私のままだ。

 

「こうして実物を見るのは初めてだけど、やっぱり間近だと威圧感が全然違うよね」

「ま、見た目の迫力だけなら『アーセナル』の勝ちね」

「そういや、こっちは俺のとは真逆で射撃武器ばっかりなんだよな」

 

 私のISを見たシャルル君・鈴さん・一夏君が順番に感想を述べる。ちなみに、さっきの話が本当だとすれば、シャルル君の操る『リヴァイヴ・カスタムⅡ』の方が装備の種類の豊富さでは確実に上だろう。

 私の機体は、基本的に左右対称になるような感じで同じ武装を複数個搭載する形式なので、装備する武装の数の割りにはバリエーションに乏しい。

 

「それにしても、随分と大型の武装が多いんだね。それに、前に僕がデータで見たのとは少し違うみたいだし……」

「流石に、実験機のままだと試合や模擬戦の時にきついでしょう? だから、学園に入るのに合わせて色々と調整してあるの」

「あ、そうなんだ」

 

 そう言いながらも、シャルル君は私の機体を真剣な眼差しで眺めている。やはり、その立場上、全く異なるコンセプトで運用される機体には大いに興味があるようだ。

 もっとも、ステルス戦闘機を彷彿とさせるロービジ塗装(低視認迷彩:グレーの濃淡で塗り分けたカラーリング)と各部の直線的なデザインに加え、明らかに標準的なISよりも大きい機体を目にすれば立場とかは関係なしに多くの人物から注目を集めてしまうので、これは『アーセナル』の宿命と言えた。

 実際、両肩の大型アンロック・ユニットにレールガンとプラズマキャノンとロケット弾ポッドを搭載し、背中と両脚にはミサイル・ランチャー、両腰のアーマー部分にも荷電粒子砲とパルスレーザー・マシンガンを備え、両腕に2連装ガトリングガンまで装備したISを目にすれば、誰だって大なり小なり似たような反応を示すだろう。

 なので、私は彼の反応を気にも留めなかったし、周囲から巻き起こるざわめきの大きさも初めの内は気にしていなかった。だが、ざわめきの理由は、それだけでは無かったらしい。

 

「ウソっ! ドイツの第3世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど?」

 

 そんな中、私達以外のアリーナにいる生徒達から口々に発せられる言葉の中に聞き流す訳にはいかない単語があったので、私は状況確認の為に素早く視線を左右に走らせるような感覚でアリーナの雰囲気を変えたもう1つの元凶を探す。

 すると、そこには私が『ドイツ』と聞いて真っ先に思い浮かべる人物、ラウラ・ボーデヴィッヒさんが漆黒のISを纏った姿で私達のいる方角、厳密には一夏君の事を冷たい視線で睨んでいた。

 

「おい」

「なんだよ?」

 

 いきなりボーデヴィッヒさんが彼に呼び掛けていた。しかも、彼女はオープン・チャネルを使っているらしく、はっきりとした声が私にも聞こえる。

 だが、それは明らかに敵意の篭った声でもあったので、一夏君も警戒するような口調で渋々と返事を返している。すると、彼女はゆっくりと飛翔しながら端的に用件を伝えてきた。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば、話が早い。私と戦え」

「嫌だ。理由がねえよ」

 

 あの彼女がISを展開した状態で姿を現した以上、半ば予想できた発言だったが、一夏君の方には戦う意志は微塵も無いらしく、彼女の要求を即答で拒否する。

 もっとも、その程度の事で素直に引き下がるような相手なら良かったのだが、さも当然のように自分の欲求だけを論理的な説明も無しにぶつけてきた。

 

「貴様には無くても、私には有る」

<どうやら、彼女の中では最初から結論は決まってるみたいだな。なら、ここで外野の俺達が何を言っても無駄だろう>

<だったら、どうするの? もしかして、私達全員で協力して戦うって事?>

 

 彼女の言動から瞬時に現在の状況を把握した私とクリストファーは、どういう風に対処するのが自分達にとって最善かを直ちに相談し始めた。可能であれば私自身が彼女と戦うのは避けたいのだが、任務遂行の障害になるのであれば力尽くでの排除も検討しなければならない。

 しかし、彼女の経歴と機体を考慮するなら、誰かと戦わせて得たデータを綿密に分析した後で一戦交える方が良いに決まってる。

 ただ、そうそう物事が私達にとって都合良く進んでくれる保証など何処にも無いし、今は悠長に考えている時間も無さそうなので、おそらくは直ぐにでも結論を出して行動に移さなければならないだろう。

 

<いや、もう暫くは様子見だ。ここに居る他の連中の考えも確認してからの方が良いだろう。幸い、アリーナの閉館時間も迫ってるみたいだから、上手く行けば単なる時間稼ぎ程度で済むかもしれないしな。それに、誰かを焚き付ける事になったとしても、いきなり煽りだしたら不自然に思われて俺達が怪しまれる>

<だったら、私は効率的でリスクの少ない時間稼ぎの方法と、ここに居る一夏君以外の専用機持ち達を違和感なく煽る文句を考えるわ>

<よし、それなら今の内に意識の主導権を俺に寄越せ。万が一、戦闘になって介入せざるを得なくなった場合に備える>

<良いわよ。でも、言葉使いや態度には充分気をつけてよ? 私が今までに築き上げてきた偽装身分があるんだから>

<出来る範囲で善処する>

 

 こうして一応の結論に達したところで私は意識の主導権をクリストファーに渡す為、いつものように軽く精神を集中させる。すると、意識に微かなノイズみたいな違和感が走り、どこか他人事のような感覚を憶えると共に意識の切り替えは完了する。

 

「そうかよ。でも、また今度な」

「ふん。ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 ところが、私達が具体的な対応策を行使するどころか、その内容を決める前に事態が動いて膠着状態が解けてしまった。

 あくまでも戦う事を断固として拒否する一夏君に対して痺れを切らせたボーデヴィッヒさんは、まさに挑発するように叫ぶと同時に彼女自身のISも戦闘態勢へと移行させ、そのままの勢いで左肩に装備していた大型レールカノンを私達の居る場所に向けて発射する。

 

<くそっ! なんて気の短い奴だ!>

 

 その行動を見た瞬間、クリストファーがイラついたように叫びながらも直ちに回避行動に入る。しかし、彼女の攻撃が私達の下へと届く事は無かった。

 なぜなら、シャルル君が素早く砲撃の射線上に割り込み、シールドでレールカノンの砲弾を弾くと同時にアサルトカノンを構えてボーデヴィッヒさんに狙いを定めたからだ。

 

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけでなく、頭もホットなのかな?」

「貴様……」

 

 一触即発の状況であるにも関わらず、彼は余裕のある笑みを浮かべて彼女を挑発している。もっとも、普段とは違って目が真剣なので逆に威圧感があり、それに気圧されたのかボーデヴィッヒさんも無闇に追撃を仕掛けようとはしない。

 しかし、彼女の表情が変わったのは一瞬で直ぐに先程までの不遜な態度へと戻り、再び相手を見下すような言葉を浴びせて挑発行為を重ねてくる。

 

「フランスのアンティークごときで私の前に立ち塞がるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツのルーキーよりは動けるだろうからね」

 

 ところが、シャルル君も涼しい顔で平然と皮肉を返し、両者の間に全面衝突へと発展しかねない不気味な緊張感を伴った睨み合いが勃発する。だが、ここで今度はクリストファーが大きく動いた。

 

「2人共、その辺にしておいた方がいいわよ。確かに、いきなり攻撃を仕掛けるのは非常識だけど、お互いに騒ぎを必要以上に大きくしてもメリットはないでしょう?」

<ちょっと!? いきなり、何を考えてるの!?>

 

 その行動とは、ボーデヴィッヒさんに両腕の武装の照準を合わせながら涼しい声で互いに引き下がるよう警告する事だった。

 一応、意識して私の口調を真似てはいるようだが、この突拍子も無い行動には流石の私も冷静さを保っていられず、思わず声を荒げて真意を問いただしてしまった。だが、それに対する彼からの返答は一切無く、代わりに武装を向けられた彼女が口を開く。

 

「今度はアメリカのキメラか。つくづく馴れ合いが好きな連中だな」

「まあ、それについては否定も肯定もしないわ。でも、後先考えずに攻撃を仕掛ける短絡的な思考の誰かさんよりはマシだと思うけど?」

「群れなければ何も出来ない貴様らには、ちょうど良い刺激だろう」

 

 さっきは様子見に徹すると決めた筈のクリストファーらしくない行動に疑問を抱いた私が改めて口を挟もうとした時、外部からの介入によって新たな変化が発生する。

 

「そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!」

 

 それはスピーカーからの威圧的な声だった。声に聞き覚えは無いが、おそらくは騒ぎを聞きつけてやって来たアリーナの管理担当をしている教員のものだろう。

 

「ふん。今日は引こう。だが、次に邪魔をするなら纏めて片付けてやる」

 

 立て続けに邪魔が入った事で興が削がれたのか、ボーデヴィッヒさんは捨て台詞を残して早々にアリーナから立ち去ってしまう。そして、彼女の姿が完全に視界から消えた事で私達も警戒態勢を解除する。

 それと同時に私はクリストファーが何故、あんな行動を起こしたのかを理解した。彼は騒ぎが大きくなると、それに気付いた教員が直ぐに介入してくる事まで見越していたのだ。だから、より騒ぎを大きくするだけで無く、それまでの時間稼ぎも兼ねて2人の間に割って入ったらしい。

 

<こうなる事が分かってたんなら、せめて行動を起こす前に説明ぐらいしてよね>

<悪いな。あの時は時間が無いと思ったんだ。それに、この方が沸点の低そうなあいつらに全てを任せるよりも上手く時間を稼げるだろう>

 

 そう呟いて彼は未だに警戒心を解いていない一夏君たちに視線を向ける。確かに、それについては私も彼と同意見だが、まだ納得できない部分もあったので尋ねる。

 

<でも、これだと私達が戦闘の矢面に立たされるリスクもあったんじゃない? それに、騒ぎを大きくしたペナルティも――>

<まあな。だが、あの状況で他に良い方法があったと思うか?>

<微妙に引っ掛かる部分もあるけど、そういう事にしておいてあげるわ>

 

 上手くクリストファーにはぐらかされた気もするが、こうして私達は軽く言葉を交わした後、自然な流れで意識の主導権も切り替えて元に戻す。すると、すっかり普段通りの穏やかな表情に戻ったシャルル君が本日の自主練を切り上げようと提案してきた。

 

「今日はもうあがろっか。4時を過ぎたし、どのみち、もうアリーナの閉館時間だしね」

 

 彼の言う通り、アリーナの閉館時間が近付いていたので私達は誰も反対しなかった。そして、着替える為に更衣室へ向かおうとした際、どういう訳か一夏君がシャルル君と一緒に着替える事に妙に拘り、執拗に誘いを掛けていた。しかし、彼は首根っこを鈴さんに掴まれて強制的に引き離される。

 

「はいはい。アンタはさっさと着替えに行きなさい。引き際を知らない奴は、友達なくすわよ」

「コ、コホン! どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが、仕方がありません。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ――」

 

 すると、何でも自分に都合良く解釈するセシリアさんが一夏君と一緒に着替えようとしたのだが、当然のように今度は箒さんが彼女の首根っこを掴まえて引き摺り始めた。

 

「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」

 

 先程までの息が詰まるような緊張感は見事に消え去り、元通りの騒々しい雰囲気に戻った彼らの後ろ姿を静かに見送っていた私は、隣にいるシャルル君が戸惑いと寂しさの入り混じったような複雑な表情をしている事に気が付いた。

 そんな普段から誰にでも優しい笑顔を向ける彼の珍しい表情に少しだけ興味を抱いた私は、さり気無く様子を窺う振りをして声を掛ける。

 

「どうかした?」

「え? ああ、こんな楽しい時間がいつまでも続けばいいなぁ、と思って」

「残念だけど、それは無理な話ね」

「やっぱり、……いけないんだよね」

 

 どこか遠くを見つめるような表情で発した彼の言葉に私が『無理な話』と言った途端、彼は急に表情を曇らせて深刻そうに小声で何かを呟く。しかし、あまりに小さい声だった為、傍にいた私でさえ全てを聞き取れなかった。

 もっとも、その雰囲気から何かしらの後ろめたい秘密を抱えている事ぐらいは分かる。ただ、その理由を素直に話してくれるとも思えず、これ以上の詮索は無意味だと判断して切り上げる事にした。

 

「時の流れは常に一定だから、私達の意思に関係なく世界は変わり続けるって事が言いたかったんだけど?」

「あ、うん……。そう……、だよね」

 

 私の言葉をどういう風に捉えたかは知らないが、シャルル君は後から述べた無難な解釈に本心を誤魔化すような感じで同意を示すと、まるで逃げるように慌ててゲートへと向かって行ってしまった。

 

「じゃ、じゃあ、またね。クリスさん」

「うん。バイバイ」

 

 こうしてシャルル君と別れた私は、セシリアさん達が向かったのと同じゲートへと飛翔する。そして、ゲートを潜り抜けた所でISを解除した。幸いと言うべきか、先に此処へと向かった彼女達は既に立ち去った後みたいだ。すると、思っていた通り、このタイミングでクリストファーが話し掛けてくる。

 

<で、さっきのは何だったんだ?>

<強いて言うなら、ちょっとした確認かな>

<確認ってなんだよ?>

 

 彼が尋ねてくるのは最初から分かっていたので、私は世間話でもするかのように軽い口調で予め用意しておいた理由を述べる。

 もっとも、それだけでは理解できなかったらしく、僅かに怒りを滲ませた声で聞き返してきた。なので、もう少し具体的に詳しい話をする事にしたのだが、この程度の反応で彼に対する態度を改める私でも無いので口調は変わらずに軽いままだ。

 

<少し前にシャルル君が女の子かもしれないって話をしたじゃない。それで、ちょっと揺さ振りをかけるつもりで切り出したんだけど、なんか思ってたのとは違う方向に話がずれちゃったのよね。だから、特に深い意味は無いわ>

<それなら、サンプルを採取してDNA鑑定に回した方が確実だろ?>

 

 まるで、『なんで、そんな不確かな方法を採ったんだ?』とでも言いたげな口調でクリストファーが尋ねてきた。

 残念ながら、その点については彼の指摘する通りなのだが、この方法では最初にDNAサンプルを採取する必要があるし、鑑定には多少の時間も要する。なので、いま直ぐに結果が出るような代物でもない。

 

<まあ、そうなんだけどね。でも、それだと時間が掛かるし、いつサンプルが採取できるかも分からないでしょう?>

<それについては否定できんな。だが、DNAは確かな証拠になる。もし、あいつが本当に女だという事実を隠していたなら、この証拠は大きな武器になるんだぜ。だったら、多少は面倒でも手に入れて損は無いと思うんだが?>

<もし、本当に男の子だったら?>

<とりあえず、疑問が1つ片付く>

 

 見事なまでに即答だった。相変わらず感情的になり易い部分もあるが、こういった論理的な事柄に関しては彼に隙は無い。そこで私は、もし“女の子である証拠”を入手できた場合、それをどういった形で武器にするのか聞いてみた。

 

<じゃあ、証拠を手に入れたらどうするの? やっぱり、それをネタに脅迫?>

<正解。つうか、弱みを握ったら脅迫するのが基本だろ?>

 

 この部分だけを聞けば、大多数の人間を敵に回しそうな事を彼は平然と言ってのけた。勿論、私だって組織に雇われてスパイ行為を働いている立場にあるのだから、そういった非合法活動を頭ごなしに否定するつもりは微塵も無い。

 むしろ、時と場合によっては、そういった非合法な手段も必要だと考えているくらいだ。なので、ここでは脅迫した場合のリスクの大きさについての疑問をぶつけてみる。

 

<だけど、シャルル君。ああ見えて結構、勘の鋭いところがあるわよ。それこそ、中途半端な作戦で迂闊な事をすると、逆に私達の立場の方が危うくなるんじゃない?>

<そんな事は百も承知だ。だから、あくまでもアイツに対する保険として脅迫を使うんだよ。俺達の正体に迫られて立場が危うくなった時なんかにな>

<つまり、彼との取引材料にする訳ね。でも、出来れば使わずに済ましたいわ>

<ああ、まったくだ>

 

 勿論、この場合の“使わない”とは、私達の正体がバレないのと同義である。実際、そこまで追い詰められるような事態になれば、任務は失敗したも同然なので急いで学園から脱出しなければならないだろう。

 

<なんか話を聞いてると、ますます使いたくなくなったわ>

 

 そこで私は、皮肉と自嘲を込めた言葉をクリストファーに投げ掛け、それからロッカーの並ぶ更衣室へ移動しようとした。しかし、ほんの数歩しか歩かない内に彼が別の話題を切り出してきた為、移動を中断して話に耳を傾ける。

 

<それはそうと今日の自主練の途中、いきなり攻撃してきたボーデヴィッヒの奴なんだが、あの様子だと近い内にまた戦いを挑んでくるぞ。それも、今度は確実に邪魔の入らないタイミングを見計らってな>

<まあ、そうでしょうね。でも、それがどうしたの?>

 

 確かに、彼女は私達の任務遂行の障害になっているが、最優先で狙っているのは一夏君の筈だ。なので、どうして今のタイミングでクリストファーが警戒を促すような事を言うのか分からなかったが、続く彼の言葉で私にも直ぐに理解できた。

 

<先に邪魔者を排除しようとするかもしれないだろう>

 

 この場合の邪魔者とは、一夏君の周囲にいる私達の事を指している。つまり、今度は『私達がボーデヴィッヒさんから狙われているかもしれない』と言いたい訳だ。そうなると、彼女に直接銃口を向けた私とシャルル君が真っ先に狙われる可能性が高い。

 

<確かに、怒りの矛先がこちらに向くと厄介ね>

<だからこそ、こうして声を掛けたんだよ。とにかく、いま避けるべきなのは俺達がアイツに対IS戦を挑まれるケースだからな。なにせ、あの機体に関する情報が乏しい以上、何の事前情報も無しに兵士として色々と厄介な技能まで持ってるアイツと戦うのはリスクが大き過ぎる>

<それで、私にどうしろと?>

 

 クリストファーの話し方から何か策があるものの、それを実施するには私の協力が必要不可欠なんだと見抜き、具体的に何をして欲しいのかをストレートに尋ねてみた。

 

<俺達がボーデヴィッヒと戦う事になる前に、一夏以外の専用機持ちとの戦いになるよう上手く他の連中を誘導してくれ>

<それの目的が情報収集なのは分かるけど、どうして一夏君を外したの?>

<単純に戦闘経験の問題だ。まだまだ経験の少ない一夏が戦うより、他の代表候補生をぶつけた方が戦闘が長引き、より多くの情報が得られるだろう? それに、直接対決で一夏が負けたらボーデヴィッヒがますます増長して手に負えなくなりそうだからな>

<確かに、それは一理あるわね。それで、あんたは彼女と『シュヴァルツェア・レーゲン』の情報さえ得られれば、それで良いの?>

 

 私が最後に確認を取ると、クリストファーは低い声で冷たく言い放った。

 

<ああ、それさえ得られれば充分だ。どっちが勝とうが、最終的に俺達が目的を果たせれば良いからな>

<そういう事なら協力するわ>

 

 とりあえず、彼の考えていた策は現実的で合理的なものだと思ったので、私は特に反対する事もなく協力を約束した。

 

   ◆

 

 アリーナでボーデヴィッヒさんとの間に小さな揉め事があった日の夜、とりあえず夕食でも食べに行こうと食堂へ向かっていると、その途中でセシリアさんと遭遇した。

 

「あら、クリスさん。ちょうど良かったですわ」

「私に何か用?」

「ええ、少し付き合っていただきたいんですの」

「別に良いけど、何処へ行くの?」

「一緒に来ていただければ分かりますわ」

 

 修正を余儀なくされた今後の計画を見直す意味でも出来る事なら単独で行動したかったのだが、人付き合いが悪い人間だと思われるのも何かと不都合なので、この場は彼女の提案を素直に受け入れるしかないと判断する。

 そして、平静な態度を装いつつ言われるがままに彼女の後を付いていくと、そこは一夏君とシャルル君の部屋だった。

 

「わたくし、一夏さんを夕食に誘いに来たのですが、おそらくデュノアさんも一緒になると思いますの。ですから、クリスさんには彼のお相手をお願いしたいのですわ」

 

 彼らの部屋の前に着くと、一応、彼女は私を誘った理由を簡単に説明してくれた。もっとも、それを意訳するなら『私にセシリアさんと一夏君が2人きりになれる状況を作って欲しい』とでもなるのだろう。

 ただ、私個人としては彼女達の交際云々については何も干渉するつもりが無かったので、あっさりと彼女からの協力要請を受諾する。

 

「ああ、そういう事ね。もちろん、オッケーだよ」

「ふふ、感謝いたしますわ」

 

 本当に素敵な笑顔で感謝の言葉を告げてくると、セシリアさんは喉の具合を確かめるように軽く咳払いをし、それから部屋の扉をノックして声を掛けた。

 

「一夏さん、いらっしゃいます? 夕食をまだ取られていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」

 

 ところが、どういう訳か部屋の中からは何の返事も返ってこない。とりあえず、人の居る気配はするので、留守という事でもないようだ。その為、私達は互いに顔を見合わせて首を傾げるが、一夏君が絡むと行動力に磨きの掛かるセシリアさんが直ぐに動いた。

 

「一夏さん? 入りますわよ?」

 

 すると、いきなり部屋の中からバタバタと走り回るような足音が聞こえてきた為、なにやら酷く慌てている彼の様子を想像してしまった。そして、扉を開けて室内に入った私達が見たものは、ベッドの上で膨らんだ布団に覆いかぶさるような格好で乗っかっている一夏君の姿だった。

 当然、そんな光景を見せられた私が不審者でも見るような視線を投げ掛けると、どこか焦ったような口調で彼が言葉を発する。

 

「よ、よお、セシリアにクリス! なんだ? どうした?」

「一夏さんこそ何をしていますの?」

「そうだよ。それは、こっちのセリフ」

 

 明らかに動揺している一夏君の言葉を聞き、ますます疑念を強くする私とセシリアさんが徐々にだが確実に彼らの居る場所へと接近する。しかし、彼は余程、私達には知られたくない何かがあるのか、必死に言葉を続けて私達の接近を阻止しようとしてくる。

 

「い、いや、シャルルがなんだか『風邪っぽい』って言うから、布団を掛けてやってたんだ。それだけだぞ。ははは……」

「日本では、病人の上に覆い被さる治療法でもあるのかしら?」

「まさか、その年でプロレスごっこをしていたとかじゃないよね?」

 

 どう考えても無理があるとしか思えない内容だった所為で、それが更に私達の疑念の度合いを加速度的に増加させる。だが、そうやって私達から疑いの眼差しを向けられても彼には真実を話す意思は微塵も生まれてこないらしい。あくまでも、最初の体調不良という言い訳を貫こうとする。

 

「と、とにかく、あれだ。シャルルは具合が悪いから暫く寝るって。夕食はいらないみたいだし、仕方ないから俺1人で行こうって相談をしてたんだ」

「そ、そうそう」

 

 一応、シャルル君も一夏君の言い訳に口裏を合わせているが、何処か白々しい演技だったので何か私達に知られたくない事を隠しているのは明らかだった。なので、それが気になった私は敢えて彼らへの接近を続ける。

 

「本当に大丈夫?」

「あ、ああ、暫く寝てれば大丈夫だから!」

 

 すると、一夏君がますます慌てたように私とシャルル君が寝ているベッドとの間に立ちはだかり、これ以上の接近を阻止する構えを強固に見せてきた。しかし、これでは逆に何かを隠していると自分から喋ったようなものだ。

 それどころか、ここまでされた事で私としては反対に真相究明を続けようという決意すら固めたのだが、自分の目的を果たすのに好都合だと判断したセシリアさんが彼らに味方するような台詞を言ってしまう。

 

「あ、あら、そうですの? では、わたくし達もちょうど夕食はまだですし、ご一緒しましょう。ええ、ええ、珍しい偶然もあったものです」

「ごほごほっ。そ、それじゃあ、ごゆっくり」

 

 だからなのか、これ幸いとばかりに、わざとらしい咳払いをしてシャルル君までもが私達を早々に部屋から追い出そうとする。しかし、こうなってしまっては最早、この状況は容易に変えられないだろう。

 実際、セシリアさんに至っては既に一夏君の腕を取り、部屋の外へ連れ出そうとさえしている始末だ。その為、完全に出鼻を挫かれた私としても追究を続ける事が出来なくなってしまった。

 

「デュノアさん、お大事に。さあ、一夏さん。参りましょう」

「わ、分かったから、そんなに引っ張るなって……」

 

 この時、私の視界の隅に椅子の背もたれに掛けてあったバスタオルが映り、それに金色の髪の毛が付着しているのにも気付いた。

 しかも、都合が良い事に一夏君はセシリアさんに気を取られ、そのセシリアさんは一夏君しか見ておらず、シャルル君も私達に背を向ける格好で掛け布団を顔の辺りまで深々と被っている。

 つまり、この瞬間だけは誰も私に注意を払っていなかったのだ。当然、このチャンスを逃すような私では無く、一夏君たちを追い掛けるように椅子の脇を通過した際、素早く手を動かして目的の髪の毛を回収する。

 そして、ほんの少し前を歩く彼らが未だに無警戒なのを確認すると、何かあった時の為に常に隠し持っているABS樹脂製の密封が可能な小型容器(筒状で長さは3cm程)に回収した髪の毛を入れた。すると、直ぐにクリストファーが反応を示す。

 

<こいつは思わぬ収穫だな。だが、こうなると後は“これ”がシャルル以外の髪の毛で無い事を祈るばかりだぜ。監視が緩む寮暮らしなのを良い事に、あいつらが部屋に女を連れ込んでいないとも限らないからな>

<寮長が誰かって事を考えれば流石に、それは無いと思うけど……。でも、私達には判断のしようが無いんだし、ここから先は完全に賭けね>

<まあな>

 

 そう彼が呟いたところで廊下へと続くドアの所に着いてしまったので、この話題は自然に終了となってしまう。

 

「なんか調子が悪いみたいなのに騒がしくしちゃってゴメンね」

 

 あれが演技だという事は百も承知だったが、一応、私が代表して形だけの労わりの言葉をシャルル君に投げ掛けてから部屋を後にする。そうして廊下を歩き、階段を下りると其処で新たな人物に遭遇した。

 

「なっ、なっ、何をしている!?」

「あら、箒さん。わたくし達、これから一緒に夕食ですの」

 

 廊下の端から早足で近付いてきた箒さんに対し、セシリアさんは意図的に『一緒に』の部分を強調して勝ち誇ったように言った。当然、そんな言い方をされれば向こうも黙ってはいない。

 

「それと腕を組むのと、どう関係がある!?」

「あら? 殿方がレディをエスコートするのは当然の事です」

<おいおい、俺にはレディが殿方をエスコート……、いや、強制連行してるようにしか見えんぞ>

 

 何を思ったのか、私にしか声の聞こえないクリストファーがセシリアさんの発言にツッコミを入れた。もっとも、とても彼女がエスコートされているようには見えなかったので、これについては彼の見方が正しい事ぐらいは理解できる。

 

「ともかく、わたくし達はこれから夕食ですので失礼しますわね」

「ま、待て! それなら、私も同席しよう。ちょうど、これから夕食だったのでな」

 

 そうして勝ち誇ったように宣言したセシリアさんの言うがままに私達が移動しようとすると、ついさっき自分から『食堂に居た』と宣言しておきながら箒さんも一緒に来ようとする。

 実際、彼女は食堂のある方向から歩いてきて私達に遭遇しているのだから、このまま付き合う事になれば本日4度目の食事になるだろう。

 そして、その事実をセシリアさんにも指摘されたのだが、彼女は平然と『運動してカロリーを消費するから問題ない』と言ってのけた。

 だが、それさえも恋する乙女だけが為せる無茶な理屈だと思うと妙に納得ができ、私は何も言わない事に決めた。だが、その際に箒さんが実家から送ってもらった日本刀を日常的に持ち歩いている話を聞き、それに対してもクリストファーが大袈裟な口調でツッコミを入れている。

<なんて、いい加減な所なんだ。一介の女子高生が学園の敷地内で日本刀を持ち歩いても問題にならないのか?>

<ここはIS学園なんだから普通の学校とは違うんでしょう。それに、私達だって『Five-seveN』を隠し持って歩いてるんだし、専用機持ちに至っては通常兵器を凌ぐISを装備してる事を考えれば日本刀ぐらい大した問題じゃないわ>

<言われてみれば、俺達だって“その専用機持ち”だったな。なら、俺達の方が遥かに危険な代物を持ち歩いてるか>

 

 そう言って彼は、何が面白いのかゲラゲラと下品な声で笑う。まあ、今さら私がどうこう言っても状況は変わらないので、完全に無視を決め込む。

 

「で、では、行くとするか」

 

 そうこうしている間に向こうの状況にも変化があり、何やら覚悟を決めたような台詞と共に箒さんは照れながらも一夏君の右腕に自身の腕を絡める。

 

「箒さん。何をしてらっしゃるのかしら?」

「男がレディをエスコートするのが当然なのだろう?」

 

 当然、セシリアさんがジト目で睨みながら文句を言うが、箒さんはセシリアさんの言った言葉をそのまま返していた。そして、3人横並びのまま周囲から羨望の眼差しを受けつつ移動していく。

 

<それはそうと、何でアイツばっかり女子にモテるんだよ?>

<そんなの知らないわよ。いっそ、本人に直接訊いてみれば?>

<ふん。あんな無自覚で女を落としてるような奴に訊いたって時間の無駄だぜ。あ~あ、せめて俺にも普通の体があれば同じようにモテたのに……>

 

 美少女に挟まれる格好で歩く一夏君を見た途端、またしても下らない事で口を挟んできたクリストファーを私は適当にあしらうが、どうも彼は自身に“普通の男としての肉体”が存在しない所為でモテないと本気で思っているようだ。

 だが、この学園の女子達にクリストファーと一夏君のどちらと付き合いたいかを尋ねれば、間違いなく全員が一夏君を選ぶと私は断言できる。なにせ、クリストファーは何処までも自己中心的で情緒不安定な部分まである上に、その本性は冷酷かつ残忍なサディストで、おまけにデリカシーまで皆無なのだ。

 そして、そんな本当の姿を間近でずっと見続けてきた私には、彼を異性として好きになる女の子が居るとは到底思えない。それどころか、彼の本性を知れば性別や立場を問わず、誰一人として関わりたくないと思うだろう。

 

<なあ、あれを見ろよ。この国では、ああいうのを『両手に花』って言うんだろう? だったら、今すぐにでも俺と代わって欲しいもんだぜ。そうしたら、この胸クソ悪い想いをしなくても済むんだからよ>

 

 両脇からセシリアさんと箒さんに密着されて歩く一夏君を見たクリストファーは、嫉妬に満ちた口調で自身の願望を呟いていた。

 相変わらず普段の彼は物事に対する価値観や判断基準に一貫性が無く、その時の気分か単純な本能の赴くままに喋っているとしか思えない。すると、ちょうど私の前を歩いている3人の会話が聞こえてきた。

 

「正直、歩きづらい」

「この状況で他に言う事が無いのか……」

「自らの幸福を自覚しない者は犬にも劣りますわね」

 

 ところが、あちらはあちらで唐変木の中の唐変木としての存在が定着しつつある一夏君らしいものだった。なぜなら、彼も2人の美少女に密着された際の感想が『歩きづらい』とは、とても普通の男子なら言わないような台詞を平然と言ってのけたからだ。

 

<おいおい、今の一夏のセリフ、聞いたか? あれだけ恵まれた状況にあるってのに、よくもまあ、そんな贅沢が言えたもんだぜ。つうか、それよりも不可解なのは、あんなセリフを平気で言う奴がどうしてモテるのかってとこだよな>

<そうねぇ……、多分、あんたと違って、もっと本質的なところで相手を惹き付ける特別な何かがあるんじゃない?>

<ハァ!? 俺とアイツの一体、どこがどう違うってんだよ!?>

<とりあえず、自己中心的な気分屋で見え透いた下心が無いところなんじゃない? 他には、純粋に優しいところなんかもね>

 

 クリストファーが垂れ流し続ける意味の無い話を聞かされるのが次第に嫌になり始めていた私は、この辺りが潮時だろうと考えてストレートな物言いをしてみた。

 勿論、指摘した欠点は本人も多少は自覚している事だから反論される可能性は低い筈だ。そう思って暫く黙って様子を窺っていると、忌々しげな彼の声が聞こえてきた。

 

<畜生。堂々と否定できないだけに一層ムカつくぜ>

<なら、ちょうど良い機会だから、これからは自重する事ね。そうしたら、あんたも少しはマシな人間になってモテるようになるんじゃない?>

<くそっ! 自分には関係ないと思って好き勝手言いやがって……>

 

 そんな内容の話を腕を組んで歩く3人の背後で人知れず言い合っている内に食堂へは着いたのだが、結局、食事が終わって解散する最後の瞬間までクリストファーの垂れ流す不快な愚痴が止む事は無かった。

 どうやら彼の目には、一夏君・箒さん・セシリアさんが仲睦まじく食事をしているように映ったらしく、それを眺めている事しか出来ない状況が気に入らなかったらしい。

 もっとも、私には女子2人が一夏君を巡って事あるごとに激しく牽制し合っているのが手に取るように分かったので、とても彼のように一夏君のポジションになりたいとは思えなかった。

 




あまり大きな変化の無いストーリーでしたが、いかがだったでしょうか?
一応、オリジナルのIS『アーセナル』を披露する場面もあったんですが、ただ見せるだけで終わってますし……。なかなかに難しいものですね。
一応、次回は戦闘シーンもある(ただし、『アーセナル』に活躍の場は無し)ので少しは盛り上がってくれると思いたいです。
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