IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第7話 Raging the black rain③

 あのアリーナでの戦闘を観察し終えた後、俺達は真っ直ぐに寮の自室へと戻り、録画した映像を繰り返し見て分析しながら今後の方針を話し合っていた。

 

<それにしても、このAICって武装は本当に反則よね。さっきから考えてるんだけど、効果的な対処法が1つも思いつかないわ>

<ハァ……、認めたくは無いが、こいつは本当に厄介で最悪な代物だよなぁ……。はっきり言って、どう頑張っても正攻法での攻略は不可能だ>

<ちょっと……、既に攻略法があるなんて初耳よ? でも、まあ良いわ。それよりも、あんたを疑う訳じゃないけど、本当に正攻法以外なら対処が可能なの?>

 

 AIC対策を考えるのにも飽きてきた俺が盛大に溜息を吐きながら呟くと、当然のようにクリスティーナが訝るような口調で尋ねてきた。なので俺は、彼女から文句を言われるのを承知で真面目な振りをして質問に答えてやる。

 

<ああ、勿論、本当に可能だぞ。まずは、絶対防御無視が可能な特殊武装(学園では使用禁止)による奇襲で操縦者の意識を速攻で刈り取る事だろう。他には遠距離からの狙撃やトラップを仕掛けての爆殺、あるいは毒殺なんてのもありだし、場合によってはBC(生物・化学)兵器を使うのも――>

<ハァ……、あんたの歪んだ性格を忘れて真面目に聞いた私がバカだったわ……>

<おいおい、俺は間違った事は何も言ってないぜ。要は、あいつにISを展開する暇を与えずに斃せばいいんだからな>

 

 クリスティーナがIS同士の戦闘におけるAICの対処法を聞きたかったのは初めから分かっていたが、敢えてISを展開させない状況下での対処法を面白半分で羅列してみたのだ。

 もっとも、あまり調子に乗って余計な事を喋り過ぎるのも彼女の怒りを買うだけだと自覚しているので、ここら辺で脱線しかけた話を本来の方向へと戻す。

 

<一応、俺の名誉の為にも言っておくが、全部が冗談という訳でもないぞ。ただ、ちょっと面倒で難しい方法になりそうなんでな>

<そう。なら、聞いてあげましょう。でも、これが最後のチャンスよ>

 

 とりあえず、俺の悪ふざけについては見逃してくれたみたいなので、今度は変に茶化すような真似はしないで普通に話す。

 

<はっきりとした確証がある訳でも無いんだが、真の万能兵器が存在しないようにAICにも弱点みたいなものはあるらしい>

<それって本当なの?>

<ま、百聞は一見にしかずだ。まずは、これを見てみろ>

 

 そう言って俺は問題の箇所が映っている映像を再生し、最初は先入観を与えない為に解説をしない状態でクリスティーナに見て貰う。そして、この状態でAICについて何か気付いた事が無いか尋ねてみた。しかし、彼女の反応はいまいちだった。

 

<別に、これといって怪しいところは無いわよ>

<じゃあ、こっちを見てくれ>

 

 こういう反応を彼女が示すのは想定の範囲内だったので、俺は慌てずに今度は先ほど見せた映像の直後に起きた出来事を捉えた箇所を再生する。

 

<ちょっと、待って……。これって、どっちもボーデヴィッヒさんが被弾した時の映像よね? もしかして、この2つの出来事の共通点が弱点なの?>

<まあ、そんなところだ。じゃあ、それを踏まえた上で何か気付いた事は無いか?>

<そうねぇ……。あまり自信は無いけど、強いて挙げるなら、どちらも結果的に奇襲攻撃になった事ぐらいかしら?>

<とりあえず、半分正解ってとこかな>

<半分? だったら、これ以上は時間の無駄になりそうだし、いい加減、中途半端な言い方ばっかりしてないで、さっさと結論を述べたらどうなの>

 

 なかなか結論を言わない俺に対して苛立ちを募らせたのか、クリスティーナは語気を強めると急かすように言ってきた。もっとも、俺としても回りくどい言い方を何時までも続けるつもりは無かったので、さっさと結論を述べる事にする。

 

<AIC発動中に外からの奇襲を受けた場合に限り、操縦者の意思に反して強制的に解除されてる。それが答えだ>

<まさか……>

<じゃあ、もう1度再生するから、その点にも注意して見てみろ>

 

 納得できる証拠を示さない限りは未だに信じようとしない彼女に対し、俺は辟易しつつも改めて先程の映像を見せてやる。そして、俺の仮定が正しい事を証明する為、続けて別の注目すべき映像が記録されている箇所も再生した。

 

<確かに、ことごとく横槍が入った直後にAICが強制的に解除されてるわね>

<ああ、そうなんだ。たった1回しか起きてないなら偶然の可能性が高いが、短時間で3回も起きれば必然だと仮定した方が話の辻褄は合うだろう?>

<どうやら、これがAIC対策の突破口になりそうね。でも、そうなると後は具体的に何がAICを解除させる要因なのかを突き止めないといけないんだけど、この映像だけで見付けられるの?>

 

 まさに彼女が口にした通り、最大の問題はそこだった。とりあえず、録画した映像の分析で大まかな弱点までは掴めたものの、その現象を意図的に引き起こす為には弱点へと繋がる要因を正確に特定する必要がある。だが、残念な事に、その要因を特定できる程の情報を映像からは得られなかった。

 

<流石に、これだけじゃ無理だな。まだ情報が足りない>

<そうは言っても、あんたの事だから多少は絞り込んでるんじゃない?>

 

 俺が半ば諦めるように言うとクリスティーナは全く動じる事なく、こちらが既に幾つかの答えを用意しているとの前提で楽しそうに聞き返してきやがった。勿論、彼女の予想は当たっている。

 

<やっぱり、バレてたか。だが、過度な期待はするなよ?>

<何も無いよりはマシよ>

<とりあえず、現時点で俺がAIC解除の可能性として考えているパターンは3つだ。まずは、AICの発動を目視での捕捉に頼っていると仮定した場合、視界内にターゲット以外の異物が入ると操縦者の判断を仰ぐ為に自動で解除される。次に操縦者が空間座標を任意で指定して発動させていると仮定すると、その範囲外から放たれる攻撃には効果が及ばない。最後が操縦者の意志に強く依存している場合だ。若干、先に挙げた2つの可能性と重なる部分もあるが、邪魔が入る事で意識の集中が乱されて結果としてAICは解除される。今ある情報だと、これが限界だな>

 

 確証が得られない状況で結論を話すのは個人的に好きじゃないので、ここまでは断言するのを極力避けてきたが、そんな時間稼ぎもクリスティーナ相手では長くは続かない事を俺は知っていた。

 なので俺は覚悟を決め、話の流れに任せて一気に捲し立てる。すると、やや感心したような口調の彼女からお褒めの言葉を頂くが、直ぐに声のトーンを落として無視できない問題点についても指摘される。

 

<あの映像しか無いのに、そこまで分かっただけでも大したものよ。やっぱり、そういった方面に関しては天才的ね。でも、これだと3つとも私達が単独で戦闘を挑んでも、あっさり返り討ちに遭うって事が分かっただけなんじゃない?>

<悔しいが、その通りだ。なにせ、いざとなったら俺自身の動きを直接封じれば済むんだからな。そうなったら後は、やりたい放題ってヤツさ>

<つまり、実戦では狙うだけ無駄って事ね>

 

 このように弱点が分かってても攻める方法が無ければ無意味であり、俺達は2人揃って大きく溜息をつくと黙り込んだ。結局、まともな収穫と呼べるものは、ボーデヴィッヒを実力で排除するのは極めて困難だという厳しい現実だけだった。

 

<とは言え、こうして部屋で黙っていても状況は何も変わらないわ。とりあえず、もう少し彼女のISについて情報を集めましょう>

<それは良いが、どうやって?>

 

 そうして数分間の沈黙の時間を挟んだ後、クリスティーナが重苦しくなった空気を振り払うかのように明るい口調に変え、追加の情報収集をするよう提案してきた。

 しかし、さらなる情報を得られる可能性に心当たりの無かった俺は思わず聞き返してしまった。すると、いかにも彼女が思い付きそうで気が滅入る方法を告げられる。

 

<簡単な事よ。実際にボーデヴィッヒさんと戦った皆に話を聞くの>

<なる程。そういう事か。だが、あまり気は進まんな……>

<あら、この期に及んで、そんな贅沢を言える立場だと思ってるの? だって、今は少しでも情報が欲しい時なんでしょう?>

<う……、まあな……。だが、それだと――>

 

 クリスティーナに痛いところを突かれ、俺は直ぐに返事が出来ずに口篭ってしまう。確かに、実際に戦闘を行った当事者の話を聞く事には一定の価値があるだろう。

 だが、人間の記憶や体験に基づいた証言というものは客観性に欠ける部分があり、それが時として事実の誤認や先入観を抱く結果にも繋がるので、理論と証拠を重視する俺個人の感覚から言えば頼りたくはなかった。特に今回のように映像記録がある場合には尚更である。

 

<だけど、そうやって最初から全てを否定してたら何も始まらないわよ。時には視点を変える事で見えてくるものだってあるんだから、私情は捨てて様々な媒体からの情報を受け入れるのも重要だとは思わない? それに、検証の為の証拠映像だって既にあるんだから証言に振り回される事も無いでしょう>

<分かったよ。俺の負けだ。好きにしてくれ>

 

 なんか上手く丸め込まれたような気もするが、クリスティーナの言い分も間違ってはいないので、俺は渋々ながらも承諾する。

 ちなみに、どういう形であれ決断を下した以上は直ぐに行動に移さないと彼女がうるさいので、先程の戦闘の模様を録画したデータディスクを机の上の目立たない場所に隠すと、椅子から立ち上がって廊下へと繋がる扉の方へと向かった。そして、扉を開けて廊下へと出る前に意識の主導権を彼女に切り替える。

 

<じゃあ、こっから先は任せたぞ>

<ええ、任せて>

 

 俺達は極めて短いやり取りを行うと、慣れた手順で素早く意識の主導権を切り替えた。すると、スイッチを切った瞬間にノイズが走るような感覚に襲われて意識に僅かな空白が生じた後、五感は正常でも自分の意思で体を自由に動かす事だけが出来なくなり、それで意識の切り替えが完了した事を実感する。

 こうして自分に与えられた役目を終えたと判断した俺は、これから先は暫く傍観者のままでいる事を早々に決め込み、移動や接触した相手への対応のほとんどをクリスティーナに任せるつもりで緊張を解いた。

 ただし、アリーナで受けた“見張られてるような感覚”の件もあったので、気は抜いていても最低限の警戒だけはしておく。

 しかし、その所為で色々と余計な事にまで頭を使う羽目になった俺は、クリスティーナの視界越しに負傷したセシリアと鈴が運ばれた医務室へと向かう際の光景を何とも言えない複雑な心境で見つめていた。

 

   ◆

 

 セシリアさんと鈴さんが運ばれた医務室へと向かう途中、私が何気なく腕時計に視線を落として時刻を確認すると、あのアリーナでの突発的な戦闘から既に1時間以上が経過していた。

 もっとも、これだけ時間が経過していれば、さっきは頭に血が昇っていた当事者達も冷静になっていて少しは普通に話が出来るだろう。

 そして、そんな風に私が当事者達の顔を順番に思い浮かべながら廊下を進んでいると、その医務室のある方向から軽く10人を超えていそうな数の生徒が歩いて来るのが見えた。

 一応、リボンの色から彼女達が全員1年生である事は早々に分かったものの、あまり見覚えの無い顔や全く知らない顔も多く、どうやら他のクラスの生徒を多数含んだ集団らしい。しかし、こんな場所に彼女達が大挙して居る理由に思い当たる節が無かった。

 

<ねぇ、何か大きなイベントでもあったの?>

<そんなの俺が知るかよ。大体、その手の情報なら、お前の方が詳しいだろう>

<まあね。でも、念の為に聞くぐらいは良いでしょう>

 

 なので、私は万が一の可能性も考慮に入れてクリストファーにも確認してみたのだが、やはり彼も彼女達が此処に居る理由については全く心当たりが無かった。ただ、この程度の事で焦っていては任務遂行がままならないので、ただの偶然か何かだと思って本来の目的地へ向かおうとした。

 ところが、その女生徒達と擦れ違った直後、背後から物凄く強烈な視線を複数浴びせられているような感じがして反射的に振り返ってしまう。すると、そこには擦れ違ったばかりの女生徒達が1人残らず立ち止まり、とても情熱的な視線で私の方を凝視しているという奇妙な光景が広がっていた。

 

「え、えーと……、私に何か用?」

 

 彼女達の放つ強烈なプレッシャーに僅かに気圧されつつも尋ねると、全員が一斉に1枚の紙切れを差し出しながら叫んだ。

 

「これ!」

「これって学年別トーナメントの申請書類よね。これがどうかしたの?」

 

 とりあえず、1番上に書いてある単語から内容を推測しながら最も近くにあった紙を手に取ると、そこに書かれている内容を確認も兼ねて読んでいく。

 なぜなら、専用機持ちや代表候補生のような立場にある生徒なら分かるが、それ以外の生徒である彼女達が此処まで必死になっているのが不思議だったからだ。

 しかし、そこに記されてあった文章を読み進めていく内に何となく状況が掴めてきた。どうやら、今回の学年別トーナメントではルール変更があり、急遽、2人組みでの参加が条件(個人参加者も抽選で強制的にペアを組まされる)として付け加えられた事が原因らしい。

 

「つまり、私にペアを組んで欲しいってこと?」

「うん!」

 

 そうやって事態を把握した私が尋ねると、またしても全員が綺麗に声を揃えて力強く頷く。その一糸乱れぬ動きに軽く驚きつつも一旦は彼女達に断りを入れ、その間に素早くクリストファーに頭の中で語りかけて意見を求める。

 

「ちょっと考えるから少しだけ時間を頂戴」

 

 一応、学年別トーナメントに参加する事は既に決めていたのだが、基本的に戦闘時の意識の主導権は彼にある為、それ以上の事となると私個人の勝手な判断だけで決める訳にはいかないからだ。

 

<そういう状況になってるみたいだけど、彼女達の提案に乗る事に抵抗はある?>

<どっちに転んでも、トーナメントに参加するならパートナーは必須なんだろう。だったら、抽選で変な奴と組まされる前に俺達の意思で決めた方が得策だ。それに、このルール変更はAIC対策に利用できるかもしれないからな>

<それなら、いつものメンバーの誰かと組んだ方が気心も知れてるし、戦闘時の連携なんかも取り易いんじゃない?>

<なら逆に聞くが、あいつらが戦闘中に大人しく俺の指示に従うと思うか?>

<言われてみれば、それもそうね>

 

 どう贔屓目に見ても自己主張の強いメンバーばかりだという事を改めて認識し、半ば諦めたような口調でクリストファーの意見に同意した。そして、私は最終確認も兼ねた言葉を彼に投げ掛ける。

 

<じゃあ、この娘たちの中からパートナーを選ぶけど、何か条件とかはある?>

<ああ、そうだな……。出来れば中~遠距離での射撃と近接格闘戦の両方を無難にこなせ、尚且つ、俺の指示に無条件で従いそうな素直な性格の娘がいい>

<そう、分かったわ。だけど、あんたの希望が全て叶うとは限らないから、そこら辺は大目に見てよね?>

<まあ、あくまでも俺の理想だからな。その辺のさじ加減は、お前に任せるさ>

 

 とりあえず、クリストファーとの話し合いは終わったので、私は期待と不安の入り混じった表情で返事を待つ彼女達に声を掛ける。

 

「うん、いいわよ。あなた達の中から一緒にトーナメントに参加するパートナーを選んでペアを組む事にしたわ。でも、私にも相手を選ぶ権利ぐらいはあると思うから、今からする質問に正直に答えてね」

「は~い!」

 

 すると、またしても見事なまでに声を揃えて明るく元気の良い返事をしてくるが、あまりにも綺麗に纏まりすぎていて逆に一抹の不安を覚えた。しかし、こうして堂々と宣言してしまった以上は決定を翻す訳にもいかないので、余計な思考は頭の中から追い出してパートナーの選考作業へと移る。

 

「まずは、この中で近接格闘戦にだけは絶対の自信がある娘は?」

「はいっ!」

「あっ、私も私も!」

「あたしだって得意だよー!」

 

 私が意識的に『近接格闘戦にだけ』の部分を強調して尋ねると、思っていた以上に多くの手が挙がった。もっとも、いま手を挙げてくれた彼女達には悪いが、これは生き残りを懸けたサバイバルみたいなものだ。だから、彼女達には早々に脱落してもらう。

 

「じゃあ、いま手を挙げなかった娘だけ残ってちょうだい。残念だけど、それ以外の娘には縁が無かったという事で今回は諦めてね」

「そんな~、ショックだよ~」

「え~、うそー」

 

 あちこちから落胆の声が聞こえてくるが、こちらは最初から自分達に与えられた任務の遂行を最優先に考えて行動しているのだ。だからトーナメントへの参加も任務の一環みたいなものであり、その場の雰囲気や人情などで人選を行う事は決してあり得ない。

 ちなみに、この最初の質問だけで私に声を掛けてきた娘達の約2/3が脱落した。そして、最初に脱落した彼女達は私に考えを変える意思が無いのを知ると早々に別のパートナーを探しに行ったらしく、瞬く間に私の前から姿を消してしまった。

 

「さっきの質問で一気に人数が減っちゃったけど、まだ個別に尋ねるには少し多いかな。だったら、次は射撃と格闘、どっちも器用にこなせるよって娘は?」

 

 一通り彼女達の様子を窺った私は、いかにも何か企んでいそうな口調と表情で尋ねる。すると、やはり先程の一件を警戒してか、今度は2人しか手を挙げなかった。ただし今回は、それこそが狙いだったのだから私としては大成功である。

 

「いま手を挙げた2人は、こっちに来てくれる。それで、みんなも薄々気付いてるとは思うけど、残った娘は“また別の機会に”という事で……」

「あ~、やっぱり……」

「ねぇねぇ、同じクラスのよしみで大目に見てよー」

「そんな事言わないで、1回だけでいいからチャンスをくれない?」

「あー、はいはい、ショックだよね。でも、どんな理由があっても例外は無しだよ」

 

 一部の諦めきれていない数人の娘が未練がましく言い寄ってくるが、私は毅然とした態度で脱落して終わった事を告げる。すると、そんな私の態度を見てようやく観念したのか、数分もしない内に脱落を宣告された全員が立ち去って行った。

 そして、最後まで残った2人が私の傍へとやって来る。それを見た私は、ごく普通のお喋りのような軽い感じで最後の質問をした。

 

「あ、そうだ。さっき聞くのを忘れたんだけど、あなた達のISの稼働時間は?」

「う~ん、35時間くらい?」

「多分、30時間を超えた辺りだと思うよ」

 

 代表候補生以外であれば稼働時間に大差は無いと思っていたので、その時間の多い少ないは全く気にしていなかったのだが、それ以外のところで判断基準となるだけのものを彼女たちは提示してくれた。なので私は、少しだけISの稼働時間が長い娘の方を今回のトーナメントの参加条件であるパートナーに決める。

 

「ありがとう。今ので決まったわ。あなたよ」

 

 そう言って最後に残った2人の内の1人を指差す。ちなみに、顔に見覚えが無いので他のクラスの生徒なのは確かだ。そして、選ばれなかった娘がいなくなったところで簡単な自己紹介から始める。

 

「じゃあ、改めてよろしくね。私はクリスティーナ・キャンベル。友達は『クリス』って呼んでるから、あなたもそうしてくれると嬉しいかな」

「私は高月玲奈だよ。ちなみに、クラスは隣の2組だから、いわゆる“お隣さん”ってやつだね。それと、私の事も『玲奈』って呼んで欲しいな。ま、そんな感じで、これからよろしくね。クリスちゃん」

「うん、よろしくね。玲奈ちゃん」

 

 こうして学年別トーナメントにおける私のパートナーは彼女に決定した。なお、玲奈さんは150cm位しかなさそうな低身長と凹凸の少ない体形に黒髪のショートヘアという事もあり、スタイルの良い娘が多いIS学園での生活と長身ゆえの目線の高さに慣れた私の目には年下の少年のようにも見えた。

 

「えっと、それで申込用紙なんだけど、このまま私が提出してきてもいいかな?」

「ええ、いいわよ。ちょうど私も用事があったし、そうしてくれると助かるわ」

「じゃあ、ここにサインだけしてくれる?」

 

 そう言って彼女がボールペンと一緒に差し出してきた申込用紙(随分と準備が良い事に、後は私の名前やクラスを書くだけになっている)に必要事項を手早く記入し、それらを返すついでに今後の事について少しだけ話をしておく。

 

「それで早速なんだけど、2人でする訓練の予定とかは立ててるの? 私は専用機があるからいいとして、玲奈ちゃんは訓練機だから借りられた時しか出来ないよね?」

「一応、2人で訓練する日の午前中には連絡を入れるつもりなんだけど、既に予定が入ってる日とかあったら今の内に教えてくれる? 出来るだけ、それ以外の日に借りて一緒に訓練できるように調整するから」

「ちょっと待ってね……」

 

 軽く断りを入れた私は学園の生徒として活動する時に使う携帯電話で今後のスケジュールを確認し、現時点で予定の入っていない日を一通り伝える。

 

「今のところ何も予定が入ってないのは、明日と――ってとこかな。それから、私の方も変更がある時は出来るだけ早く報せるから」

「オッケー。それじゃあ、これが私の番号とメアドね」

「じゃあ、私のも送るね」

 

 そのまま自然な流れで私達は互いに携帯の電話番号とメールアドレスを赤外線通信を使って交換する。ところが、その直後、やや俯き加減で言い難そうに彼女が“学年別トーナメントの優勝者に与えられる特典”について尋ねてきた。

 

「えっと……、その……、やっぱりクリスちゃんも織斑君のこと狙ってるの?」

 

 それは、ある意味で充分に予想できた質問だった。むしろ今なら、あんな噂が学園中に広まっていたからこそ、ここまで多くの生徒が積極的に完全自主参加の個人戦に参加しようと必死になるのも理解できる。

 勿論、私は純粋に任務遂行に必要だと判断したから参加を決めたのであって、間違っても優勝特典を手に入れて彼と交際したいと考えているのが動機ではない。

 それ以前に、そんな事態になったら、ただでさえうるさいクリストファーが本気で暴走して学園すら破壊しかねない。なので、余計な噂が広まる前に彼女の疑惑をきっぱりと否定する。

 

「ううん、違うよ」

「え、そうなんだ……。良かったぁ~」

 

 私の言葉を聞いた途端、一気に安堵したような表情を浮かべる玲奈さん。やはり、彼女も一夏君との交際を狙って参加を決意した1人のようだ。そして、そんな風に私が考えていると、彼女が思いもよらない人物の名前を口にした。

 

「じゃあ、もしかしてクリスちゃんが狙ってるのはデュノア君の方?」

「えーと……、ちょっと言ってる意味が分からないけど、あの噂になってる特典とは関係なしにトーナメントには初めから参加するつもりだったの」

「あ、そうか。クリスちゃんは専用機持ちだから、こういうイベントには率先して参加しないといけないんだよね。でも、それなら私も安心かな」

 

 どうやら、彼女の中では私も噂に踊らされた人物の1人として認識されていたらしい。いささか迷惑な話ではあるが、これで変な誤解も解けたみたいなので今後は連携訓練などもスムーズに進むだろう。

 もっとも、そうなると新たな問題として私達が優勝した際の対策を考えねばならないが、それは状況を見ながら決めても充分に間に合う筈だ。なので今は、より優先度の高い事柄から処理していく事にする。だから、最後に彼女に軽く別れの挨拶をしてから本来の目的地に向けて歩き出した。

 

「それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日。それと、さっきは急いでたみたいなのに長い時間、足止めしちゃってゴメンね」

「ううん、そこまで急ぐ用事じゃなかったから大丈夫よ」

 

 こうして玲奈さんと別れた私が1人きりになると早速、クリストファーが先程のパートナーを選んだ際の方法ついて尋ねてきた。

 

<なあ、あんな単純な決め方で本当に大丈夫なのか?>

<何か問題でもあるの? 一応、あんたの希望通りの娘を選んだつもりだけど?>

<あんな方法で……? 俺には、ただの言葉遊びとしか思えんが……>

 

 特に問題は無いと思っていた私は普通に答えたものの、どうやら彼は納得していないようだった。なので、一連のやり取りに含まれていた意味を彼にも理解できる形で丁寧に説明していく。

 

<ちゃんと意味はあったわよ。こちらに彼女達の発言の裏を取る手段が無いにも関わらず、私の質問に正直に答えてくれた娘を選んだんだから。それも、彼女の得意な戦闘スタイルを教えてもらうついでにね。つまり、そんな風に素直で疑う事を知らない性格なら、あんたの命令にだって大人しく従ってくれるわ。違う?>

<なる程な。確かに、その通りだが、あの娘が嘘をついてる可能性だってあるぞ?>

<その点についても心配はいらないわ。もし、嘘をついてまで私とペアを組もうとしてたんなら、最後に稼働時間を訊いた時に先に答えないもの。そもそも、あれは完全に自己申告だったんだから、先に答えたところで何もメリットが無いのは百も承知でしょう。これは結果論だけど、もう1人も自分から相手よりも少ない時間を答えていたから、おそらく2人とも嘘はついてないわね>

<そうかもしれんが、万が一、お前の考えを完璧に読みきっていたら?>

 

 相変わらず、どこまでも疑り深いクリストファーが可能性の1つとして尋ねてくる。

 

<流石に、それが事実なら相手の方が1枚上手だったと素直に認めるしかないわね。もっとも、そこまで私の言葉の裏にある本当の意味を完璧に理解してるんだったら、あんたの求める事だって完璧に理解してくれるから問題ない筈よ>

<いまいち釈然としないが、まあ良いだろう。なら、さっきの娘が高月玲奈本人だという証拠は? もしかすると、こうなるのを見越して駆け引きの得意な知り合いに頼んだだけかもしれないからな>

 

 ここまで疑り深いとなると、いい加減、彼の相手をするのが心底鬱陶しくなってきた。私達の立場や過去の経験を踏まえれば常に最悪の事態を想定し、何をするにも慎重になるのは分かるが、あまりにも深読みのし過ぎである。

 しかし、ここで何らかの回答を示さない限り、いつまで経っても彼は黙りそうに無かったので、私は大きく溜息をつきながらも1つの解決法を提示する。

 

<ハァ……、先に名前を書いていたんだから本人よ。でも、そこまで疑うなら同じ2組の鈴さんに確認を取れば良いでしょう>

<ああ、その手があったな。それで、もし別人だったら速攻でペア解消だ>

 

 ようやく懸案事項が1つも無くなって納得したのか、あれ程うるさかったクリストファーが静かになる。もっとも、玲奈さんと別れてからずっと彼からの質問攻めに遭っていた所為で、こうして医務室の入口を視界に収めるまで今後の事を何も考えられなかったのは悔やまれる。

 やはり、どんな状況でも時間は最大限有効に使いたいからだ。そして、これを機に私は彼を黙らせる方法を真剣に検討してみるのも悪くないと思うようになった。

 

<おいおい、なんで医務室のドアが吹き飛んでるんだ?>

<そんなの私が知る訳ないでしょう>

 

 ところが、そんな思考さえもクリストファーの一言で中断させられる。だが、廊下側から何かしらの強い力を受けたのか、医務室のドアが室内の方へ向かって大きく吹き飛ばされていたのは事実だ。

 まあ、そのお陰で普段のメンバーの騒がしい声が廊下にまで響いてきていたので、とりあえずは当初の目的を果たせそうな事に期待を抱く。

 なので私は彼の質問を適当にあしらい、その騒いでいるメンバーの傍へ近寄ると、すっかり日常の一部となった学園における偽装身分を演じる事に神経を集中させてから声を掛ける。

 

「アリーナでの戦いの後、ここへ運ばれたって聞いた時は驚いたけど、2人とも随分と元気そうじゃない。でも、大ごとになってなくて安心したわ」

「おおっ、クリスじゃないか。もしかして、2人の見舞いか?」

 

 すると、微妙に引きつった表情を浮かべた一夏君が私の方を振り向き、やや棒読みな口調で反応してくれる。ちなみに、彼の背後ではセシリアさんと鈴さんがベッドの上から一夏君に恨みがましい視線を投げ掛けているので、また彼が彼女達の気に障るような事でも言ったのだろう。

 

「まあ、そんなところかな。それで、結局のところ、あそこで何があったの?」

 

 声こそ聞こえなかったものの一部始終を見ていて概要などは把握していたが、あえて何も知らない態度を装ってセシリアさんと鈴さんに事情を尋ねてみる。ところが、この質問に対しては2人共、なかなか話そうとはしなかった。

 

「ちょっとした場の流れっていうか、つい勢いで……」

「こ、これは、その……、プライドに関わる問題と言いますか……」

「まあ、そんな訳で、あんま話してくれないんだ。だから心配なのは分かるけどさ、出来れば無理に聞かないでやってくれるか?」

 

 最後に一夏君が困ったような表情を浮かべながらも彼女達を擁護した。もっとも、さっきの私の台詞は友達を演じるのに必要だと思ったから言っただけで本当はどうでもよかった。なので、ここでは素直に彼の意見に従う。

 

「だったら仕方ないわね」

 

 その時、シャルル君が何か言いたそうな顔をしているのに気付いたのだが、セシリアさんや鈴さんの様子を窺う動きから察するに彼女達に遠慮しているようだった。まあ、運良く聞き取れた部分の内容が内容なだけに一夏君本人の居る場所では言い辛いのだろう。

 それにしても、限られた情報から戦闘勃発の原因を推測できるシャルル君の勘の鋭さにも驚かされるが、それとは対照的に一夏君が壊滅的に鈍いのにも驚きだった。

 しかし、こうしてシャルル君の反応に気付いてしまった以上は彼を放置しておくのもどうかと思ったので、私は彼にだけ分かるように笑顔を浮かべてウインクをし、それを“無理に話そうとしなくても大丈夫”という意味のメッセージとした。

 ただ、この程度では少し分かり難くて私の意思が正しく伝わらない可能性もあったが、そこはシャルル君の勘の鋭さを信じる事にする。

 すると案の定、そんな私の些細な心配は杞憂に終わり、彼はメッセージの意味を正しく理解したようで柔らかい表情で笑みを浮かべる。なので、こちらも無意味な会話は早々に切り上げて本題へと入った。

 

「それで話は変わるんだけど、実際にボーデヴィッヒさんと戦ってみた感想は?」

 

 その途端、予想通りというか、場の雰囲気が一気に重苦しいものになってしまった。まあ、たった1人相手にあそこまで一方的にやられた挙句に医務室送りでは、こういう反応になるのも無理はないだろう。

 だが、あまりの雰囲気の変わり様に私は一瞬、尋ねるタイミングを間違えたのかと思って割りと本気で焦った。しかし、今さら後にも退けないので、少々強引にでも話を進める事にする。

 

「ほ、ほら、もう直ぐ学年別トーナメントもあるじゃない? だから、もし戦う事になったら参考になるかな~って思ったんだけど……」

「やっぱり、クリスさんもトーナメントに出場するんだ」

 

 そんな中、いち早く口を開いて重苦しい雰囲気を変えようとしてくれたのはシャルル君だった。実際、そこまで気を遣わなくても良いような気もするのだが、折角なので便乗する事にした。

 

「ええ、ちょうどいい実戦テストになるし、私みたいに企業に所属していると表立っては言ってこないけど、そこは上からの指示もあって必然的にね。要は、『契約に基づいてデータ収集して来い』って事よ」

「あはは、立場上、どうしてもそうなっちゃうよね」

「くっ……、こんなチャンスを逃すなんて! わたくし、一生の不覚ですわ!」

「あー、もう! なんで、こういう時に限ってダメなのよ!」

 

 シャルル君は苦笑いを浮かべつつも普通に私の答えに返事を返してくれたのだが、何故かセシリアさんと鈴さんは心底悔しそうな声で嘆いていた。その為、そんな2人の反応について私が疑問に思っていると、それに関しては一夏君が答えてくれた。

 

「ああ、この2人はトーナメントの参加許可が下りなかったんだ」

「え? どういう事?」

 

 その意外な答えに私が思わず訊き返すと、彼は話す前に彼女達の方を向いて一応は確認を取り、それから許可が下りなかった理由を教えてくれた。

 

「どうやら、さっきの戦いで相当なダメージを負ったらしいんだ。だから、暫くはISの修復に専念させる必要があるんだって」

「ああ、あの『損傷時の無理な稼動が後になって悪影響を及ぼす』ってやつね。でも、それだったら仕方ないかな」

「そう言えば、どうしてか今回のトーナメントは急にペアでの参加に変更されたみたいなんだよなぁ……。あ、もしかしてクリスもペアになってくれるよう頼みに来たのか? だったら、俺とシャルルで組むから無理だぞ」

 

 この一夏君の発言から判断すると、どうやら彼はシャルル君と組んでトーナメントに参加するらしい。しかも、セシリアさんと鈴さんは参加できない事が決まっているので、そうなると私と行動を共にする事が多い人物で残っているのは箒さん1人だけになる。

 だが、仮に彼女とペアを組んだ場合、どう考えても扱い難くて苦労するのは目に見えている。なので、結果的には別の娘と組んで正解だったようだ。

 

「それについては大丈夫かな。実は、もうペアは決まってるから」

「決まってるって……。あ、そうか! 箒と組んだんだな!」

「ハズレ。別の娘だよ」

 

 そう言うと一夏君だけじゃなく、他の3人もやや驚いたような表情で私の方を見つめてきた。まあ、彼らとも面識が無さそうな娘とペアを組んだ時点で予想できた反応だったので、私は特に気にもせず誰とペアになったかを淡々とした口調で告げる。

 

「2組の高月玲奈さんっていう娘なんだけど、同じクラスの鈴だったら知ってるよね?」

「ああ、なんか言われてみれば、そんな娘がいた気もするわ」

 

 私が鈴さんの方を向いて今回限りのパートナーの名前を口にすると、彼女は自分のクラスメイトであるにも関わらず、どこか他人事のように呟いた。その途端、他の3人のメンバーが苦笑しながら軽く呆れたような感じで口々に呟く。

 

「まったく……、クラスメイトの名前ぐらい覚えていて差し上げなさいな」

「はは。なんか、逆に鈴らしいな」

「えっと、それって一応、鈴の冗談だよね?」

 

 当然、そんな風に言われた彼女は怒った様子で反論する。

 

「失礼ね! ちゃんと覚えてるわよ! ただ、ちょっと印象に残ってないだけなんだから勘違いしないでよね!」

「いや、それを覚えてないと言う――」

「毎回毎回、アンタは一言多いのよ!」

 

 鈴さんの表現を変えただけで同じ意味の発言に真っ先に反応した一夏君がツッコミを入れようとしたのだが、彼が言い切るよりも速く彼女の鋭い視線と大きな声によって遮られてしまった。

 相変わらず、こういった場面では気心の知れた幼馴染み特有の“阿吽の呼吸”というものが見事なまでに発揮されている。

 

「あー、もうっ! 答えればいいんでしょ、答えれば!」

 

 その為、どこかヤケになったような口調で鈴さんは叫び、私とペアになった彼女のクラスメイトについての大まかな特徴を幾つか述べた。

 

「普段は大人しくて目立たない娘だけど、面倒見とかはいいらしく、よく放課後に留学組を集めては日本語の勉強会をやってるわね。それ以外だと小柄で背が低く、黒髪のショートヘアに赤いヘアピンをしてるのが分かり易い特徴なんじゃない。他には、やや中性的な顔立ちで何処か少年のような雰囲気をしてるから、そういった意味ではアンタに少し似てるかも」

 

 特に深い意味は無かったと思われるが、話の流れで最後に鈴さんはシャルル君の方を見て笑った。すると、何故かシャルル君は微かに焦ったような表情を浮かべて苦笑いをする。しかも、今回は一夏君まで挙動不審になっていた。

 

「な、なんで、そういう事になるのかなぁ……」

「そ、そうだぞ、鈴。正真正銘、シャルルは男だ」

 

 まるで何か都合の悪い事があり、それを指摘されて慌てて誤魔化すような2人の口振りに私は彼らに一層の不信感を募らせる。ただ、その際に一夏君が強く『シャルル君は男だ』と断言した途端、どういう訳か今度はシャルル君の方が不満気に呟いた。

 

「もぉ……、そこまで断言しなくても……」

 

 もっとも、彼の発した小さな呟きは私以外には聞こえていなかったらしく、未だに他の面々は一夏君を中心にして騒いでいる。

 しかし、直ぐに何事も無かったかのように穏やかな表情に戻ると、その輪の中にシャルル君も加わった。すると、彼と入れ替わるような形で今まで黙っていたクリストファーが声を掛けてくる。

 

<とりあえず、ペアを組んだのは高月玲奈本人のようだな>

<そうね。私としても、あんたが納得してくれて何よりだわ>

 

 疑り深いクリストファーの相手で時間を無駄にした私が思い切り皮肉を込めて返事をしてやったのだが、まるで効果は無く、それを無視して彼は再び黙り込んでしまった。ところが、その事について私が問い詰めるよりも先に一夏君が話し掛けてくる。

 

「そういや、いつの間に高月さんと知り合いになったんだ?」

「ついさっきだよ」

 

 なので、素早く意識を偽装モードへと戻した私は平然とした口調で質問に答える。ちなみに、他の3人が『あっ、逃げた!』といった感じの表情をしていたので、おそらく彼は話を逸らす口実として私を使ったのだろう。ところが、今回は偶然にも私の発した一言が本当に彼を救う結果となる。

 

「は? さっきって、どういう事よ?」

「そうですわ。わたくしにも説明してくださいな」

「あ、僕も少し興味があるかな」

 

 鈴さん・セシリアさん・シャルル君の興味が一夏君から私へと瞬時に移り、3人から矢継ぎ早に質問を浴びせ掛けられる。

 

<それにしても、セシリアと鈴は本当にケガ人なのか? その割には、やたらと元気なんだが……>

<本当に無傷なら、こんな所には居ないでしょう>

 

 またしてもクリストファーが面倒なタイミングで話に割って入ってきたが、私は彼の言葉を軽く流して彼女達の方に意識を向けた。確かに、ケガ人である筈の彼女達がベッドの上で同じように騒いでいるのには呆れる部分もあるが、それは取るに足らない瑣末な事である。

 それよりも今は、期間限定の仮初めの人間関係であったとしても、これを維持して疑われるリスクを確実に減らしておく事の方が遥かに重要だった。

 

「あんな所に集団で居た理由までは分からないけど、ここへ来る途中、ペアの相手を探してた娘達の集団と偶然にも遭遇しちゃったんだよね。まあ、私もトーナメントには最初から参加するつもりだったから、早めに決めちゃうのも悪くないと思ったの。それが15分くらい前の出来事だから、“ついさっき”って訳」

 

 こうして改めて説明してみると、自分でも冗談のように思えてくるので信じてもらえるか疑問だったのだが、あっさりと4人とも納得してくれた。

 なので、どちらかと言えば私の方が驚かされたぐらいだ。もっとも、そんな本心をわざわざ表情や態度に出すのもどうかと思ったので、今までに築き上げてきた表向きの私を演じる事を強く意識する。だが、幸いにも彼女達と遭遇した経緯については直ぐに判明した。

 

「ねえ、一夏。やっぱり、それって僕たちの……」

「おそらく、そうだろうな」

「どう考えたって、さっきの“アレ”でしょうが」

「ですわね」

 

 この話し方から察するに、どうやら私以外の全員に何らかの心当たりがあるらしい。そして、そんな状況に私1人だけが置いて行かれたような気分で様子を窺っていると、いつも周囲に気を配っているシャルル君が代表して説明してくれた。

 

「クリスさんが遭遇したって言う彼女達は多分、僕や一夏とペアを組もうとして此処に来てた娘たちだと思うんだ。でも、僕が一夏と組む事になったから改めてペア探しが始まったみたいで、それが15分くらい前だから時間的にも合ってると思うよ」

「じゃあ、ここのドアが吹き飛んでるのって……」

「まあ、彼女達が押し掛けて来た時に受けた唯一の被害って事になるのかな」

 

 そう言って私の質問に答えてくれたシャルル君が肩をすくめてみせると、他の3人も一様に乾いた笑みを浮かべて遠い目をしていた。なので、その仕草を見ただけで当時は、かなり凄い状況になっていた事が容易に想像できた。

 

「そうすると、まさに私は“格好の獲物”だった訳ね」

 

 だからなのか、私の口からも自然と冗談めいた台詞が零れ落ち、その場の勢いでシャルル君と同じように肩まですくめている自分が居た。すると、ほんの少しの時間だが、周囲を穏やかな空気が包み込んだような気がした。

 なので、そんな雰囲気を破壊する話を今するべきかどうか一瞬迷ったのだが、それが目的で此処まで足を運んだ以上、このまま何もせずに戻る事など出来ないと考えて静かに話し始める。

 

「えーと、こんな時に訊くのもどうかと思ったんだけど、みんながボーデヴィッヒさんと戦ったのは間違い無いよね? だったら今後の参考になるかもしれないし、実際に戦った者としての意見を聞かせて欲しいんだ。あ、勿論、色々と言いたくない事情とかもあるだろうから話せる範囲でいいんだけど……」

 

 私は顔の表情やイントネーションなどにも細心の注意を払って今までの雰囲気を壊さないよう意識し、自分の中では出来るだけ明るく自然な訊き方だと思える方法で彼らに尋ねてみた。

 だが、そこまで気を遣っても場の空気が重くなるのは避けられず、さっきまでの和気藹々とした雰囲気は一瞬にして消え去ってしまった。やはり、表面上は平気な素振りをしていても、この話題については個々に思うところがあったらしい。

 

<やっぱ、このタイミングで訊くのは無謀だったんじゃないのか?>

<あんたが『少しでも多くの情報が欲しい』って言うから、それに協力してあげてるんでしょう。大体、今さら発言を撤回したところで状況は変わらないんだし、こうなった以上は当初の予定通りに物事を進めるしかないのよ>

<ああ、そうかよ>

 

 皆の口数が減った事で話に介入してきたクリストファーだったが、私が強めの口調で現状の説明と共に指示に従うよう告げると、お決まりの短い捨て台詞を残して黙り込んだ。そして、彼が沈黙するのと入れ替わる格好で私を除く全員が順繰りにアリーナで起きた出来事について少しずつ喋り始める。

 

「そう言われても、あの時は無我夢中だったからなあ……。それに、俺は何か目に見えない力で動きを封じられた以外、ラウラとは直接戦ってないし……」

「だったら、僕も似たようなものかな。とにかく、弾幕射撃を続けてボーデヴィッヒさんを牽制していただけだから」

 

 最初に一夏君が自分の体験した事を手短に話した後、シャルル君の方を振り向くが、彼も自身の体験を簡潔に話しただけで終わった。もっとも、あの時の戦闘の一部始終を見ていた私には彼らが事実を話していると確信できたので、これ以上の詮索は時間の浪費でしかないのも直ぐに分かってしまった。

 そうなると後はセシリアさんと鈴さんの話に期待するしかないと思って私が彼女達に視線を向けると、2人は一夏君とシャルル君も話を聞く体勢になっているのを確認してから語り始める。

 

「なにぶん、わたくしも実物を見たのは初めてでしたので、どこまで参考になるか分かりませんが、最も厄介なのはAICだと断言できますわ」

「それについては、あたしも同意見ね。まさか、あそこまで衝撃砲と相性が悪いとは思わなかったわ」

「AIC? なんだ、それ?」

 

 話の中に出てきた専門用語に一夏君が首を傾げながら聞き返す。その途端、セシリアさんと鈴さんが盛大に溜息をつき、私の方を向いて視線だけで“彼に対する説明の許可”を求めてきた。

 勿論、そんな説明は私にとっては単なる時間の無駄でしかないのだが、今後の人間関係も考慮し、とりあえずは笑顔で小さく頷いて彼への説明の為に時間を割く事を許可する。そして、一夏君の為だけにAICに関する簡単な説明を2人が行った後、ようやく話は本題へと戻った。

 

「正直なところ、空間自体に作用するシステムですので、通常の射撃武器だけでは突破は厳しいものがありますわね。それに、認めたくはありませんが、ボーデヴィッヒさん本人の操縦技術も高いですし……」

「かと言って、接近戦でも動きに隙が無いのよね。特に、複雑な軌道で飛んでくるワイヤーブレードがかなり鬱陶しかったわ。なんたって、このあたしが苦戦させられる程だったんだから」

「どうやら、火力頼みの射撃戦が基本の私にとっては天敵みたいね」

 

 そう呟いて私が肩を落としたところで一夏君が何かを思いついたらしく、確認を取るような口調で鈴さんに尋ねていた。

 

「ところで、理屈としては衝撃砲と同じなのか? エネルギーで空間に作用を与えるっていう――」

「ああ、そうね。大体、同じだと思うわ。厳密には違うんでしょうけど、空間圧作用兵器と似たようなエネルギーで制御している筈よ」

「って言う事は、『零落白夜』なら切り裂ける訳だな?」

 

 この単語が出た時、私は彼のISには対象のエネルギーを無効化する機能を備えた特殊な武装がある事を思い出していた。確かに、その機能を使えばAICを打破する事も理論的には可能だろう。

 しかし、現実には彼の攻撃は『シュヴァルツェア・レーゲン』に届かなかったのだから、向こうには何らかの対抗手段があったとみて間違い無い。そして、その手段も私には大よその見当が付いていた。

 

「刃の部分に触れなければ良いんだから、腕を直接止めれば阻止できるんじゃないかな」

「もしくは、体ごと止めちゃうとか?」

「2人の言う通りよ」

 

 次の瞬間、シャルル君と私が直ぐに一夏君の考えた対AIC戦術の弱点を指摘し、同じ結論に至っていたらしい鈴さんも素直に認める。やはり、その程度の単純な対抗戦術ではAICは崩せないらしい。

 

「直接って……、腕だぞ? しかも、あんなに速く動いてるのに、ピンポイントでそんな事が出来るのか?」

「ただ、1つだけ申し上げるなら、一夏さんの動きは――」

「ぶっちゃけ、読み易いのよ」

「あ、それについては僕も同意見かな」

「もしかして、今まで誰にも指摘された事なかったの? てっきり、それを自覚した上で無謀な突撃を繰り返してるんだと思ってたわ」

「ぐっ……」

 

 もっとも、当の一夏君だけは自身の剣術に余程の自信があったのか、直に腕や体を止めるという発想にまでは至らなかったようだ。

 ただし、これには彼自身の動きが単純で読まれ易いという裏事情も影響していたのだが、こうして全員からストレートに指摘されるまで気付かなかったところから判断すると、彼には本当に自覚が無かったらしい。

 

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「それを考えるのがアンタの役目でしょうが」

「……、ごもっとも」

 

 その結果、すっかり意気消沈した一夏君が助けを請うように尋ねるが、見事なまでの正論で鈴さんに一蹴され、さらに落ち込んだ様子で小さく呟く。そして、この後も決定的なAIC対策は出てこないまま時間だけが過ぎて行き、最終的に私達は重い足取りで寮へと戻る羽目になった。

 




新しいオリキャラなんかも登場しましたが、前回の事後処理が中心にあるので全般的に地味な内容になってしまいました。なので、そういった部分も含めて楽しんでいただけたのなら幸いです。
ちなみに、このオリキャラは登場期間限定のゲスト扱いにする予定です。
そして、いよいよ次回からは学年別トーナメント当日のエピソードとなります。
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