IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐ 作:Ghost SAF
どうやら一夏君たちは、ボーデヴィッヒさんの攻撃を凌ぎきった勢いに乗じて勝負に出るつもりのようだ。その証拠に彼の右手に握られたブレードの輝きが更に増し、特殊能力である『零落白夜』の発動を見た目にも分かる形で報せてくる。
当然、そんな彼の姿を目撃した観客からも一斉に歓声が上がり、その大きさからアリーナ全体が揺れるような振動に包まれる。
<一応、反攻に転じるには悪くないタイミングだもんね。だけど、相変わらず一夏君が前衛でシャルル君が後衛ってのは……>
<それは仕方の無い事だろう。なにせ、片方は1つしか武装が無い所為で採れる戦術も限られてくる『白式』だからな>
<まあ、それについては否定しないわ>
これまでと同じように接近戦を仕掛ける一夏君と、そんな彼を後方からサポートするシャルル君を見た私達は揃って呆れにも近い感想を呟く。
やはり、接近戦限定な上に攻撃特化型のISでもある『白式』を編成に加えた場合、こういった役割分担を前提に戦術を組み立てるしか方法は無いらしい。そして、この戦術上の制約は何らかの理由で私達が彼らと戦う事になっても変わらないだろう。
<それにしても、AICを使った戦いというのはモニターで見ていると滑稽だな。ボーデヴィッヒが手を突き出すたびに一夏が右往左往するもんだから、まるで超不器用な奴に操られてるマリオネットみたいだぜ>
<その台詞、あんたが彼女と戦う状況になっても変わらずに言えるの?>
彼らが全身全霊を懸けて真面目に戦っているにも関わらず、それを見ていたクリストファーが性懲りもなく茶化してきたので、私は答えを知りつつも冷たい口調で同じ立場に置かれた時の事を訊いてみた。
勿論、実際に戦っている者からすれば笑えない冗談なのは彼も理解していたので直ぐに黙ったが、あの動きは確かにAICの存在を知らなければ誰が見ても奇妙な光景に映った事だろう。
なぜなら、ボーデヴィッヒさんが両手を動かして何らかのアクションを起こすたびに一夏君は急停止・急旋回・急加速をランダムに組み合わせて大きく動き回っているからだ。
ただ、今のところは、その動きが功を奏しているらしくAICには捕まっていない。すると、いつまでも逃げ回っているばかりの一夏君に焦れたらしく、ついに彼女はワイヤーブレードまで射出して攻撃してきた。
<流石に、これは無理でしょう>
<いや、そうでもないさ>
この熾烈を極める攻撃に対して私が戦闘の終結を予感させる言葉を呟くものの、さっきよりは少しだけ真面目な口調で話すクリストファーによって即座に否定された。そして、現実の戦いも彼の言葉通りとなる。
これには私の推測も含まれるが、どうやらシャルル君が断続的な牽制射撃を続けながらもボーデヴィッヒさんの攻撃の隙を何とか探り出したらしく、回避と防御で手一杯だった一夏君が彼女の未来位置への突撃を成功させたのだ。
その結果、一夏君は多数のワイヤーブレードにも邪魔される事なく彼女との距離を一気に縮め、ついには『雪片弐型』の間合いに彼女を捉えた。
<あれは、もしかして突きの構え?>
<どう見たってそうだろう。大方、さっきの突破時の勢いも上乗せ出来てスピードと威力があり、しかも的が小さくて止められ難いとか思ったんじゃねえの?>
<そんな安易な戦術が通じれば、私達も苦労しないんだけどね……>
軽く諦めの混じった雰囲気で私が呟いた直後、またしても一夏君が不可解なタイミングで凍りついたように動きを止めた。
おそらく、標的としては武装よりも大きくて狙い易い体の方をAICで拘束されたのだろう。やはり、あのISにAICが装備されている限り、どれだけ強力な攻撃も彼女には届かないのだ。
そして、このように動きを封じた標的に対して彼女が取る定番の行動と言えば、攻撃力重視の大型レールカノンの砲弾を撃ち込む事である。そう考えていると、案の定、右肩のアンロック・ユニットに装備された大型レールカノンの砲口が動いて一夏君に狙いを定めた。
<まあ、いつものパターンならそれで撃破して終わりだろうが、今回は失敗だったな>
ところが、何を思ったのか、ただ見ているだけのクリストファーが勝ち誇ったように宣言する。しかし、彼の判断が正しい事だけは直ぐに証明された。
ボーデヴィッヒさんが眼前の一夏君に気を取られていた一瞬の隙を突き、シャルル君がゼロ距離にまで接近して素早くショットガンの6連射を大型レールカノン本体に叩き込んだのだ。
当然の事ながら、これだけの至近距離では狙いを外す方が難しいぐらいなので、放たれたショットガンの弾は全弾が綺麗に標的へと吸い込まれ、強力な破壊力を有していた大型レールカノンは盛大な轟音と共に爆散してガラクタへと姿を変える。
<今まではAICに阻まれて攻撃が命中する事さえ稀だったけど、ついに『シュヴァルツェア・レーゲン』にも大きな損傷を与えたわね。流石に、ここまでの成果を上げられたのなら一夏君たちにも勝機が見えてきたんじゃない?>
<そうかもな。だが、俺達が注目すべき点は“そこ”じゃない>
私は素直に一夏君たちが成し遂げた事を評価したのだが、クリストファーは全く違う視点から今の出来事を見ていたらしい。ただ、それが何なのかまでは私にも分からなかったので、いつものように具体的に説明するよう促す。
<だったら、1人で納得してないで私にも教えてくれない?>
<なんだ、まだ気付いてなかったのか……。そんなの、あの厄介なAICを打ち破る手掛りを見付けた事に決まってんだろう>
<それは本当なの?>
クリストファーから何の前触れも無く告げられた言葉に驚いた私は、半ば疑うような口調で尋ね返した。すると、そんな私の態度が気に障ったのか、彼は小さく舌打ちをして不快感を示したものの最低限の説明ぐらいはしてくれる。
<チッ……、仕方ねえな。手短に説明してやるから、よく聞けよ。やはり、あのAICの発動には前に俺が予想した通り、操縦者の状態が大きく関係してたんだ>
<じゃあ具体的に、どんな状態が関係してたのかも分かったの?>
<端的に言うと、狙撃をする時と同じって事さ>
それを聞き、ようやく私もAICが抱える無視できない弱点に思い当たる。
<つまり、停止させたい対象に意識を集中させていなければならないのね>
<ああ、その通りだ。そして、集中が乱れれば同時にAICも解除される。ちょうど、さっき一夏が撃たれそうになった時のようにな>
クリストファーに指摘され、私が改めてモニターに映し出される映像に意識を戻すと、そこではAICによる拘束から解放された一夏君がボーデヴィッヒさんに向かって再び突撃しているところだった。そして、あと少しで彼女を攻撃圏内に捉えて斬撃を繰り出せる所まで迫った瞬間、その異変は起きた。
なんと、ついさっきまで強い光を放っていた『零落白夜』の輝きが急速に失われ、最後には完全に消えてしまったのだ。おそらくは今までの戦いで想定以上のエネルギーを消耗して『零落白夜』の特性を維持できなくなったのだろうが、このタイミングで起きた事は彼にとって不運としか言いようが無い。
<これが2回目なんだから、彼も本当に運が無いわね。でも、これで事実上はシャルル君とボーデヴィッヒさんの一騎打ちで決着が付くようなものだし、後は勝った方のペアを警戒するだけで――>
前にクラス代表を賭けてセシリアさんと戦った時に起きた同様の出来事を思い出し、私は一夏君に対して同情にも似た感情を抱きつつ呟いた。
勿論、あの時とは違い、今回はペアを組んだ2人が共に戦闘不能になるまで戦いは終わらない。その為、ボーデヴィッヒさんは既に両手にプラズマ手刀を展開させて攻撃態勢へと移行している。
<だが、結論を出すには、まだ少し早いと思うぜ。まあ、こいつは俺の勘だが、あいつらは何かを隠してる気がするんだ>
<まさか、これ以上はいくらなんでも……>
ところが、ここでもクリストファーが私の予想に対して異論を唱えた。確かに、まだ完全に決着が付いた訳では無いが、既に一夏君は追い詰められているという状況さえも通り越し、あと一撃でも直撃を受ければ瞬時にシールドエネルギーが尽きて戦闘不能になる程のダメージ量だ。
そして、そんな彼の援護に入ろうとしたシャルル君も高い精度とスピードを併せ持ったワイヤーブレードの波状攻撃に晒され、今は彼らに近付くどころか援護射撃さえ困難な状況に置かれている。なので、どう考えても私には、この状況を打破できるような秘策が残されているとは思えなかった。
<あっ……>
そんな風に私が現状について様々な考えを巡らせていた次の瞬間、ワイヤーブレードの攻撃を受けたシャルル君に気を取られた一夏君は、ついにボーデヴィッヒさんのプラズマ手刀の直撃を受けてしまい、力尽きたように地面へと墜落していく。
そして、その光景を目撃した私は彼が敗北する未来を想像して思わず反応してしまうが、それと同時に彼女も自らの勝利を確信したのだろう。ほんの僅かな時間だが、ボーデヴィッヒさんの動きが止まって無防備な状態となる。
<やれやれ、あの程度で隙を見せるとは、まだまだアイツも詰めが甘いな>
その直後、まさにクリストファーが指摘した通り、ほんの些細な油断から彼女はシャルル君に反撃の機会を与えてしまった。しかも、それは私達でさえ驚かされるもので、イグニッション・ブーストを使用した高速突撃だったのだ。
<どう見ても、今のはイグニッション・ブーストよね? でも、あれをシャルル君が使ってるところなんて1度も見た事が無いんだけど……>
<ああ、俺もあいつが使うのは初めて見るぜ……>
ところが、そこは流石に戦い慣れしているボーデヴィッヒさんである。シャルル君がイグニッション・ブーストを使った瞬間こそ驚いた表情を浮かべたものの、直ぐに普段の冷静さを取り戻したらしく、得意のAICで彼の突撃を阻止しようとする。だが、さらに驚愕するような事態が発生した。
<まさか、あの一夏君が射撃?>
<そうか。最初から、これを狙ってやがったんだな>
<もしかして、あんたは何か気付いてたの? だったら、私にも事前に教えて欲しいわね。情報の共有が大切な事ぐらい理解してるでしょう?>
一夏君がPICで空中に浮かぶボーデヴィッヒさんの真下からアサルトライフルによる射撃を浴びせた事について私が驚いているのとは対照的に、クリストファーの方は1人で納得していた。なので、その事について私が苦言を呈すると、彼は悪びれた素振りも見せずに教えてくれなかった理由を述べる。
<単に確信が無かったからだよ。ま、投げ捨てたアサルトライフルが残されたままだったのは知ってたから、もしかしたら何か関係があるのかもしれないとは思っていたが、こういう使い方だったとはな……>
<とりあえず、今度からは確信が得られなくても私には報告しなさいよね>
<はいはい、そうするよ>
一応、次からは私にも報告するよう言ったのだが、あまりにも軽い返事だったので『もっと強く言ってやろうか』とも思ったが、今はアリーナでの戦いの行く末を見届ける方が重要だと結論付けてモニターに目を凝らす。すると、流石のボーデヴィッヒさんも今度ばかりは一夏君の方を振り向いて硬直していた。
しかし、彼女は直ぐに我に返ると射撃戦には慣れていない一夏君はあっさりと無視し、高速で突撃してきているシャルル君へと素早く向き直り、改めてAICの発動体勢へと移行した。まあ、撃墜される寸前で脅威度も低い一夏君よりはシャルル君への対処を優先させるのは当然の判断だろう。
<だが、その僅かな反応の遅れが命取りなんだよな>
その時、唐突にクリストファーが楽しそうな声で呟いた。だが、私には彼の発した言葉の意味が直ぐには理解できなかった。なぜなら、虚を衝かれたとは言え、まだボーデヴィッヒさんの方が遥かに有利だと思っていたからだ。
しかし、ようやく私は“ある事実”に気付く。そして、それは当事者である彼女も同じだったようで、その表情からは今度こそ完全に余裕というものが失われていた。
<69口径パイルバンカー『グレー・スケール』!>
<ああ、単純な攻撃力だけなら『第2世代型最強』とまで言われる武装。またの名を『シールド・ピアース』がシャルルには有るからな>
私達が言葉を続ける中、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の左腕に装備された盾部分の装甲が爆発ボルトによって綺麗に弾け飛び、その下から絶大な攻撃力を有する武装が姿を現した。そして、シャルル君はイグニッション・ブーストによって得た速度を維持したまま高速での突撃を敢行する。
しかも、2人の距離はAICを使って対象の全身を拘束するには近付きすぎている。だが、それでもボーデヴィッヒさんはピンポイントでパイルバンカーの先端部分を止めて攻撃を阻止しようと狙いを定めた。
<まさに、最後の賭けね>
そう私が呟いた途端、両者の全力を尽くした戦いの勝敗が決する時が来た。あのシャルル君が自身の勝利を確信したかのような笑みを浮かべたからだ。そして、それは同時に彼の攻撃をボーデヴィッヒさんが阻止し損なった事を意味していた。
<さあ、いよいよ始まるぞ>
次の瞬間、その光景を私と共有する視覚によって目にしたクリストファーが邪悪さを込めた口調で面白そうに呟く。おそらく、あのボーデヴィッヒさんが敗北する時の表情でも眺めて楽しむ魂胆なのだろう。相変わらず陰険で悪趣味な性格ではあるが、そんな事よりも今は戦いの行方が気になる。
そう思った矢先、ついにシャルル君の放った渾身の一撃が見事にボーデヴィッヒさんを捉えた。彼の左拳が彼女の腹部へと叩き込まれ、そこからパイルバンカーによる強烈な打撃が放たれる。一応、ISには搭乗者の生命を自動的に守る機能『絶対防御』がある為、このような攻撃でも彼女が死ぬ事は無い。
だが、それでも相殺しきれなかった衝撃は容赦なくボーデヴィッヒさんの全身を貫いてゆき、その激痛から彼女は表情を苦悶に歪ませる。さらに、絶対防御が発動した事でシールドエネルギーは急速に失われ、あれ程あったエネルギー残量にも余裕が無くなってくる。
しかし、この『グレー・スケール』という武装は、ただの一撃で終わるような生易しい代物では無い。なぜなら、この武装はリボルバー機構によって素早く次の炸薬を装填する事が可能で、今のような強烈な打撃を連続で繰り出せる事こそが最大の特徴であり、また強みでもあるのだ。
それに、戦闘時におけるシャルル君も一撃を与えただけで敵を撃破せずに終わらせるほど優しくは無い。案の定、左腕のパイルバンカーをボーデヴィッヒさんに密着させたまま追撃という形で立て続けに3発を撃ち込み、ここで一気に勝負を決めに掛かった。
当然、攻撃を受ける度に彼女の体は衝撃で大きく揺さ振られてくの字に折れ曲がり、それに比例するように表情も苦痛一色へと染まっていく。
<チッ……。もうちょっとハデになるかと思ったが、案外、期待外れだな>
<ハァ……、あんたねぇ……>
最終的には搭乗する機体の至る所から紫電が走るようになり、ISの強制解除の兆候さえ表れたにも関わらず、それを見たクリストファーの感想は清々しいまでに自己中心的なものだった。
そして、そんな彼の態度に心底呆れた私が大きく溜息をついた時、全く予想もしていなかったタイミングと場所で正真正銘の異常事態が発生した。
◆
本音を言わせてもらえば、この異常事態が発生する直前の俺は眼前で繰り広げられている戦いへの興味の大半を失っていた。
確かに、今後の計画を円滑に進める為にも試合を最後まで見届けて警戒を要する参加者の能力や戦術を分析する事は極めて重要なのだが、最大の障害になると思われたボーデヴィッヒ&箒ペアの敗退が現実となった途端、急に全てがどうでもよくなったのだ。
なので、せめてもの楽しみとして、あの自己中心的な石頭軍人で任務遂行の邪魔者でしかなかったボーデヴィッヒが格下に見ていた奴に敗北を喫する瞬間、どれだけ愉快な表情を浮かべて負けてくれるのかと期待したが、あっさりと裏切られて随分と味気ない結末になってしまった。
<チッ……。もうちょっとハデになるかと思ったが、案外、期待外れだな>
<あんたねぇ……>
すると、そんな俺の願望を込めた呟きに反応するかのように、何の前触れも無くモニター越しの眼前で信じられないような異常事態が発生した。
ちなみに、この時の異常事態を俺が見たままに表現するなら、いきなりボーデヴィッヒが叫び出した(実際には声は聞こえないので表情と口の動きからの想像)かと思うと『シュヴァルツェア・レーゲン』から電撃が迸り、その勢いで傍に居たシャルルを弾き飛ばした後、ISを形作っていた装甲がスライムみたいにドロドロに溶け出したのだ。
そして、自我でもあるかのように動き回ったかと思うと、これで仕上げと言わんばかりに黒いスライム状の物体は操縦者である彼女自身を飲み込んでしまった。
「なに、あれ……」
「あんなの、1度も見た事ない……」
当然、こうなると周囲にいる女子達からも突然の異常事態発生に戸惑う声や驚く声が次々に聞こえてくるが、その疑問に答えてくれるような者は誰一人として存在しない。
<念の為に訊いてみるけど、あんたは“アレ”に心当たりはある?>
<とりあえず、確証が無いから断言は出来ないが、あんな現象を引き起こす可能性のある代物なら1つだけ知ってる>
<どうやら、あんたも私と同じシステムを想像してるみたいね>
そんな中、クリスティーナがボーデヴィッヒのISを黒い塊へと変貌させた原因について心当たりがあるかどうか尋ねてきた。だが、この現象だけでは流石に確信が得られなかったので、俺は曖昧な表現で“あるシステム”の存在をほのめかす程度にしておく。
すると、彼女も同じシステムが関わっている可能性を既に疑っていたらしく、直ぐに1人で結論に達して納得してしまった。だったら、わざわざ訊かないで欲しい。正直、いちいち質問に答えてたら面倒で敵わないからだ。
「ねぇ、クリスちゃんはアレが何か知ってる?」
「ううん。私も初めて見るわ」
そうやって俺がクリスティーナの行動に心の中で毒づいていると、今まで静かにモニターを見つめているだけだった玲奈が戸惑いの表情を浮かべて尋ねてきた。
もっとも、それはクリスティーナに対して投げ掛けられた言葉なので、俺は対応を彼女に任せてモニター越しに映るアリーナの様子に意識を集中させる。
すると、ほんの少し前までは『シュヴァルツェア・レーゲン』だった黒い物体が地面に降り立ったかと思うと、また新しい変化を起こし始めた。
それを敢えて言葉で表現するなら、心臓の鼓動のような脈動を繰り返していたスライム状の物体が急速に形状を変化させ、あたかも倍速再生で粘土細工を作るような動きで姿を変えていったとしか言いようがない。
そして、その新たな形状の変化が完全に収まった時、そこにはISを纏った何処か見覚えのある1人の少女の姿(ただし、見た目としては黒い粘土で色も塗らずに作ったとしか思えない)があった。
だが、フルフェイス・タイプのアーマーに覆われた形状をした頭部では、ちょうど目にあたる部分の隙間から覗くラインアイ・センサーの赤い光が不気味な輝きを放ち、黒いISを実際の姿かたち以上に異質な存在へと押し上げていた。
<思った通り、あれは『VTシステム』で間違いないみたいね>
<ああ、そうみたいだな。しかも、こいつは『織斑千冬』のコピーらしい>
<確かに、彼女は第1回モンド・グロッソの覇者だから可能性は高いけど、やけに断定するのが早いわね。もしかして、そう断言できるだけの根拠がアレにあるの?>
俺が早々に『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載されたVTシステムがコピーしたオリジナルのIS操縦者を断定した結果、ほとんど条件反射と言ってもいい程の素早い反応でクリスティーナが訝るように尋ねてきた。どうやら彼女には、今ある情報だけで特定するのは無理だったらしい。
勿論、こうして俺が早々にオリジナルを特定できたのには明確な理由があったからで、今回は彼女にうるさく言われる前に断定する根拠となったものを一言で伝える。
<あいつが持つ右手の武装。それが決め手だ>
<言われてみれば、あの形状は『雪片』と全く同じだわ。だとしたら、これはもう彼女をコピーしたと見て間違いないわね>
いつものように俺達は潜入前に入念な下調べを行い、その過程において織斑千冬についても監視対象の1人という事で可能な限り多くの情報を集めていた。
なので、第1回モンド・グロッソ開催時に彼女が使っていたISの形状も細部に至るまで頭に入っており、モニターの向こうで静かに佇む漆黒のISが持つ外見から判別できる唯一の武装にも確かな見覚えがあったのだ。だから俺は、こうも簡単にVTシステムがコピーしたのは彼女だと胸を張って断言できた。
<でも、VTシステムは現在、IS条約で国家や組織を問わず研究・開発・使用といった行為の全てが禁止されてるのよね? それなのに、どうして特殊部隊とは言ってもドイツの正規軍に所属するボーデヴィッヒさんのISに搭載されてた上に、こんな言い訳の出来ない公の場で使ったのかしら?>
<流石に、そこまでは分からねえよ。だが、条約で禁止されてるからと言って、それをバカ正直に守る奴も居ない。違うか?>
<ええ、それについては否定しないけど……>
どれだけルールや罰則を厳格に規定したところで、それらを守らない連中は必ず出てくる。要は違反がバレなきゃ良いだけだし、それどころか今回のケースのように国家間の思惑や利害が複雑に絡んでくる分野だと逆に常識みたいになってる。
なので、VTシステムがボーデヴィッヒのISに搭載されていた事自体は大した問題じゃない。しかし、それを彼女が今のタイミングで使用した事については、どうしても納得が出来なかった。
なぜなら、どう考えても違法行為が言い逃れの出来ない状況下で世界中に露見するだけで、彼女本人やドイツ軍にとっては何のメリットも無いからだ。ただし、この一件に政治や組織内の派閥を巡る主導権争いのようなものが絡んでくると話は変わってくる。
なにせ、邪魔者の信用を大幅に失墜させるには今回のようなスキャンダルは格好の攻撃材料となるからだ。そして、その事をクリスティーナも充分に承知しているからこそ、ボーデヴィッヒがシステムを起動させた動機の部分で疑問を抱いたのだろう。
<とりあえず、いま断言できるのは『アイツのVTシステムの発動が俺達と戦ってる時じゃなくて良かった』って事ぐらいだな>
<なによ、それ……。まあ、普段なら『相変わらず、あんたは本当に自分の事しか考えてないのね』って言ってるところだけど、流石に今回ばかりは私も同意見よ。実際、あれに事前情報なしで遭遇して戦わなきゃならないのはゴメンだもの>
こうして俺達は互いに今の心情を手短に述べると、再びアリーナの中で起きている出来事に意識を集中させる。すると、そこでは未だに一夏と漆黒のISが異常事態発生からほとんど変わってない位置関係で正面から睨み合っていた。
<とは言え、あれの現物を目にする機会なんて滅多に無いんだし、こうなった以上はVTシステムの実力とやらを直に拝ませてもらうとするか。もしかすると、今後、何処かで遭遇するかもしれないからな>
<ふ~ん、あんたにしては随分と楽観的な意見ね。だけど、本当にVTシステム搭載機と戦う事になったら、かなり面倒なんじゃないの?>
<ああ、その通りだよ。だから、基本的には遭遇しても戦闘だけは回避するよう心掛けるさ。だが、どうしても戦わなきゃならない時が来るかもしれないだろう。まあ、そういった意味では一種の保険だな。もっとも、本音を言わせてもらえば、もっと条件の整った状況で本格的なデータ収集を行いたかったんだが……>
今後の事態も見据えての判断だという事を匂わせつつ俺の希望を口にすると、またしてもクリスティーナに現実は予定通りに進まないものなんだと指摘を受ける。
<まったく……、そうそう現実があんたの思い通りに進む訳ないでしょう。だからこそ、どんな事態にも柔軟に対応できる思考力と判断力が重要になってくるのよ>
<そんな当たり前の事を今更、お前に指摘されなくても分かってるんだよ! だが、不測の事態なんてものは起きない方が良いに決まってるし、成果も大きい方が良いに決まってるだろうが!>
いい加減、やたらと口うるさく言ってくる彼女を鬱陶しくて耳障りな存在でしかないと思い始めていた俺は、感情の赴くままに語気も荒く吐き捨てるように叫んだ。
すると、そんな俺の願いが通じたのかどうかまでは分からないが、珍しい事に彼女は何も反論をせずに大人しく黙ってくれた。そして、それと時を同じくしてアリーナでも新たな動きがあり、直ぐにモニターに映し出される映像へと意識を向けるのだった。
◆
その事実に気付いた時、俺は自分の中で何かがキレたような気がした。原因は勿論、目の前で佇む異形のIS(一応、元は普通のISだったから)が持つ武器だ。
「『雪片』……」
俺は体の奥底から湧き上がってくる感情に突き動かされ、かつて千冬姉が使っていた武器の名をうわ言のように呟く。
当然、この至近距離で千冬姉の使っていた武器を見間違える筈が無いし、なにより眼前のISが手にする“それ”は記憶の中に深く刻み込まれた『雪片』と瓜二つなのだ。その所為か、俺は無意識の内に手の中にある『雪片弐型』を強く握り締めると、それを中段に構える。
「ハッ……!」
その刹那、漆黒のISが物凄い勢いで懐に飛び込んできた。しかし、それ以上に俺の心を激しく掻き乱すものがあった。それは、この漆黒のISが俺に対して使った動きである。
実際の剣術と同じように居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、そこから大きく踏み込んで必中の間合いから放たれる鋭い一閃。まさに、この一連の動作は千冬姉が使っていた技そのものだった。
「ぐうっ!」
この技を見た事があった俺は反射的に手にした『雪片弐型』で相手の刀を防いで身体への直接の斬撃は阻止したものの、その衝撃でブレード本体を弾かれてしまった。しかも、こちらの武器を弾いた漆黒のISは必要最小限の動作だけで今度は刀を上段へと構える。
『まずい!』
本能的に危機を察した俺が『白式』に後方への緊急回避を命令して動いた直後、寸前まで俺のいた場所に垂直に振り下ろされた鋭い斬撃が大気を切り裂くようにして炸裂した。はっきり言って、今の2つ目の太刀筋は千冬姉の戦法を知っていなければ直撃を避ける事は出来なかっただろう。
だが、シールドエネルギーが底をついていた『白式』に俺を守る力は既に無かったらしく、軽く刃に触れて斬られた左腕の傷からは痛みと共に血が滲む。その上、さっきの緊急回避が本当に最後の力を振り絞ったものだったのか、光が弾けるようにして俺の身体を包んでいたISも消失する。
「……がどうした……」
しかし、そんな事は今の俺にとってはどうでもよかった。それどころか、自分の置かれた状況よりも目の前のISが千冬姉の真似をしている事の方に怒りを覚え、ただ純粋に『どうしても許せない』という感情だけが俺の心を支配していく。
「それがどうしたああっ!」
その結果、激しい怒りに突き動かされた俺は腹の底から叫び声を発すると、自らの拳を武器に漆黒のISへと衝動のままに突撃する。
「うおおおおっ!」
だが、俺の拳は敵に触れる寸前で意思に反して引き戻された。正確には強烈な力で体ごと後ろに引っ張られたらしく、肩から背中にかけて衝撃と鈍い痛みが走る。
なので、その正体を確かめようと反射的に振り向いた視線の先には、エネルギー切れで動けなくなったISを脱ぎ捨てて駆けつけたと思われる箒が怒りの形相と共に立っていた。そして、叫びながら俺へと詰め寄ってくる。
「馬鹿者! 何をしている! 死ぬ気か!?」
「離せ! あいつ、ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」
漆黒のISが今さっき使って見せた剣技は、俺が最初に千冬姉から教わった“真剣”の技そのものだった。そして、俺は今でも当時の事を正確に思い出せる。人の命を絶つ武器の重さ、それを持つ者の覚悟、刀を振るう意味、あの時の千冬姉は子供だった俺に対しても『そういった事を考えろ』と言っていた。
だが、そんな状態でも千冬姉は厳しさの中にも優しさを宿した眼差しをしており、何か眩しいものを穏やかに見守るかのように普段とは違う表情をしていた。
だからこそ俺は少しでも千冬姉の力になりたいと感じ、あの頃から自分なりに強さを追い求めてきたつもりだ。むしろ、そんな想いがあったからこそ、俺には目の前の奴がどうしても許せないのかもしれない。
「どけよ、箒! 邪魔をするなら、お前も――」
「いい加減にしろ!」
そう叫ぼうとした次の瞬間、思い切り頬を引っ叩かれた。しかも、この時の俺は力任せに箒を振り切って飛び出そうとしていた体勢も災いして横向きに転ぶ。だが、その際の顔面の痛みと地面の冷たさのおかげで怒りも多少は収まり、少しは冷静な頭で物事を判断できるようになった。
「それが何だと言うのだ! 私にも分かるように説明しろ!」
すると、それを見計らったように箒が改めて問い詰めてくる。
「あいつの使った技……、あれは前に千冬姉が真剣で使ってた技だ。だから、今の技だって本当は千冬姉のものだ。いや、千冬姉だけのものなんだよ。なのに、それを勝手にコピーして……、ああっ、くそっ!」
「まったく……、お前は何時だって『千冬さん』、『千冬さん』だな」
俺が今の心情を吐き捨てるように言うと、何故か箒は呆れたように呟いた。勿論、そんな単純な理由だけで怒っている訳でも無いのだが、この気持ちを上手く言葉にする事が出来ない。なので、シンプルにやりたい事を一気にまくし立てる。
「でも、それだけじゃねえよ。同じ位、あんな訳わかんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえんだ。だから、ISとラウラ、どっちも1発ぶっ叩いてやらねえと気が済まねえ。とにかく、俺はあいつをぶん殴る。その為には、まず正気に戻してからだ」
「なんとなく理由は分かったが、今のお前に何が出来る? そもそも『白式』のエネルギーが残っていない状況で一体、どうやって戦う気なのだ?」
「ぐっ……」
ところが、そんな俺の固い決意も箒の一言で瞬く間に暗礁に乗り上げる。しかも、彼女の言ってる事は正論なので、こっちには全く反論の余地が無い。なにせ、今の『白式』には相手に一撃を叩き込むどころか、ISを展開させるエネルギーさえ残っていないのだ。
これでは、いくら目の前のISが撃墜される寸前の状態であったとしても意味が無い。はっきり言って、現状では俺の方が完全に手詰まりなのである。
「非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定! 鎮圧の為、教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は直ぐに避難すること! 繰り返す――」
すると、アリーナのスピーカーから千冬姉の声で警戒レベルの引き上げと教師陣による事態の収拾が行われる事を告げられる。そして、その声に併せるように追加のシールドが観客席を覆い、ISを装着した教師達が続々と複数のゲートから突入してきた。
「聞いての通り、お前がやらなくても事態は収拾されるだろう。だから――」
「だから、『無理に危ない場所へ飛び込む必要は無い』か?」
「そうだ」
確かに、箒の言ってる事は正しい。それは俺も頭では理解している。だが、どうしても譲れないものがあるのだ。だから俺は少しも躊躇う事なく、堂々と胸を張って宣言する。
「違うぜ、箒。全然、違う。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは、『俺がやりたいからやる』んだ。それに『他の誰かがどうだ』とか、そんなの知るか。大体、ここで引いちまったら、それはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」
「ええい、この愚か者が! ならば、どうすると言うのだ! どのみち、今のお前にはエネルギーが残って――」
ところが、ここで箒の言葉を遮るように救いの言葉が投げ掛けられる。
「ここに無いなら他から持ってくれば良い。そうでしょ? 一夏」
「シャルル……」
それは、俺達の傍へとやって来たシャルルが発したものだった。しかも、ありがたい事に彼女は具体的な方法まで教えてくれる。
「普通のISだと無理だけど、多分、僕の『リヴァイヴ』ならコア・バイパス経由でエネルギーを移せると思うよ」
「本当か!? だったら、頼む! 早速、やってくれ!」
勿論、その天の救いにも似た提案を俺は即座に受け入れた。しかし、次の瞬間、俺を指差したシャルルは珍しく有無を言わせぬ力強い口調で激励をしてくる。
「じゃあ、約束して。絶対に負けないって」
「ああ、勿論だ。それに、ここまで啖呵を切って飛び出すんだしな。これで負けたら男じゃねえよ」
「そこまで言うんだったら、もし負けたら一夏は明日から女子の制服で通うんだね」
ところが、言葉の最後に笑顔でとんでもない条件まで付けてきたが、これも俺の緊張を解そうとしたシャルルなりの軽い冗談だと思って大人しく受け入れる事にした。
「うっ……。い、いいぜ! なにせ、絶対に負けないからな!」
なにより今は、彼女の協力のおかげで目的を果たせるのだ。それもあって俺は『リヴァイヴ』からのエネルギー供給を素直に受け入れ、体の奥底から力が湧き上がってくるような不思議な感覚を覚えつつ『白式』を一極限定モードで起動させるのだった。
◆
私は最初、このまま突入して来た教師部隊によってVTシステムを発動させた『シュヴァルツェア・レーゲン』が押さえ込まれて終わってしまうものだと勝手に解釈していた。
事実、アリーナ中央に佇む漆黒の機体は周囲を教師部隊によって完全に囲まれており、少しでも不審な行動を起こせば即座に拘束されてしまうような状況にあったのだ。
<残念ね。どうやら、VTシステム搭載機のデータ収集は無理みたいよ>
<ああ、そのようだな……。しかし、これは一体……>
<まだ何か気になる事でもあるの?>
そうやってアリーナで起きている出来事をリアルタイムでモニター越し見ていた私が諦めたように呟いたのだが、それに対するクリストファーの反応が微妙におかしい事に気付いた。
ただ、それは普段の私であれば疑り深い彼の悪い癖だと思って聞き流していた程度のものだったのだが、アリーナの状況に変化が無かった事もあって特に考えもしないで声を掛けていたのだ。
<なんだ、まだ気付かないのか? まあ、いい。特別に教えてやる>
<ええ、お願い……>
ところが、こうして訊いた時に限って癇に障る口調で返事を寄越してきた。だが、いい加減、そんな彼の不遜な態度にも慣れ始めていた私は感情を表に出すのを堪えて話の続きを促す。
<こうして非常事態宣言がなされたにも関わらず、ここのモニターに全く変化が見られない事だよ>
<そう言えば……>
一連の騒ぎの中で失念していた事実をクリストファーに指摘され、私は改めてモニターに映し出される映像に意識を集中させる。すると、そこでは今までと同様にアリーナ中央付近で起きている出来事がリアルタイム映像として流され続けていた。
<こいつは想像なんだが、俺達に見せる為に敢えて止めたり他の映像に切り替えたりはせず、そのまま流し続けているとは考えられないか?>
<まさか……、いくらなんでも考え過ぎよ。大体、そんな事をして何の意味があるって言うの?>
<まあ、この状況で考えられるパターンとしては俺達の組織か今回のクライアント、そのどちらかによる支援という線と――>
流石に、ここまで懇切丁寧に説明されれば私でも話の続きぐらいは容易に想像がつく。なので、彼の言葉に重ねるようにして出来る事なら当たっていて欲しくない可能性の方を口にする。
<私達の正体を疑っている誰かからの警告、もしくは揺さ振りって線ね>
<そういう事だ>
もし、映像に手を加えていない理由が後者だと仮定すれば、おそらくは自分達の持つ力の誇示、あるいは脅迫と言っても良いだろう。つまり、『常に監視の目は光らせているから、私達が不穏な行動を取ったところで直ぐに対処できるぞ』となる訳だ。
一応、あからさまに私達を疑うような動きは今のところ確認されていないが、だからといって疑われていないという証拠にはならない。そこで私は、どういった対応を取るのが最善かを判断する為にもクリストファーの意見を訊いてみた。
<それで、この後はどうするの? とりあえず、指示に従う格好で避難する?>
<いや、このまま事態の行く末を見届ける。なにせ、他の連中も誰1人として避難しないばかりか、食い入るようにモニターを見つめているからな。むしろ、下手に動いたりした方が目立つ>
<確かに、それも一理あるわね。だけど、それだと後で何らかのペナルティーを科せられるんじゃない? さっきのスピーカーから聞こえてきた声、あれは織斑先生のものだったわよ>
<だが、VTシステムを使った戦いを見られる機会なんて滅多に無いんだ。だから、この際、ある程度のリスクは覚悟するしかないな。それに、向こうでも新たな動きがあったみたいだし、お前も此処まで来ておいて今更『やめる』とか言わないだろう?>
どこか見透かしたような口調で彼に尋ね返され、私もアリーナで起きた“新たな動き”とやらに注目する。すると、シャルル君の『リヴァイヴ』が光の粒子となって姿を消し、代わりに『白式』唯一の武装と右腕が再構成されているところだった。
<もしかして、あれって『リヴァイヴ』のエネルギーを『白式』に渡したってこと?>
<まあ、映像で見る限り、そう考えるのが妥当だろうな>
<だとしたら、また随分と都合よく幾つもの条件が揃っていた事になるわね。だって、エネルギーの譲渡なんて普通のIS同士だと出来ない芸当なんだから……>
<ああ、まったくだ>
今の最後の囁きは別に質問として投げ掛けた訳でも無かったのだが、私の微かに皮肉めいた独り言にクリストファーが反応する。
しかも、こういった内容の話をした時は大抵、イラついた様子で『そんなの俺が知るかよ!』とでも言いそうなところだったのに、今回は私の言葉に素直に同意するような雰囲気さえ感じられた。
もしかすると、それだけ彼も一夏君の周囲で多発する異常事態の数々に不審の念を抱いているのかもしれない。
そして、そんな風に私が様々な事に思考を巡らせていると、一夏君が箒さんやシャルル君と短く言葉を交わすような仕草を見せた後、改めてVTシステムを発動させた漆黒のISに正面から向き合った。どうやら、彼らは自分達の力で事態を処理するつもりらしい。
<いくらなんでも、そんな勝手な行動を学園側が許すとは――>
<いや、そうでもないみたいだぜ>
既に教師部隊が周囲を固めている事もあり、何らかの策があるにせよ、一夏君たちの出番は無いと思っていた私の予想は見事に外れる。
なぜなら、クリストファーの言葉に釣られて私がアリーナの様子を窺っていると、包囲状態こそ維持していたものの教師部隊が一騎打ちの邪魔にならない程度の距離にまで後退し始めたからだ。
勿論、どういった経緯でこうなったのかまでは私には分からないが、この一連の流れから判断すると学園側も事態への対処を一夏君に任せた事だけは確かだ。そして、すっかり戦う気になっている一夏君の構える『雪片弐型』にも新たな変化が起きた。
これまで外見は単にエネルギー物質で構成された巨大な刃が光っているだけの武装だったが、今回は細く鋭い日本刀のような形状になっている。すると、彼は『雪片弐型』を自身の腰付近、ちょうど日本の剣術における『居合い』とか呼ばれるものと同じスタイルで構えた。
<おいおい、あいつは生身で使う剣術をISでの戦闘にまで応用するつもりかよ>
<確かに、理論上はIS使用時でも生身の時に近い動きが可能だけど、そんな簡単に剣術なんて応用できるものなの? それに、一夏君はISでの実戦経験も浅いし……>
<さあ、どうなんだろうな>
ところが、クリストファーは自分で言っておきながらも私の疑問に対しては、なんとも無責任な返事しか寄越さなかった。
その為、私は心の中で小さく溜息を吐きつつも今は静かに戦いの行方を見守る事に神経を集中させる。すると、2人は僅かな睨み合いの時間を挟み、それから漆黒のISの方が先に動いて先制攻撃を仕掛けた。
まず、漆黒のISは刀を上段に構えると、手にした刀を一夏君の頭上を目掛けて高速で垂直に振り下ろす。だが、その垂直に振り下ろした斬撃は、彼が腰から抜き放った更に高速の横薙ぎの一閃によって見事に弾かれてしまう。
しかも、それだけでは終わらず、彼は流れるような素早い動作で最初に漆黒のISが行ったのと同じように刀を頭上に構えると、今度は逆に相手の方を真っ直ぐ垂直に断ち切った。その直後、再び漆黒のISに紫電が走り、一夏君によって付けられた縦長の大きな切れ目からボーデヴィッヒさんが姿を現す。
この時、眼帯の外れた彼女の左目が金色に輝いていたのも確認できたが、それよりも私は彼女の何処か儚げな表情に強い興味を抱いた。
<畜生! この程度で終わっちまう戦闘なんて何の参考にもなりゃしねえ! これじゃあ、まるっきり時間の無駄じゃねえか!>
もっとも、今後の展開を見据えてVTシステム搭載機との戦闘データが少しでも多く欲しかったクリストファーにとっては、あの一瞬の攻防で決着が付いたのが酷く気に入らないらしく、明らかにイラついた様子で文句を言い続けていた。
ちなみに、戦闘についてはVTシステム発動状態のISから吐き出された直後に気を失ったらしいボーデヴィッヒさんを一夏君が優しく抱き止め、そんな彼女を近くに居た教師の1人に引き渡したところで完全に終了となった。
とりあえず、学年別トーナメントにおける戦闘は今回で終了となります。一応、各人物の視点で見ていく形にして変化を付けたつもりなんですが、大筋は何1つ変わってないんですよね……。
まあ、そんな訳で少しでも楽しんでいただける部分があったのなら幸いです。
ちなみに、次回は恒例となりつつある事後処理エピソードになります。