IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第8話 Mind of the white sword③

 国際条約で使用や研究の一切が禁止されているVTシステムの発動という予測不能の異常事態により、今回の学年別トーナメントが一時中断となった日の夜、そのトーナメント自体の中止が学園側からの公式発表で正式に決まった。

 ただし、それとは別に今後の個人データ指標との関係から全ての1回戦だけは日時を改めて実施されるらしい。もっとも、次の瞬間には食堂に集まっていた女子達から絶望に満ちた嘆きの声が次々に上がる。

 

「優勝……、チャンス……、消えた……」

「交際、無効……」

「うわああああんっ!」

 

 そうやって数十名にも及ぶ女子生徒達(全員が1年生)は、ひとしきり騒いだ後で泣きながら一斉に走り出し、瞬く間に食堂から姿を消してしまった。そして、それを静かに見届けた私は習慣のようにクリストファーに声を掛ける。

 

<とりあえず、これで懸念事項の1つは無事に片付いたわね>

<まあな。だが、せっかく労せずに下らない優勝特典を阻止できたってのに、何が悲しくて無駄な戦いをしなきゃならねえんだ……>

<それでも結果的には試合数の減少で大幅に労力が減ったんだから、この程度の手間で済むなら安いものよ。そもそも私達には初めから拒否権なんて無いんだし、いい加減、現状を大人しく受け入れなさい>

<くそっ! こんな事態になるんだったら、あんなトーナメントなんて最初から参加しなけりゃ良かったんだ! 大体、俺には参加する意義からして――>

<あのねぇ……、今更、そんな事を言っても仕方がないでしょう。それよりも、今後の方針を考える方が遥かに重要だとは思わないの?>

 

 私が現実的な提案をするものの彼は一向に耳を傾けようとせず、なにやら小声でうわ言のようにブツブツと文句ばかり呟いていた。その為、もう暫くは何を言っても時間の無駄だと思い、私は少し離れた場所で遅い夕食を取っている一夏君とシャルル君へと視線を向ける。

 ちなみに、彼らは先程までアリーナでの出来事に関する事情聴取か何かを受けていたらしく、ここへ来たのは食堂の終了時刻ギリギリだった。しかも、噂好きの10代女子が大挙して待ち構えていたものだから、かなり大変な状況に陥ってしまっていた。

 そこで彼らは『せめて、先に夕食だけでも取らせてくれ』と彼女達に必死で頼み込み、その最中に学年別トーナメントの中止が学園側から発表されたという形になっている。

 勿論、私が彼らを待っていた理由は他の女子達とは少し違うのだが、いい感じに利用できそうだったので、その雰囲気に便乗させてもらったのだ。

 

「ゴメン、クリスちゃん。やっぱり、私も先に帰るね」

「あ、うん。じゃあ、また……」

 

 そんな中で玲奈さんが力なく静かに呟いて席を立ったかと思うと、がっくりと肩を落とし、いかにも重たそうな足取りで食堂の出口へと向かって歩いて行った。一応、私も短く返事をしたものの、すっかり意気消沈した彼女に声が届いたかどうかは不明だ。

 

<おっ、箒だ>

 

 その時、クリストファーの空気を無視した軽い呟きが聞こえたので、私は目的の人物の姿を思い描きながら既に視界に捉えている筈の人物を探す。すると、呆然と1人で立ちつくしている状態の彼女を直ぐに発見できた。しかも、そのタイミングで彼女の傍へと一夏君が近付いて行く。

 そして、彼が自然な笑顔を浮かべて言葉を投げ掛けた途端、魂が抜けたみたいになっていた彼女が大きく反応した。

 残念な事に距離がある為、2人の会話の内容までは聞こえてこないが、彼女が一夏君の制服の襟元を掴んで詰め寄って話をしている様子から判断すると、それ程までに興味を惹く内容なのだろう。

 もっとも、ほんの数秒後には少し落ち着いた態度になった箒さんが一夏君から手を離して腕組みをし、今度は僅かに照れたような表情を浮かべている。

 

<なる程。そういう事だったのね>

<何か言ったか?>

<別に。大した事じゃないわ>

<そうか>

 

 彼らの雰囲気から何となく話の内容を想像できた私の独り言に近い呟きにクリストファーが反応するが、彼に説明するとなると内容的に面倒な事になりそうだったので、この場では適当に誤魔化しておく。幸い、彼の興味は別にあったらしく、あっさりと引き下がってくれた。

 だが、その間に2人を包む空気は様変わりしており、今は箒さんが怒りに満ちた形相で一夏君を睨んでいた。そして、次の瞬間、彼女の右拳が一夏君の腹部に見事に叩き込まれる。さらに、痛みで悶絶する彼に止めを刺すような蹴りまで放ち、そのまま踵を返して大股で歩いて立ち去ってしまった。

 

<なあ、結局、あいつらは何がしたかったんだ?>

<多分、いつものように一夏君がデリカシーの無い事でも言ったんじゃない>

<ハハハッ……、それすら出来ないとは、本当に仕方のない奴だな>

 

 クリストファーは自分の事を棚に上げて笑いながら一夏君をバカにしていたが、彼が一夏君よりも酷い性格をしている現実については敢えて指摘しなかった。

 おそらく、ここで私が下手に口を挟んでも不毛な言い争いに発展するのがオチで、それこそ時間の無駄にしかならないと分かっていたからだ。それに、いま一夏君はシャルル君と2人だけで話しているので、こちらが彼らの会話に介入するには最適のタイミングだろう。

 

<ほら、そろそろ私達も行くわよ>

<了解>

 

 頭の中でクリストファーに行動を開始する事を告げると、私は席を立って彼らの所へと足早に近付き、いつものように友達の振りをして声を掛ける。

 

「で、そろそろ事情を話してもらえないかな?」

「いや、事情と言われても、いきなり箒のやつが――」

 

 ところが、ここで何を勘違いしたのか、一夏君は先程の箒さんとの間に起きた出来事についての話をしようとする。

 

「アリーナでの出来事なら緘口令が敷かれているから話せないよ」

「あ~、やっぱり、そうなんだ」

「うん。だから、ゴメンね」

「ううん、別にシャルル君が謝る事じゃないから気にしないで」

 

 その代わりと言う訳でもないのだろうが、直ぐに私の訊きたかった事を察してくれたシャルル君が質問には答えてくれる。もっとも、それは最初から予想していた通りのもので、案の定、緘口令を敷いて何も話せないようにしてあった。

 ただし、この件に関しては私の居た更衣室で同じようにモニター越しに事態の一部始終を見ていた者にも全員、個別の事情聴取と緘口令の徹底が行われている。なので、当事者である彼らが何も話せないのは、むしろ当然の処置だと言えるだろう。

 

「あ、そっちの話だったんだ……」

 

 ちなみに、ようやく自分の勘違いに気付いた一夏君はバツの悪そうな表情を浮かべ、シャルル君の隣で小声で呟いていた。まあ、そんな彼にアドバイスをする必要も義理も無かったのだが、ほんの少し前の出来事を思い返しながら私は結論だけを端的に述べる。

 

「話は変わるけど、一夏君は自分の発言に責任を持つと同時に、もっと乙女心を勉強した方が良いと思うな。でないと、いつか取り返しのつかないミスをしそうだから」

「え? それって、どういう意味だよ?」

「あのねぇ……、少しは自分で考えないと身に付かないでしょう」

 

 まるで考える素振りさえ見せない彼に私が呆れたように告げると、ますます困惑した表情を浮かべて隣にいるシャルル君に助けてくれるよう目で訴えていた。ところが、珍しい事に今回に限ってはシャルル君も助けようとはせず、どこか冷たく突き放すように言って視線を逸らせてしまった。

 

「そうだね。クリスさんの言う通りなんじゃないかな」

「あ、おい、シャルル。シャルルってば~!」

 

 頼りにしていたシャルル君にもあっさりと見放され、一夏君は本当に困ったような顔をして彼の名前を呼んでいる。

 

「じゃあ、また明日ね」

 

 彼らから有益な情報が得られない以上、ここに留まって話を続ける理由も無かったので私は別れの言葉を掛け、そのまま寮の部屋へ戻る為に食堂の出口へと向かう。

 もっとも、そんな私の背後では、まだ彼らが何かを話しているみたいだったが、特に重要な単語は聞こえてこなかったので気にしないで歩き続ける。そして、ちょうど食堂の出口から廊下へと出た所で今度は山田先生と遭遇した。

 

「あ、キャンベルさん。トーナメントが中止になった事と、1回戦だけは予定通りに実施される事は聞きましたか?」

「はい、聞きました」

 

 こちらの姿を見付けた山田先生が学年別トーナメントに関する学園側からの通達を知っているか尋ねてきたので、私は何気ない態度を装いながら短く答える。すると、その行為に効果があったのかどうかまでは分からないが、彼女はいつもの穏やかな笑顔を浮かべたまま話を続ける。

 

「それなら、何も問題はありませんね。一応、新しい日時と場所は明日の夕方には発表されると思いますから、忘れずに確認しておいて下さいね。ああ、それから、この事はパートナーの高月さんにも報せておいて下さい」

「はい、分かりました」

「それはそうと、織斑君とデュノア君が何処に居るか知りませんか?」

「その2人なら、ここの食堂に居ますよ」

 

 そう私が答えると、彼女の笑顔が2割増しくらいで更に明るく輝いた。どうやら、ずっと2人を探していたらしい。

 

「本当ですか!? ああ、助かりました~」

「いえ、私は特に――」

 

 しかし、すっかりご機嫌になった山田先生には私の返事など全く届いていないのか、足取りも軽やかに食堂の中へと入って行ってしまった。

 その所為で一瞬、あそこまで必死になる程の重要な用件が彼らにあるのか確かめた方が良いような衝動にも駆られたが、ここで食堂に戻るのも不自然な気がしたので私は大人しく自分の部屋へ帰る事にした。すると、案の定、部屋に入って鍵を閉めたところでクリストファーが声を掛けてくる。

 

<なあ、あのまま帰って来て本当に良かったのか?>

<しょうがないでしょう。だって、あのタイミングで中に戻ったりしたら逆に不自然に思われるんだから。大体、あの3人に戻って来た理由を尋ねられたら、それこそ何て言い訳をするつもり?>

<うっ……、それは……>

 

 やはり彼は、そこまでの事は考えていなかったらしい。どういう風に彼らに対応するのが最善かを尋ねると、途端に言葉に勢いが無くなってしまった。なので、それに合わせて私は止めのような一言を放つ。

 

<はっきり言って今は、そこまでのリスクを犯す時じゃないわ。それに、あんただって本格的に仕掛けるには早いって本当は分かってるんでしょう?>

<チッ……。全て、お見通しかよ>

 

 私の想像した通りでクリストファーにも時期尚早だという自覚はあったらしく、彼は舌打ちと共に吐き捨てるようにして呟いたものの、現状を正確に判断できる程度の冷静さは持ち合わせていた。そこで私は間髪入れずに話題を切り替えると、より重要度の高い案件へと彼の意識を向けさせる。

 

<じゃあ、この話は終わりね。それで、今後の事なんだけど――>

 

 そうやって私が話し始めた途端、それを遮るようにして彼が口を挟んできた。ただし、話の内容は私が話そうとしていた事と全く同じである。

 

<今回の一件を受けてボーデヴィッヒがどう動くか、だろ?>

<ええ、その通りよ>

<だが、どう考えてもアイツが大人しく引き下がるとは思えんな。おそらくは今までと同様、もしかしたら今まで以上に激しく一夏に絡んでくるんじゃないのか?>

 

 煩わしさを隠そうともしない辛辣な口調でクリストファーがボーデヴィッヒさんの今後の行動を予測する。確かに、これまでの彼女の言動を考えると彼の意見にも充分な説得力があり、そうなる可能性は非常に高いと言えるだろう。

 しかし、私の頭の中では一夏君に敗れて気を失う直前に見せた彼女の表情、そこに妙に引っ掛かるものがあるのを感じていた。

 ただし、それについては明確な根拠や理由の無い勘みたいなものだったが、あの瞬間に彼女の中で何かが変わったような気がするのだ。なので、その事も含めた私の意見を一応は述べておく。

 

<確かに、その可能性が最も高いのは認めるけど、逆に大人しくなる可能性だってあると思うの>

<ハァ!? そいつは一体、何の冗談だ?>

 

 またしても私の予想通りの反応、半ばキレ気味な声で彼が尋ね返してきた。そこで、どこまで論理的に説明できるかは分からないが、とりあえず“あの瞬間”に感じた事を順を追って話してみる。

 

<はっきりとした理由は無いんだけど、ISから引き摺り出されて気を失う直前に見せたボーデヴィッヒさんの表情が普段の彼女からは想像も出来ないほど弱々しかったの。だから、それがずっと頭の片隅に引っ掛かっていて、あの状態なら『もしかしたら』って思うようになったのよ。それに、意識が戻った後で織斑先生とも話してたみたいだし、彼女から何かしらの口添えがあったかもしれないでしょう>

<例えそうだとしても、根拠が無いんじゃ話にならんな。大体、ちょっかいを掛けてこなくなるんなら、それはそれで好都合だから大いに利用させてもらうさ。だが、そんな希望的観測を期待して目の前の問題を放置するよりも、ここは今まで以上に頻繁に絡んでくると想定して対策を考えた方が賢明だ。違うか?>

<そうね。どう考えても憶測で物事を判断するのは危険だし、そういう方向性で進めるべきよね。それで、その対策とやらは既に考えてあるの?>

 

 流石に、この場合はクリストファーの意見の方が正しい。実際、ボーデヴィッヒさんが一夏君に絡んでこなくなれば私達の手間も減り、それだけで諸々の問題は自動的に解決するのだ。だったら、ここは彼女との関係が今以上に悪化した場合を想定して対策を練るのが正しい選択と言えるだろう。

 そして、そう考えたからこそ私も瞬時に思考を切り替え、彼の口癖にもなっている『常に最悪の事態を想定して準備を整えておく』という作業に取り掛かるのだった。

 

<そうは言ったものの、流石に今回ばかりは良い案が浮かばないわね>

<ああ、まったくだ……>

 

 ところが、その話し合いは10分と経たない内に暗礁に乗り上げてしまった。やはり、異様なまでに妄信的で感情論が先行している上に、それ以外の部分では憎らしい位に隙の少ないボーデヴィッヒさんを小手先の対応策で大人しくさせるのは至難の業らしい。

 その為、どうしても効果的な対応策を導き出せないでいる私が頭を抱えていると、クリストファーが半ば諦めたような口調で呟いた。

 

<こうなったら仕方がない。あまり現実的とは思えんが、じっくりと時間を掛けて精神的に追い込んでいく方法で潰すしかないか>

<どう考えても、それぐらいしか使えそうな手段は無いみたいだしね>

<だが、それにしたってリスクは相当にデカいし、どこまで通用するかも未知数なんだよなぁ……。しかも、それだって結局は運任せのギャンブルになるし……>

 

 そんな彼の呟きと共に私達は同時に溜息をつく。なにせ、2人掛かりで思いついた最善の策が“必要に応じて織斑先生の合成音声も使った偽情報を流してボーデヴィッヒさんを疑心暗鬼にさせ、それによって徐々に私達にとって都合の良い方向に誘導する”という不確かなものだった。

 はっきり言って、それで上手くいくと考えるのは、起こりもしない奇跡をアテにして全財産を経済破綻した国の国債に投資するようなものだ。

 しかも、この方法では計画の成否以外にも織斑先生の声のサンプルを入手するリスクと、情報操作の効果が表れるまで地道に続けなければならないという忍耐まで要求される。

 当然、その間もボーデヴィッヒさんは高確率で一夏君にリベンジマッチを仕掛けてくるだろうから、そんな彼女への対処もしなければならない。

 

<いっその事、こっちから戦闘を仕掛けて徹底的に叩き潰し、俺達に関わろうとする意思を打ち砕いた方が手っ取り早くないか?>

<あら、もう忘れたの? 彼女、生身での戦いだろうとISでの戦いだろうと相当に強いのに、そんなに簡単に叩き潰せる訳が無いでしょう。大体、それだと私達の方が目立って今後の活動に支障をきたす事になるから無理よ>

 

 もっともな指摘を私から受け、クリストファーも今回は即座に黙り込む。やはり、こうして口では好き勝手な事を言っていたが、どの方法を採用しても厳しい状況なのは彼も充分に理解しているらしい。

 

<とりあえず、この件に関しては今後の彼女の動向も見ながら慎重に検討を重ねていくしか方法が無いわね。だから今は、この場で私達だけでも出来る事から順番に片付けていきましょう>

<ああ、そうだな>

<じゃあ、まずは上からの報告が入っていないかどうかを確認しておくわよ>

 

 これ以上の議論は平行線になるだけだと判断した私は、意図的に声のトーンを変えて話題を素早く切り替える。そして、慣れた手つきで組織との連絡専用として使っている携帯端末をチェックした。

 すると、大手通販サイトからのメールマガジンに偽装した暗号メッセージが1件だけ入っているのを発見した。なので、記憶している解読方法に基づいて頭の中で本来のメッセージへと戻す。

 ちなみに、私達の組織では通信傍受を極度に警戒(主に今回のターゲットでもある人物の所為)していて安全が保証されているような回線であっても緊急時以外は絶対に情報伝達の手段としては使わず、必要な情報は記録媒体に入れたり紙の資料にしたりしてバックアップ要員経由で直接手渡すか郵送を利用し、通信機器は情報の受け渡しが正常に実施された事を確認する程度にしか使用しない。

 当然、組織からの機密情報が入った記録媒体のファイルの閲覧には、通信用モデムなどの部品を全て取り外してネットワークから完全に独立した専用のラップトップPCを使うぐらいの徹底ぶりだ。

 これは情報をやり取りするスピードや効率よりも機密保持を最優先にセキュリティ・マニュアルを策定した結果であり、そういった考えが浸透している事については私達も組織の管理体制を高く評価している。

 

<どうやら、このパンフレットがそうだったみたいね>

 

 私は夕方に受け取ってからずっと机の上に無造作に置いたままにしていた大きめの封筒に手を伸ばし、ごく自然な感じで独り言を呟いていた。

 なお、肝心の情報についてだが、私が所属しているIS関連企業(裏で組織とも深く繋がっているが、表向きの企業活動もしている実態があるので、今回は私の所属先としても利用できた)から送付されたパンフレット、それが入っていた封筒の方に巧妙に偽装された状態で隠されていた。

 

<ハハハッ! こいつは傑作だぜ! まさか、本当にそうだったとはな!>

 

 そこに記されていたメッセージを読み取った途端、さっきまでの暗く沈んだ様子とは打って変わってクリストファーが高笑いと共に大声で叫ぶ。もっとも、その突発的な行動の所為で耳障りな彼の声が頭の中に盛大に響き渡り、あまりのうるささに私は思わず表情を歪めて強い口調で苦言を呈する。

 

<ちょっと、『人の頭の中で叫ぶのはやめて』って前から何度も言ってるでしょう! いい加減、その癖を直しなさいよね!>

<ああ、悪い悪い。次からは気を付けるよ>

<本当に分かってるのかしら……>

 

 ところが、そんな私の命令に近い言葉さえも異様にテンションの上がった今の彼には効果が薄いのか、全く悪びれた素振りも見せずに軽い返事を寄越しただけだった。

 その為、私は半ば諦めにも似た呟きを漏らすと、彼が落ち着くまで暫く待つ事にした。そして数分後、ようやく落ち着いたらしく、いつもと変わらない様子で彼が声を掛けてくる。

 

<まあ、これで疑問の1つが見事に解消された事になるんだし、早速、この情報を俺達の任務遂行に有効活用させてもらおうじゃないか>

<まさか、あんたは本気で何の準備も考えも無しに彼――、じゃなくて、男装してるだけの彼女に証拠を握ってる事を報せるつもりじゃないでしょうね?>

<おいおい、いくらなんでも、そんな軽率な事をする訳がないだろう。当然、“いざっていう時の保険として役立てる”って意味だよ>

 

 万が一にもあり得ないとは思っていても、私は念の為に確認を取っておく。すると彼は、いかにも『心外だ』と言わんばかりの口調で疑惑を即座に否定した。だが、どうにも彼の言う事を素直に信じられない私は改めて忠告する。

 

<それなら良いけど……。でも、あんたは思ってる事をよく考えもせずに直ぐに口走る傾向があるから、トラブルを避ける為にも普段から気を付けておきなさい。この際だから言わせてもらうけど、あんたの下らないミスの所為で取り返しのつかない事態になって困るのだけはゴメンだわ>

<お前、マジでしつこいぞ! そんなに俺が信用できないなら、いっその事、全部お前1人でやればいいだろうが!>

<ちょっと、なに急に逆ギレしてんのよ? そんな事、できる訳がないでしょう。だって私達は文字通り、2人で1人の運命共同体なんだからね。それに、私達は得意分野ごとに任意で意識を切り替えて対応しているからこそ、どんな状況でも大きな成果を挙げてこられたのよ。なのに、それを止めたらどうなるかぐらい、あんたなら言わなくても分かる筈だけど?>

<だったら、お前にだって俺の重要性が――>

 

 普段の私なら言い過ぎにならないよう多少は抑えて話すのだが、今回ばかりは1歩も引かず、いつも以上に感情的になって声を荒げるクリストファーに毅然とした態度で応じる。ところが、それでも彼は執拗に言い訳じみた事を述べようとしたので、それを遮って更に言葉を続けた。

 

<確かに、この任務の遂行にあんたの力が必要不可欠なのは私も認めるわ。だけど、それとこれとは話が別よ。いま問題にしてるのは、あんたの感情的で不安定な性格が任務遂行を阻害する要因になるかもしれないって事なの。だからこそ、こうして自覚を促すつもりで何度も忠告してきたんだけど、どうやら伝わってなかったみたいね>

<そんな筈は……>

 

 こうして強い口調で断言された事で逆に頭が冷えたのか、彼は何かを言いかけたものの途中で止めると、そのまま考え込むような感じで黙り込んだ。そして、重苦しい沈黙の時間が1~2分ほど続いた後、ようやく口を開いた。

 

<ああ、そうだな……。これからは気を付けるよ>

<ええ、そうしてくれると助かるわ>

 

 それは言葉だけ聞けば今までの彼と何ら変わらないようなものだったが、微妙な声のトーンやアクセントの違いなどから私には明らかに本心だと分かった。なので、それ以上は余計な事を長々と並べたりはせず、こちらも結論だけを穏やかに囁いた。

 そして、本題とは関係の無いところで少し面倒なやり取りがあったものの、先程のクリストファーとの言い争いの発端にもなったメッセージの最も重要な一部分、『DNA鑑定の結果、シャルル・デュノアはシャルロット・デュノアと同一人物』という箇所を改めて脳内で反芻し、これまでの彼女の行動を注意深く思い返してみた。

 

   ◆

 

 諸々の事情によって学年別トーナメントが中止になった日の翌日、いつものように本鈴が鳴り終わるのと同時に山田先生が教室に入って来たのだが、その時に私は2つの違和感に気付いた。

 まずは朝から彼女が妙にやつれた表情を浮かべ、いかにも疲労困憊といった様子で姿を現した事である。そして、もう1つは私より先に食堂を出て教室に向かった筈のシャルル君(正確にはシャルロットさん)が何故か席に居ない事である。

 

「み、皆さん。おはようございます……」

 

 一応、山田先生は副担任として朝の挨拶だけはしたものの、やはり彼女からは普段の明るく元気な雰囲気が全く感じられない。

 

<なあ、かなり疲れてるみたいなんだが、また何かあったのか?>

<おそらく、そうなんじゃない。一応、先に断わっておくけど、具体的に何があったのかまでは分からないからね>

 

 案の定、それを目の当たりにしたクリストファーが彼女の様子がおかしい理由を尋ねてくるが、私にだって皆目見当がつかないので、彼に何かを言われる前に予防線を張っておく。すると、そんな私達の疑問に答える訳でもないが、山田先生が随分と歯切れの悪い言い方で話し始めた。

 

「今日は、ですね……、皆さんに転校生を紹介します。転校生と言いますか、そもそも既に紹介は済んでいると言いますか、ええと……」

「え? また、転校生?」

「もしかして、今度も男の子だったりして」

「だったら、私達って凄いラッキーよね」

 

 彼女の口から発せられる“転校生”という単語を耳にした途端、それに反応したクラスの女子達が次々に憶測を並べて騒ぎ始める。ちなみに、こうして彼女達が話す内容から推察すると、どうやら今回も転校生に関する事前情報は一切無かったらしい。

 

<ああ、くそっ! 頼むから、これ以上は余計なのが入って来るなよな>

 

 それに対してクリストファーだけは心底迷惑そうな口調で文句を言っているが、こちらには選択肢も拒否権も無いのだから私は黙って現実を受け入れる事にした。

 

「じゃあ、入って下さい」

「失礼します」

 

 山田先生が前回と同様に廊下で待機させていた転校生に教室の扉越しに呼び掛けると、やけに聞き慣れた感じのする声が直ぐに返ってきたので、驚いた私は思わず自分の耳を疑ってしまった。

 

『まさか、あの声って――!』

 

 そう心の中で叫んだ私が反射的に教室前方の扉へと視線を向けると、たった今、脳裏に思い浮かべたのと全く同じ人物が姿を現した。勿論、その人物とは今まで『シャルル・デュノア』と名乗っていた男装女子生徒である。

 ただし、今朝の彼女は本来の性別に合わせて女子の制服を着用しており、外見(胸元の豊かな膨らみ)や仕草なども完全に女の子に戻っていた。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 そう言って彼女は丁寧にお辞儀までして名乗ったものだから、その雰囲気に呑まれたクラスメイトの大半も無意識にお辞儀を返していた。そんな中、山田先生が半分ぼやくように補足説明を行う。

 

「ええと、『デュノア君はデュノアさんでした』と言う事です。はぁぁ……、また寮の部屋割りを組み立て直す作業が始まります……」

 

 どうやら、最初に感じた彼女の疲労困憊な様子の原因はそこにあったらしい。まあ、入学直後ゆえの臨時処置で同室となっていた一夏君と箒さんの時でさえ相当に苦労していたようだから、溜息の1つも吐きたくなる彼女の気持ちが分からない訳ではない。

 ところが、そんな風に私が山田先生の抱える苦労について共感を覚えていると、あまりに突拍子も無い出来事に茫然自失状態だったクラスメイト達が徐々に事態を把握し出し、いつもの調子で噂話の類に華を咲かせ始めた。

 

「織斑君。同室だから知らないって事は――」

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 最後の台詞は誰が叫んだかは分からないが、その衝撃的な一言に教室内の喧騒がピークに達する。

 

<もし、本当に女だと知ってて一緒に入ったんなら、一夏の奴は相当なムッツリスケベで確定だな。ま、女風呂だろうが女子更衣室だろうが怪しまれずに堂々と正面から入れる俺には羨ましくも何とも――、いや、俺じゃあ決して見る事の出来ない彼女の違った反応が見られるのか……>

 

 意識だけの存在として私の頭の中にいるクリストファーは、本来なら女性しか入れない場所でも自由に出入りして見放題な為、逆に常日頃から同姓にしか見られない事の方に強い不満を抱いていた。

 その所為か、今回の性別詐称騒ぎに対しても他のクラスメイト達とは全く違う反応を示している。もっとも、その点については完全に彼の個人的な趣味嗜好の問題であり、しかも褒められたものでもない(2重人格でなければ犯罪)ので私は早々に無視を決め込む事にした。

 

「一夏ぁっ!」

 

 その時、教室前方のドアが破壊されるんじゃないかと錯覚するぐらいの勢いで開かれ、そこから全身に激しい怒りのオーラを纏った鈴さんが時間もクラスの違いもお構いなしに突入してきた。

 そして、何の躊躇いも無く死刑宣告を発すると瞬時にISまで展開し、そのまま衝撃砲の発射態勢へと移行して近距離からフルパワーで発射した。勿論、この場合のターゲットは一夏君である。

 

「死ね!」

 

 ところが、衝撃砲の直撃を受けた筈の一夏君は未だに無傷で佇んでいる。当然、この極めて短い時間でISを展開させて防御が出来る程、彼はISを使いこなせてはいない。なのに彼が無傷で済んだのは、あまりにも予想外な人物が何処からともなく現れ、2人の間に割って入ったからである。

 

<え? なんでボーデヴィッヒさんが?>

<くそっ! どうして此処でアイツが絡んでくるんだよ!?>

 

 私達が困惑して口々に言葉を発する中、黒いISを纏った彼女は怒りのあまり肩で息をしている鈴さんから視線を逸らすと、ゆっくりとした動きで一夏君の方を振り向いた。

 当然、それぞれの位置関係や現在の状況から判断すれば、咄嗟に2人の間に割り込んだ彼女がAICで衝撃砲による攻撃を相殺したのは間違い無いのだが、そのような行動を取る理由に全く心当たりが無い。

 ところが、そんな私の混乱を他所に彼女は更なる奇行に出た。なんと、いきなり一夏君の胸倉を掴んで自分の方へ引き寄せたかと思うと、そのまま唇にキスをしてしまったのだ。

 

<ハァ!? アイツはマジで気でも狂ったのか!? どうして、そこで俺じゃなく一夏なんかとキスを――>

 

 次の瞬間、クリストファーが怒りと驚きの入り混じったような声を上げ、またしても訳の分からない事を言い始める。

 勿論、私だって相当に驚いているし、クラスメイトの誰もがボーデヴィッヒさんの予想外に大胆な行動(これまでの一夏君への敵意を考えれば、むしろ奇行に近い)に完全に目を奪われ、何の反応も出来ずにポカンとしていた。

 だが、そんな私達など最初から眼中に無いのか、唇を離した彼女は更なる爆弾発言によって全員の混乱を一気に増大させる。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

「……、嫁? 婿じゃなくて?」

「日本では気に入った相手を『嫁にする』と言うのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

 当事者でありながらも辛うじて混乱の極みから脱したと思われる一夏君が真っ当な疑問をぶつけたのだが、ボーデヴィッヒさんからの返答は私には全く理解不能な代物だった。

 はっきり言って、この国にそんな風習があるなどとは聞いた事が無いし、おそらくは世界中を探しても普通の男性を嫁と呼ぶような風習は見付からないだろう。

 

<あのバカは何を勘違いしたか知らんが、そいつは基本的に2次元限定で女性キャラに対して使うセリフだよ……。つうか、そんな知識を何処から仕入れたんだ?>

<ねえ、それって――>

 

 ところが、彼女の不可解な発言については、どういう訳かクリストファーが知っているらしく、何やら意味の分からない表現方法で呟いていた。しかし、それさえも私には理解に苦しむ内容だったので彼に説明してもらおうとしたのだが、再び教室前方で発生した騒ぎに気を取られてしまう。

 

「あ、あっ、あ……、アンタねええええっ!」

「待て! 俺は悪くない! どちらかと言うと、被害者サイドだ!」

「アンタが悪いに決まってんでしょうが! 全部、絶対、アンタが悪い!」

 

 どうやら、あまりにも衝撃的な光景を近距離で目撃した為に暫く固まっていた鈴さんの思考が復活したらしく、ひたすらに一夏君が悪いと叫びながら再び衝撃砲の狙いを彼に定めようとしていた。

 なので、当然のように標的にされた彼は必死で弁明を試みるが、感情のコントロールが利かなくなった彼女の方は初めから話など聞くつもりが無いのか、とにかく彼を糾弾する事で頭が一杯になっているみたいだ。ちなみに、さっきの状況を客観的に捉えて判断するなら彼は被害者である。

 すると、一夏君も流石に今度ばかりは本気で命の危険を感じたようで、教室後方のドアからの脱出を図ろうとして慌てて走り出したが、その鼻先を青いレーザーの光が高速で掠めた。

 そして、彼が恐る恐るといった様子で視線を向けた先には、『ブルー・ティアーズ』の装備するレーザーライフルを手にしたセシリアさんが立っていた。

 

「ああら、一夏さん? そんなに慌てて何処かにお出かけですか? わたくし、実はどうしてもお話しなくてはならない事がありまして。ええ、突然ですが急を要しますの。おほほほほ……」

 

 一応、彼女は笑顔こそ浮かべているものの、目が全然笑っていないところからも怒りに満ちている事は容易に窺える。そして、それを態度で示すかのようにISも全身を包み込む形で次々と展開されていく。

 その為、ますます追い詰められる格好となった一夏君は廊下への脱出を諦めて窓からの脱出に切り替えたらしく、その場で反転して急いで反対方向へと走り出したのだが、いきなり眼前の床に日本刀が突き立てられた事で制止を余儀なくされてしまう。

 

「一夏。貴様、どういうつもりか説明してもらおうか」

「待て待て待て! 説明を求めたいのは俺の方で――おわあっ!?」

 

 勿論、いきなり日本刀を床に突き立てたのは箒さんで、彼女は理不尽にも『説明してもらおうか』と言っておきながら一夏君が話し始めた途端、問答無用で床から刀を抜いて斬り掛かっていた。

 なお、この状況を冷静に考えれば言ってる事とやってる事が完全に矛盾しているのだが、それを気にする余裕は彼には無くなっていたようだ。

 その結果、完全に恐慌状態に陥ってしまった一夏君は、またしても慌てて方向転換をして敵の居ない所へと全力で逃げ出そうとしたのだが、その拍子にシャルロットさんにぶつかってしまう。

 すると、彼女も寒気がするような冷たい笑顔を一夏君に向けたのだが、既に混乱の極みへと達していて普段以上に状況認識が出来なくなっていた彼は何を勘違いしたのか、彼女と同じように笑顔(ただし、こちらは本心からの笑顔)を返していた。

 しかし、その直後に発せられた彼女の抑揚の無い言葉を耳にし、ようやく彼も自分に向けられた笑顔の本当の意味を知る事になる。

 

「一夏って他の女の子の前でも平気でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしたな」

「あのー……、シャルロット? 俺は“された”んであって“した”訳ではないし、そして何故、みんなと同じようにISを起動させているのか……」

「ふふ、なんでだろうね」

 

 どこまでも冷たい笑顔を浮かべたままの彼女も他の娘たちと同じで一夏君の弁明には一切耳を貸さず、流れるような自然な動きでISを展開させていく。そして、そのままの勢いで左腕の装甲も爆発ボルトによって弾き飛ばし、『攻撃力だけなら第2世代最強』と呼ばれる武装の使用体勢へと入っていった。

 

「は、はは、ははは……」

 

 ここまで来ると、あまりにも理不尽な理由による熾烈な攻撃の連続に一夏君の精神も限界を迎えたらしく、彼は乾いた笑いと共に呆然と立ち尽くしていた。

 結論としては、この日のHRは絶叫混じりの轟音と爆発音、それらに加えて絶え間の無い衝撃で文字通り、校舎ごとクラス全体が少しの間だけ揺れる羽目になったのである。

 ちなみに、これは余談だが、教室内でISまで展開して派手な騒ぎを起こした4人と箒さん、一夏君の計6人には織斑先生からの厳しい指導と膨大な量の反省文の提出が言い渡されて地獄を見たらしい。

 

<なあ、今日のシャルロットの『実は女子でした』宣言。あれは俺達が情報を得た事に対する牽制も兼ねた動きだったのか?>

<いくらなんでも、それは考え過ぎよ。確かに、その可能性もゼロじゃないけど、その事実を公にしたところで彼女やデュノア社には何のメリットも無いもの>

<だよなあ……>

 

 シャルロットさんが女子である事を学園側と私達に公表した日の放課後、私は寮に向かってゆっくりと歩きながら朝の出来事についてクリストファーと相談していた。しかし、いくら考えても今のタイミングで彼女が事実を公表した理由までは分からず、私達の話し合いは早々に行き詰まりをみせていた。

 

<だけど、1つだけ確かなのは、あんたの言う『保険』が無くなったって事ね>

<ああ、おかげで折角の苦労が台無しだ>

 

 私の指摘にクリストファーが小さな舌打ちと共に呟く。一応は昨日の忠告が功を奏しているのか、悪態をつきながらも多少は感情をコントロール出来ているようである。

 

<でも、こうなってしまった以上は、その件は最初から無かったものとして本来の任務に集中しましょう。実際、シャルロットさんが女子である事を公表したところで、私達の彼女に対する接し方に大きな変更は必要なさそうだもの。まあ、強いて修正個所を挙げるなら、彼女が一夏君の恋人候補になった部分くらいね>

<俺としては少々、気に入らない部分でもあるんだが……。とは言え、可能なら専用機を含めた彼女のデータを入手し、後は俺達の任務遂行に役立つなら利用して邪魔になるようなら排除だもんな。確かに、ほとんど変わらねえや>

<若干、大雑把で強引な解釈だけど、まあ良いわ……。とりあえず、今はボーデヴィッヒさんの行動の真意を見極める方が先決だしね>

<ハァ……。だけど、そっちはそっちで理屈に合わない事が山のように出てきそうで、なんか気乗りしないんだよなぁ……>

 

 シャルロットさんへの対処については何とか意見が纏まったものの、もう1つの頭を悩ませる問題の事を私が指摘すると、今度は溜息と共に愚痴が彼の口から零れる。

 

<だったら、ここら辺で少し情報を整理してみない? あまりにも多くの出来事が連続して起きたから監視対象を取り巻く環境も結構変わったし、今後の為にもしておいて損は無いと思うわ>

<そうだな。タイミング的にも悪くねえし、ちょうど良いか……>

 

 そんな状況だったので、私は穏やかな言い方で新たな提案をしてクリストファーの意識を他所へと向けさせる。すると、普段は想定外の事態に対しては反抗的な態度を取る事の多い彼だったが、今回は私の提案に何の疑問も抱かずに賛同してくれた。

 

   ◆

 

 国際問題に発展しそうなほど大きな騒動が立て続けに起きた後、私は夜になってから人目を避けるように寮を抜け出そうとしていた箒さんの姿を偶然にも目撃し、これは何かあると感じて大急ぎで必要な装備を整えて彼女に対する尾行を開始したのだった。

 勿論、こちらは彼女に気付かれないよう気配を消して物陰に隠れながら静かに移動しているが、この状況下では私の方が不審者として見咎められる可能性もあったので、どんな状態でも周辺警戒だけは決して怠らなかった。

 

<それにしても、こんな時間にわざわざ辺りを警戒しながら1人で寮を抜け出すとは、そこまで重要な案件が箒にはあるのか?>

<だから、それを確かめる為にも当初の予定を変更して追跡してるんでしょう。大体、そんな事を気にする余裕があるなら、もう少し周囲の警戒に意識を集中させておきなさい。もし、ここで私達が発見されたら一気に立場が悪くなるんだからね>

<ああ、はいはい。分かってますよ>

 

 ところが、こんな状況でもお構いなしにクリストファーは余計な事を言ってくる。なので、その度に私は周辺警戒に集中するよう忠告しなければならなかった。ただ、こうして彼が無駄話をしてくる背景には、私達が監視されているような兆候も見受けられないという事実があった。

 そして、そんな風に彼の相手もしつつ私が箒さんの追跡を続けていると、彼女は迷う事なくアリーナへと足を踏み入れていく。しかも、そこは学年別トーナメントの会場として使用されていたアリーナだ。

 

<確かに、こんな時間でも施設に入るだけなら比較的簡単だが、どう考えても人気の無くなったアリーナなんて怪し過ぎるだろう>

<ちょっと、いい加減、静かにしてくれない? あんたの所為で箒さんを見失ったら、ここまで尾行してきた意味が無くなっちゃうでしょう>

 

 性懲りも無く余計な事を喋り続けるクリストファーに何回目かの注意をし、再び箒さんに気付かれないよう慎重に追跡を続ける。すると、彼女の中では最初から目的地が決まっているのか、かなりの早足で迷う事なく通路を進んでいく。

 その為、こちらも追跡する際の速度を上げる必要があったが、アリーナに入ってからは彼女に警戒している様子が欠片も感じられなかったお陰で見失わずに済んだ。

 

<ようやく立ち止まったわね。それで、周囲に誰か居たりする?>

 

 箒さんの目的地はアリーナ全体を見渡せる高さにある最上段の観客席の一角だったらしく、ざっと見た限りでは何の変哲も無い場所に辿り着いた所で立ち止まった。そこで私は、彼女の7~8m後方にある支柱の陰の暗がりにしゃがみ込むようにして身を潜め、そっと覗く感じで顔だけを出して様子を窺う。

 

<いや、他には誰も居ない。どうやら、俺達だけのようだ>

<分かったわ。じゃあ、あんたは現状のまま周囲の監視を続けて>

<了解>

 

 念の為、クリストファーに周囲の様子を探るよう指示を出したのだが、ありがたい事に現時点では私と箒さんの2人しか居ないようだ。ところが、ここで彼女の動きが完全に止まってしまった。なので、最初は彼女が誰かと待ち合わせでもしているのかと疑ったが、どうやら違うらしい。

 そして、何も動きが無いまま数分が経過した頃、ようやく新たな動きを確認できた。彼女は何故か迷うような仕草をして制服のポケットから携帯電話を取り出すと、妙にゆっくりとした動作で携帯電話を操作し始めたのだ。

 

<あれは……、誰かに連絡を取るつもりだな。よし、集音マイクを出せ>

<そんなに焦らなくても、もう準備を始めてるわよ>

 

 それを見たクリストファーに集音マイクを準備するよう言われたが、そこまで細かく指示されなくても私は既に自分の判断で行動を開始していた。

 ところが、肝心の箒さんに電話を掛ける気配が一向に見られない。もっとも、そのお陰で私の方の準備は余裕で間に合ったのだが、なんだか逆に拍子抜けしてしまった。

 ちなみに、この装置は周囲の音を手当たり次第に拾ってしまうので、騒音の大きい場所や多くの言葉が飛び交うような所では使えない。そういった意味では、こんな時間に人気の無い場所に自分から出向いてくれたのは幸運と言えるだろう。そして、暫くの逡巡の後、ようやく彼女は誰かに電話を掛ける。

 

「……、姉さん」

 

 たった一言だったが、この箒さんの台詞を聞いた瞬間、私は偶然から始まった今回の追跡行動が決して無駄なものでは無かったと確信した。

 しかし、手元の装置では流石に携帯電話の向こうにいる話し相手の声までは拾えない。それどころか会話自体が想像以上に短く、話の内容は最後まで不明のままだった。

 

<チッ……。せっかく、ターゲットに繋がる手掛りを掴んだってのにツイてないぜ>

<今回は突発的なケースだったんだから仕方ないでしょう。それに、あの人物との通話に迂闊に割り込んだりすれば、速攻で私達の正体や目的がバレるわよ>

<だよなあ……。まあ、とりあえず、今は箒がターゲットへの連絡方法を知ってる事が分かっただけでも良しとするか>

<その通りよ。だから早速、この情報を上に伝えましょう>

 

 案の定、得られた情報の乏しさにクリストファーが不満の声を漏らしていたが、私の基準で言わせてもらえば大収穫である。

 なので、ここへ来た時と同様に箒さんを追跡して彼女が何処へも立ち寄らず、また誰とも連絡を取らずに寮の自室へ戻ったのを確認すると、私達も自分の部屋に戻って記憶が新しい内に組織へ送る報告を纏めた後、いつものように2人で意見交換を始めた。

 

<まず、箒さんが『姉』と呼ぶ人物は唯一人、あの篠ノ之束博士しかいないから電話の相手は彼女で間違い無いわ。そして、さっきの箒さんの行動を見る限り、彼女の方から博士に連絡を取った>

<つまり、箒は篠ノ之博士改め変人科学者への連絡方法を予め知っていた。さらに、あの変人科学者も妹からの連絡には簡単に応じる。そして、俺達に課せられた最優先任務は変人科学者の居所に関する精度の高い情報の入手ときてる>

<もしかすると、今夜の一件はターニングポイントになるかもね>

 

 つい先程までは『情報が少ない』とか『盗聴対策なんかしやがって』とか色々な文句を呟いていた彼だったが、こうして新事実に関する意見交換が始まると、その口調や声のトーンからは結果に概ね満足している事が容易に窺えた。

 その為、たまには彼の好きなように言わせておくのも悪くないかもしれないと考えた私は、あまり余計な口は挟まずに適当に調子を合わせていた。ところが、彼が急に声のトーンを落としたかと思うと、寒気を感じるほど冷たい口調で危険な思想を呟き始める。

 

<まあ、でも、あの女が妹にそこまで強い関心を示しているなら、箒の奴には人質としての利用価値が充分にあるという前提で計画を立てられるな。だったら、せいぜい俺達の目的達成に役立ってもらうとするか。ちょうど箒みたいな性格の女の精神を壊すのも面白そうだと思ってたところだし、いい暇潰しになりそうだ……>

<ちょっと、それって冗談――、じゃないわね……>

 

 このクリストファーが時折り見せる歪んだ思想には私でさえも言い知れぬ恐怖を覚え、何か冷たいものが背筋を流れていくような感覚に陥る。しかも、よく耳にする感情の赴くままに発せられた言葉とは違い、あまりにも無機質な声で呟くものだから得体の知れない不気味さが際立っていた。

 そして、この感覚を単なる冗談で片付けられなかったのには彼が今のような雰囲気を纏った際に起こした行動、その異様なまでの狂気に満ちた所業を誰よりも間近で目撃した経験があったからだ。つまり、これは決して私の思い過ごしなどでは無く、彼に対する純粋な恐怖心の表れであった。

 

   ◆

 

 その薄暗く無機質な内装の部屋には、それに勝るとも劣らないくらいの陰湿で不穏な雰囲気を纏った者達が幾人も集まっていた。そして、そんな彼らを威圧的な態度で睨みつけるようにして出迎えたのは、鷹のように鋭い眼光をした初老の男性である。

 

「では早速、本日の会議を始めるとしようか」

 

 初老の男、ビル・ライディングスが集まった面々の顔を一通り見回してから口を開く。彼は、その一言で全員の視線が自分に集中して会議を始められる状態になったのを確認すると、いきなり本題に入った。

 

「たった今、私のところに『VTシステム開発に携わった研究所の1つが攻撃を受けて壊滅した』という報告があった」

「なる程。その情報が事実だとすれば、そこには『IS学園で起きたVTシステム絡みの事件と密接な関係がある』と言いたい訳ですね?」

「無論だ」

 

 会議に参加したメンバーの1人からの問い掛けにライディングスは微かに眉を動かし、それから発言をした人物の顔を見て即座に肯定する。

 その仕草は、まるで『やはり、既に知っていたか』とでも言いたげなものだった。だが、その点については特に気にも留めず、彼は淡々とした口調で自分の話を続ける。

 

「彼が指摘した通り、攻撃を受けた研究所は表と裏の両方でドイツのIS企業や軍とも非常に深い繋がりのある所だ。しかも、その研究内容のお陰で企業と軍の双方にパイプができ、こちらにとっても何かと便利な存在だったのだがな……」

 

 ここでライディングスは一旦言葉を切ると参加メンバーの様子を秘かに窺うが、誰にも動揺や驚きの表情は見られず、既に知っている事実を改めて聞かされているかのように落ち着いていた。

 実際、ここに集まったメンバーは全員が独自の高度な情報網を有しており、この程度の情報を集めるのは造作もない事だったので、むしろ彼らの反応の方が普通なのである。

 ただ、そんな彼らの反応にトリックがある事はライディングスにとっても公然の秘密だったので、ここまでの話はメンバー全員が情報の再確認をする場ぐらいにしか考えていない。

 

「さて、ここで問題となるのは当然、研究所が攻撃された事などではない。それなりのレベルの防衛体制が敷かれていた機密施設が簡単に発見され、これを再建不能なまでに破壊されたにも関わらず、直接の死者が1人も出ていないという事実の方だ。もっとも、賢明な諸君には、これが何を意味するのかは説明するまでもないだろう?」

「ええ、そんな風に人を馬鹿にしたような芸当が出来るのは、世界中を探しても1人しかいませんからね」

「そんなの、どう考えても『あの女』の仕業で決まりだろう。またしても誰1人として殺さず、証拠も残さないとは忌々しいにも程がある」

「ああ、間違いない。こんな風に自分の力を誇示する手口は、あの女の十八番だ」

 

 すると、ライディングスの言葉に反応した参加メンバーが次々に口を開く。ただし、そこには話題に上っている女性に対する彼らの敵意が如実に表れていた。

 

「しかし、あの女の介入を実証する代償としては些か大き過ぎませんか? 直接の関わりが無いに等しかったとは言え、あそこの研究所は我々を技術面から支援しているという点においては多少の成果も上げており、これから先の情勢を見据えて新たに投資をするという話も――」

「確かに、まだ利用価値のあった施設の喪失は大きな痛手かもしれないが、必要な手は既に打ってある。そうだったな?」

 

 組織の関わりは証明できないものの、その非合法活動とも繋がりがあった研究所の存在をIS学園や国際IS委員会に晒された挙句、そこを完全に潰されて再建不能にされた現状について若い男が当然とも言える疑問を投げ掛ける。

 しかし、ライディングスは彼の疑念など全く意に介さず、話の途中で別の男の方を振り向いて意味深な口調で訊くのだった。すると、尋ねられた男の方も疑念が湧き上がってくる事を予想していたのか、まるで最初から準備してあったみたいに淀みなく答える。

 

「はい。組織にとって有益だと思われるデータや資料、サンプルといった物は攻撃を受ける前に全て確保してあります」

「つまり、何も心配はいらないという事だ。ついでに付け加えるなら、あそこの連中にVTシステムの根幹を為す基礎データを提供し、それを研究するよう仕向けたのは我々の組織なのだよ。まあ、今回の件で多少は予定と異なる結末になってしまったが、それでも想定の範囲内には収まっている」

 

 そう補足したライディングスは醜悪な笑みを浮かべて話の最後に低い声で笑った。勿論、最初にデータを提供した時も情報の出所を巧妙に隠した状態で複数の第3者を介して渡している。

 さらに、それに関わった人間の何人かは用件が済み次第、暗殺を疑われないよう入念に偽装工作を施した上で殺しているので、その線から痕跡を辿ったところで並の人間が組織の関与に気付く可能性は極めて低いだろう。

 なので、今回のケースでも施設の存在が露見して攻撃を受ける直前に情報やサンプルを持ち出した内部の協力者は、既に証拠隠滅という名目で殺してある。

 当然、この暗殺も『当局による捜査と社会的地位の失墜に耐えられる自信が無いので自殺した』という表向きのシナリオの基、捜査当局が自殺だと断定するのに充分な証拠(ただし、捏造された物)まで全て揃えてあった。

 

「そして、もう1つ重大な事実が確認されている。やはり、我々が予想した通り、最重要監視対象者である篠ノ之箒は姉である篠ノ之束と繋がっていたのだ」

「ここへ来て、ようやく確証が得られたという事か……。しかし、それだけの情報を掴むのに随分と長い時間、我々を待たせてくれたものだな。これでは、スパイとしての資質を疑われても文句を言えんぞ」

「ええ、あなたの仰る通りですよ。あの女に立派な身分を与えて学園に送り込み、継続的な情報収集の為に組織の金と人員を大量に使っているというのに、この程度の成果しか上げられないとは……」

 

 最初の案件が片付き、それに続く形でライディングスが明かしたもう1つの重大情報も参加メンバーの耳には既に届いていたので、ここでも彼らは自分達の言いたい事を勝手気ままに口にするだけだった。

 だが、そんな反応などは今の彼の心情からすれば些事に過ぎず、皆の様子を窺いながらタイミングを見計らって声高に宣言する。

 

「では、現時刻をもって計画を次の段階へと移行させる」

 

 その瞬間、参加メンバーの間に漂っていた空気が大きく変わり、先程までの浮ついた雰囲気は微塵も無くなっていた。そして、この彼の一言が開始の合図となったのか、そこからは利己的であっても活発な議論が長時間に渡って繰り広げられたのだった。

 




恒例の事後処理エピソードという事で、ほとんどが既存の情報を整理した程度の内容になってしまいましたね。一応、スパイ物っぽいシーンもあるのですが、まだまだ実力不足の所為か、いまいち活かしきれていない気がします。
その割には、やたらと文字数を消費してるんですが……。
なお、今回で原作2巻のエピソードは終了となり、ちょっとしたオリジナルエピソードを挟んでから原作3巻へと入っていきます。
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