IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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ちょっとしたオリジナルエピソードです。


第9話 アーセナルの咆哮①

 学年別トーナメント自体は『シュヴァルツェア・レーゲン』のVTシステム発動によって中止になったのだが、今後の個人データ指標に関係するとかで結局、全ての1回戦だけは中止前の対戦カードで実施される事になったそうだ。

 そして、その学園側による面倒な処置の所為で俺は今、こうしてアリーナの無機質なピット内でISスーツを着て待機する羽目になっていた。

 

<なんで、もう何のメリットも無いってのに、わざわざ無駄な戦いをしなきゃならねえんだよ。面倒くさいったらありゃしねえ!>

<既に決まった事で、いちいち騒がないでよね。それに、私達には最初から拒否権なんて無かったんだから、いい加減、諦めて現実を受け入れなさい>

<お前に言われなくても、そんな事は分かってるんだよ。だが、理屈がどうであれ、気に入らねえもんは気に入らねえ!>

<ハァ……。ホント、どうしようもない子供ね>

<ああ、そうかよ>

 

 そんな風に俺とクリスティーナが頭の中で言い争いをしていると、すっかり耳慣れた圧縮空気の抜ける音がしてピットの扉(通路側)が開き、同じようにISスーツに着替え終わった玲奈が入って来た。

 

「お待たせ、クリスちゃん。もしかして、ちょっと遅れちゃった?」

「ううん。まだ時間には余裕があるから大丈夫だよ」

 

 彼女は俺達が現在時刻の表示されたディスプレイを眺めていたものだから勘違いでもしたのか、少し申し訳なさそうな表情で声を掛けてきた。

 そして、そんな彼女に対してクリスティーナは完璧な演技でお手本のような返事を返す。毎度の事ながら見事なまでの演技力で、これだけは褒めてやっても良いかもしれないと割りと本気で思った。

 その後、彼女達は恋の話や学園中に溢れる噂話なんかで盛り上がっていたみたいだが、俺には全く興味のない話題だったし、ここで下手に口出ししてもクリスティーナに文句を言われるだけなので無視を決め込み、今から行われる戦いの事だけを考えていた。

 

「後5分で試合を開始します。参加する生徒は直ちに準備に入って下さい」

 

 すると、スピーカーから教師の声が聞こえ、5分後には試合を開始するから準備をするよう告げられる。もっとも、専用機持ちにとってはISを展開させるだけ(俺なら1秒もあれば充分)でほぼ完了するので、これは訓練機で参加する一般生徒に対する指示だろう。

 ところが、何故かクリスティーナが玲奈の後を追うように移動し始めたので、俺は気になって彼女達の様子を窺う事にした。

 

「どう? どこにも違和感は無い?」

「うん。特に問題も無いし、これで私の方は準備完了かな」

「そう、良かった。じゃあ、私も直ぐに展開させるから少しだけ待っててね」

 

 しかし、そんな彼女達の平凡なやり取りを聞いた途端に俺は全身から急速に力が抜けていくのを感じた。なにせ、ただ単に玲奈がISを装着するのを傍らで見守っていただけで、俺の興味を惹くような出来事は何も起きなかったからだ。

 もっとも、これはクリスティーナの方が現時点では意識の主導権を握っているから発生した弊害のようなものであり、その所為で強制的に面倒ごとに付き合わされる俺にとっては退屈な時間でしかない。しかも、俺の意思では感覚の遮断さえ出来ないのだから尚更タチが悪い。

 

<そういう訳だから意識の切り替え、やるわよ。準備は良い?>

<ああ、さっさとやってくれ>

 

 まるで、さっきの会話を盗み聞きしていた(実際は五感を常に共有している状態にあるので盗み聞きや盗み見は成立しない)のに気付いていたような言い方に不快感を覚えたが、そんな事よりも俺は退屈な時間から少しでも早く解放されたかったので即座に了承した。

 すると、その直後に意識に微かなノイズが走るような感覚と共に自分の意思で自由に体を動かせるようになり、意識の切り替えが問題なく行われた事を実感する。

 それでも俺は、一応は玲奈に気付かれないように注意して体の各部位を軽く動かし、どこにも違和感が無い事を確かめてからISの展開へと移る。

 

<Wake up “Arsenal”>

 

 俺が命令するように頭の中で意識を集中させると、それに合わせて『アーセナル』の待機形態である首のチョーカーが派手に光り輝き、その光が全身を瞬時に包み込んだかと思うと次々に機体各部が実体化してゆき、最終的には視界も僅かに色の付いたバイザー越しのものとなる。

 なお、俺達の専用機『アーセナル』はハードウェアの多くの部分(具体的には機体各部にある装備やスラスター関連、装甲に各種武装といった物)を世界各国のIS関連企業から技術提供を受けたり購入したりしたものに独自の改良を加えて製作してあり、性能だけでなく外観までベースとなったISに似ている事から陰では『鋼鉄のフランケンシュタイン』や『キメラIS』などと呼ばれて揶揄されていた。

 ただ、俺個人としては『アーセナル』の性能については満足のいくレベルだと考えているし、世間一般の解釈では不名誉とされる二つ名も意外と気に入っていた。

 少し話が脱線してしまったが、こうして1秒も経たない内にISの展開は全て完了し、そのまま俺は機体各部と各種システムのチェックに入る。まあ、これも1つの習慣みたいなもので、緊急時以外は起動させた直後に必ず一通りのチェックをしているのだ。

 

『PIC・各スラスター・各部関節とも正常に稼動。また、両アンロック・ユニットの機体へのリンクも正常に機能中』

 

 声には出していないが、頭の中で1つ1つ呟きながら実際に対象となる部分を動かして各種項目を順繰りにチェックし、何処にも異常が見当たらない事を確かめていく。

 

『引き続き武装のチェックに入る。連装ガトリングガン……、2基とも問題なし。レールガンとプラズマキャノン……、こちらも全基問題なし。さらに背部ミサイルVLS、ならびに脚部ミサイルランチャー……、問題――。武装は全て問題なし。弾薬・武装用エネルギーも最大まで補給されてる。オール・クリアだ』

 

 流石に搭載している武装の数が多い為、これらの確認には多少の時間を要した。だが、まだ試合開始の時刻までには多少の余裕があったので、俺は慌てたり省略したりする事なく各種電子システムのチェックへと移行する。

 

『今のところ通信システムと航法システムにも問題は無く、今回のミッション・データも入力済み。AAESA(先進型アクティブ電子走査アレイ)レーダー・AEOTS(先進型電子光学目標指示システム)・AEODAS(先進型電子光学分配開口システム)・ハイパーセンサーも全て正常に稼働中。機体制御システム、及びFCS(火器管制システム)にも問題は無し。学内対戦だからJEWS(統合電子戦システム)は使わないが、こいつも異常なし。システム・オール・グリーン、出撃準備完了』

<それにしても普段は横着な癖に、こういう時だけは丁寧にするのね>

<こいつには俺達の命を預けてるんだぜ。なら、常に機体の状態を把握し、万全の態勢で戦闘に臨むのは常識だろうが!>

 

 1つ1つの項目を丁寧にチェックして何も不具合が無い事を確かめ終えた途端、軽くからかうような口調でクリスティーナが話しかけてきた。

 なので、少々むかついた俺は一瞬、感情的になって激しく言い返したくなる衝動に駆られたが、目前に試合が控えている事もあり、この場では大人しめの対応に止めておく。

 ただ、それは感情的になり易い俺の性格を熟知する彼女らしくない行動だったので、もしかすると俺の精神状態を確かめておきたかった故の行動かもしれないが、いくらなんでも今の状況下で無駄に熱くなるような愚は冒さない。

 はっきり言って、それぐらいの分別は俺にだってある。すると、こちらの人格交代には全く気付いていない様子の玲奈がクリスティーナと話している時と同じ調子でいきなり声を掛けてきた。

 

「こうして間近で見ると、やっぱりクリスちゃんのISって他のと感じが違うと言うか、なんか妙な威圧感があるよね。こう、いかにも見た目が兵器っぽいっていうの?」

「え……、そ、そうかなぁ……?」

 

 一瞬、普段の俺が話す時と同じ感覚で答えそうになったが、寸前で思い止まってクリスティーナらしく聞こえるよう意識して彼女の問い掛けに応じた。幸い、今回はギリギリのタイミングで反応できたお陰で彼女には気付かれなかったみたいだが、案の定、クリスティーナからは文句を言われる。

 

<まったく……。だから、あれ程『気を付けなさい』と言ったのに……>

<とりあえず、正体まではバレなかったんだから良いだろう>

<もう、そういう問題じゃないでしょう!>

 

 そんな風に俺が彼女と脳内で言い争っていると、こうなる原因を作った当事者の玲奈が何事も無かったかのように普通に会話を続けてくる。まあ、俺達の人格交代に気付かれても困るのだが、これはこれで少々ムカつく態度だった。

 

「だって、明らかに他のISよりもサイズが大きいし、ひと目見ただけで沢山の武器を持ってるのが分かるもん。それに、そうしてる状態だと目元を常にバイザーが覆ってるから、こっちからは表情が全然わかんなくて最初は少し怖かったし……」

「う~ん……、まあ、その辺は“実験機ゆえの特別仕様”って事で許してくれない?」

「あははっ! それなら、仕方ないよね」

 

 俺は自分でも気持ち悪いと感じるくらいの笑顔と明るい声を頑張って作り、現状を無事に切り抜けられるよう必死に足掻いていた。

 一応、その甲斐もあって今のところは彼女は楽しそうに笑いながら話しているが、俺からすれば会話が続いている間はクリスティーナを演じていなければならないので、それは容赦なく神経を擦り減らしてくれる上に非常に面倒くさい行為なのだ。

 大体、こんな会話を試合直前に続ける事の意味すら俺には理解できないので、本音を言わせてもらえば必要な時以外は黙っていて欲しい。そして、そんな事を心の中で考えつつも彼女の相手をしていると、俺の願いが天に届いた訳では無いが、ようやく救いの手(声)が差し伸べられる。

 

「試合開始まで後1分です。出場する生徒は所定の位置に就いて下さい」

 

 ピットに設置されているスピーカーから教師の声が聞こえ始めると、俺も彼女も互いに顔を見合わせて小さく頷いてから口を閉ざし、その内容に2人揃って耳を傾ける。そうして指示内容を確認し終えると早速、俺達は行動を開始する。

 

「それじゃあ、行くよ。準備はいい?」

「うん」

 

 あくまでも俺はクリスティーナの振りを続けて玲奈に最後の確認を取ると、彼女を先導する形でピット・ゲート前へと歩いて移動した。すると、既にゲートの扉は半分以上が開放されており、こちらが見ている目の前で残りも直ぐに開ききり、いつでもアリーナのステージ・エリアへ出られるようになった。

 ちなみに、今回の対戦相手が待機している反対側のピット・ゲートもこちらと同じタイミングで開放されたらしく、ハイパーセンサーの機能によって学園の訓練機仕様の『打鉄』と『リヴァイヴ』が1機ずつ並んでいるのが確認できる。

 しかも、その2機はゲートが完全に開ききった途端に空中へと飛び出し、早くもステージ・エリア中央の待機地点に向けて移動を開始した。

 

<それにしても、あちらさんは消化試合だってのに随分とヤル気に満ちてるなぁ……。もう、優勝者への特典も消えたんだぜ>

<ほら、あんたも余計な事を考えてないで、さっさと所定の位置へ向かいなさい。後ろで玲奈さんが困った顔をしてるわよ>

<へいへい>

 

 今後の事も含め、不確定要素を少しでも減らそうと考えた俺が気を利かせて遠くから対戦相手の様子を探っていると、クリスティーナが急かすように言ってきた。

 一応、時間的な余裕は充分にあるから慌てる必要も無いとは思ったのだが、このまま立っていると次は何を言われるか分からないので、とりあえずは彼女の指示に従っておく。

 

「じゃあ、このまま私の後に続く形で発進したら、そのままの隊形で所定の位置まで移動してくれる? それと、今から対戦相手の『リヴァイヴ』を“アルファ”、『打鉄』を“ブラヴォー”と呼んで区別するから間違えないでね」

「はーい」

 

 クリスティーナの真似をしたままの俺は玲奈に戦いに備えての指示を幾つか出すと、一応は彼女の返事を聞いてから機体をPICで微かに空中へと浮かせ、その状態からスラスターの推力を上げて飛行体勢へと入る。

 そして、推力を84%程度で安定させて前進しつつゲートを潜り抜け、明るい陽射しの降り注ぐステージ・エリア内へと進入した。すると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。

 

<なんだ、この観客の多さは……>

<それなら多分、彼が見に来ているのが原因なんじゃない?>

<ああ、なる程な。そっちが目当ての連中の所為で、こうなってる訳ね>

 

 今回の対戦を含む数々の元トーナメント1回戦には、ごく一部の参加者を除けば単なる消化試合としての認識しか無いと思っていたのだが、そんな俺の予想に反して観客席には数多くの生徒(他学年も含む)が観戦に訪れていた。だが、その理由もクリスティーナからの指摘で直ぐに判明する。

 なぜなら、観客席の1箇所だけ他と比べても異様に人口密度の高い場所があり、そこの中心には一夏を始めとしたいつもの面々、箒・セシリア・鈴・シャルロットの計5人が陣取っていたからだ。

 ちなみに、飛行状態で距離もあったのに観客席に座る個人の顔まで瞬時に識別できたのは、現状では高機能すぎるハイパーセンサーがあったからである。

 

「ふ~ん、あなたが噂の特殊機体を使う専用機持ちなのね。悪いけど、今回は私達の惹き立て役になってもらうわよ」

「そうそう。だって、今回の試合は観客席で織斑君が見てるから私達の魅力を直接アピールできる大チャンスだもんね」

「一応、こっちも企業所属の専用機持ちっていう立場上、成果を上げなきゃならないんだけど……」

 

 俺が所定の位置に就いた途端、先に到着していた対戦相手の2人から挑発めいた事を言われる。なので、とりあえず無難な返答だけはしておいた。ところが、彼女達は観客席に居る一夏の事で頭が一杯なのか、こちらの言葉なんてロクに聞いていなかった。

 

「やっぱり、織斑君が居るから――」

「あ~あ、クラスメイトだからってズルいよね。私だって本当は――」

 

 しかし、これで彼女達が初めからヤル気に満ち溢れていたのにアイツが絡んでいた事だけは確信できた。もっとも、当の本人は単純に友人(あくまでもクリスティーナに対するもので、間違っても俺では無い)を応援する感覚で見に来ているのだろうが、こうまで周囲に影響を及ぼされては迷惑で敵わない。

 

<チッ……、またしても一夏の野郎が原因かよ。これで観客席との間に遮断シールドなんて邪魔な物が無ければ、どさくさに紛れてあいつの頭を吹き飛ばしてやれたのにな。そうしたら、さぞかし気分爽快でスッキリするし、おまけに俺にも美少女ハーレムを作るチャンスが――>

<ハイハイ、時間よ。試合に集中しなさい>

 

 俺が一夏の巻き起こす無自覚な影響力(女子限定)について不平を零していると、どこか呆れたような感じさえ漂わせているクリスティーナから注意を促す声が聞こえてきた。

 すると、彼女が警告してきた通りにスピーカーからも直ぐに試合開始のカウントダウンを告げる声が響いてきたので、俺もふざけた態度は速攻で止めて意識を切り替える。

 

「試合開始まで10・9――」

 

 そこで俺は、すかさず右手にLMG(ライトマシンガン)の『Mk146B』、左手にはグレネードマシンガン付荷電粒子砲『XM125GM』を呼び出し、同時に全ての兵装のセーフティも解除する。さらに、FCSも対IS戦闘用モードへと変更した。

 勿論、このタイミングで戦闘態勢へ移行したのは俺だけでは無いので、パートナーの玲奈や対戦相手の2人もそれぞれに戦闘準備を完了した事が『アーセナル』のハイパーセンサーの片隅に表示される。そして、そうしている間にもカウントダウンは一定のリズムで着実に進み続け、ついに戦闘開始の瞬間が訪れた。

 

「――3・2・1、開始!」

<Time to hunt>

 

 俺は開始の合図を耳にすると戦闘直前の口癖になっている言葉を条件反射のように頭の中で呟き、同時に両手に持った兵装(『Mk146B』と『XM125GM』)と両腕に1基ずつある『XM234E2(個別に開発されたレーザー系ガトリングガンと実弾系ガトリングガンを並列に配置し、強引に1基に纏めた2連装ガトリングガン)』の全てを対戦相手の2人に向けて同時に斉射した。

 

   ◆

 

 無数の機械とモニターが設置してある薄暗い部屋で、その2人は僅かにリラックスした様子で現在の状況を静かに見守っていた。

 

「今回は色々とありましたが、これで1年生の試合は全て終了ですね。お疲れ様です、織斑先生」

「ふむ。山田先生は随分と気が早いな。まだ、その最後の試合が残っているぞ」

「あ、そうですよね。実は、いつもより参加する生徒さんが多かったもので終わりが近いと思うと、なんだか気が抜けちゃって……」

「そうか。だが、頑張れ。あと少しだ。ああ、それとコーヒー、ありがとう」

 

 眼鏡を掛けた小柄で童顔の女性、山田真耶がカップに注いだコーヒーを手渡しながら背の高いスーツの似合う女性に声を掛けた。すると、その背の高いスーツの似合う女性、織斑千冬は全ての試合が終わった訳では無い事を指摘しつつもコーヒーを淹れてくれた礼を述べるのは忘れない。

 そして、指摘された真耶も一瞬だけ少しバツの悪そうな表情を浮かべはしたが、あまり気にした様子は見せずに仲良くコーヒーを飲んでいる。

 

「そう言えば、キャンベルさんが他の生徒さんと戦うのは今回が初めてですよね?」

「その通りだが、それがどうかしたのか?」

 

 1年1組のクラス担任と副担任という立場を考えれば、彼女達が自分の受け持つクラスの生徒が模擬戦や公式戦を行ったかどうかを把握する事など造作もない。

 しかも、それが専用機持ちともなれば尚更である。なのに、その程度の事を真耶がわざわざ訊いてきたのに疑問を抱き、千冬は逆に尋ね返したのだ。

 

「いえ、そこまで深い意味は無いんですよ。ただ、織斑君たちと一緒に自主練なんかは頻繁にしてたみたいなんですが、彼女が模擬戦も含めて対戦形式の練習をしていると聞いた事が1度も無かったもので……」

「なんだ、気になるのか?」

「それはもう、当然ですよ! なんたって、私の大切な教え子ですからね!」

 

 そう断言して胸を張ったところで、真耶は急に顔色を変えて慌てて弁明を始める。

 

「あっ、織斑先生にとってもキャンベルさんは大切な教え子になるんですよね。なのに、まるで自分だけが彼女の担任気取りで偉そうに――」

 

 しかし、そんな彼女の慌てる様子を目にした千冬は、自分が無意識にしていた険しい表情が彼女の誤解を招いたんだと直ぐに悟り、少しだけ表情を柔らかくして話し始めた。

 

「別に気にする必要は無いぞ。あいつが山田先生の教え子なのは事実だからな」

「へ? あ……、そ、そうですよね。よ、良かった~」

 

 実際、過去に自らの失言が原因で彼女から手痛い制裁(味覚的なもの)を受けた時の記憶が鮮明に甦っていた真耶は、この言葉を聞いて明らかにほっとした表情で胸を撫で下ろしている。話が少し横道に逸れたが、このタイミングで千冬が先程の真耶の疑問に対する推論を述べた。

 

「おそらく、使っているISが他のとは異なる特殊な機体だから何らかの調整か制約でもあったのだろう。だが、授業態度も真面目で向上心も高いから、どっかの馬鹿者よりは遥かに立派だぞ」

「ふふっ、相変わらず身内には厳しいんですね」

 

 その為、制裁に怯える必要の無くなった真耶は千冬の身内に関する発言の部分に食い付き、彼女に少しだけ意地の悪そうな笑みを向ける。しかし、次の瞬間、ちょっとした気の緩みから思わず零してしまった失言に気付いた彼女は再び顔色を変え、いかにも恐る恐るといった感じで千冬の表情を窺った。

 すると、そんな彼女の視線の先には笑顔の筈なのに怒っているとしか言いようのない雰囲気を纏った千冬が立っており、いつの間にか真耶の手から奪っていたカップに追加のコーヒーを注いでいた。

 

「そう言えば、山田先生は塩を入れたコーヒーがお好きでしたね」

「え? い、いえ、決してそんな事は……」

「さあ、遠慮せずに飲むといい。さあ!」

「うぅ……、ありがとうございます……」

 

 案の定、この有無を言わさぬ千冬の迫力には逆らえず、またしても涙目を浮かべて塩入りコーヒーを飲み干す羽目になった真耶であった。しかし、その傍らで千冬は険しい表情に戻して正面のモニターを見据えると、いま話題に上ったクリスティーナ・キャンベルについて脳内で考えを巡らせる。

 

『一応、山田先生にはああ言って誤魔化したものの、彼女には何処か引っ掛かるところがあるのも事実だ。それに、彼女が所属しているという企業にも不可解な点が多く、それは今の経営陣に変わってから始まった新事業で特に顕著に表れているらしい。もっとも、現時点では何らかの裏事情があったとしても推測の域を出ないのだが……』

 

 そんな風に不確かな事を真剣に考えていた所為か、彼女にしては珍しく周囲への警戒が疎かになっており、真耶から声を掛けられているのに気付くのが遅れる。

 

「――先生……。織斑先生!」

「すまない。少し考え事をしていたものでな。それで、どうかしたのか?」

「いえ、もう直ぐ試合が始まるので、お伝えした方が良いかと思っただけで……」

「ああ、そういう事か。教えてくれてありがとう」

 

 そう言った千冬が手にしたカップの中に残っていたコーヒーを一気に飲み干したところで、スピーカーから今回の試合を監督する教師の声が響いてきた。

 

「試合開始まで後1分です。出場する生徒は所定の位置に就いて下さい」

 

 ところが、その指示に従って直ぐにステージ・エリアへと飛び出してきたのはクリスティーナ達の対戦相手となる3組のペアの方だった。

 

「あれ? キャンベルさんが遅れるなんて珍しいですね」

「準備は出来ているのだろう?」

「はい。ISの展開も完了していますが、何故か高月さんと一緒にゲートの所に立ったままです」

 

 動きが見られなかった事を不審に思った真耶は別のカメラが捉えた映像をモニターで確認し、それについて千冬と短いやり取りを交わす。ちなみに、この報せを聞いた時の彼女の頭の中では先程の疑念が再び浮上しかけるが、続いて聞こえてきた真耶の弾んだ声に思考を中断させられてしまう。

 

「あ、いま出てきました。パートナーの高月さんも続いています」

 

 彼女達が見つめるモニターには、学園の訓練機である『リヴァイヴ』を左後方に引き連れて飛行する『アーセナル』の姿が映し出されていた。

 当然の事ながら、その2機のISは危なげない動きで順調に所定の位置まで移動し、こうしてモニター越しの映像で見ている限りは指示された通りの状態で試合開始の合図が下りるのを待っているみたいだった。そして、程なくして試合開始へのカウントダウンが始まる。

 

「試合開始まで10・9・8――」

『あれが私の思い過ごしであれば良いが、とりあえず、この戦いで見極めさせてもらうぞ。キャンベル』

「――3・2・1、開始!」

 

 心の中で千冬が呟くのと同時に試合開始へのカウントダウンも終了し、それまでは静かに待機していた4機のISが弾かれたように一斉に行動を開始する。

 その為、この試合を観客席から観戦している生徒達は各機のスピード感のある動きに一喜一憂し、監督役の教師は参加者がルールを守っている事や全体の動きの把握に努めていたが、そんな中で千冬だけは最初から『アーセナル』の動きに注目していた。

 ただし、その様子は傍目からは普段と全く変わらないように映ったので、誰も彼女が特定のISの挙動に意識を集中させているとは最後まで気付けなかった。

 

   ◆

 

 今日は諸事情で中止となった学年別トーナメント1年生の部、その1回戦の最終試合が行われる日である。もっとも、これは公式な再試合などでは無く、今後の指標となるデータを取る為に行われる形式的なものなので、その勝敗の行方が何かに影響を及ぼすような事は基本的に無い。

 一応、各国の代表候補生や専用機持ちみたいに特別な立場の者からすれば多少は関係してくるのだろうが、それでも正規のトーナメント時に比べれば注目度は格段に下がっている。だが、どういう訳か観客席には非常に多くの生徒が集まっていた。

 

「トーナメントは中止になったのに、みんな随分と注目してたんだなあ……。それとも、これが専用機持ちの出る試合の普通なのか?」

 

 そんな大勢の生徒が集まる観客席の中で特等席とも呼べる場所に陣取った一夏は、物珍しそうに周囲を見回しながら実に素直な感想を述べていた。ちなみに、こうして呑気な感想を漏らした彼の周囲は特に人口密度が高くなっているのだが、それを不審に思っている様子は微塵も無い。

 勿論、この場所の人口密度だけが異常に高い原因は学園で唯一の男子生徒である彼が居るからなのだが、当の本人に全く自覚の無い事が一部の者達にとっては頭痛の種となっていた。

 

「あんたねぇ……、少しは自覚を持ちなさいよ。あたしが迷惑でしょうが」

「まったくもって鈴さんの言う通りですわ。わたくしも一夏さんの自覚のなさには少々、呆れていたところですもの」

 

 それを受けて一夏の左隣に並んで座る2人の少女、鈴とセシリアが口々に彼に対する不満の声を漏らした。すると、彼を挟んで反対側に並んで座っていた箒とシャルロットも直ぐに彼女達の意見に同意する。

 

「なら、ここは自覚を促す為にも幼馴染みである私がお前の根性を付っきりで鍛え直した方が良さそうだな。うん、それがいい」

「いつも思うけど、やっぱり一夏って根っからの天然さんだよね。だけど、それも時と場合によっては罪になるって事、忘れないで欲しいな」

「な、なあ……、みんなは一体、何の話をしてるんだ? さっきから全然、話の筋が見えてこないんだが……」

 

 いま彼女達が自身で口にした通り、そういった物事に鈍感な一夏に遠回しなメッセージが正しく伝わる筈も無く、彼は首を傾げて聞き返すだけだった。そして、そんな態度を彼が取ったものだから、今度は4人から同時に鋭い視線で睨まれてしまう。

 だが、その行為が示す意味さえも彼には伝わらず、可能な限り体を小さくして非難の矛先が自分から逸れるのを願うばかりの有様となっていた。しかし、いつまで経っても状況が好転しない為、それに耐えられなくなった彼は自分から口を開いて話題を変えようとする。

 

「そ、そういえば、こうやってクリスが誰かと戦うのって初めてだよな?」

「一夏!」

「一夏さん!」

「バカ一夏!」

「もう、一夏!」

 

 だが、この状況下での発言としては完全に逆効果だった。結果的には、自分達以外の女子の名前が飛び出した事で箒・セシリア・鈴・シャルロットが見事なハモリで一斉に一夏の名前を力強く叫び、さっきよりも鋭い視線で彼を睨みつける。なので、彼は消え入りそうな声で呟くのが精一杯となってしまう。

 

「お、俺が一体、何をしたって言うんだよ……」

 

 そして、そんな彼の姿を見た4人が最後に盛大に溜息を吐き、それぞれが何処か諦めにも似た仕草をする。だが、今までの付き合いで一夏の性格も充分に理解していた彼女達は早々に気持ちを切り替えると、一応は彼の切り出した話題に合わせて話を始めた。

 

「じゃあ、さっきの一夏の質問に戻るけど、とりあえず、僕の知ってる範囲ではクリスさんが模擬戦をしたって話は聞かないかな。みんなは?」

 

 ここに居る5人の中では最後に学園に入学したシャルロットが最初に尋ねるが、他の4人は大きく首を横に振って誰もクリスが戦うところを見た事がないと認める。

 

「確か、いつも何かと理由を付けては見守ってるだけだったよな?」

「ええ、そうですわね。ですが、今は入学当初と違い、ISを全く使えないという訳でもありませんわよ」

 

 その後、クリスとは早い時期から一緒に訓練などを行っていた一夏とセシリアが相次いで口を開いて知っている事を告げる。すると、彼らの言葉に続けるように鈴と箒が自分達の知っている情報を全員に話した。

 なお、セシリアと箒には“ある個人的な理由”からクリスがISを使おうとしない立場を擁護した過去があるのだが、それは当事者だけの秘密として伏せられたままである。

 

「あたしが聞いたところによると、たまに1人で訓練してるみたいね」

「それなら、私も見た事があるぞ。いつも以上に真剣な表情だったので、邪魔をしてはいけないと思って声は掛けなかったが、アリーナの閉館時間ギリギリまで射撃練習をしていたようだ」

「う~ん……、だとしたら、やっぱり専用機の『アーセナル』自体に戦えない何らかの理由があったのかなあ……」

 最初に話題を振ったものの、それ以降は聞き役に徹していたシャルロットには何か思い当たる事でもあったのか、どこか考え込むような仕草をして呟いた。

 しかも、それに関してはセシリアと鈴も同様だったらしく、2人して顔を見合わせて小さく頷いている。なので、そんな彼女達の様子に疑問を抱いた一夏が尋ねた。

 

「なあ、それって、どういう事なんだ?」

「僕は前にデータで見た事があるから『アーセナル』の存在は知ってたんだけど、その際に見たデータと実物が少し違ってたんだ。しかも、その事を尋ねた時にクリスさんが『学園での使用に合わせて調整してある』って言ってたから、それが原因で使い勝手が悪くなって戦えなかったのかもしれないと思って……。まあ、これは全部、僕の想像なんだけどね」

 

 そうやって一通りの説明を終えると、最後にシャルロットはおどけたように笑う。すると、この彼女の想像については鈴が直ぐに賛同を示した。

 

「案外、あんたの想像が当たってるかもしれないわよ。だって、あのISってコンセプトからして実戦向きじゃないもの」

「へ? 実戦向きじゃない?」

「そうですわね……、簡単に言ってしまえば、最初から実戦での使用を無視した基本設計になっているから実戦だと使い物にならない。そう考えてくだされば結構ですわ」

 

 一夏が鈴の発言の一部をオウム返しのように呟き、それを受けて今度はセシリアがより具体的な解説を得意げに始める。

 

「わたくしが前にも言いましたが、あの『アーセナル』は世界でも珍しい純粋な実験機であり、量産化や実戦配備を最終目標とした試作機とも異なりますの。それどころか、“武装開発の為のデータ収集”に特化した運用を前提に開発されたISですわ。ですから、実戦では必要であっても実験機として必要のないものは全て取り外されている――、と言うより、設計段階から搭載を考慮されていませんの。ですが、そんな状態のISでは模擬戦すらまともに出来ないのは明白で、それを解消する為の調整という事になりますわね」

「えーと、つまり……、結論としては、その“実戦に向けた調整とやらに問題があったから今までは戦えなかった”って事でいいのか?」

「うん、そうだね。大体、それで合ってると思うよ」

 

 そろそろ彼女の話に付いて行けなくなってきたのか、一夏は一言一言を噛み締めるようにして何とか自分なりに解釈した末の結論を述べる。すると、そんな彼の必死な形相を見たシャルロットは、微かに苦笑いのようなものを浮かべて彼の意見に同意した。

 その時、試合開始が目前に迫ってきた事を伝えるスピーカーからの教師の声が観客席の方にも流され、それに釣られるようにして観客席を覆う空気も徐々に変化していく。

 

「試合開始まで後1分です。出場する生徒は所定の位置に就いて下さい」

「おっ、いよいよ始まるみたいだな」

 

 スピーカーから聞こえてくる声に反応して一夏が期待を滲ませた声を上げると、早速、学園の訓練機を使用する3組のペアが操縦する『打鉄』と『リヴァイヴ』がピットを飛び出して彼らの前に姿を現した。

 当然、彼女達は慣れた機動でステージ・エリアの中央へ進出すると地上へと降り立ち、2人揃ってもう1つのゲートが開放されたピットの方向を見上げ、彼女達と同じように直ぐに出てくる筈の対戦相手の登場を静かに待っていた。ところが、その対戦相手であるクリス達のペアが一向に姿を現さないのだ。

 

「あれ? どうしたんだ?」

「ちょっと、どうして出て来ないのよ!」

「もしかして、何かトラブルでもあったのかなあ」

「クリスさんに限って、それは無いと思いますが……」

「なら、さっさと出てくるべきだろう!」

 

 一夏・鈴・シャルロット・セシリア・箒が口々にクリス達が出て来ない事に疑問の声を漏らし、それに続くように観客席に座る他の生徒達の間にも微かな動揺が広がり始めた頃、ようやくクリスの専用機を含む2機のISが彼女達の前へと姿を現した。

 その瞬間、アリーナへと集まった多数の生徒達からは一斉に歓声が上がり、さっきまでの雰囲気から打って変わってお祭り騒ぎのような状態になる。

 

「まったく、何かあったのではないかと心配したではないか……」

「なんだ、箒。やっぱり、お前もクリスの事が心配だったんだな」

「なっ……、そ、それは違うぞ、一夏! わ、私は、ただ――」

 

 そんな中、待ち望んだクリスの姿が見えた事で油断した箒が思わず零してしまった呟きを見事に一夏に聞かれ、彼女は真っ赤になって慌てて言い訳を始めた。だが、そんなやり取りを交わしている2人に気付いた鈴が彼らを指さし、自分も会話に加わろうと考えたのか叫ぶように声を上げる。

 

「ちょっと、そこ! なに2人で勝手に盛り上がってんのよ!」

「試合開始まで10・9・8――」

 

 だが、鈴の声に彼らが反応するよりも先にスピーカーから試合開始のカウントダウンを告げる放送が聞こえ始め、それに呼応する形でアリーナに居る全員が視線をステージ・エリア中央で対峙する4機のISへと集中させる。

 そして、誰もが固唾を呑んで臨戦態勢へと突入した4機の姿を見守る中、カウントダウンは一定のペースで止まる事なく着実に進んでいき、ついにその瞬間が訪れた。

 

「――3・2・1、開始!」

 

 カウントダウンの終了と同時に4機のISが弾かれたように一斉に動き出し、学園への入学以来、1度も誰かと対戦を行う事の無かったクリスティーナと彼女の専用機『アーセナル』による初めての戦闘が大観衆の前で披露されようとしていた。

 




今まで出番の無かったオリジナル専用機『アーセナル』が本格参戦となりましたが、いかがだったでしょうか?
もっとも、今回は出撃前のエピソードなので相変わらず見せ場はありませんが……。ちなみに、『アーセナル』の電子装備の種類の名称はF‐35戦闘機のものを参考にしています。
そういう訳で、次回は今回のエピソードの続きになります。
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