IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第11話 Shiny ocean but darkside is①

 ついに迎えた臨海学校初日。この日は見事なまでの快晴で、長いトンネルを抜けて光り輝く真っ青な海がバスの窓から見えた直後にはクラスメイトの大歓声も上がる。

 

「おおっ、海! 見えたあっ!」

<相変わらず、この連中の思考回路は理解不能だぜ。なにせ、アイツらは海が見えただけで、あそこまでの大騒ぎが出来るんだからな>

 

 ところが、そんな車内の明るく楽しい雰囲気を全力で否定するかのような不機嫌さと低い声でクリストファーが呟く。まあ、やや引き篭もり気味な一面もある彼には理解できない現象かもしれないが、この景色を目にすれば、これから起きる出来事を想像して誰もが期待に胸を躍らせるというものだ。

 ただし、この感覚は理屈や言葉で簡単に説明できるような代物でもない気がしたので、私は適当な台詞を並べて誤魔化しておいた。

 

<こうして年相応に騒げる時間は意外と短いから、みんな今の内に思い切り楽しんでおきたいのよ>

<なんだ、そんな理由かよ……>

 

 それを聞いたクリストファーは、すっかり興味を失くしてしまったのか、気だるげに一言だけ呟くと早々に黙り込んでしまう。もっとも、やたらと騒々しい彼が静かにしていてくれるのは私にとっても喜ばしい事なので、この機会を利用して一夏君たち監視対象者の様子を改めて窺っておく。

 すると、一夏君は忙しそうに周囲に座るシャルロットさん・セシリアさん・ラウラさんに次から次へと声を掛けていた。

 なお、その際の彼女達の言動から一夏君がシャルロットさんにプレゼントを渡していた事実が判明し、それについてセシリアさんが不満の声を漏らしたので彼女にもプレゼントを渡す事が決まり、ラウラさんに挙動不審な態度になる瞬間が度々あるのを把握できた。

 そして、その流れで彼は通路に立ったまま後ろに視線を移すと、いつものように爽やかな笑顔を浮かべて私の左隣(通路側)の席に座る箒さんへと声を掛ける。

 

「そうだ。向こうに着いたら泳ごうぜ、箒。泳ぐの得意だったよな?」

「そ、そう、だな。ああ、昔はよく遠泳をしたものだな」

 

 しかし、そうやって一夏君の方から声を掛けられたにも関わらず、今日の彼女の反応は普段とは微妙に違っていた。勿論、はっきりとした確証があった訳では無いが、どこか落ち着きが無いようにも見える。

 その所為か、彼も妙な勘の鋭さを発揮して私と同じように彼女が持つ違和感を感じ取ったらしく、少し怪訝そうな表情を浮かべて何か喋ろうとしたものの、その行動は織斑先生から発せられた声によって中断を余儀なくされる。

 

「ほら、そろそろ目的地に着くぞ。全員、ちゃんと席に座れ」

 

 その途端、見事なまでに統一された動きで全員が無言になって素早く彼女の指示に従う。ここら辺の切り替えの速さは、これまでの無慈悲な実力行使を含む徹底した教育の賜物なのかもしれない。そして、そんな事を考えつつ車内の様子を眺めていると、ふと私の脳裏に“ある情報”が浮かんだ。

 

『確か、この臨海学校の期間中に――』

 

 だが、その思考は目的地に到着したバスが停車した際の感覚により、結論に達する前に私の意識から締め出されてしまう。ちなみに、なんとなく窓越しに私が外の景色に視線を移すと、そこには典型的な日本風建築様式の建物が鎮座していた。

 

<おおっ! これぞ、まさにジャパニーズわび・さび!>

<はいはい。あんたが下らない事しか考えてないのは分かったから、もう少し静かにしてなさい。早く行かないと、初日から織斑先生に目を付けられて何かと面倒な事になるんだからね>

 

 私には何が面白いのかさっぱり分からないが、その日本風の建物を見たクリストファーが突然おどけたように叫ぶ。しかし、既にクラスメイトの半分以上がバスを降りてしまっていたので、それに遅れないよう彼に忠告してから私も彼女達に続いた。

 その後、程なくしてクラスごとに4台のバスに分乗していた1年生全員が建物の前に整然と並び、すっかりお馴染みとなった状況説明が始まる。

 

「全員、こちらを向け。ここが今日から3日間お世話になる『花月荘』だ。多少は騒いでも構わんが、従業員の方々の仕事だけは増やしてくれるなよ」

「は~い! よろしくお願いしまーす!」

 

 こうして半ば恒例になりつつある織斑先生からの簡単な説明に続き、私達は全員が綺麗に声を揃えて元気な挨拶をする。すると、服装から眼前の宿泊施設の従業員と思われる人物で唯一、建物の外に出ていた女性が丁寧にお辞儀をして言葉を返した。

 

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」

 

 彼女が穏やかに告げた言葉から察するに、ここの宿泊施設をIS学園の生徒が訪れるのは今回が初めてでは無いらしい。

 まあ、世界でも稀にみる特殊な教育機関として広く認知されているIS学園なので、そこの生徒を受け入れられる機関や施設も自然と限られてくる事から特定の所を毎年利用していても一向に不思議では無いが、他にも様々な事情(例えば、政治的な圧力や安全保障上の制約など)があるのかもしれない。

 そして、そんな風に私が施設と学園の関係性について個人的な思考を巡らせていると、少し離れた場所で織斑先生と先程の従業員が一夏君を交えて何やら話し込んでいるのが目に入った。

 ただし、ここからでは微妙に距離がある所為で声などは聞こえないので私の推測になってしまうが、多分、彼が唯一の男子という事に関連した話でもしているのだろう。

 

「それじゃあ、皆さん。お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさって下さいな。場所が分からなければ、いつでも従業員に訊いて下さいまし」

「はーい!」

 

 程なくして彼女達の話も終わったらしく、旅館の従業員から『部屋へ行っても良い』という許可が出る。その途端、女生徒たちは明るく元気な声で返事をし、待ってましたとばかりに一斉に行動を開始した。

 勿論、そんな彼女達の動きに私も便乗して自分に割り当てられた部屋へと荷物を置きに行く為に歩き出す。だが、その時、やたらと間延びした特徴のある声が聞こえてきた。

 

『この声は……』

 

 当然、その声の主が誰であるかは知っていたので、他にも何かと特徴の多い彼女の姿を脳裏に思い浮かべながら足を止めて声のした方に視線を向けると、そこには私の思い浮かべた通りの女生徒が凄くゆったりとした動作で一夏君に近付きながら話をしていた。

 しかも、その話の内容が彼の泊まる部屋についてのものだった為、彼らの周囲にいた他の女生徒達も直ぐに会話や動きを止め、絶対に聞き漏らすまいと神経を研ぎ澄ましているのが傍目にも分かった。

 

<そう言えば、一夏の名前だけ事前にもらった部屋割りの一覧表に無かったよな。まさか、アイツだけ地下室みたいな場所に隔離でもするのか?>

<ハァ……。いくらなんでも、それは無いでしょう>

 

 そんな話を耳にした途端、私と聴覚を共有しているクリストファーが事前に配布された資料にあった不審点を思い出し、冗談めかして軽く笑いながら喋る。

 確かに、一夏君は世界で唯一の男性IS操縦者なので国家レベルの重要人物に値するが、そこまでの事はしないと思って私は溜息を吐きつつ彼の冗談に軽くツッコミを入れた。ところが、なんとも奇妙な回答が一夏君本人の口から飛び出した。

 

「いや、実は俺も知らないんだ。もしかすると、廊下にでも寝るんじゃねえの?」

<おいおい、マジで知らねえのかよ?>

 

 その為、流石のクリストファーも今度は驚きを隠し切れない様子で呟いた。しかも、それに続く織斑先生の一言が更に皆の疑惑を加速させる。

 

「織斑。お前の部屋はこっちだ。付いて来い」

 

 当然、一夏君は織斑先生の指示に従って大人しく彼女に付いて行く。すると、最初は呆気に取られて眺めているだけだった周囲の女生徒達の一部が覚悟でも決めたのか、慌てて彼らの後を追い駆け始めた。

 さらに、今回は珍しい事に普段は細かい事にまで厳しい織斑先生が何も言わないので、私も堂々と追跡メンバーの1人として参加する。

 

<とりあえず、あいつの泊まる部屋も俺達と同じ本館にあるみたいだな。だとすると、地下室に隔離って線は消えたか……>

<いくらなんでも完全に隔離するなんて事はあり得ないと思うけど、この段階で断定するのは少し早いんじゃない?>

<それもそうだな>

 

 こうして彼らに対する追跡が始まると早速、暇を持て余したのかクリストファーが目的地の予測を勝手に始めるが、確証の得られていない現状では無難な意見に止めておきたかったので『断定はしない方が良い』と言っておく。

 ただし、そうやって口では断言を避けつつも私の中では『最低でも教師による監視の目が届き易い場所になる』という程度の予測は立てていた。なので、彼が大人しく引き下がった事に併せ、それ以上は私も余計な意見を述べずに黙々と追跡を続けた。

 そして、一定のペースで移動を続けた一夏君たちが最終的に辿り着いた場所は、ある意味で“最も安全で管理のし易い場所”だったのだが、それを見た多くの女子達が一斉に力なく廊下へと崩れ落ち、そのままの姿勢で嘆きの言葉を口々に叫ぶ。

 

「そ、そんなぁ~……」

「ウソでしょう」

「ああっ、神は私達を見放したのか~!」

<それにしても、随分と大袈裟な反応をする連中だな。俺には到底、理解などできんが、そこまで落胆するような事なのか?>

 

 見事なまでに揃ってうな垂れる彼女達の様子を見たクリストファーが怪訝そうな声で感想を述べ、それに続く形で疑問を投げ掛けてくる。まあ、これについては私も彼と同意見なところが多少はあったが、彼女達の心境も手に取るように理解できたので今回は何も言わずに黙っていた。

 ちなみに、一夏君が入って行った部屋には『教員室』と書いた紙が貼ってある。多分、彼が織斑先生の弟だという立場を最大限に有効活用した結果だろう。

 

<流石に、こればっかりはどうする事も出来ないわね。とりあえず、あの2人の行動に関しては部屋の外に居る時だけ注意を払い、後は彼女達の自由にさせておきましょう。そういう訳だから、私達も部屋に荷物を置いたら直ぐに組織から与えられた任務に取り掛かるわよ>

<了解。立場上、指示が多くなるのは仕方の無い事だが、他の連中が好き勝手に遊んでるのに俺達ばっかり任務に忙殺されて神経を擦り減らすのも癪だからな。こうなったら、さっさと用件を片付けて俺達も自由に行動させてもらおうぜ>

 

 結果がどうであれ、当初の目的を果たした以上は此処に居ても時間の無駄なので私はクリストファーに今後の予定を告げると、そのまま踵を返して自分に割り当てられた部屋へと足早に向かう。

 これは余談になるが、そうして部屋へと向かっている途中で山田先生とも擦れ違ったのだが、その時の彼女は手にした書類に目を通すのに意識を集中していたのか、単独行動をしていた私と擦れ違った事にさえ全く気付いていないようだった。

 

   ◆

 

 その後、特に目立ったトラブルにも遭遇せずに目的の部屋へと辿り着いた私は、真っ先に荷物を床に置いて室内に誰も居ない事を素早く確認すると、そこからは誰かに見られても怪しまれないよう行動や態度に注意を払いつつ簡単な偵察活動を実施する。

 勿論、これは監視装置の類(盗聴器や監視カメラなど)が室内に極秘で設置されていないかどうかを調べる為のものだったのだが、幸いにも私が把握できる範囲内に監視装置は1つも隠されていなかった。

 

<とりあえず、ここは大丈夫だったみたいね>

<ああ、どうやら、そうみたいだな。だが、ここは俺達とは無関係な生徒も使うからバレると問題になるし、そういった意味では当然の結果なんじゃねえの? まあ、だからと言って油断は出来ないんだが……>

 

 こうして簡易的な調査とは言え、一通りの確認作業を終えた私は報告も兼ねてクリストファーと手短に話をするが、彼の方でも異常は発見できなかったようだ。ただ、何も異常が見当たらなかった事は私達にとっても好都合だったので、ここは状況を素直に受け入れて次の作業へと取り掛かる。

 まずは部屋の入口近くの床に置いていたままの荷物を壁際の邪魔にならない場所へと移動させ、その中から必要な物を取り出して現地での移動用に用意しておいた小さめの鞄に詰め込む。そして、最後に鞄の中を見て忘れ物が無い事を確認すると、更衣室のある別館とは違う目的地に向かって移動を開始した。

 ちなみに、私と同室になった人達の中にはシャルロットさんとラウラさんの2人も居るのだが、彼女達を含めた他の同室のメンバーは既に全員が海へ行ってしまったのか、室内には私を除いた人数分の荷物だけが壁際に整然と並べてあった。

 その為、私は誰とも会話せずに済む事を内心で少しだけ喜びつつ部屋を出て廊下を進んでいたのだが、歩いている途中で想像の域を超えた不可思議な存在を目撃してしまう。

 

<ねえ、あんたは今の人影を見た?>

<お前の言う人影ってのが奇妙な格好をして物凄い勢いで走って行った奴の事だったら、俺の方でも存在を確認できたから今のは見間違いじゃないぞ。ただし、それが『何か』と尋ねられても残念ながら答えは『分からない』だ>

<つまり、現時点では謎の人影の正体については不明な訳ね。でも、“おとぎ話の世界から抜け出してきたような格好をしている人物”っていう情報だけだと流石に判断のしようが無いし……>

 

 それは私が目的の場所に向かって宿泊施設の廊下を1人で歩いていた時で、やたらと奇妙な格好をした人物が眼前を駆け抜けるのを目撃する事になったのだが、あまりにも場違いだった為に最初は自分の目を疑う程だった。

 だが、私と同じものをクリストファーも同時に確認していたので単なる錯覚や勘違いとかでは無さそうだ。しかし、私の居る場所から対象までの距離が意外と遠かった上に出現も唐突すぎ、おまけに視界に入っていた時間すら極端に短かった事から細部までは把握しきれず、その正体を見極める段階には至らなかった。

 なので、この状態から謎の人影を追跡しようにも手掛りが“派手で奇妙な格好”というだけでは情報に乏しく、あまり現実的な選択肢とは思えなかった。

 ただし、あれだけ目立つ存在であれば直ぐに他の誰かに気付かれるだろうという意識も私の中では働き、今は組織から与えられた任務の遂行を最優先に考えて行動すべきだと即決する。

 

<流石に、これ以上は憶測で物事を考えていても埒があかないし、あれに関わったところで時間の無駄にしかならないと思うの。だから、ここは当初の予定通りに任務遂行に全力を尽くしましょう>

<ま、それが妥当な判断だよな……>

 

 この件についてはクリストファーも即座に私の決定に同意し、いま目撃した出来事については記憶に留めるものの、現状では頭の片隅へ追いやる事で終了とした。

 その後、私は皆が遊んでいるビーチとは全く違う方向へ最短ルートで向かい、目的の物が保管されている大型施設を中心に背の高いフェンスで囲われた制限区域、その入口に当たるゲートの所まで来た。

 そして、そこに併設されている警備員詰め所で出入りする人物の身元確認や記録を行っていたIS学園の教員に自分の名前を告げ、同時に必要事項を記入しておいた数枚の書類と身分証や電子マネーの機能も兼ねた学園発行のIDカードも提示する。

 

「1年1組、クリスティーナ・キャンベルです」

「ああ、来たわね。織斑先生から話は聞いているわ。それに、見たところ書類にも問題は無いし、これに名前を記入したらキーを渡すから中に入っても良いわよ」

「はい、ありがとうございます」

「それじゃあ、これがキーだけど紛失すると手続きが面倒だから気を付けてね」

「分かりました」

 

 どうやら、事前に織斑先生からも眼前の担当者に話を通してあったらしく、必要最低限の手続きと身元確認だけでカードキーを渡され、あっさりと目的の制限区域内に入る許可が下りた。

 もっとも、こちらの感覚としては正規の手続きを踏んで来ているのだから、逆に何か問題があって足止めや制限を受ける事の方が遥かに問題である。だが、これだけ立ち入りが容易に許可された背景には、ここを含めた周囲一帯が学園側によって厳しく管理されているエリア内だという油断があるのかもしれない。

 つまり、その管理範囲外からの不審者の侵入には最大限の警戒をしていても、学園の生徒という形で関係者になってしまえば意外と警戒されないという事だ。

 

<やっぱり、内部からの侵入に対しては警戒が緩むみたいね>

<これだけ外からの侵入を厳しく警戒してるんだから、必然的にそうなるだろう。だが、こうなると後は、これが誰かの仕組んだ罠じゃない事を祈るばかりだな>

 

 すると、そんな私の考えを悪い方向に解釈したらしく、いつものようにクリストファーが不安を煽るような台詞を口にする。しかし、そんな彼の懸念に対しては無言で応じる。

 なぜなら、そういった不測の事態が発生する可能性は私の方でも既に想定済みで、多少の出来事ぐらいでは慌てる事のないよう心構えや対策を充分にしていたからだ。

 だが、幸いな事に今回の私達の目的地であるハンガー(航空機用格納庫)のような外観をした大型施設へは何の問題もなく辿り着け、その施設内にもノーチェックで堂々と正面ゲートから入る事が出来た。

 そして、今は機密保持の観点からなのか、確実に高さが5m以上はありそうな薄いグレーの壁で各区画を区切った通路を慎重に進んでいる。

 なお、私の居る位置からでは直接は視認できないが、ここには私達が訪れるタイミングに合わせて各国や各企業が無人の高速輸送艦で直ぐ近くにある専用の桟橋まで運び、そこから先は学園の関係者によって施設内へと移送された装備品の詰まったコンテナが受取人ごとに纏めて保管してある筈だ。

 ただし、送られてくるコンテナの量に差がある所為なのか内部の区画割りは意外と不規則で、床の表示を見る限りは複数の区画を纏めて壁で囲っている所もあった。

 

<このカードキーによると、偽装の為に組織が他の専用機持ちと同様に野外テストで使用する装備品という形で送ったコンテナが搬入された区画は『F-6』と『F-7』だから、この中にあるのがそうね。それで、周囲に不審な点とかはある?>

<いや、お決まりのように施設外部からの侵入を警戒する監視カメラや赤外線センサーが幾つも外にあった事以外は、この施設内にもコンテナ周辺にも不審な点は欠片も見当たらないな。多分、ここに収められているのが各国や各企業にとって機密扱いの代物ばかりで、装備のインストール作業も含めて一切を記録に残したくないから、そういった連中に圧力を掛けられたんだろうぜ>

<まあ、表面上は国連並みに治外法権を掲げてるIS学園だけど、現実問題として外部からの介入を完全に阻止するのは不可能だものね。だけど、今回に限っては作業スペースも周囲からは見えない構造で各スペースに併設されてるし、そういった意味では外部の圧力に屈した学園側に感謝しても良いんじゃない?>

<ほぅ……、お前にしては珍しく饒舌だな。だが、その処置が俺達にとっても好都合なのは事実だし、こうなったら有効に利用させてもらうか>

 

 そこで私は手にしたカードキーをカードリーダーに通し、壁に設けられたゲートの人が出入りする際に使用する方の扉のロックを解除して開閉スイッチを押す。

 後は、それによって開いたスライド式の扉を抜けてコンテナの保管スペースに入った所で後ろを振り向いて人の気配を探り、誰も居ない事を確かめてから扉を閉めてロックをし、僅かに緊張を緩めた状態で施設内部の様子についてクリストファーにも尋ねてみたのだ。

 すると、学園側がセキュリティ向上の為に施設の外には多数の監視カメラや赤外線センサーなどを設置しているが、ここには監視装置の類が何1つ見当たらない事を彼に聞かされ、それで少し安心したのか自分でも驚くような台詞を言ってから本来の作業に取り掛かった。

 一応、私達は事前に組織から“今から必要になる物”が収めてあるコンテナの識別コードを聞かされていたので、迷わずに『F-6』と記された区画へと足を踏み入れると、そのまま奥へ進んで眼前にある頑丈そうな軍事貨物輸送用コンテナの暗証番号式電子ロックと生体認証式ロックを順番に解除して中に入る。

 そして、コンテナの中から縦30cm・横40cm・高さ15cm程度の大きさの黒いポリマー樹脂製のケースを1度に数個ずつ、最終的に計5個をコンテナの中から外の作業スペースへと運び出した。

 ちなみに、このケース1個の重さは生身でも楽に運べる程度の重量しかないので、今のところはISの部分展開などはしていない。

 

<今回、組織から使うよう指示されたのって『K13』『K20』『M7』と記されたデータROMが3枚だったわね?>

<ああ、その3枚だ>

 

 さらに、必要となるデータROMの識別ナンバーをクリストファーにも確認しながら大量のROMが収納されているラックの前へと向かい、目的のROM3枚とラップトップを外へと持ち出す。

 それから私はコンテナの扉を閉めてから再びロックを掛け、先程運び出した黒いケースが置いてある直ぐ脇の作業スペースまで移動して手に持っている物を全て作業台の上に載せた。

 そして、こうして全ての準備が整ったところで私はラップトップの電源を入れ、ディスプレイに表示される指示に従ってログインIDとパスワードを素早く入力して専用ページを開き、続く作業をクリストファーに託すべく彼に声を掛ける。

 

<じゃあ、後は頼んだわよ>

<了解>

 

 私は自分に課せられた役割を果たすと、クリストファーの返事を聞いたところで早々に意識の主導権を彼に明け渡し、暫くの間はバックアップに徹するのだった。

 

   ◆

 

 感覚を共有しているので常に状況は把握できていたが、一通りの下準備が終わった段階でクリスティーナから意識の主導権を受け渡された俺は、いつものように最初は身体を軽く動かしてみて各部の感覚に狂いが無い事を確かめる動作から始めた。

 そして、それが済むと彼女が起動させてくれたラップトップのディスプレイに視線を移し、まずはプログラムが正常に動いているのを確認してから『M7』と記されたデータROMをドライブに挿入して内容を読み込ませる。すると、そこには事前に聞いていた通りの名称の付いた5個のフォルダが収められていた。

 

<どうやら、こいつで間違いないようだな>

 

 とりあえず、ここまでの物事が滞りなく進展している現状に満足した俺は傍らに積んであった黒いケースの1つを手元へと手繰り寄せ、最初に指紋認証式ロックを解除してからケースの蓋を開けて中身に間違いが無いかを確かめる。

 すると、そこには事前に組織から説明を受けた際に見たのと全く同じ代物、具体的にはグレー系の目立たない色をした多数の手の平サイズの小さな機械が規則正しく収納してあった。

 さらに、ケース内側の右下の一画には数字とアルファベットを組み合わせた8桁の識別コードが記されたプレートと標準的な電子機器用の接続ポートも確認でき、このケースで合っている事も証明された。

 なので俺は、ケース内側の接続ポートにラップトップの背面から延びるデータ転送ケーブルのコネクターをしっかりと差し込んで両者を繋ぎ、プレートに記載された8桁の識別コードに対応したディスプレイ上のフォルダをダブルクリックする。

 次の瞬間、幾つかのプログラムが順繰りに自動で起動していき、最終的にはディスプレイ中央に作業の進捗状況を示すグラフと数値(%)が出現し、その値が一定のペースで増加していく画面で安定した。

 その為、こうなると後はシステムが自動的に全ての作業をやってくれるので、俺は進捗状況を静かに見つめているだけとなる。もっとも、こちらが監視されている可能性は低くても普段の癖で周辺警戒に意識を集中させていた結果、ふと俺が視線をディスプレイに戻した時には指示した作業は完了していた。

 

<あら、意外と速いのね>

<時間の節約になるんだし、いい事じゃねえか>

 

 俺達が思ってた以上に作業が早く終わった事もあり、それを見たクリスティーナが感心したような口調で短く呟いた。ただし、その事に関しては俺も素直に評価してやっても良いと思えたので直ぐに言葉を返し、それと同時に接続ポートからコネクターを引き抜くとケースの蓋を閉じて再びロックを掛ける。

 そして、残り4つの黒いケースについても同様の作業を機械的に繰り返し、フォルダに収められていたデータを事前の指示通りに対応するケース(厳密にはケースに入っていた小型の機械)へ転送していった。

 ちなみに、この作業を全て終わらせた時に、俺がケースと小型の機械との間で何らかの相互データ通信が可能になっている構造に心の底から感謝したのは言うまでも無い。

 なぜなら、もしデータリンクによる一括データ転送が不可能な構造をしていれば、多数の機械に個別にデータを転送する羽目になって気が遠くなる程の時間を要していたからだ。

 

<さてと、こいつはもう用済みだな>

 

 そうして全てのデータ転送作業を終えたところでラップトップから『M7』と記されたデータROMを取り出すと、それを俺は両手で持って力任せに半分に折り曲げようとした。

 すると、最初こそ抵抗を感じたものの直ぐに耐久力の限界を迎え、データROMは乾いた音と共に真っ二つに割れる。そして、それぞれを俺は更に半分に割り、最終的には4つの破片へと変える。

 こうして用済みとなったROMを機密保持の名目で物理的にも破壊すると、それらを無造作に作業台の邪魔にならない場所へと放り投げ、次は『K13』と記されたデータROMをラップトップにセットして先程と同じように中のデータを読み込ませていく。

 ただし、今回はプログラムが自動でデータを読み込んでいる間に専用機『アーセナル』の頭部だけを部分展開させておく。

 なので、それによってバイザー状のハイパーセンサーも同時に実体化するが、この施設内ではISの展開が許可されているので何の問題にもならないし、各区画の周囲を取り囲む高い壁が通路からの視線を遮ってくれるから誰かに見られる危険性も限りなく低い。

 

<そうなると後は、こっちの作業も速攻で終わってくれるとありがたいんだが、こればっかりは実際に作業を始めて進捗状況を確認してみない事には終了時刻の目安さえ立てられないからなぁ……>

 

 こうして独り言を呟きながらも俺は『アーセナル』の実体化したバイザー部分の右側面からデータ転送用ケーブルを指先で摘んで引っ張り出し、ラップトップ背面の専用ポートに差し込んでから起動に必要なプログラムを走らせる。

 ちなみに、ここから先の作業はISに搭載されている便利な機能(視線でカーソル移動・脳波で決定)とシステムリンクのお陰で、わざわざ自分の手を使ってラップトップを操作しなくても済む。

 なので、俺はディスプレイとハイパーセンサーに表示される情報を交互に見ながら必要な指示を目と意識だけで出す事ができ、今までよりも多少は効率的に作業を進めていくのだった。

 そして、一連の作業が滞り無く完了すると三度データROMを入れ替え(流石に、この作業だけは手動でしか出来ない)、先程と同じ要領で今度は『K20』と記されたROM内のデータを専用機『アーセナル』の内蔵HDD(ハードディスク・ドライブ)へと転送する。

 

<どう? しなければならない作業は全部、終わったの?>

<ああ。想像してたよりも時間が掛かって少し退屈な時もあったが、さっきのやつで全て完了だ>

 

 こうして組織から命じられた任務の遂行に不可欠な作業を終わらせ、部分展開させていたISも解除したところでクリスティーナが声を掛けてくる。

 もっとも、実際には視覚の共有で彼女自身も作業の一部始終を見ていて問題なく完了した事を確認している筈だから、わざわざ尋ねる必要などは微塵も無いのだが、ダブルチェックの実施が習慣になっているので彼女は必ずと言っていいほど最後に声を掛けてきた。

 だが、ダブルチェックの実施については議論の余地など無いぐらいに重要なものだと考えていたので、俺は片付けを続けながらも彼女の質問には真面目に答えていく。

 

<とりあえず、これで任務遂行に必要不可欠な作業については無事に完了した訳だが、それよりも此処から先の指示を実行する方が遥かに面倒なんだよな……>

<今更、それを言ったところで何も始まらないでしょう。だって、私達が組織の駒である以上は拒否権なんて絶対に与えられる筈がないんだから>

<まあ、その辺は俺だって自覚してるから否定はしないが、『現場の苦労も少しは考えて欲しい』って事が言いたいんだよ>

<確かに、私も現場の負担を考慮して欲しいとは常日頃から思ってるけど……>

<なんだよ。結局、お前も考えてる事は俺と一緒じゃねえか>

 

 そうやって互いに口では現状についての愚痴を零す場面なんかもあったが、それで任務を放棄したり適当にやったりする事は無く、俺は組織からの命令に従って全部で5個ある黒いケースの中から『5』と書かれたケースを目の前へと持ってくる。

 そして、再び指紋認証式ロックを解除してケースの蓋を開けると素早く周囲の様子を探って誰も居ないのを改めて確認し、ケース内側の目立たない場所に隠すように偽装してあったメインスイッチを入れた。

 すると、微かな振動と電子音を発してケースに収められていた多数の機械(正体は手の平サイズの小型無人偵察機)の全てが一斉に起動して空中へと飛び立ち、先程の作業で入力したデータに基づいて施設内各所へと散らばっていく。

 なお、施設内は5mを超える高い壁によって各区画が区切られているが、装備品の入ったコンテナを移動させる為の専用クレーンが天井付近に設置されている関係から一定以上の高度まで上昇すれば自由に飛行できるようになっていた。なので、こういったタイプの小型無人偵察機が威力を発揮するのだ。

 

<しかし、最初に話を聞かされた時は半信半疑だったんだが、こうして実際に飛ばしてみると案外、何事も無く任務を遂行できるような気がしてくるから不思議だよな>

<呆れた。ついさっきまで、あんなに懐疑的で文句ばっかり言ってたのに……。でも、こんなに早い時間から飛ばしてたら肝心な時にバッテリーが切れて機能しないんじゃない? それに、あれが絶対に発見されないという保障も無いのよね?>

 

 市街地用無人機に特有のカクカクした動きで俺の前から飛び去った小型無人偵察機が1機残らず視界から消えると、その瞬間を待っていたかのようにクリスティーナが幾つかの懸念を口にする。

 ちなみに、彼女も俺と同じように組織から任務についての事前説明を受けた(感覚を共有しているのだから当たり前である)筈なので、使用する無人機の機体性能ぐらいは理解していると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。その為、俺は若干の面倒くささを感じつつも改めて説明してやる。

 

<別に、ずっと空を飛んでる訳じゃないから大丈夫だろう。大体、あれの性能が本当にカタログ・データの通りであれば、目的の場所へ着くのと同時に事前登録された“目覚めるキッカケ”となる反応を感知するまで省エネモードで待機するから、ほとんどバッテリーの電力を消費しないんだよ。勿論、誰かに回収されてデータや構造を解析されても本来の出所へは辿り着けず、途中で追跡が終わってしまう代物だそうだ>

<それって、いかにも組織の上層部が好みそうな設計思想よね。つまり、ここで仕掛けるところを目撃されても立場が悪くなるのは私達だけで、幾つものダミー企業を隠れ蓑にしている向こうへの影響は最小限に抑えられるって寸法か……>

<それこそ、今更だろう。お前だって、そんな事は過去の任務で嫌って言うほど見てきたんだからな>

 

 彼女の中で、どういった心境の変化があって組織の方針について批判的な発言をしたのかは知らないが、そんな当たり前の事を言われる筋合いの無かった俺は、不機嫌さを隠そうともせずに少しだけ語気を鋭くして言い返した。

 ところが、俺の嫌味とも取れる反応などは意にも介していないらしく、彼女は沈黙をもって組織の方針を肯定し、まるで俺だけが悪者みたいな扱いをしやがった。

 その為、一気に頭に血が昇った俺は意思表示としてあからさまな舌打ちを行い、憂さ晴らしのように『K13』のデータROMも力任せに破壊して(物理的に4分割にした)先に壊した『M7』のデータROMと一緒に空になった『5』と記されたケースの中に放り込む。

 その後、もう必要の無くなった『5』と記されたケース・ラップトップ・破壊しなかった『K20』のデータROMの3つをコンテナ内の元あった場所へと戻し、最後にコンテナのロックを掛けてから一応はクリスティーナにも報告を入れておく。

 

<とりあえず、これで俺の役割については完了だ。という訳で、後は任せたぞ>

<ええ、任せてちょうだい>

 

 こうして俺は最後に事務的な確認を取ると軽く目を閉じ、そのまま流れ作業みたいに意識の主導権を彼女に渡すのだった。

 

   ◆

 

 慣れた仕草でクリストファーから意識の主導権を明け渡された私は早速、与えられた任務を遂行する為に次の行動へ移る事にした。まずは最初に身体の感覚にズレが無い事を素早く確かめ、それから小型無人偵察機が収められた4個の黒いケースを持ち込んだ鞄の中に巧妙に隠す。

 勿論、この施設からケースを持ち出す行為も任務には含まれていたので、ここへ来る際には必要なサイズよりも大きめの鞄を敢えて用意し、外から見ただけでは入る前よりも中身が増えている事が簡単に分からないようにしていた。

 ただし、極めて初歩的で単純な偽装ゆえに施設を出る時に鞄の中を丁寧に調べられたら直ぐに見付かってしまうが、そういった細かい検査をしないのは事前に確認済みなので大きな障害にはならないだろう。

 

<これで残る問題は、この小型無人偵察機を所定のポイントに仕掛ける時に、他の誰かに見られないようにしなければならない事だけになったんだけど……>

<まあ、それに関しては、なかなかに厄介な問題だってのは俺も認めるよ。だが、そいつを仕掛けるよう指示された4箇所の内、3箇所までは人気の無い場所だから大きな障害にはならないだろう?>

 

 ハンガーのような外観をした施設がある敷地の外へと出て目的地に向けて歩き始め、念の為に周囲に誰も居ない事を確認した上で私が抱えてる懸念について静かに呟くと、クリストファーが随分と軽い口調で他人事みたいに言ってきた。なので、私は彼に対する警告の意味でも語気を鋭くして答える。

 

<ええ、そうよ。多分、ほとんどの生徒がビーチか宿泊施設周辺で活動してるから、その3箇所については誰かに見られる危険性は極めて低いわね。でも、危険性が低いからって油断してると痛い目に遭うわよ。あんたも普段から言ってる事だけど、あらゆる不測の事態に備えて行動するのが最もリスクを下げられる方法なんでしょう?>

<お前に言われなくても、それぐらい分かってるよ。俺が常に考えてる事だからな>

 

 どことなく気の抜けた返事を彼はするが、ここで私達が議論を重ねても意味は無いので私は何も言わずに組織から小型無人偵察機を仕掛けるよう指定された範囲(事前に指定された6m四方程の範囲内なら何処にケースを置いて小型無人偵察機を起動させても良い)を頭に思い浮かべ、それを今の時間帯における大半の生徒達や教員の行動範囲とも照らし合わせてみる。

 やはり、最初の3箇所については宿泊施設やビーチから充分に離れた位置にあり、そちらへ向かう姿さえ見られなければ大丈夫だろう。だが、最後の1箇所だけは宿泊施設にも微妙に近いので、実行するタイミングを誤れば生徒だけでなく、学園の教員や宿泊施設の従業員にも見付かる危険性があった。

 

<だけど、それを今さら議論したところで時間の無駄だわ。だって、この程度の障害で計画を中止する権限なんて私達には与えられていないし、組織に連絡を取る事も禁止されてるもの。だから、ここは基本に則って確実なポイントから1つずつ順番に片付けていきましょう>

<ま、そうするしかないよな>

 

 いい加減、聞き飽きてきた感のある台詞を述べた私がクリストファーと共に覚悟を決めると、そこから先は周囲を警戒しながらも傍目には警戒しているようには感じさせないという矛盾した行為に神経を擦り減らし、とにかく最初の目的地へと脇目も振らずに向かった。

 そして、実際に要した時間よりも移動時間をやたらと長く感じつつも無事に指定された範囲内の一画(海沿いの岩場)に侵入すると、私は運良く近くにあった大きな岩陰へと素早く身を隠し、暫くの間は気配を殺して本当に追跡者や監視者がいない事を確かめる為にも辺りの様子を慎重に窺う。

 

<一応、尾行や監視はされていない筈だけど、どう?>

<大丈夫だ。今のところは付近に怪しい動きも気配も無い>

<分かったわ。じゃあ、状況が安定している内に作業を終わらせてしまいましょう>

 

 それでも万が一の可能性を考えてクリストファーにも確認を取ってみたが、この周辺には本当に私しか居ないらしい。なら、後は出来るだけ短時間で作業を終わらせてしまう事が最善の方法だ。

 なので、そういう判断を瞬時に下した私は手にした鞄の中から『2』と記されたケースを手早く取り出すと先程、彼がしたのと同じ要領でロックを解除してからケースの蓋を開け、その中に収められていた小型無人偵察機を起動させて一斉に空へと解き放つ。

 そして、一連の作業が終わった後は空になったケースを再び鞄の中へと隠し、ここへ辿り着いた時みたいに気配を殺した状態で改めて周囲の様子を窺う。

 

<念の為に訊くけど、今の行動によって誰かに気付かれた様子とかはある?>

<いや、相変わらず周囲の状況に変化は無い。どうやら、この付近には最初から誰も居なかったか、他の事に注意が向いていて気付かれなかったと見て間違いないな>

<だとしたら、それは好都合ね。今の内に次の場所へ移動しましょう>

<ああ、そうだな。今は安全でも、いつ人が来るか分からないから長居は無用だ>

 

 こうしてクリストファーからの報告を受けて現状を正しく把握した私は、僅かに警戒心を緩めると岩陰からの移動を開始した。そして、常に一定レベル以上の警戒をしつつ慎重に次の目的地を目指す。ちなみに、2箇所目は海に突き出すような形状をした展望台のある高さが30mはありそうな断崖の近くである。

 

<とりあえず、今回も周囲には誰も居ないみたいね>

<まあ、よく考えてみれば、そうなるのも当然なんじゃねえの? なにせ、折角の自由時間を潰してまで何も無い場所へ来るのは、それこそ余程の暇人か人間嫌いな奴ぐらいだからな>

<なら、私達はどちらに当て嵌まるのかしらね?>

 

 そのような彼の皮肉めいた口調に対し、私は答えを知った上で少しからかうように尋ねたのだが、珍しい事に何の反応も返ってこなかった。

 もっとも、その程度の出来事で私の行動に変化が起きる筈も無く、直ぐに思考を任務遂行に全力を尽くすべく切り替えて先程と同じように周囲の様子を慎重に窺いつつ指定された区域内へと侵入し、所定のポイントでケース内の小型無人偵察機を解き放つ。

 そして、作業が終わると素早く空のケースを片付けてから周囲を警戒しながら撤収し、何事も無かったかのような表情で次の場所へと向かう。その後、3箇所目の指定範囲内(多分、防風林か防砂林)の人目に付かない場所にも問題なく侵入する事ができ、そこでも理想的な形で小型無人偵察機の展開に成功する。

 

<さて、これで当初の予定通り、問題の無さそうな3箇所は終わった訳だが……>

<ええ、もしかしたら何らかの問題が発生するかもしれないと思って身構えてたんだけど、特にトラブルも無くて助かったわ。でも、その残る1つが問題なのよね>

 

 とりあえず、こうして最初に大きな問題は無いと判断していた3箇所については想定よりも作業が順調に進み、結果的には万全を期して望んだものの全てが杞憂に終わり、お陰で私は誰にも見付からずに任務を遂行する事が出来た。

 勿論、あくまでも主観に基づく状況判断なので絶対とは言い切れないが、私達が把握できる範囲に誰も居なかった事から気付かれた可能性は極めて低いだろう。

 そして、当初より問題となっていた最後の1箇所なのだが、案の定、そこは宿泊施設やビーチとの位置関係から任務遂行が困難な状況になっていた。しかも、想像していた以上に人の動きが活発で、それこそ誰にも見付からないような隠れ場所を探すだけでも一苦労だった。

 しかし、IS学園の外での活動は極めて貴重な為、この程度の障害で任務を中止する訳にもいかず、私は少し離れた場所の物陰に隠れて周辺の様子を窺いながら行動に移すタイミングを慎重に見計らう。

 

<ああ、くそっ! なんで、こういう時に限って無駄に人の出入りが多いんだよ! むかつくったら、ありゃしねえ!>

 

 ところが、なかなか目的地周辺の人の流れが途切れない事に速攻で苛立ちを募らせたクリストファーは、5分も経たない内に感情を剥き出しにして大声で騒ぎ出す。だが、この時の私は行動に移すタイミングを見極める事に集中したかったので、いちいち彼の言動に反応するような真似はしなかった。

 そして、いま居る場所に潜伏を始めてから10分以上が経過した頃、ようやく人の流れに一種の空白みたいなものが生じた。なので、これが最大のチャンスだと思い、私は直ちに行動を開始する。

 

<ほら、下らない事を言ってないで周辺警戒、頼んだわよ>

<そんなの、お前に指図されなくても分かってるさ>

 

 この時、私は行動に移すのと同時に彼に鋭い声で指示を出したのだが、それまでとは打って変わって真面目な雰囲気で直ぐに反応してくれた。

 そういった意味では、やたらと文句を言う事が多くて自分勝手な性格の所為で私の苦労も絶えないが、ここぞという場面では極めて高い集中力を発揮して確実に任務を遂行するので信頼は出来た。

 ちなみに、私が今まで隠れていた場所から目的のポイントまでは直線距離だと10mにも満たない位なのだが、たとえ短い距離であっても傍から見れば挙動不審な事には違いないので、他の誰にも見付からないよう神経質なまでに人の動きや視線を警戒していたのだ。

 

<やばい、誰か来るぞ! 急げ!>

 

 ところが、走り始めこそ順調だったものの、次の遮蔽物の陰まで残り僅かな距離となったところで突然、クリストファーが大声で誰かが接近している事を警告してきた。

 当然、ここまで来ると引き返して隠れ直すのもリスクが高すぎたので、私は一刻も早く次の遮蔽物の陰へと飛び込んで身を隠すしかないと瞬時に判断して限界まで加速して走り続ける。

 

<かなり際どいタイミングだったけど大丈夫よね?>

<とりあえず、向こうが俺達に気付いた様子は見られない。だが、明らかに歩くペースを落として何かを探すような仕草もしてるから、まだ油断は出来ないな>

 

 とにかく、こうなった以上は余計な事は考えずに大慌てで眼前の遮蔽物の陰へと頭から飛び込み、私は気配を殺して条件反射のように彼に状況を尋ねた。

 すると、一応は『気付かれていないから大丈夫』という返答が返ってきたものの、決して気を抜いても良いような状況ではなかったので、乱れた呼吸を少し整えてから自分でも様子を探ってみる。

 ちなみに、この時に近付いて来たのは見覚えのある生徒の1人で、ゆっくりと歩きながら首を左右に回すような仕草もしていたが、彼の言うように私が発見された訳でもないみたいだ。しかし、絶対に発見されていないとも言い切れないので、私は彼女が立ち去ってからも気配を消したまま静かに潜伏していた。

 そして、妙な緊張感に苛まれつつ何事も起こらないまま数分の時(私の感覚的には数十分にも思えた)が過ぎた頃、ようやく警戒心を少しだけ解いて次の行動を開始する。

 

<かなりの緊張を強いられた局面もあったけど、これで最後ね>

 

 そうやって独り言を呟くと、もう1度だけ私は神経を極限まで研ぎ澄まして警戒心を周囲に張り巡らせ、本当に近くに誰も居ない事を再確認した上で手際よく最後のケースに収められていた小型無人偵察機を空へと解き放つ。

 すると、多数の小型無人偵察機は微かな音と振動だけを発してから空中に舞い上がり、そこから先は事前のプログラムに従って潜伏範囲の各所へと独特な機動で散っていった。

 そして、それらが視界から消えるのを無言で見届けた私は空になったケースの蓋を閉じると傍らに置いてあった鞄の中に隠し、先程と同じ要領で物陰から周囲の様子を慎重に窺う。

 

<どうやら今は誰も居ないみたいだし、ここから出ても大丈夫よね?>

<ああ、幸いな事に付近に人の気配は無い>

 

 一応、私は行動を起こす前にクリストファーにも確認を取り、誰にも見られる可能性のない事を確信してから素早く物陰より姿を現し、そのまま何食わぬ顔で小道を歩いて宿泊施設へと向かった。

 だが、ほんの少し無人の小道を歩いただけで彼が皮肉たっぷりの口調でぼやき始める。まあ、それに関しては半ば予想できた反応で特に注目するような事でもなかったが、こうも頻繁に聞かされれば流石に鬱陶しく思えてくる。ただし、それを指摘するつもりは無い。

 

<それにしても、あんなに人の動きが活発でタイミングを計るだけでも散々苦労させられたってのに、今はこの有様かよ。なんだか神経を擦り減らして任務を完遂したのがバカらしく思えて泣けてくるぜ>

<いつもいつも私達に都合の良い状況になるとは限らないんだし、もう少し柔軟に物事を考えられるようになりなさいよ。それに、あんたが普段から拘ってる“任務遂行率100%”も無事に果たせたんだから別に問題ないでしょう>

<ハァ……、だとしても、すっげー損した気分だぜ……>

 

 ただ、今回は私の意見が正論だった所為かクリストファーは最後に盛大な溜息混じりで一言だけ呟くと、そのまま黙り込んでしまった。もっとも、彼が静かになったところで私は何も困らないどころか歓迎したいぐらいなので、このまま言葉を返さずに放置しておく。

 その後、私は一旦、自分の部屋へと戻ってから手にした荷物を置くと今度は学園の生徒としてビーチで遊ぶ際の準備を素早く済ませ、水着に着替える為に更衣室があるという別館へと直ぐに向かった。

 

「あれ? こんな時間にどうしたの?」

「ええ、ちょっと用事があってね」

 

 ところが、そうやって別館にある更衣室で着替えようとして中に入った途端、たまたま居合わせたクラスメイトから普通に話し掛けられてしまった。なので、私は咄嗟に当たり障りのない理由で中途半端な時間に訪れた事を誤魔化そうとしたのだが、ここでクリストファーが思いもよらない事実を告げてきた。

 

<気を付けろよ。コイツは、さっき俺達とニアミスした女だ>

<さっきは細かいところまで詮索する余裕なんて無かったけど、どこか見覚えがあると思ったら同じクラスだったのね>

 

 あの時、私自身も自分の目で確認をしていなければ、今の彼の台詞もタチの悪い冗談として本気にしなかったかもしれないが、こうして改めて彼女の姿を見た事で疑惑は確信へと変わる。しかも、それを裏付けるような発言まで彼女から飛び出した。

 

「そう言えば、さっきクリスちゃんらしき人影を見掛けたような気もするけど、あれって私の見間違いだったのかなぁ……?」

「え、そうなの? ちなみに、それを見た時間や場所とかは分かる?」

「うん、覚えてるよ。確か、あれは――」

 

 こうして私は表面上は何食わぬ顔で彼女の話を聞いていたのだが、皮肉にも話が進めば進む程、クリストファーの言葉を事実と認めざるを得なくなってしまった。やはり、最後のポイントで遭遇した人物は目の前の彼女で間違いない。

 そこで、こうなった以上は少々苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、幾つかの事実を含む最も無難で信憑性のありそうな嘘で辻褄を合わせに掛かる。

 

「実はギリギリになって本国の担当者から連絡があって、こっちに着いたら真っ先に今回の臨海学校でテストする装備が全て揃っているかどうかを確かめるように言われてたんだ。その後、折角だから付近を散歩して海とかを眺めてたの。だから、その時にでも見掛けたんじゃないかな?」

「へぇ~、そうだったんだ。でも、そういう話を聞くと代表候補生じゃなくても専用機持ちが大変なんだって実感させられるわね」

「まあね」

「あ、なんか呼び止めちゃってゴメンね。じゃあ、私は先に行くから」

 

 流石に、この短いやり取りだけで確証を得るのは少々厳しかったが、とりあえず彼女は私の吐いた嘘を信じてくれたみたいだ。そして、彼女は私が更衣室に着いた時点でほとんど水着に着替え終わっていた事もあり、明るい声で謝ると私の返事も聞かずに駆け足で更衣室を出て行ってしまう。

 

<ああっ、くそっ! 心臓に悪いったら、ありゃしねえ!>

 

 すると、早速、苛立ちを募らせたクリストファーが大声で悪態をつく。しかし、私は彼女に余計な疑念を抱かれる可能性を排除できたと考えていたので、その事を敢えて言葉にして彼に告げる。

 

<だけど、決して悪い事ばかりじゃないわよ。だって、私達が装備の保管してある施設に行ったのも歩き回っていたのも事実なんだから、あれで大抵の人間は納得するんじゃないかしら?>

<さあ、どうだかな……>

 

 ところが、そうやって説明をしても彼は妙に歯切れの悪い物言いをし、そのまま黙り込んでしまう。それどころか、以降は私が何を尋ねても一切口を開かず、ただ沈黙を続けるのみだった。

 その所為で一抹の不安を胸に抱きつつも、こんな所で何の証拠も無しに1人で考え込んでいても状況は変わらないと判断し、私は手早く着替えを終えると陽射しの照りつける浜辺へと足を踏み出した。

 




今回はスパイ活動らしい事をさせてみましたが、どうだったでしょうか?
まあ、その割りには他者との関わりが希薄で面白味に欠けるかもしれませんが……。とは言え、現実のスパイ活動も想像以上に地味な作業の連続なので、その辺のさじ加減が難しいんですよね。
なお、次回は原作にあったエピソードをオリ主視点で見ていく事になります。
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