IS<インフィニット・ストラトス>‐虚構と闇の交差する空‐   作:Ghost SAF

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第11話 Shiny ocean but darkside is②

 宿泊施設の更衣室から屋外へと足を踏み出した私は、陽射しを受けて眩しく光り輝く白い砂浜と青い海が絶妙なコントラストを描いている光景を目にした瞬間、とても綺麗な景色だと素直に思う事が出来た。はっきり言って、この状況がIS学園の行事や組織の任務とかで無ければ心の底から楽しめた事だろう。

 その為、ごく自然に私の脳内では眼前の光景に対する称賛の声が零れる。ちなみに、今回の臨海学校に合わせて私が用意した水着は、ネイビーブルーにアクセントとして赤いラインの入ったビキニである。勿論、紫外線対策としてサングラス・つばの広い帽子・ヨットパーカーといった小物も忘れない。

 

<それにしても、ここは思ってた以上に素晴らしい土地ね。また日本に来る機会があれば、任務とは関係なしに訪れても良いぐらいだわ>

 

 ところが、そんな素敵な気分を一瞬にして台無しにするような不機嫌で低い声が遠慮なしに私の頭の中へと響いてくる。

 

<そうやって感動に浸ってるところを邪魔して悪いが、俺は暑いのも眩しいのも大嫌いなんだよ。だから、いま直ぐエアコンの利いた涼しい部屋に篭ってゲームがしたい>

<ハァ……、あんたねぇ……。まさか、こんなにも素敵な景色を見れたのにも関わらず、その程度の感想しか出て来ないの?>

 

 こうなる事は何となく予想していたが、こんな風に人が最高の気分を味わっている時に無粋な台詞を平気で述べ、その雰囲気を台無しにしてしまうのはクリストファーだけである。

 なので、落胆した今の気持ちが彼にも伝わるようにわざとらしく大きな溜息を吐くと、私は思い切り呆れた声で文句の1つでも言ってやった。だが、その程度の事では嫌味にすらならなかったらしく、先程と変わらない調子で言葉を続ける。

 

<嘘偽りの無い本音なんだから、仕方ないだろう>

 

 はっきり言って、ほとんど生気の感じられない気だるげな声だったが、彼は完全に開き直った態度で自分の無気力さを堂々と肯定してきた。どうやら、彼の思考回路には屋外で体を動かすという選択肢が最初から存在しないらしい。

 もっとも、私が意識の主導権を握っている限りは彼に拒否権が無いのも事実なので、それを分からせる為にも今後の活動予定に関する事を敢えて事務的な口調で告げる。

 

<残念だけど、あんたの希望が叶う事は無さそうね。あれを見てみなさい>

<おいおい、こいつは一体、何の冗談だ……?>

<誰がどう見たって、これは現実よ>

 

 そう言って私が視線を向けた先では、魅力的な水着を着た織斑先生と山田先生が何故かペアを組んでビーチバレーに興じていた。しかも、彼女達の対戦相手は一夏君とシャルロットさんのペアである。さらに、彼女達の周囲に集まっている数多のギャラリーの中にはセシリアさん・鈴さん・ラウラさんの姿もあった。

 ただ、そのように目立つものが数多くあったお陰でクリストファーにも私の言いたい事は直ぐに伝わったらしく、先程よりも不機嫌さ50%増しくらいで忌々しげに呟いていた。そして、そんな彼に対して多少なりとも優越感を覚えた私は、微かに勝ち誇ったような口調で止めの一言を放つ。

 

<そういう訳だから、これはあんたが言うところの『任務』に該当するわよね?>

 

 当然、この言葉を発した瞬間から私達もビーチバレーを観戦する事が自動的に決定した。しかし、こうして何かと一緒に居る事の多いメンバー(私達からすれば監視対象者)が揃っているにも関わらず、あの箒さんの姿が何処にも見当たらない事だけは気懸かりだった。なので、念の為に彼にも確認を取ってみる。

 

<お馴染みのメンバーが揃ってるのに箒さんだけ見当たらないんだけど、あんたの方は彼女の居場所について心当たりみたいなものはある?>

<はあ? そんなもん、ある訳ねえだろう>

<まあ、そうよね>

<ちょっと待て。わざわざ人に訊いておいて、その言い草かよ>

 

 これまでの流れで相当な不満を募らせていたらしく、あからさまに攻撃的になって語気を荒くするクリストファーだったが、ここで不毛な言い争いに発展させてしまうのは得策では無いので私は早々に理由を述べて彼の協力を仰ぐ。

 

<私達にとっては彼女に対する監視の優先度が最も高いんだから、その居場所は常に把握しておくべきでしょう。特に、今回のように学園の外で活動している時はね。当然、あんたなら私が言った事の重要性も直ぐに理解できると思うけど?>

<そんなの、お前に言われるまでもねえよ。つまり、箒の奴が俺達の知らないところで誰かと会ってたり、重要な話をしてたりするのかが問題で、それが俺達の任務にも深く関わってるから『気を抜くな』って言いたいんだろう?>

 

 そうやって私が任務との関係性を指摘してやると、急に真面目な口調になったクリストファーが私の言いたかった事まで即座に当ててくる。なので、こちらも彼に話を合わせて反応を窺おうとした。ところが、そんな私の言葉を遮る形で発せられた彼の一言は、あまりにも予想外なものだった。

 

<その通りよ。いま現在、この場所に大きな注目が集まっているなら――>

<だが、俺の考えでは、そうはなっていないだろうな>

<何を根拠に、そんな事を?>

 

 当然、そんな風に断言した事を不審に思った私が理由を述べるよう促すと、彼は先程の小型無人偵察機について話し始めた。

 

<俺達が各所に展開させた小型無人偵察機、今は待機状態に入っていて何の活動もしていないが、あれには特定の条件を満たした時に起動するシステムが組み込まれている事は知ってるよな?>

<ええ、知ってるわよ>

<実は、その条件の1つに箒の存在がある。まあ、より正確に表現するなら彼女の声だがな。つまり、あれのセンサーの有効範囲内で彼女が誰かと話せば、それに反応した小型無人偵察機によって即座に録画と録音が始まり、その位置情報が『アーセナル』にも送られてくる仕掛けなんだ。しかし、今のところ、そのような反応は何処からも検出されていない>

<そう言えば、そんなユニークな機能もあったわね。でも、もしも彼女が偵察システムの監視範囲外で誰かと会っていたとしたらどうなるの? あるいは会話以外の方法、例えばディスプレイに映し出された情報を黙って見ているだけだったり、何らかの記録媒体を直に手渡す事だったりした場合は?>

<そうなったら、後は運を天に任せて前後の時間帯で有益な映像が撮れている事を心より祈るしかないな。ちなみに、最後の記録媒体を直に手渡すだけの方法に関しては完全にお手上げだ。はっきり言って、記録媒体そのものを隙を見て盗むしかないだろう。だが、幸いにも偵察システムの監視範囲外は見通しが良くて人の出入りも多い。だから、俺達が懸念するような事をするには不向きな場所がほとんどなんだ。そうなると、人目につくかもしれない場所で会話を交わさずにやり取りを行うのは逆効果だし、何処かに隠れて行うなら普通に話した方が効率的だからな>

<確かに、それなら反応が現れるまでは彼女が単独行動で誰とも連絡を取り合っていないと判断しても問題なさそうね。だけど、こんなタイミングで姿が見えないとなると、やっぱり不安だわ。もしかして、あんたの心配性が伝染したのかしら……>

 

 やや皮肉めいた口調と内容で私が最後に話を締め括ると、クリストファーは感情的にならずに現状の監視体制に不備がある事を認めた。

 

<あれは強引な小型化によって限定的な機能しかない上に、製造者の痕跡を残さないよう全ての部品が既存の大量生産品なんだから性能の低下はやむを得ないだろう。だが、感情が表に出やすい箒の事だ。普段と違う事態に遭遇すれば拍子抜けするぐらい、あっさりと言動にも変化が表れるだろうさ>

<まあ、あながち間違いとも言い切れないし、あんたの判断を信じる事にするわ>

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は条件反射で『ちょとした事でも感情的になって直ぐに騒ぎ出すアンタには、絶対に言われたくない台詞ね』とツッコミを入れそうになってしまったが、そこまで言ってしまえば無駄に彼の神経を逆撫でするだけだと気付き、この場は大人しく引き下がっておいた。

 

<なんか微妙に引っ掛かる言い方だな……>

 

 だが、それでも私の言葉使いやアクセントから何らかの悪意を感じ取ったのか、明らかに疑いの篭った口調で彼が呟く。しかし、絶妙なタイミングで一夏君が私の存在に気付いたらしく、クリストファーからの詮索は途中で中断される。

 

「おっ、クリスじゃないか。もしかして、このゲームに参加するのか?」

「え……? う、うん。そうだよ」

 

 どうやら、クリストファーとの会話に意識の大半を向けていた影響で周辺警戒が疎かになっている間に一夏君たちの試合は終わっていたようだ。

 しかも、こういう時に限って普段の私なら問題なく対応できた事まで失敗してしまい、その所為で演技をしていない本来の性格の状態で答えそうになったのを強引に抑えようとした結果、なし崩し的に内容すら分からないゲームに参加する羽目になってしまった。

 その上、いつから聞いていたのか周囲に集まっていた多数のギャラリーからも無責任に期待する声が次々に上がり、ますます引き下がれそうにない状況へと一気に追い込まれる。

 

「まさか、このタイミングで本命が登場するとは思ってなかったわ!」

「もしかして、これならいけるんじゃない!?」

「絶対に勝ってよね! なんたって、あなたは私達の最後の希望なんだから!」

 

 そんな中、肝心の当人を差し置いてまで彼女達が騒いでいる理由を一向に理解できない私が本心から戸惑っていると、それについては優等生ぶりを発揮したシャルロットさんが丁寧に説明してくれた。

 なお、彼女の水着は前に私が尾行した日にショッピングモールで購入した物(あの時はデザインまでは分からなかったが、いま目の前にあるのと色合いは同じ)らしく、鮮やかなイエローが目を惹くセパレートとワンピースの中間のようなデザインとなっていた。

 

「まあ、こうなるまでに色々とあったんだけど、最終的にはビーチバレーによる勝ち抜きトーナメントで決着を付ける事になったんだ。そうしたら、みんなの間で『誰が織斑先生と山田先生のペアに勝てるのか?』って話が出始めてね」

「ああ、それで“ゲーム”って事になってるんだ」

「うん、そうなんだよね。しかも、途中から先生達のペアに勝ったら賞品が出る事になったから、余計に盛り上がっちゃって……」

「ありがとう。お陰で事情が呑み込めたわ。この異様な熱狂ぶりも含めてね」

 

 そうやって私が学園生活の中で皆に見せている表向きの態度を装って納得したように呟くと、軽く苦笑を浮かべた表情の一夏君も話に加わってくる。

 

「で、さっき俺達も挑戦したんだけど、結果は見ての通りさ」

 

 その言葉に釣られるようにして私が彼の指差す方向に視線を向けると、そこには即席(お手製)のシンプルなスコアボードが設置してあり、簡素ながらも一夏君たちの敗北がしっかりと記されていた。

 ちなみに、両者の対戦スコアは“10-4”となっているので、おそらくは10ポイント先取で勝利のオリジナル・ルールにでもしてあるのだろう。

 

「まあ、これでも僕達のペアは善戦した方なんだけどね……」

「そうそう。だけど、やっぱ千冬姉はすげーよ。なんたって、プロでも通用しそうな強さだったからな」

 

 その後、シャルロットさんと一夏君の2人が口々に感想を漏らすが、その声音には悔しさのようなものは微塵も感じられなかった。なので、それ程までに織斑先生の実力が圧倒的で彼らを寄せ付けなかったのかもしれない。

 そして、そんな風に私が彼らの言葉から対戦相手の実力について様々な推測を巡らせていると、何の前触れも無しにクリストファーが低い声で呟いた。

 

<どうやら、また1つ織斑千冬のバケモノ伝説が増えたな>

<あんたねぇ……。本当に、そういう下らない発想しか出て来ないの?>

<おいおい、下らないって事はねえだろう。今の話を聞く限りじゃあ、あの女の超人伝説が増えたのは事実なんだしよ……>

 

 もっとも、いつものように彼の発した台詞に深い意味など無く、またしても不毛な言い争いに発展しそうな雰囲気に包まれたが、結論から述べると今回はシャルロットさんの一言で中断された。

 

「それでクリスさんもゲームに参加するのは分かったけど、ペアを組むパートナーは誰にするの? 僕たちは出られないから、後は……」

「なら、私が出よう」

 

 一夏君とシャルロットさんに続いてラウラさんが声を上げ、ほとんど気配を感じさせずに私達の傍へとやって来る。しかし、この時の私は彼女の発言よりも格好の方に衝撃を受けた。

 なぜなら、最初に遠くから一瞥した時には特に意識していなかったのだが、普段の彼女のセンスからは想像もつかないほど可憐なデザインの水着(レース付きの黒いビキニ)を着て髪形まで変えていた(左右で一対のアップテール)からだ。

 さらに付け加えるとすれば、彼女の存在に気付いた一夏君が視線を向けた際に頬を赤らめて照れていたのも普段のイメージと違い、とても印象的だった。

 

<もしかすると、こいつは本日最大の驚きかもしれねえな。それにしても一体、何がラウラの価値観を根底から覆したんだ?>

<多分、また誰かが彼女に微妙にズレた知識を与えたんじゃない? ほら、ちょっと前に学年別トーナメントが中止になった時にも似たような事があったし……>

<ああ、言われてみれば、そんな出来事も過去にはあったよな。だが、俺としてはアイツが突飛な行動を取った動機に関する部分で気に入らない現実まで一緒に思い出すから少々ムカつくんだが……>

<はいはい、ご愁傷様。とりあえず、あんたが何を言いたいかは分かったから、今のところは関係の無い事柄まで考えるのは止めておきなさい>

 

 案の定、クリストファーが現状とは無関係な内容を際限なく口にしそうだったので、長引いて面倒な事になる前に私は軽く聞き流して早々に話を終わらせた。すると、私の次の行動を予測していたみたいにシャルロットさんが声を掛けてきたので、彼女の言葉に甘えさせてもらう事にして素直に荷物を預ける。

 

「あ、荷物は僕が預かるね」

「ありがとう」

 

 そして、まだ何か言いたそうな雰囲気のクリストファーに対しては無視を決め込み、表向きはやる気があるように見せ掛けつつラウラさんと並んで歩きながらコートの中へと入っていく。すると、その際に彼女が私のパートナーとして名乗りを上げた理由を簡潔に説明してくれた。

 

「それにしても、ちょうど良いタイミングで来てくれたクリスには本当に感謝しているぞ。なにせ、教官への挑戦権は1人につき1回しか無かったからな」

「へ~、そうだったんだ」

「ああ。そうやって何らかの制限を設けないと、同じ人間が何度も挑戦できてしまうから流石にキリがないだろう?」

 

 そう言って彼女が珍しく不敵な笑みを浮かべる。聞くところによると先生達に勝つと賞品が貰えるようなので、こうやって挑戦者の数を制限していたのだろう。

 

<もしかして、ここに集まってる全員を2人だけで撃破したのか? もし、それが本当なら冗談抜きで両方ともバケモノだ。なにせ、このクソ暑い中で2人揃って息1つ乱してねえんだからな>

 

 相変わらずの口の悪さだったが、クリストファーの発言が事実なら簡単な確認ぐらいは自分の目でしてみても良いと思った私は、あまり深くは考えずに軽い気持ちで織斑先生たちの様子をコートを仕切るネット越しに観察してみた。

 すると、確かに私の視線の先では彼が指摘した通り、とても連戦だったとは思えないほど平然とした表情で私達の準備が終わるのを待つ彼女達の姿があった。しかし、この段階になって私は初めて肝心な部分を聞いていなかった事に気付き、それについて隣に居るラウラさんに尋ねてみる。

 

「それはそうと、さっきは一気に話が進んだから聞きそびれちゃったんだけど、これに勝ったら貰えるっていう賞品は何なの?」

「賞品? ああ、それなら今日の夕食時に教官が追加という形で全員にデザートを奢ってくれるそうだ」

「えっ、『賞品を全員に』って、また随分と大胆な宣言ね……」

「まあ、最初は個人への報奨だったんだが、あまりにも教官達が強すぎるんで上乗せされたからな」

 

 いくら誰も自分達に勝てないからと言って、このように全員に奢るとまで宣言するのは少々やり過ぎのような気もする。だが、そんな台詞を聞かされた私の脳裏では同時に嫌な予感も浮かんでいた。そして、それは直ぐに現実のものとなる。

 

<あ~あ、結局、そんな下らない事でバカみたいに盛り上がってたのかよ。だったら、どんなに頑張ってもその程度の賞品しか貰えないんだし、こうなったら拒否権を発動するしかねえよなぁ>

 

 案の定、織斑先生から提示された賞品への魅力を一切感じてないクリストファーが不機嫌さ全開で愚痴り始めた。ちなみに、こうなると彼は邪魔な存在でしかなくなるが、いつまでも頭の中で騒がれるのも耳障りで鬱陶しいので私の方が少しだけ譲歩する。

 

<とりあえず、今だけは私に全面的に協力しなさい。そうすれば、学園に戻ってからの1週間は、あんたの好きなものを食べても良いわよ>

<なんか、お前の口車に上手く乗せられたような気もするが、まあ良いだろう。そこまで言うんだったら協力してやるよ>

<なら、契約成立ね>

 

 私が頭の中で彼の無駄に偉そうな態度に軽くムカつきながらも協力させる為に交渉していると、今度はラウラさんの方から尋ねてきた。

 

「ところで、クリスはビーチバレーの経験はあるのか?」

「一応、ここまで本格的なものじゃなくて単なる遊びでなら何度もあるけど……」

「そうか。なら、お前の指示に従おう。私は今日が初めてだからな」

「え……?」

 

 あまりに淡々とした口調で言われた所為で一瞬、そのまま聞き流してしまいそうになったが、こんなタイミングで衝撃の告白をされた私は思わず彼女の顔を見つめたまま固まってしまった。それどころか、今の話が私の聞き間違いや勘違いなどで無ければ、どう考えても彼女は超初心者という事になる。

 

「ふっ、そう心配するな。どうすればいいかは、さっきまで見ていたから把握している」

「そ、そう……。じゃあ、よろしくね……?」

 

 結局、あまりに堂々とした態度で話す(しかも、不敵に笑いつつ)ものだから勢いに流されて了承してしまったが、当然のように私の心の中では彼女に対する不安が一気に増大する。

 確かに、彼女の身体能力が見た目に反して極めて高い事は出自や経歴などで既に証明されているが、あの織斑先生と山田先生のペアを相手に試合をするとなれば話は別だ。なにせ、ただでさえ即席のペアで不利な状況にある事に加え、そのパートナーが未経験者とあっては勝てる見込みは限りなく低い。

 

<ハァ……。どうしてラウラが最後まで残っていたのか、その理由が今になって分かった気がするよ>

 

 すると、そんな私の不安を煽るようにクリストファーが溜息混じりの小声で呟く。なお、この重大な情報を事前に知っていた人物が何人いるのかは分からないが、そういった意味ではラウラさんとペアを組まなかった彼女達の判断は正しかったのかもしれない。

 だが、その辺の事情について私が意見を述べる前に得点係兼審判役の女子生徒から試合開始を告げられてしまい、それ以上の詮索は出来なかった。

 

「では、始めて下さい」

「さて、わざわざ決めるのも時間の無駄だな。よし、サーブ権はくれてやるから遠慮せず打ってこい」

 

 審判役の女子生徒からの開始宣言を耳にした私が偶然にも足元に転がっていたボールを拾い上げた途端、それまで黙っていた織斑先生が挑発するような笑みを浮かべて言ってきた。すると、いかにも裏がありそうな彼女の態度に反応したクリストファーが直ぐに低い声で警告を発してくる。

 

<おい、油断するなよ。あの表情、絶対に何か企んでるぜ>

<あんたに言われなくても分かってるわよ>

 

 彼が今回のように忠告をしてくるのは一向に構わないのだが、この程度の推測であれば私でも容易に出来るので直ぐに言い返した。そして、何の躊躇いも無く彼女に言われた通りに全力でサーブを打ち込む。

 

「はあっ!」

「いくぞ、山田先生」

「は、はいっ!」

 

 ところが、織斑先生の動きは私の想像以上に速かった。なぜなら、すかさず山田先生に声を掛けたかと思うと、彼女達は見事な連携プレーで私が全力で打った筈のボールを拾って逆に打ち返してきたからだ。

 

「私が拾うからラウラちゃんは上にあげて!」

「よし、任せろ!」

 

 なので、こちらも直ちに打ち返す態勢を整える。その結果、まずは私が飛んできたボールを両腕で受け止めたのだが、今度は織斑先生の放ったスパイクの威力に驚かされる。

 

『やっぱり、狙いが的確なだけじゃなく想像以上に重い……』

 

 しかし、全く返せない程の威力では無かったのでラウラさんの方へ飛ぶように上手く調節してボールを打ち、そのままの流れで今度は私がスパイクを打つ体勢に入った。

 

「いけ、クリス!」

 

 そんな私の隣ではラウラさんが初心者とは思えない素早い動きを披露し、絶妙な角度と高さでボールをトスして空中高く上げてくれる。

 それを見た瞬間、これなら未経験者とのペアでもなんとかなるかもしれないと考え、私も出来るだけ高くジャンプして自身の長身を生かした角度と威力のあるスパイクを放ったのだが、いきなり目の前に出現した織斑先生の完璧なブロックによって阻止されてしまう。

 

「まさか、読まれてたの!?」

 

 私が反射的に驚きの声を上げる中、彼女のブロックによって弾き返されたボールは無情にも私達のコートへと落下し、審判役の女子生徒の宣言と共に教師ペアに先制点が入る。

 ちなみに、今回のルールでは時間短縮も兼ねてラリー・ポイント制を採用していたので、サーブ権に関わらず相手コート内にボールを落としさえすれば得点となった。

 

「ポイント、織斑先生・山田先生ペア!」

「なかなか良い動きだが、まだまだ修行が足りんな」

 

 そして、あまりにも鮮やかなカウンター攻撃を決められた私が呆気に取られていると、当の織斑先生は余裕を残した表情で語りかけてきた。しかし、ここで相手の雰囲気に呑まれたら完全に終わりだと瞬時に理解し、こちらも動揺した様子は見せずに笑顔を浮かべて余裕のある態度で言葉を返す。

 

「だけど、試合は最後までやってみないと分かりませんよ?」

「フッ、そうだな……」

 

 この時、私の言った台詞の意味をどのように受け取ったのかまでは分からなかったが、こちらが純粋に試合を楽しむ者として呟いた事もあり、織斑先生も本当に楽しそうに笑っていた。その後、先程と同様に地面に転がっているボールを拾おうとしたのだが、今度はクリストファーが話し掛けてきた。

 

<なあ、さっきの契約なんだが、あれは勝敗に関係なく有効だよな?>

<そう言えば、その辺りの条件は決めてなかったわね。だけど、今回のは遊びみたいなものだし、勝敗に関係なく有効よ。でも、勝てたらボーナスも出してあげるわ>

<つまり、勝率は0%って事か……>

 

 そうした中、最後に囁くように発せられた彼の声には、改めて確認する必要も無いほど明らかな落胆の色が混ざっていた。もっとも、こちらに勝ち目が無い事に関しては私の方でも同意見だったので、あまり余計な事は言わずに用件だけを手短に伝える。

 

<だからって試合をサボるのは禁止よ>

<……、あー、はいはい>

 

 ところが、その事を冷静な声でクリストファーに伝えると僅かばかりの沈黙を挟み、どこか気の抜けたような返事が返ってくる。どうやら彼は、試合の勝敗に関係なく私と交わした契約が守られるのなら本当にサボるつもりだったらしい。

 なお、今回のビーチバレーの結果についてだが、最終的には“10-5”というスコアで私達の敗北が決まり、それによって挑戦者の全滅という形で幕を閉じた。

 

「2人共、お疲れさま。それと、これは僕からの差し入れだよ」

「ありがとう。ちょうど喉が渇いてたから助かったわ」

「すまんな」

 

 こうして試合を終えた私達にシャルロットさんが飲み物、私には預かってくれていた荷物も一緒に渡してくれる。なので、それらを受け取った私は改めてスコアボードに視線を向け、思った以上に白熱した試合内容を振り返ろうとした。

 

「やっぱり、試合に負けちゃったのは悔しい? でも、先生達のペアに挑戦した皆の中では1番善戦した方だから、そんなに気にしなくても大丈夫だと思うよ」

「え、そうなの?」

 

 実際には悔しさなどは微塵も感じていなかったのだが、ここで彼女から予想外の言葉を掛けられてしまい、その事について私が戸惑いを隠せないでいると、そんな風に捉えた理由については一夏君が代わりに答えてくれた。

 

「そう言えば、クリスは終盤になってから来たもんな。だけど、シャルの言ってる事は本当だぞ。なにせ、あの千冬姉から5ポイントも取れたのはお前らだけなんだから」

 

 そうやって素直に褒められた私が手にしたスポーツドリンクを飲みながら周囲に視線を向けると、健闘を讃える声や仕草が次々と耳や目に入ってくる。しかも、それは自身の置かれた立場(スパイ)を一瞬とはいえ忘れさせるほど心地良いものであり、同時に何処か照れ臭いものでもあった。

 

「ああ、それについては素直に誇ってもいいだろう。実際、私の動きに付いてこられただけでなく、途中までは教官とも互角に渡り合っていたんだからな」

 

 さらに、そう感じているのは私1人だけでは無かったらしく、隣に立つラウラさんも微かに照れ臭そうにしながら褒めてくれる。なお、この後も私達は思い思いの方法で自由時間を最後まで満喫し、臨海学校初日は特に大きなトラブルも無く夜を迎えた。

 

   ◆

 

 暫くは平穏な時間が流れ、現在の時刻は19:30を過ぎたところだ。ちなみに、私達は畳を敷いた大ホールのような場所に全員で集合し、揃って夕食を取っていた。だが、今回の臨海学校では合理性に欠ける幾つかの奇妙なルールが設けられており、それが現在進行形で私の頭を悩ませてもいた。

 

<ところで、この意味不明な制約は日本だと常識のテーブルマナーか何かなのか? はっきり言って、これを考えた奴の正気を疑いたくなるんだが……>

<多分、日本の文化や習慣を馴染みの無い生徒に紹介する過程で生じた手違いだと思うけど、それがルールとして存在する以上は私達は大人しく従うしかないでしょう。それに、こんな事で逆らったとしても何もメリットなんて無いわよ?>

<まあ、そうなんだけどな。だが、どうにも納得できないんだよなぁ……>

 

 やや呆れたような態度でクリストファーを嗜めたものの、そんな私にも彼の言いたい事は少しなら理解できた。なぜなら、この宿泊施設の利用規約には“食事中は浴衣着用”と“座敷席は正座”という奇妙なルールがあったからだ。

 勿論、今回の臨海学校に参加した全員が座敷席にいる訳では無く、正座が苦手だったり無縁だったりする生徒(主に海外からの留学生)の為に座敷席とは別にテーブル席が直ぐ隣の区画に用意してあった。

 当然、私としては任務遂行上の都合を考えると座敷席に居る方が良かったのかもしれないが、一夏君が向こうに陣取った関係で競争率まで上がってしまったので直前になってから方針を変更し、並んで座る一夏君・セシリアさん・シャルロットさんの3人を視線を少しずらすだけで監視できるテーブル席の方を選んだ。

 ただし、肝心な箒さんの座る位置の予測には失敗してしまい、目立たないように彼女の姿を捉える事だけは叶わなかった。

 

<それにしても、この日本食っていう料理は随分と味気がないものなんだな。これなら、まだコンバットレーション(戦闘糧食)の方がマシに思えてくるぜ。しかも、やたらと種類が多いくせに全体の量は少ないし、メインが肉料理じゃないって事も許せねえ。なのに、これが豪華な食事だって言うんだから、どう考えたって異常だろう?>

<それは、あんたの個人的な価値観に基づいた感想でしょう。そもそも、目の前に立派な海がある事を踏まえると、ここで出される料理のメインが魚介類になる方が普通だと思うけど? それに、IS学園は多国籍の生徒を受け入れている関係で信仰する宗教も多彩になってるから、全員を同じメニューにしようとすると肉料理だと難しいのよ>

<だったら、わざわざ同じにしなくても良いじゃねえか>

<まあ、そうなんだけどね。でも、それは文化の違いに起因する事だから>

<そう言えば、日本人は周囲と同じじゃないと落ち着かない民族だったな。だが、これだと食った気がしねえんだよなぁ……。もっとも、俺には日常的に生で魚を食う習慣そのものが理解できねえから、これが任務でなけりゃあ絶対に拒否して――>

 

 クリストファーと違って日本食に対しても違和感を抱いていない私には今のところ不満など無いが、こうして頭の中でひっきりなしに文句を並べ立てられては落ち着いて食事をする事さえままならない。

 確かに、今日の夕食は日本文化を色濃く反映したメニューばかりなので、高カロリー・高タンパク・濃い味を好む彼の味覚とかけ離れている事は私だって認めている。だが、それにしても文句が多すぎる。

 

<だからって、あんたが文句を言ったところで状況は何も変わらないでしょう。大体、昼間に私とした契約で学園に戻ったら1週間は好きなものを食べられるんだから少しは我慢しなさいよ>

<チッ……、相変わらず、口うるさい女だぜ>

 

 いい加減、どうにもならない事に対してまで文句を垂れ流す彼に嫌気がさしていた私が語気を強めて大人しくするよう告げると、これまでと同様に彼の不機嫌さを示す指標みたいになりつつある舌打ちをしてから捨て台詞を残し、ようやく黙り込んでくれた。

 なので、思わず『あんたの方が口うるさいわよ』と言い返しそうになったが、せっかく静かになった事もあり、この場は私の方が我慢して聞き流しておいた。一応、これまでの長い付き合いで彼の性格を理解してコントロールも出来ているつもりだったが、それに関しては私の認識が甘かったらしい。

 すると、ようやく静かになった彼と入れ替わるような格好で今度は別の場所が騒がしくなり、それが一気にホール全体へと広がっていく。

 当然、そんな現象を怪訝に思った私が反射的に騒ぎの中心だと判断した方へ意識を向けると、セシリアさんが一夏君に料理を食べさせてもらっている事が原因だと直ぐに判明した。勿論、そのような行為を衆人環視の中で実施すれば、次に起こる出来事など容易に想像がつく。

 

「織斑君、私も私も!」

「ほら、早く早く!」

「もう、抜け駆けは禁止なんだからね!」

 

 その光景を目撃した女子生徒達が次々に声を上げ、彼女達が瞬く間に彼の傍へと押し寄せて取り囲んだかと思うと、まるで餌をねだる雛鳥のように口を開けて食べさせてくれるよう催促していた。しかし、あまりに必死にアピールするものだから、微笑ましさを通り越して軽くホラーの域に達している。

 ちなみに、この一連の動きを見ていた私の脳裏では、シャルロットさんとラウラさんが転校してきた直後に学園の屋上で起きた騒動の顛末が鮮明に甦っていた。ところが、ある人物の登場によって今回の騒動は一瞬にして鎮静化させられてしまう。

 

「お前達は静かに食事をする事もできんのか」

 

 勿論、こんな風に一言で事態を収束させてしまえる程の影響力を持っているのは織斑先生だけである。そして、それを証明するかのように一夏君の周りに集まって騒いでいた女子生徒達は、その場で凍りついてしまったみたいに固まっていた。

 

「どうにも、お前達は体力が有り余っているようだな。よかろう。それでは、今から砂浜をランニングしてこい。そうだな……、やや少ないかもしれんが、距離は50kmもあれば充分だろう」

 

 さも当然といった表情で彼女は告げているが、それがフルマラソンよりも長い距離だという事は此処に居る全員が理解している。

 もっとも、彼女からすれば単に脅しとして具体的な数字を挙げたのだろうが、ここで下手に逆らえば本当にマラソンをやらされるという発想が全員に刷り込まれており、一夏君の周囲に幾重にも群がっていた女子生徒達はクモの子を散らすように慌てて退散していった。

 すると、そんな様子を見たクリストファーが静かに感想を漏らす。ただ、いつものように内容は大して価値の無いものだったが、相手をしないと無駄に喋って鬱陶しいところもあるので多少は話を合わせておく。

 

<前から気になってたんだが、俺には一夏の異常なまでの鈍感さが不可解で仕方がないんだよな……。どうして、あそこまで明確に好意を向けられているのにアイツは微塵も気付かないんだ?>

<それについては私も同意見よ。確かに、あの鈍感さは異常だもの。でも、ここまで鈍感だと逆に才能と言えるかもしれないわね>

<ハハハッ! だとしたら、まさに使えない才能の代名詞じゃねえか! 現に、アイツには未だに恋人の1人も居ないんだからな!>

 

 またしても彼が私の頭の中で盛大な高笑いを上げると、まるで勝ち誇ったようなテンションと口調で一夏君の事をバカにするみたいに叫ぶ。どうやら、こっちのバカの才能は『どれだけ人が忠告をしても、それを一切聞かない』で決定のようだ。

 事実、あれだけ何度も私が忠告を続けてきたにも関わらず、下らない理由で唐突に騒ぐ癖を一向に直す気配が無いときている。そして、そんな感じで私が心の奥底から湧き上がる怒りを抑えようと努力していると、彼が急に真面目な口調になって話し出した。

 

<おっと、ここへ来て状況に変化ありだ。なんか、一夏がセシリアと話し込んでるぞ。しかも、こうして見てるだけでもムカつくような良い雰囲気まで作ってやがる>

<ハァ……。任務に関する報告をするなら私情を交えずに、必要な事柄だけを具体的かつ簡潔に説明してくれない?>

 

 一瞬、このまま彼からの報告を無視しようかとも考えたが、それが得策で無いのも理解していたので怒りたくなる気持ちを抑えるように軽く溜息を吐き、私まで感情的にならないよう初めに意識してから詳細な説明を求めた。

 ちなみに、私の感覚では、そこまで注目に値するようなものは見受けられない。しかし、万が一にも重要な事柄を見逃してしまうと問題になるので私は彼の話に耳を傾けたのだが、この時ばかりは少しでも真面目に対応しようとした事を本気で後悔した。

 

<何か気に入らない事でもあったのか、最初はセシリアが頬を膨らませて拗ねてたみたいなんだが、一夏が顔を近付けて短く何かを告げるような仕草をした瞬間、急に笑顔になって一夏の手を握りやがった>

<もしかして、それだけなの……?>

<ああ、それだけだ。なにせ、また一夏の奴が愛想を振り撒いてポイントを稼いでるみたいだから、俺の『学園ハーレム化計画』からすれば重大事件だろう?>

<いい加減、鬱陶しいから黙れ。バカ>

 

 これには流石の私も心底頭にきたので感情の赴くままに冷たく言い放つと、以降はクリストファーの戯言に対しては完全に無視を決め込み、周囲に座るクラスメイト達と楽しく食事をする事に集中する。

 だが、性懲りもなく彼は『しかし、拗ねた時のセシリアの顔も可愛かったな』とか『リア充、爆発しろ』とか『一夏、俺と代われ』といった下らない事を好き勝手に呟き続けていた。その所為で私は折角の料理も心から味わう事が出来ず、本来なら楽しい時間を酷く憂鬱な想いで過ごす羽目になってしまった。

 

   ◆

 

 そうして今の時刻は21時を10分ほど過ぎた頃、早い話が夕食と就寝という開始時刻の定められた2つの強制イベントに挟まれた一種の自由時間へと入っていた。

 なので、ほとんどの生徒はクラスや部屋割りに関係なく仲の良い者同士で集まってガールズトークに花を咲かせたり、この宿泊施設の特徴でもある露天風呂を満喫したりと思い思いの方法でくつろいでいる。勿論、私も数人のクラスメイトと一緒に露天風呂へ行き、この国の文化というものの一端を満喫した。

 ちなみに、露天風呂から出た後は先程まで明日から始まるIS用新装備の稼動テストや、それに伴う各種のデータ収集(これらの作業は専用機持ち限定)に備えて部屋の隅で手順の確認などを一通り行っていた。

 そして、明日以降を見越した一連の作業にも一応の区切りがついたので、ちょっとした気分転換も兼ねて私が少し外の空気を吸おうと考えて廊下に出た所で思わぬ人物と遭遇する。

 

「あれ、こんな所でどうかしたの?」

「ちょうどいいところで会ったわ。シャルロットとラウラは中?」

 

 ちなみに、そこに居たのは鈴さんと箒さんだった。しかも、彼女達は私と同室のシャルロットさんとラウラさんに用があったらしく、いきなり鈴さんが2人の居場所を訊いてきた。なので、その2人が部屋の中に居る事を伝えると、なんの説明も無く直ぐに呼んで来るよう彼女に言われてしまう。

 

「ええ、いるけど――」

「じゃあ、今すぐ呼んで来て」

「分かったわ。直ぐに呼んで来るから、ちょっとだけ待ってて」

 

 指名されたメンバーがメンバーなだけに緊急事態が発生したのかもしれないと推測した私は、素早く部屋の中に引き返して楽しそうに話している2人の傍へと近付き、無関係な人達には聞こえないよう小声で手短に用件だけを伝える。

 

「2人とも鈴が呼んでるから一緒に来てくれる?」

 

 すると、当然のように彼女達は声を掛けた直後こそ揃って怪訝な眼差しを向けてきたが、私が真剣な表情で小さく頷きながら行動を促すと、ありがたい事に理由も訊かずに付いて来てくれた。そして、シャルロットさんとラウラさんを引き連れ、改めて廊下に出た所で鈴さんと箒さんの2人と合流する。

 

「これで全員、揃ったわね。じゃあ、今から千冬さんのところに行くわよ」

「教官のところ?」

「それって、もしかして私も含まれてるの?」

「ああ、お前達を呼んでくるよう言われたのだ」

 

 いきなり鈴さんの口から織斑先生の名前を出され、ほぼ同時にラウラさんと私が意外そうに尋ねるが、それについては箒さんが補足してくれた。もっとも、あまりに端的で言葉の少ない説明だったので、結局は彼女達に誘われるまま後を付いて行くしか真相を知る術は無かった。

 

<まさか、『私達が各所に仕掛けた小型無人偵察機が見付かって回収された』とかいう類の厄介な話じゃないでしょうね?>

<とりあえず、そうじゃない事を祈りたいが、現状では何とも言えんな……>

 

 一応、例外は居たものの専用機持ちばかりが織斑先生に呼ばれている現状を踏まえ、私とクリストファーは移動中の僅かな時間を利用して素早く呼ばれた理由についての意見を交わす。当然、その理由として真っ先に頭に思い浮かべたのは、組織からの命令で仕掛けた小型無人偵察機に関する事だった。

 

<だが、あれは発見された時のリスクも考慮して設計してある筈だ。だから、学園側に回収されて内部構造やデータを調べられても組織との関わりを示すような証拠は一切出て来ないんだが、俺達の知らないところで何かが追加されたり変更されたりしている可能性も否定できないからな>

 

 確かに、あの小型無人偵察機の性能が本当に組織が説明した通りであれば、いま私達が心配している事柄は全て杞憂に終わるだろう。しかし、最後にクリストファーの呟いた一言が暗い影を落としていた。

 

<じゃあ、今回の呼び出しは私達に警戒を促す為かしら……? ただの宿泊施設みたいな建築様式と生徒の扱いだから時々忘れそうになるけど、ここもIS学園の管理する施設で其処に自分達が設置したのとは違う監視装置があれば、関係者に警告を発するのは当然の反応だし……>

<とりあえず、お前の推測が正論なのは疑いようも無いが、より積極的な自衛策の行使という可能性だって充分にあり得るぞ。なにせ、あえて怪しい人物を泳がせて出方を窺ったり、偽の情報を流して混乱させたりするのは諜報戦における常套手段だからな>

<なる程ね。だから、あんたは現状では不明だと判断したんだ>

<ま、そういう事だな>

 

 結局、いつもと同じパターン(考え過ぎて手詰まりに陥る)であった。つまり、あらゆる可能性を想定している内に全てが疑わしく思え、その果てに疑心暗鬼の無限ループに嵌り込む状態だ。

 そして、こうなると最後は決まって双方とも『状況を見ながら柔軟に対応する』という対策が存在しないも同然の結論に達してしまい、結果として対応が後手に回って悔しい想いをする。

 ただ、そういった事態が頻繁に発生するのもスパイ活動なんだと頭では理解しているが、こんな状況が繰り返されたり続いたりするのは精神的にも厳しいので出来れば避けたかった。

 

<そう考えると、まだまだ気は抜けないわね>

<いっその事、ここでの逃走ルートも今夜中に確保しといた方が安心して動き回れるかもな……>

 

 私とクリストファーがほとんど同時に愚痴に近い台詞を小声で呟いた直後、今日の午前中にも確認と称して訪れた『教員室』と書かれた紙の貼ってある部屋の前へと到着した。

 だが、どういう訳か室内からは織斑先生とは異なる女性(と言うより、よく知っている女生徒)の声が微かに洩れ聞こえてきた為、いち早く声に反応した箒さん・鈴さん・シャルロットさん・ラウラさんの4人が入口の扉に駆け寄って張り付き、フィクションの世界で盗み聞きをする際の演出として多用される格好を現実で行って中の様子を探ろうとする。

 ちなみに、この時点で私は室内から聞こえてくる声の主が普段から私達と一緒に行動する事が多いにも関わらず、ここに居ない人物だと当たりを付けていた。

 

「えっと、どうして……」

 

 なので、こんな風に不確かな方法を使って中の様子を探ろうとする彼女達の行動が理解できなかったので理由をストレートに尋ねようとしたのだが、殺気すら感じられる程の迫力ある視線で4人から同時に睨まれてしまい、今回ばかりは流石の私でも何も言えなくなってしまう。

 どうやら、このまま彼女達が満足するまで黙って見ているしかないらしい。しかし、それが原因で怒りの沸点の低いクリストファーがキレて騒ぎ出す。

 

<ハァ!? こいつら、マジで頭がおかしいんじゃねえの!? こっちは厄介事が起きたかもしれないから一刻も早く状況を確認したいってのに、下らない事で邪魔してんじゃねえよ!>

<ああ、もう! ちょっとは落ち着きなさいよ。とりあえず、私も中の様子を探ってみて何とか出来そうだったら直ぐに動くから待ってなさい>

 

 やや不本意ではあったが、私は普段よりも強い口調で彼に少しの時間でいいから大人しくしているように命令し、他の4人と同様に扉へ張り付いて室内から聞こえてくる声に耳を澄ませる。すると、室内に居たのはセシリアさんで間違いなかったのだが、どうにも雰囲気がおかしい。

 

「はぁぁ……、一夏さんって上手ですのね……」

 

 なぜなら、妙に艶のある声で吐息混じりに呟いていたからだ。しかも、その所為で私以外の4人は僅かに頬を赤くしながらも真剣な表情で聞き入っている。

 確かに、そんな声が聞こえてくれば色々と妄想を働かせてしまうかもしれないが、この部屋が織斑先生の居る教員室も兼ねている事を考えると、そこで公序良俗に反する行為や法律的に問題のある行為が行われているとは思えない。

 そして、私との感覚共有によって状況を自身でも把握できた結果、多少なりとも落ち着いた様子のクリストファーが呆れたような口調で呟く。

 

<なあ、さっさと中に入って用事とやらを済まそうぜ。どう考えたって、この行動に意味があるとは思えないからな。どうせ、こいつらが想像してるような事なんて起きてないんだし、いきなりドアを開けたって問題は無いだろう?>

<それもそうね。あんたじゃないけど、こんな事をしてても時間の無駄だわ>

 

 こうして互いの意見が珍しく一致したところで私は扉から体を離すと、未だに聞き耳を立てている4人の事は完全に無視して普段よりも強めのノックをし、そのまま最低限の挨拶をしただけで何の躊躇いも無く扉を大きく開けた。

 

「失礼します」

「な、なにを――!」

「ちょっ、勝手な事しないでよね!」

 

 当然のように箒さんと鈴さんからは慌てたような様子で抗議の声も上がるが、ほとんど間を置かずに彼女達の動揺も収束していく。

 なぜなら、どう見ても一夏君がセシリアさん相手に普通にマッサージをしているとしか思えない光景が広がっていたからだ。勿論、彼らの傍らには織斑先生も居たので、彼女達の想像(妄想)は間違いだったと証明されたも同然だろう。

 

「ようやく揃ったか。一夏、マッサージは終わりだ。ほれ、全員好きな所に座れ」

 

 まるで何事もなかったかのように告げる彼女に促された為、何人かは微妙にバツの悪そうな表情をしていたものの私達は言われた通りに適当に空いている場所へと腰を下す。すると、最初に一夏君が大きく息を吐きながら静かに話し始めた。

 

「でも、流石に2人連続ですると汗をかくな」

「手を抜かないからだ。仕事じゃないんだから、少しは要領よくやればいい」

「いや、それだと折角時間を割いてくれてる相手に失礼だって」

 

 そんな風に楽しそうに会話をする姉弟を目にした事で、ようやく他の面々も先程の出来事に関しては何も不審な点が無いと確信できたようだ。ただし、それぞれに赤くなって俯いたり乾いた笑いを浮かべたりしているのを見ると、やはり色々と声に出せないような妄想でもしていたのだろう。

 

「なら、お前はもう1度、風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

「じゃあ、そうする」

 

 そんな中、もっともらしい理由で織斑先生が一夏君に改めて風呂へ行くよう勧めていたのだが、こんな風に私達が部屋を訪れたタイミングで切り出した事から考えると、私には彼を追い出す口実のような気がしてならなかった。

 なぜなら、自由行動を許されている筈の私達に招集を掛けてまで話す必要がある程の重要な案件を抱えているのなら、この場に彼も同席させた状態で話を進めるからだ。

 

「そういう訳だから、くつろいでってくれ。まあ、この状況だと少し難しいかもしれないけど……」

 

 ところが、織斑先生の発した言葉を額面通りに受け取った彼は、去り際に着替えとタオルを手に持った格好で私達に労いの言葉を掛けてくる。そして、それを伝えられただけで満足したのか彼は足取りも軽く部屋を出て行くが、この場に残された私達は互いに顔を見合わせたまま誰一人として話そうとはしなかった。

 なので、このままでは時間の無駄だと思った私が率先して口を開こうとしたのだが、それよりも先に織斑先生が声を上げて会話の主導権を握ってしまう。

 

「おいおい、今日は葬式か通夜か? いつものバカ騒ぎはどうした?」

「い、いえ、その……」

「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと……」

「は、初めてですし……」

 

 織斑先生に対する苦手意識が私達に初めからあったとは言え、当然のように全員が揃って自己主張を控えて大人しくなり、彼女に尋ねられても歯切れの悪い返答で会話が一向に進まない。しかも、このように出鼻を挫かれる格好となった為、私でさえ話し掛けるタイミングを完全に逸してしまった。

 

「まったく、しょうがない連中だな。仕方がない。私が飲み物を奢ってやろう」

 

 その所為か、いかにも『仕方がない』といった雰囲気で呟きつつ小さく溜息を吐いた彼女は、未だに戸惑いの表情を浮かべて対応に悩んでいる私達を尻目におもむろに立ち上がって移動すると、部屋に備え付けの小型冷蔵庫の扉を開けて中から人数分の飲み物を取り出して手渡してくる。

 

「ほれ、遠慮するな」

 

 結果として私はコーラの入った缶を手にする事となったが、ちゃんと各人の好みを把握していたのか、それぞれの好きな飲み物の入った缶が最初から手渡されていた。だが、不思議な事に形式上は奢ってもらったので損はしていない筈なのに、何かプレッシャーみたいなものを強烈に感じる。

 おそらく、その原因は当の織斑先生が無言で『早く飲め』とも取れる圧力を私達に掛けているからだろう。そして、そう感じているのは私だけでは無かったらしく、他の5人も同様に戸惑いと疑念の入り混じったような複雑な表情をしたまま行動を決めかねていた。

 もっとも、こんなにも緊張感のある状況で“飲まない”という選択肢を私達が採れる訳も無く、最終的には全員が同じ言葉を口にして一斉に手にした缶の中の飲み物を飲んだ。

 

「い、いただきます」

 

 ところが、そうやって私達が最初の一口を飲んだ直後、織斑先生はニヤリと不敵な笑みを浮かべて一言だけ呟いた。

 

「飲んだな?」

「ええ、その通りですが……」

 

 普段の私なら『あれだけプレッシャーを掛けられたら、私達なんかが逆らえる訳が無いでしょう』とツッコミを入れていたところだが、そんな台詞を彼女相手に言える筈もないので、この場は大人しく手渡されたコーラを飲んだ事だけは渋々ながらも肯定しておく。

 すると、私と同様にプレッシャーに負けて手にした飲み物を飲んでしまったセシリアさんが驚いたような顔で織斑先生を見ると、あまりにも大胆で無謀とも言える台詞を思い切り声に出していた。

 

「な、何か入っていましたの!?」

<おいおい、あいつは死にたいのか?>

 

 ここが学園であれば織斑先生に出席簿で叩かれても文句を言えないような事を口走った彼女に対し、今度はクリストファーが軽く笑いながら小声でツッコミを入れていた。

 

「失礼な事を言うな、バカめ。なに、ちょっとした口止め料の前払いだ」

 

 ところが、今夜は普段よりも機嫌が良いのか、この程度の事を言われただけで済んだ。そして、彼女は再び小型冷蔵庫の扉を開けると中から迷う事なく缶ビールを1本取り出し、椅子に座るよりも先に蓋を開けて中身を勢いよく飲み干していく。

 勿論、そんな展開になるとは微塵も思っていなかった私達は何も言えず、あまりにも予想外な光景を呆然とした表情で見つめているだけだった。

 

「ふむ。本来なら、ここで一夏に酒の肴を1品作らせるところなんだが……。まあ、流石に今日は、それは我慢するか」

 

 こうして想像していたのと大きく異なる光景に思考が追い付かない私達とは対照的に、まるでプライベート時のような台詞を彼女は上機嫌で呟いている。しかし、私達の呆気に取られる様子に気付いたのか、微かに笑いを含んだ表情で言葉を続ける。

 

「そんなに可笑しな顔をするな。私だって唯の人間だ。こういう時には、酒くらい飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲む機械だと思っているのか?」

「い、いえ、そういう訳では……」

「ないですけど……」

 

 もっとも、そんな事を急に言われたところで無難な対応が出来る筈も無く、私達は互いに困惑した表情を浮かべて途切れ途切れに呟くのが精一杯だった。だが、このように想定外の状況となった中でも私以外には声が聞こえないのを良い事にクリストファーだけはマイペースで喋り続けている。

 

<そうか? あれだけ人間離れした動きをするんだから作業オイルなんて安っぽい物じゃなく、ジェット燃料かニトロ燃料をドラム缶から直に飲んでても俺は驚かないね>

<あんたねえ……>

 

 ただし、こんな風に緊張感の欠片も無く無駄口を叩く彼の事もあり、私だけは別の意味でも呆れる羽目になっていた。すると、織斑先生は私を含む全員の手元を順繰りに眺めてゆき、またしてもニヤリと不敵な笑みを浮かべながら飲み物を奢った理由を告げる。

 

「そう堅い事を言うな。それに、口止め料ならもう払ったぞ?」

「あっ……!」

 

 そこまで言われ、ようやく彼女の取った行動の意味に気付いて驚きの声を漏らした私達だったが、こうなってしまっては既に手遅れなのは明らかである。そして、それに気を良くしたのか彼女は2本目の缶ビールを取り出して最初の時と同じように景気良く煽ると、ここに集まった面々ならではの質問を投げ掛けた。

 

「さて、前置きはこのくらいでいいだろう。そろそろ、肝心な話をするか……。キャンベル以外のお前ら、あいつの何処が良いんだ?」

<なあ、“あいつ”って一夏の事だよな?>

<この顔触れと今の呼び方なら、どう考えたって彼しかいないでしょう>

 

 このように織斑先生が『あいつ』と平気で呼び捨てにし、私以外の5人が揃って好意を抱く身近な人物と言えば1人しか居ない。

 なので、今回は対象外となった私やクリストファーにも彼女の質問の意味ぐらいは直ぐに理解できたし、これで一夏君を早々に部屋から追い出した理由にも納得がいった。ちなみに、この質問には箒さんが真っ先に答える。

 

「わ、私は別に……。ただ、以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」

「あたしは腐れ縁なだけだし、そこまでは……」

「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりして欲しいだけですわ」

 

 さらに、彼女の発言を受けて鈴さんとセシリアさんも続く。だが、この段階においても彼女達の口調には照れ隠しなのか少々トゲがあり、未だにストレートに本心を曝け出す事には抵抗があるような雰囲気だった。その為、どこか楽しそうな様子の織斑先生からツッコミを入れられる要因となってしまう。

 

「ふむ、そうか。では、そう一夏に伝えておこう」

「言わなくていいです!」

 

 勿論、照れ隠しで言った内容をそのまま伝えられては敵わないので、最初に話した3人は声を揃えて全力で否定した。だからなのか、素直になれない彼女達に続いて口を開いたシャルロットさんは小さな声で躊躇うようなところもあったが、はっきりと自身の気持ちを言葉にして伝える。

 

「僕――、あの、私は……、優しいところです……」

「ほう。しかし、あいつは誰にでも優しいぞ?」

 

 すると、そんな態度を取る彼女を試すみたいな口調で織斑先生が更に問い掛けた。しかし、この新たな問い掛けに対して彼女は、照れと苦笑の入り混じったような複雑な表情を浮かべながらも本心を口にし、傍目にも分かるほど赤くなった頬を自分の手で扇ぐ。

 

「そ、そうですね……。だから、そこがちょっと悔しいかな……」

 

 もっとも、それだけでも織斑先生にとっては満足のいく回答だったのか、今度はラウラさんの方に顔を向けて理由を尋ねる。

 

「で、お前は?」

「つ、強いところが、でしょうか……」

「いや、弱いだろ」

「つ、強いです。少なくとも、私よりは……」

 

 ところが、彼女の口から飛び出した台詞には私も僅かに驚かされた。なぜなら、織斑先生の発する言葉は絶対だと信じて極端な行動に走る事も多いラウラさんが珍しく異なる価値観を素直に認め、それを織斑先生に自分の口から告げたからだ。

 そして、このように一夏君に想いを寄せる彼女達の話を一通り聞き終えると、最後に彼女は私の方を振り向いて尋ねてきた。

 

「で、キャンベル。お前があいつと一緒にいる理由は何だ?」

「そうですね……。強いて言うなら、彼の行動は見ていて飽きないからでしょうか」

 

 一応、ここまでの話の流れから私に対して投げ掛けられる質問の内容も大まかに推測していたので、その推測が間違っていなかったのを知ると、学園に居る時と同じ態度を演じつつ事前に用意しておいた無難な回答を述べた。

 勿論、本来の目的である『スパイ活動の関係上、仕方なくです』とは絶対に言えないので、予想通りの答え易い質問がきたのは幸いである。しかし、それで簡単に納得するほど彼女は甘くなく、私にも追加で答え辛い質問を投げ掛けてきた。

 

「あれは『見ていて面白い』というよりは、ただのバカだぞ。だが、お前がそう感じるなら、もう少し深く関わってみろ。もしかすると、また違った一面が見れるかもしれんからな」

「そういう事でしたら、まあ……、今後に向けた課題として考えておきます」

 

 なので、私は急場しのぎの回答として敢えて曖昧な返事を返し、この場で明確な意思表示をする事だけは止めておいた。なぜなら、周囲の人間に必要以上に深く関わらないのがスパイ活動における基本だからだ。ところが、ここで何を思ったのか織斑先生が纏まりかけた話をややこしくする。

 

「なら、その際は気を付けろよ。あいつは未熟者だが、妙に女を刺激するのだ。だから、お前も油断していると惚れてしまうぞ」

「う~ん……、流石に、それは無いかと……」

「未来は誰にも分からないものさ。現に、そこに前例があるからな」

 

 そう言って彼女はセシリアさんとラウラさんの2人に視線を移す。確かに、彼女達の突然すぎる心変わりは多くの者達にとっても想定外だったので『絶対に無い』とは言い切れないのかもしれないが、組織の命令によって関わっているだけの私に限っては、それこそ絶対にあり得ない。

 

「まさか、こんなところに伏兵がいたとは……」

「今までは妙に控えめな態度を取っていたけど、これが狙いだったのね」

「クリスさんの事、信じていましたのに……」

 

 だが、真実を知らないラウラさん・鈴さん・セシリアさんの3人は織斑先生の言葉を鵜呑みにして明らかに警戒するような視線を向け、早くも色々と邪推までして独り言を呟いている。それに、残った2人(箒さんとシャルロットさん)も無言ではあるが、先程よりも私を見る目が険しくなっている。

 勿論、こちらの立場を考えれば彼女達が危惧するような事態には決してならないのだが、その事実だけは隠さなければならない以上、この状況を打破するのに最も効果的な言葉(真実を混ぜた嘘)など直ぐには浮かんでこない。すると、それだけでも手一杯なのに今度はクリストファーまでもが騒ぎ出す。

 

<ああ、くそっ! こんなタイミングで余計な事を言うから、ますますコイツらに警戒されちまったじゃねえか! 最近、ただでさえ俺の『学園ハーレム化計画』が遅れてるってのに、これ以上のトラブルは――!>

<あんたのハーレム計画なんてどうでもいいわよ! それよりも、こんな事を織斑先生が興味本位で訊いてきたとは考え難いから私としては、どうしても『彼女の真意は別のところにあるんじゃないか?』と考えてしまうんだけど、それについて建設的な意見があれば聞きたいわね>

<それだったら、あんな風に自分から『一夏に深く関われ』なんて言わないだろう。もし、今でも俺達の正体を疑ってるんなら、わざわざ情報を与えるような事を勧める筈が無いからな>

<だけど、そうやって揺さ振りを掛ける事で私達を疑心暗鬼に陥らせて本来の行動を制限させるのが目的だったとは考えられない? あんただって『あらゆる事態を想定して常に最悪の状況に備えておく』って、いつも言ってるし……>

 

 下らない彼の話を途中で強引に遮ってまで本題へと切り替えたものの、何故か肝心なところで反応が無くなってしまい、結果的に中途半端な状態で話し合いが中断してしまう。その為、私は今後の活動に支障が出ないようにする事を最優先に考えて独断で皆の疑いを解きに掛かった。

 

「もう、そんなに心配しなくても大丈夫だから。だって、私は見ていて飽きないから一緒に居るだけだし、なんだったら貴方たちの恋を応援しても良いわよ」

 

 すると、未だに5人とも無言で見つめてきていたが、先程よりも彼女達の表情は明るく、それに併せて警戒心も少しだけ緩んだような気がした。

 勿論、こちらの本音を言わせてもらえば、ここに居る5人の誰かと一夏君が恋人同士になってしまうと監視活動の実施にあたって微妙に都合が悪くなってしまうのだが、全く関係の無いところで私自身が彼女達に警戒されるよりはマシなので仕方がない。

 それに、彼に関しては箒さんや織斑先生と違って監視の優先度が低く、例え私が積極的に誰かの応援をしたとしても今の人間関係が劇的に変わるとも限らないので、実際に協力を求められるような状況になっても何とかなるという思いがあった。

 ただし、早い段階で一夏君と箒さんが恋人同士になってしまうと流石に私達の任務にも支障をきたしそうなので、それだけは余計な疑いを持たれない範囲であれば全力で阻止するつもりだった。

 

「まあ、キャンベルとの関係がどうなるかは未知数だが、あいつが色々と役に立つのは事実だぞ。家事も料理もなかなかの腕だし、マッサージだって上手い。そうだろう、オルコット?」

 

 暫くは私達のやり取りを面白そうに傍観していた織斑先生だったが、ようやく満足したらしく話題を変えると初めに一夏君の事を褒め、最後に不敵な笑みを浮かべながらもセシリアさんに同意を求めるみたいに話を振った。

 すると、私達が来るまで彼によるマッサージを身をもって経験していた彼女は、その時の事を思い出したのか真っ赤な顔をして俯きつつも小さく頷いた。そして、そんな彼女の反応を悪戯が成功した子供みたいな瞳で見つめた後、またしても織斑先生は驚愕の一言を口にする。

 

「と言う訳で、あいつと付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」

「く、くれるんですか?」

「やるか、バカ」

 

 当然、あまりにも魅力的な彼女の提案に私以外の全員が即座に反応を示し、その中でも真っ先にラウラさんがストレートに一夏君との交際の是非を尋ねたのだが、それを織斑先生は笑顔で一蹴してしまう。

 だったら、最初から『欲しいか?』などと訊かなければ良いとは思うのだが、流石に面と向かってその台詞を口にする者はいない。しかし、彼女達は見るからにがっかりした表情をしているので、心の中では5人揃って思い切り不満の声を上げている事だろう。

 

「女ならな、どんな障害があっても奪うくらいの気持ちでいかなくてどうする。だから、せいぜい自分を磨けよ、ガキども」

 

 ところが、そんな彼女達の心の叫びを知ってか知らずか、織斑先生は本日3本目となる缶ビールの蓋を開けると1本目と変わらない感じで勢いよく中身を口にし、今までで1番楽しそうな表情で宣言した。

 ちなみに、この後も女子だけ(私の中にいる別人格のクリストファーによる頻繁なツッコミは例外)の華やかな会話は続いたのだが、その間も織斑先生に終始会話のペースを握られていたので、やたらと疲れる(主に精神的に)時間を過ごす羽目になった。

 そして、この一連の話をする為に追い出されたと言っても過言では無い一夏君が戻って来たのが合図となったみたいに集まりは自然と解散になり、私達は誰からともなく自分の部屋へと引き上げていく。

 まあ、ほとんどが彼についての話だった事もあり、このまま織斑先生に会話の主導権を握られた状態で本人も交えて続ける程の度胸や精神力は流石に誰にも残っていなかった。

 

<あ~あ、結局、あんな下らない話をする為に俺達を呼び出したのかよ……>

 

 そうして部屋へと戻る途中もシャルロットさんやラウラさんと他愛のない会話で盛り上がって気分良く過ごしていたのだが、自分勝手なクリストファーが明らかに不満そうな口調で愚痴を零し始めた所為で私の気まで滅入ってくる。

 しかし、こうなる事を私が全く予想していなかった訳でもなかったので、この場は彼女達に不審がられないよう注意しつつも彼の相手をし、無駄に騒がれるのを未然に防いでおく。

 

<そう? 私は結構、有意義な時間を過ごせたと思うけど?>

<ハァ!? そいつは一体、何の冗談だ!? どう考えたって、さんざん良いように振り回された挙句、根拠の無い事でアイツらから警戒されただけじゃねえか!>

<確かに、あんたからすれば、そうなるかもしれないわね。でも、学園に居る時とは違う織斑先生の一面を見られたのは貴重な経験だし、あの姉弟が強い信頼と絆で結ばれているのも再確認できたわ。それに、これらの情報は今後の任務においても役立つから決して無駄じゃないわよ>

 

 彼女達の発した言葉の表面的な部分しか捉えていない彼に対し、私は言葉の裏に見え隠れする感情的な部分も自分なりに分析して整理した上で反対意見としてぶつけ、ありふれた出来事にも違った見方がある事を遠回しに示唆した。

 

<いくらなんでも、それは深読みのし過ぎなんじゃねえの? はっきり言って、俺には酒の肴にされたとしか思えんな……。大体、信頼や絆なんてものは所詮、心が弱い奴の防衛本能だろう>

 

 もっとも、そういった事柄に対しては一夏君以上に鈍感なクリストファーの認識が急に変わる筈もなく、結局は不機嫌そうに自分の考えを呟いた末に黙り込んでしまう。

 そして、これを最後に彼が反応を示す事も無くなり、いつの間にか私と同室のシャルロットさんやラウラさんとも必要最低限の会話しか交わしておらず、私達のIS学園における臨海学校初日は幾つかのわだかまりを残したまま終了を迎えた。

 




やっぱり、穏やかなエピソードを書く時の方が苦労させられますね。情景そのものは頭の中でイメージできていても、いざ文章で表現しようとすると途端に書けなくなります。どうやら、それを解決する事が執筆速度の向上を含めた今後の課題なんでしょうが、どうすれば良いのやら……。
なお、今回もやたらと文字数だけは消費しておりますが、内容的には目新しい部分は無いですね。
そんな訳で次回は、いよいよ『福音』が登場するエピソードになります。
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